本土を強襲するかと思われた深海棲艦軍は、大隅海峡を目前に行軍を止めていた
陽動の目的を果たした南太平洋空母棲姫は、艦娘との闘いに消極的だった
その事が、深海棲艦たちとの間に不協和音を奏でていた
本作戦の目的は総旗艦の帰還
だが、そんな思いとは裏腹に、無情にも千早艦爆隊が深海棲艦軍を強襲する
そして総旗艦とは一体何者なのか・・・
(2022年1月4日 原案執筆 2022年2月4日 執筆)
皇紀2736年6月25日 時刻はヒトヨンマルマル時
南西諸島沖北東部、屋久島よりおよそ120海里南方の洋上に浮かぶ無数の艦影があった
それは、明らかに通常の艦船や艦娘とは異なる異形のモノ・・・・深海棲艦、その軍勢であった
そして
先程まで北上を続けていたおよそ200隻の深海棲艦の軍勢は、大隅海峡を目前にして、何故か進軍を停止、洋上に漂っていた
「・・・何故、止マルノカ?」
そう疑問を呈するのは、南西諸島方面軍を統括する空母ヲ級flagshipである。そして進軍停止命令を発したのは、本海戦より太平洋方面艦隊を指揮する事となった南太平洋空母棲姫-壊であった
南太平洋空母棲姫は、6年前に覚醒したばかりの、言わば新参者である。深海棲艦としての艦齢も浅く、実戦経験も未だになかった
そんな彼女がどういうわけか6年前当時の総旗艦に目をかけられ、今回の陽動作戦の実行部隊である太平洋方面軍の旗艦を拝命していた
本作戦はその時から既に決定されていた。その為の戦術も、彼女なりに検討を重ねていた・・・のだが、
6年前に総旗艦により提示されていた内容と、本作戦を取り巻く今の状況が少しばかり異なっていた
当初の想定では、日本から派遣される艦娘はおよそ10隻前後。これは例年の実績から算出された艦数であった。故にパナマのガトゥンロック破壊を第一の陽動とし、日本からの増援艦隊がパナマへ向かったのを見計らってから太平洋方面軍が蜂起し第二の陽動をかける算段だったのである
ところが実際は88隻にも及ぶ大艦隊が派遣された。当初は本作戦の意図が露見したのかと疑ったが、欧州への移動時間を勘案するとそれはあり得ない
某提督を更迭するために大本営が策を弄した事が、結果的にこの破格の幸運を深海棲艦軍にもたらす事となっていたのである
艦隊を預かる南太平洋空母棲姫にしてみれば、この時点で既に目的は達成している。あとは日本国内の残存勢力の気を引く程度で十分であった
悪戯に藪をつつくような真似をして、ようやくここまで回復した南太平洋艦隊を損耗させたくないという思いが、南太平洋空母棲姫にはあった
「本作戦ニオケル我々ノ任務ハ、日本ノ艦娘ノ目ヲ、コチラニ釘付ケニスル事ダ・・・目的ハ既ニ果タシテイル」
「ドウイウ事ダ?」
空母ヲ級の疑問に対し、南太平洋空母棲姫は、東の空の、水平線に程近い虚空に目配せをする
俄かには気付きづらいが、高度100mの低空で触接行動中の二式大艇の機影があった
だが、それは空母ヲ級にはわからない・・・・彼女の索敵能力・・・いや、通常の深海棲艦の索敵能力を超えた距離にそれはあったのだが、南太平洋空母棲姫にはそれが見えていた
南太平洋空母棲姫は、深海棲艦にして唯一早期警戒レーダーを有する希有な存在であった。そしてその事は空母ヲ級もよく知っている
尤も、その能力は左程高くなく、ターゲットが単機なら15km程度、一個中隊なら50~60km程度の範囲の識別がやっとで、平均的な駆逐艦娘クラスの索敵能力の1/2~1/3程度に過ぎなかった
深海棲艦は索敵能力がほぼ、ないに等しい。射撃管制にレーダーを使用する個体も今の所確認されていない。加えて通信などの手段も持ち合わせておらず、コミュニケーションは有視界領域に限定されていた。これは戦術上、大きなハンデである
にも関わらず、未だ深海棲艦が殲滅されずに残っている理由・・・・
一つは、その事実を知る艦娘が数えるほどしかおらず、そしてどういうわけか、その情報を他の艦娘や鎮守府、大本営と共有していない事にあった。因みにその事実に最初に辿り着いたのは第一水雷戦隊旗艦にして特・教導艦の阿武隈である
赤城、そして加賀も、その事実を知る数少ない艦娘であった。その二人でさえ、この件について互いに話をした事さえなかった。これは実に奇妙な事であった
いずれにせよ、艦隊総旗艦である赤城はこの事実を知っているからこそ強気に出られるという側面はあった。それだけに、南太平洋空母棲姫が索敵能力を有するという事実は、赤城の想定の外にあった
「・・・マサカ・・・奴ラノ偵察機カ?」
「・・・・早朝カラ交代ヲ入レ、ズットアアシテ張リ付イテイル・・・・・我々ノ動向ハ、奴ラニ筒抜ケトイウ訳ダ」
「・・・撃チ堕トスカ?」
「・・・イヤ、マダ気付カナイ振リヲシテイタ方ガイイ・・・我々ハマダ、戦術面デ艦娘ニ対抗出来ナイ・・・」
「・・・シカシ!」
「・・・案ズルナ・・・既ニCAP(戦闘空中哨戒)ハシテイル・・・・イツデモ深海棲艦戦ヲ出セルヨウニシテオケ・・・・」
「・・・・・了解シタ・・・」
今回のミッションは、深海棲艦が未だかつて見せた事のない、戦略的視点を持った大規模な陽動作戦である。総旗艦不在の現在、前線における臨機応変な戦況の変化に対応する事が、今の南太平洋空母棲姫に課せられた任務であった。だが、それを指揮しているはずの南太平洋空母棲姫が、戦闘行為そのものに消極的であった
無理もなかった。そもそも本作戦の立案者は彼女ではなく総旗艦である。艦隊旗艦としてまだ経験の浅い南太平洋空母棲姫は、戦略的な視野の広さも、戦術的な知識や経験も不足しており、明らかに彼女には荷が重かった
あくまでも総旗艦の立案した作戦であるが故に、深海棲艦軍はこれに従っているに過ぎなかった。陽動とは言え、ようやく雪辱を果たす機会が訪れた深海棲艦たちの士気は今や最高潮に達していた。艦娘との交戦に消極的な南太平洋空母棲姫とは対照的であった
故に南太平洋棲姫は深海棲艦軍の信を得ているとは言い難く、太平洋方面軍を事実上掌握しているのは名もない空母ヲ級FlagShipというのが実態であった
それでも、総旗艦が南太平洋空母棲姫を旗艦に任じたのには理由があった
「ラシクナイナ・・・例エ陽動ダトシテモ、オ前ナラ打ッテ出ルト思ッタノダガ?・・・アノ時ノ空襲ノヨウニ」
挑発するかのような空母ヲ級の言葉に、南太平洋空母棲姫は、困惑気味にこう言うのがやっとだった
「・・・・私ハ・・・・ソノ時ノ事ヲ憶エテイナイ・・・」
南太平洋空母棲姫は、本作戦において本格的な戦闘行為に及ぶ事に消極的であった
88隻に及ぶ艦娘がサンディエゴに向かった以上、南太平洋艦隊の陽動としての役割は最早重要ではなくなっている。戦術的に未熟なまま悪戯に戦線を拡大し、仲間に犠牲を強いる事は合理的ではないと南太平洋空母棲姫は考えていた。出来る事なら、小競り合い程度の戦闘に留め、日本の残存艦娘達を引っ張り出したところで遅滞戦闘を演じ、敗走を装いながら撤収するのが上策、そう考えていたのである
だが、そんな思いとは裏腹に、深海棲艦達の多くはこの海戦にいきり立ち、抑える事は最早不可能だった
それに深海棲艦が通信手段を持たない以上、パナマや欧州の艦隊は予てからの予定通り行動を起こすより他はない・・・・・・サイは振られたのである
それでも・・・・南太平洋空母棲姫は艦娘と矛を交える事に何故か抵抗を感じていた
その理由は、先代の総旗艦から太平洋方面軍旗艦を託された時に聞かされ知っている
南太平洋空母棲姫の【表】の顔・・・・・・
それは、アメリカの正規空母、ヨークタウン級3番艦・・・・ホーネットが彼女の真の姿であったからに他ならない
何となれば、【アノ時ノ空襲】とは・・・・言うまでもない
大東亜戦争において、アメリカ軍が初めて日本本土への爆撃を成功させた、あの、ドゥーリットル空襲の事である
真珠湾攻撃において、主力の戦艦を全て失った米軍は、僅かに残されたホーネットとエンタープライズによるヒット・アンド・ランのゲリラ戦法で大日本帝国海軍に抵抗した。そしてハルゼー提督率いる第16任務部隊エンタープライズによる護衛の元、ホーネットは日本本土空襲任務を敢行した。途中日本の哨戒艇に発見されたため、夜間爆撃を中止せざるを得なかったものの、B-25爆撃機16機によるおよそ600海里(1000km以上)に及ぶ遠距離からの空爆を敢行。これはSBDによる攻撃を想定していた日本の意表を突き、東京、横須賀、横浜、名古屋、神戸への爆撃に成功した
B-25を着艦させる事が可能な空母は今以て存在しない。故に空爆後は中国大陸に逃れ、蒋介石軍の支援で機体を回収する方法が採用された。なればこそ、片道切符の大胆な遠距離爆撃を可能とし、日本の想定の裏をかけたのである
もっとも、この空爆による日本側の被害は、改装中の龍鳳への直撃弾による損傷の他、非戦闘員である民間人への殺傷行為(国際法違反)以外は実害らしい被害はなかった。
対する米軍側の被害は、B-25爆撃機16機中4機が中国本土に不時着、11機が空中脱出により墜落、1機がロシアのウラジオストックに着陸し鹵獲、拘留というもので、これは全機喪失という甚大なものであった
だが、この空爆成功により、敗戦続きだったアメリカ国内が沸き立った。そしてルーズベルトの思惑通り、アメリカは更なる戦渦へのめり込む事となった。また、日本国民に与えた衝撃も大きかった。この空爆による反米感情が、のちに訪れる【ミッドウェーの惨劇】の呼び水となった事を思えば、ここは歴史の転換点のひとつであったと言える
とかくアメリカ人という存在は、【戦争のやり方】というものをよく心得ている・・・・国力以前に、着地点を見誤らない戦争巧者である事がアメリカの強さでもある
そのアメリカン・マインドの体現者としてあまりにも有名なホーネット・・・そしてその【裏】の顔である南太平洋空母棲姫は、次世代の指導者として総旗艦や他の深海棲艦達の【希望】そのものとなるはずであった
だが、彼女にはまだ迷いがあった。自身の内にある情動との折り合いが付けられずにいる事と・・・・艦隊旗艦としての采配に対する自信のなさが、そうさせていた。迷いは統率に乱れを生じ、戦況を悪化させる要因となる・・・・・なればこそ、ますます戦闘に消極的にならざるを得なかった
そんな南太平洋空母棲姫の葛藤を知ってか知らずか、空母ヲ級はそっけなく言い捨てる
「・・・・何ニセヨ、我々ハオ前ヲ失ウ訳ニハイカナイ・・・オ前ハ、アノ方ニ命運ヲ託サレタノダ・・・・ホーネットヨ・・・」
空母ヲ級は南太平洋空母棲姫の事をホーネットと呼ぶ。それは、総旗艦の望みでもあった・・・・だが、
「私ナド・・・アノ方ニ比スレバ取ルニ足ラナイ存在・・・ソレニ・・・・」
この作戦の真の目的・・・・それは・・・・
「ヲ級ヨ・・・・勘違イスルナ・・・本作戦ノ目的ハ、アノ方ノ帰還ガ最優先ダ・・・ソノタメニ我ラガ成ス事ハ、コノ陽動ヲ無事完遂スル事ダ・・・」
「・・・・ワカッテイル・・・ダガ・・・」
そう言いかけて、ヲ級はその先に続く言葉を言い淀む・・・
「?・・・ダガ?・・・・・ナンダ?」
「イヤ・・・ナンデモナイ・・・・」
ヲ級は懸念していた
深海棲艦という存在は、艦娘だった頃の自分へ戻りたいという強い願望や生への執着、そして艦時代に自らに降りかかった運命への憎悪や呪いにも似た・・・・執念じみた思いが実体化したものである
それだけに、無自覚に深海棲艦としての在り方に迷いを抱いたままの南太平洋空母棲姫は、他の深海棲艦たちとの同調に支障をきたしていた
強い意志を持って《統べる者》として立たない限り、深海棲艦達は憎悪と情動の赴くままに戦い、統制など取れなくなる・・・・
ヲ級はふと、ホーネットの胸に埋め込まれているコアに・・・マリアナの群青にも似た深い輝きに目を奪われる・・・
それは・・・・総旗艦がホーネットへ託した深海の希望・・・・
戦術指揮装置・・・【Nucleare tattico】であった
《・・・ナゼ・・・・総旗艦様ハホーネットヲ選ンダノカ・・・?」
今のホーネットではコアを15%程度しか発動させる事が出来ない・・・・
深海として迷いを拭いきれない今の彼女では・・・・
ヲ級の・・・・偽らざる本音である
だが、ヲ級は総旗艦を疑っていたわけではない。単に自分の理解の及ばない考えが、総旗艦にはあるのだという認識に揺るぎはない・・・
それでも、ホーネットの現状を思うと、不安を拭えなかった
《・・・コノママ何モ起キナケレバヨイガ・・・・》
そして・・・
西の空に一機の深海棲艦戦が姿を現す
ホーネットがCAPに出していた哨戒機である。深海棲艦同様に深海棲艦戦も通信手段を持ち合わせていない為、報告を返す時はその都度帰投し母艦と接触を図らねばならないが故の帰投であった
それは例え敵艦隊や敵機を発見したとしても、帰投するまではその情報を本体へ知らせ得ない事を意味する。これは深海側にとって大きなディスアドバンテージであった
それ故定時連絡以外の帰投はそのまま敵発見を意味していた。今の深海棲艦戦の帰投のタイミングは正にそれであった
そして・・・・報告を受けたホーネットの顔色が変わる
「・・・・!!・・・敵襲ダ!!!」
ホーネットが叫ぶと同時に、かねてからの打ち合わせ通り空母ヲ級機動部隊から一機、また一機と、艦戦隊が発艦する
そして小隊を編成する間もなく慌ただしく、そして速やかに高高度を取ろうと急上昇をかける
そうこうしている間に、西の空についた黒い染みのようなものが、徐々に大きく広がって行くのが見える
再編第二航空戦隊旗艦、隼鷹から発進した艦爆隊である
「左舷ヨリ敵機襲来!! 迎撃態勢ニ入レ!!」
ホーネットの指示で、直ちに迎撃態勢に入る深海棲艦軍。そして空母ヲ級から次々と深海棲艦戦が発艦するが、体制が整う間もなく準鷹から飛来した第一次攻撃隊が二線からの侵入コースを取り、既に急降下爆撃体制に入ろうとしていた
この間、無事発艦し高高度を取る事が出来た深海棲艦戦は僅かに15機・・・・艦爆隊発見の報より3分と経たないうちに艦爆隊の侵入を許してしまう
直掩機なしの艦爆のみで編成された大胆な任務部隊である。攻撃隊を率いていたのは千早猛彦大尉の艦爆妖精である。先手必勝を旨とし、索敵能力に乏しい深海棲艦軍が迎撃態勢に入る前に一気に叩く一撃離脱戦法である
そして
隊列後方にいた一隻の空母ヲ級がピンポイントで狙い撃ちされた。先陣を切ったのは千早猛彦大尉の艦爆隊である
同隊は千早隊長機を先頭に一列縦隊でヲ級に急降下爆撃を開始。初弾がヲ級の頭部に直撃し炎上。後続機も次々と同ポイントに集中爆撃を与え、ヲ級は大破した
急降下爆撃を敢行した千早率いる艦爆隊は、投弾により身軽になった機体をそのまま北東の空へと向け全速離脱を開始・・・・隼鷹の航行する海域とは真逆の方角であった
「逃ガスナッ!! 追エッ!!!」
空母ヲ級隊は深海棲艦戦を更に発艦させ、これを追撃
だが、
逃げる艦爆隊と入れ替わるように、零式艦戦21型の一群が、深海棲艦戦の前に立ちはだかる
日向灘沖に展開していた第二航空戦隊所属、飛鷹から飛び立った岩本徹三妖精率いる艦戦の三個中隊である
そして唐突に深海棲艦戦と艦戦隊は屋久島南方50マイルの海域で交戦状態に入る
飛鷹貴下の艦戦隊は三機編隊ではなく陸軍式の分隊による編隊空戦で熟練を積んでいた。二機編隊で一機が敵機を誘い込み、互いに位相の異なる美しいサッチウィーヴを洋上に描きながら、交錯する敵機が目の前を横切りながら腹を見せた瞬間に偏角射撃を慣行
一機・・・また一機と深海棲艦戦を撃墜してゆく
艦戦隊が深海棲艦戦を足止めしている間に、隼鷹から飛び立ち空母ヲ級に強襲をかけた千早艦爆隊は、洋上に待機していた飛鷹の甲板へと次々と着艦してゆく
36機中3機を喪失しつつも、深海棲艦戦を全機撃墜した艦戦隊はそのまま深海棲艦軍の待つ奄美大島沖へと向かう
そして艦爆隊を全機収容した飛鷹は、護衛の菊月と夕月を伴い・・・いずこへと姿を消していた
赤城 07 佐世保沖海戦とティレニア海開戦(Ⅳ) に続く