自身の、いやかつては父和灯千里の愛機、マシンドロンパーより下りた晶斗は、そのままメットを脱いで砂地へと放った。
「和灯さん……どうして」
真実を打ち明けた今、彼が父の実質的な仇を救う理由などあろうはずもない。
こんな、怪物など。
起き上がって当惑するレフを、晶斗はおもむろに上着から抜き取った紙束を丸めてひっぱたいた。
「あたぁっ!?」
紙とは思えない、帽子の上からでも脳天に届くほどの、打撃。快音を響かせた頭を押さえて、レフが悶えるにも関わらず、晶斗はそれを広げて
「なーにが、『勘弁してほしい』だ。自分だけ気持ちよくなって降りようとしやがって。現ナマでしか支払いは受け付けないって、俺言ったよなぁ?」
と毒づきながら顔面を塞いできた。
「い、いやだって……僕は怪物で、お父さんの仇で」
「良いから、それ見ろ」
へ、と塞がれた肉体の咽頭から、間抜けな調子の空気が漏れた。
アゴをしゃくって見せる晶斗に言外に促されるまま、シワだらけになったその文面を広げて見るも、なんてことはない。最初に会った時にレフ自身が書いた注文書、そして作ってくれた名刺である。
「何が書いてある」
「え、名前……双見、怜風」
「他には」
「住所のとこに、君のアトリエ」
「他は?」
「……探偵。双見探偵事務所」
「そうだ」
仏頂面で、晶斗は頷いた。
「捨てる道はいくらでもあった。いつでも投げ出せた。それでもお前は選んだ。お前が受け入れ、お前が名乗り、お前が刻んだ……それが全てなんじゃねぇのか」
固まるジャバウォックの前でそう言い切り、晶斗は顔を、身を、人の形をした若者へ寄せた。
「お前は、双見怜風。俺の依頼人で、探偵で、仮面ライダーだろ」
そう言って彼は最初こそ硬くぎこちなく、やがては自然に、目を細めて口を綻ばせた……笑った。
「何者でも無かった時のお前がこれまで何をしてきただとか関係ない。最後まで貫けよ、レフ。お前が選んだ、その在り方を」
初めて名を呼んでくれた。初めて笑いかけてくれた。
それを揶揄う言葉など、あろうはずもない。
「……参ったな……」
作り物の胸が、締め付けられる。被造物の喉が震え、不要な機能であるはずの涙が、なけなしの人間性を表すかのように流れた。
「せっかく綺麗に終われると思ったのに、消えるつもりでここに来たのに……先なんてないって思ったのに……そんなこと言われたんじゃ、レフとして、生きていたくなるじゃないか……っ」
――それでも、苦悩の果て、一度の決意と諦めを翻してまで得た、生きようとする意志は、きっと本物だった。
「……なに、勝手吐かしとんのや」
渾身の一撃から逃れられ、体勢を立て直していた照真が、彼らとは背中合わせに起き上がった。
「そいつはおやっさんの仇、怪物や。生きている価値のない悪魔やろうがッ!」
そう罵る彼の声は、逃れても目を外してもなおつきまとう呪、そのものだ。
「勝手言ってんのはテメェだろうが。んなこと決める権利なんざ、コイツ以外の誰にもありゃしねぇ」
晶斗は彼を髑髏の鬼を顧みながら冷ややかに返した。
「ハッ、いきがんなや! お前らが、フォードに勝てる道理が無いやろが!」
感情に任せて強い言葉を使う。だが、指摘自体はもっともだ。
「たしかに」
と、それは晶斗も認めるところだ。
「コイツがシャルロックやフェアリーになったところで、お前に剥がされる。俺がワットを使っても、バーリツールが流用される」
いずれにせよ、ハンデを負った状態で高スペックのフォードと争うことになる。
「だったら、手立ては一つしかねぇだろ」
そう言って横から差し出された手に、レフは意図を察する。
「こいつは、
と逆の手でドイルドライバーを手にした晶斗に、小さく感嘆が漏れた。
そう、それこそが和灯千里がシャルロックに求めた形、見果てぬ夢。自身がその息子に、求めていたこと。
「歪みに歪んだテメェのレンズ、叩き直してやる。俺が……いや、俺たちがな」
――否、彼はそれをも超える。
どんな形であれ、この時ばかりは自分もまた、
(そうだ、僕たちは)
潤む目元を強く拭い、レフは自らの固定器具より、自身の核たるそれを外す。
未だ手に在る内はその肉体を動かすことができるが、それを晶斗の掌上に落とした瞬間、レフの肉体は空となり、砂浜に倒れ伏す。
「君に託す。君に委ねる。どうか上手く、乗りこなしてくれ、相棒」
と、その間際に唇を動かして。
晶斗はドイルドライバーを、自身の腰に展開させた。
〈ジャバウォック!〉
レフ自身たるそれをスタンバイサイドへ装填する。
エネルギー体と化したレフは、竜の姿となって白き翼を打ち、晶斗の近くを巡る。その周回の中心で、晶斗は右手に左の手首を握らせて、その左手の五指を曲げる。空気に爪を突き立てるように。あるいは見えざる誰かの手を掴むように。
そして意識を集中し、同調させ、高めさせ、ベルトのレンズをアクティブサイドへスライドさせる。
変身――!
その一言に、彼らの声と想いが重なる。
〈Joker invited you "Shall we open the lock over the fang?"〉
晶斗の肉体を、タイヤを想わせる黒いスーツの素体が覆い、その頭の上から被さるように、レフはそれと一体化する。左右に分かれ、シャルロックをベースとするパーツの数々となって身体の節々に散る。
左目のモノクルはアメジストの紫光を放ち、モノクロームのシャープな衣が彼を包む。神獣の鬣、あるいは武芸者の蓬髪がごとき白き牙の大小パーツが、マスクの周囲を囲う。
通常のフォームでは隠れ気味の右目が晒されて、赤き瞳を尖らせる。
〈Kamen Rider Shalllock Fang logic〉
ぐいと押し拭うかのように、下顎を手の甲で擦り、その手を質すべき相手へと突きつける。
仮面ライダーシャルロック ファングロジック
どんな形であれ、どんな姿であれ。今この時は。
――ふたりでひとりの、仮面ライダーだ。