仮面ライダーシャルロック   作:大島海峡

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10.託されたもの

 その頃に、照真は言いつけを守ってロビーに留まり続けている。

「なぁ、ヒマだよー。なんかお喋りしよーぜ」

 と、縛られたままにウダウダと垂れている、霧街八雲とやらと共に。

 

「あっ、そうだ! しりとりしよう、シリトリ。手足動かせないし」

「……だぁーっ! やかましいわっ! ちょっとは黙っとれんのか!?」

 

 一事が万事この調子の青年捕虜と、当然ソリが合わずに、照真にとっては苦痛と忍耐の時が過ぎていく。

 

 建物自体が爆発音と共に大きく揺らいだのは、そんな折だった。

「なっなんだぁっ」

 震えは瞬く間に本格的かつ断続的なものとなり、その激しい縦横の揺れに、照真も立ってはいられなくなる。

 

 そして遠く天井が地上に増して大きく動揺を始め、耐震構造を超えた動きと激しさ、そしておそらくは内部の破壊により、そこには亀裂が入り、そのうちの一部が崩落を始める。

 

 一部、と言えど人の幅を上回って余りある岩盤である。

 それが、八雲らに覆い被さるように迫り来る。

 

「うわ、うわわ!」

 照真はともかく、手足の自由を奪われている八雲は身の動きようもなく、惑い叫ぶがせいぜい。

 そして、身の凍るような破砕音とともに、彼らを巻き込むかたちでガレキは落下し、粉塵が巻き上がる。八雲の絶叫が合間を縫うようにして響く。

 

 だが、ひとしきり声を裏返し張り続けた彼は、ややあって自分が現世に未だ無事留まっていることに気が付いた。

 そして目線を持ち上げれば、そこには岩盤を文字通りに肩代わりして支える照真の姿があった。

 不意に庇ったがために、破片類を受けきることが出来ず、彼の額周りに傷がつき、血が滴っていた。

 

「お、お前……オレを助けて……」

「勘違い、すんなやボケェ……! 人質のお前に死なれたらおやっさんに顔向け出来へんやろ……ッ、とっとと出んかい!」

 

 鋭く促されるままに芋虫がごとく八雲は安全圏まで這い出る。

 

 だがしかし、青年ひとりで突如として落ちてきた硬い巌を支えること自体、どだい無理がある。

 自然、照真の身体は望まずして傾き、八雲が出てから本能的な気の緩みからつい膝をついた。

 さらに追い討ちとばかりに第二の崩落が始まり、そのまま押し潰されようとした、その矢先だった。

 

 腕と肩の重圧が、不意に薄れた。

 誰かが自分の傍らで、代わりに支えている。そう察して目に活力を取り戻して顔をあげた照真だったが次の瞬間にはその表情は軽い失望と当惑に転じた。

 

 彼を救ったのは、髑髏ではなく蝙蝠。シャルロックではなく、モーリアだった。

 

「急げ。直にこの建物は崩壊する。速やかにここから出るぞ」

 口早に促されて、茫然と脱出した照真の前で、霧街郁弥は事もなげに周囲のガレキを払いのけた。

 

「いったい、何がどうなった……んですか?」

 おずおずと問う照真に、郁弥は背を向けたまま言った。

 ……もっとも、顧みて正視したところで、マスクに覆われた表情など、読み取ることなど出来なかったが。

 

「上でジャバウォックが暴走し、和灯はそれに巻き込まれた」

 そして告げられる、無常な言葉。

「おやっさん……」

 色を失った照真は、止める声など耳に入らずに、駆け出した。

 

 〜〜〜

 

 宵闇の闇の中で、淡く白い煌めきが、繭が如くに男を包んで下降していく。

 それが落下の速度を緩め、衝撃を相殺し、やがて廃墟と化した地上で光は人の形となり、腕となって彼……和灯千里の肉体を抱えた悲哀の若者の姿となる。

 

 だが、すでに時すでに遅し。何もかもが、遅すぎた。

 腕の中から温もりが抜け落ちていくのが、命の波動(パルス)が、止めようもなく弱まっていく。

 生命の維持、肉体の保護。それを可能にするドイルドライバーとそのスーツは、戦闘と奇襲で大破していた。

 

「助けて、くれたのか……でももう、良い。エネルギーを司るんだから……分かるんだろ、そういうこと? て言うか、やっぱり出られたろ」

 苦笑と共に、千里は血の泡を口端に浮かばせる。

 

「……だから、なんだっていうんだ」

 傷を癒すことも、機械一つ、修理することも出来やしない。

 ただ破壊することしか出来ない自分が、出られたとして――

 

「レフ」

 

 虚しさを掴むその手に、重く置かれたものがあった。

 半壊したドイルドライバー。すでにスクラップになったそれを、置きながら

双見(ふたみ)怜風(レフ)。それが、お前の名だ。その綺麗な両目で世界を見通す探偵。知性と命を得た風。それが、今日この夜から始まる、お前だ」

 嫌な感触はない、冷たさも感じない。ただ、揺れていた心が、所在なかった魂が、あるべき処に収まったとさえ覚える。

 

「そして生まれたばかりの探偵くんに、最初の、依頼だ……こいつを、倅に、晶斗に……あいつ、なら……ここに欠けたもんを、繋ぎ合わせられる」

 

 ジャバウォック……レフの胸にドライバーを押し遣りながら、掠れた声音で千里は続ける。

 それに首を振りながら

「やめてくれ!」

 レフは、悲痛に叫んだ。

「こんなものをくれても、僕には何もできないっ、何も返せはしないんだっ!」

 

 しかし、千里は目に最後の生気を留まらせつつ、乾いた唇を吊り上げた。

 

「……俺は、見返りや正しさを、求めたわけじゃない。探偵でも科学者でもなく……和灯千里として、自分のしたことに、納得が、したかっただけだ」

 

 だから。

 お前も、きっと。

 

 最後までは言い切らず。込められた意図は死にゆく己のうちに秘して。

 腕の中ですり抜けていく命、熱。

 それを想い、レフは哭いた。

 

 ――おやっさん

 

 慟哭は天へと昇る龍の咆哮へと変わる。

 与えられたもの。名前、肩書、使命、力、そして生命。自由。

 それら一切を無駄にしないために、彼のした事を善きも悪きも無かったことにさせない。そのために、レフは空を翔けた。

 

 やがて、飛び立った後の現場に、青年がたどり着く。

 ヒビの入ったレイスのレンズ。完全に破壊された三種のレンズ。そして帽子。

 和灯千里から分たれたそれを無我夢中でかき集めながら、その持ち主を探し回った末に。

 

 そして彼は絶望し、怪物と同じくして、師を呼び、骸を抱いて泣いた。

 やがてそれらの悲哀を黒き憎悪で塗り潰す。

 

「悪魔め……ッ!!」

 天へと吐き捨てた呪詛が、ジャバウォックを追った。

 

 遺品となった帽子を被り、その激しさを押し込める。

 いつか、それを、空へと逃げた獣に全て叩きつける。

 報いを受けさせる。そのために。

 

 

 ――きっとそれが、僕にとっては始まりの夜だった。

 彼にとっては、長い夜の始まりだった。

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