吾郎センセーは転生者   作:アステカのキャスター

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 頑張った。日刊四位ありがとう。


☆☆☆話

 

 

 さりなちゃんが待ちに待っていた広島のライブ。大興奮の中、キレのあるダンスととびきりの笑顔で誰も彼も虜にしていく天才アイドルを生で見て、俺も素直に凄えなと称賛した。知ってはいたが、生で見ると本当に凄い。天才と言っても過言ではないだろう。

 

 そんなライブも、終わりが近づいては最後に手を振って別れを告げ、ステージの奥へとアイドル達は去っていく。終わったと言うのにこの熱量は尋常ではなかった。

 

 

「どうだった、広島のライブは」

「最っ高……!せんせ、本当にありがとう!!」

「凄い熱気だったな。ファンも多いし」

「そりゃあアイ推しめっちゃいるからね!」

 

 

 車で六時間はなかなか疲れたが、笑顔が見れただけよしとしよう。さりなちゃんがライブに興奮して車椅子に乗ったままキレのあるオタ芸を繰り出したことには少しばかりは笑った。手を振ってくれたファンサの時には涙すら流していた。

 

 

「アッチにあのアイドルのグッズ売ってるな」

「マジぃ!?行きたい!」

「すっげえ人混みだけどな。並ぶと一時間以上かかるんじゃね?」

「ううぅ……!」

 

 

 流石にそこまで待ちたくはない。長距離の移動で疲労もあるのだ。これ以上は流石に自分でも辛いとさりなちゃんも自覚しているらしい。

 

 

「おっ、あそこガチャあるじゃん。あそこで回してみれば?」

「でもアイが出る保証ないじゃん」

「任せろ、運に」

「運任せ!?」

 

 

 いやガチャは運次第だろ。

 一回五百円って高えなおい。完全にぼったくってるだろ。さりなちゃんが回してみると、ピンクのガチャポンから出てきた。開けてみるとそれは『アイ無限恒久永遠推し!』と書かれたキーホルダーだった。

 

 メンバーの事を考えると四分の一。それを一発で引き当てたのだ。チケットといい運が良すぎないか?

 

 

「あっ、アイだーーっ!!」

「マジか……ホント君は運が強いな」

「私、明日が命日でもいい!!」

「やめなさい」

 

 

 君はもうちょい不謹慎な言葉を直そうな?医者は治せなくてちょっと傷付くんだよ?

 

 

 ★★★★★

 

 

 星野アイが妊娠してから40週が過ぎた。この段階まで来るといつ破水して産まれてもおかしくない。その上、帝王切開が必要な以上はそれが出来る人間が配備される。

 

 

「センセは一度帰るの?」

「ああ、つっても風呂浴びて着替えたら戻って仮眠室だな。何かあったら直ぐ来るし、俺が来なくても他の先生も居る」

「だーめ、先生がいい」

「はいはい。直ぐ戻るから君は異常があったら必ず言え」

 

 

 流石に此処からは気を抜けない。

 睡眠不足になりそうだが医者ならよくある事だ。風呂に入って着替え終えたら戻って仮眠室で待機する。まあ最悪来れなくても他の医師たちが居る。

 

 

「(それにしても……少し感慨深いな)」

 

 

 16歳のアイドル、星野アイの妊娠。

 やや不安定さはあれどよく此処まで来たと言ってもいいだろう。精神的にも辛さはありそうだが、母親になりたいとそれでも言ったのだ。

 

 あの子の夢が叶う。さりなちゃんが知ったら発狂しそうだが、あの子が俺なら多分同じ選択をすると思う。短くも長くも感じたがそれもそろそろ終わり、そして始まる。

 

 この先どうなるかなんて俺には分からないけど、星野アイは本音で笑うようになった。だからまあ、苦難こそあれど問題はないだろう。

 

 

「あんた、星野アイの担当医?」

「あっ?」

 

 

 時間的に真夜中の23時になっている中、黒パーカーにフードを被る男に声をかけられた。見るからに怪しく、フードから僅かに見える目はとても濁っている。

 

 明らかに不審者。白衣の中のスマホに手を付ける。

 

 

「誰だお前。つーか、星野アイなんて名前の患者は此処に居ねえよ」

「嘘吐くな。俺は知ってる」

「仮に居たとして、お前は何でそれを知ってる。しかもこんな夜中に黒パーカーって、明らかに不審者だろ。名前は?」

 

 

 問答しようと思った矢先、男が逃げた。

 

 

「あっ、オイ!?」

 

 

 すかさず俺は追いかけた。

 この時間帯は流石に不味い。過激なファンなら鍵閉めていようがガラスを割って入ってくる輩の可能性もある。警察に警戒を促す?いや、あまり事を起こして星野アイを巻き込む。スキャンダルになると流石に困る。

 

 

「(この時間帯にストーカーかよ!しかももういつ産まれてもおかしくねえって時に!!)」

 

 

 走る、走る、走る。

 だが追いかけても不審者の距離が離れていく。動きや身長、声色を考えて恐らく高校生から大学生辺り、暗くなった山の坂道を走っても息が先に上がる。

 

 

「(クソがッ!アラサーの体力……!)」

 

 

 若さが羨ましいとか最近思っている中で、足の速さで勝てるほど運動していなかった。不審者は俺の目の前から徐々に離れては森の中へと消えていく。やがて見えなくなり、視界から姿を完全に眩ませられた。

 

 

「クソっ、居ねえ……!」

 

 

 足場が途切れた。この先は崖だ。

 此処から先は降りなければ絶対に居ない。木陰で隠れて病院に向かわれたのか?

 

 いや、そんなわけない。

 そんな事をするなら俺に声をかける必要なんてない。目的は俺か?だとしたら……

 

 

「っっ!?」

「チッ、クソッ!?」

 

 

 突如男が俺の背中から崖へと押し出そうとしていた。身を捻り、辛うじて押し出すのを躱した。

 

 

「お前さえ、いなければ……アイは!!」

「がっ……テメッ……!」

 

 

 首を絞められる。崖へと押し出そうとする男の足を俺は思いっきり踏ん付けた。顔を顰めた男に右ストレートの拳が突き刺さる。距離がわずかにできた瞬間、腹を思いっきり蹴り付けた。

 

 

「〜〜〜っ!?」

「医者、舐めんなッ…!」

 

 

 前世は空手やってたのだ。

 長く続かずに白帯だったが、素人に負けるほど弱くない。見た感じ、ただの学生って感じだった。

 

 

「クソがっ!!お前がいなければアイは子供を産ませられないだろ!!」

「テメッ、そんな事で…!?」

「そんな事じゃない!嘘吐きが!!アイは完璧なんだ!!嘘なんて吐かせない!俺は、俺はあああああああっ!!!」

 

 

 狂気。ただ狂気を感じた。

 愛は尊いものだが、過剰な愛はただの狂気だ。そうあるべきであると言う偶像を押し付けて、自分が正しいと正当化する人間が一番タチが悪い。

 

 

「あの子が…神様にでも見えたのかよ」

 

 

 星野アイは確かに天才だ。

 アイドルとしても演技にしても、嘘を吐く天才である彼女は完璧な存在に思える。だけど、実際会ってみて実感している。あの子は同じ人間だ。手の届かない存在でもない、人生に悩む一人の女の子だ。

 

 

「偶像だろうがなんだろうが、人間だ。お前も…俺も!星野アイだって人間なんだよ!!」

「だったら……!なんで嘘なんだ!!」

 

 

 泣き叫んで胸を押さえて崩れ落ちる不審者。

 

 

 

「俺が思ってるこの気持ちまで……嘘にしちまうのかよっ!?」

 

 

 

 恋焦がれていたアイドルの嘘。

 その真実は残酷で、自分が好きであったアイドルはもう全てを愛せるアイドルではなくなってしまう。アイドルは偶像で、そう望まれた存在であってほしいと思うから好きになるのだろう。

 

 

「確かに、一途な愛とファンへの愛、きっとそれは変わってくる。お前の気持ちは嘘じゃねえって分かってる。傷付く気持ちは理解は出来るよ」

 

 

 恋焦がれていたその気持ちは嘘じゃない。

 アイドルとして待ってくれている人が居るから、あの子はどちらも取る事を選んだ。

 

 

「嘘じゃねえよ。届いてるから夢を捨てられなかったんだろ!」

 

 

 思ってくれてる人がいるから、諦めなかった。

 あの子は欲張りだけど、その裏には苦悩がきっと待ってる事を分かった上でその道を選んだ。

 

 

「応援してくれる奴がいるからアイツが頑張ろうって思ってんだろ!!」

「っ、う……あぁ……!」

 

 

 泣き崩れて、憎しみもどうしたいのか分からずに叫んでいた。

 

 

「あああああああっ!!」

「ちょっ、嘘、だろ…!?」

 

 

 狂気の雄叫びを上げながらぐちゃぐちゃとなった感情のまま、男は俺を掴んで崖下へと飛び込んだ。体勢不十分の中、必死に木の枝を掴んで地面への激突を避けようとするが、バキバキッ!!と枝は二人分の体重を支えきれずに折れた。

 

 

「ぐっ、がっ……いっぎ……!!」

 

 

 転がるように落ちる身体。

 痛みが酷くて脳が揺れる。数バウンドして身体が止まると、更に薄暗くなった崖の下に落ちた事に心臓がバクバク言っている。頬と膝は擦り傷だらけ。右足に関しては鈍痛が響く。骨折とまではいかなくても罅が入ってるかもしれない。

 

 

「痛っ……」

 

 

 それでも上手く掴んだおかげで落下速度は落ちて崖下の岩の直撃は避けられた。あの高さから落ちてこれだけで済んで良かったとも言える。俺を押し出したあの男は何処に……

 

 

「おい、おい……!」

 

 

 あの男は頭から血を流していた。

 意識がない上に両脚は変な方向に曲がっている。俺以上に重傷だ。

 

 

「クソッ、救急車……」

 

 

 白衣に入っているスマホを取り出す。

 画面が死んでいた。バキバキに割れて完全に壊れている。全体重が下敷きになったせいかホームボタン押しても何も反応しなかった。

 

 

「こんな時に……!」

 

 

 男の胸倉を探りスマホを探すが、何処にもない。

 落下中に何処か落としたのか、持ってきてないのかは知らないが、これでは助けを呼べない。いや、呼んだところで山の中だ。正確な場所が分からない以上、長くは保たない。

 

 

「この野郎……恨むぞマジで」

 

 

 俺は久しぶりに運命を呪った。

 

 

 ★★★★★★

 

 

 俺が推し始めたのは高一の頃だった。

 あの子が14歳の頃、テレビに映る女の子を見て惚れた。それはまあ鮮明に焼き付いて離れなくて、初めて見た時は興奮から一日寝られなかったくらいだった。

 

 アルバイトを必死にして、金を稼いだ。

 あの子のCDやグッズ集めに殆ど注ぎ込んだ。

 

 部屋に入ればアイのグッズがあり過ぎて、親から気持ち悪いと言われるくらいだった。

 

 でも、好きだった。

 元気を貰えるっていうか、天真爛漫で抜けているように思えて、可愛らしくて美しくて、完璧なアイドルだった。

 

 何回もライブに行った。

 握手会にも何回も参加した。

 

 万年金欠になってたけど、それでもあの子が好きだった。

 

 だから、俺はあの子を完璧なまま見ていたかったんだろうな。

 

 

 活動休止になった時は泣いた。一年も彼女が見れないなんてと絶望したくらいだった。つーか、吐いた。それはもう盛大にお預けくらった犬のように会いたい欲求が加速していく。

 

 でも会えない。会うわけにはいかない。

 線引きはしなきゃいけない。ファンであるならばそれは絶対の鉄則だった。

 

 

 そんな中で、非通知で一本の電話が流れた。

 声は男、多分高校生くらいの声色で不気味だった。悪戯電話かと思って切ろうとしたが、その男は最後に爆弾を落とした。

 

 

 ──星野アイが妊娠している

 

 

 その言葉に俺の中の線引きは粉々に砕かれていた。その男は非通知のまま、居場所やアイがどうしているのかを言ってきた。胡散臭くて信用に値しないはずなのに、活動休止と被って姿を消したアイを見ると辻褄が合った。合っちまったんだ。

 

 俺は壊れた。そんな事、あってはいけない。

 この想いがドス黒い事の自覚がないまま、俺はその男の真実を調べるため宮崎県まで飛んだ。

 

 そして、目にした光景は……あの男の言った通りだった。

 

 眼鏡をかけた担当医と帽子を被り、お腹が膨れ上がっていたアイの姿がそこにいた。

 

 俺の絶望だった。

 狂気に呑まれるように俺は裏切られたその心の憎悪を晴らす為に、俺は担当医と産まれた子供を殺したいと思った。

 

 担当医がいなければ産まれない。

 子供が産まれても子供が死ねばまたアイは完璧なアイドルに戻れる。口を噤めば、完璧なままな筈。

 

 

 でも、抵抗された挙句、あの担当医の言葉を否定出来なかった。

 

 

『嘘じゃねえよ。届いてるから夢を捨てられなかったんだろ!』

 

 

 きっと俺だけの応援なんかじゃない。

 俺は応援している多くのファンの一人に過ぎない。けど、その言葉に俺は心が折れた。殺したいほど憎まなきゃいけなかったのか。裏切られて失望して、許せなかった思いをぶつけて、俺は何してるのか……。

 

 

 もうわかんねえよ、わからない。

 

 

 どうしたらいいかわからなくなってんだよ。

 

 

 アイを完璧なまま見ていたかったから、アイが望んだ幸せを取り上げたら俺は何なのか。

 

 

 俺はそんな醜い心のままあの子のファンでいられるのか。

 

 

 何も……わかんねえよ……

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「ぅ……ぁ……?」

 

 

 身体が揺れる。腹が熱くて、霞んだ視界は徐々に動いている。頭に何が巻かれていて、痛くて動けない中、自分の身体が確かに動いている。

 

 

「意識、戻ったのかよ」

「ぅ……お、まえ………」

「動くな…出血が酷い上に両脚折れてるんだ」

 

 

 背負われている。

 暗い森の中で必死に上に戻る道を探しながら自分を背負うアイの担当医。頭には破かれた白衣で出血部分を抑えていて、顔を顰めながら汗が滲み出ている中で背中に自分を担いでいる。

 

 

「…な、んで……」

「勘違いすんな。俺はお前を許しちゃいねえ」

 

 

 歩きながら背負われている自分へと怒りを露わにする担当医。この森なら一人なら早く抜けれた筈なのに、殺そうとした自分まで引き連れて病院まで歩いている。

 

 憎いなら置いていけばよかった。

 置いてくれれば、俺はきっと死ねた筈だ。

 

 

「お前は絶対殴る。アラサーの全力を見舞ってやる」

 

 

 けど、そんなのお構いなしに助けようとするこの医者は俺を死なせてくれなかった。身体に力が入らなくて、きっと助けても手遅れに近い筈なのに。

 

 

 

()()()()()()。生きて俺に殴られろ」

 

 

 

 殺そうとした相手を生かそうとしている。

 怖かった。戦慄が走って震えそうな程に。普通は助けない。助ける筈がないのに。

 

 

「…イカれ…てる」

「失礼な…っ、世界の誰よりもお医者さんだぞ今の俺」

 

 

 担当医の右足には破かれた白衣で添え木があった。足が痛い筈なのに自分まで運ぶとか正気ではない。現に苦痛に耐えて歯を食いしばって森の中を歩き続けているのだ。一人ならまだしも、足にかかる負担は倍だろう。

 

 

「…置い…てけ……よ」

「ふざけんな…。目の前で死なれたらクッッソ寝覚め悪いだろ」

「アイの…子……産まれん…だろ」

「擦り傷満載でこのまま病院行きだ。お前はついでだ」

 

 

 どうでもいいようにあしらうなら置いていけばいいものを。この医者は離してくれない。力が入らなくて、何も出来なくて、このまま意識を落とすだけで最後となるのに。

 

 死が近いと怖いって感じている。それを誤魔化すように口を動かした。加害者と被害者の会話なんて最後にしては異様過ぎるけれど。

 

 

「なあ……俺、は…間違って…んのか?」

「ああ。間違ってる。俺の命狙った事も、アイの子を殺そうとする事も、あの子の心を傷付ける選択は間違ってる。それは絶対な」

 

 

 担当医はそれを否定した。

 自分がやろうとしていた事を否定した。

 

 

「でも、アイが好きな想いまで俺は否定しねえよ」

 

 

 でも、想いだけは否定しなかった。

 否定してくれたらどれだけ楽なのだろうか。惨めに思えて死にたいと思える筈なのに、出てくるのは後悔と涙と死にたくないと言う絶望感。

 

 本当に惨めで、哀れで、踊らされて、自分がどうしようもないって思うのに、死んだらアイを見れなくなる。それが辛くなった。

 

 

「なぁ…お前……」

「呼び捨てかよ。先生と呼べクソガキ」

 

 

 辛くて、何も考えられなくて、思いついた言葉を口に出し続けた。

 

 

 

「…せんせ、は……アイが…好き…か?」

 

「俺そろそろ31だぞ。ロリコンになるわ」

 

「じゃあ…アイは…嘘を隠し…続けるのか…?」

 

「さあ?いつかバレたら『あはは、とうとうバレちゃったかー』なんて言って笑うんじゃね?」

 

「ファンの…こと…どう思ってんの…かは……?」

 

「知るか。あの子の事はあの子しか知らん」

 

 

 

 全部曖昧な答えしか返ってこなかった。

 

 

 

「なあ……?」

 

「あっ?」

 

「アイは…幸せに…なれるかなぁ……?」

 

「なれるよ。きっと」

 

 

 でも、最後の質問だけはちゃんと答えてくれた。  

 だったらもう、()()()()()()()()。頼む相手が殺そうとした人間で、本当に馬鹿みたいだ。

 

 だけど、託せるのがこの人ならいいって、不思議と思ってしまった。遺言でもなんでもいい、間違った自分のように、同じような人間が生まれる可能性はきっとある。

 

 こんな事を起こそうとする奴がいる。

 こんな事、二度と起きないように最後の忠告を口にした。

 

 

 

「……俺、に……アイが妊娠し…てるって電話…来た……中学生くらいの声の……男から……」

 

「はっ?」

 

「……俺、もうダメ…だわ……だから…それだけっ……伝えて…くれ……」

 

「ざけんな。遺言みたいに言うな」

 

「頼…む……」

 

「殺そうとしてきた加害者が言うセリフか?」

 

「………」

 

「……社長さんには話しといてやる」

 

「……あり…が…とう……」

 

「おい、寝るな……」

 

「…………」

 

「ふざけんな。もう着くから寝るな、おい!」

 

 

 

 そうして男の手はぶらんと、宙に落ちていった。

 

 

 ★★

 ★★★★

 ★★★★★★

 

 

 病院に辿り着いた頃には背負っていた男の意識はなく、傷だらけの二人を見て看護婦は驚きながらも直ぐに対応してくれた。男は緊急治療室へと運ばれ、手術となるらしい。

 

 吾郎は足首が腫れていたが、とりあえず足を固定していた。擦り傷を洗い流し、消毒液の痛みで顔を顰めながらも傷だらけの身体には包帯を巻いていた。まあ崖から落ちてこの程度で済んだのが奇跡だと疲れた様子だった。

 

 傷に包帯を巻いているとすぐに看護婦が走って吾郎のところまで来た。破水、もう直ぐ産まれるらしく、身体に鞭打って星野アイの病室まで走った。痛がっているのと同時に驚かれたが。

 

 帝王切開は最小限にしながらも産まれてくる双子を取り上げた。

 

 元気な双子だった。

 女の子はちゃんと泣いていて男の子は泣かなかった。けど、アイは双子を優しく抱きしめると涙を流していた。

 

 

 ──産まれてきてくれてありがとう、と。

 

 

 彼女はこの日、母となったのだ。

 

 

 そしてもう一つ。

 屋上で松葉杖を突きながら一人の男の生徒手帳を見ていた。

 

 

「……宮水涼介、18歳。高校生じゃねえか」

 

 

 身元不明の男、宮水涼介は緊急手術をしたが、外科医の先生は首を振った。吾郎が背負っていた時には既に出血量が多過ぎて間に合わなかったとの事。生きて殴るという約束は叶う事はなかった。

 

 

 ──アイが妊娠していると電話してきた男がいる。

 

 

 別に心が痛むことも無く、涙は出なかったけど、愛に苦しんだ男が残したその遺言だけは忘れなかった。

 

 

「……ホント、愛は報われないなんてよくある話だけど」

 

 

 とんでもない遺言残されて、死なれた事に少し恨んだ。苦悩の道が確定している中でこんな事言いたくはないが、それでも自分のような存在を出さないように最後は想って逝ったのだ。

 

 気持ち悪いとは思う。愛が重いとは思う。自分勝手だと思う。けれど……

 

 

「それだけは伝えてやるよ。馬鹿野郎」

 

 

 風が吹いた。

 冷たい風の音が死者を弔う鎮魂歌(レクイエム)に聞こえた。

 

 






 死者は星となりまた巡る。ただそれだけである。


 ★★★★★

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