またしても千里が土産を仕入れに行って、また島へとUターン。
いつものように挨拶に回ってから、最後に郁弥の待つ控室に向かった。
「ん、なんだよ? 辛気臭い顔して」
余人ならばまず見抜けないであろう微妙な表情の変化を汲み取って、千里は郁弥を訝った。
「それを見てくれ」
語尾にも硬さを感じつつ、彼は画面に二つのグラフを表示して、そして重ね合わせた。
そこにある折れ線は、ピタリと一致した。
「これはそれぞれ別の日に収集した、ジャバウォックの脳波パターンだ。一方が通常時、もう一方は前回のお前の面談日のものだ。まったく変わらない……いや、完全に同一の数値だ」
「……やれやれ、あいつの心も、そうカンタンにゃあ溶けないねぇ、一歩が遠いな」
千里がそう腐すのを、郁弥はじっと見ている。
「あ、そうだ! サプライズプレゼント作戦はどうだ? ちょうどあいつに似合いそうなハンチング帽、見繕って来たんだ」
「調べてみると、同様のパターンが過去何度も行われていることが発覚した。当然、研究データは最重要機密だ。それに見合うだけのセキュリティに防護されている。もしこれが仮に内部からの改竄だとすれば、その厳重さを突破したにも関わらず、その誤魔化し方はあまりに場当たり的で拙劣だ……どういうことだと思う?」
「んなことよりさ、名前もそろそろつけてやらなきゃな。『ジャバウォック』って毎度噛みそうになるんだよな」
「和灯」
「ってなワケで、また出かけてくるわ。ちょっと風に当たって、良いのがないか考えてくる」
「和灯!!」
郁弥の怒喝が、持参の紙袋を弄り続けていた千里の手を停めた。
ゆっくりと顧みる彼に、相棒は言った。
「ジャバウォックを、破棄する」
――と。
「……そりゃまた、ずいぶんとブッ飛んだ結論だな」
千里は居住まいを正しつつ、苦渋混じりの笑みを浮かべた。
「お前も気づいているはずだ」
咎めるような口調で、郁弥は素早く返した。
「これがジャバウォック側による改竄だとして、このハッキング、クラッキング自体は問題じゃない。ジャバウォックが我々に、『嘘』を吐くことを覚えたという点、すなわち自己保存の概念が生まれたという点……つまりは、自律した意識や思考を手に入れつつあるという点だ。そして極めつけは、先の停電。あれも、ジャバウォックの意思表示の発露が引き金なのだろう? そのことに、お前が気づかないわけがない。知っててあいつを庇ったな?」
「――さてね。でもだとしたら、お偉方には願ったりじゃないの。良いのかよ、勝手にそんな判断を下して」
「……上層部に接触している財団に、アレを渡してはならない。このままでは、他のフェアリー技術さえ流出させかねない連中だ。この計画は、初手から躓かせる必要がある」
憮然とした面で、足音荒く、千里は郁弥の裏へ回り、そして背を睨んだ。
「お前、初めからそのつもりだったのか」
「……半分ほどだ」
郁弥は表情を見せないまま、コンソールで画面を切った。
「諜報工作に耐えうる人格形成がされないというのなら、それでも良かった。能力の発現が半端であれば、世界の脅威足り得ない」
だが、と。
踵を返した郁弥は、どこか自嘲めいた感じで、薄く笑った。
「奴の成長はそのいずれの想定をも上回っている。未成熟の状態でさえ、ここのセキュリティを突破しているんだぞ。財団に兵器として譲渡する以前に、アレの成長を許せば、いずれ世界を侵食するぞ」
「……俺が余計なことを吹き込んだせいで、か?」
世界のこと、自由のこと。
それを説いたことが、人知れずジャバウォックの覚醒を促したというのなら、たしかに責は己にあるのだろう、と千里は苦く想う。
「だったら、最初っから呼ばなけりゃ良かった。俺のやることに反対してれば良かっただろうが」
目覚めさえ、しなければ。
「いや、気に病むな。むしろお前のおかげだ」
と郁弥は千里の肩を叩いた。
「外の価値観や文化に接触していれば、いずれ奴は覚醒した。そうなっては手遅れだ。未だ奴が我々のコントロール圏内に収まっている内に、その兆候が確認できたことが出来たことは幸いだった」
「……俺は、俺がやって来たことは、負荷テストってか?」
千里は呻くように呟いた。
次の瞬間、郁弥の襟首を絞って壁に叩きつけた。
この様子は外からは見えないが、その衝突で動揺が伝わってくる。
「あいつは、心を持ち始めている! 人と共に寄り添うフェアリー、それこそが俺たちの目指したものだろうが!」
「俺が求めたのは、人類の未来を切り開くための
郁弥の言葉は、そのまま刃となって千里の心を抉る。
力の萎えた彼の腕を振り払い、郁弥は嘆息した。
「正気に戻れ、和灯」
友として、言ってはならないことを言った。越えてはならない一線を越えた。その自覚があるのだろう。郁弥は目を伏せながら、声を低めた。
「現実に帰れ。家族との時間を作ってやれ……お前の夢が、叶うことは決してない。俺がそれを許さない」
そして残酷な言葉と共に、彼は部屋を去っていったのだった。