研ぎ澄まされた爪と、怨念の籠った拳とが衝突する。
鋭さと重さが衝突する。
弾かれた互いの肉体が、その力の拮抗を証明しているようだった。
だが、そんなことで止まれない。退けない。終われない。そんな段階に、至っている。
一方が一方を屈服させるまで。その主張を沈黙させるまで。
闘争の本質に、立ち返る。
打つ。打つ。打つ。打つ。
隙あらば殴り、そうでなければこじ開ける。
防御をおそろかにした前のめりの格闘の中で、比喩ではなく互いに火花を散らす。
数十度に渡る衝突の後、寸分の速度の差でフォードがアッパー気味の右拳でもってシャルロックのガードを打ち崩す。
空いたボディーに、真っ直ぐな、だが私怨であり紫炎たる直拳が飛んだ。
喰らえば、間違いなく胴を抜かれる。
だがその間際、シャルロックの右手が、人の反射神経ではあり得ない速度で引き返し、肉体に至る前にその拳を包み込んだ。
まるで、いやそこには、和灯晶斗以外の意思が並列して存在し、判断しているかのように。
『悪いけど、これ以上はやらせない』
シャルロックのモノクルが紫の明滅を繰り返しながら、晶斗ならざる高い声が響く。
そしてそのまま引き崩すと、鋭い蹴りを逆に照真へと放つ。
「クソがッ!」
口汚く罵りつつ、その手は冷徹である。
〈デシストミズチ〉
メモリを換える。青い骸面に換わる。その両手に、長棒と化したバーリツールが転送される。
その先端で魔蛇の骨が、伸び上がって晶斗の腕を絡め取った。
これで障となる腕を封じた。あとは存分に嬲るだけ。
そう考えただろう。だが、それを如何に破るかは、彼らの内にて同期した情報が教えてくれる。
〈シルフ!〉
すなわち、ドライバーのスタンバイサイドへ、翠風のレンズを。
〈Cyclone Fang!〉
という既存のシャルロックの形態ではまず認められない、未知なる音声が轟く。
モノクロームの腕に、突如として翠の気配が生じる。内より膨れ上がった鋭利な物質に、蛇骨は斬り裂かれた。
シャルロックの、きつく拘束されていた手首の辺りに、猛禽類の如き猛々しい爪……否、暴龍の牙が翠緑の光沢と共に生えて来ていた。
シャルロックは浜を蹴る。
まるで追い風でも得たかのような速攻。その牙が、再生して食ってかかるより先に、蛇の胴部輪切りにして、その主たるフォードへと迫った。
そして、その刃を彼のフォトンファウンドライバーへと突き立てるか、に見えたが、フォードはその狙いを読んで鉄棒をもって防ぐ。その長得物でもって、渾身の力を発揮してシャルロックを持ち上げ、遠くへと投げ飛ばした。
〈デシストペガサス〉
そして即座に射撃体勢を整えると、自身も翠の力を故人の遺物より収奪し、ボウガンへと打ち直したバーリツールより実中の一矢を放つ。
〈ライカン!〉
〈Luna Fang!〉
レンズと、それに合わせた音声と共に、翠の牙は金色へ。抜き取ったそれを、水平にして投げる。
ブーメランよろしく旋回する。あるいは不規則に宙を踊り、空間を跳躍する。光矢と月牙が互いに互いを迎撃する。あるいは激しい空中戦を展開した後、互いをやり過ごし、射手たるライダー二体の胸部へと叩き込まれる。
戦いの歴史それ自体がそうであったように、一度徒手へと立ち返った状態から、武具の
だがそこから先は、どこに行き着くのか。さらなる遠距離戦か。否、至近距離戦へと立ち返る。
〈デシストタイタン〉
フォードはボウガンの形を捨てた、
小細工も、防御も、命も捨てて巨剣を掴む。
もはや完全に防御を諦めた不退転の覚悟と姿勢のまま、心の鬼を我が面にしてゆっくり一歩一歩を踏み締めて歩んでくる。
〈サラマンダー!〉
〈Heat Fang!〉
足止めの無為を悟った晶斗らは、牙を自らの手の甲へと引き戻す。
赤光とともに、その刃はより鋭く、中東の曲刀のような風味を帯びる。
その刃で、接近して来た鬼を殴りつける。
鎧を通さずとも、帯びた火気は強く叩き込まれるたびに爆炎を起こす。
だが、揺らぎはするも怯みはしない。それを受けても膝を折らず、自らに押し当てるように、フォードはその火熱の牙を抱き込んで動きを封じる。
そのうえで、自らもシャルロックの肩口に剣刃を叩き込んだ。
狙いは、推し量らずとも明白だ。紫光を強めていく刀身を見れば。
再度の、己を巻き添えにしてのエネルギーの暴発。
だが、加熱の速度は、こちらが上だ。
晶斗はサラマンダーの火力に自らの意気をくべる。前方の照真へと集中させるよう操る。
焔は猛り、周囲の酸素を吸い上げた後、爆風となって叩き込まれた。
「が……ァ!」
怪物じみた断末魔とともにフォードは彼方へと飛ばされ、風車へと激突した。
「まだや……まだやッッ! お前に、お前らに罪を償わせんことには、俺は……俺はぁぁぁぁァァァァ!」
照真の叫びが、人のものでは無くなる。
そのレンズより放出された粒子は、仰け反る彼の総身を包み、二倍、三倍と肥大化させていく。
打ち付けられた風車を取り込んで天高くまで成長したフォードは、システムやパワードスーツの枠組を超えて、巨大な髑髏の怪物と化した。
帽子や外套はそのままに、さながら十字架のように風車を背負い、髑髏の面には正中線には大きく亀裂が入り、禍々しい悪魔の、激しき憤怒の情が露となる。
――仮面ライダーフォード・激情態といったところか。
『レイスレンズが暴走した。このままでは、周囲を巻き込んで爆発する!』
モノクルを光らせながら、レフの側が危惧を鳴らす。
「で、どうすりゃ良い?」
『僕が内部に入り込んで、ドライバーをショートさせる……けど、当然僕らも危ない』
内に響くレフの憂えを真摯に捉えつつも、腰に手を当てた晶斗は重たい口調で、
「……実は、ここに来るまでの間に厄介な
とおもむろに言った。
「あのバカ、救ってくれだとよ」
……その依頼が誰からのものなのかは、問うまい。限られた可能性の中から、おおよその見当がつく。
そしてつまりは、逃げ出したり、諦める選択肢など、端からない。
『うん、分かった。それじゃあ助けよう、彼を!』
レフは、心の中でつよく首肯する。
左手をかざしたシャルロックの背に、マシンドロンパーが自走してくる。
それにまたがり、ドン・キホーテよろしく風車の魔王へと挑みかかった。
強化ゴムのタイヤが砂塵を巻き上げる。轍を残す。
樹木の根の如く、その砂地から骨の突起がうねり突き出て、シャルロックを二輪車ごと串刺しにせんと囲む。
蛇行しながら避け、いなし、やがてその懐中へと至る。
自分たちを叩き潰すべく振り下ろされた腕を逆に伝い、その肩口にまで駈け上る。
車体を立てて飛翔する。
タイヤの回転を利用し、さらに上へ。
そして巨魁と化したフォードの頭上に達した時、ベルトのレンズをジャバウォック一つに。そのうえでそのレンズをスタンバイサイドへ。
〈Jabberwock!〉
シャルロックの右脚が鋭く伸びる。だがその変化は武器とするためではない。射出装置である。
〈Strizer Q.E.D!〉
獲物に喰らいつく恐竜の咢のごとく、間隔を狭めた両脚に集約した白き輝きが、やがて丸まる飛龍を象る。そこに、レフ自身の意思を乗せる。
そして右脚左脚を軸として大きく旋回させ、遠心力を用いてそれを飛ばす。
青白い直線を空に刻む。風を裂く。前方を妨げる骸骨の腕を打ち砕き、人体においては心の臓に位置する箇所を食い破る。
そしてその内に在って、苦悶に荒ぶる青年へと手を伸ばす。
怪物ではなく、人として。仮面ライダーとして。
触れたドライバーにエネルギーを通すと同時に、彼自身の身柄を奪い去って背へと突き抜ける。
核たる月射照真を失った、骸骨の怪物は内包するエネルギーの統制を失い、項垂れた。
程なくして、着地した晶斗とレフの裏で自爆し、自壊し、四散する。後には何も残らない。
地に投げ出された照真から、ドライバーが転げ落ちる。
強引に変身を打ち切られたPFDは、それまでの酷使も重なって、レンズをパージした後で、焼き切れて黒煙を吹いた。晶斗の見立てでは、もはや修復は不可能だろう。
「おや、っさ……」
もはや、手にしたところでどうにもならないというのに、震える腕を照真は懸命に伸ばす。
だが結局は届かず、気力を失って浜に突っ伏した。
そしてレイスレンズそれ自体も、限界を迎えた。
亀裂の中より、紫紺の粒子が漏れ出、それによって内側から砕け散る。
「あっ……」
晶斗と再融合したレフは、それを回収すべくエンプティレンズを取り出して掲げんとするも、その手を晶斗の意志が、もう一方の手に乗って制した。
「送ってやれ……親父のもとに」
レフは静かにその意を汲んだ。立ち上っていく光の粒を仰いだ。
それはまるで、火葬の後に立ち上る煙のようでもあった。