繰り出す技は人の術理から派生したもの。
その力の由来は人の技術。
しかして繰り広げる戦いは、その荒々しく禍々しい姿は、人ならざる者でしかなかった。
相手とのリーチには届かず、自身の間合いからは離れないよう努める。
レフが腕を振ればその軌道は並列した三筋の斬光となって、風を裂き、雷のような轟音と共にフォードへとぶち当たった。
だが、髑髏の鬼は一歩だに退かない。笠懸けにその爪撃を浴びようとも、そしてそのスーツから破砕的な音と火花が発せられても、なお踏み込み、そして拳の一撃をレフの肩口に喰らわせる。
「ぐっ!」
殴られてなお、意識はハッキリとしている。だが、ひとりでに身体はグラつき、膝を崩しかける。やはり、PFD由来の特性、フェアリーを肉体と分離させる力は、一発でも喰らうのは危険すぎる。
懸命に己を繋ぎ止めよ、と叱咤し、顔面に向けて突き出された二の矢の膝蹴りを躱す。
だが彼の執念を想わせる追い縋るような怒涛の攻めは、体勢を立て直すことも間を再び開けることも許さない。
(やむを得ない)
直撃を覚悟と承知の上で、交差させた腕で振り下ろされた拳を支えるように防ぐ。
膝から力が抜けるに先んじて、前屈みとなって、半ば転倒の形で照真の横をすり抜け、白い斬光を奔らせる。
明確な、手ごたえはあった。確実なダメージは入ったはずだろう。
しかしそれも照真を怯ませることさえ能わず、反撃の
漏電が如く、レフの総身から肉体の維持に不可欠なエネルギーが零れ落ちる。
「せめて周りにメカなんぞあれば、もう少しマシに動けたんやろうがな」
という照真の指摘は正しい。もし機械類が自分たちの周囲にあれば、それを自動操作して妨害や足止めぐらいはできただろう。そんなことは、レフも承知の上だ。そのうえで、何もない開けた砂浜に、彼を呼んだ。
「……そんな場所で戦えば、人々の暮らしの迷惑になる」
レフは軽く喘ぎながら、低く返した。
あるいは、被害を顧みることなくフルパワーを発揮すれば、彼を止められるかもしれない。
だが、孤島でのあんな事故は、もう御免だ。この破壊の能力で、誰の命も奪いたくはない。
「それに、君とは怪物の力で対するんじゃなく、人の心で向き合いたい。それが僕の本心さ」
「――この期に及んで! まだそないな下らんコトほざくんかァ!」
喝破と共に、一瞬で我から身を詰めたフォードは、戦闘スタイルも何もあったものではない、滅多打ちを叩き込んでいく。
それを凌ぎながら、奥歯を噛みしめる。
間違いなく、身体に痛みは蓄積しているはずだ。ドライバーの酷使も含めて、いつ壊れてもおかしくない。にも関わらず、痛覚を遮断したかのような猛攻だった。
しかし自身で宣言したように、我が身が破滅しようと構わないという姿勢そのものだ。明日のことなど考えていない。
これでは、どちらが怪物か分からない。
いや、それはレフとて同じだった。
結局この命も身体も借りもので、信義も夢も故人から引き継いだ遺産でしかない。
よしんばこの戦いを切り抜けたとして、果たして自分に何が残っているのか。
(それでも)
彼の命を救いたい。
他ならぬ、和灯千里が生きて欲しいと、そして幸福な未来を願ったのは、きっと照真なのだから。
正攻法で止めることが出来ないというのなら、否が応にも体勢を崩さざるを得なくするのみ。
再び開けた間。その空間を、レフが飛ばした爪撃が飛ぶ。孤を描いて浮上したそれは、照真の頭上にて雨のように彼へと降り迫る。
その防備のために、フォードは足を止めた。そして注がれ幾筋もの斬撃を腕の力のみで弾いていく。
だが、意識が上へと傾くことこそが、レフの狙いだった。
水面蹴りの要領で踵を旋回させると、そこから伸び上がった青い閃光が、注意がわずかにおろそかになった足下を刈り取る。
わずかに浮遊した後、背を地につける照真に、今度はレフが一気に間を詰める番だった。
飛びつき、組みつき押し倒し、馬乗りになってベルトのバックルに手をかける。
狙いはハッキング。ドライバーを強制的にシャットダウンさせるより他、止める術はない。
だが、その手首を照真の片手が、渾身の力と執念の意志力で捻り上げる。
そして、自らがドライバーのサイド部をスライドさせて、いつの間には手の内に握り込んでいたメモリを装填した。
〈アタックドライブ・デシストタイタン!〉
面を鬼のそれに換えた彼の腕力のみならず、突如として転送されてきたバーリツールが巨剣のごとき形状を象りながら、下からレフの肉体を押し返していく。
そしてその刀身は怨讐の紫炎を宿し、時を刻むごとにその勢いは強まっていく。
それが最高潮に至った瞬間、彼らの胸の間で爆発が起こった。
その余波は隣に打ちつける海水さえも干し、砂を焼き焦がす。
さしものジャバウォックもその至近からの暴風を浴びては、敵ドライバーの特性など関係なく、怪物の態を剥がされて伏すより他ない。そしてそれを繰り出したフォードさえも例外であろうはずもなく、彼もまた彼方へと跳ね転がっていった。
だが、性能の差か。それとも必死の覚悟の差か。
彼の変身はまだ解けてはいない。よろめきながら、起き上がるのも彼の方が早かった。
「くだばれや、悪魔」
腹の底から絞り出されるかのように、紡がれるのは呪詛そのもの。
〈レイス・ブレイキングメモリ〉
必殺のボタンに触れる指先には、殺意が満ち溢れている。
(それほどまでに)
滅ぼしたいのか、
我が身を滅ぼして魂を削ってまで、照真や郁弥にとって、否定されるべき『悪』なのか、己は。
まさに今、彼との間に生じた骸骨の幻影が、彼の冷たい拒絶そのものだ。
そして、最後の時が訪れようとする。
死神の門をくぐり、跳び蹴りを繰り出したフォードによって。
――それで良いかもしれない。自分が消えることで、照真がドライバーを捨ててくれるのなら。
それで彼の苦しみが終わるのなら。
これ以上、何を望むことがあるだろうか。
これ以上――
一抹の雑念を残しつつも、諦観とともに目を閉じたレフ。
その瘦躯を、風が浚った。
段差を飛び越え宙を舞う二輪がうねる。間一髪で、フォードのライダーキックを通り抜けた。
その車体の脇に、レフは抱えられていた。
驚きつつも目線を上げれば、見慣れた青年。
頭から被ったメットの下で、峻厳ながらもそれゆえに強固な美しさがある双眸が閃いた。
戦いの中、今まで冷たく自身を拒み、苛んできたはずの風が。
今はこんなにも力強く、守るが如くに纏わっている。
粉塵を巻き上げ着陸すると同時に彼、和灯晶斗は、救い上げたレフのその身を砂浜に落としたのだった。