1.恩讐
ホールドコーポレーション、関連施設。
燦都に新たに建てられたその社屋の最上階に、そして霧街郁弥の眼前に、月射照真は立たされている。
「フォトンファウンドライバーを、返還しろ」
と言われ、彼は元より不機嫌そうな表情をより苦いものとした。
「……俺の戦いに、なんや不満でもあるんすか。だから、俺をジャバウォックの追討から外したんですか?」
デスク越しに自身を睨み返す照真に対し、目線を外しながら、郁弥は席を立った。
「たしかに、フォトンファウンドライバーは対ジャバウォック用に開発された。そのドライバーを、強奪のいきさつはともかくとして、お前はよく使いこなし実績を挙げている」
だが、と踵を切り返して郁弥はなお難色を示す。
「出力の安定しない未調整のベルトだ。それを酷使し続ければ、どのような作用が肉体に及ぼされるか、分かったものじゃない。だから一度メンテナンスに回し」
「そう言うて、またジャバウォックから俺を遠ざけるんですか?」
「……なんだと?」
「聞いとります。
低く自嘲の声を立てながら、青年は背を向けた。
「待て、照真」
「邪魔者扱いしたいのならそれでも良ぇ。でも、アイツだけは……俺が潰す。余計な手出しさせんなや」
そう啖呵を切るとともに、照真はそれ以上の制止も黙殺して踵を返したのだった。
〜〜〜
「うぉっ」
けたたましくドアが開閉する音。次いで見えた鬼気迫る照真の横顔に、傍にて待機していた八雲が小さく声をあげた。
「待てよ、ショーマ」
身を竦ませつつも、足早に出んとする照真に追従をする。
「お前、なんか顔色悪いよー? マジでもうどっかカラダ、悪くしてんじゃねーの?」
「……ほっとけ」
「あ、だったら一緒にスパ銭行こうぜ! ここマジ田舎だからさ、そんぐらいしか娯楽ねーのよ」
「はッ」
そこでようやく、照真はリアクションを示した。悪意ある嘲りを。
「そーやって言い訳して付き纏って、監視しろってオヤジに言われたんか?」
「んなもんじゃないって」
「じゃあ何や?」
垂れた目を瞬かせて、八雲はさらりと
「だって、オレら友達だろ?」
と言った。
「…………あァ?」
足を止め、照真は彼を顧みる。
「分かった、わーった。友達じゃなくて良い」
顔面いっぱいに表された圧にたじろぎ、両手を掲げつつ後ずさった。
だが身を翻して遁走するようなことはせず、
「でもさぁ、お前にはあの夜助けられたじゃん? 借りがある。恩人には苦しんで欲しくないのよ」
恩人を案じるにしては呑気な口ぶりでそう言う彼に詰め寄った照真は、胸倉掴んで揺さぶった。それ以上、余計な口を開くのを封じた。
「もし少しでも恩を感じてるんなら、要らん世話焼くなや」
幽鬼が如き目で睨み上げる。
「お前は助かったか知らんが、俺はあの夜死んだも同然や。ヤツを滅ぼすためなら、この身がどうなっても構わん」
「……そんな悲しいこと、言うなって」
まるで我が身に降りかかった不幸かのように、辛そうに眉を下げる八雲を突き放し、照真は建物から出た。
その途端、見計らったかのようなタイミングで自身の携帯が鳴った。
一世代前の携帯端末に表示されていたのは『おやっさん』の一語句。
……もちろん、死者が生き返るはずもない。この番号からかけられるのは、この世でただ一人、いや一匹しかいない。
声もかけずに通話に応じた照真の耳元で、
〈番号、変えてなくて良かったよ〉
と、憎悪を掻き立てる鳴き声が聴こえる。
〈この街での、僕の用事は終わった……だから今度は、君との因果を清算しよう……月射照真〉
と、電話越しにかの仇敵は告げたのだった。