和灯千里はジャバウォックに多くを語った。
今日の空のこと。草木のこと。国のこと。文化のこと。
そこで知り合った人々のこと。
ガラスの中の怪物が理解するかはともかくとして、一方的にその外のことをまくし立てる。
多くを与えた。
ふらりと島を離れては、様々な品々をガラスの部屋の中へと持ち込み、一人であろうと遊び、あるいはジャバウォックにそれを付き合わせたり。
あるいはその物品にまつわる出自やエピソードを披瀝する。
事務所の模様替えを手伝った時に譲り受けたという、クラシックなゲーム盤。
どこぞの街のダンスチームの、サポーター用のユニフォーム。
あるいは露店で買ったとかいう、動くかどうかも分からない小型の昆虫型ボットなどなど。
日と面談の回数を重ねるごとに、価値無価値、有用無用を問わず、いつしかまるで実験とは無関係のものグッズの数々が、そのガラスケースの中にひしめいていて、むしろ外部の研究施設こそ没個性的とさえ思えるほどだった。
両者の対比を踏まえて、
「まるでドラマ撮影のセットみたいな……」
と誰かが呟く。
「でも、思ったより反応ありませんね」
隣の研究者がわずかに落胆を匂わせて零すのを拾って、郁弥は
「それなら、それで良い」
と応じた。
〜〜〜
「仮面ライダー、ですか」
目線を合わせないまま、話題にのぼったあたりからワンテンポ遅れ、ジャバウォックは戦士の総称を呟いた。
その反応の鈍さは、相手が求める反応を演算するがためか、あるいは単純な当惑か。
少なくとも、その横顔には何の表情も浮かべていない。
「そう、知ってるか? ……ま、こんなところで居たら、知ってるわけないわな」
「以前から、私との会話で何度か上がった以上のことは……和灯千里は」
「おやっさん」
「え?」
「俺のことは気軽におやっさんと呼んでくれよ、じゃないと質問に答えてやんないぞ」
などと、子どものような口ぶりで咎めると、そのまま屈託なく笑う。
「フルネームじゃ味気ない。それが厳しいようなら、和灯さんと呼んでくれ。歩み寄りの第一歩ってヤツだ」
ジャバウォックは頭を垂れて目を伏せ、それに答えなかった。
「やれやれ、お前にはまだ早かったかな……まぁ良いや、それでなんだっけ?」
「仮面ライダーの件です。フェアリー粒子に対する観測および制御の方法として、ライダーなる概念が最適であったと」
「おー、それそれ。フェアリーってのは、俺たちがそもそも見出すまでもなく、すでに自然界に現象として存在していたんじゃないか、と俺は考えてる。何かしらの負荷がかかったり粒子同士が飽和状態になったり衝突したりすることで、生じた歪みが霊的な存在として各地に伝承を残したと見た。そこでそれを安定化するためにレンズを、対策としてライダーシステムを作り出した……ま、俺にとっちゃそんなもん上にプラン通すための建前だったけどな」
「本質は、違うと?」
外部の空気がわずかにひりつくことにも構わず、悪童じみた笑みとともに、男は言った。
「俺はな、ジャバウォック。
「人に寄り添う……」
「そのために、システムに異物とされていたものを受け入れる度量を俺は求めた。だから、異形の力と融和を果たす仮面ライダーという存在に目をつけたんだ」
「……主題からは外れますが、質問をしても?」
そこまで、言葉や反応が微々たるものだったジャバウォックが、ふと切り出した。その変化に少なからず喜びを覚えつつ千里は、冗談めかしく「どうぞ?」と促した。
「仮面ライダー、曖昧な定義です。和灯千里よりの情報を照合しても、各コミュニティ間に分かれ、技術体系、主義思想、出自、ありとあらゆるで共通項がありません。いったい何をもって、何が、彼らを仮面ライダーなるものたらしめるのでしょうか?」
ふむ、と千里は腕を組んだ。
今まで何処までも受動的であったジャバウォックからの、問いかけ。
真摯には答えたいとは思うが、中々の難題だ。
「……あくまで、一個人としての所感で良いか?」
と断ったうえで、彼は自身の中で考えをまとめつつ、朴訥と話し始めた。
「人々を救う正義の使者、とそう答えられたら楽なんだけどな……現実はそうじゃない。良いことをすれば、罪も犯す。お前の言う通り、定義の曖昧なもんさ」
「では、何をもって?」
「それはな、自由だ」
その言葉を聴いた時、ジャバウォックの偽りの顔が、身体が、停まった。
「自由?」
と、唇だけが、一音ごとに律儀に形を変える。
その僅かな硬さを機敏に気取るほどに、千里は繊細な人間ではない。
無邪気な笑みで対したまま、鷹揚に頷いた。
「彼らの力の多くは、ありとあらゆる不条理な宿命に由来する。そして生き続ける限り、しがらみはなお彼らに絡みつく」
それでも、と。
ガラスに背をもたれ掛けさせつつ、
「異能の力、呪われた出自。それを直視し、受け入れてなお、その宿命から解き放たれるために闘う者。自分の魂の、あるいは同じように苦しむ人々の自由を目指して闘う者。そういった者たちこそ仮面ライダーだと、俺は思っている。たとえその結果や過程が良いことであろうと悪いことであろうと……俺は彼らを尊敬する」
自分で言ってから、千里は思わず吹き出した。
それをあえてこんな場所で説いてしまう、我が身は、なんとも滑稽だった。
だが邪竜の名を与えられた精霊人形は、無言、無表情で座したまま。
ゆっくりと頭の角度を落としていくそれは、
「――その自由の、中には……いないでしょう」
と、至近にあっても正しくは聴き取れない、掠れた声を喉から出した。もたれかかるようなその指先で、ほの白い電光のようなものが奔った。
瞬間、異音とともに、施設の明かりが落ちた。
「どうした?」
軽い動揺の声がひしめく合間を貫くように、常と変わらない郁弥の声が響く。
「分かりません、その、動力系に何らかの不具合が生じたとしか」
「……あ、悪い。それ多分俺だわ」
と、面目なさげに苦笑して、千里は告白した。
「いや、さっきコンソールのヘンなとこ押しちゃってさ。ひょっとしてそれかなー、なんて」
「えー、カンベンしてくださいよぉ」
「あ、いえ……復旧のメド、つきそうです。それまで予備電源に切り替わります」
皆が僅かならず安堵の表情を浮かべる中、オレンジの非常灯の下。
表情はフェアリー並に読み取れずとも、霧街郁弥は、彼だけは、険しい気配を帯びて、ガラスの手前に佇んでいたのだった。