仮面ライダーシャルロック   作:大島海峡

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9.最後の罪

 研ぎ澄まされた爪と、怨念の籠った拳とが衝突する。

 鋭さと重さが衝突する。

 弾かれた互いの肉体が、その力の拮抗を証明しているようだった。

 

 だが、そんなことで止まれない。退けない。終われない。そんな段階に、至っている。

 一方が一方を屈服させるまで。その主張を沈黙させるまで。

 闘争の本質に、立ち返る。

 

 打つ。打つ。打つ。打つ。

 隙あらば殴り、そうでなければこじ開ける。

 防御をおそろかにした前のめりの格闘の中で、比喩ではなく互いに火花を散らす。

 

 数十度に渡る衝突の後、寸分の速度の差でフォードがアッパー気味の右拳でもってシャルロックのガードを打ち崩す。

 空いたボディーに、真っ直ぐな、だが私怨であり紫炎たる直拳が飛んだ。

 喰らえば、間違いなく胴を抜かれる。

 

 だがその間際、シャルロックの右手が、人の反射神経ではあり得ない速度で引き返し、肉体に至る前にその拳を包み込んだ。

 まるで、いやそこには、和灯晶斗以外の意思が並列して存在し、判断しているかのように。

 

『悪いけど、これ以上はやらせない』

 シャルロックのモノクルが紫の明滅を繰り返しながら、晶斗ならざる高い声が響く。

 

 そしてそのまま引き崩すと、鋭い蹴りを逆に照真へと放つ。

「クソがッ!」

 口汚く罵りつつ、その手は冷徹である。

〈デシストミズチ〉

 メモリを換える。青い骸面に換わる。その両手に、長棒と化したバーリツールが転送される。

 その先端で魔蛇の骨が、伸び上がって晶斗の腕を絡め取った。

 これで障となる腕を封じた。あとは存分に嬲るだけ。

 

 そう考えただろう。だが、それを如何に破るかは、彼らの内にて同期した情報が教えてくれる。

〈シルフ!〉

 すなわち、ドライバーのスタンバイサイドへ、翠風のレンズを。

〈Cyclone Fang!〉

 という既存のシャルロックの形態ではまず認められない、未知なる音声が轟く。

 

 モノクロームの腕に、突如として翠の気配が生じる。内より膨れ上がった鋭利な物質に、蛇骨は斬り裂かれた。

 シャルロックの、きつく拘束されていた手首の辺りに、猛禽類の如き猛々しい爪……否、暴龍の牙が翠緑の光沢と共に生えて来ていた。

 

 シャルロックは浜を蹴る。

 まるで追い風でも得たかのような速攻。その牙が、再生して食ってかかるより先に、蛇の胴部輪切りにして、その主たるフォードへと迫った。

 

 そして、その刃を彼のフォトンファウンドライバーへと突き立てるか、に見えたが、フォードはその狙いを読んで鉄棒をもって防ぐ。その長得物でもって、渾身の力を発揮してシャルロックを持ち上げ、遠くへと投げ飛ばした。

 

〈デシストペガサス〉

 

 そして即座に射撃体勢を整えると、自身も翠の力を故人の遺物より収奪し、ボウガンへと打ち直したバーリツールより実中の一矢を放つ。

 

〈ライカン!〉

〈Luna Fang!〉

 

 レンズと、それに合わせた音声と共に、翠の牙は金色へ。抜き取ったそれを、水平にして投げる。

 ブーメランよろしく旋回する。あるいは不規則に宙を踊り、空間を跳躍する。光矢と月牙が互いに互いを迎撃する。あるいは激しい空中戦を展開した後、互いをやり過ごし、射手たるライダー二体の胸部へと叩き込まれる。

 

 戦いの歴史それ自体がそうであったように、一度徒手へと立ち返った状態から、武具の時代(ステージ)へ、そして射撃の時代へと推移していく。

 だがそこから先は、どこに行き着くのか。さらなる遠距離戦か。否、至近距離戦へと立ち返る。

 

〈デシストタイタン〉

 フォードはボウガンの形を捨てた、

 小細工も、防御も、命も捨てて巨剣を掴む。

 もはや完全に防御を諦めた不退転の覚悟と姿勢のまま、心の鬼を我が面にしてゆっくり一歩一歩を踏み締めて歩んでくる。

 

〈サラマンダー!〉

〈Heat Fang!〉

 足止めの無為を悟った晶斗らは、牙を自らの手の甲へと引き戻す。

 赤光とともに、その刃はより鋭く、中東の曲刀のような風味を帯びる。

 

 その刃で、接近して来た鬼を殴りつける。

 鎧を通さずとも、帯びた火気は強く叩き込まれるたびに爆炎を起こす。

 だが、揺らぎはするも怯みはしない。それを受けても膝を折らず、自らに押し当てるように、フォードはその火熱の牙を抱き込んで動きを封じる。

 そのうえで、自らもシャルロックの肩口に剣刃を叩き込んだ。

 

 狙いは、推し量らずとも明白だ。紫光を強めていく刀身を見れば。

 再度の、己を巻き添えにしてのエネルギーの暴発。

 だが、加熱の速度は、こちらが上だ。

 

 晶斗はサラマンダーの火力に自らの意気をくべる。前方の照真へと集中させるよう操る。

 焔は猛り、周囲の酸素を吸い上げた後、爆風となって叩き込まれた。

 

「が……ァ!」

 怪物じみた断末魔とともにフォードは彼方へと飛ばされ、風車へと激突した。

 

「まだや……まだやッッ! お前に、お前らに罪を償わせんことには、俺は……俺はぁぁぁぁァァァァ!」

 照真の叫びが、人のものでは無くなる。

 そのレンズより放出された粒子は、仰け反る彼の総身を包み、二倍、三倍と肥大化させていく。

 打ち付けられた風車を取り込んで天高くまで成長したフォードは、システムやパワードスーツの枠組を超えて、巨大な髑髏の怪物と化した。

 

 帽子や外套はそのままに、さながら十字架のように風車を背負い、髑髏の面には正中線には大きく亀裂が入り、禍々しい悪魔の、激しき憤怒の情が露となる。

 

 ――仮面ライダーフォード・激情態といったところか。

 

『レイスレンズが暴走した。このままでは、周囲を巻き込んで爆発する!』

 モノクルを光らせながら、レフの側が危惧を鳴らす。

「で、どうすりゃ良い?」

『僕が内部に入り込んで、ドライバーをショートさせる……けど、当然僕らも危ない』

 

 内に響くレフの憂えを真摯に捉えつつも、腰に手を当てた晶斗は重たい口調で、

「……実は、ここに来るまでの間に厄介な依頼(シゴト)請け負っちまってな」

 とおもむろに言った。

 

「あのバカ、救ってくれだとよ」

 

 ……その依頼が誰からのものなのかは、問うまい。限られた可能性の中から、おおよその見当がつく。

 そしてつまりは、逃げ出したり、諦める選択肢など、端からない。

 

『うん、分かった。それじゃあ助けよう、彼を!』

 レフは、心の中でつよく首肯する。

 左手をかざしたシャルロックの背に、マシンドロンパーが自走してくる。

 

 それにまたがり、ドン・キホーテよろしく風車の魔王へと挑みかかった。

 強化ゴムのタイヤが砂塵を巻き上げる。轍を残す。

 樹木の根の如く、その砂地から骨の突起がうねり突き出て、シャルロックを二輪車ごと串刺しにせんと囲む。

 蛇行しながら避け、いなし、やがてその懐中へと至る。

 自分たちを叩き潰すべく振り下ろされた腕を逆に伝い、その肩口にまで駈け上る。

 

 車体を立てて飛翔する。

 タイヤの回転を利用し、さらに上へ。

 そして巨魁と化したフォードの頭上に達した時、ベルトのレンズをジャバウォック一つに。そのうえでそのレンズをスタンバイサイドへ。

 

〈Jabberwock!〉

 シャルロックの右脚が鋭く伸びる。だがその変化は武器とするためではない。射出装置である。

 

〈Strizer Q.E.D!〉

 獲物に喰らいつく恐竜の咢のごとく、間隔を狭めた両脚に集約した白き輝きが、やがて丸まる飛龍を象る。そこに、レフ自身の意思を乗せる。

 

 そして右脚左脚を軸として大きく旋回させ、遠心力を用いてそれを飛ばす。

 青白い直線を空に刻む。風を裂く。前方を妨げる骸骨の腕を打ち砕き、人体においては心の臓に位置する箇所を食い破る。

 そしてその内に在って、苦悶に荒ぶる青年へと手を伸ばす。

 怪物ではなく、人として。仮面ライダーとして。

 触れたドライバーにエネルギーを通すと同時に、彼自身の身柄を奪い去って背へと突き抜ける。

 

 核たる月射照真を失った、骸骨の怪物は内包するエネルギーの統制を失い、項垂れた。

 程なくして、着地した晶斗とレフの裏で自爆し、自壊し、四散する。後には何も残らない。

 

 地に投げ出された照真から、ドライバーが転げ落ちる。

 強引に変身を打ち切られたPFDは、それまでの酷使も重なって、レンズをパージした後で、焼き切れて黒煙を吹いた。晶斗の見立てでは、もはや修復は不可能だろう。

 

「おや、っさ……」

 もはや、手にしたところでどうにもならないというのに、震える腕を照真は懸命に伸ばす。

 だが結局は届かず、気力を失って浜に突っ伏した。

 

 そしてレイスレンズそれ自体も、限界を迎えた。

 亀裂の中より、紫紺の粒子が漏れ出、それによって内側から砕け散る。

 

「あっ……」

 晶斗と再融合したレフは、それを回収すべくエンプティレンズを取り出して掲げんとするも、その手を晶斗の意志が、もう一方の手に乗って制した。

 

「送ってやれ……親父のもとに」

 レフは静かにその意を汲んだ。立ち上っていく光の粒を仰いだ。

 

 それはまるで、火葬の後に立ち上る煙のようでもあった。

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