風が、哀しいほどに冷たかった。
海岸に寄り添う砂浜。発電のための風車が乱立し、若者たちの横合いでくるくると回る。
シーズンオフということで、彼らの周りには誰もいない。都合が良い。あるいは郁弥あたりが気を利かせて人避けをしてくれたのか。
だがもはや人の有無は関係ない。あるのは相手を打ち負かす。仇を討つ。それのみだ。少なくとも、月射照真にとっては。
対峙。と言ってもジャバウォックは彼に体の横を向けしゃがみ込み、浜辺に打ち捨てられた野球ボールやグラブに触れている。こうしていれば、見た目よりもあどけない子供のように思えてくる。まして破壊の暴竜などとは、露ほどに見えない。
「……来た以上は、君との戦いに応じるよ。それで、君の心が少しでも救われるのなら」
けれども。そう言葉を区切って、ジャバウォックはボールを手にしたまま立ち上がった。そして、手にしたそれを高く投げ放った。
「本当に僕ら、分かり合えないのかな。こうして、キャッチボールをする道も、どこかにあったはずなんだ」
ゆったりと曲線を描いて自身の手元に落下してきたそれを、照真は難なくキャッチした。
だが地面へと叩きつけた。
「なに寝ぼけたこと言っとんねん。人殺しのバケモンが。んなもん、あるワケないやろうが」
冷たく吐き捨てる彼に、目を伏せながらジャバウォックは悲しげに笑った。
「そうだね。僕は、おやっさんを殺した。でも、それだけが真実じゃない。それを聞いてくれる気は……なさそうだね」
鬼気を帯びた照真の表情を伺いながら、ジャバウォックは早い理解を示す。
そう、質問も、答えもいらなかった。
ただこの怪物を屠る。そのための一年だった。
「でもせめて、そのドライバーは捨ててくれ」
だがジャバウォックは、さらに呆けたことを
「さっきからずっと聞こえてきている、レイスの悲鳴。多分、そいつはフェアリーから限界まで力を捻出するよう設計されている。そして何より、君自身が、本来レイスレンズに対して適合しないはずだ。これ以上変身を続ければ、確実に破滅する……! 僕のことはいい! でも、君がそうなることを、おやっさんはきっと望ま……」
「黙れやボケがァ!!」
囀る精霊を、照真は一喝し返した。
すでに手には、奴が恐れるベルトとそれに収まって紫根のレンズが握られている。
「お前がおやっさんとか言うなや……! あの人がどう思おうだとか、お前の言ってることが正しかろうが思惑があろうが、そして俺がどうなろうとか、んなモンどーでも良えんじゃ!」
〈フォトンファウンドライバー〉
腹の前に据えたベルトから、起動、固定と共に音声が鳴り響く。
「お前が! 俺らから未来を奪ったっ! こっから先の人生に意味なんぞ無い!! 復讐、断罪! お前を葬ることが、俺に残されたたった一つの真実や!」
変身の掛け声さえなく、雄叫びと共に、髑髏の復讐鬼へと成り果てる。
その姿を前に、レフは静かに目を伏せた。
「だったら、僕もまだ君に倒される訳にはいかない。なんとしてでも、君からそいつを引きはがす」
と、静かに決意を表して。
右手を胴前の虚空にかざすと、その掌の下で空間が歪む。
さながら真珠のような色味と質感を帯びて、固定器具が出現する。
そこに収められたのは、蒼銀色の恐竜のごとき横顔がデザインされたフレームと、胎児のごとく背を丸めた、『F』の字になるよう爪を空間に立てた、飛竜の影。
おそらくは、それこそがジャバウォックの核たるレンズ。
それに手を這わせ、スライドさせつつ左手は印を結ぶように指を立てて顔の前を横切らせる。
何かが駆動するかのような音とともに、少年の顔には涙のようなラインが浮かび、レンズから放たれた青白い光が総身を包む。
それが晴れた時に現れたのは、白き龍人。
顔面の左には他のフェアリー同様、モノクル。右に歯京劇で用いるがごとき意匠の、だがそれとは異なり鮮やかな彩色はなく、白と黒の濃淡でのみ個性を主張する竜の仮面と紅玉の眼。
紫色のマフラーの下のすらりとしたボディの左右には鱗がごとき鉄片が生え揃う。
額の辺りから雌雄同体のクワガタムシのように、長短一対の角が伸びて、天を衝く。
シャルロックでもない。あの夜や、先の戦いで見た飛竜の姿でもない。
おそらくは、長時間外界でも活動が可能な、自らを人体と完全に融合させた形態。
強いて言うなら、ジャバウォックフェアリー怪人態とでも呼べる姿か。
「シャルロックの姿じゃなく、悪魔のナリで挑んでくる潔さは評価したるわ――遠慮なく、潰せる」
マスクの奥底で低く昏く嗤い、照真は必殺を期した構えをとった。