吾郎センセーは転生者   作:アステカのキャスター

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※吐血表現、残酷な描写あり。
 ☆ルート未読の方は注意。




 

 

 

 宮崎の暗い夜の時間帯。

 俺はコートを身に纏いヘルメットを掴んだ。玄関に座り靴紐を結んでいると、後ろから神無が尋ねてきた。

 

 

「行くの?」

「ああ」

「死んじゃうよ、分かってるんでしょ?」

 

 

 確かに死ぬのかもしれない。

 まさか、ルビーの件で脅してくる奴がいるなんて思わなかった。病院で俺宛ての手紙が届いたと思ったら、世に出せばスキャンダル確定の写真が入っていたのだから。

 

『情報が拡散されたくなければ20時の夜中、手紙を持って指定した場所に。警察に頼る行動を見せた瞬間、情報は拡散致します』

 

 そんな事書かれていたら行かない手はない。

 俺の今後の人生よりも大切だと思う人の為に動きたいから。

 

 

「死なねえよ。きっと帰ってくる」

 

 

 神無の頭を撫でる。

 わしゃわしゃと雑に撫でると顔を顰めていた。そんな顔もするんだなとまた新しい発見だ。死にたくないし、念の為保険だけはかけておいたが、あとはどうなるか分からない。

 

 

「帰ったらお前の好物作ってやるから留守番頼んだ」

 

 

 もしかしたらコイツを一人にしてしまうかもしれない。神無は家族なんて思ってはいないかもしれないが、俺にとっては大切な家族みたいな子だった。

 

 神無が悲しむなんて想像はつかないけど、それでも心の中で少しだけ謝った。大切な人の為に置いていくかもしれない選択をするから。

 

 

「そういえばお前の好物ってなんだ?」

「焼き鳥」

「お前もう鴉遣い辞めろ」

 

 

 ほらビビってる。

 それ聞いてギョッとして鴉がビビってるから。

 

 

 ★★★★★★

 

 

 

「地味に遠い場所選びやがって……」

 

 

 予想より時間がかかった。

 警察には確かに言ってないが、もし何があった場合の保険だけはある。最近のネットは本当に便利だ。

 

 でも、恐らく相手も同じ事を考えている。

 もしも自分が死んだらという万が一の保険を用意してる可能性がある。殺すわけにはいかないし、俺が殺したくないってのもある。

 

 黒いコートのポケットに護身用の道具を入れる。

 道具がある事を悟らせないように、指定された場所は確か使われなくなった天文台、今はもう廃墟同然だがバイクを走らせて到着した。

 

 

「居るんだろ! 出てこいよ!!」

 

 

 約束通り1人で来た。

 こんな廃墟に呼び寄せておいて居ないはずがない。そんな愉快犯だったら確実に無視している。手を出して……いや出されたのかどちらかというと出された事実を公にされたら俺は兎も角、ルビーはアイドルとしての夢が終わってしまうから。

 

 廃墟の中心に何かが光り、黒電話の音。

 目を細めると暗い廃墟の中心でそれは鳴り響いていた。

 

 

「……スマホ?」

 

 

 間違いなく犯人が用意したものだ。

 恐らく臆病な人間、自分の顔を見られないように徹底してるのか。それを拾い上げ、通話ボタンを押した。

 

 

「もしもし」

『警察は呼ばなかったようですね』

「呼ばねえよ。あの子の人生を潰させてたまるか」

『そうですか』

 

 

 声からして男、声変わりしている所を考えれば年齢は大学生辺りから更に上、実行の手口が恐らく手慣れている。同じ事を経験した事がある人物、ルビーを知っていながら情報漏洩での利益を得ようとせずに脅迫に使う人物、ルビーを狙いながら俺を邪魔と思う人物。

 

 該当する人間は……アイが言っていた。

 

 

 

 

 

 

「『それはよかった』」

「──ッ!!??」

 

 

 

 

 

 そう思った瞬間、通話越しの声と同じ声が背後に響いた。後ろを振り向くと黒く禍々しい星の瞳が視界に映った。誰かに似ている既視感、そしてその一瞬が致命的だった。その手に持つ凶器が深々と突き刺さった。

 

 

「ぐっ……クソッ……!」

 

 

 ヤバい、刺された。

 振り返った瞬間に横から腰に深く突き刺さった。激痛と身体から溢れる熱と共に壁際に背中を預ける。腰に手を当てれば、ぬるりと大量の血が手を赤く染めていた。

 

 

「っっ……お前が、犯人か……」

「そうですね。でも、貴方が悪いんですよ? 僕の大切な人に手を出すから」

「大切……ルビーと関係……」

 

 

 やはり間違いないだろう。

 暗くてハッキリと見えてる訳じゃないが、金色の髪と僅かに見えた蒼い瞳。そして何よりその姿はスバルと全く変わらないくらいに似過ぎていた。

 

 

「……お前がカミキヒカルか」

「さあ、どうでしょう?」

「とぼけんな……スバルと同じ金髪、年齢的に言えば30代くらい。整合性があり過ぎる……」

 

 

 答えをはぐらかされたが、確信出来る。

 何故此処に居るのか、どうして宮崎に居たのかは分からない。

 

 

「俺を狙う動機はなんだ……」

「強いて言うなら、邪魔だったからですからね」

「邪魔……?」

「彼女達はまだ輝ける。それを僕に見せてくれた。それは僕ではなく貴方がいたからというのもあるのでしょう。そこに関しては感謝はしているんですよ?」

 

 

 暗くて見えないが笑っている。

 笑いながら凶器を握りしめて暗闇の中、月明かりの逆光が姿を覆い隠す。どんな表情をしているのかも感情も、全く読めない。

 

 だけど、それは『嘘』ではなかった。

 

 

「ですが、貴方は少し関わり過ぎた。輝かせる為だけの役割でしかない貴方が輝きを終わらせてはいけない。未成年淫行なんてもってのほかでしょう?」

「そこに関してはぐうの音も出ねえけど……14歳でアイを孕ませたお前が言える言葉じゃねえだろ。クソガキが……」

 

 

 いやまあ、手を出したというか出されたというか。それに関しては確かに否定出来ねえけど、ブーメランって知ってるだろうか。俺もさりなちゃんが生まれ変わってまで求婚してくるなんて思わなかったけど。

 

 

「ハァ……クソッ……」

 

 

 腰から流れる血が止まらない。

 思った以上に傷が深すぎて手で押さえても零れ落ちる血。激痛と熱で頭がおかしくなりそうな中、血で濡れたナイフが反射して怪しく光るように見えた。

 

 

「僕が摘む命に貴方が手を出した。だから貴方は此処で死ぬ。それだけですよ」

「……っ」

 

 

 その言葉に『嘘』がない。

 それが何よりも恐ろしくて、初めてこんな存在に出会った。欠けている人間はいる。自分が普通ではないから普通から取り入れてそれを補おうとするような自分に欠けた存在は確かに存在する。

 

 欠けるとかそんな次元じゃない。

 この男は壊れていて、それを正しいと信じている。

 

 

「お前にとって……アイツらは何だ」

「僕の生きる糧ですよ。その重みがあるから僕がある」

 

 

 狂人という言葉でも足りない。

 在り方が壊れた、存在証明の為に命を摘み取る殺人鬼。どんな環境からこんな感情を抱くのか理解が出来ないくらいだった。ただただ、哀れで可哀想な人間だった。

 

 

「狂ってんな……大切だから生きてほしいと願えねえ哀れなガキだな。本当、滑稽なくらいに可哀想だなお前」

「……まさか哀れまれるとは思いませんでしたけど」

 

 

 一瞬、キョトンとしたような顔をしていた気がしていた。コツコツと、死神の足跡が近づく音が耳に届く。逆光で顔が見えない事、それがより一層恐怖を滲み出していた。

 

 

「もういいでしょう?」

「はっ、馬鹿が。俺が死ぬか……」

「瀕死の状態で言っても説得力なんてありませんよ」

 

 

 腰の出血を抑えて壁際に背中を預けて、逃げ場などない。それに逃げられたところでこの出血じゃ満足に動けない。

 

 

「さようなら、優しい優しいあの子達のお医者さん」

 

 

 振り下ろすナイフが届く。

 白衣から取り出したソレを顔に向けて放った。プシュッ、という音と共に顔に噴射したそれに目を抑えて離れた。

 

 

「っ、ああっ!?!?」

「サプライズは気に入った……かよ!」

 

 

 痴漢撃退用催涙スプレー。

 万が一の為に持ってきた護身用の武器。それが至近距離でカミキの目に入った。僅かに出来た隙に身体に激痛が走る。奥歯を噛み締め、痛みを堪えて髪を掴んで顔面に膝蹴りを繰り出す。鼻に強烈な一撃を捩じ込む。

 

 

「ぐっ……!?」

「っ、ああああああっ!!!」

 

 

 渾身の右が頰に突き刺さり、殴り飛ばした。

 死に体の身体での最後の特攻、だが気を失わせる至らない脆弱な反撃。それでも殴った事で離したナイフを拾って構えるが、視界がぼやけてきた。

 

 息が定まらない。吸っても吸っても満たされないような感覚と抜けない疲労感に足がふらつく。

 

 

「ハァッ、ハァッ……ぐっ……ゴホッ…ぁ……!!」

 

 

 口から血が吐き出された。

 力が入らない。今は痛いとしか考えられない。苦しくていっそ楽になりたいって思いたい。それでも此処で倒れたらきっと何も残せない。死が近づいていく気がした気がした。でも、今だけは、今だけは死神の足跡にも誰にも臆さない。倒れちゃいけなかった。

 

 選択の時が来たというのなら、きっとそれは今だ。せめて死ぬ前に道連れに出来るだけの選択が残されている。

 

 

「俺は……お前を許さない」

 

 

 ナイフを握りしめて命を燃やして近づく。

 おぼつかない足で、とっくに限界の身体で、怒りと共に倒れている殺人鬼に殺意を飛ばした。

 

 

「お前は必ず殺してやる」

「っ」

 

 

 ナイフを握りしめて心の奥底の憎悪を吐き出した。徐々に後退しては立ち上がって此方を睨み付けた。

 

 

「……死ぬのは貴方です」

 

 

 目の当たりを擦りながら走り出してカミキは廃墟の外に向かっていく。バタンッ、と扉が閉じた音が聞こえた。閉じ込められた事が分かると力を使い果たしたかのように倒れて苦笑いを溢す。

 

 

「……なんて、俺にそんな度胸ねえよ」

 

 

 初めから分かってた。

 だってそれを行ってしまえばあの子にどんな顔して会えばいいのか。正当防衛だろうがなんだろうが、自分の手を人を殺す事で赤く染められない。心から欺く殺意で万が一のこの状況を作り上げた。

 

 

「俺の演技も……案外馬鹿にならないな……」

 

 

 今の出血量は600mlは超えている。

 刺された箇所が特に酷い。恐らく臓器が傷付いている。止血して助けを呼んでも、恐らく間に合わない。残された時間は多く見積もっても十五分、意識がそれ以上は恐らく保たない。

 

 閉じ込める事、それは最良の判断かもしれない。どのみち俺は死ぬだろう。だけど、閉じ込めた事で一つミスを犯した。

 

 

「電話を……」

 

 

 死ぬまでの僅かな猶予ができた。

 俺が死ぬ前の僅かな時間、電話で伝える事が出来る。警察に連絡しようとスマホを取り出すとある事に気付いた。

 

 

「はっ? 圏外……?」

 

 

 電波が無い。

 先程用意されていたスマホは電話が鳴っていた。だから使えていたはずなのに。

 

 

「っ……一定距離なら通話可能の……トランシーバーアプリか」

 

 

 電波が無くてもある程度の距離なら会話が可能なアプリはある。そのせいか電波が通っていると錯覚していた。つまり警察などの連絡を断たれている。

 

 熱い。身体の熱さではない。

 目の前に広がる黒煙、それが閉じ込めたドアから噴き出しているように見える。そして僅かに闇を照らす光が漏れている。

 

 

「焦げ……くさっ……」

 

 

 燃えている。その事実に顔を顰めた。

 焦げ臭い匂いが鼻につく。扉は閉められて脱出は出来ない。それ以前に出血が多すぎて身体がもう……

 

 

「(マズい。確固たる証拠がないし……燃えちまえば何も残らない)」

 

 

 証拠となるこのナイフも燃えてしまえば指紋も出ないだろうし、残されたものは自分の財布や家の鍵、手紙と御守りしかない。この程度じゃ証拠には……いや、一つあった。

 

 

「一か八か……だな……残るか残らないかは俺次第か……」

 

 

 これは賭けだ。

 だけど他に方法がない。それが残れば切り札になる。だからあとは祈るしかない。意識が朦朧とする中、動けない体を必死に引き摺って足掻いた。

 

 轟々と音が聞こえる。

 瓦礫が落ちて、崩れていく音が耳に残る。目はもう見えない、身体はもう動かない。こんなにも熱いのに身体は冷たくなっていく。

 

 

「……ル……ビー……」

 

 

 此処に来た時点でもしかしたらって思ってた。

 死にたくないのに、命より大事だと思える子の為に動いた。仮に死んでも後悔なんてないって今までの俺ならそう思っていたかもしれない。

 

 

「ち……くしょ……う」

 

 

 ああ、後悔してる。

 たった一つだけ、後悔があるとするならそれは……

 

 

「ウェディ……ング……ドレス……見た……かったなぁ……」

 

 

 愛せるようにと誓った大切な人の花嫁姿を見れない事だけだった。

 

 

 

 

 熱が消えた気がした。もう何も感じない。

 真っ暗な海の中に沈んでいくようなそんな感覚に惑うようで、抗えない眠気に瞳は力無く閉じた。

 

 やがて業火が身を包む。

 大切なストラップを握りしめて、その身は焼かれていく。

 

 雨宮吾郎はこの世を去っていった。

 最後の最後に、希望を託して業火の世界に笑って死を受け入れた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 鴉は見ていた。

 業火に消えていく一人の男を。バサバサと羽ばたき、一人の少女の側へと着地する。無数の鴉が羽根を落としてはまるで慟哭をしているように思えた。

 

 

「それが貴方の選択なんだね……先生」

 

 

 後悔なんてしていない。

 それは選択の果ての答えだ。夜が支配するような昏く冷たい海を眺めながら、居なくなってしまった人へと言葉を告げた。

 

 

 

「分かっていたくせに……馬鹿な人」

 

 

 命を散らすかもしれない選択だと分かっていながら他人の人生の為に動いた。変わらず、愚直で短絡的で他人の為に動く事でしか自分の幸せを得られないと思っていた人が漸く本当の幸せを手に出来る筈だった。それももう叶わない。

 

 

「本当に、馬鹿な人」

 

 

 鴉は鳴いた。

 狂ってしまったかのように、憐れむように、悲しむように鳴き続けた。月明かりが羽ばたく影に紛れて遮られた暗闇の中、少女はただ俯いて夜に消えていった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 それは二週間後の事だった。

 ルビーから吾郎に電話しようとした時、電話に出られない状態が何度も続いた。産医の仕事中だからとメッセージを送っていたが既読も付かない。

 

 少しキレた。

 こんな可愛い美少女アイドルの既読無視、なんなら結婚の約束もしたのにほったらかしにする先生にキレた。他の女と浮気していたら殺すと殺意すら滲ませていた時だった。

 

 

 

『次のニュースです。宮崎県川南町で起きた放火殺人事件。殺人未遂の疑いで神木プロダクション代表取締役、神木光容疑者が逮捕されました。死亡したのは雨宮吾郎47歳、事件に対し神木光容疑者は容疑を認めているとの事です』

 

 

 

 手に持っていたスマホが床へと落ちた。

 それを聞いていた誰もが目を疑った。夢ではないかと否定したかった。テレビから流れてきた最悪のニュースにアイもスバルも動揺する事しか出来なかった。

 

 

「う、そ……だよね……」

「そ、んな……嘘だろ……?」

 

 

 眠気が覚めるってレベルではない。

 急いで斉藤社長に連絡しようとするスバルと、動揺から未だ思考放棄したまま動けずにいるアイ。だがそれ以上に、ルビーだけは体を震わせながら叫んでいた。

 

 

「嘘、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ……!!!」

 

 

 スマホを開いて本人に電話する。

 嘘だ。嘘であってほしいという思いだけが身体を動かした。涙も慟哭も全て確認するまで流さないように心を必死に押し殺して。

 

 

「嘘に決まってる……だってせんせは……!!」

 

 

 約束したから。

 二十歳になったら、アイドルを辞めたら結婚してくれると約束してくれたから。死ぬ筈がない。約束を違える筈がない。

 

 だが電話から聞こえてきた声は先生の声では無かった。

 

 

『おかけになった電話番号は現在電波の届かない──』

 

 

 その音声が嘘と思う情報を現実へと叩きつけた。

 電波が届かない、暫くの音信不通、辻褄が合いすぎて身体が震えては動かない。呼吸が乱れては次第に過呼吸となっていく。

 

 

「ハァ……ハァ、ハァ!!」

「っ、ルビー、しっかりしろ! 息をゆっくり吸え!!」

 

 

 落ち着けるわけがなかった。

 大好きだった人が殺されて、落ち着ける方が無理な話だった。アイやスバルの声も聞こえず、ルビーは過呼吸により意識を落とした。

 

 

 ★★★★★

 

 

 その後、斉藤夫妻が事件の概要について調べた結果、雨宮吾郎は刺殺による大量出血によって死んだ後に放火で体が焼かれたということが行政解剖の結果だった。

 

 放火現場に残っていたナイフでは指紋などはなかった為、誰が殺したのかはこの時点では分からなかった。だが、カミキヒカルの犯人だと疑うだけの証拠が残っていた。

 

 その証拠は()()()()()()()()()()()()()()

 

 取り出してみれば小さなジップロックの中に折り畳まれた手紙と金色の毛髪が残っていたのだという。折り畳まれた手紙には乱雑だが『カミキヒカル』と血で書かれており、毛髪のDNA鑑定も一致した。

 

 元々、御守りの中に雨水にさらされてボロボロにならないようにさりなちゃんが残した手紙を折りたたんで小さなジップロックに閉じて入れていたらしく、死ぬ前に証拠を全部入れて飲み込んだとの事。

 

 過程はどうであれ、カミキヒカルの殺人は暴かれて長い因縁にはケリがついた。

 

 だが……そんな事は最早どうでも良かった。起きてしまった事件は元々は星野アイからの発端、アイは精神的に吾郎を巻き込んで死んでしまった事を責めていた。暫く活動休止を余儀なくするほどに心の傷は大きかった。

 

 ルビーの精神状態はもっと酷かった。

 前世から想い続けた大切な人の死に自分も後を追いかねないような状態だった。ただ、死にたいと泣き続けては飯も碌に食わずに虚な瞳で空を見上げるだけ。暫くはアイやスバルが、ルビーの部屋に入り、目を離さないようにしていたが、ルビーの瞳には星すら浮かばない。ただあるのは昏いだけの虚無だった。

 

 スバルは、心の傷が大きいわけじゃないが精神的には苦しそうだった。形はなんであれ、頼りになる人であり、感謝していた人だ。本当に父親みたいにいつの間にか思えてしまっていた為、仕事はしているものの少しだけ笑顔が少なくなった。

 

 斉藤夫妻もショックは大きい。

 だが、業務を止めるわけにはいかなかった。苺プロダクションは大手並みに大きくなっている中、手を止めるわけにはいかない。仕事に手を回して現実から少し逃げているようにも思えた。

 

 

 

 

 

 ニュースから一週間が経った。

 

 食材が切れてしまい、買い出しに行かなければいけないが、スバルは学校で斉藤夫妻は仕事、買いに行けるのはアイしかいない。一時間もしない内に帰って来れる。自転車使えば三十分もかからない。ルビーが寝ている隙を見て買い出しに向かった。

 

 バタンッ、とドアが閉まる音と共にルビーは目を開けた。目の下の隈と痩せ細ったような顔が鏡に映る。フラフラとした足取りでキッチンに向かい、手に取ったのは……

 

 

「……今なら、死ねるかなぁ」

 

 

 包丁だった。

 部屋に戻り、包丁を腹に向ける。吾郎の死亡の原因が失血死であるなら、同じ死に方をすれば逢えるのかもしれない。そんな淡い期待すら浮かんでしまうほどに狂っていた。本当の意味で狂いたかった。そうすれば躊躇なんてしなかった筈なのに。

 

 

「せんせ」

 

 

 ──そっちに今から行くよ。

 ヒヤリとした刃が腹に当たるその時だった。

 

 ピコンッ、と音が鳴った。

 死のうと覚悟した気が削がれて表示されたメールに視線を向けた。友達の寿みなみか、不知火フリルかと思っていたルビーは目を見開いた。

 

 

「えっ…………」

 

 

 その表示に思わず困惑した。

 あり得るはずがない人からのメール。表示されていた差出人の名前に目を疑った。

 

 

「せ、んせ……?」

 

 

 表示されたのは『雨宮吾郎』

 死んだ筈の吾郎からの連絡だった。震えた手の前スマホのロックを外してメールを開く。そこには長文でルビーへのメッセージが書かれていた。

 

 

『件名 ルビー/さりなちゃんへ

 to : [email protected]

 ─────────────────────

 

 ルビー/さりなちゃんへ

 このメールが送られているという事は俺がメールを消すのを忘れたか、メールを消せない状況にあるか、もしくはこの世に居ないのかの三択だと思う。俺は事件の前にクラウド上に時間差でメールが届くようにしてて、もしも俺が何があった場合、例えば何も言えずに死んでしまった場合を考えて遺言メッセージみたいなのを残してみた。

 

 まあ、そんな事が起こらない事を祈るけど、恐らく届いてしまったって事はそういう事なんだろう。約束を破っているのかもしれない。君を泣かせているのかもしれない。もしかしたら、死にたいって思わせているのかもしれない。

 

 考えつく事は色々察する事は出来るが、転送時間が三週間だ。色々と事件が解決してるかもしれないし、もしかしたら犯人が逮捕されてる可能性も微レ存。俺だから足掻きに足掻いてタダで死なないと思うし。

 

 もし、犯人が捕まっていなかったとしても復讐は考えないでほしい。君はもしかしたら敵討ちとかしかねないだろうし。

 

 これは俺からのお願いだ。

 君が望んでいたアイドルの夢を叶えてほしい。復讐よりも夢に向かって進んでほしい。これは俺が最推しで一番のファンで、そして君に惹かれている一人の男としてのお願いだ。

 

 俺は必ず戻ってくる。

 仮に死んだとしても生まれ変わって君に会いにいく。けど、それはきっと簡単な話じゃない。暗くて光の届かない黄泉の世界から簡単に戻ってこれないかもしれない。

 

 だから道は君が照らしてくれ。黄泉からでも見えるくらいの一番星になって、俺はそれを目印にきっと戻ってくる。きっと君にまた会えるように俺も頑張るから、約束だ。

 

 転送した日さ、今日が君が入院した日だったからな。言い方が悪いけど君が病気になっていなければ出会えなかった。約束しなければ生まれ変わるなんてあり得なかった。奇跡みたいだろ? 運命みたいで巡り巡ってまた会えてる。だからきっと大丈夫。

 

 君に出会えてよかった。きっと俺も君に救われたから、この後何が起きても怖くない。

 

 俺は君を愛してる。

 だからきっと生まれ変わったその時は、俺から君にプロポーズ伝えるよ。だから待ってろ。きっとルビーの指輪用意して君に会うからさ。

 

 君を最推してる雨宮吾郎より。

 

 ────────────────────』

 

 

 メッセージが映るスマホに涙が落ちた。

 次第に止まらなくなって、感情を抑えることができない。

 

 

「ズルいよ……」

 

 

 いつも卑怯だ。

 こんなやり方で死にたいと思う自分を繋ぎ止めるなんて、約束ものらりくらりと躱して二十歳になったらと決めていた筈なのに。

 

 

「本当、ズルい……」

 

 

 約束を捨てられない。

 こんなあり得ない事を約束されて、希望が出来てしまった。死にたいと思っていた筈なのに、死ねなくなった。

 

 

「せんせの馬鹿っ……!」

 

 

 まだ、生きてほしいなんて。

 死んでしまった先生が言える言葉ではないのに。夢を捨てきれない。夢を叶えれば帰ってくるかもしれないなんて確証もない小さな希望だけを示された。

 

 残酷で、卑怯で、それでもとても大好きだった人の死を嘆いた。

 

 

「う、ああ……っ……ああ……!!」

 

 

 今はただ泣き続けた。

 ただ残酷な現実を受け入れる為に涙が枯れ果てるまで。

 

 

 ★★★★★

 

 

 あの事件から四年が経った。

 宮崎にわざわざ彼岸花を持ってやってきた男が『雨宮』と彫られた名前の墓の前で立ち止まる。

 

 

「先生、来たよ」

 

 

 星野スバル。

 今では国民的俳優として数々の賞を受賞し、多くのドラマや番組に出演している。忙しくて暇なんてない筈なのに、ただの墓参りの為だけに宮崎までやってきた。線香に火を灯し、彼岸花を添えた。

 

 

「アンタの事だ。また転生して帰ってくんだろ?」

 

 

 スバルにもメールが届いていた。

 アイにも、斉藤達にもメールが届いて励ましの言葉が送られていた。きっと帰ってくるって、そう書いていた筈なのに未だ雨宮吾郎は見つからない。

 

 

「幸せになれって……本当そういう所だよアンタは」

 

 

 行方は誰にも分からない。

 魂が特殊だから砕かれて星と海に還ったかすらも判断が出来ないらしい。転生しても記憶を忘れているのか、未だ黄泉の世界で帰る方法を探しているのかは誰にも分からない。

 

 

「今度さ、アンタを元にした映画の主役やるんだ。『白衣』って名前でさ、俺がアンタの役なんて務まるか分かんねえけど、頑張ってみるよ」

 

 

 先生が死んで暫くして星野アイの隠し子である事が世間にバレた。だがバッシングは少なかった。国民的元アイドルの隠し子、二代目B小町として再びドームに立つという夢を告げてルビーは立ち上がっている。そして、五反田監督とスバルの共同の脚本として『白衣』という名前の映画が制作される。主演はスバルとなっている。

 

 

「ルビーはアイドルとして知名度も凄い上がってるけど、いつか壊れるんじゃねえかってくらいなんだ。アイに似過ぎて嘘の笑顔を使い続けて、本当の意味で笑わなくなったんだ」

 

 

 ルビーは国民的アイドルとなっていて、ドーム公演まであと一歩という所まで来ていた。それはまるでアイを連想させるような嘘を使い分けてのとびきりの笑顔で誰も彼も魅了していくが、白星なんてない。ミステリアスな感情に訴えるようなその瞳に浮かぶのは黒い星だけだった。

 

 

「アイや俺じゃどうしようもできない。弱音を吐き出してやらねえとルビーはいつか本当にそうなるんじゃないかって。だから、早く帰ってこいよ馬鹿野郎。俺もアイも斉藤さん達も待ってんだから」

 

 

 アイでもスバルでも救えない。

 それだけルビーの心の傷は深すぎた。後を追うような事をせずに立ち上がって此処まで来れたのが不思議なくらいだ。いつか傷口が開いて手遅れになるのではないかって思わされる。救えるのはあの人だけだった。

 

 

「あとさ、俺結婚したんだ。子供も出来てさ。幸せ望んじゃいけないって思ってたのにずっと離してくれなくて、俺もいつの間にか惹かれてて」

 

 

 スバルが好きになった人。

 二十歳となって結婚して、子供が宿っている。ずっと幸せになれないと思っていた。カミキヒカルが居る限り、アイを護り続ける約束だったが、その約束ももう終わった。

 

 全部、何もかも持っていった。

 死んでなお、復讐すらさせずに事件を終わらせた。だからか、もう望んでいいって思ってしまった。幸せになってもいいって思ってしまった。

 

 

「子供、アンタに取り上げて貰いたかったよ」

 

 

 

 幸せになってもいいって思わせてくれた。夢を見てもいいって思わせてくれた大切な人にその役目を託したかった。きっと戻ってくるのは分かっている。だからこれは決意表明だ。

 

 

 

「俺は幸せになるよ──父さん」

 

 

 

 風が吹いた。

 暖かい風が背中を押してくれているような気がした。

 

 

 ★★★★★

 

 

 深い深い闇の中にいた。

 冷たくて水底に沈むような浮遊感があるのにただ堕ちていくだけ。何も見えない、何も聞こえない、ただ堕ちる感覚に身を委ねて沈んでいく。

 

 目を覚ましても何も見えず、ただ眠っているだけの方が心地よくて光も見えない星の海の中で彼は闇に堕ちていた。光が刺すかも分からないこの世界でいっそのこと死んでしまったらまた会えるのか。

 

 手を伸ばしても何も掴めない。

 自分が何者であったのかも、風化していくようだった。再び目を閉じようとした時だった。身体に何かが触れたような気がした。

 

 触れたものを掴んでみれば、右手にあったものは見覚えのある鴉の羽根だった。

 

 

 

「──見つけた」

 

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえて目を開く。

 こぽり、こぽりと呼吸が泡になって上へと向かっていくのが分かる。小さな光を纏った少女が目の前に現れた。

 

 

「約束、忘れたの?」

 

 

 首を傾げている彼に少女は笑った。

 

 

「帰ったら、私の好物を作ってくれるんでしょう?」

 

 

 思い出せば少しだけ彼も笑っていた。 

 それは一緒に過ごした色褪せない思い出。血も繋がっていなければ家族ではなかったがそれでもその在り方が何処か気に入っていてお互いに笑っていた。

 

 

「光が見える所までは手を引いてあげる。信じるかは先生次第……って、迷わず掴むの先生らしいや」

 

 

 伸ばした小さな手を迷わず掴む。

 今更疑うまでもなかった。小さな手に導かれたまま引き上げられる感覚に身を委ねる。

 

 

「本当、馬鹿な人なんだから」

 

 

 少女の背中から光が満ち始めた。

 次第に姿が掻き消えて掴んだ手の感触も、感じていた冷たさも感じなくなった。温かくて包まれるような光の世界に少女の姿は見当たらない。

 

 

ありがとう。楽しかったよ先生との日々

 

 

 振り返れば少女は居なくなっていた。

 ただ、鴉の羽根だけが其処には舞っていた。掴んだ手の温かさを感じながら、彼は光に包まれ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨宮吾郎の死から五年。

 星と海に還らなかった異端の魂は世界に舞い降りた。昏い世界に沈んでいた彼は再びこの世で目を覚ます。

 

 ──その瞳に()()()()()宿()()()()()

 

 

 〜〜完〜〜





 ★ = 輪廻 = スバルルート
   
 吾郎センセ
 ルビーの件で脅され、カミキヒカルに殺されるが、只で死なずに誰にも復讐すらさせないように全てを持っていった。あの時、カミキヒカルを殺していたら再転生は出来なかったらしい。ある意味選択は大正解だった。約束と気力で魂が砕かれるのを耐え続けて再び転生する事を果たすが、多分約束は叶わなくなるらしい。それだけは誤算だったと本人は後語る。

 星野ルビー
 この作品で一番曇った子。先生が死んでから暫く学校を休んで引き篭もって、死にたいと思い続けていたが、遺言を聞いてアイドルの夢を叶える為に再び立ち上がった。ただ、せんせが転生を果たすまでずっと黒星のまま、最新話辺りの追い詰められた時レベルで過酷らしい。暴走車より暴走しているし、嘘が嫌いと言っていたあの頃の純粋さは消えてしまった。後に出会えたと思ったらまさかの障害に頭を悩ませたらしいが、本人は気にしないらしい。

 星野スバル
 結婚して子供が出来た人。相手は番外編で話すとして、カミキヒカルの復讐心が取り除かれ、アイを狙う男が消え去った事により、護るという約束も果たされてしまった。メールでは『護り終えたその先で、幸せになれ』と書かれていた。苦手だけど、ずっと気にかけてくれた人が父親みたいだった。本人に言えればよかったと後悔してるらしい。まさか今度は自分が父親になるとは思っていなかったようだが。

 星野アイ
 活動休止中は自分も苦しかったが、ルビーが死にたいと願っていた事を必死で繋ぎ止めていた。今はもう白星は消えて時々だが、黒星が浮かぶようだがメールには『今まで本当に頑張ったな。俺は父親じゃねえけど、君が母親としてしっかりしている所は誇らしいよ』と書かれていたらしい。挫けている暇なんてなくて、自分の嘘に決着を付けた。『白衣』の考案をしたのはアイも一枚噛んでいるらしく、忘却して転生されているかもしれない事を考慮した作品らしい。


 斉藤夫妻
 メールでは『復讐に走ろうとするかもしれないルビーやアイを止めてほしい。美鈴ちゃんとお幸せに』と書かれていたらしい。苺プロダクションとして映画『白衣』に全力支援をした。アイの隠し続けた嘘がバレたが、『白衣』の実話を見てから世間が騒いだらしい。バッシングは最小限にするように手を回しまくったらしい。


 カミキヒカル
 吾郎の宣言通り殺された。もう命の重みを感じる事もさせない。法の裁きで彼は一緒牢屋から外に出る事も出来ないだろう。


 神無
 形だけの在り方だと思っていたけど、家族のように思っていた。約束の為に黄泉の世界に迎えにいった。いつも撫でてくれてた手の温かさが嫌いじゃなかった。吾郎が転生してからは彼女は現れない。けれど約束があるからきっとまた会える。それだけはお互いにずっと信じて続けている。
 

 ★★★★★

 あとがき
 漸く、漸く全話終わった!これ以上のルートが考えつかないわけじゃないが、まさか???がスバルルートなんて誰だよ分かった人。天才だよちくしょう。あとはルートごとの番外編を書く気力があれば書く感じですが、ここまで来るのに文量がえげつなくてもう短編表示やめようかと思ったくらいでした。

 いや推しの子に想像以上にハマっていたのが自分でもびっくりでした。書いてて楽しかった!内定も貰えたからあとは卒業制作のみ!ヨシ!!

 因みにこのルートは神無ルートとも取れるし、カミキルートとも取れるし、ある意味最後に全てを持っていったスバルルートとしても取れる。つまり全部盛り合わせた!まあスバルルートと書きましたが解釈は自由にしてください。☆ルートでの伏線もこの為に書いてたからやっと終わる事が出来てホッとしました。

 こちらそれぞれのルートと転生特典みたいな感じで若々しい吾郎センセを描いてみました。暇つぶし程度に書いたけどこの若さで40代は無理でしょと思ってしまいましたけど。

 
【挿絵表示】

 
【挿絵表示】


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 いつも励みになり、ここまで来ることが出来ました。

 まだ終わらせるつもりはありませんが、ひとまずという事でご愛読ありがとうございました。これからも頑張っていきたいと思います!

 アステカのキャスターより
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