だが、阿武隈不在の折、那智に無理やり演習に引っ張り出された不知火は、戦術に疎い那智への進言から次第に疎まれるようになっていく
そして・・・不知火の運命は取り返しのつかない事態へと流されてゆく事になる
(2021年2月8日 執筆 12日・13日 加筆・執筆)
無事滞りなく始まりの艤装展開を終えた不知火は、阿武隈門下の研修生として指導を受けていた。途中ポーラとの邂逅を含め、未だ戦闘経験のない不知火にとって、誰もが羨む貴重な経験を重ねていた
だが、阿武隈率いる第一水雷戦隊は、この後北方海域長期遠征任務で半月ほど鎮守府を離れる予定だったため、本格的な指導は阿武隈の帰国まで待たなければならなかった
艦娘は、原則として月に3回の任務消化が義務づけられている。本来なら、不知火は一水戦に同行して遠征に出るところなのだが、遠征メンバー承認申請書は既に大本営に提出済みの上、訂正期限も過ぎていたため、新たに彼女を加える事が出来なかった
となると、通常なら他の艦隊や戦隊に空きが出るのを待って演習に参加するのが普通なのだが、阿武隈の方針はあくまで《ハイハイ》が満足に出来るようになってからの演習参加であったため、不知火はいかなる演習にも参加してはならないと釘を刺されていた
無論これは本来なら規定違反に当たるのであるが、例外事項が存在する
研修生を指導する教導艦は、通常《乙・教導艦》と呼ばれている
乙・教導艦とは、Lv.50以上の中堅の艦娘が所持を義務付けられている準・教導艦の資格者の事であり、新人研修に協力することが義務づけられている。先日、不知火の指導に当たっていた長良や能代などがこれに当たる
そして、その上には教導艦に特化したプロフェッショナルな《甲・教導艦》が存在する。彼女らは《乙・教導艦の教導艦》でもあり、中堅クラスの艦娘の練度を実戦レベルにまで高めるのが主任務である。大本営の香取や鹿島が有名であるが、某鎮守府にも神通、伊58等二名がこれに該当、在籍している
だが、これらの更に上に、《特・教導艦》と呼ばれる存在がいる
特・教導艦は、優れた指導力に加え、研修生の潜在的な可能性を見抜き、型に嵌まらない独自の指導法でエース級にまで引き上げる事が可能な、いわゆる規格外の教導艦である
この資格を有している艦娘こそ、空前絶後、世界にただ一人しかいない《特・教導艦》阿武隈であった。長良が言っていた《足下にも及ばない》理由の一つがそれであった
特例事項により、大本営に認定された《特・教導艦》が将来極めて有望と認めた研修生に限り、規定の演習メニューから免除され、研修内容が特・教導艦の裁量に任されているのである。言わずもがなであるが、その《特・教導艦》に見初められた研修生こそ、不知火なのである
不知火は、自分が研修に参加しないでいる事にそのような背景があることなど知る由もなかった。阿武隈が留守の間、不知火は艤装展開トレーニングと、阿武隈考案の戦術マニュアルを頭にたたき込むよう課題を与えられており、それを愚直に何度も繰り返し鍛錬と学習に励んでいた
某鎮守府にその人ありと言われた阿武隈の指導を受ける事となった不知火の未来の展望は順風満帆に見えた
だが、そうはならなかった
演習に参加せず、一人で艤装展開と座学に没頭する不知火を快く思わない者がいた
那智だった
妙高型二番艦・那智と言えば、第五戦隊や第五艦隊、志摩艦隊の旗艦を歴任した事で知られている。数多くの戦場を経験し、幾度となく艦隊旗艦を務めた彼女であるが、軍艦としては至って凡庸であった
それでも、艦娘として覚醒した歴代の那智は、正義感に溢れ、男気(?)溢れる人格者として知られ、艦娘達の多くが、特に配下の水雷戦隊の子たちからは、憧れと尊敬の念を抱かれる立派な艦娘であった
だが、今回覚醒した那智は、今までとは些か違っていた
今の那智は、艦時代と艦娘時代の記憶を持っていない。彼女は艦娘として覚醒した後、文献などから自身の過去を調べ、自身のこれまでの在り方を知った
そして、妹の羽黒や姉の妙高と違い、これといった武勲を挙げていない事を知り、その事実を内心苦々しく思っていた。歴代の高潔な那智とは対照的な、そんな人物であった
周囲の艦娘達も、そんな那智に困惑していた。見た目こそ那智そのものであるが、皆の知っている那智の姿からは程遠かった。あまりにも自分本位で傲慢な彼女に対し、どう接したら良いものかわからず戸惑いを隠せなかったのである
そんな那智と某鎮守府に、一つの大きな試練が待ち受けていた
つい、数ヶ月前の事
妙高に代わり、久しぶりに那智が第五戦隊旗艦を務める事となった。本来ならば、那智は諸手を振って喜ぶ所であるが、旗艦拝命の理由が、彼女を憤らせていた
今、第五戦隊に妙高と羽黒は不在であった。本年度の海外遠征艦に選ばれた彼女たちは、今は欧州で戦っている
那智は密かに本年度の海外遠征艦代表枠を望んでいた。提督にも何度となくアピールを繰り返していた。だが・・・・
那智は・・・・選ばれなかった
単純に、那智の実力不足なのだが、本人は納得していない。選考に漏れたと知った時、那智は提督に直談判して気炎を吐いた。何故、自分を選ばないのか?妹に私が負けるはずがない。私を選べ!・・・・と
某提督は、正直、那智の人としてのあまりの未熟さに閉口していた。彼女は、艦や艦娘としての記憶を持たないにも関わらず、根拠のない自信で的外れな言動や行動を繰り返しては周囲を巻き込んで空回りしていた。戦術をおろそかにし、練度を研ぎ澄まそうとせずただひたすらレベル上げのみに終始する愚を積み重ねていた。ただ、プライドだけは人並み外れていただけに、どうにも質が悪かった
何より提督を困惑させたのは、那智の要求が遠征艦隊の【旗艦】の拝命である。仮に妙高か羽黒のどちらかと入れ替えたとしても、実力的に言ってあり得ない事だった
これほどまでに自身の能力を客観的に評価出来ていない艦娘は那智くらいのものであった
そう、誰がどう贔屓目に見ても、那智には代表どころか艦娘としての資質に著しく欠けていた。だが、彼女に始まりの艤装展開を許したのはあの、先々代の某提督である。一度艦娘として認知された者の取り扱いは現在とてもデリケートなものとなっている。対応を間違えると、またかつてのような騒動になりかねない
故に某提督は腰を据え、時間をかけてゆっくりと本人の自覚を促す方針だった
「君ら四姉妹全てを海外遠征に出すわけにはいかない。特に君は第五戦隊の旗艦なのだから。長女や末妹を送り出し、戦隊を預かり守るのは、君の役目ではないのかね?」
「む・・・そういう事なら・・・仕方あるまい。確かに、それは私の責務であるな」
そう言われてようやく引き下がる那智に対し、某提督は一人溜息をついた
《まったく・・・どうしたものか・・・・》
いつか那智は、取り返しのつかない事をしでかさないか。某提督は気が気ではなかった
そして、某提督の懸念通り、優秀な姉妹の居ぬ間に、とうとう那智はやらかしてしまった
那智は、妙高には頭があがらない。長女であるということだけでなく、過去の実績や今現在の拭い難い実力差、そして・・・艦時代に那智が第五戦隊旗艦になれたのは、当時の旗艦であった妙高が、空爆で戦線離脱を余儀なくされ、たまたま次女であった那智が繰り上がりで旗艦就任したに過ぎなかった。要はたなぼただったのである
だが、問題はその後だった。
就任直後のスラバヤ沖海戦では勝利はしたものの、腰の引けたアウトレンジ砲撃戦や未熟な雷装技術、敵に識別信号を送って無防備のまま砲撃を受けたり、目先の戦果に気を取られてヒューストンとパースを取り逃がすなど、失態があまりにも多かった・・・・とてもではないが、那智は艦隊旗艦の器ではなかったのである
そして、妙高が艦隊旗艦に復帰したレイテ沖海戦前、第五戦隊旗艦は妙高に戻され、羽黒がそれに随伴。那智は足柄と共に第二遊撃部隊、通称志摩艦隊へと再編された
戦況を鑑みての再編ゆえ、それ自体に深い意味はない。だが、大和型を要する栗田艦隊の護衛として、第五戦隊として妙高と羽黒が付いたのは、当時の二人の活躍を鑑みれば、決して偶然ではない
艦娘としてこの世に再び現れた第一世代の那智は、自身の艦時代の弱い自分と向き合い、弱点を克服して改二実装まで受けられる程に成長した。妙高型は、その姉妹全員が改二という、実力伯仲の精強な重巡姉妹として一つの時代を駆け抜けたのである
だが・・・・
今の那智は、自分を見つめ直し、精進するような性格ではなかった。過去の事実を鑑みて、海外遠征から妙高が帰ってくれば、提督は優秀な姉を再び第五戦隊旗艦に戻し、自分は体よく外されるのがオチだと思っていた
それでも、
妙高にその座を譲るのは渋々ながらも認めざるを得ない。どうあがいても彼女に勝てる余地が全くないからだ。だが、妹の羽黒にまで自身の座を脅かされるのは、どうあっても我慢がならなかった。これは、理屈ではなかった
別に、羽黒の事が憎いわけではない。というよりも、自分を慕い、甲斐甲斐しく世話を焼いてくる羽黒はかわいかった。一人っ子で育った彼女にとって、艦娘になって初めて知る事の出来た《妹》という存在は、存外悪くないものだった
そんな妹、羽黒は、大日本帝国海軍史上、屈指の誉れ高き武勲艦として、妙高以上に、あまりにも有名であった
だとしても、
羽黒に負ける(実際はとうに負けている)という事は、那智の中ではあってはならない事なのだ。これだけは、どうしても譲れなかった
こうしている間も、あの二人は海外遠征で経験を積み、更なる高みに登っていると思っただけで、いてもたってもいられなかった
とにかく、演習だ。数多く演習を重ね、より多くの経験を重ね、あのふたりよりレベルで上回らねばならない。そうすれば、きっと負けない・・・そんな愚にも付かない妄想を、那智は本気で信じていた
元来第五戦隊は、水雷戦隊を核に妙高型重巡がそれを護衛する形で編成されており、足の遅い戦艦や空母と違い、実働部隊として重宝され、様々な海域へと駆り出された。それ故に、第五戦隊の編成には、軽巡や駆逐艦の存在が欠かせない
にも関わらず、妙高と羽黒のいない第五戦隊では、水雷屋の集まりが極めて悪かった。理由は言わずもがな、那智の評判があまりにも悪かったからである
スラバヤ沖組は、二水戦の神通と、四水戦の那珂がそれぞれ駆逐の子たちを擁している為招集はまず望めない。そこでレイテ組の中から何人かに声をかけているが、結果はあまり芳しくなかった。七駆の曙にはホウホウの体で即断され、お人好しの潮や若葉、それと足柄の十六戦隊つながりで引き込んだ名取までは何とか取り込めたものの、あと一人がどうしても揃わなかった
毎日でも演習をやりたいと思っている那智が、もう三日もメンバーが揃わず足踏みしていたのである。ここにきて那智は相当に焦っていた
そんな時に運悪く那智の目に止まったのが、不知火だったのである
不知火の姿を見た瞬間、那智の中で何かが切れた。そしてこの子をどんな手を使っても第五戦隊に引き入れようと心に決めていた
そしていつものように某提督への直談判を慣行。当然ながら、不知火は既に阿武隈の一水戦に編入済みであり、《特・教導艦》権限で演習を免除されている身ゆえ、阿武隈の承認無しに許可は出来ないと断られる
当の阿武隈は、駆逐艦を等しく溺愛する事で知られている。それが愛弟子の不知火ともなれば尚更であった。そんな阿武隈が、駆逐艦を使い捨ての駒のように扱う那智に不知火を預けるような真似はするはずがない事は、那智にもわかっていた
だが、那智は諦めなかった
翌日から約一週間、某提督は大淀を連れ、大本営に赴いて留守だった。そして秘書官代行に五月雨が置かれていた。この時とばかり、那智は行動を起こした
事情を知らない五月雨に、演習に未だに一度も参加していない不知火を、第五戦隊の演習に参加させたいと申し出たのである。それも、提督には確認済みだと付け加えて
那智の要請を受け、五月雨は不知火の第五戦隊編入書類を作成し、大本営へ転送、即日で承認。それも、提督のいない7日間全てに予定を入れ、計14回の演習予定の申請が受理されていた
その承認済みの演習指示書を持って、那智は不知火の元へ赴いた
「・・・・どういう・・・事でしょうか?」
突然の那智の申し出に、不知火は怪訝そうに眉を潜める
「聞こえなかったのか? 我が第五戦隊に加わり、演習をやれと言っている!」
「・・・この不知火は、あぶ姉さまから一切の演習参加を禁じられています。ですから、それは出来ません」
「演習は艦娘の義務だ。貴様、いつまでサボってるつもりだ」
「・・・サボっていると言われても、それは見解の相違です。それに、義務については、姉さまが提督の承認を取り付けてあるから問題ないと仰ってましたので」
殊更に阿武隈の名を出して申し出を断ろうとする不知火に、那智は苛ついていた。たかだか軽巡風情が《特・教導艦》などという、訳のわからない肩書きを付けられ艦娘達の尊敬を一身に集めているという事実が、那智には我慢がならなかった・・・・そしてその寵愛を受け、特別扱いされている不知火・・・・
「・・・阿武隈・・・阿武隈か・・・・問題大アリだ!!! 見ろッ! 貴様の演習指示書もこの通り出ている。大本営の承認済みだ。むこう一週間、みっちり演習してもらうぞッツ!!」
不知火は那智に手渡された演習指示書に目を通す。確かに大本営の承認を得た、正式なものらしい・・・・だが・・・・
「・・・・・・どうして・・・指示書が出ているのですか?・・・・」
「そんな事は、どうでもいいっ!!・・・貴様、演習義務を怠った場合の罰則規定、よもや知らんとは言わせんぞ! お前の身内が、ペナルティーを被る事になる。貴様がそんな薄情者でないと、私は見るのだが?」
指示書が正式な手続きを経たものである以上、受けないわけにはいかなそうである。それにしても・・・
「・・・それにしても、提督や姉さまが不在の時に、このような大事な話を私たちだけで決めるのはどうかとは思いますが・・・・?」
不知火の鋭い・・・というか当然の指摘に、那智は一瞬ぎくりとする
そんな那智のうろたえる様子を見て、不知火は考える
経緯はともかく、演習指示書が正式なものであるのは間違いない。いくら特・教導艦の指示であるとはいえ、大本営の意向に反する事は、あぶ姉さまのお立場を悪くするかも知れない・・・
「・・・まあ、いいでしょう・・・・・・いつから・・・ですか?」
「今からだ。今日中に二戦やってもらうぞッ!!」
こうして、不知火はまんまと那智に騙され・・・いや、気付いていたのかも知れないが、ともかく、半ば強引に演習に引きずり出されたのである
那智がようやくかき集めた第五戦隊の編制は以下の通りである
旗艦 重巡 那智
重巡 足柄
軽巡 名取
駆逐 潮
駆逐 若葉
駆逐 不知火
相手は四航戦プラス第四期二水戦。但し、大淀は提督と外出中の為不在で5隻編成
旗艦 航戦 伊勢
航戦 日向
駆逐 霞
駆逐 初霜
駆逐 朝霜
この編成表を見て、那智は唸った
「・・・ふざけるなっ! 何で霞がいるんだ!? 」
那智の認識では、本来なら霞は神通貴下の十八駆の一人のはずだった。流石の那智も二水戦には手出しが出来ない。だから那智も勧誘を断念していたのだが、まさか二水戦貴下の十八駆の旗艦、霞が四航戦に合流するとは思いもよらなかったのであるが・・・・
それはそれとして、那智は気付いていないようだが、この両陣営の面子は、かつての志摩艦隊の編成に限りなく近かった。第五戦隊からは那智と足柄、第一水雷戦隊旗艦の阿武隈こそいなかったものの、その姉である名取と七駆からは潮、十八駆の不知火と・・・敵陣営ではあるが霞が、二十一駆からはやはり両陣営にそれぞれ若葉と初霜が・・・・。いないのは頑なに参加を拒否した曙と第十六戦隊位のものであった
そして、参加拒否どころか、敢えて敵陣営に与した霞と初霜という武勲艦の二人・・・
何を思ってそうしたのか・・・それは彼女たちにしかわからなかった
「なんでって・・・伊勢さんたちに呼ばれたからに決まってるじゃない。当然、神通姉さんにも許可はもらっているわ。言っておきますけど、今の霞は第十八駆逐隊旗艦・霞じゃないもの。第四期・第二水雷戦隊旗艦・霞よ!」
「・・二水戦・・!?・・・何を言ってるんだ貴様!?」
「・・・呆れた。あんた、霞が二水戦の旗艦で四航戦の護衛やってたの知らなかったワケぇ?」
「なんだと・・・!!・・・駆逐艦の分際でその口の利き方は何だッツ!!!」
「・・・・ぷっ!・・・・く、駆逐艦の分際・・・ですって・・・・ウケる~!・・・・・それを言うなら、アンタだって、おバカの分際で、なに旗艦ぶってんのよ? バカじゃないの?」
「・・・上等だ、霞・・・今、この場で入渠送りにしてやる・・・・!!」
「・・へぇ・・・出来るの?・・アンタに?・・・この霞を??? 笑わせるわね!! この際だから言っておくけど、アンタみたいなクズに遅れを取るほど、霞は落ちぶれちゃいないわよ! だいたいなんでここに不知火がいるのよ? あの子はあぶ姉さんが演習禁止にしてたはずでしょ? 何やったのアンタ?」
流石に一、二水戦の旗艦を勤め上げた霞は、役者が違った。痛いところを突かれた那智は、苦し紛れにこう言うしか出来なかった
「・・・言いたい事は、それだけか・・・ッツ!!!」
「もうやめなさいってば、なっち!! 霞ちゃんもその辺にしてあげて! なっち! 霞ちゃんは礼号作戦の時から二水戦旗艦なんだよ!! あたしの上官だったんだから、駆逐艦とか、関係ないでしょ!!」
「なんだと・・・足柄、お前駆逐艦如きに使われてたっていうのかっ!!!」
その様子をしばらく伺っていた不知火が、溜息ひとつに、口を開いた
「・・・・もうそろそろ・・・始めませんか?」
「・・・なにっ!?」
「不知火は、この後あぶ姉さまに与えられた課題をこなさなければなりません。時間が惜しいので、手短に願います」
「ふん・・・貴様の事情など知った事か! 演習後はみっちり三時間は反省会をやる。すぐに帰れると思うな!」
無論これは口から出任せであった。元より那智は駆逐艦と反省会どころかコミュニケーションすら交わした事はない。不知火の《時間が惜しい》という言葉を受けての、単なる嫌がらせに過ぎなかった
だが、
この、不知火という艦娘は、歯に衣を着せぬと言う意味では、恐らくはその右に出る者はいない。そんな彼女の前で不用意に悪態をついた那智の運命は、火を見るよりも明らかであった
「・・・ここまで、あなたの人となりを見る限り、その必要はないでしょう。くだらない話で時間を無駄にする気はありませんので」
「な・・・なっ・・・!!」
予想外の不知火の反撃に遭い、那智は二の句をつげられずわなわなと震える
「ぷっ! 言えてるっ!! 不知火ぃ~、アンタ相変わらずよね!」
そんな二人のやりとりを見て、霞はたまらず吹き出す
「?・・・そう・・・ですか?」
「そうよぉ~。記憶がないって聞いてたけど、アンタらしくて安心したわよ」
「そうですか。 ともかく、もうはじめませんか?」
「ちょっと待てや不知火ッツ!!!」
「・・・まだ、何か?」
「お前のその態度は何だと言っている!!」
那智は、不知火の胸ぐらを掴んで凄む・・・・・が、
不知火は、心底がっかりというか、侮蔑を交えた目で那智を見かえす・・・それは、妙高が自分に見せる《あの目》に似ていると那智は感じた・・・・
「・・・なんだ、その目はっ!! 貴様までこの私を愚弄する気かっ!?」
「・・・・つまらない人ですね、あなたは」
「・・・何だと?」
「・・・戦う前から喚き散らして・・・まるで負け犬の遠吠えです」
「なっ!!!」
「要は演習で力を示せばいいだけの事じゃないですか。何をそんなに怯えているのですか?」
「・・・怯えている・・・だと!?・・・この私が!?」
その様子を遠巻きに面白がっていただけの二人が、ここでようやく口を開く
「あっはっは! 違いない。確かにそうだ。要は最後まで立ってた方が勝ちって事だよ。ねぇ、日向ぁ!!」
伊勢だった
「・・・まぁ、そうなるな」
「じゃあ、なっちもぐだぐだ言ってないで、さっさと始めるよ! もちろん手加減はしないから」
一見、まるで緊張感を感じさせない二人であったが、その実、有無を言わせない凄みがあった。流石の那智も、この四航戦の二人には従わざるを得なかった
「・・・望む・・・所だ・・!」
かろうじて、そう強がるのが精一杯だった
那智が伊勢と日向の挑発を受けた事で、ようやく事態が収束した
「伊勢さん・・・そして日向さんも、ありがとうございます」
足柄が申し訳なさそうに二人に頭を下げる
「いいって、いいって! あたしは面白かったから全然OKよ! だけど、足柄も大変だよね~・・・まぁ、老婆心で言うけど、いい加減、アレは突き放した方がいいと思うけど?」
「・・・まぁ、そうなんでしょうけど・・・色々あって・・・・」
「あっは、そんな深刻にならないでって。大丈夫、大丈夫!君の未来は暗いっ!!」
「・・・まぁ、そうなるな・・・」
グッと親指を立てる日向。どうもこの二人は、物事を深刻に考える事が出来ないらしい
「いや、洒落になってないんですけど・・・」
と、二人はもう足柄の話など聞いてはいなかった
「・・なぁ、伊勢・・・」
「なに? 日向ぁ?」
「今日は瑞雲立体攻撃をやろうと思うんだが・・・・・そういえば、最上のやつは・・・」
「もがみん今関係ないでしょ! なに話の途中で気が散ってるのよ!」
突っ込みを入れられながら不意に伊勢の3・4番スロットを覗き込む日向。そこには艦爆や艦攻の機体はなく、瑞雲12型が納められていた
「そうか・・・まぁ、そうなるよな」
そういう日向の3・4番スロットには、それぞれ瑞雲(六三四空)と、瑞雲改二(六三四空)が見えていた
「・・・日向だって・・・そっかぁ、そうなるよね!」
「・・やっと時代が、私に追いついたな・・・」
「何それ?・・・まぁいいか・・・あの子たちには悪いけど、行っちゃいますか!」
「・・・何ですか?・・・アレ?・・・・」
四航戦の二人の《謎》の掛け合いを見て、不知火がぽつりと呟く
「・・やっぱそう思うよね・・・・あの二人ってホント意味不明なんだよ~。地球人じゃない事は間違いない!!」
朝霜はうんうんと一人合点する
「朝霜ってば、聞こえたらあの二人にしばかれるよ!・・・そうじゃなくて、あれは・・・多分あのふたりにとっての、ルーティーンなんだと思う・・・ああやって、戦う前にテンション高めてるっていうか・・・」
初霜らしい、模範的な解釈であった
「ハイハイ、二人とも話はそこまで! 今日の仕事、わかってるよね? 向こうの寄せ集めバカチンチームから、この二人をきっちり守り通す!! 行くわよッ!!」
霞が緩んだ空気を引き締め、気持ちを切り替えさせる。数いる駆逐艦勢の中で、唯一、阿武隈の一水戦、そして神通の《華の》二水戦の旗艦を継承しただけの事はあった
この編成には、本来いるはずの大淀が抜けている意味を、霞はきっちり理解していた。そして伊勢・日向の思惑も・・・・
そして、第五戦隊の兵装もしっかりチェック済みである。そして霞は溜息をつく
「・・・ホント、何で提督はあのバカチンをクビにしないのかしら? あんなのが指揮艦じゃ、ついていく子たちがかわいそうすぎる・・・」
那智側の駆逐や軽巡に、対空兵装が積まれていないのを見て、霞は不知火達の事を、本当に気の毒に思った。そしてかつての上司、那智の事を思う・・・
「・・・あんな生き恥を晒して・・・・霞達の思い出・・・・汚さないでったら・・・」
伊勢も日向も、申し合わせたかのように艦爆を搭載していなかった。代わりに瑞雲を各二スロットずつ搭載し、残りは烈風と彩雲に振り分けていた
大淀が不在のため、伊勢達は索敵に戦力を振り分けざるを得なくなったため、艦爆搭載を見送った。相手が那智だと知り、敢えて水偵を積まずに瑞雲立体攻撃で《遊ぶ》気だったのである
「いいか、不知火! 艦隊旗艦の私の命令は絶対だ! 命令以外の、勝手な事は絶対にするなよ! いいな絶対にだ!!」
気炎を吐きながら釘をさす那智
「それは当然ですが・・・一つ、いいですか?」
「・・・何だ? 貴様の進言など、受け付けんぞ!」
「この編成には無理があります・・・いきなり呼び出されて調速も碌にしてませんし、フォーメーションを合わせる為のコミュニケーションも取れていない・・・そこまでしてこの演習を強行する理由が、不知火にはわかりません」
「そんな事は、貴様は知る必要はない!」
「答えられないような理由でもあるのですか?」
「駆逐艦ごときが知る必要はないと言ってるんだ!しつこいぞ貴様ッ!」
「・・・駆逐艦・・・ごときですか・・・まぁ、どう思うかはあなたの勝手ですが、それなら不知火ではなく、重巡や、他の軽巡の姉さま方に声をかけた方が良かったのではないですか?」
「第五戦隊は駆逐艦で編成すると決まってる!だからお前みたいなやつでも仕方なく入れてやったんだ!」
「頼んだ覚えはありませんが?・・・それに、第五戦隊なら曙がいるではないですか。何故彼女を誘わなかったのですか?」
不知火が曙に話を振ったため、那智の顔色が見る見る赤くなってゆく
「ぬいちゃん、ちょっと・・・・・」
潮が不知火に小声で耳打ちする
《那智さん、曙ちゃんに演習参加、袖にされたの・・・マズいよ・・・》
「・・・あぁ・・・それで・・・・」
那智の評判は、不知火も耳にしている。確かに、こんなやり方をする人についていく人は、余程の物好きか、潮のようなお人好しくらいだろう
「・・・あなたの事情など、正直興味はありませんが・・・・ただ・・・・・」
阿武隈のいいつけを守れなかった理由が、こんな人に絡まれたからだと思うと、日頃冷静な不知火であっても、流石に憤りを禁じ得なかった
というよりも、不知火は元来《激情》の人であった
「・・・不知火も随分と安く見られたものです・・・突然人を演習に巻き込んでおいて、その理由も説明しない・・・那智さん・・・今の自分の姿を鏡で見た方がいいですよ・・・・・あなたのそれは、誇り高き艦娘の姿に程遠い・・・・」
「・・・なん・・・だと!?」
「こんなくだらない恫喝に屈したとあれば、それこそ父からの誹りを免れません。どうあっても話す気がないというのなら、不知火は演習を辞退します。あとはあなたの好きにすればいい・・・」
「・・・お前・・・ッツ!!」
「なによ、まだ揉めてんの? いい加減にしなさいってば! 帰るわよもう」
痺れを切らした霞が那智を煽る
「もういいでしょ、なっち、話してあげなさいよ! このままじゃ皆に失礼じゃない!!」
流石にこれはマズいと足柄がフォローに入る
「ちっ!」
足柄にまで諭され、思わず舌打ちをする那智であった。たかだか駆逐艦風情がなぜこうも私の手を煩わすのか・・・・心底面倒だと思いながらも、ようやく那智は話し始める
「全く・・・どいつもこいつも・・・・まぁいい・・・そこまで言うなら話してやる」
そして、那智の口をついて出てきた言葉は、その場にいた者を凍り付かせた
「いいか!一度しか言わんからよく聞いておけ!この私が一戦でも多く演習を重ね勝利する! その結果私のレベルが効率よく上がる! それは第五戦隊、しいては某鎮守府の戦力向上に繋がる! 貴様等、こんな事も言わねばわからんとは・・・使えないやつらだ」
「・・・は?」
一瞬、何を言っているのか理解できず、呆然とする不知火・・・そして・・・・
それを聞いた霞があんぐりと口をあける
「・・・バカだ・・・・前からバカだとは思ってたけど、これ程バカだったとは・・・」
呆れを通り越して、脱力する
ようやく那智の言っている意味を理解した不知火は、一応確認する
「・・・それは、貴方自身の経験を積む為に、私たちを出汁にする、という意味ですか?」
「当然だ!! 私は第五戦隊旗艦!! 貴様等とは立ち位置が違う!!! 私の為に奉仕するのは当然の責務だろうが!!!」
ここまでのやりとりで、不知火は那智と言う人物の人と成りをおおよそ理解した。何故このような人物が野放しにされているのかは理解に苦しむところであったが、取り合えずこれは《現実》であると認識し、それなりの対応を模索することにした
「・・・そこまで言うからには、それに見合うだけの力をお持ちと理解してよろしいか?」
「おうっ!! 当然だ、私に任せてもらおう!!! ついてくるがいい!!!」
「・・・・まぁ、約束は約束です。 お手並み拝見といきましょう・・」
自分が演習参加をしないと納まりそうにないと判断した不知火は、今日の所はとりあえず様子見をすることにした。そして後日、提督から事情を伺い、あぶ姉さまに説明と謝罪をしよう・・・・そう考えていた
そして、即席編成第五戦隊と四航戦プラス二水戦との演習が始まった
伊勢は3スロ)の瑞雲12型を3機、日向は瑞雲(六三四空)4機を発艦し一段索敵を開始。5分後にそれぞれ瑞雲12型、瑞雲改二が機数を入れ替え二段索敵を行った
そして程なく、伊勢の瑞雲12型3号機が方位サンサンマル、距離フタヒャクにて第五戦隊を補足、直ちに瑞雲全機発艦の後、五航戦の後方につけていた。そして四航戦は進路そのまま、第三戦速にて追撃戦の体制に入る
それに対し、即席編成第五戦隊は、足柄が観測機を4機全機投入して索敵に当たったが、那智は弾着観測に備えて一機も出さなかった
艦隊は単縦陣にて第二戦速にて航行し、先頭から順に名取、不知火、潮、那智、足柄、そして殿は若葉が務めた。未だ四航戦の動向を掴めずにいた
「・・・旗艦・那智殿に進言。敵は瑞雲を88機擁しています。内14機は索敵に当てていると思われ、形勢は不利です。単縦陣形を解き、輪形陣に展開の後、互いの距離を取り、回避行動が取れるよう備えつつ、瑞雲隊を迎え撃つべきかと」
合同ブリーフィングの折、不知火は伊勢・日向の3・4番スロットに瑞雲を満載しているのを確認していた。索敵と瑞雲立体攻撃の両面を采る事は、事前に予想出来ていた
恐らくは既にこちらの位置は補足されていると思われた。本隊である四航戦はともかく、瑞雲隊は爆撃に有利な後方につけている可能性が高い。その旨、不知火は淡々と那智に進言を行う・・・しかし・・・
「お前・・・話を聞いてなかったのか? 貴様の進言は受け付けない! 私の命令に従えと言ったはずだ!」
「対空兵装すら持たされていない私たちに、このまま座して沈められろ、と?」
「元より貴様等に防空戦など期待しておらん。四航戦を補足次第、陣形はこのままで艦隊決戦を挑む。お前等は私と足柄の主砲の有効射程距離まで持ちこたえればいい」
「有効射程距離は、伊勢型の方が上です。それ以前に、80機にも及ぶ瑞雲隊の爆撃をどう凌ぐつもりです?」
「そんな事は、貴様等で考えろ。盾として私たちを敵陣へ無事送り届けろ。これは命令だ」
「・・・仲間を捨て駒にすると言っているように聞こえますが?」
「お前等が沈もうが知った事か! 何度も言わせるなッ! 命令に従えッツ!! いいなッツ!!!」
とりつく島もない那智の剣幕に、不知火は閉口する
《・・・・・この人には言うだけ無駄のようですね・・・・・それでも、この状況で不知火に出来る事は・・・・・》
「・・・わかりました・・・」
全くのノープランな上、現状への対応もまるで理解していない・・・何故こんな人物が第五戦隊を任されているのかを疑問に思いつつ、とりあえず不知火は進言を諦め、この状況で可能な対応策を模索することにした・・・・のだが・・・・
その不知火の様子は、いたく那智の勘に触った。その姿が、妙高と重なって見えていた
その数ヶ月前
「だからっ!! 何度も言っているだろう! こいつら駆逐艦の火力じゃ敵の装甲は抜けない! だから私たちの射程に入るまで、こいつらに盾になってもらう! それのどこがおかしい?」
「那智・・・・貴方こそ、何度言ったらわかるの? 第五戦隊の強みは足の速さにあるわ。駆逐艦には、夜戦での砲雷撃や、私たちが苦手とする対潜水艦戦を担って貰っているの。それを生かす為に私たちがこの子達の護衛をしているの。盾にして使い潰すような真似は、第五戦隊の在り方そのものを否定するようなものよ」
「ハン! 笑わせるな! こんなゴミどもの盾に、私たちがなれと言うのか!!」
《・・・もう・・・どうしてこんな事になってしまったの?》
妙高は、頭が痛かった
今回の覚醒で、妙高は新たなるステージへと駆け上がったポーラとの邂逅を果たした
大いなる刺激を受けた妙高は、妹、羽黒を伴い赤城と対峙するポーラの姿をその目に焼き付けた
自分たち妙高四姉妹も、新たなる高みを目指し、邁進しようと思っていた矢先、記憶を失って覚醒した那智の・・・暴走が始まった
妙高はいつも思っていた
優秀な妹たちに囲まれて、幸せであると
羽黒や足柄は言わずもがな、正義感と男気に溢れ、武人然とした那智の生き様は、姉として誇らしく思っていた
なのに
どうして、こんな事になってしまったのか・・・・
あの誇り高き武人、那智の姿は見る影もなく、今、目の前にいるのは、浅はかで功名心が強く、艦娘としての矜持さえ無くしてしまった《愚か者》だった
妙高は、出来の悪い妹を持った経験がない。こんな風になってしまった那智を何とかしたいと毎日のように小言を呈していたが、当の那智は益々反発するばかりで埒が明かなかった
前・某提督の秘書官として堂々と毒づいていた頃の自信に満ちた妙高の姿は、今やすっかり鳴りを潜めていた
那智の行く末を心配するあまり、どうしようかとおろおろする弱い母親のようであった
それでも
「・・・わかった。 もういいわ。 貴方は貴方の好きなようになさい。だけど、この子達は貴方の好きにはさせない。 そんなにやりたいなら、一人で突撃でも何でもすればいいわ」
大きく溜息をつきながら、最後には「もういい、わかった」といって那智に対し、どこかで見切りをつけるのが、妙高の習い性になっていた
妹たちの事を溺愛してはいても、《公正》である事は、全く以て揺るぎなかった。それが妙高という艦娘であった
だが、それが那智には堪らなく嫌だった。この自分を、愚か者と見下げ果てたような目で見ていると勝手にそう思っていた。妙高の気持ちなど、まるで伝わっていなかった
そして那智は、いつしか妙高の事を憎むようにさえなっていたのである
白昼夢から覚め気がつくと、第二戦速で単縦陣形を保ったまま、不知火が名取や潮たちと、防空についての打ち合わせをしていた。まだ途上とはいえ、不知火は座学で学んだ知識を総動員して対応策を皆と協議していた
「この状況で敵の瑞雲隊と遭遇するのは危険です。那智さんは、私たちに盾になれといいましたが、装甲の薄い私たちは、受け身に回っては20.3cm砲の有効射程距離まで持ちこたえるのは難しいと思われます。まずは索敵を厳にし、恐らくは後方から来ると思われる瑞雲隊を発見次第、進路ニイナナマルに回頭し左舷方向より迎え撃ちましょう。後は教練で学んだ爆撃回避要領に従い急降下のタイミングに合わせて取り舵一杯で回避。これで第一波をやり過ごし、いくらかでも投弾してくれれば、時間が稼げるかと」
「確かに、ぬいちゃんの意見が妥当だと思う。それに相手の嫌なところに弾幕張ってやれば、そう易々とはやられないよね」
「とにかく敵に背後を取られないよう、気付いた人は声をかけて!」
「私たちに残された選択肢はあまりありませんが、皆さん、最後まで気を引き締めて頑張りましょう。あとは・・・・」
旗艦である那智を差し置き、不知火がまるで旗艦であるかのように振る舞っている・・・・・
那智には、そう見えていた
「・・・何をしてるんだお前・・・・」
半ギレになった那智が、不知火の肩を掴む
「瑞雲隊の爆撃対策です・・・自分たちで考えろとの事でしたので・・・・」
「・・・・不知火・・・・・お前、もういいわ・・・目障りだ!」
那智はそう言い捨てると、20.3cm3号連装砲に徹甲弾を装填する
「・・!?」
異変に気付いた不知火は、咄嗟に身を躱そうとする・・・が、
振りほどけない!?
・・・・那智の腕が・・・・・・両腕が、不知火の両肩をガッチリと掴んでいた。そして、不知火の艤装にバレルをカチン押し当て、その直後・・・・・
「ドーーーーーーーーーーーーーーン!」
「ぐ・・・あっ!!」
20.3cm3号連装砲が、不知火の背中を打ち抜く。ゼロ距離から20.3cm砲弾の直撃を受けた不知火の艤装は粉砕し、コアが弾けて数十メートル吹き飛ばされ、海面に着水したかと思うと、そのまま海底へと沈んでいった
だが・・・・
「・・・ぐ・・・・」
信じられない事に、不知火はゼロ距離からの那智の砲撃を受けてもなお、そこに立ち続けていた・・・その膝はガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうになりながらも、膝をつくことさえなかった
だが、それは那智のプライドを痛く傷つけた
「・・・何で立ってるんだ貴様・・・」
艤装を吹き飛ばし、このクソ生意気な駆逐艦にお灸をすえてやるつもりだった
背中を撃たれた不知火は、その場に情けなく突っ伏して、白目を剥いて気を失っているはずだった
だが、不知火は20.3cm徹甲弾によるゼロ距離射撃に耐えきった
「・・・何故だ!?・・・何故駆逐艦風情が私の砲撃を受けて立っていられる!?」
それは・・・・那智からすれば、あってはならない事であった
そして次の瞬間・・・・・・・那智は、信じられない暴挙に及んだ
「ドーーーーーーーーーーーーーン!!!」
「・・・ぐしゃっ!!」
「・・・・あ・・・ぐぅ・・・・・」
艤装の防護を失った不知火の背中を、二発目が貫いた
背骨は粉砕し、右肺は破裂、心臓も弾けて霧散した。不知火はまるで木の葉が舞うように吹き飛ばされたかと思うと、激しく海面に打ち付けられ大破・・・・その艤体はピクリとも動かなくなった
「い・・・いやあああああああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
それを間近で見ていた潮は不知火の返り血を浴び、半狂乱に陥った。名取は青ざめ、若葉は今、目の前で起きた事をすぐには理解できず、思考が停止していた。かろうじて足柄が那智に掴みかかる
「あんた、何やってんのッツ!!!」
そして続けざまに那智の頬を張る
「上官に口答えしたんだぞコイツはッツ!! 撃たれて当然だろうがッツ!!!」
その様子を瑞雲を通して見ていた伊勢と日向は、霞達に作戦行動の中止を伝え、鎮守府の五月雨秘書官代理と夕張、そしてゴーヤに連絡を入れた
「・・・・・バカな奴だ」
日向がぽつり呟く
「いつか何かやらかすとは思ってたけど、まさか味方の背中を撃つとはね・・・」
いつもは脳天気な伊勢も、流石に言葉が少なかった
現場に到着した伊勢は、損傷した不知火を見て驚愕した
「日向っ、充填止血剤を! アタシの分だけじゃ足りないっ!」
「・・・・ああ・・・」
大穴の開いた胸部に充填止血剤を埋め込む。それはとても生きた人間に行う所業ではなかったが、艦娘にとっては、有効な応急処置であった
その間、日向は名取に事情聴取を行い、不知火のコアが紛失した事を知り、急ぎ放心状態の若葉に指示を出し、海底へと沈んだ不知火のコアをソナーで追跡させていた
少し離れた所で、那智と足柄が言い争うのが聞こえる。足柄は、自分が曖昧な態度を取り続けた結果、不知火をこんな目に遭わせてしまったと、激しく後悔していた。だが、那智の方は悪びれずにこう言った
「役立たずにお灸を据えてやったんだ。何が問題・・・・・」
「・・・ゴッッ!!!」
・・・と、那智が言い終わらないうちに、那智のこめかみに衝撃が走る・・・・
「・・・・がっ!!・・・」
「みしっ!」と、音が聞こえたような気がした
そのこめかみには、12.7cm徹甲弾がめり込んでいた
あまりの衝撃に、那智は嘔吐しながら白目を向いてその場に崩れ落ちた。海面にうつ伏したまま、ぴくぴくと痙攣しながら失禁していた
少し離れた所で、12.7cm連装砲C型を構えたまま仁王立ちしている霞がいた
「不知火が大変な時に何やってるのよアンタらは!」
「・・・か、霞ちゃん・・・」
「足柄・・・アンタも大概よね・・・そこのクズを連れて、さっさと消えなさいってば!」
「・・・ごめん・・・・なさい・・・・」
「日向、あとはお願い」
「・・・ああ、わかった」
不知火の応急処置を済ませると、伊勢は不知火を収容し、急ぎ某鎮守府へと帰投した
その間、潮は泣きながらずっと不知火に寄り添っていた
ゴーヤが到着するまでの間、霞達はその海域の哨戒を行い、若葉たちの護衛にあたった
誰もが、沈痛な面持ちで黙り込んだままだった
不知火は、思いの外重傷であった
いかに演習弾と云えど、無防備の背中から20.3cm砲弾をゼロ距離射撃で二発も受けた為、艤体は廃棄寸前のボロボロであった。伊勢達が駆けつけた時には、不知火の胸には大穴が開いていて臓器の大半を失っていた。大量に出血してかなり危険な状態であったが、彼女の機転で充填式の止血剤で傷口を塞いだ事が功を奏し、かろうじて艤体の破棄だけは免れた。下記の事情もあり、通常なら即日回復するはずの高速修復材を使っても、意識が戻るまでに一か月を擁した
艤装の方は更に深刻であった。演習弾では艤装の核(コア)を破壊する事は出来ないため、流石に死に至る事はなかったものの、艤装は艦娘の生命力そのものであり、例え核が残ったとしても、艤装は完全に粉砕されてしまったため、修復は不可能であった
艤装を失った艦娘は、自己修復が出来ない。高速修復材の効果も薄い。夕張が即席で人工心肺を作成し、大鯨が施術と高速修復材の連日投与を続けても、不知火が目を覚ますのに一か月以上もかかったのは、このような事情からであった。言うまでもないが、不知火が艦娘でなければ、即死だった
基町で報告を受けた某提督はそのまま大本営に残り、今後の不知火の処遇について協議した。そう、那智の処遇ではなく、不知火の、である
結論から言うと、不知火には新たな艤装が建造され、かかる建造費用も大本営から70%が支給される事となった
実の所、第一世代の時代と違い、人と交わる事で誕生した第二世代以降の艦娘の建造は不可能になっていた。建造は極めて限定的なものとなり、艤装の建造も莫大な資材が必要とされ、事実上換えの効かないモノとなっていた
この不知火の艤装の建造だけで、某鎮守府の、実に三ヶ月分の資材に相当したのである
もし不知火が、阿武隈が認めた特別な研修生でなかったら、かかるコストと勘案し、退役に追い込まれていた可能性が高かった。このような事情がない限り、不足した資材の補填を大本営が認可する事は通常あり得なかった。もしそうなれば、某鎮守府の運営は事実上立ち行かなくなり、不知火を手放すしかなくなるところであった
かかるコストを勘案しても、将来的に不知火がもたらすであろう戦果は、これまでの阿武隈の育成実績を鑑みた結果、充分におつりが来ると大本営は判断。結果、不知火は艦娘生命をかろうじて繋ぎ止める事となったのである
不知火が演習中に大怪我をした事は、彼女の身内である父親にも知らされたものの、その真相は伏せられた。艦娘が、同じ仲間の背中を撃ち、大怪我をさせたなどという事は、今の時勢を鑑みても、外部に漏らすわけにはいかなかったのである
不知火が意識不明のまま昏睡している間、那智は審問会に出頭、関係者も呼び出され、事情聴取を受けていた
審問官は問う
「第五戦隊旗艦・那智に問う。貴公は、不知火が阿武隈貴下の特別研修生である事を知っていましたか?」
「さぁ、どうでしたか。この那智は、そのような些事には疎い故、よく憶えておりません」
「我々の調べによると、某提督からその旨、説明があった事が判明しています」
「おや、そうでしたか。それは失念していたようだ」
「当時、秘書官を代行していた五月雨の証言によると、あなたが某提督から許可を得ていると言われたそうですね?」
「そんな事は言っていない。何かの間違いではないか?」
それを聞いて、傍聴席の五月雨が堪らずに叫ぶ
「嘘です! 確かに言いました!」
「五月雨よ、よく思い出せ。私は、提督には確認済みと言ったんだ」
「だから、そうじゃないですか!」
「確認はしたが、許可が下りたとは、私は一言も言っていないぞ?」
「そ、そんなっ! 私を騙したんですかっ!?」
「お前が勝手に勘違いして、指示書を作成して大本営の認可を取り付けたんだ。私の責任か?」
「そ、そんなのっ詭弁ですっ!・・・よくもそんな事が・・・・!!」
那智の、あまりの居直りっぷりに、五月雨も言葉に詰まる・・・・審問会に参列した人々も呆れかえっていた
「うわあ・・・」
「これは・・・かなり悪質だな・・」
「那智って、こんな奴だったのか・・・・」
那智の心証は最悪だった。だが、いくつかの事実確認をした後、審問官はこう言った
「事情はよくわかりました。これにて審問会を閉会します」
場内がざわつく。審問会は、裁判ではない。まずは関係者から事情を聴取することが目的である。大本営より追って沙汰があるまで、今すぐ那智がどうこうされるということはない。特に行動の制限もない
だが、審問内容を精査するまでもなく、那智の行動は常軌を逸していた。そこで当面のトラブルを避ける為、大本営は那智に対し、いくつかの制限をつけた
まず、那智の任務参加であるが、某提督の認可がその都度必要となった。それと、異議申し立ては一切認めない。抗議した時点で、即日退役という、厳しい制限が課せられた
これには流石の那智も、黙るしかなかった
この那智の蛮行は、他の鎮守府の知るところとなり、当たり前であるが、某鎮守府に限らず那智の人望と立場はもはや地に落ちていた。某提督の認可以前に、那智と演習を組もうという者は、今や一人もいなくなっていた
あの時、第五戦隊側に参加していた面々は、一様に落ち込んでいた
とりわけ、潮の落ち込みようは酷かった。潮は、那智の評判が悪い事も知っていたし、曙にも止められていた。なのに参加を要請されても断らなかった。気は進まなかったものの、仲間が集まらず困っているのだからと曙の制止も聞かずに安易に参加した。それが間接的とは言え、不知火をあんな目に遭わせる事になってしまった。一歩間違えば、不知火はあのまま退役に追い込まれていたかも知れないと聞いた時、潮は激しく後悔した。潮は、あの事件の後、曙に言われた言葉を思い出していた
「アンタが良かれと思って安易にやった事が、あのバカに加担したのと何が違うっての?」
「もし、あの時背中を撃たれてたのがアタシだったら、今頃アタシは鎮守府を去って、親元に戻ってたでしょうね・・・・生きていればだけど」
その言葉を思い出して、潮はまた号泣した
「そうだ・・・あれがもし曙ちゃんだったら・・・・・いや、そういうことじゃない! ぬいちゃんが特別だったからとか、そんな事じゃない! 誰も・・・あんな目に遭わせちゃいけなかったんだ・・・・・・・・うっ・・・・・うっ・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさいぃ・・・ごめんなさいぃぃぃーーーーうわぁぁぁーーー」
某日、大本営にて
「・・・めずらしい事もあるものです。あなた方が私をここに呼びつけるのは、あの時以来ですね」
陸軍参謀長公務室に、招かれていたのは赤城だった
「皮肉はよせ。 その件についてはもう充分謝罪しただろう? 早速だが、本題に入らせてもらおう・・・」
「はいはい・・・・・で、一体何のご用でしょうか?」
「惚けるな。 艦娘サイドの長としての意見を聞かせて貰いたい」
「私は別に長ってわけじゃないんですが・・・・まぁ、いいでしょう・・・・あの子の件ですよね?」
「そうだ。 君も知っての通り、呉事変以来君ら艦娘への扱いは非常に難しくなった。まぁ、それはさして問題ではないのだが、ただ、今回のようなものが出てきた場合・・・」
「別にいいじゃないですか。不心得者は厳しく処罰する、それに異論はありませんよ。むしろ、あなた方がヘタれてるから、ここまで事態が悪化したんじゃないですか?」
「それについては、管理監督者である前川の責であろう」
「大本営の後押しもなしに、彼だけに責任を負わせるのは酷というものでしょう?」
「む・・・・・」
「あなた方が知りたいのは、艦娘サイドにおける、那智の立場・・・・ですよね?」
「そうだ。君たちの心証を害する事は、極力避けたい」
「・・・最悪ですよ。 あの子は今、完全に孤立してますね。 しかも、その事を何とも思っていない・・・・」
「そこだ。 曲がりなりにも、那智は艦娘なのだ。 なのに最低限のモラルや軍属としての自覚がないまま、仮に厳罰に処したとして、反旗を翻さんとも限らん」
「その時は、私たちで那智を《処分》するので、心配には及びませんよ」
「いや、それも困る。君たち艦娘は、私たち人間とは立ち位置が違う。人の道を外れた艦娘など、あってはならないのだよ」
「きれい事ですね・・・今の艦娘は人と交わっているのだから、そういう事もあるでしょう。そんな面倒くさい事を考えているから、こんな事になるんじゃないですか?」
「それを言われると返す言葉もない・・・・が、それでも、ここは何とか那智を矯正の方向で事を収めたい・・・・何とか・・・できないだろうか?」
「・・・・・まぁ、矯正できるかどうかはわかりませんが、あなた方の希望に添うように、出来なくもないですよ」
「要望があれば、必要な辞令はこちらで出す。やり方は、君に任せる」
「狂った猟犬が、ただの《モルモット》になるかも知れませんが?」
「・・・・・それでいい。 やってくれるか?」
「手付けとして、呉名物のメロンパンを《赤城》換算で三日分、某鎮守府に送って下さい」
「・・・・了解した。 安上がりで助かる」
「もう、いいのですか?」
呉港の並木通りで、加賀が待っていた
「ええ、彼らは全面的にこちらに協力してくれるそうです」
「不知火の容態は相変わらずのようです」
「そうですか・・・あの子はあぶちゃんのお気に入りでしたからね・・・・ちょっと可哀想な事をしました」
「それにしても、嘆かわしい事です。たかだか記憶がない位で、あのような無様を晒すなんて・・・・」
「今後の事もありますからね。那智には、キッチリお灸を据えてやります・・・・・・・て、アレ?・・・・・閉まってますね・・・元祖メロンパン。 定休日じゃなかったはずですが?」
「あ、それなら、先程私が美味しく頂きました。今、とても気分が高揚しています」
「かっ、加賀さ~ん(涙)」
「《加賀》換算で、メロンパン三日分、某鎮守府に送らせましたので、あとで分けてあげます」
「あ、それならさっき、私も頼みました(笑)」
「なら、広島焼き、食べましょう、広島焼き。 ああ、流石に気分が高揚します」
「おほっ! それいいですね! 行きましょう」
今後の事・・・と、赤城は言った。それは、今生の事ではなく、次の世代として覚醒するであろう未来の《那智》の事であった
通常艦娘は、軍艦として、艦娘として、そして人としての記憶を全て内包して覚醒する
このままだと、次に覚醒する那智は、今のろくでなしの記憶を抱え込む事になる
軍艦としては凡庸な那智であったが、艦娘としての那智は、男気があって人望も厚く、裏表のない、実に気持ちのいい人物であった。そんな彼女が、今の那智をはたして許容出来るだろうか・・・。いずれにせよ、未来の那智が、深く傷つく事は避けられない。ただ、少しでもその傷を浅いものにしてやりたいと、赤城は考えていた
「那智さんならきっと・・・・今の那智を叩きのめして欲しいと願うでしょうね・・・・・だから、一切の手加減はしません・・・・」
どうしてこんなことになってしまったのだろうかと赤城は思う。だが、考えても詮無い事であった。万が一にも彼女が自らの行いを正し、少しでも悲惨な未来を和らげてくれることを祈るしかなかった
「今の那智は、多分ダメでしょうね・・・矯正というより・・・・《去勢》になっちゃうかも・・・」
事件より一週間後、大本営より那智へ通達があった
辞令
第五戦隊旗艦、那智殿
この辞令を受け取った日時を以て、妙高型二番艦・那智(以下、甲と表記)は、次代の甲が覚醒するまで第五戦隊を名乗る事を禁ずる。但し、隊そのものは存続可とするものである。
また、本隊に属する艦娘は、同日より数えて十日以内に不服を申し立てれば、本隊の除隊を認めるものとする。
通達
妙高型二番艦・那智殿
この通達を受け取った日時を以て、妙高型二番艦・那智(以下、甲とする)に対し、以下の処分を下すものとする。
1 任務の参加に関する制限
今後、甲の任務への参加は、某提督の入念な精査を受けた後、許可が下されない限りにおいては、一切の任務への従事を禁止するものとする。
2 異議・申し立てに関する制限
某提督以下、秘書官に対し、今後一切の異議・申し立てを禁ずる。
3 勧誘活動に関する制限
過去に甲より誹謗・中傷その他の被害を受けた艦娘に対し、一切の勧誘活動を禁ずる。
4 任務の遂行に関する義務
甲は、今後も月3回の任務遂行を遵守する事。これを怠った場合は、別途、特別任務に強制参加しなければならない。
5 特別任務に関する条項
甲が任務遂行義務不履行となった場合、特別任務に強制的に参加しなければならない。
特別任務は、大本営が新たに定めた規定に従い、複数回施行されるものとする。
特別任務は、同鎮守府の重巡以下の艦娘との単独、または複数による対戦形式の演習である。
また、対戦相手及び甲と艦隊編成を共にする艦娘は、大本営主導で指定するものとする。
以上、甲はこれらの項目を尊種する事。これらに従わない場合は、甲を退役処分の後、標的艦として実弾を以て撃沈処分とする。
「第五戦隊を名乗るのを禁ずる・・・だと・・?・・・・そんなバカなっ!!」
辞令を見た那智は、衝撃を受けていた。旗艦から外される可能性は考えていた。だが、まさか今生において、第五戦隊から外されてしまうとは、夢にも思わなかったのである
第五戦隊は、那智にとっては今生における支えであった。そこに所属し、且つ旗艦として居続ける事が、彼女のアイデンティティーとなっていた
第五戦隊を取り上げられ、一人放り出された那智に、近づくものは足柄以外誰もいない
異議の申し立ても禁じられている。破れば撃沈処分が待っている
「何だこれはっ!! ふざけるなっ!! これでは・・・・これでは何も出来ないではないかっ!!!」
一人荒れ狂う那智に、足柄がぽつりと呟く・・・
「自業自得でしょ・・・・私から見たら、随分温情が入ってると思うけど?」
「これのどこが温情だ!!」
「味方の・・・ぬいちゃんの背中を撃ったのよ那智は・・・・普通なら即撃沈処分でしょうに・・・これが温情でなくて何だというの?」
「くっ・・・・こんなふざけた話があるか・・・」
《・・・わかってないわね、那智は・・・・これはもう・・・赤城さんの言うとおりにするしかない・・・・か・・・・》
那智は、足柄が自分の事を《なっち》と呼ばなくなっている事さえ、気付いていなかった
「・・・そんな事より、今後の心配した方がいいんじゃない?」
「わかってるさ! 足柄、とりあえずあと四人・・・いや、三人でいい、集めるぞ!」
「あのさ、那智・・・あなた、もしかして私を勘定に入れてる?」
「当たり前だ! お前抜きで第五戦・・・あぁ・・・もう、第五戦隊は名乗れないんだったな・・・・」
「まぁ、第五戦隊を名乗れないだけで、隊そのものは残るんだからいいじゃない」
「・・・なに、第五戦隊には必ず復帰する! この那智の力でな! 当面は那智戦隊とでも名付けようと思うのだが、どうだ?」
「・・・いいわね、那智戦隊。 頑張んなさいよ」
「何を他人事みたいに・・・お前も一緒にやるのだろうが」
「あぁ、やっぱりわかってなかったか・・・・ごめん那智・・・。私はもうあなたとは一緒にやれない」
「ん・・? 何を言っている?」
「霞ちゃんからね、礼号組を復活しないかって誘われたんだよね・・・・で、つい先日、OKしてね・・・もう、登録申請も済んでるのよ」
「ちょっと待て、なんでそんな勝手な事を!」
「勝手なのはあなたでしょ? 姉さん達の忠告は聞かない、駆逐の子たちには酷い扱いをする、挙げ句の果ては、ぬいちゃんの背中を撃って大怪我を負わせる・・・いい加減、愛想が尽きたわ」
「だからそれは・・・」
「ぬいちゃんは未だ目を覚まさないでいるのよ・・・・あなた何も感じないの!? 信じられないっ!!」
「・・・反省は・・・してるさ・・・」
「那智・・・あなたわかってないみたいだから教えてあげる。 あなたが背中から撃って破壊したぬいちゃんの艤装・・・あれ、再建造するのにどれだけの費用がかかるか知ってる?」
「知らん。それがどうした? 賠償しろとでも言うのか? それくらい・・・・」
「うちの鎮守府の運営費用の三ヶ月分よ。私たちが演習や哨戒に使用する燃料、弾薬、修理に必要な鋼材や、施設を稼働させる為の光熱費、その他諸々・・・一体いくらするのか、私には見当もつかないけど、少なくとも那智にどうこう出来る額じゃないことだけは確かね」
「ば、ばかな・・何でそんな額に・・・」
「知らないわよ。提督も建造予算を巡って大本営と随分揉めたらしいわよ。だって、資材の三ヶ月分よ? もし全額ウチでかぶることになったら、鎮守府運営が不可能だって聞いたわ。結局、赤城さんが間に入って七割出して貰える事になったらしいけど、それでも一ヶ月分近い予算を持ち出しだって。向こう何年かは、ウチの鎮守府は活動縮小は避けられないって・・・」
「・・・そんな・・・」
「・・・これでも、温情じゃないってまだ言える? 提督が、あなたに賠償しろ、とか、責めたりとかしたの?」
「・・・・・いや・・・・なにも・・・・・言われなかった・・・・・」
「もし、建造予算が捻出出来なかったら、ぬいちゃんはあのまま退役する所だったのよ・・いえ、ぬいちゃんは特・教導艦が指名した特別研修生だったから、提督も粘り強く交渉して何とかなっただけ・・・・・もし、他の子だったら、間違いなく退役になってた・・・・・」
「・・・・い・・・あ・・・私は・・・・」
「たとえ過去の記憶がなくても私の姉には違いないって思ってたから・・・・色々大変だと思ったから・・・・・今まで庇ってきたけど・・・流石にもう無理。 あなたは・・・・私の姉じゃない・・・なっちは、あんな酷い事絶対にしないものっ!!」
「・・・・・・・・・」
「こんなぬるい裁定で済ましてる所を見ると、多分何らかの制裁があるんじゃない? 覚悟しといた方がいいわよ?」
そう言い捨てると、足柄は那智を置いてその場を立ち去った
「・・足・・・柄・・・・・お前まで・・・・私を見捨てるのか・・・?」
「あの、こんな感じでよかったですか? 赤城さん?」
自信なさそうに足柄は尋ねる
「ん~、あの、未練たらたらで後ろ髪引かれるような感じはちょっと減点ですが、まぁ、いいんじゃないですか?」
「やっぱり・・・・やるんですか?・・・アレ・・・・」
「どのみち彼女と艦隊組んでくれる子は、この鎮守府にはもういないでしょうから、必然的にそうなるんじゃないですか?」
「・・・ですよね・・」
「そんなこの世の終わりみたいな顔してたら、それこそ妙高さんに申し訳ないですよ? 聞き分けのない妹相手に、毎日毎日根気よく諭してたじゃないですか彼女」
「・・・考えてみれば、妙高姉さんが一番心を痛めていたのね・・・・私ってバカだ・・」
「これからあの子はたった一人でやらなきゃいけなくなる・・・・一人では、何も出来ない事を、身を以て学ばなければなりません・・・・まぁ、無理かも知れませんが、それでも、次の那智さんに変な負い目を背負わせたくありませんからね・・・徹底的に《折り》にいきますよ」
「次の・・・なっち・・」
赤城にそう言われて、足柄は、はっとする
そうだ・・・このままじゃ、次になっちが覚醒した時、彼女が苦しむ事になる。例え記憶がなかった時の粗相であっても、なっちは自分のした事を決して許しはしないだろう
「だから、私たちは、今のままの那智を許しちゃいけないんだ!」
《・・・やれやれ、ようやくですか》
足柄は、那智に甘い。彼女を逃げ道にしている間は、いつまでたっても拗れた那智の道程を正す事は難しい
程なくして、提督の元へ四通の転属願いが提出された。言うまでもなく、足柄、名取、若葉、潮の四人である。その中に、不知火の転属願いはなかった。彼女はまだ意識が戻らないままでいた。役所仕事の弊害とでも言うべきか、いかなる理由があろうと、本人直筆の書類でなければ申請を受け付けないのが大本営である
要するに、不知火がこのまま目を覚まさなければ、那智戦隊(仮称)に残留することになる。その事実を知った潮が、提督は無論の事、大本営にまで足を運んで嘆願したが、徒労に終わった
潮は、憤っていた
一人の艦娘の悪意から始まった負の連鎖が、不知火を抜き差しならぬ状況へ追い詰めている・・・・そして、それは自分も例外ではない・・・・
つい先日の事、後悔と自責の念に堪えきれず、泣き暮らしていた潮に対し、
「そうやっていつまで泣いてるつもり? アンタ全然進歩してないわねっ!」
「ううっ・・・だってぇ・・・・ぐすっ・・・・・」
「潮はいいわよね・・・・そうやって泣いてれば気が晴れるんだから」
「そ、そんなこと・・・・」
「ぬいぬいがアンタの立場だったら、どうしてたんだろうね?・・・・ま、アイツは潮の立場に立つようなヘマはしないでしょうけど」
「・・・曙ちゃん・・・」
「潮はそれでいいの?・・・それで、何か変わるワケ?」
「・・・・ううん・・・よくない・・・・なにも・・・かわらないよね?」
「だったらアンタに出来る事、何か考えなさいっ! しっかりしてよ! 潮は七駆の・・・曙たちの《エース》なんだから・・・」
「・・・うん・・・・ありがとう、曙ちゃん・・・・」
「あの、赤城さん・・・」
「あら、潮ちゃん? どうかしましたか?」
「・・・・相談があります・・・聞いて貰えますか?」
そこには、いつものおどおどした気弱な潮の姿はなかった
やる時はやる・・・武勲艦《潮》の面構えだった
《・・・おや・・・・これはまた・・・・・》
まさか、潮にまで火を付けるとは・・・・
赤城は思う
《・・・那智さんの今回の覚醒・・・・何か意味があると思いたいですね・・・・・》
羽黒 01 無双の羽黒・・・・に続く