「しゃあっ」
蜘蛛が糸を吐くがごとき奇異なる呼気とともに、ワット目掛けてモウラが飛ぶ。
死角からの不意打ち。索敵能力、こと暗闘におけるそれは、モウラに分があることは明らかだ。今この瞬間も、彼は晶斗の死角を選びて攻めかかる。
だが、とっさにその方角とタイミングに気づいた彼は、我が身を反転させながらソバットを繰り出し、空中でモウラを迎撃し、墜落させる。
汚い悲鳴とともに転がり土埃で我が身を汚した八雲は、
「くっそー! なんで勝てない!? なんでバレる!?」
などと喚きながら八本の手足をバタつかせる。その様子に、晶斗は敵ながらに呆れた。
すでに都合十度ほど、似たような応酬が繰り広げられている。
「お前、ホントにわかんねぇのか?」
「おぉ、知りたいね!? アレか、ラブアンドピースとか、そういうメンタル的なのか!?」
「じゃ、教えてやるからちょっとこっち来い」
「え、あ、何?」
「それはな?」
「おう、何よ」
「……どんだけ暗い中不意打ち仕掛けて来ようが、テメェ自身が糸で光ってちゃ意味ねぇからだよっ!」
不用意に近づいてきたモウラの真芯を、ワットが繰り出した直蹴りが捉えた。
グエと短くも苦しげな声をあげてモウラが転がると同時に、手にしたバーリツールにドライバーを叩き込む。
〈メタルブランディング〉
火柱をあげて追撃を仕掛けるワットだったが、
「なるほど……勉強になった、なぁっ!」
と鉄爪の力で素早く持ち直し、モウラは上層の鉄骨へと飛び上がった。奇襲返しは不発に終わる。
「たく、無駄にしぶといな。虫野郎」
マスクの奥で舌打ちする晶斗の頭上で、罵倒された八雲は鉄骨に手をつき肩を大きく上下させる。
今ので仕留めきれなかったのは、これの頑丈さを考慮すれば痛恨事だった。
「そういう、こと、すんなら、オレにも策がある」
「策だぁ?」
おおよそこの男には似合わないキーワードを反復させる晶斗の前で、曲げた背を伸ばしつつ、間を溜めて、
「……やっぱ逃げるっ」
と、言い放って背を向けてさらに上へと飛んでいく。すかさずドライバーを武器から抜き放ち火の弾を発するも、糸を掴んで縦横に跳ぶモウラをすり抜け、虚しく闇に飲まれていくだけだった。
自分から晶斗打倒を宣っておきながら、あっさり翻意。
その切り替えの早さには、呆れより先に感心が来る。
いや、それどころか、今ここで奴を取り逃がすことは晶斗にとって非常に都合が悪い。もし見失えば、レフらにたどり着く手がかりを無くしてしまう。
状況的にも心理的にも、晶斗は追い詰められていたよ
(どうするか)
近距離主体の重装備のこのヒートスタンスでは到底届かず、目星もまともにつけられない状態でルナスタンスで闇雲で乱撃を仕掛けても、エネルギーと時間の浪費でしかない。
となれば、残されたのはただ一手。
「……テメェのご主人様の危機なんだ。手伝ってもらうぞ、羽」
呟きとともに緑のレンズを取り出す。
〈シルフ!〉
その意気に応じるが如く、ドライバーに換え納められたレンズが光の粒子を放出し、それらが素体となったワットの背に、彼の身の丈を上回る巨大な四枚羽の、蝶にも蛾にも似た、金属の異形となって物質化する。
トリガーを引くと、開かれた羽の表面で風が渦巻く。表層にあるのは蛾のごとき紋様……に非ず。ファンである。
四羽四基ずつ拵えられたそれが、ワットに向け翠風を送り込む。
しかしてそれは、晶斗の身柄を吹き飛ばすことなく、その鋼のボディと合一し、要所を白銀と若草の色味であらためて彩る。
頭部の両サイドには竜巻とも丸みを帯びたM字ともとれるアンテナ。
マスクの切れ込みには萌える翠のバイザー。
仮面ライダーワット サイクロンスタンス。
脚に溜めた風力でもって、彼は急浮上し、鉄骨を擦り抜けながらシートを頭で突き破る。
〜〜〜
工事現場の外に射出されると、まだ視界にはモウラがいた。どうやら、逃げきれた、相手に追う手立てがないと安堵して、速度を緩めていたらしい。
「なんだって!?」
背より響いたであろうシートを突き破る異音に気づいて顧み、そして自身と同じ高さに在るワットの姿に、八雲は仰天した。
そして慌てて逃走のスピードを速める。だが、出足が遅さにつけ入り、晶斗はそこからさらに距離を詰めた。
建物群の屋上を跳ね回り駆けずり、遠のいては近づき、並んでは離れるを繰り返す。
跳躍にあたり慣れない浮遊感が晶斗にとっては心許ない。
だが、レフの動きを思い返し、回数を重ねることで要領を掴んでいく。
そしてモウラがビルを飛び移らんとしたのに合わせて、ワットも飛んで遮る。
展開したバーリツールをスティックモードへと変形、分離させる。それを以て、八雲の複腕多脚との抗争を空中で繰り広げる。
一度目は決着がつかず、互いの位置を入れ違えながら、再度の交錯。
手数では劣るものの、八雲の虚を必ず捕えるという信念で以て突いた晶斗に、軍配が上がる。
「まずい……空中戦はオレが不利ぃ!? ……ぎゃあっ」
よく分からない理屈を言い出すモウラを、ビルの最上階へ蹴り落とす。
そして自身は滞空の間に、シルフレンズをドライバーごとバーリツールの片割れにセットする。
〈オーバーオール〉
周囲の風が、その二本の棒を中心点として集約する。翠に色づき、荒ぶる。
ワットは、その風に乗って大きく旋回しながらモウラを急追する。
戦う姿勢さえ見せず、慌てて背を向ける八雲だったが、判断が遅いし、この時点では誤っている。最初から逃げに徹していれば良かった。下手に交戦すべきではなかった。
〈シルフ・メタルツイスター〉
ワットのスティックが唸りをあげてモウラを打つ。背部のユニットを砕き、本体を痛打する。
如何に郁弥の完成させたシステムが優秀かつ堅固であったとしても、
装甲がナノマシンへと戻りながら八雲の身から剥離する。
転がる彼自身の身柄を、ワットの鉄腕が確保した。
襟の口を掴み上げたまま、八雲の頭は半ばビルの外、上昇気流に晒される。
「手間かけさせんじゃねぇ」
変身を解かないままに低く恫喝する晶斗に、
「オマエ、あのガキの正体知ってんだろ!? それなのにまだ顔突っ込もうなんて、どうかしてっぞ!?」
と八雲は怒鳴り返した
散々な物言いだが、珍しく正論では在る。逆の立場ならきっと自分だってそう言うという自覚は、晶斗にとてある。
「あぁ、まったくだよ。テメェでも反吐が出る。親父同様、イカれちまったみてぇだ」
それでも、と八雲の上着を絞りつつ、晶斗は言った。
「俺が納得するために、自分で選んだ道だ。自分では何も考えず、オヤジの言いなりになってるお前と違ってな」
「……言ってくれるな。つか、オヤジの言うこと、守れたこと一度もねーっての」
自慢にもならないことをぼやきつつ、
「だから、ま……言いつけ破んのも今更か」
という独語とともに彼が余分な力を脱いたことが、腕を介して伝わってくる。
「アイツらの場所、教えても良い。けど、条件がある」
「そんなことをねだれた立場か」
やたら気取った言い回しをする八雲を、完全にビルの外に宙吊りにする。生殺与奪の権が、文字通り晶斗の手の内にあることを、あらためて教えてやる。
「わー、わーっ!? 良いから聞けって!」
地面より遠のく足を激しく前後させながら、必死に晶斗の腕にしがみつく八雲。しかし、虚飾が剥がれたその双眸は、怯えと、それと同じぐらいの真剣味を宿している。
そして、縋るように願った。
「頼むよ! アイツも……ショーマのことも、救ってやってくれ!」