青い空と火葬場を繋ぐように、白い竜がごときものが立ち上る。それが飛行機雲なのか、はたまた母を焚いた煙なのか。幼い晶斗には知るべくもない。
火葬場の外で父子は迎えを待って並びつつも、無言だった。
血を分けていながら顔を合わせる機会の多くない彼らの間に入っていたのが、亡くなった母だった。
子は鎹、と人は言うが、この場合は母こそが鎹に相当した。
それが欠けた今、両者の間の空気はギクシャクとした軋みをあげ、冷たいものとなっていた。
「……あー、そういえば、この間行ったとこの部族も、火葬だったな」
そんな不味い空気を紛らすように、喪服姿の和灯千里は
「なんでも、精霊が人々の霊を煙に乗せて、魂の楽園まで運んでくれるんだそうだ。母さんも、きっとあっちで幸せに暮らせるって」
などと突拍子もないことを言うので、
「アホか」
一言下に、晶斗は切り捨てた。
「精霊なんかいるわけがない。魂の楽園なんてモンもない。部族のくだりも含めて、全部あんたの妄想だろ」
「……スレてるねぇ。いるよ、精霊。たぶん」
鼻白んだ様子で見返した父に、
「俺は死んだ後より、生きてる時におふくろに幸せでいてくれたのなら、それで良い」
と赤みの引かない目元を絞って睨み返す。
「……そうだな」
曖昧な表情で頷き返し、千里は我が子の頭に手を置いた。
「じゃ、いつか俺が精霊に会ってやるよ。んで、楽園を見つけて、母さんに聞く。最期までお前といられて、幸せだったか」
その目線は子どもの目からはあまりに高く、遠く、澄んでいて。
その言葉は子供心にあまりに甘く、荒唐無稽に思えて。
「『星の王子様』かよ」
と呆れながら、晶斗は笑うよりほかなかった。
そして彼自身の記憶する限り、それが最後に浮かべた笑いらしい笑いだった。
〜〜〜
目を開ければ、白い作業部屋。『鋼の本棚』。
追憶より醒めた晶斗は、眉間いっぱいに皺を寄せた。
……あの時点で、和灯千里はどこまで
まさかあのやりとりが、父の動機の全てではないが、
この世の既存の法則を塗り替えるフェアリー。それは、魂や思念体の物質化、可視化、対話、それを可能とするのではないか、と。
そして最期まであの男は夢想家であり続け、あり過ぎた。
「……おい」
だが彼が地上に上がると、その精霊の最たる存在、千里の寵児は姿を消していた。
作業机の上に、二基のドライバーとカタログに挟まれた置き手紙を残して。
和灯さんへ。
それを造作なく手に取り、書くと言う行為に慣れていない丸文字を目で追う。
ますはじめに。
他ならぬ僕こそが、当事者であり、お父さんの死因であったにも関わらず、勿体ぶって、報酬代わりにしようとしたことをお詫びする。
でもそういう建前を使わなければ、君はきっとお父さんのことを色々と受け入れられなかったし、ドライバーにも手をつけなかったろう。
直ったその後、あらためてきちんと教えるつもりだった。君に、ドライバーをそのまま返すつもりだった。
けどすぐ後に立て続けにフェアリー騒動が起こり、なし崩しで僕がシャルロックに変身してしまった。
いや、これは、言い訳だ。
本当は、いつだってそうするチャンスはあったはずなんだ。しようともした。けどその度に、気後れしてしまった。おやっさんに対する負い目はあったのはもちろんだけど、それだけじゃない気がする。自分のことなのに、変だよね。こいつは、探偵にも解けない大いなる謎だ。
でもそうやって黙っていた結果、かえって君を苦しませてしまったみたいだ。
せめて修理代ぐらいは払う気でいたけど、死神に追いつかれた。
だから、やっぱり真実と、あとこのドライバーで勘弁してほしい。
触っている以上気づいてるだろうけど、ドイルドライバーの変身認証システムには、君の生体情報も登録されていたはずだ。そしておやっさんの遺言を思えば、本来君をシャルロックにしたかったはずだ。
僕は、ベルトのシステムにハッキングして無理矢理に起動させていた、いわば偽者だ。
だから、これからは君がシャルロックになってくれ。
そして叶うなら、おやっさんの志を継いで欲しい。
君にはその資格がある。
君が和灯千里の息子だからじゃない。
君が、本当は優しい人間だからだ。
そう言われても、君は不本意なんだろうけど、それでも善い人だ。
善良で、優しくて、人の痛みに敏感で、何より繊細で傷つきやすい。
だから君は、線引きをしたがる。必要以上に情が湧いてしまうから、自らを律するために。
正しくも厳しい態度を取る。その人が誤った方向に進んで傷つくより、自分が嫌われる方を選ぶから。
いくら精霊でも、側から見てればそれぐらいのことは分かる。
そんな君にこそ、シャルロックの仮面は相応しい。
どうか、フェアリーを道具と割り切ることなく、踏み込んでほしい。その優しさで、未来を少しでも良い方向に進めるよう、導いて欲しい。
最後まで、迷惑をかけてごめんなさい。
「……勝手なことばかり並べやがって」
最後まで読み終えた晶斗は、低く毒づく。
外に出て手紙を床に打ち捨て、外に出る。
向かった先はおそらく月射の下。千里からの依頼を果たした今、やり残したことをするために。
せめて文句の一つでも吐きかけてやりたいが、追う手立ても行き先も見当がつかない。痕跡さえも残さず、行ってしまった。
「……いや、痕跡は過ぎるほどにあるな」
彼が目線を投げた先、プレートがある。
本来刻まれたアトリエの名とは別にスペース狭しと埋められた探偵事務所のロゴ。それに爪を立てながら、
「どうすんんだよコレ……結局取れねぇだろ……」
と、嘆くが如く呟く。
「だいたい、
文面ではさも晶斗を分かったかのような調子だったが、それを言うならこちらとてだ。時折影を落としながらも自然に浮かべられた笑顔に、察し得ないはずがないだろう。
たとえ生まれたことが間違いだったとしても。
今日に至るまでの経緯が罪と背中合わせであったとしても。
「……楽しかったんだろう。外の世界が……生きていたかったんじゃないのか」
拳と額をプレートに押し当てながら、ぎゅっと眉を絞る。
優しいかどうかは知らず、ただ実の己は無力な半人前だ。
「おーい、アキちゃん、今ちょっと良いかー?」
と、そこに能天気な声がかかった。
「……せめて空気ぐらいは読んでもらえませんかね」
近づいてきた足音は軽量ふたつ。
顧みるまでもなく、山村操亮、楓父子が何気ない感じで立っていた。
「あれ、探偵コゾーは?」
「すんません、今色々余裕ないんで、お引き取り願えます?」
「な、なんだよ。いつになく怖いな? さては探偵となんかあったか? 痴話喧嘩かぁ?」
「違うよ父ちゃん。多分一方的にフラれたんだよ」
察しが良いのか。いや、当たらずとも遠からずであるがゆえに、晶斗のささくれ立った神経を逆撫でにする。
「親子ともども前見て歩けねえようにしてやろうか」
「いつも以上に物騒だな!? なんだよ、せっかくメシまだなら誘いに来たのに」
「メシだぁ?」
「そ。さっきそこでローカル飯フェスタやってたの」
「見てコレ、もうすっげー並んでんの。今から行かなきゃ昼に間に合わないって」
口を尖らせる父の横で、楓が自らのスマホを披露する。
そこには、確かに広場らしいところ、開場前のブースの手前で列を成す人々の姿があった。
馬鹿らしい。そう断じて店に戻ろうとした晶斗の視界の片隅に、引っかかるものがあった。
かつて自身が修理した端末。それを楓の手からもぎ取り、
「どこだ、コレ?」
と低く問う。
「え? えーっと、駅から少し行ったスーパー銭湯の……」
当惑する少年たちを尻目に、写真の日時を確かめる。
さっき、という言葉に嘘はない。十分に『捕捉』が可能な時間と位置だ。
楓にスマホを突き返した晶斗は、アトリエからドライバー二つと、それに付随する一式を手にして戸締りし、
「そんなにハラ減ってたのかなぁ?」
「さぁ」
というピントの外れた親子の会話を背にそのまま外へと躍り出た。
「……まったく、忌々しいことに、因縁はまだ続いてるようだぞ」
忌々しい、という悪態に比してどこか勢いを得たかのような調子で、晶斗は足を速める。
「だらしねぇ、蜘蛛の糸でな」
山村楓の撮った写真。そしてそこに写っていた街に点在するガラスの反射。
そこには、律儀に列に並ぶ、霧街八雲の姿がしっかりと映り込んでいた。