「あれ? 工房ってこっちじゃないの?」
レフは首を傾けてアトリエの奥を指差した。工具箱の類が並べられていた一室へは向かわず、晶斗はカーテンで仕切られた脇の部屋へと足を向けた。
そこは物置小屋兼資料室といったところで、小難しそうな感じの専門書へと彼は手を伸ばす。
だがそれ自体を取ることはせず、横に退けるとその後ろから、部屋の雰囲気とはミスマッチな電子パネルが現れた。
そのパネルに、レフの死角から乱雑な数を入力すると、戸棚自体が大きくスライドして、鋼鉄の扉が現れた。そして一人でにその口が開けば、中はエレベーターになっている。
唖然としかけたレフではあったが、依頼人などいないものとして乗り込もうとする晶斗の背に慌てて追いつく。
下層自体にはすぐに着いた。
開いた先には、何もない。真っ白な部屋。壁の継ぎ目さえなく、上に電灯や通風口の類もない。すべて壁の内に内蔵されているか、代替する機構が何処かしらにあるのだろう。
その異様さに苦い記憶が微かに蘇る。わずかながらに顔をしかめ、二の足を踏むレフには構わず、晶斗は半壊のドライバーを捧げ持った。
「診断を開始する」
そう、誰にともなく呟くとともに。
次の瞬間、両側の壁が迫り出した。
列を成して分かれ、格納されていた機器類や部品が陳列されていた棚が、晶斗を、おそらく彼にとって都合の良い並びで囲む。
その様は、さながら工具店のようでもあり……鋼の本棚のようにも想えた。
棚の一角から照射される光が晶斗の掌中のデバイスを包み込み、読み取ったその結果が彼の手元に映像としてアウトプットされる。
「損傷率76%。だがメインシステム自体は無事。データも独自のネットワーク上にバックアップ済み……よって残存部分から本来の形状をシミュレートして設計図を再作成。所要時間を算出……余裕がない。欠損パーツの製造と組み立てとを並行して行う。それらのタスクを一覧にしてそこに映し出せ」
それこそオペを行う医師のように、自らの周りに浮かび上がる検査結果を確認し、タッチパネルを操作しAIに指示を飛ばして自らを補助させつつ、必要な道具を抜き取って修復に取り掛かる。
「……これ、一工務店の規模じゃなくない?」
レフは頬を引き攣らせながら言った。アナログと刃藤は揶揄したがとんでもない。工科大学でも、これほどの設備があるかどうか。
「あのクソ親父が道楽で残してった、バカデケェ玩具箱だよ。言っておくが、これでも明日の時刻に間に合うかギリギリだぞ……ぶっ通しでやらないとな」
この傲岸な青年の言葉に、軽い焦燥が滲む。
「僕にできることは?」
堪え切れず、つい切り出したレフに冷たい視線が返ってきた。
「知るか。んなもん、自分で考えて動け」
突き放されて、所在なく立ち尽くすほかない。
こういう時、己の無力さを噛み締める。
自分には、もっと多くのことができるはずなのに。
――できたはず、なのに。
「……とは言え、そこにずっと突っ立ってられるのも鬱陶しいからな」
ややあって正面に向き直った晶斗はため息混じりに続けた。
「飯とコーヒーを持ってくるぐらいのことはしてくれ」
そのぶっきらぼうな言葉の端々に、不器用な気遣いを感じ取り、レフは苦笑したのだった。