暇があれば書いて気付けば5000字を超えていた。エントリーシート合否まで後二週間。色々あるが頑張っていくぜ。
今日は早く帰宅出来たから久しぶりに贅沢する事にした。
スーパーで時間帯の値引きで安くなった帆立と剥き海老を買い、家に帰ったら秘蔵の梅酒を取り出した。七輪を出し、炭に熱を籠らせたらアルミホイルにコンソメの素、鮭、キノコ、ほうれん草、そしてバターを入れて包み焼いていく。
もう一品、ネギとニンニク、鷹の爪、ローストチキンと剥き海老を耐熱容器に入れて、オリーブオイル。これは家のコンロを使ってじっくりと火を通す。
俺の家は山奥で庭が広いから、匂いを気にせずにこんな事が出来るのが利点だ。七輪に置いた焼いた帆立もいい頃合いだ。これは酒に合う、日本酒でもいいが今日は梅酒の気分だ。
鮭のホイル焼き、チキンとエビのアヒージョ、帆立のバター醤油に祖父母自家製の五十年の梅酒、足りなければ炊いた米に味噌塗って焼きおにぎりにすれば良い。
贅沢だ。大人って最高だ。
東京だと早々出来ない宮崎だからこそ出来る田舎の贅沢は月に一度の楽しみにしている。
「いただきます」
帆立に手が伸びると同時に隣に置いていたスマホが震えた。誰だ俺の神聖な大人の時間を邪魔する奴は、急患とか言ったらキレるぞ。画面を見ると知らない番号、ため息を吐きながら通話ボタンを押した。
「もしもし」
『やっほーセンセ、今時間ある?』
お前かよアイ、と心の中で愚痴る。
普通ならアイドルから電話が掛かってくるなら推しならば咽び泣く程に狂喜乱舞のことだろうが俺は違う。今の俺はアイドルより目の前の酒だ。とはいえ育児で悩んでる時には連絡しろと言った以上は悩みくらいは聞く。約束は守るのが俺の信条だ。
「今丁度酒飲もうとしてたとこだ。要件は?」
『色々と話したい事とか、聞きたい事とかあって』
「はいはい聞いてやる。酒は飲むけどな」
七輪の火を弱めながらアイの最近の悩みについて聞き始めた。仕事は上手くいっているし、演技の幅が増えたから褒められると自慢してきた事には軽く笑い、双子に関しては可愛い事の近況報告に幸せそうだなと思いながら空を眺めた。
別に大した事のない話。
親と子が話すような会話に俺は少しだけ安心した。アイは夢と家族のどちらもが持つ重圧に押し潰されないように頼れている。
子供だからこそ、追い詰められたらそれこそ一瞬で堕ちる事だってある。女手一つというわけではないが、色々と抱え込みそうな子だったから。図太いというか、ちゃんと母親をやれている事には安心した。
そして、あの子の最近の悩みについてだが……
「スバルが風呂に入りたがらない?」
『うん……なんかいっつもお風呂入れる時に暴れるし、脱がせても眼を瞑って動かないし』
「風呂場で手を離したとか、心当たりは?」
『特にないの。それにおっぱいも吸わないし』
例えるなら水に対しての恐怖。
溺れるという事を経験したからこそのトラウマなら事例はあるし、風呂嫌いというのは珍しい話ではない。授乳に関しても、哺乳瓶に慣れてしまったから胸を吸う事をしないというのはあるっちゃある話だ。
「話してみろよ。解決策が分かるかもしれないし」
『実は───』
★★★★★
「だーぶぁぁぁ!!!」
「あっ、ちょっとスバル暴れちゃダメだよ!」
「ぶぁぶぅぅぅぅ!!!」
前世の記憶を保持し、生まれ変わった星野スバルは持ち得る全ての力を持って暴れていた。単純な話だ。赤ん坊ライフにとって三大難関といえばおむつ、授乳、そして風呂である。
赤ん坊とはいえ心は18。
どっかのアイドルのようなキャッチフレーズが浮かんだが、後二年で成人するはずだった男子高校生の精神で推しと風呂に入る。
熱狂的なファンですがそれはどう考えてもアウトです。ありがとうございました。来世の冥福をお祈り申し上げます。
つまりはまあ、そういう事である。
プライドや尊厳もあるし、それに幸せと感じたら変態になってしまう。死にたいという思いに押し潰される。今まで入ってこなかったわけじゃなかったが、ずっと目を瞑っては固まって意識を意図的に飛ばしていたからまだダメージは少ない。
斉藤社長が来た時に風呂に入る事が多い。よく髪洗ってはちょっと大きめの洗面器に浸かっていたから。
「(ちょっとスバル、ママを困らせないでよ)」
「(仕方ねーだろ!?これでも中身18歳!健全とは言い難いけど男子高校生!?お前アイが18歳の男と混浴を許せるのかよ!?)」
「(はっ?許さないに決まってるじゃん)」
「(じゃあどうしろと!?)」
どう考えても詰んでいる。
風呂は結局強制だが、斉藤夫妻が居る時のみスバルは暴れた。ミヤコや壱護だって流石に風呂を借りて自分も入るような事をしない為、二人がいる時は暴れてはそっちに頼んでいる。
アイが嫌いなわけじゃないし、しょぼんとされると心が痛むし暴れたくはないけど、割り切るなんて無理だ。
「(しょうがないって割り切れば?目は瞑ってるんだし、別に赤ん坊ならしょうがないでしょ)」
「(お前よく考えろよ。俺、過激ファンで殺人未遂犯、双子を殺そうとした俺がその子に転生した、お前が同じ立場ならどう思う?)」
ルビーが軽く想像し始めた。
もしもその人が憎くて殺そうとしたのに、殺せずに逆にデロデロに甘やかされてしまう屈辱の人生。どこかで聞いた事のあるようなシチュエーションに使う言葉が自然と浮かぶ。
「(くっ、殺せ!……的な?)」
「(いや間違ってねえけどそう思うだろうが!?ああ死にたい、死にたいぃぃ!)」
「(生きなよ。恥抱えてたほうが罰の意味あるんじゃない?)」
「(鬼かお前!?)」
間違っていないが、こんな贖罪の形があるかと苦悩するスバル。知らないから大丈夫だと思い込んでるアイを騙している時点でもう有罪だ。
「(もー、覚悟決めて行って来なよ)」
「(………お前が先生と一緒に入ると思えば気持ちわかるぞ)」
「(ごめんスバル。私が悪かった)」
一瞬でも想像したら赤面になった。
それは死ねる、と一瞬にしてスバルの気持ちを理解できた。好きな人とお風呂に入るシチュエーションは想像しただけで破壊力が違いすぎた。二人して悶々と悩んでいるとスバルの脇に手を入れて抱えられた。
「俺が入れてやるから風呂借りるぞ」
「あっ、ありがとう佐藤さん」
「斉藤だっつーのクソアイドル、いい加減覚えろ」
救世主が現れた。
壱護がスバルを抱えると風呂場へと向かい始める。今日の心の平穏は保たれた事にスバルはほっとして壱護に感謝し、しがみついた。
「スバル、いいか?」
「だぁぶ!」
元気よく返事をした。
それを見たアイはため息を吐いていた。
★★★★★
『佐藤さんとだとスバルお風呂入るの暴れないし、嫌われちゃったのかな』
「………」
いや、それ多分嫌われたとかじゃない。
普通なら母親と入ることに抵抗は湧かない。というより、親が一番安心するからだ。幾らアイドルで過ごす時間が少ないとしても怖い顔の壱護さんの方に頼っているのは恐らく……
「なあ、そこにスバルって居るのか?まだ起きてる?」
『あっ、うん。私のライブ見てるよ』
「ちょっとスバルの近くにスマホをビデオ通話で置いて二分その場から離れてくれるか?」
『いいけどなんで?』
「まあ確かめたい事があるから」
ビデオ通話にした後、アイはリビングから離れていく。
画面に見えたのはおしゃぶりをしたルビーちゃんとこちらを見てギョッとするスバルくんの顔。アレから一ヶ月経っているから覚えてないと思っていたが、全然そんな事無かった。
『せんせ!』
『だぁぶ!?』
「ルビーちゃん、スバルくん、久しぶり。聞こえるか?聞こえなくてもどっちでもいいけど、早熟だからもしかしたら意味が理解出来るかもしれないという事で聞くぞ」
早熟過ぎる赤ん坊なら分かるという言い訳を作っての質問。仮に転生者だとしても、早熟だからと言い訳出来れば答えてくれる筈だ。
「スバルくんはお母さんは嫌いか?」
スバルは首を横に振った。
スバルはアイを嫌っているわけではない。
「風呂に入るのが嫌なのは恥ずかしいから?」
スバルは首を縦に振った。
一緒に風呂に入るのが恥ずかしいから。
「自分の裸を見られるのが嫌?」
スバルは首を傾げて、横に振った。
裸を見られるのが嫌という訳ではない。洗われるのはまだしも、混浴時にアイの裸を見るのが恥ずかしいらしい。
「壱護さんなら安心して入れる?」
スバルは首をブンブンと縦に振った。
異性ではなく同性なら抵抗はない。むしろ推奨。
「お母さんの裸が見えなきゃ普通に入れる?」
首をブンブンと縦に振った。
いやもうこれ確定かもしれない。転生者疑惑はあったけどこれはもう確定だろ。赤ん坊が欲や羞恥心を持つのは流石におかしいと思っていたが、これはもう経験したからこそ言える。
地獄へようこそ転生者よ。
赤ん坊ライフという名の尊厳破壊の処刑場に。
とまあ、誰が入っているのか知らないけど俗に言うTSみたいなのはないだろう。一度経験したから分かるが恥ずかしいのだ。三大難関であるおむつ、授乳、風呂は尊厳破壊された後は虚無の感情しかなかったし。俺の場合は祖父母が育ててたからダメージは少ないが、美人で歳が16の母親なら尚更だろう。
「まあ、拒絶はしてあげるなよ」
『!』
「母親とはいえ、あの子はまだ16歳、そろそろ17歳か。不安もあるし、君やルビーちゃんの為に生きようと寄り添っている。ちゃんと愛そうと努力してる」
嫌われてると思い込んでいるアイと恥ずかしくて入れないスバル。すれ違うままだとアイが不憫でならない。恥ずかしいし、義務ではないけど育ててくれてる人間に少しくらいは耐える事を考えた方がいい。
「
愛してるなら愛してあげる。
それは家族なら当たり前の行動で、生きる支えとなっている今はきっと成長が嬉しくて可愛くて、自分の人生と思えるくらいの愛を持って寄り添っている。
あの子だって多忙だ。
子供も仕事もどちらも取るのは大変で余裕なんてあるわけが無い。けど、しっかり頑張っていると傍目から見た俺は思っている。
「なんて、赤ん坊に何言ってんだろうな俺」
転生者だろうが、そうでなかろうが、そんなのどうでもいい。生まれてきた意味なんて分からないから探すし、一人じゃ生きられないから助けてもらうのは仕方の無い話だ。そこを割り切らないと、流石に事情を知らずに育てているあの子が可哀想だ。
「まあ、最悪水着を着てもらうとか言ってみよう。それなら文句ないんだろ?」
『………』
「あんまり困らせてやるなよ、早熟くん」
そうして電話を切った。
アイには後でメッセージで一緒に入るなら着衣か出来るだけ裸が見えない処置をしてもらおう。そうすれば問題無さそうだし。大変だろうが仕方ない。転生したなら通ってしまう赤ん坊ライフだ。頑張れとしか言いようがないし。
「あっ」
俺のアヒージョ焦げてるじゃねえか、ちくせう。
★★★★★
「「……………」」
スバルとルビーは沈黙していた。
吾郎の含む言い方から多分バレていると確信した。顔を青くしてるスバルに対して、ルビーは呆然としていた。
「俺ちょっとあの人が怖くなってきたんだけど」
「せんせ凄っ、いや私達もボロは出してたけど転生してるって普通見抜ける?」
「いやいや無理無理。えっ、何?あの人本当になんなの?」
混乱と恐怖。
やらかしている自覚はあるが、アレは間違いなく転生してるって事を見抜かれた上での発言だった。医者の癖に非現実的な転生という現象を肯定して忠告してきたのだ。
「流石に中身まではバレてないと思うけど、せんせって神様の生まれ変わり?」
「俺その説半分くらい信じそうなんだけど」
「もしかして転生の条件ってせんせに関わってるからとか?」
「だとしたらもうやべーだろ。あの人に救われた全員輪廻転生してるって事じゃねえか。社会が混乱するわ」
吾郎は確かに優秀な医者だし、徳は積んでそうだが流石に生まれ変わらせる超能力なんてある訳がない。だが宮崎で死んで、吾郎に二人とも関わっているのが偶然と言われたら流石に疑いはある。なんなら前世が神様とかスバルは若干信じ始めていた。
「あれっ、センセの通話切れちゃったの?」
戻ってきたらアイがスマホを手に取るともう一度掛け直した。するとワンコールで直ぐに出た。
「もしもし」
『スバルならこれから暴れないと思うぞ。暴れるなら服着て洗ってやれ』
「えっ、断言?その理由は?」
『秘密だ。なっ、スバルくん』
間違いなく気付かれていた。
同時に吾郎に生殺与奪を握られていた。神の生まれ変わりではなく、悪魔の生まれ変わりなのではないかと錯覚し始めた。転生がバレたらアイの近くには居られないかもしれない。いつか離れるとしても流石に今は避けたい話だった。アイを守るためと、芸能界を調べる為と、この場所ほど最適な場所はないからだ。
転生しているという事を秘密にしてくれているが、暴れ続ければ秘密を話される可能性が出て来てしまった。
「(で?どーするのスバル。お風呂は)」
「(…………………………逝ってくる)」
スバルは一人で入れるようになるまで、死んだ目で風呂という尊厳破壊を受ける事にした。尚、風呂に入るたびにアイの前では陽気な顔で演じ、出た後は虚無の顔になるスバルをルビーはそっと宥めていた。
吾郎センセ
転生者だと見抜いた転生者。孤独の一人酒をキメるのが月一の趣味。スバルの反応を見て「あっ、この子やっぱり同類だ」と確信した。これから月一くらいでアイから連絡掛かってくるかも。
星野アイ
センセの言う通りにしたらスバルが暴れずに風呂に入るようになった。電話一本でスバルをなんとかしたセンセに正直驚いている。これから悩みとか一月くらいで連絡するかも。
星野ルビー
せんせの凄さを改めて知った。ビデオ通話で私服姿のせんせを見れてご満悦。仮にせんせとお風呂に入る事を想像したら死にたいと言う気持ちを理解した。風呂上がりで虚無顔のスバルを宥めている。
星野スバル
アイを困らせないように風呂は大人しく逝った。アイに見えない場所で死んだ目をしている。改めて死にたくなったのをルビーに同情されている。
★★★★★
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