――仮面ライダー、モーリア。
その武装を前に、千里は大きく息を吸った。
「……一つ」
そして、告げた。
「軽率な振る舞いと言葉で、周囲を惑わせた。二つ。自分の夢を追い求め、ついには現実の生活を顧みなかった。三つ。そのせいで、友達に過酷な道を選ばせた」
「……何を、言っている?」
「大事なのはこの前置きだ。そのうえで、お前にも、覚悟と共に突きつける」
そして左手を持ち上げた仮面の戦士は、そのまま指でもって対峙する蝙蝠を咎めた。
「お前の罪を、数えろ」
――と。
そしてその言葉は、物陰に在って我が英雄を見つめる照真にも刷り込まれた。
悪を責める正義。その言の葉の剣として。
……後々のことを想えば、あるいは呪いとして。
「そんなもの……貴様に言われるまでもないッ」
マントを翻して、モーリアは翔ぶ。
滑空である。自らの頭の高さから繰り出された蹴撃を、両腕で交差させて千里は防ぐ。
が、威力を殺し切れずに床を削りながらシャルロックは後退する。
それを皮切りとして、肉弾戦が展開された。
照真の見るところ、手数も、命中の精度も同じ。だが目に見えるほどに、
拮抗、というよりかは、シャルロックがなんとか凌いでいる、という趣が強い。次第に押し負けつつあった師に、居ても立っても居られなくなった照真は、
「おやっさん!」
と声を張って飛び出さんとした。
「お前は来るなっ!」
が、それを当の千里が拒絶した。
「こっちは大丈夫だ、お前は退路を抑えとけ! あ、あとそこに転がってるやつ、安全なところに引っ張ってふん捕まえてろ!」
あえて手を空け首を振り向け制しつつ、それがために対峙するモーリアに隙を突かれて打ちのめされつつ、師は指示を飛ばす。
敵であったはずの、郁弥の倅を気遣いながら。
その公平さ、高潔さに胸を打たれる。頷きながら、倅を引きずって照真は退いた。
そして千里とて、ワンサイドゲームにはさせない。
手にしたままのハードボイルドライバーを射放った。
未だタイタンのレンズが納められたその銃器。おそらくは底上げした火力で対抗しようという心算で、その狙い通りに数歩分、モーリアを退かせた。
さらに畳み掛けて紫の拳弾を飛ばすシャルロックに対し、重い追撃の中で郁弥は虚空に手を差し伸ばした。
降参か和睦の申し出か。否、それは断じてない。半開きの手の内の空間に、赤霧の態を成したナノマシンが集約していく。その場での形成か、何処からかの転送か。いずれかの高等技術により、鉄柱がごときものが生じた。
〈Pile Than Batter!〉
それは、巨大な杭だった。
天を衝くばかりに鋭く尖らせた先端に、トリガーのついた把手。その周囲を、黒錆がごとき色味のバレルがいくつも取り囲む。
その把手のあたりにあるソケット。そのメーターのついたカバーの隙間に、狼とも人ともつかぬシルエットが封じられた、宵闇の青味を帯びたレンズを滑り込ませる。
〈Chain Garm〉
そしてトリガーを引くと、
〈Garm is bad than Bat!〉
節をつけるがごとく甲高いボイスが流れ、四方のバレルが本体たる杭を研磨するように、霧霞とともに排気しつつ、ピストン運動を始めた。
そうして塗布されたナノマシンが、青い片刃の曲刀もしくは牙のような禍々しい武装へと変わる。
片手で大きく薙ぐ。ただ一振り、一斬。それにより発生した斬光が拳弾を迎撃し、完全に打ち消し、駆逐しながらシャルロック自身に迫り、そして避けようもなく命中する。
〈Chain Franken. Franken is bad than Bat!〉
追い討ちとは、かくの如し。
そう言いたげに、吹き飛ばされ地を舐める千里の前で泰然と、だが手早く容赦なく、レンズを取り替える。
そして一瞬で間を詰めたモーリアの手には、濃い紫のハンマーを杭の先端に付加した長柄物が握られている。反撃の出鼻を挫く、まるで小太刀を扱うかのような振りの速さ、それに見合わぬ爆発的な破壊力が、シャルロックを打ち据える。
〈Chain Merman. Merman is bad than Bat!〉
そして次の瞬間、モーリアの身柄は足下の床に生じた緑の波紋の内に沈んだ。
相対すべき敵を見失ったシャルロックが警戒とともに左右にモノクルを巡らせたのも束の間、突如としてその頭上の空間に、同じく波紋が生じ、そして分厚い銃がその口を覗かせた。
連射。圧縮された液体が、千里の五体に叩きつけられた。
銃口はやがて杭としての全体を晒し、なおも射撃を止めないままに今度はその持ち手たる郁弥が現れた。さながら蝙蝠のように、上体を逆さまになったまま、杭や腕を振るって攻め立てる。そしてその奇怪なワープホールから抜け出すと同時に脚を切り返し、ミドルキックを何度も鳩尾へと見舞った。
そしてトドメとばかりにくり出したローリングソバットが、千里を端の壁まで吹き飛ばした。
一気に相手を破滅へと追い込む一連の猛攻に、すでにシャルロックは満身創痍の体だった。
ボディスーツや特殊繊維で編まれたはずの外套は擦り切れ、そのマスクの頂点からは、稲妻がごとき亀裂が奔る。
膝をついた状態から起き上がろうとして、再び崩れ落ちる姿は、目をそむけたくなるほどに痛ましい。
――いったい、何が『おやっさん』をそこまで必死にさせるのか。
照真には理解できない。それでも、師の行動に否を唱えることなど、今更できるだろうか。
「……まさか、これで終いにする気じゃないだろうな……郁弥」
〈Kamen Rider Shalllock Cyclone logic〉
仕切り直しとばかりに、千里はレンズを取り換える。羽を打って舞うフェアリーが、翠風とともに、疾風のフォルムにシャルロックを再コーティングしていく。
「もう行くとこまで行くしかないだろ、俺たちは!」
しかして肉体の方は当然治癒などするべくもなく、ふらつきながら、エンプティレンズを抜き差しする。そして高まるエネルギーとともに必殺の態勢へ。
〈Sylph! Extreme Q.E.D!〉
「……言われるまでもない」
応じて郁弥もドライバーの滑車を回す。
〈Wake Up. Bat:Grand finale〉
モーリアは腰を深く落し、武器を放った腕を交差させる。
同時に、妖気がごとき赤黒い力場がその足下に形成される。
力の余波がぶつかり合い、互いを打ち消しながらその間隔は時を置かず短くなっていく。
やがてその短さがピークに至った時、両者は飛び上がった。
シャルロックは足裏に集約させた風の鞠球ともに、モーリアの胴体を狙うべく飛び蹴る。
だが――先にモウラをシャルロック自身が上回ったと同様に、モーリアの暗澹たる負のエネルギーはその風さえも呑んで、千里の腹部に叩き込んだ。
「ぐあぁっ」
悲鳴があがる。モーリアの単純な攻撃性破壊力のみならず、自身の攻撃さえも押し戻され、逆流し、総身を切り裂いた。
――決着は、ついた。霧街郁弥の圧勝という
だがしかし、その後に続いてしかるべき音、光景が訪れない。
すなわち、敗北者たる和灯千里が、地面に派手な衝撃音とともに落下するという決まり切ったオチが、つかない。
「……なんだと?」
郁弥自身もそれを訝り、虚空を仰いだ。
そのマスクを向けた先を追従すれば、かなり上層のエリアの手すりを、息を切らした千里が掴んでいた。
「悪いね……っ、サイクロンロジックの跳躍力や浮遊時間だけだと、ここまで行き着けなくてさ」
すなわち、あえて自身の技もろともに必殺技を直撃を受け、モーリアにここまで吹き飛ばされたことによってその高みへと至ったと。
戦闘には完敗だった。それは覆るまでもないことだったが、
「俺の、勝ちだ」
という千里の嘯きも、あながち考え違いの強がりというわけでもないだろう。
手すりの内に我が身を滑り込ませて死角に消えたシャルロックを忌々しさを隠さずに睨み上げつつ、
「逃がさん」
という一語とともに、マントを翻して、モーリアもまた飛び上がって追尾した。
後に残されたのは、照真と郁弥の息子である。
こっそりと己の裏手から這って逃げ出そうとする
「逃がさんッ」
と、今度は照真がそのセリフを吐き捨て、同年代の彼を羽交い締めにして、荷運びのための適当なバンドを手繰り寄せて縛り上げる。
「おわっ!? なんだよっ! オレ、もうお役御免だろ!?」
「お前は人質や! ここで俺と大人しうしとけッ」
そう気を吐く彼に、霧街青年は怒鳴り返す。
「つか、このままだとオジサンやべえって! 助けにいかなくて良いのかよ!?」
軽薄なりに千里を案じての発言であることには、違いない。それに揺れ動いたのは、確かだった。
だが照真は
「――いや、俺は動かへん」
己にも言い聞かせるように、答えた。
「おやっさんは俺を見込んでこの場を任せてくれた。だから俺は信じて、あの人を帰りを待つ」
そうあらためて決意を固めながら、青年は高き天井に広がる闇を、唇を噛みしめて見上げたのだった。