吾郎センセーは転生者   作:アステカのキャスター

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♡ after

 

 

 アレから二年経った。

 一年半後、吾郎は宮崎総合病院を辞め、星野家に転がり込む形で同棲する事になった。

 

 ルビーやスバルは十四歳。

 スバルは劇団ララライで鍛えた演技力で俳優としてドラマを、ルビーはメンバー探しとアイドルになる為のトレーニング。B小町の再来となるためのメンバーだ。そう簡単に見つからないが、そこら辺は高校生になればどうにかなるだろう。

 

 吾郎は医者は今でも続けている。

 東京に産婦人科の小さな診療所を建てて働いている。給料は減ったが勤務時間も減り、今は週四程度で仕事をこなしている。勤務が少ないわけではなく、単純に働く理由がそれほど無かったりするのだ。家賃を払い終えた宮崎の祖父母の実家で生活し、光熱費などは払っていたが、産科医だった為、金は余程のことがない限り使い切れないほどに貯まっている。具体的には9桁である。

 

 忙し過ぎて趣味に走れなかった男の末路がこれである。斉藤夫妻は「「ああ、分かるわぁ」」と納得し、スバルは軽く憐れんでいた。忙し過ぎて不憫な大人達である。

 

 神無も一応、吾郎に付いてきた。

 一応は保護者なのだ。本人もそこそこ渋っていたし、ルビーやスバルは何故か警戒をしていたし、アイに関しては目の敵にしていたようだけれど、放浪しては建てた診療所に帰ってくる日常が殆どだ。偶に一緒に飯を食う時だけ連絡があったりする。今ではルビー達にとって生意気な妹が出来た感じらしい。

 

 

「で、お前そろそろ本名話してくれないの?」

「それは永遠の秘密」

 

 

 休憩所のソファーに寝転がりながらゆったりとしている神無。片手でタイピングしながらその様子に溜息をつく。提案したのは吾郎なのだが、付いてきた割に自由過ぎるし、補導を一度もされてないから何も言えない。

 

 

「うっし、終わり」

「おめでとー」

「ぐだぐだし過ぎだろ。不気味でミステリアスな雰囲気は何処いった」

「宮崎に置いてきた」

「今すぐ回収してこい」

 

 

 あの頃のミステリアスな在り方より分かりやすくなったが、何故か自堕落になった。最近は鴉を全然見ない。集団ボイコットでも起こしたのか、そのせいで不貞腐れているのかは定かではない。藪を突けば何となく癇癪を起こしそうなので聞かないが。

 

 

「今日も此処に泊まるのか?」

「うん」

「いい加減俺達の所に住まないか?アイもあの二人も受け入れてはくれるだろ」

「出来るだけ干渉したくはないの。私は()()()()()()()()()

「んな事気にするタマかアイツらは」

「それでもだよ先生」

 

 

 素直に家族になればと思うが、神無は断った。

 神無の在り方が特殊なのは知っている。時間が経っても成長しない身体、鴉を率いては行く末を見届ける存在。もしかしたら今の吾郎以上に歳をとっている可能性がある。時間とは残酷で、もしも不老であるなら置いていく事を悲しみたくないのかもしれない。

 

 人と神は違う。

 そんな事を告げている気がしてため息をついた。

 

 

「……まっ、深くは聞かねえけど。鍵閉めるから出る時は戸締りしっかりしとけよ」

「はーい」

 

 

 俺と関わってるから今更だろう、と吾郎は遠い目をしながらも診療所の扉に鍵を掛けた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 診療所からバイクで二十分。

 鍵を取り出して扉を開けると、唐揚げのいい匂いがした。時間は十九時、夜飯の時間帯だからこそ匂いが暴力的で腹が鳴る。靴を脱いでリビングに向かうと、スマホを弄りながらソファーに座るルビーと、藍色のエプロンを付けて料理をしているスバルが居た。

 

 

「ただいま」

「おかえりー、せんせ」

「丁度夕飯作り終えたけど食べる?」

「ああ、ありがとうスバル」

 

 

 ルビーも立ち上がり、テーブルにお皿やコップなどを運んでいく。普段アイもスバルも忙しいが、日曜日は集まって食事と決めている。それでもそれ以外の曜日は誰かしら居ない事が多い。仕方のない話ではあるが。

 

 

「アイは?」

「仕事が少し長引くってさっき連絡来た」

「そっか」

「せんせは納豆いる?」

「いる」

 

 

 料理が並ぶと、手を合わせて食べ始める。

 そして今日の出来事を話し始める。これが今の星野家の日常。婚姻届はまだ出してない。アイも芸名は『星宮アイ』と名乗っている。元々子役でスバルが『星野アクア』と名乗ってしまった以上、女優で売り出す際にはその芸名を使っている。

 

 星は変えないにしてもなんで『宮』を入れたのかは今となっては聞く意味はないだろう。

 

 

「スバル、仕事は大丈夫か?」

「最近公演も終わったし、暫くは無いかな。次のドラマのオファーが来てるけど、まだ少し余裕がある」

「二人とも来年受験生だからな。勉強しとけよ」

「うっ」

 

 

 吾郎がルビーを見ると視線を逸らされた。

 よくよく考えれば成績関連の話を聞かない。半年も経てば二回くらいは中間や期末テストはある筈なのに。

 

 

「俺よりルビーの心配をしとけ。こいつ平均35点だし」

「ちょっ、スバル!?」

「……後で勉強見てやるから少しは勉強癖付けような。アイドルだから要らないは通用しないのが世の中だぞ」

「……はい」

 

 

 夢見るだけで世界を生きていけない。

 そういう意味で勉強は大切である。ちなみにスバルの成績は平均75点。ルビーより仕事が多いのに普通に高い。冷静なら普通に頭良いんだな、と口にするとスバルは胸を押さえていた。黒歴史ならぬ黒罪科である。

 

 多少は心が大人になっていたが、凶行に走りかけた元ストーカー。前世の後悔を未だ引き摺っているのも相変わらずだった。

 

 

 ★★★★★

 

 

「此処はその公式を当てはめて……うんオッケ。問題ないかな」

「ふへぇぇぇ……ちゅかれたぁぁ……」 

 

 

 暗記系ならまだしも、数学は壊滅的だった。

 地頭が悪いわけではないが、勉強が普通に嫌いな為、まさか一桁を出すとは思わなかった。国語や歴史ならそこそこ悪くはないけど、これじゃ五十歩百歩だ。中学時代は内申を上げとかなければ入れる高校が狭まるし。

 

 

「分からない所だけはしっかり復習しとけば平均60点くらいはいけるから、継続は力なり。アイドルでも言える事だよ」

「せんせの中学時代の平均は?」

「95点以上だけど?」

「怪物!?」

 

 

 当たり前だろ、何年生きたと思ってんだ。

 前世含めたら人間の平均寿命超えてるぞ。そもそも医者が馬鹿なら誰も救えないし。まあ、それを言ったら怪物というのは否定出来ないな。意図して転生したわけではないけど。

 

 

「前世も医者だったし、この程度で躓かないよ。まあ君の場合はしょうがない部分もあるけどさ」

「えっ?なんで?」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 前世では、病院暮らしで学校に行けなかった。

 だから二周目の恩恵なんてものはなく、勉強嫌いになっているのかもしれないのは仕方のない話だ。ルビーは僅かに動揺していた時点でもう答えを言っているようなものだった。

 

 

「……何、いってるの?」

「半年もいれば確信はするよ。それとも名前言った方がいいかい?」

 

 

 俺は君がアイドルになるの楽しみだしな。

 重ねてた部分は否定しない。けど、半年という時間は俺に取っては見抜くのに長過ぎる時間だった。動揺して、僅かに後退するルビーに少し目を伏せて笑った。

 

 

 

「アイと結婚しても、俺の一番推しは変わらないよ。まあこんな形で再会するとは思わなかったけどな」

 

 

 隣に座って、頭に手を置く。

 あの子がたまに甘えてくる時によくやっていた手付きで名前を口にした。

 

 

 

「──おかえり、さりなちゃん」

「っ……!」

 

 

 

 酷い人、と言われてもよかった。

 寧ろそれを望んでいた。俺は君を救えなかったから、君に生きる希望を見せてあげられなかったから。それでも大切だった思い出は色褪せないから、支えてあげたいと思えるから。

 

 家族になった今は、ちゃんと愛してるって言える。

 それがあれば救われたかなんてわからない。けど、それを求めていたさりなちゃんに今ならそれを伝えられる。

 

 

「狡いよ…せんせ…」

「ごめんな。気付くのが遅れて」

「ホント馬鹿…酷い人だよ……!」

「それはアイにも言われた」

 

 

 本当に酷い人間だ。

 どうして今まで気づいてあげられなかったのか。宮水は簡単に分かったけど、この子には願望が混じっていたから可能性を除外していた。あり得ないって思っていても、半年もいれば分かってしまう。

 

 いつか話そうと思っていた。

 もしかしたらとその可能性に縋り付いていた。少しだけ打ち明けるのが怖くて今まで伝えられなかった。救えなかった上に今更気付いた所で何が変わるかと思っていた。アイと結婚してから少しだけ翳りを見せた。奥底にしまって気付かれないようにしているのを見ていられなかったから。

 

 

「っ…馬鹿っ……せんせのばか……」

「ああ、本当に悪かった。気付いてあげられなくて」

「諦めたいのに…諦めきれないじゃん……」

 

 

 泣き続けて腹に頭をぐりぐりと押し付けるルビーに俺は泣き止むまで背中を優しく撫で続けた。神様の悪戯のような奇跡みたいな話だけれど、また出会えた。十四年もかかってしまったけどな。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、せんせ」

「どうした?」

「約束、守ってくれなかった代わりにさ。うんと甘えていい?今度はお父さんとして」

 

 

 俺の膝に転がりながらそう告げる。

 俺、何か約束したか?……いやあれか、『16歳になったら結婚して』って話か。考えてはやると言ったけど、あの約束まだ覚えてたんだ。今それが実現されると俺がロリコンになるから流石に却下だが。

 

 今は家族となって、ルビーは娘。

 断る理由もない。娘を愛するのは父親の義務だし、今度は死にゆくだけのあの時とは違う。今は背中を押してあげられる。

 

 

「ああ、幾らでも甘えてこい。てか、パパじゃなくてお父さんなんだ」

「なんかパパって似合わないし」

「……確かにしっくりこないな」

「まあ私的にはせんせの方がやっぱりしっくりくるけど」

「ははっ、そりゃな」

 

 

 そっちの方が多く言ってたからな。

 膝に乗っかるルビーの頭を撫でると猫のように喉を鳴らしていた。本当、あの頃と違って甘えんぼになったな。嘘で取り繕うあの頃と違ってさ。

 

 

 ★★★★★

 

 

 二ヶ月後の事だ。

 ルビーが吾郎の事をお父さんと呼び始めた。慣れないしこそばゆい感覚があれど、甘えるようになってきた。勉強を見たり、好きな番組を話したり、膝枕を要求したりと。それを見たアイが嫉妬して寝る時とか抱きしめてはめっちゃ離してくれなかったりする。

 

 平日だが今日は休診日、京極誠のサイコロ本を読みながらソファーで寛いでいるとルビーが慌てて自分の部屋から飛び出してきた。

 

 

「お、お父さんこれ!?」

「ん?……うわっ」

 

 

 思わず目を細めた。

 ルビーが見せたスマホの画面にはアイの記事が書かれていた。隣を歩いているアイと、俳優の男の人との一枚の写真。

 

 

『熱愛発覚!○○○○と星宮アイの交際!?』

 

 

 ゴシップがネットニュースで広がっている。

 本を置き、ニュースの概要を見ると街中で二人で歩く姿を記者に撮られたようで、前にドラマで共演した人気俳優との二枚。これを見たらそれは話題にもなるわなと額に手を当てた。

 

 

「マジか」

「いや、いやいやいや!?ママ浮気してないから!」

「んな事は知ってるよ。そんな焦る事でもないだろ」

「焦ろうよそこは!?」

「どうせ事実無根だし」

 

 

 そこは間違いないと言える。

 家族が何よりも大事であるアイがそんな事する筈もない。それは自信持って言えるがルビーは顰めっ面のままレスバを始めている。

 

 

「でも悪く書かれてるのはムカつく……!」

「まあ…それは確かに。てか俺はアイの心境が心配なんだけど」

「えっ?」

 

 

 アイは完全無敵な外面をしているが、身内に対しては弱い。どう思われているのか、どう思われてしまっているのか。大切であったものの崩壊を何よりも恐れている。この記事の概要自体はアイは笑って事実無根と言えるだろう。けれど、これを浮気と捉えられた動揺と不安で埋め尽くされる。

 

 

「俺が信じちまったらって思ってたらアイがどう行動するか。なんか不安だな……」

「テル!テルナウ!」

「この場合call(コール)な」

「良いから電話して!?」

「いやルビーから掛けてくれ。いきなり俺だとアイが責められるかもしれないって思って出ないかもしれないし」

 

 

 記事のリークから直ぐに電話を掛けられたら出ない可能性がある。それは疑われてると思われてしまうからだ。同じ立場ならもしかしたら吾郎でも電話に出ないかもしれない。心理的に考えても信頼している人間から疑われるのは怖いと思うから。

 

 ルビーは直ぐにアイに電話を繋ぐ。

 繋がるとルビーは心配した様子でアイに尋ねた。

 

 

「もしもし、ママ今大丈夫?」

『あっ、うん……えっと、そこにゴローさん居る?』

「いるよ。でもお父さん気にしてないって」

『えっ……と、それはどっちの意味で』

「ルビー、言い方が悪い。代わってくれ」

 

 

 気にしてるといえば疑われてる事に不安になるし、気にしてないといっても無関心で心配してくれてないと思ってしまう。気にしてないという言葉は慰めにならない。ため息をついて、ルビーから受け取ったスマホを耳に近づけた。

 

 

「もしもしアイ、大丈夫か?」

『うん。えっと……記事見た?』

「ああ」

『私、浮気なんて……』

「事実無根のくだらない記事なんか気にせず帰ってこい。変な所撮られた程度で浮気なんか疑うかよ」

『っ……』

 

 

 微塵も疑ってなどいない。今は誰よりも側にいて知っているから。

 

 

「ちゃんと信じてる。好物作って待ってるから負けんなよ」

『っ、うん!』

 

 

 嘘吐きで誰よりも寂しがり屋な大切な人に精一杯の言葉を。電話越しに伝わる涙声と同時に、重圧に負けないように笑う返事が聞こえた。アイは電話を切った。言葉で言わずとも通じる想いが今はあるから、お互いに話さずとも信頼してる。それを見たルビーは少しだけ羨んだ表情で目を伏せた。

 

 

「……どうした?」

「敵わないなぁ、って思っただけ」

「何が?」

「あー、ごちそうさま。コーヒー淹れるけど飲む?」

「飲む前に言う言葉かそれ?飲むけど」

 

 

 ため息吐きながらやや呆れ顔のルビーに吾郎は首を傾げた。渡されたコーヒーはいつもより苦く淹れられていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「ただいま……って何してんの先生」

「おかえりスバル。いやなんか変な記事のせいで傷心中らしいから」

「ああ……」

 

 

 スバルも少しだけ気にしてはいたようだ。

 アイは俺の腹に顔を埋めて寝転がっている。ただ頭を撫で続けると耳が少しだけ赤くなっている。けど嫌がらない辺り嘘の仮面を外して甘えたかったのだろう。

 

 

「母さんが幼児退行してる」

「アイは色々と感情を溜め込むからなぁ。反動もかなり来てんだろ」

「……アンタ甘やかすの上手いよな」

「そうか?医者だし献身的というならそうかもだけど」

 

 

 医者としての献身、俺個人の献身は少し違う。

 どちらかと言えば医者である以上は望んだ在り方に変わる事が多いが、嘘が嫌な人、胡散臭さを感じ取れる人には本心で接する事が多い。まあ、慣れていると言えば慣れてる。医者として気にかけている事を普段の俺に持ってきてる感覚だし。

 

 まあ、ちゃんと愛を込めてるつもりだ。

 照れくさいが、愛してるとは言えるくらいにはなった。好きな気持ちが分からなくても、好きでありたいと言う気持ちがあるから。

 

 

「嘘をつかないで気楽にいられるのかもな。先生の前だと」

「まあ夫婦だしな」

「……手が止まってる」

「はいはい」

 

 

 とはいえ、身内には甘い気もする。

 客観的に見たらめちゃくちゃ甘やかして和んでいる時点で、そういう気質なのかもしれない。甘やかすことで自分も幸せな気持ちになってる時点で割と自分本意な在り方から少し外れてる。俺はどっちかっていうと尽くされるより尽くすタイプなのかも。

 

 

「ハァ…部屋で勉強してる」

「なんか悪いな」

「いい、むしろ知らない誰かよりは任せられるし。目一杯甘やかしてやれよ」

 

 

 スバルがため息を吐きながら部屋に向かっていく。

 なんというか、昔のお前なら真っ先に殺そうとしてたというのに、時間が経って背も伸びて、大人になった気がする。子供の成長は早いものだ。精神がアレだからジジ臭いとは思うが。

 

 

「……お前なんか大人になったな」

「子供みたいな母さん見てると大人にもなるよ」

「おいこら足バタバタすんな。幼児退行してる時点でぐうの音も出ないだろ」

「ぐう」

「子供か」

 

 

 確かにこれは大きい子供だな……。

 

 

 

 ★★★

 ★★★★★

 

 

 三ヶ月が経った。

 アイは一つの不満を抱えていた。それは吾郎が手を出してこない事、仕事ですれ違って一緒に居る時間が減っている。朝早く起きて朝ご飯を作ってくれて、仕事に出掛ける時にキスをしてくれる。

 

 けれど、一線だけは越えない。

 特別だと思うからこそ、その先の関係になりたいと思うアイに取って、のらりくらりと躱されるのは少しだけ不満だった。甘やかしてくれる。支えてくれる、距離は近くなった。元患者と元担当医の距離より近くなって幸せではある。

 

 でも、その先を望むのは傲慢なのか。

 吾郎は子供を望んでいないのか、その些細なすれ違う時間がアイを不安にさせていた。愛してるといえる、今なら言えるのに吾郎は違うのか。

 

 ため息を吐きながら、ソファーに座り込んでいるとルビーに勉強を教えてリビングに戻ってきた吾郎がその隣に座った。

 

 

「アイ」

「っ、どうしたのゴローさん」

「12月24日、予定空けられるか?」

「えっ?出来ると思うけど」

 

 

 スマホを確認すると、予定はなかった。

 クリスマスとイブは番組の撮影を入れていない。家族の時間をしっかりと確保したいからと、その前日までは仕事をびっしり入れている。

 

 

「その日、二人で旅行行かないか?」

「いく」

 

 

 即答した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 12月24日。

 アイは楽しみで仕事の疲れもあった筈なのに眠れなかった。朝早くから準備を整えて荷物を車に積み込んだ。一日泊まっていく準備を整えてて、二人に見送られながら車を発車する。

 

 二人きりなのは久しぶりだ。

 今まで普通だったのに少しだけ緊張してしまっていた。

 

 

「で、何処に行くのゴローさん?」

「山梨県」

 

 

 旅行の場所は知らされていなかったが、どうして山梨なのか首を傾げた。

 

 

「ゴシップ立てると壱護さんに怒られるし、デートすると色々と危険もある」

「まあ確かに」

「だからまあ、人目のつかない場所で少し羽を伸ばしてゆっくりしようと思ってな」

 

 

 ああ、と納得した。

 確かに疲れている。売れている時に出来るだけ売っていくのが芸能界だ。完璧な嘘で演じているが、不満や不安を嘘で誤魔化して溜め込むタイプだ。溜め込み過ぎれば身体に毒なのは自分自身でも理解していた。

 

 

「寝てていいぞ」

「いいの?」

「隈出来てるし、眠れなかったんだろ?」

 

 

 化粧で誤魔化していたはずなのに見破られた。

 内心、僅かに動揺したが吾郎は片手で軽く髪を撫でる。少しだけ笑っている所を見るに、どうして眠れなかったのか分かってしまったようだ。それが何処か悔しくてアイは頰を膨らませた。

 

 

「休める時に休んどけ。じゃないと旅行の意味がないだろ?」

「……じゃあお言葉に甘えて」

 

 

 座席を倒してアイは目を閉じた。

 運転している吾郎の横顔を見て、今だけは自分が独り占めしている事を実感しながら顔を緩ませて意識を落としていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 楽しい。こんな時間は久しぶりだった。

 気を張らなくて好きな人の側で笑っていられる。屋台の食べ物を食べ歩いたり、見たい景色を見る為に山道を登ったり、神社で未来の事をお祈りしたり、泊まるホテルに早く帰ってはゆっくり温泉に浸かり、何処か修学旅行を思い出すような一日を振り返る。

 

 大人になると行く意味が分からなかった場所も何処か懐かしくて感慨深くて面白かったりする。

 

 

「ああぁぁぁぁ〜〜」

 

 

 温泉の心地よさに思わず声が出た。

 これから豪華な夕飯を食べてお酒を飲んだりして、ゆっくり過ごす。それも悪くない。旅行と言えばと思い浮かぶ場所ではなかったが、とても楽しめた。

 

 

「むー」

 

 

 でも、欲を言えば二人きりなのだ。 

 ヘタレていないで、手を出してほしい。お誘いを自分の口から言うのは恥ずかしいから言えないけれど、嘘が分かるならその想いを汲み取って欲しかった。結果全敗しているけれど。

 

 

「ゴローさんは、私の事どう思ってるのかな……」

 

 

 ぶくぶく、と温泉に不満を溢す。

 こうなったら自分から言ってしまおうか。恋と自覚しての始めての人だからこそ、色々と意識してこそばゆい感覚だ。順序も経験も全くバラバラだけれど、この好きという気持ちに嘘だけは吐きたくない。

 

 結婚前提にお付き合いしてほしい。

 そう言った先のゴールをアイは望んでいた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「美味しかったー!」

「ああ、こりゃ明日の朝ご飯が楽しみだな。満腹なのに」

「分かるー」

 

 

 豪華なバイキングに思わず食べ過ぎてしまった。

 満足そうにお腹を摩りながら、ベッドに寝転がるとアイは大きな欠伸をこぼした。楽しい旅行と温泉と豪華な夕飯、このまま微睡めば幸せな夢を見れそうだ。

 

 

「アイ、少しだけ外に出ないか?」

「いいよ。どうしたの?」

「見せたいものがあってな」

 

 

 吾郎は上着を着替え始めた。

 寝巻きのままだと流石に身体が冷える。田舎の冬の気温はマイナスとなっている為、アイもコートを羽織り歩き出す。暖かい旅館から外に出る為に扉を開けると冷たい風が吹いた。

 

 

「くしっ」

「これ巻いとけ」

「ありがとう」

 

 

 差し出されたマフラーを巻いた。

 外は寒くて、雪が降ってもおかしくない程の気温にくしゃみを溢してる。少し寒がりながらも、旅館から少し離れた場所まで歩き、ベンチがある場所に腰をかけた。

 

 空を見上げた。

 そこには満天の星空が浮かび、いつもより大きく月が輝いていた。

 

 

「わぁ……!」

「冬の星座も悪くないな」

「久しぶりに見たけど凄い綺麗!」

「宮崎の病院でも見てたよな。いつ見ても綺麗なもんだ」

 

 

 東京ではこの景色は見れなかっただろう。

 宮崎でよく見ていたが、偶に星を見たくなるのは性だった。星は綺麗にいつだって浮かんでいる。星になれたらと、子供の頃に考えた事はある。この景色はいつまで経っても飽きず色褪せない光景だから。

 

 

「あっ、流れ星」

「おー、俺も見えた」

「ゴローさんは願い事はある?」

「んー、まあ少しはあるかな」

 

 

 願い事はある。色々と叶えたいと思う事はある。

 けれど、神様に願うような事ではない。幸せになりたい願いはもう叶っているから。アイは吾郎の顔を見ると、ニヤリと笑って言葉を紡いだ。

 

 

「ねぇ、ゴローさん。月が綺麗ですね」

「あはは、お前にそれは似合わねえよ」

「えー、そこは返そうよ。有名なセリフでしょ?」

 

 

 確かに有名な言葉ではあるが、少しだけ苦笑した。

 

 

「死んでもいいわ、なんて言えねえよ。有名だけど俺はそれが苦手でな」

 

 

 死んだ事のある吾郎にとって、死んでもいいわという言葉は愛していますと文学的な言葉に直すのは苦手だった。愛しているからこそ、死んでもいいなんて言えない。冗談でも、その言葉はあまり好きな言葉ではなかった。

 

 

 

「だから、これは代わりの言葉」

 

 

 

 ベンチから立ち上がり、アイの前で跪いた。

 突然どうしたの、とアイは困惑するが手を重ねて瞳を合わせた。

 

 

「俺は、アイと生きていきたい」

 

 

 死んでもいいではなく、生きていきたい。

 出来るなら同じ景色を、同じ想いを共有していきたい。それが吾郎の答えだった。

 

 

「貴女の隣で未来を一緒に歩みたい」

 

 

 懐から小さな箱を取り出した。

 そしてアイの前に差し出すと、箱を開いた。

 

 

 

 

「──アイ、俺と結婚してください」

 

 

 

 

 それは指輪だった。

 アメジスト、アイの瞳の色と同じ色である紫の宝石が付いた指輪。

 

 吾郎も本当は分かっていた。この関係をいずれ終わらせたいという気持ちは吾郎も同じだった。家族のように思っているのに、恋という感情に振り回される。お互いの生きてきた環境や境遇も相まって色々と順序も在り方も特殊過ぎた。

 

 それを自覚するのが遅過ぎて、少しだけ後悔していた。自分が手にした幸せを手放したくない。一緒に同じ未来を見るというのは簡単なようで難しい。結婚前提にお付き合いしてほしい、なんて言葉をアイの方から言わせてしまった事を僅かに後悔していた。

 

 だから今度は自分の方からと。

 吾郎は星空の下でアイにプロポーズを告げた。

 

 

 

「──はい!」

 

 

 

 アイは瞳から涙が溢れた。

 止まらない涙を拭う事なく、両手を広げて吾郎に抱きついた。嬉しくて涙が止まらない。それはあの時、吾郎に励まされて一番星となったドーム公演以来だった。抱きしめられ、吾郎はホッとして抱きしめ返した。

 

 

「よかった……」

「失敗すると思ってたの?」

「緊張くらいするさ。初めてのプロポーズな訳だし」

「えへへ、初めてかぁ」

 

 

 誰かを好きになった事が無かった。

 だからこんな未来は訪れるのかなんて過去の自分は想像したこともなかっただろう。失敗したらと脳裏で過って緊張していた。

 

 

「……もしかして手を出さなかったのって、これの為?」

「まあそれもあるけど、ドラマの撮影があったろ?途中で子供なんて作ったらそれこそ後で後悔すると思ったしな」

「そういう所マメに気にするよね」

 

 

 ドラマ撮影から少ししたら妊娠したから撮影はこれ以上出来ませんと言えるわけがない。そこだけは徹底して考えて、壱護と相談しながら今日に至る。妊娠をしたら活動休止で芸能界から離れる人間も数多い。そんな中で人生を背負える覚悟を決めるのにも時間が必要だった。

 

 

「まあ、俺だって手を出したくない訳じゃなかったんだぜ?けど、女優としてのアイを中途半端な形で終わらせるかもしれないって考えたら少しだけ躊躇もする。だから覚悟も必要だったんだ」

「じゃあさ」

 

 

 唇を重ねた。

 もう我慢は必要無かった。蠱惑的な笑みを浮かべてアイは吾郎の胸に手を当てた。欲しいと言わんばかりに胸を撫でては耳元で囁いた。

 

 

「今日は寝かさないで」

 

 

 その言葉に吾郎は頰を赤くしながらも頷いた。

 旅館の部屋に戻ると、二人の身体は重なり合った。求め合い、交わっては愛を言葉に情欲を聖夜の前の夜にお互いぶつけ合っていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 それから十一ヶ月が経過した。

 アイは妊娠し、活動休止と同時に結婚報告を発表。ネットは荒れに荒れて相手に対しての嫉妬などがアンチとなって飛び交う事となり、ルビーが物凄いレスバしていたのが懐かしい。

 

 担当者は勿論、吾郎自身。

 色々とツテを借りて宮崎で出産することを決めた。婦長や先輩にはロリコンの称号を押し付けられたが、否定出来ないので素直にその不名誉な称号は受け取る事にした。

 

 吾郎はそれ以上に婦長と先輩が結婚している事に驚いていた。宮崎のドクトリーヌとクロッカスがまさか結ばれているとは思わなかった。子供も居るのに驚いた。

 

 子供は無事に産まれた。

 過去とは違って帝王切開せず、無事に赤子は取り上げられた。紫がかった産毛と、蜂蜜色の瞳をした女の子を抱いて、吾郎は涙を流していた。

 

 

「あはは、泣いてる」

「……本当の意味で父親になれたからな」

「ゴローさん、名前は決めた?」

「ああ」

 

 

 アイに取り上げた赤ん坊を渡して涙を拭い、名前を告げた。

 

 瑠美衣(ルビー)は勝利の意味を持った赤い宝石。

 

 (スバル)は集うからこそ輝く青い星。

 

 三人目となるこの子に与える名前は──

 

 

 

「──紫月(しづき)。それがこの子の名前だ」

 

 

 

 アイと吾郎の二人が紡いだ紫を纏う月。

 二人の想いを継いだ優しい子供であって欲しいという願い。これからきっと忙しくなるだろう。無論、大変な事もきっとある。けれどアイとなら、家族であるルビーやスバルと一緒に乗り越えられると信じているから。

 

 

「生まれてきてくれてありがとう。紫月」

 

 

 これからは本当の家族となって歩んでいく未来に吾郎は泣きながら笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 物語は終わらない。

 

 紡がれていく未来は途絶えることはない。

 

 辛い現実も悲しい未来もあり得たとしても。

 

 二人なら、家族なら乗り越えられると信じているから。

 

 

 

 繋がれた手は死が分つまで離さない。

 

 

 これは愛を探して、求めて、繋がって、愛を知った二人がこれから歩いていく物語である。

 

 

 

 

 〜〜♡ end 完〜〜





 雨宮吾郎
 ロリコンの称号を押し付けられた男。病院を簡単に辞められなかった為、最初は遠距離恋愛していて同棲から暫くしてプロポーズを果たした。この時まだ婚姻届は出しておらず、まだ交際の範疇であったが、バリバリ夫婦の雰囲気であるのに何言ってんだお前らと壱護に引かれていた。ルビーとスバルは吾郎の連れ子、バツイチという事で発表し世間やネットではバチバチに燃え上がった。色々とクソ野郎と言われているが本人は気にしていない。愛した人と共に生きる幸せの中、彼は今日も命を大切に生きている。


 雨宮アイ
 この度結婚いたしました!と発表し、本人よりも相手に対する嫉妬のアンチを見て苦笑していた妻。吾郎が手を出してくれなかったから色々と不安になっていたが、プロポーズを受けて本当の意味で恋を叶えて家族になれた事が嬉しくて、産まれた紫月に溺愛している。月という言葉を取ったのはあの時の告白があったからと吾郎から聞くと顔を真っ赤にしていた。暫くしてからまた女優業を再開し、育児と仕事をしながらも愛する家族の為に今日も彼女は嘘をつく。


 雨宮ルビー
 同棲してからわずか二週間で中身を特定された前世さりなちゃん。アイドルの夢を追い続け、いつかアイを超えると大胆不敵に笑う。成績は下の上なので吾郎につきっきりで勉強を教えてもらっている。初恋は砕け散ってしまったが、それでも家族となって大切だった人と生きている。彼女は絶対無敵の笑顔で今日も全てを魅了する。


 雨宮スバル
 俳優業と学業をそつなくこなす優等生。元ストーカーとは思えない秀才っぷりに吾郎は驚いていた。心境は複雑ではあるが、安心して任せられるし、地味に家族となった事が嬉しかったりする。苦手意識もあるが、吾郎を父親として認めている。彼は今日も愛する家族を護る。


 神無
 家族の輪に入らずとも、家族として認められている幼女。特殊である事を気にしているが、その内家族の輪に入るだろう。烏達にはボイコットされてるし。彼女は今日も暖かな家族を見守っている。


 内定、決まりました!
 最近のストレスと課題と体調不良もあって執筆が遅れました。漸く書けたぜ。色々とルート後の想像って大変でしたが、最初はアイから行かせていただきました。次は恐らく★ルートafterかな?

 よかったら感想、評価お願い致します。モチベがめっちゃ上がります。
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