吾郎センセーは転生者   作:アステカのキャスター

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 夢を見た。あの頃の日々が目の前に広がる。

 俺は一人の患者の夢を見る。俺が救いたかった女の子で、救えなかった大切な患者。車椅子を押して病院近くの庭園に彼女を連れて行った事があった。いつも病室にいてつまらない時はよく外に連れ出したりする。

 

 

「わぁ……!」

「どうだ?ウチの病院が誇る庭園は」

「すごい綺麗!」

「チューリップもあれば薔薇もあるし、結構いい所だろう?」

 

 

 維持は大変だけど、見た者の心が晴れる。

 看護婦だけじゃなく、俺ら医者も自主的に水やりしたりする。まあ此処までなるとは思わなかったが。元々、理事長が趣味程度で植えたらしく、今ではデートスポットで見るような庭園になってしまった。

 

 

「ねえせんせ、アレは?」

「ああ、リコリスか」

「リコリス?」

彼岸花(ひがんばな)といえば分かるか?」

 

 

 庭園ではなく、森の近くに咲いている赤い華。

 本来はリコリスというのだが、彼岸花と言った方が知ってる人間が多いだろう。さりなちゃんは首を傾げながら俺に質問してきた。

 

 

「どうしてアレは庭園の外にしか咲いてないの?」

「縁起が悪いのさ。あんな綺麗に咲いても、根に毒を持つ」

 

 

 綺麗に咲いているからこそ棘がある薔薇に似ているかもな。綺麗だからって手を出せば毒に蝕まれる。まあ俺たち医者からしたら縁起が悪いとは思う。

 

 

「一説じゃ、三途の川に咲く花らしくてな。彼岸……まあ天国や地獄、あの世に咲く花という事で彼岸花(ひがんばな)、俺たちは三途の川に向かわせない為に居るから、此処に咲かせてねえのさ」

 

 

 三途の川に向かわせないのが俺たちの仕事だ。根に毒を持ち、綺麗に咲くその花は何処か他の花と違って恐ろしかったりする。三途に咲くと呼ばれるくらいだ。ある意味特別ではある。

 

 

「花言葉もマイナスイメージが強い。『諦め』『悲しい思い出』とかな」

「ええぇ……あんな綺麗に咲いてるのに」

 

 

 まあ不吉な花でもあるが、『情熱』という意味を持つ花でもある。だから綺麗に咲いている。

 

 

「まあ、それでも『再会』と言う意味はある。輪廻転生を願う花でもあるのさ。『想うはあなたひとり』『また会う日を楽しみに』なんて洒落てはいるだろ?」

「おおっ、やっぱいい花じゃん!」

 

 

 墓に飾る時、この花は手向けになる。

 再会を祈る花で、いつかあなたに逢えますようにという想いが込められた花。不吉でもあり、情熱を持ちながら、引き合わせるための花であるから、良くも悪くも取れてしまうのだ。

 

 

「ねぇ、せんせ」

「ん?」

「もし私が死んじゃったら───」

 

 

 その後の言葉は聞こえなかった。

 気が付けば、水の中に沈むような感覚に襲われて、光が遠ざかる。伸ばした手が離れていく。辛そうに笑っているあの子が見えなくなっていく。

 

 ──彼岸花、それは再会を願う花。

 

 けれどそれは死後の世界で逢えるとされた花でもある。あの子が死んだ今、もう一度出会う事はない。今でも忘れられずに願い続ける、笑えてしまうくらいに滑稽な悪夢だった。

 

 

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 昼頃にアイから連絡があった。

 今や大女優である彼女から連絡される事は結構あったりする。大半は愚痴だったり、アドバイスを貰うために掛けてくるのが多いが。

 

 

「あっ?こっちに遊びに来たい?」

『うん、行ける時間がようやく揃ったから二泊三日で遊びに行きたいなって』

「……有給取ればいけそうだな。俺も今は担当の人は居ないし」

 

 

 有給が溜まってるし、これを機に消化するのも悪くはないだろう。それに俺も三人に会うの意外と楽しみだったりする。俺がたまに東京に行ったりして会う事があったりするが、直接会うのは四年ぶりと言った所だ。

 

 

「いいぞ。それにルビーとスバルはそろそろ誕生日だろ?色々とご馳走用意しとくわ」

『やった!ありがとうセンセ!!』

「体調とか崩すなよ」

 

 

 通話を切り、カレンダーに視線を向けた。

 二泊三日、まあ一日早く来てから誕生日を祝うのも悪くはないか。ペンを取り出してカレンダーに書くと、少しだけ手が止まった。

 

 

「………」

 

 

 無言のまま、俺はカレンダーに予定を記入した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 もう、16歳になる。

 私はあの人に伝えたいって思っている。私の気持ちを、私がずっと隠していた事は誕生日に宮崎に行く事で告げられる。

 

 ずっと言いたかった事、ずっと私があの人を想っていた事、全部話せる時が来た。ママは忙しくて、スバルも役者になって忙しくなって、私もアイドル活動のためにメンバーを募集し始めて、時間だけが過ぎていった。

 

 想いは今でも変わらない。

 だけど、これはきっと卑怯だから。

 

 

「ママ、ちょっといい?」

 

 

 私は告げる。ママに私の全てを告げる。

 きっと、ママも同じだから。私と同じ想いをしているから。電話に出る時とか分かるもん。せんせの声を聞く時、嬉しそうに笑うママを見てたから、私は分かっていた。

 

 

「どうしたのルビー?」

 

 

 私は卑怯だ。

 だって、輪廻転生なんてものは狡い。死んだらそれで終わりなのに、死んでからまたあの人に会える事が狡いと思ってる。一度も死んでいない人間の恋を奪うのが狡いと思うから。

 

 だから告げる。私はもう逃げない。

 この想いに、嘘だけは吐きたくないから。

 

 

「大事な話があるの。ずっと隠していた事と、これからの事について」

 

 

 私は愛してる母に真実を告げる。

 私のこれから、そして同じ想いを持つ母のこれからの未来について話をし始めた。

 

 

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「宮崎牛と、ネギと春菊と豆腐と、砂糖って切らしてたっけ?」

「切らしたって言ってた」

「じゃあ砂糖も追加」

 

 

 スーパーの籠にひょいひょいと具材を放り込む神無(かんな)と吾郎。どさくさに紛れて神無が菓子類などを入れるが、ため息を吐きながら三つまでと吾郎は告げてから少し悩んでいる。

 

 

「お前はどうすんの?星野家来るけど居るの?」

「その三日はあたし居ないから」

「飯はどうすんの?」

「なんとでもなるもん。あたしだし」

 

 

 神無はよく放浪しては居なくなる。

 長い時は一週間も居なくなった事があるが、普通に帰ってくる。飯とかどうしたのかとか、家出から帰ってきたのかとか深くは聞かない。これでも四年半の付き合いだ。不気味さはあれど肉体は子供が故に子供らしい反応を見せる事もある。

 

 

「おにぎり買ってやるから持ってけ。なんかあったら帰ってこいよ」

「ありがとう、優しいね先生」

「仮だがお前の保護者だからな」

 

 

 歪な形かもしれないが、吾郎は家族と認めているのだろう。食材の会計を済ませ、スーパーを出て食材を車に詰め込むと、神無の足が止まった。

 

 

「先生、此処でいいや」

「そうか?」

「うん」

「なら、これ持っていけ。気を付けてな」

 

 

 吾郎が袋に入れたおにぎりを持たせると、神無は振り返って少し笑った。何も言わないでいつも家に置いてくれる底なしの優しさに微笑んだ。困っているわけではないけれど、その優しさは自分に伝わっている。

 

 

「先生」

 

 

 吾郎は振り返ると、神無は告げた。

 これはほんの気まぐれに過ぎない神様の言葉を口にした。

 

 

「想いは巡る。貴方は選択する時が来る」

「えっ?……っ!」

 

 

 バサバサと黒が視界を埋める。

 鴉の群れが神無を覆い隠すように羽ばたいている。そんな中でも軽く微笑むように笑う神無は表情を変えずに吾郎に忠告を口にした。

 

 

「後悔だけはしないようにね。神様の忠告だよ」

 

 

 目を開ければ、鴉の羽が舞っていた。

 まるで鴉に連れ去られたかのように、神無は居なくなっていた。

 

 

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 買い物を終わらせて材料を切っている。

 神無の事は大した心配はしていない。あの子はふらりと出てはふらりと帰ってくるのを知っていたから。ただ忠告だけが妙に耳に残った。想いは巡る、その意味が分からずにただ無心に野菜を切り続ける。

 

 

「!」

 

 

 インターホンが鳴る。

 食材を切っていた手を止めて玄関の扉を開いた。トランクケースに荷物をまとめ、歩いてきた三人の姿が。赤ん坊の頃から十六年も経ち、見下ろす事が出来なくなるくらいに大きくなった二人と、全然歳をとったように見えないアイの姿が。

 

 

「せんせー!」

「わぶっ」

 

 

 満面の笑みで飛び込んできたルビーを受け止める。

 

 

「で、かくなったなルビー。あとダイビングハグは止めろ。痛い」

「いやぁ、感極まってつい」

「つい、で死人が出るわ」

 

 

 しかし、赤ん坊の頃から知っているこの子も今ではJKか。紅玉色の瞳、綺麗な金髪、スタイルといいアイに似て美人に育っている。あの頃から知っている事を考えると感慨深いものだ。

 

 

「タクシーで来たのか?言ってくれれば迎えに行ったのに」

「大丈夫大丈夫、稼いでるし」

「あー、今の単価めっちゃ高いのに引っ張りだこだもんなお前。金銭感覚はしっかりしとけよ」

「はーい」

 

 

 地下アイドルが今じゃ売れっ子の大女優。

 俺以上に稼いでいる彼女にとってタクシー代くらい全く気にしない程にお金を持っている。あの頃と比べると充実していそうだ。

 

 今じゃ苺プロダクションは大手並みの企業になっているし、そこに在籍してるB小町のメンバーも人気を誇っている。スバルも役者として売れてるし、ルビーも子役として何回か出ているようだし、一家全員有名人だ。

 

 

「スバルも久しぶり」

「おう……久しぶりだな先生」

「まっ、ゆっくりしてけよ。今日はすき焼きだぞ」

「マジ!?」

「えー、女優なのに太っちゃうよぉ」

「嫌ならゴーヤオンリーでも構わないぞ」

「ウソウソ!めっちゃ楽しみー!!」

 

 

 本当、変わらないけど変わった。

 幸せそうな家族で、アイも二人を愛しているように見えた。成長している感慨深さに涙腺が少し緩みそうになった。

 

 

 ★★★★★

 

 

「それでさぁ、私めっちゃ頑張ったの。他の人がめちゃくちゃ素人でさぁ、演技を落として自分の在り方で引っ張るの大変でねぇ〜」

「分かったからお前はもう飲むな」 

 

 

 アイが真っ先に酔っ払った。

 すき焼きが進むにつれて酒を飲み始めたのだが、徐々に饒舌になり始めて今では愚痴を垂れ流している。からみ酒を起こすとは思わなかったし、二人の反応も意外なものを見た顔をしていた。

 

 

「ママがこんなに酔っ払ったの初めて見た」

「肩肘張って生きてるからなこの不器用アイドル。いや今は女優か」

「そーだよー!伝説のアイドル、アイちゃんでーす!」

「スバル、録画しとけ」

「嫌に決まってんだろ……黒歴史残したら怒ると思うぞ」

 

 

 よくよく考えれば大人になったアイと飲んだのは初めてかもしれないな。それほど強いわけではなさそうだけど、大人として飲むのは少し嬉しいのかもしれない。まあ酒に潰れて、顔は赤くなって酩酊にむにゃむにゃと頬を緩ませている。

 

 

「あれぇ、センセぇが二人いる」

「ほらもう限界だろ?風呂入ったわけだし、歯を磨いて大人しく寝ろ。ルビー、支えてあげてくれ」

「はーい」

 

 

 アイを肩を貸して洗面所に向かっていくルビー。ううぅ、とゾンビのような足取りのアイを見て少し笑っていた。あの子も32歳か。本当に感慨深いものがあるな。

 

 

「先生結構飲んでるのに酔わないよな」

「鍛え方が違う」

「いや限度ってもんが……それ七本目だろ」

 

 

 酒がつい進んでしまった。

 強い度数の酒はよく飲んでいるからビール程度では酔わない。日本酒も合うから少し飲んだが、酩酊感はなかった。アイに関しては日本酒二杯であの状態だが。

 

 

「それで、お前はどうなんだ?」

「ボチボチ。まあ調べられる事は調べたし役者になる理由はもう無いけど……楽しいしな」

「そっか。スバルは好きな子とか居るのか?」

「いや………居ない」

「間があったぞ。居るんだな」

 

 

 浮かんだのは誰なのかは知らないし、聞かないが少し安心した。特にスバルは気になる子ではあったからな。

 

 

「よかった、お前も人を好きになれたんだな」

 

 

 歪んだ愛を持つ元ストーカー。

 生まれ変わって罪悪感に苦しみ、今はアイを身近で守る立派な長男。誰かを好きになる想いは決して歪んだものではないのだろう。顔を見れば分かる。悩んで、考えて、相手を思いやろうとしてる。

 

 だから安心した。間違った道を進む事がなくなったスバルを見て、酒を呷った。

 

 

「カミキヒカルの事、まだ憎んでる?」

「まあ……けど時間が経てば経つほど怒りも消えてく。アイは生きてるからな」

「いいと思うぜ俺は、今のお前は」

 

 

 過去に縛られるよりずっといい。  

 カミキヒカルに唆された怒りも、アイを狙おうとする敵対心もあるけれど、殺意までは抱いていない。過去を理由に復讐に燃えているように見えない。

 

 

「未来を向いて進んでる。ちゃんと生まれ変わったんだな」

「どっかの誰かさんのせいでな」

 

 

 皮肉を言われた。

 俺が意図したわけじゃねえし、転生した理由が俺が関わったからとは思わないけどな。ただまあ、俺は普通じゃないからもしかしたらって話もあるのかもしれない程度には考えている。アラフォーなのに三十代の肌だ。寿命が増えたわけじゃないが、これは少し嬉しかったりする。若い顔の方が入院患者や子供に親しまれるし。

 

 

「ありがとな、先生」

 

 

 スバルが唐突に感謝を告げた。

 目を見開いてスバルに視線を向けた。

 

 

「どうした急に」

「いや、ただそれだけは伝えたかっただけだ。俺片付けるわ」

 

 

 テーブルに置かれた食器をテキパキと運び出すスバル。照れているのか、視線を合わせずに片付け始めた。

 

 

「(これでも感謝してんだぜ、先生)」

 

 

 本当に変わったと思う。

 生まれ変わって、未来を考えられる人間になった事に、吾郎は笑って食器を洗うスバルの背中を見ていた。

 

 

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 次の日。

 白米としじみの味噌汁、ほうれん草のお浸し、焼き鮭とサラダとバランスのいい朝食が並ぶ中、配膳を手伝ってくれる二人とは対極的に、布団で頭を抱えて辛そうにしているアイ。あまりの痛みに布団の上でのたうち回っている。

 

 

「ううぅぅぅ!あったま、痛い……!」

「二日酔いだな。ハメ外し過ぎた代償がこれか。笑える」

「笑わないでよぉ!?」

 

 

 肩肘張らずにハメを外した以上、アイに相当なダメージが返ってきたようだ。酒というのは恐ろしい、嫌な事を忘れさせてくれるくせに酔いが覚めたら痛みを伴う現実に戻ってしまう。

 

 吾郎の前だから気を抜き過ぎてしまうというのもあるが、彼女にとって頼れる存在が居るから気を抜くというのが久しぶりの感覚なのだろう。結果この有様だが。

 

 

「センセ全然…平気そうだし」

「そりゃあ、俺はよく晩酌するしな。担当が居ない時だけだけど」

 

 

 玄関の近くにある七輪が大いに役に立っている。

 椎茸とか秋刀魚とか鮭とか、炭火焼きにしたい食材で飲むのが吾郎の月一の楽しみではある。強い酒は慣れているので、二日酔いはあまりない。

 

 

「しじみの味噌汁作ったし、それ飲んで水をしっかり取って二度寝しとけ。15時くらいには回復しとけよ」

「……はぁーい」

 

 

 飯を食い終わると吾郎は白衣を纏い始めた。

 その光景にルビーは首を傾げて吾郎に尋ねた。

 

 

「あれ、せんせ病院いくの?」

「いや、墓参り。一時間で戻る」

 

 

 白衣を纏って行く場所なんて病院くらいしか思い浮かばないが、吾郎にとってはある意味様式美だ。

 

 

「あの子の誕生日でもあるからな」

 

 

 医者としての自分で会いたいからと、吾郎は白衣を着る。さりなの誕生日もこの日だ。吾郎は月命日と誕生日だけは欠かさずに墓参りに向かう。思い入れがあるから忘れずに会おうとするにしても少し過剰かもしれないが。

 

 その言葉を聞いてルビーは吾郎の白衣の袖を掴んだ。

 

 

「私も行っていい?」

「君が行ってもつまらねえぞ?」

「お願い」

 

 

 キュッと掴む力が強くなった。

 真剣な眼差しで見つめる白星が拒否する言葉を浮かばせなかった。

 

 

「連れてって、せんせ」

 

 

 断る事は出来ずに首を縦に頷いた。

 何故か、ルビーのその顔は泣きそうな瞳をしていたから。

 

 

 ★★★★★

 

 

 車で十分の所で車を止めて、花屋に寄った。

 いつもこの場所で花を買ってあの子の墓に向かう。ここの花屋は種類が豊富だ。だからよくここで吾郎は添える花を買う。

 

 

「リコリス、菊の花を六輪ずつ頼む」

「はいよ」

 

 

 お婆さんが包んでくれた二つの花を持って坂を上る。

 暫くすると墓地が見えた。置いてある桶と柄杓を持ち、ズラリと並ぶ墓碑の道を進み、吾郎は足を止めた。

 

 

「ここだ」

「!」

 

 

 足を止めた墓碑には『天童寺』と刻まれた墓があった。

 

 

「天童寺……」

「この墓はな、無理言って作ってもらったんだ」

「えっ……?」

 

 

 天童寺家はもう宮崎に居ない。

 元々、都心にある墓に天童寺さりなの遺灰は埋まる筈だった。天童寺まりな、さりなの母親は宮崎育ちだが旧姓が代わり、天童寺となり今は都心に住む夫と暮らしている。

 

 わざわざ宮崎に墓を建てる意味なんてない。  

 都心の墓はあるのだ。わざわざこんな遠い場所に作る意味はない。

 

 

「俺が懇願したんだ。この子の母親に」

「どうして?」

「この子には申し訳ない話かもしれないが、この子の母親は子供を愛してるように見えなかったんだ」

 

 

 ルビーの息が止まった。

 その言葉が突き刺さり、僅かに動揺した。吾郎は墓を見続けたまま語り続けた。

 

 

「あの人は、怖くて愛を手放してた」

 

 

 愛する事が両親としての責務だ。

 だが、そんなものは幻想で、死んでいくさりなを見ていくのが怖くなって見舞いにすら来なくなったのを吾郎は知っている。

 

 

「俺はこの子の担当医じゃねえけど、この子によく寄り添った。けど、俺は何も出来なかった。この子の体調が悪くなるばかりで、俺は自分の無力さを呪った」

 

 

 何も出来なくて、側にいてあげる事しか出来なくて、ずっと無力な自分を何度も呪った。寄り添うだけじゃ人は救えない、知識や技術があれば救えたなんて口が裂けても言えないが、それでも生きてて欲しいと吾郎は何度も願った。

 

 

「この子が死んだ後、俺は少しだけ荒れたんだ」

 

 

 受け入れられなくて、悲しんで自棄を起こすように寝る間も惜しんで勉強し続けた。自分がどうにか出来たかなんて自惚れたつもりはない。救えなかった自分が出来るだけの事はしたつもりなのに。

 

 心が痛くて、それを紛らわすように救える知識を磨き続けた。

 

 

「この子の母親、この子が死んだ時なんて言ったと思う?」

 

 

 そして、さりなの訃報を聞き、宮崎に来た母親。

 その人が告げた言葉はとても親としての言葉ではなかった。

 

 

「『そうですか。残念です』って言ったんだ」

 

 

 まるで他人に接するように、そんな一言を告げたのだ。

 

 

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 その言葉を聞いた時、俺はこの人を殴りたいと思った。血が沸騰するくらい、怒りに頭が支配されて拳を握りしめた。

 

 なんだよそれ、それだけなのか。

 どうしてそこまで他人事のように言えるのだろうか。あの子は必死に生きたいと願って、家族に会いたいって生きるために頑張っていたのに。

 

 薄情な親だって思う。最低な人間だと思えればどれだけよかったか。

 

 

「(この…人……)」

 

 

 そう思いたかったけどそうじゃなかった。

 ()()()()()()()()()。きっと、喪うのが怖くて逃げていた。逃げてしまえば、遠ざけてしまえば思いは風化する。

 

 だから、会えなかった。

 きっと、悲しい気持ちを別の何かで埋めていた。仕事に逃げて、死んでいく子供の悲しさを紛らわして生きている。愛する事をすれば自分が傷付くから、愛を手放して、この人は逃げたのだ。

 

 

「それではすみません。仕事があるので」

「あの!!」

 

 

 叫ぶような苦痛の声で出て行こうとする母親を止めた。もし、俺がその立場ならどうしていたかなんて意味のない過程は要らない。この人の苦痛はこの人にしか分からない。

 

 

「せめて……お墓を作ってあげてください」

「えっ?」

 

 

 でも、これではあの子が報われなかった。 

 

 

「七夕の日、あの子は自分の病気が治る事だけじゃない。『お母さんとお父さんが病気になりませんように』って、書いてたんです」

 

 

 だから俺は逃さない。

 逃げてしまうこの人が許せないから。同情はする。もし同じ立場ならその選択に悩んでしまっていたかもしれない。

 

 

「流星群の日、お母さんやお父さんと一緒に見られたらな、ってよく言ってたんです」

 

 

 けど、想いから逃げる事は許さなかった。

 親としてあの子の愛を手放した事を許したくなかった。

 

 

「遠く離れていても、ずっとあの子は貴女に会いたかったんです」

 

 

 八つ当たりだ。

 これは傷付けるだけの八つ当たり。逃げた母親の傷を広げるだけの言葉でしかない。

 

 

「忙しいから会えないって事を我慢して、あの子は泣いてたんです」

「っ」

 

 

 あの子はずっと一人だった。

 俺はあの子の家族じゃない。だから愛してるなんて言えないし、あの子を満たす愛は俺が用意なんて出来ない家族の愛だ。

 

 ずっと待っていたのだ。

 あの子はずっと、母親を待ち続けた。願い事に願うくらいに家族を愛していた。そして愛してくれる事を望んでいた。

 

 けど、この人は来なかった。

 仕事を言い訳にしてあの子に立ち会わなかった。

 

 だから泣いていた。

 俺はあの子の側にいてあの子が本当に辛い思いをしてるのを知っていた。

 

 

「遠く離れていても、あの子の側に居られなくても、貴女があの子を本当に愛していたなら……」

 

 

 墓を作れば終わりなんて虫の良い話ではない。

 けれど、逃げた責任を感じているのなら。今更来て愛していたなんて言うつもりなら、せめてあの子の為にしてやれることを告げた。

 

 

「せめて、あの子が生きた形だけは残してあげてください」

 

 

 ただ、それだけを告げて頭を下げた。

 深々と、悲しい思いも飲み込んで、溢れる涙も無視して懇願した。

 

 

「お願いします……」

「………」

 

 

 その言葉が通じたのか、天童寺さんは宮崎に墓を建ててくれた。

 

 でも、墓を建てたのちに天童寺家は都心へと姿を消した。この墓に訪れる人間はもう、一人しかいなくなってしまった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「……あの人はもう思い出したくもないんだろ。辛い事を、さりなちゃんを忘れようとして宮崎から居なくなった」

 

 

 同情はする。失う辛さは知っているから。

 大切だから手放した。それは選択しなければならない時はあるのかもしれない。けれど、家族なら逃げるという選択をしてほしくなかった。

 

 辛くても、最後まであの子の側に居てあげたのならあの子はどれだけ幸せのまま逝けたのだろうか。

 

 

「俺はこの子の親じゃねえけど、この子を家族みたいに見てた。だから、月命日にはいつもここに来るんだ」

 

 

 菊と彼岸花。

 菊はご冥福を祈る花、そして彼岸花は再会を願う花。生きていたならあの子は今日が32歳になっていた。お祝いとしては細やかな物でしかないけど。甘酒と小さなショートケーキを備えて、線香に火をつけた。

 

 

 

「誕生日おめでとう、さりなちゃん」

 

 

 

 この子の誕生日の祝いを祈りにのせて、手を合わせた。ルビーもそれに倣って手を合わせてくれていた。

 

 

「……せんせ、この子はどんな子だった?」

 

 

 珍しく踏み込んだ質問をしてきた。

 

 

「……この子はな、少しだけアイに似てたんだ」

「えっ?」

「俺は医者だ。だから個人に入れ込みすぎるのはあまり宜しくないんだけどな」

 

 

 アイに入れ込んでるのは少しだけ似ていたから。

 さりなちゃんは愛されてなかったわけではないが、親が逃げた故にまともな愛を貰えずに苦しんでいた。アイも愛を貰えずに育ち、愛を得るために二人を産んだ。

 

 どちらも共通して愛に対しての在り方が欠けていた。貰える筈だったものを手に出来なかった二人だ。

 

 

「間違った選択をしないように助言した。分からない事を出来るだけ知識を積み込ませた。きっと、それは夢の続きを見たかったからだ」

 

 

 だから、それを重ねてしまっていた。

 

 

「けどまあ、アイはこの子じゃない」

 

 

 それが最低だと分かっていたのに無意識にこの子の夢をアイに重ねた。アイはさりなちゃんでないのは分かっているのに。未練がましくて自分が嫌になったけど。

 

 

「代替として重ねてたつもりはなかったけど、アイを推してたこの子の思いと、愛を求めてた所は似てて、お節介を焼いちまってるのさ。まさか父親みたいに見られてるのは我ながら予想の斜め上を行ったが」

 

 

 それでも、頼れる大人でありたかった。

 それは後悔もあった。贖罪…という程綺麗なものではない。自分ができない事は理解しても、この子の為に自分が出来る事はもっと無かったのかと自問自答し続ける。

 

 だから、後悔しないように生きる。

 全力で誰かを助けられる人になりたかった。自分を顧みない自己犠牲なんてするつもりはない。自分を大切にして、人生を誇れるものにして、誰かの心に俺が居てよかったって思えるように。

 

 優しさを肯定してくれたこの子に出会えたなら、笑っていられるように。

 

 

「せんせは、どう思ってたの……?」

「何に対してだ?」

「その子のこと……」

 

 

 さりなちゃんの事をどう思ったか。

 

 

「優しい子だった。そして、愛を求める子だった」

 

 

 多感なお年頃で、家族の愛を求めて想い続ける優しい子供だった。

 

 

「俺はこの子に愛を貰った。俺が持っていなかった、愛をくれた」

 

 

 愛を知らない俺が愛を知ったのはこの時だった。

 今はもう、無くなってしまったものだけど。その想いだけは忘れていない。愛を知る時間をくれた。だから愛は寄り添って手に出来るものだと俺は知った。

 

 

「だから……生きてほしいって何度も願った」

 

 

 だから、俺も俺なりの愛を与えた。

 愛してるなんて言葉は言えなかったけれど、それでもあの子が辛くて泣かないように寄り添った。

 

 

「だからこの花を添えてる。馬鹿馬鹿しい話だけど、彼岸花は『再会』を願う花だから」

 

 

 本当に馬鹿な話だ。 

 でも、約束だったから。もしも死んでしまったら彼岸花は添えてほしいなんて、あの子の口から聞きたかったわけじゃなかったのに。

 

 まだ生きられるって、まだ希望はあるって言葉を告げられずにこの子の人生は終わった。

 

 

 

「再会なんて、もう出来ないのに」

 

 

 

 今生で会う事は二度とないのに。

 未練がましく彼岸花を添える自分が滑稽だった。線香が燃え尽き、帰ろうと振り返ろうとした時だった。

 

 トンッ、と背中から感触がした。

 白衣越しにルビーが震えているのを感じた。

 

 

「……ルビー?」

「私は、救われたよ」

 

 

 背中に顔を埋めたまま、ルビーはポツリと呟き始めた。

 

 

「お母さんが居ない時、せんせはいつも寄り添ってくれた」

 

 

 その言葉に困惑した。

 アイが居ない時に俺は居ない。居たのはミヤコさんで俺ではない。

 

 

「ライブに行きたかった時、せんせは連れ出してくれた。広島まで車で送ってもらって一緒にライブを観て、楽しかった」

 

 

 どうして、それを知っているのか。

 息が詰まるような感覚、ポケットに入れたキーホルダーが鍵に当たって微かに音を出した。

 

 

「私が苦しかった時、手を握ってくれた。眠れない時に徘徊してたら、ホットミルクを出してくれた。内緒って言って一緒に飲んで、星空を観たり」

 

 

 目を見開いた。

 それはさりなちゃんしか知らない思い出だったから。おんぶして、屋上で外で星空を眺めた思い出。それを知る人間なんて、あの子本人しかいない筈なのに。

 

 

「ずっと、ずっとせんせに助けられてきた」

 

 

 ルビーは白衣を掴んで握り締める。

 手が震えているのを背中越しで感じた。振り返るとルビーは涙を流して笑っていた。

  

 

「貴方の愛があったから、私は救われたんだよ」

 

 

 その言葉に、心臓が揺れ動いたような音が聞こえた気がした。パズルのピースが当てはまるように、歯車が噛み合うように、どうしてそれを知っているのか自然と答えが浮かんでいた。

 

 

「(まさか)」

 

 

 あり得る筈がない。

 

 

「(まさか──)」

 

 

 あり得る筈がないのに──……

 

 

「君は……まさか」

「また、逢えた。大好きなせんせにまた……」

 

 

 その可能性を否定出来なかった。

 非現実、都合の良い夢、ただの妄想、どんな言葉を選んでも否定することの出来ないたった一つの可能性。

 

 喉が渇くようだった。

 声が出なくて、身体が震えて、その名前が中々口から出せない。行き着いた真実は馬鹿馬鹿しいと笑えるくらいのあり得ざる話だとしても、答えを口にした。

 

 星野ルビーは、いや……星野ルビーの前世の名前は──

 

 

 

 

「さりな…ちゃん……?」

 

 

 

 

 涙を溢して抱き締められた。

 それが答えだった。動揺しつつも腕の中に収まったルビーを見て、それが真実である事を悟った。

 

 

「マジ、かよ……」

「うんっ……!」

 

 

 涙腺が決壊したかのように涙が溢れた。

 胸の中で泣き続けるルビーを抱き締めて、まだ愕然としていた。ずっと、こんなに近くにいたのに気付かなかった。

 

 

「う、ああぁ……ああっ……!!」

「ああ、ほら泣くなよ……」

「だっでぇ……!やっど言えだんだもん……!」

 

 

 あり得ないと思っていたから。

 転生なんてあり得ない事があると分かっていても、死んだ時期が全く違くて、似ていてもその可能性だけは除外し続けていた。

 

 

「……似てるとは思ってたけど、こんな再会になるなんて」

「遅いよっ、本当に……!」

「想いは巡る……か」

 

 

 抱き締めながら、墓に添えた彼岸花を見る。  

 再会を願う花、想いは確かに巡りここに出会えた。

 

 

「意味はあったんだな……」

「うあああ…ああっっ!!!」

「おかえり、さりなちゃん」

 

 

 ただ泣きじゃくるルビーを抱き締めて、背中を撫で続けた。生まれてから十六年も気付くことの出来なかった大馬鹿な自分が今出来るだけの優しさで寄り添った。

 

 二十年の時を経て、漸く本当の意味で再会を果たした。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

「落ち着いたか?」

「うん……いっぱい泣いた」

「目真っ赤」

「仕方ないじゃん、せんせのせいだよ」

 

 

 そうだな。俺のせいだ。

 星野ルビーの前世がまさかさりなちゃんだとは思わなかった訳だし、十六年間もそれに気付かなかった俺のせいだ。よくよく考えれば、ドルオタ、精神年齢が二十を超えていない子供、俺に懐いていた事を考えれば結構分かりやすかった筈なのに。

 

 

「しっかし、夢叶ったじゃねえか。アイ似の容姿で可愛く生まれて」

「叶ってないよ?」

「えっ?」

「手紙、忘れたの?」

 

 

 て、手紙?ああ、遺書の話か。

 確か生まれ変わったのなら俺みたいな優しい人になりたい。アイみたいな可愛い容姿になりたい。あとは………あっ。

 

 

「16歳になったんだよ?」

 

 

 確かに書かれてた。

 手紙には『先生のお嫁さんになりたい』って確かに書かれていた。16歳になったら結婚しようとか言っていたのを思い出すと、冷や汗が流れた。

 

 えっ、ちょっと待って……アレまだ本気なの……?

 

 

「い、いやいや俺もう47のアラフィフなおっさんだぞ!?」

「約束破るの?」

「ぐっ……いや、歳の差考えると色々とヤバいだろ!?」

「私は今すぐせんせの子供産みたいけど」

「やめて!?そんな所までアイに似ないで!?」

 

 

 頭を抱えて叫んだ。

 本当そういう所まで似たらアイドル云々も終わりだ。幾らアイの子供に生まれ変わったってそんな間違った所まで似ないでほしい。

 

 16歳と47歳、歳の差でいえば31も離れている時点で大問題だ。愛があれば関係ないと言えるほど優しい問題ではない。ルビーがアイドルをする以上は世間体としては色々とアウトである。

 

 

「私、せんせのお嫁さんになりたい気持ち、変わってないから」

「いや、俺なんかよりもっと他のいい男──」

「居ないよ」

 

 

 白星を宿したその瞳に見つめられ、言葉を紡げなかった。

 

 

 

「せんせ以上の人なんて、世界のどこにもいないよ」

 

 

 

 両手を握られて、告げられた告白。

 嘘偽りない言葉を前に、俺がどれだけの言葉を告げようと、曲げることの出来ない意志がそこにはあった。

 

 

「……本気、なんだな」

「うん」

 

 

 約束、それをきっと本気にしていたのだろう。

 生まれ変わって、十六年も経ってそれでも想いだけは忘れずに生きてきたこの子にとって、その約束がどれだけ今までその身を支えていたか。

 

 ため息をついた。自分は果報者だ。

 世間体とかあれこれ考えて自己保身に走っても、この子はきっと止まらないだろう。そういう所はアイにそっくりだから。

 

 だから、俺は答えを出した。

 

 

「……もう少しだけ時間をくれ」

「どうして…こんなに待ったのに……?」

「アイドルになる君を推したいし、俺だって家族のように見てた君にいきなり恋心なんて無理だ。結婚とか子供とか、夢を捨ててまでその選択はしてほしくない」

 

 

 この子の夢は漸く走り出し始めるというのに、始まる前から俺のせいで夢を諦めてほしくない。アイドルになったら推すという約束は未だ忘れていないから。

 

 

「だから、少しだけ待ってくれ」

 

 

 問題の先延ばしかもしれない。

 けど、それでもまだ覚悟する時間が足りない。

 

 

「……その、俺も頑張るから」

 

 

 何を頑張るのか、これから頑張るのは彼女だというのに、上手く言葉が紡げない。誰かを支える言葉を告げる事は何度もあったのに、誰かを愛するような言葉に恥ずかしくなって死にたくなりそうだ。

 

 

「えっと、ああクソっ」

 

 

 それでも不器用な自分の、不器用な告白を口に出した。

 

 

 

「──君を好きになれるように、俺も頑張るから」

 

 

 

 好きは好きでも異性として好きになれるように。

 誰かを好きになるなんて俺には分からなくて、空っぽな自分がいつか、側に居て欲しいって言えるように。

 

 

「だから、もし君の気持ちが変わらなかったら──その時は俺から君に言うよ」

 

 

 その時はきっと、俺から告げられるように。

 陳腐でも、不器用でも、ちゃんと愛してるって伝えられるような告白を。

 

 

「いいの?」 

「よくはないよ……けど、約束だったからな。その時は腹括る」

 

 

 世間は認めてくれなくて、彼女を幸せにする覚悟がまだあるわけではない。結婚とか子供とかまだ早くて。なにより、幸せを手にするには一番それが手っ取り早いとしても、やっぱり俺はこの子が走り出して輝く所を見たい。

 

 だから、時間が経って想いが変わらないならその時は自分が何を言われようと幸せにするって誓えるように、時間は必要だ。

 

 

「分かった。待ってるねせんせ」

「……アイや壱護さんになんて言おう」

「ママなら知ってるし」

「嘘だろオイ」

 

 

 このあとアイツにどんな顔して会えばいいんだ。俺アイツの事をお義母さんと呼びたくない。壱護さんもこの事知ったら胃痛で緊急搬送されそうだ。

 

 ん、とルビーは近くで小指を出してきた。

 

 

「せんせ、約束」

「あー、指切りす──」

 

 

 小指を出した瞬間、手を掴まれた。

 ルビーは俺の手を掴んで自分へと引き寄せた。

 

 

「────」

 

 

 距離は零となった。

 目の前の紅玉色の瞳に吸い込まれるように、二つの影が重なった。

 

 

「約束代わり」

「お…まっ………」

「私の初めて、せんせにあげちゃった」

 

 

 舌を出して頬を赤く染めながら笑うルビーに動揺して声も出ない。唇が熱を持って、身体に毒が回るかのように熱くなった。知らなかった自分の感情が溢れ出して制御出来ない。

 

 ああ、これ……ヤバいかもしれない。

 

 

「帰ろっ、せんせ!」

 

 

 翻弄されて、初めてを奪われて、感情はぐちゃぐちゃなのにそこに確かにあった幸福に頭を抱えた。まともな倫理観を持っていた筈なのに、想いがそれを吹き飛ばすようだった。

 

 

「……やっぱ君、アイの子だよ」

 

 

 これは、そういう事なのだろう。

 愛を知らない俺に全く違う愛を教え込まれた気がした。本当、生まれ変わったと思ったら欲張りになった彼女を見て、顔に手を当てて空を見上げた。星の映らない昼の空は、何も答えてくれない。

 

 

 

 想いは巡る───巡ってはまた愛を見つける。

 

 

 どれだけ遠く離れても、輝く星を見失わない。

 

 

 これは巡る一番星に恋をする話である。

 

 

 

 〜FIN〜





 吾郎センセ
 無事、社会的抹殺の一歩を辿った。歳下の16歳の女の子にキスをかまされ、結局責任を取る形となった。完全な死亡まであと四年。世間体は卒業アイドルを速攻で孕ませるクソ野郎と呼ばれる予定だが真相は逆。襲われるのは吾郎の方である。

 星野ルビー/天童寺さりな
 無事言質取った。アイドル人生が終わったら即結婚、即孕む事を決意し、アイドルとして無敵のパフォーマンス、アイの再来と呼ばれる程のキレを見せる。恋する乙女は無敵である。アイには前世の事について話してある為、何の問題もない。前世の家族に忘れ去られて、愛されることがなくなっても、愛をくれた大事な人がいる。彼女は結果として一つの光を手に入れた。

 星野アイ 
 このルートでは恋愛感情より家族としての意識が強いためルビーの想いに負けている。親としては複雑過ぎて吐きそうになったらしい。あまりの過激さに「うわぁ、センセご愁傷様」と頭を抱えた。それも相待ってヤケ酒起こした。

 星野スバル
 全部知ってた。御冥福をひっそりとお祈りした。

 神無
 実質アウトだね、とケラケラと笑った。



 ☆ = 一番星 = ルビールート 
 ♡ =  愛  = アイルート
 ? =  ?? = ???ルート
 
 書くのはこの予定となります。それぞれの後日談はこれを書き切ってから書くつもりなのでお待ちください。13800字はキツかったので寝ます。

 先ずはルビールート完結ありがとう。
 良かったら感想高評価お願いします。モチベが上がります。これを書きたいためだけに頑張ったので少し休みをください。アイルート構図は浮かんでるけど難産の予感。でも頑張るので応援をよろしくお願いします。


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