「お前を、廃棄することに決めた」
霧街郁弥はガラスのケージ越しに、黒髪の獣に言った。
「頼む。人類の未来のため、消えてくれ」
何故、とは問わない。ありのままを受け入れる従順なフェアリー。命令とあれば、自己の存在を消すことさえ厭わない。そういう風に、設計されている。
……そうである間に、消さねばならない。
「本プロジェクトのレベル5以下の権限は現在、貴方に委任されています。よって、私を即時対応が必要な危険分子と見做した場合、貴方にはそれを行う資格があります」
機械的に滔々と答えたジャバウォックはしかし、睫毛を伏せた。
「ですが、一つだけ確認してもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
それに気づかないフリをしたままに、郁弥は背を向けた。
「……僕に、何か罪があったのでしょうか」
郁弥は背を向けたまま答えず、照明を落とした。
〜〜〜
霧街郁弥が回顧から意識を引き上げると、デスクの上の携帯が鳴っていた。
「私だ」
と呼び出しに短く応じれば、
〈俺です〉
と、関西弁のイントネーションで返ってくる。
つい先程口論の末離別したことなどまるで気にしていない様子で、月射照真はおもむろに
〈ジャバウォックから、電話越しに果たし状叩きつけられましたわ〉
と切り出した。
「……電話?」
〈まぁ、ヤツが律儀にアンテナショップでおやっさんの携帯の再契約したとも思えんし、能力でどうにかしたんと違いますか〉
どうということもなさげに照真は言うが、郁弥にしてみれば剣呑この上ない。それは、外界に解き放たれた怪物が、少なくとも一般の電波や回線を、気分次第で掌握できるということではないか。
〈罠、思いますか? ワットも待ち構えてるとか〉
「……さぁな。少なくとも、ヤツの正体を知った和灯晶斗が、素直に協力するとも思えないが」
だが、和灯の倅はジャバウォックを排除しなかったということか。
そして、ジャバウォックは照真に事のあらましを伝えなかったというのか。
もしかの目撃者が、告げ口をしていれば、そして信じていれば、復讐の髑髏は、その憎悪の矛を逆さまにしただろうに。
〈黙し、全てを背負って討たれてやるつもりか)
と推量をつける。問われたあの時の、諦めと潔さと哀しみのないまぜとなった表情が思い出された。
「……今更だな。それに、最早どちらでも良いことだ」
〈霧街さん?〉
独りごちる郁弥に、照真が訝り語尾を吊り上げる。
「こちらも至急体勢を整える。お前は独りで動くなよ……と言ったところで、聞かないのだろうな」
〈……先に、言うた通りです。おやっさんの仇は、俺が討つ〉
「ならば、何故連絡を寄越した?」
〈別れの挨拶です〉
きっぱりと、和灯千里の忘形見は言った。
〈……生きていようといまいと、俺はあんたのところに戻る気はない。せやけど、あんたには感謝しとる。おやっさんがおらんようになって、身寄りも無けりゃ故郷にも帰れん俺に、あんたは良うしてくれた〉
彼らしからぬ穏やかな口調は、否が応にも郁弥を不安な気持ちにさせた。
〈だからこそ、あんたに後のことを託したい……もし俺が負けるようなことがあれば、今度こそあんたがジャバウォックを倒せば良ぇ。おやっさんと俺の、仇をとってくれ〉
そう一方的に言うや、照真は通話を切った。いや、断った。
掛け直したとして、拒否されるだろう。
「……仇? 感謝だと?」
別辞を思い返し、郁弥は嗤う。嗤うよりほか、ないではないか。
ひとしきり、壊れたように肩を揺すり、喉を震わせた後、余人には決して見せない激情と衝動と共に、端末を床へと投げつけた。
破壊的な音とともに地面を滑るそれを拾い直すことはなく、椅子に力なく腰を下ろした男は、両の手で己の頭を挟み込んだ。