シャルロックの手が、レンズを引き抜く。
変身は解け、装甲は風に消え、レンズは手の内より、本来ありべき場所へと転送される。
そしてその瞬間、支えを失ったように晶斗はその場にへたり込んだ。
「和灯さん!?」
自身の身体に戻ったレフは、急いで起き上がって晶斗を助け起こした。
彼は相棒を軽く睨み上げながら、
「たく、トバし過ぎだ」
と苦言を呈する。
思い返せば未知のシステム、レンズを運用しながら照真の憎悪と猛攻を受け続けたのだ。
この憔悴ぶりにも、納得しかない。
「和灯さんもね……無茶し過ぎ」
そう言って手を差し伸べると、晶斗は抵抗なく掴み返す。
やや硬い、だが心地よい力強さと圧迫感だった。お前は間違いなく生きていると、伝えてくれるように。
「俺のことより、そっちの方を気にかけろって」
そう言って晶斗が促した先、倒れ伏したままの月射照真がいる。
背は上下しているから、まだ息はありそうだが、これ以上何かをするつもりもない。誤解も、今更解いても詮無いことなのだろう。
決して目覚めていたら望むまいが、彼を介助すべく二人が歩み寄ったその時、スーツとロングコートをまとったその男が、横合いから彼らの進路を阻んだ。
レフと晶斗、どちらにとっても今や因縁浅からぬ人物だった。
「霧街、郁弥」
低い声で、晶斗は呼び捨てた。
レフも含め、自然その表情は険しい。
彼が和灯千里の仇である以上に、すでに晶斗、レフともに満身創痍。この状態で、彼の変身するモーリアに対抗出来るだろうか。いや、ベストコンディションの状態でさえも怪しい。
だが何を咎める様子もなく、彼は砂にまみれた照真を、自らが汚れるのも厭わず助け起こした。
そして、レフに一瞥を呉れて、
「……お前が、悪いわけではない」
そう、思いがけず言った。
「全ての責任は、我々にある。身勝手な大人たちの欲望やエゴが、お前を悪魔として生まれさせた」
だが、と砂を踏み締めて、郁弥はまっすぐにレフへと向き直った。
「お前は死なねばならない。決してこの世に存在してはならないんだ」
そう、強い拒絶の言葉を投げた。
「とは言え、今回の件も含め、お前には負い目はある。それに、お前やフェアリーを根絶させられるほど、我々の体勢は未だ盤石ではない」
喪神したままの照真を抱え上げ、物憂げに睫毛を伏せた。
「今日のところは見逃す。だが頼むジャバウォック……自らを処してくれ。それがお前自身や世界のためだ」
そう言って深く頭を下げる郁弥に、目を据わらせて晶斗がにじり寄った。
真正面から殴りつけるだけの権利が、彼にはあるはずだった。
「勝手なこと並べ立てやがって……て、んなモン百も承知ってワケか」
頭を下げ続ける郁弥もまた、おそらくその覚悟がある。
あるいは、殺されることさえも。
「……頭を、上げてください」
レフは晶斗をそっと押しやって、郁弥に言った。
「僕に、その頼みを聞く気はないのだから」
「確かに、僕も初めはそのつもりでいた。罪深いこの身が消えることで、少しでも世の中が良くなるなら、って」
ゆるゆると頭をもたげる彼に、でも、と言い添える。
「その考えの裏で、見ないフリして、押し殺してきたことがあった。そして和灯さんに命を拾われた以上、彼に生きていることを許されて、自分の感情に気がついた以上、もうそこから目を背けたくない」
郁弥の表情に、落胆も失望もない。あるいは、すでに予期はしていたのかもしれなかった。
「霧街郁弥、貴方は、おやっさんを撃った」
「……」
「それは確かに、正しい判断だったのかもしれない。貴方の立場なら、そうするしかなかった。それでも貴方は、正しさを理由に自分の罪を顧みなかった。その真実を誰よりも知りたかったはずの人に、伝えることをしなかった。その結果、彼を苦しませた」
目を伏せたままの照真に、憐れみの目線を投げかける。
そして、郁弥と対峙し、そして正視した。
「僕には、それが許せない」
「……」
「だから僕は貴方と戦う。他のフェアリーも滅ぼさせはしない。いずれ、僕がその罪を、白日の下に引きずり出す」
静けさを取り戻した一帯。波の音が蘇ると同時に、彼らの間に、何者にも侵しがたい冷たい隔絶を作っているかのようだった。
そんな中で、レフは静かに郁弥への打倒を誓った。
「傲慢な物言いだな」
冷ややかにそう吐き捨てると、男は踵を返した。
「まるで、人間のようだ」
と横顔を傾け言い残し、彼は去っていく。
遠からず、本気で争うであろう大敵の背を、二人は見えなくなるまで睨み続けるのだった。