仮面ライダーシャルロック   作:大島海峡

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6.1号と蜘蛛

(程なくして、郁弥はジャバウォックの処分に取り掛かる)

 それを座して傍観するか。あるいは……

 

 夢か現か。

 

 逃げるように島を離れた千里は、ある地方都市の(タワー)に上った。

 望遠用の区画から街を遠望し、そこのシンボルとして点在する風車が回るさまを見つめる。

 

 彼はこの街で、一つの奇跡を目の当たりにした。

 十年ほど前、ここは地獄と化した。

 死を超越した兵士たちに街は占拠され、その甘言に惑わされた人々は、欲望のままに争い、自ら破滅の道へと突き進もうとした。

 

 だが一人、いや二人の仮面ライダーの献身と健闘が、その地獄を光風で清め払った。

 純真なる人々の願いが街の風に乗って、ライダーを黄金の輝きで満たし、神秘の翼で飛翔した。

 その光景こそが、彼がフェアリー粒子なる未知の概念に求めた理想だった。

 

 だからこそ悩める時、揺らいだ時、彼はここを訪れる。

 今の己にとって、最後の拠り所が、この街であり、そして――

 

「……」

 携帯電話に登録された番号をしばし凝視していた千里は、意を決してその番号にかけた。

 怪物ジャバウォックと対峙するより、よほど勇気が要った。

 

〈なんだよ〉

 当然、かけてきた相手が千里であることを、先方にも伝わっている。

 自然、受けた声は硬く冷たい。

 

「あぁ、晶斗か? えぇと……なんだ。なんとなく元気かなーって」

〈…………〉

 

 電話越しに息子から返って来たのは、沈黙だった。

 呆れたような息遣いが、伝わっているから電波の状態が悪いということは無さそうだ。

 だが、そこに繋がれた言葉は、

〈おふくろの命日の件で、かけて来たのかと思った〉

 という、千里の虚を突くものであった。

 

「あー……そういやもうすぐだっけか?」

〈マジでふざけんなよ……忘れてたとか言わねぇよな!? 刃姐さんにまた墓参りに付き添わせることになるだろうがっ〉

「いや、覚えてるっ、覚えてるんだけどな」

 

 それどころではなかった、というのが正直なところだ。

 それどころではなかった、過去何度も使ったフレーズで、もはや言い訳にさえ使えない。

 

〈……なんか、あったのか〉

「え?」

〈あんたが掛けて来るなんて、ロクな理由じゃねぇ。どーせ、仕事で調子こいてなにがしかやらかしたんだろ〉

「……」

 我が子ながら、いや我が子であるがためか、恐ろしい読みだ。

 

「あぁ、やらかした、やらかした」

 郁弥はあぁ言ったが、結局ジャバウォックを目覚めさせたのは千里の案と言動だ。

 郁弥は正しい。罪を犯したのは自分だ。

 

〈だったら〉

 親に向けるとも思えない、冷ややかな声。

〈せめて、しでかしたことに向き合え。自分の行い(シゴト)に、責任を持てよ。それが、何もかも捨ててその道を選んだあんたのつとめだろうが〉

 だが、揺らぐことのない、鋼の声音。

 

 おそらく答えは、自身の中ですでに決まっていた。

 求めたのは背への一押し。それも、もう二度と揺らぐ強固なほどの。

 

〈けど、命日には必ず帰ってこいよな? 今度またすっぽかしやがったら、マジで許さねえ〉

「わかったわかった……晶斗」

〈あん?〉

 訝る我が子に苦笑を浮かべる。

 およそ、親子としてはありえないほど少ない交流しかなかった。それでもその一つ一つの思い出を手繰り寄せ、噛みしめて、千里は呟いた。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 ~~~

 

 覚悟が決まれば、行動以外にない。

 自らに貸し与えられた権限は捨て、非正規的な手段で島に、塔に潜入した。

 

「ここにある若者が囚われている。それを救い出すのが、今回の仕事だ」

「はぁ、そらまた結構なことで……けどなんか、色々マズないですか……? おやっさん」

 同伴しているのは、探偵としての助手である青年、月射照真だった。

 カバンを抱えて左右に目線を配りながら、早くもこの時点で任務が尋常ならざることを察知していた。

 

 ……本来なら、多くの事情を知らない彼を、巻き込むことは本意ではなかった。

 だが自身にもしものことがあった場合、ジャバウォックをこの島から連れ出すのは機転が利いて頭が回る彼をおいて恃みにできる人間がいない。

 

「けど、それが依頼っちゅうんなら俺も手伝います」

「……」

「依頼、なんですよね?」

「……あぁ」

 

 言わずもがな、正式にジャバウォックが声を出して救いを求めたわけではない。あるいは従容と自らの処分を受け入れるかもしれない。

 

 だが、あの電気が落ちる間際、

 

 ――その自由の、中には、フェアリーはいないでしょう

 

 その問いを、聴いてしまった。

 垂れた髪の奥底に、儚い笑みを見た。

 声ならざるも、生きんとする心を、確かに感じ取った。

 

 ジャバウォックに、自由な心を持たせる――

 

 その時から、依頼主は霧街郁弥から、あの黒髪の虜囚に換わったのかもしれない。

 

「でも依頼だからって、正義や道理がこっちにあるってわけじゃないからな。そこは分かってくれよ。なにしろ俺って、いい加減だからさ」

「またまたァ」

 

 千里の弱音じみた冗句に、照真は人懐っこい笑みを返した。

 

「おやっさんは、しょーもないガキやった俺を助けて、色々教えてくれはったやないすか。そないなヒトのやることが、間違いなワケあらへん。何処までもお供しますわ」

「……プレッシャーかけてくるね」

「す、すんません。迷惑でしたか?」

「いやいや、このぐらいの重さがちょうど良いよ……頼りにしてるぜ」

 顧みて教え子の肩に手を置く。

 震えはなかったはずだ。はにかむ照真が、それを証明してくれる。

 

「……というよりもむしろ、気遣ってやれる余裕もなくてな」

 ロビーに至って周囲を見渡せば、無人。

 最低限の光量だけ確保してある仄暗い空間に、彼らは立っている。

 

 そしてその奥から放り投げられた懐中電灯が床を転がり、その電球は彼らを浮きぼりにさせた。

 

「……マジで来ちゃったよ、このヒト」

 と、現れた若者は、緊迫感のあまりない嘆きを放って来た。

 何度も顔を合わせた仲だ。霧街八雲。郁弥の息子。

 

「オヤジの言う通りになっちゃった……てコトで良いんすか、おじさん」

「郁弥に気取られたか……まぁ、あいつならそうだろうな。丁寧に人払いまでして、ご苦労なこった」

「オヤジ、マジでカンカンっすよ。大人しく退いた方が身のためじゃないかなぁ」

 常と変わらない調子に笑う千里に対して、八雲は気まずげに伺った。

 だが、互いに折れ合う素振りは微塵もない。暗黙のうちにそれを悟った八雲は、ため息と共にレンズを取り出した。

 

 爽やかな青味を持つ、真新しいフレーム。シンボルマークたる蜘蛛は、元となった要素のイニシャルを模した従来のフェアリーレンズとは趣が異なる。

 

〈Mysterl Driver〉

 そして腰に巻いたドライバーにセットすると、

「変身」

〈Trick or Trap. Case1:Strange of the Spider〉

 の一言とそれに伴う大振りなモーションで背後にスクリーンが浮かび上がり、機械の蜘蛛が夜闇においても色鮮やかな、奇怪なライダースーツとなって彼を鎧う。

 

 郁弥曰く、フェアリーの特性をナノマシンで再現した擬似(ギジ)レンズと適合するライダーシステムを開発したというが、これがそのうちの一体か。

 

「これがモウラ、そして最後の忠告です。このまま帰ってください。じゃないと」

 痛い目に遭わせる、という脅しを、ガーッと両手と背の四本脚で懸命に表現する八雲に、シニカルな笑みで

「パパにオモチャ貰って、ずいぶんご機嫌じゃないの、坊主」

 と皮肉を言った。

 

「ば、化け物……っ?」

 唐突に現れた異形の存在に目を白黒させる照真を自らの後ろに隠し、千里は自らの腰元をまさぐった。

 

「下がってろ、照真」

 と言って、取り出したのは、赤銅色のバックル。

 

「はっ? 何それ?」

 当惑する蜘蛛男の目の前で、腹の前にそれを据える。

〈ドイルドライバー!〉

 という音が鳴り止むと同時に、さらに引き出したレンズの紫紺のフレームを、ずらす。

〈レイス〉

 解放された隙間から飛び出た髑髏は、紫炎紫煙をまとい、尾を引かせつつ千里の周囲を

「親父に聞かされてなかったのか? だからお前、それ持たされてんのに」

 そう親子に呆れつつ、一度肩の高さまで突き出したレンズを、ドライバーに装填する。

 

 

「変身」

 モウラと同様、声色を低めて唱えると、空いた掌を表裏に翻しつつもう一方の手でレバーを操作し、レンズをアクティブサイドへ移行させる。

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock under skull?"〉

 

 ――呼応。同調。

 髑髏が彼の右半身に噛り付くように憑りつき、鉄片(てつひら)が入り混じる、奇怪なる形態となって肉体を覆う。肩口を高僧の紫衣が如くにコートが、そして黒を基調としたメカニカルなパワードスーツが纏わり、モノクロが閃く。

 

〈Kamen Rider Shalllock Skull logic〉

 

 照真にもついぞ見せたことのない、もう一人の仮面(カオ)

 ライダーシステム1号機、仮面ライダーシャルロックとしての姿で、千里は蜘蛛男と対峙したのだった。

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