かつての姿を取り戻した羽黒の前に、手も足も出ずに一蹴される那智
そしてその一か月後、更なる刺客が那智を待ち受けていた
それは某鎮守府の誰もがぽんこつと侮るポーラだった
憤る那智
だが、戦いの行く末を見守る提督や赤城たちは、そこに違う未来を見ていた
たった四発の砲弾しか使えない縛りを科せられたポーラの、本当の力の一端を
足柄は目の当たりにするのであった
(2021年3月17日 原案執筆 2021年8月22日 執筆)
「うわぁぁぁーーーーーっ!!・・・・・・・ぁ・・・・・・・あ!?」
目が覚めると・・・そこは自室のベッドの上だった
「・・・あ・・・あぁ・・・・そう・・か・・・・・・負けたのか・・・私は・・・」
特別演習の初戦・・・・妹、羽黒との対戦で完膚なきまでに叩きのめされた。その後、高速修復材を使わず入渠でのたうち回った所までは記憶がある・・・
思わず、自分の体を・・・右足を探す・・・・ないはずの右足は、そこにあった
左腕も・・・・ある・・・・・頭も・・・・触れる・・・
右足は、雷撃で消し飛んだはずだった。羽黒の一斉射で左腕も、胴も・・・・頭部さえも吹き飛んだような気がする・・・
「・・・・・・・・・・」
ベッドから起き上がり、彼女は洗面所へ向かう。無性に体がダルい・・・・体中の節々が痛む・・・まるで体中がぐちゃぐちゃに破壊されたような・・・奇妙な・・・嫌な感覚が蘇る・・・・
いや・・・・痛みはない。体の傷は、完治していた
痛いのは・・・・・心に刻み込まれた・・・・・傷の方であった
顔を洗い、タオルで顔を拭う。そして鏡に映った自分の姿をまじまじと見つめる・・・
そこには、恐怖と苦痛のあまり、まるで縞馬のように黒髪と白髪が入り交じった那智の姿があった
「・・・は・・・・はは・・・・これが・・・・私か・・・・・・」
「・・・くっ・・・・」
「くそぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!!」
特別演習の先陣を任され、無事任務を果たした羽黒は、最後にもう一度、未だに意識の戻らない不知火を見舞い、くじけそうな心を奮い立たせ、再び欧州へと旅立った
その戦いぶりは、赤城をも充分納得させるものであった。そして早くも翌月の最終日を迎え、二人目の刺客が選ばれようとしていた
「じゃあ、ポーラぁ、これはわかるぅ?」
居酒屋鳳翔で、【安酒同盟】の定期集会という名の単なる飲み会が開催されていた。この【安酒同盟】は第一世代の頃から数えて今年で66年目を迎えた、由緒ある(?)うわばみコミュニティーであるw
今夜の催しは、ソムリエ対決《安酒限定》である。挑戦者が持ち込んだワインの銘柄を言い当てられたら、景品としてそのワインをその場でラッパ飲みできるという、まぁ例によってどうでもいい趣向であった
本日の挑戦者は、もうすっかり出来上がっていて上機嫌な酒豪村雨である。対する【安酒ソムリエ】はポーラであった
「おー、この香りは、レゾムル・ド・カンブラス・シャルドネですぅ~、辛口の中にもっ、フルーティーな酸味が堪りませ~ん! あとぉ、1000円位で買えるのでぇ、お財布にもやさしい所が気に入ってますぅ~」
「おぉ~っ! 当たってるぅ! さすが安酒ソムリエ! じゃ、これは?」
「おー、この青リンゴとラ・フランスの香り・・・・・・これはプロセッコ種の葡萄ですねぇ・・ズバリ、マルティーニ・プロセッコ! ポーラ大好きなんですよぅ! 子供の頃からっ、ジュース代わりに飲んでました~ 辛口の中にも仄かな甘み・・・しゅわしゅわが堪りませ~ん イタリア万歳!」
「よくわかるわね・・・スパークリングワインならわからないと思ったのになぁ」
「シャンパンならまだしもっ、プロセッコでポーラは騙せませんよぉ~」
「てか、子供が酒飲んだらダメだろ!」
「え~、ポーラ、よく聞こえませ~ん」
そういいながら、ポーラは既に二本とも一気に飲み干していた
「おのれポーラめぇ・・・・じゃあこれならどうよ! 提督のワインセラーからくすねてきた高級品よ多分! ポーラ貧乏だし、安酒ソムリエにはわからないでしょ!」
「安酒対決はドコいったんですかぁ~?」
「うるさいうるさいうるさいっ! とにかく飲みなさいっ!」
「ん~いい香りですぅ~・・・どれどれぇ~・・・・・・・お・・・」
「どうしたの?ポーラ。 もう降参?」
「・・・・・こ・・・これは・・・・・ドメーヌ・ルフレーヴの傑作白ワイン・・・シュヴァリエ・モンラッシェ・シャルドネ、しかも格付けはグラン・クリュ、その2662年モノですぅ・・・・ポーラはどちらかというと甘口の方が好きなんですけどぉ、このワインは別ですよぉ・・・素晴らしいっ、素晴らしいですぅ!!」
「え~、そんなに美味しいかなぁ? モンラッシェって、Ama○onとかでよく売ってるやつでしょ?」
「ムラ~サメェわぁ、何か誤解してませ~ん? ルフレーヴ家のヴィンテージワインが○mazonで売ってるわけありませ~ん ポーラもっ、40年前に一度口にしたきりですぅ」
「・・・え”・・・・ひょっとしてコレ・・・・めっちゃお高いやつ?」
「どうでしょう~? 40年前なら20万もあれば買えたですけどぉ~・・・今の相場でもぉ、流石に100万はしないと思いますよぉ~」
「・・・・マジ?・・・・ちょっとこれ・・・やばいかも・・・・て、ポーラ? あれ?」
いつのまにか、ポーラの姿が見えなくなっていた
「あ~、ポーラなら、逃げたぞ」
大ジョッキのラーデベルガーピルスナーでレバーソーセージを丸かじりしながら、ビスマルクがぼそり
「えっ?? ええ~っ!!」
「早く捕まえないと、モンラッシェの空瓶でケツバットの刑になるお前の未来が・・・・・見えるゾッッッツ!!」
「ひっ! ちょ、ちょっとポーラァーーーードコいったぁ~~~~!?」
「いやですぅ~ こんないいワイン、今度はいつ飲めるかわかりませ~ん!」
遠くでポーラの声が聞こえた。流石に一気飲みは勿体ないと思ったのか、隠れてちびちび戴く算段のようである
「ちょっと、待ちなさい!・・・待ってぇ~!、お願い~!!!! ケツバットいやぁーーーーーー!!」
必死にポーラを追いかけようとする村雨だが、傍から見たら、廊下で泳いでるようにしか見えなかった
「もうっ、村雨ちゃん、飲み過ぎですよ?」
うつ伏せになって平泳ぎをする村雨を、鳳翔さんが仰向けに返すと・・・
「・・・・くかーーーーーっ!!」
既に寝息を立てて轟沈していた
「あらあら、これはもう正座24時間コース確定かしら?」
「それにしても、ポーラさん貧乏なのに、どうしてモンラッシェのヴィンテージの味がわかるのかしら?」
ビスマルクのご相伴に預かり、やはり大ジョッキでラーデベルガーをいただきながら、香取は不思議に思う
「あ~、それはですね~」
休暇で日本へ観光で遊びに来ていたイタリアが答える。飲み会と聞いて、ちゃっかり客員扱いで臨時入会していた
「ポーラの実家は元貴族で、今でも裕福なんです。トスカーナにワイナリーを幾つか所有してるらしいですよ。だからじゃないですかね?」
「え~、じゃあ何でお金ないのポーラは?」
「お金持たせたら、あるだけワインに注ぎ込んじゃうからじゃないですかね?」
「だから貧乏なのかアイツ・・・・・完全に負のスパイラルに陥ってるな」
そんなポーラを見て、ビスマルクは溜息をつく。ふと、イタリアと目が合う・・・・
彼女は、ビスマルクの視線に気付くと、少し困ったような、複雑な表情をして、やはり小さな溜息をついていた
ポーラの事を知る欧州艦なら、誰もが同じ反応を示したかも知れない・・・・
「・・・全く・・・・何をやっているんだアイツは・・・・・」
そう呟くと、彼女は
「ホーショー、ラーデベルガーのおかわりを頼む!」
鳳翔は、少しばかり荒れ気味のビスマルクにお酌をしながら
「・・・ああ見えて、ポーラさんはとても楽しそうに見えますけどね・・・・」
「・・・・それじゃあ、私の気が済まん・・・・オイゲンだって・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
その後ポーラは、波止場でモンラッシェの空瓶を抱きしめて寝てる所をザラに捕まり、村雨と一緒に執務室前の廊下で三日間正座させられたのであった
執務室にて
「まったく・・・あの二人にも困ったものだ」
とっておきのモンラッシェを飲まれ、某はまだ不機嫌であった
「ポーラさんはともかく、村雨ちゃんまでおいたするなんて意外でしたね」
昨日の某提督の激高ぶりを思い出し、大淀は笑いを堪えるのに必死であった。ザラと鳳翔に執務室まで引きずられてきた二人は、執務室の前で正座させられ、朝までお説教をくらっていた
「村雨はともかく、ポーラはルフレーヴ産のヴィンテージがどれだけ貴重だかわかってただろ! どうして飲んだ!?」
「だってだってぇ~、こんないいワイン、生きてる間にもう飲めないかも知れないと思ったらですねぇ、気が付いたら胃袋の中にぃ・・・」
「俺だってそうだ! バカヤロー!!」
「提督が怒ったですぅ~! ごめんなさ~い(涙)」
その横でザラが提督に平謝りしていた
「申し訳ありません提督! 代わりの白ワインを手配しますのでどうか・・・」
「ありがとうザラ。口利きだけしてもらえれば、代金はこちらで払うから」
「いえ、そういうわけには・・・」
「ポーラの給料から天引きするから問題ない」
「あぁ、そういう事でしたら・・・・・ポーラっ!!ちゃっちゃと働いて、ちゃんと返済しなさいよ!!」
「え~、そんな事したらポーラぁ、ツケが払えなくなりますぅ~」
「ツケって・・・・ポーラ・・・まさか鳳翔さんとこでツケで飲んでないですよね?」
「えっ・・・・えっとぉ~・・・・・・・(大汗)」
「信じられない・・・・あれ程現金払いにしなさいって言ったでしょ!・・・・もうっ、どうするのよっ!?」
「一生かけて弁償するから勘弁して欲しいですぅ~・・・・・・・うぷ・・・」
「・・・あ・・」
「バ、バカ!よせっ!! せっかくのモンラッシェを吐くなっ!!」
「えろえろえろえろえろえろえろえろえろえろーーーーーーーーーー!」
「あ”ーーーーーーっ! 勿体ない! 頼むからやめてくれ~!」
そして10分後
「げーーーーーーーーー、うぷ・・・・・はぁ~~~、楽になったですぅ~~~~・・・・・・あ・・・・あのぅ~~~~、えっとぉ・・・・怒ってますぅ?」
「・・・・ぴきっ!!」
日頃温厚な某提督が、とうとうキレてしまった
「ポーラ・・・・・お前に罰を言い渡す・・・・執務室前の廊下で72時間正座な! それとその前に自分でリバースしたモノを片付けろ! いいなっ!」
「ひいい~~~~! ポーラ、正座なんて30分位しか出来ませ~ん! 無理ですぅ!」
そして三日目の朝
「・・・大淀・・・・ポーラの様子はどうだ?」
「ガチ泣きしてましたよ? 何でもするから助けて~って(笑)」
「ふむ・・・・そうか・・・」
「?・・・どうかなさったんですか?」
「いや、例の那智の特別演習の対戦相手なんだが、大本営が指名してきた」
「指名って・・・・ひょっとしてポーラさんをですか?」
「ああ・・・・だが、ポーラは受けないだろう。赤城さんの時でさえすんなり「うん」と言わなかったからね・・・」
「あぁ・・・あの仕切り直しの事ですか・・・・あれは凄かったですね・・・・・成程、流石に那智さんとでは実力差がありすぎますからね」
「あの酔っ払い、そういう所だけはちゃんとしてるからな・・・・だけど・・・」
「・・・ああ、そういう事ですか。提督もお人が悪いですね・・・ふふっ」
「ま、それが私の仕事だからね。私的には、ポーラが断ってくれても構わないのだが」
「と、いうわけだが、どうするかね? ポーラ?」
「やどぅ~! やでぃばずでずぅ~! だがらおでがい~だずげでぇ~! あ”じがいだいどぉ~!(号泣)」
《ホントにガチ泣きしてるな・・・ちょっとやりすぎたか》
「まだ足が痺れるですぅ~」
ふくらはぎをさすりさすりしながら、涙目になるポーラであった
ワインの飲み逃げはするのに、正座から逃げ出さずにキッチリ罰を受けるところがポーラの不思議なところであった
「きっちり仕事してくれたら、ワインの弁償額は半分にしてやる。やれるか?」
少し複雑な表情でポーラは語る
「て~とくぅ・・・・ハグゥ~ロはぁ・・・本気で戦ってましたかぁ?」
ポーラの質問は、某には少し意外だった。彼の認識では、ポーラは他の艦娘との対戦は無論の事、他所での演習などにはまるで無頓着であった。あの赤城との対戦でさえ、特に関心を示している様子がなかった程である
それは・・・彼女が未だに艦娘を続けている理由を鑑みれば、無理からぬ事であった
「意外だね・・・どうして、そんな事を聞くのかね?」
「・・・大事な事ですぅ~・・・・」
「・・・本気・・・だったと思う・・・・痛々しい位にね・・・・」
「・・・そうですかぁ・・・でもでもぉ・・・それだけじゃあ、ダメですねぇ~・・・・・」
「・・・何か、知っているのかね?」
「・・・・・・・・・・・」
その沈黙は、ポーラが何かを知っていると言っているようなものであった。だが、彼女は話したくない事は決して口にしない。意外と頑固な所があった
「君が乗り気じゃないのはわかってる。だが、言ってみればこれは君の正座と同じだよ」
「・・・・シラ~ヌイ・・・・ですかぁ・・・・」
「それもあるが、何より那智の為でもある。君は前世じゃ那智とは飲み友達だったじゃないか。今のままじゃ、彼女と旨い酒を飲めないだろう?」
「何で知ってるんですかぁ? て~とくぅって、もしかして結構なお年頃?」
「隼鷹から聞いたんだ・・・てゆうか、私を年寄り扱いするな!」
「・・・・て~とくぅは、どうして欲しいと思ってるですかぁ?」
「彼女を圧倒して欲しい。圧倒的な力の差を見せつけ・・・出来れば恐怖も植え付けて欲しい」
「・・・本当にそれでいいんですかねぇ・・・・ポーラぁ、何か違う気がしますぅ・・・・」
「心配しなくても、本来の彼女は強い心を持っている。ここで叩き潰す事が、《次》の那智を救う事になると思う」
「・・・それじゃあ、ダメですぅ・・・・・」
「・・・え?」
「・・・・て~とくぅ・・・次じゃあ、ダメなんですよぉ~・・・・・」
「・・・・ポーラ?」
安酒同盟の中に、いつもいたはずの那智の姿が、今はなかった。それは、ポーラにとって少し淋しい事であった。那智と交わす酒は、本当に気持ちが良くて・・・好きだった
ポーラにとって、かつての那智は数少ない友人の一人であり、理解者でもあった
酒の席で、お互いの悩みや葛藤を吐露し合う事もあった
それ故かはわからないが、ポーラには、今の那智の姿の理由に、心当たりがないでもなかった
それでも、かつての友人に「ぽんこつ」呼ばわりされ、廻りに当たり散らす那智を見るのは正直、少し辛かった
「・・・・ナァ~チ・・・・そのやり方じゃあ、ダメですよぅ・・・・・・」
そう、言ってやりたかった・・・
結局のところ、ポーラは那智との対戦自体は了承したものの(正座が死ぬほど嫌だったから)、提督の要望については、その場では首を縦に振らなかった
当日、那智と対峙してその時の状況を見て決めると、ポーラは言った
なので某提督は、最終的にどうするかは彼女の裁量に任せる事にしたのである
某日、小笠原諸島南端、硫黄島の旧自衛隊基地へと、ポーラと那智、それとその関係者一行が来ていた
特別演習二戦目、那智 vs ポーラの対戦である
が、那智は憤っていた
「ふざけるなっ! ポーラだとっ! 相手になるか、あんなポンコツ!!」
前回の特別演習の初戦、那智は妹の羽黒と戦った。いかに相手があの武勲艦の筆頭、羽黒だったとはいえ、本来の那智ならばその実力差は殆どないに等しい。勝敗の行方はともかく、普通ならいい勝負が出来るはずだと、誰もがそう思っていた・・・・
軍艦としては凡庸だった那智だが、艦娘としての那智は優秀だった。日々の鍛錬を怠らず、常に精進してやまなかった彼女は、本気の羽黒と互角に渡り合える希有な重巡艦娘であった。戦績でこそ羽黒に負け越していたものの、敗北を糧にそれを上書きするだけの努力を積み重ね、何度でも立ち向かった。羽黒と那智との戦いは、お互いがお互いを高め合い、見ている者を魅了した。そんな那智だからこそ、駆逐艦娘たちの尊敬を一身に集めていたのである
だが、それは遠い昔・・・・第一世代の頃の話である
ある時期を境に、二人は本気で戦う事はなくなっていた・・・いや、羽黒が本気で戦わなくなってしまったのである
羽黒と那智との間に何があったのかは、恐らくは本人達にしかわからない・・・・
ただ、
それ以来、二人の戦いぶりはかつての輝きを失い、精彩を欠いたものになっていた
そして今の那智は過去の記憶を失い、かつての崇高なマインドや、それまで積み上げその身に刻み込まれているはずの熟達した戦闘経験やスキルも、鳴りを潜めていた
仮にも第五戦隊旗艦だった那智に対し、某鎮守府の艦娘達も敬意を払ってはいたものの、日頃の那智の言動や行動に困惑し、そして少なからず幻滅していた
そして・・・・那智は羽黒に完膚なきまでに叩きのめされた
そのあまりに無様な負けっぷりに、艦娘達は、かつての那智はもういない事を悟り、何ともやるせない思いを抱いていたのである
那智は、廻りから同情とも哀れみとも受け取れる視線を向けられている事を・・・・・・ひしひしと感じていた。だが、それがどのような感情からのものなのか、那智には知るよしもなかった
那智の苛立ちは・・・・頂点に達していた
そんな時、次の対戦相手がポーラであると知らされた・・・・大本営にも、提督にも自分が侮られていると那智は受け取った
羽黒に瞬殺された那智など、《ぽんこつアル重》と揶揄されるポーラで十分だと思われているような気がして、腹立ちが収まらなかった
「・・・上等だ・・・ポーラなど、一蹴してやるっ!」
気合の入る那智とは裏腹に、ポーラはいつもと全く変わらなかった
「ザラ姉さまっ、これでルフレーヴ産のモンラッシェが半額ですよぉ~!あの時全部飲んどいてよかったですぅ~!」
「ポーラ、お願いだからもうやめて! 姉さま恥ずかしいです・・・・それよりも準備はいいの?」
「大丈夫ですよぉ~! ァカ~ギィならともかくぅ、ナァ~チじゃ、相手になりませ~ん」
「・・・・誰が・・・相手にならない・・・だと!!」
その言葉を聞いて、那智はポーラの前ににじり寄り、胸倉を掴む
「ちょっと、那智さん! 放しなさいっ!!」
慌てて仲裁に入ろうとするザラに構わず、ポーラは続ける
「・・・・昔はともかくぅ、今生においてポーラはハグゥ~ロには負けた事ありませ~ん。そのハグゥ~ロに瞬殺されたナァ~チじゃっ、相手にならないのは当然ですよぉ?」
「・・・羽黒に・・・だと!?」
その言葉に那智は敏感に反応する
実際に手合わせをした羽黒は、本当に強かった。認めたくはないが、まるで手も足も出なかった
だが、そんな羽黒に対し、那智は奇妙な感情を抱いていた。羽黒に敗北した事は確かに悔しかったが、それでも、圧倒的な力を見せつけられた事に、何故か誇らしい気持ちにもなっていた。何故そう思ってしまうのか、自覚はなかったのだが・・・・
「嘘をつくな!!貴様ごときにやられる羽黒じゃない! アイツは・・・凄いんだ!・・・お前なんかに・・・・・・・・・・・・・・・・」
気がつくと、そう口走っていた
そんな那智の姿に、ポーラは思わず笑みが零れていた・・・・そんな那智が、嬉しかった
「・・・・やっぱりぃ、そんなになっちゃっても、ナァ~チはナァ~チですねぇ・・・・でもでもぉ・・・・」
「・・・それだけじゃあ、ダメですよぅ・・・」
「・・・・何がダメだ!? 何の話をしているっ!?」
非情にも、ポーラは那智に《哀しい事実》を宣告する
「今のナァ~チは弱すぎで~す・・・・そんなんじゃっ、ポーラ本気になれませんよぉ?」
「なん・・・だと・・・っ!!!」
更にポーラは続ける。その言葉には挑発する意図はなかったが、結果的に那智の闘志に火を付ける事となった
「なんでしたらポーラぁ、今日は二発しか撃たない事にしますぅ? それならぁ、ひょっとしたらナァ~チでもっ、勝てるかも・・・・いや・・・う~ん、微妙ですぅ」
「・・・二発・・・だと!?」
怒りを通り越し・・・全身がわなわなと震える・・・・
「・・・・・舐めるなっ!!」
掴んでいたポーラの胸ぐらを突き放し、那智は吠える
「・・・・全力だ・・・全力で来い!・・・・お前を・・・叩き潰してやるっ!!」
「・・・・・そうですかぁ・・・・・・どうしてもこうなるんですかねぇ・・・・・・」
「・・・Ricevuto・・・・ナァ~チ・・・・ポーラぁ、本気で相手してあげます・・・」
二人は千鳥ヶ浜から海上に出ると、那智は東側、そしてポーラは西側へとそれぞれが硫黄島を挟むように位置し、無線誘導に従い指定された海域へと散ってゆく。そして複数回の座標指定の後、目的地・・・・戦闘開始地点へと到着する
「!?・・・・・そうか!・・・・そういう事か・・・・」
前回の羽黒との対戦で、那智が早々に捕捉された理由・・・指定された座標に対し、馬鹿正直に真っすぐ向かっていった自分の愚かさにようやく気付いたのである。これは那智の成長を促すための某提督の指示であった
「・・・今度は・・・負けん!」
そして、戦闘開始の合図が通達される
【演習は開始された! 両艦出撃!! 両艦、戦闘開始せよ!】
那智の装備は20.3㎝(3号)連装砲を1、2番スロットに搭載し、3、4番スロットには、零式水上偵察機を8機ガン積みしていた
先日の羽黒との戦いで、索敵に大いに遅れを取った事を考慮しての構成であった。一応那智なりに考えての事である。那智にしては珍しく、索敵の訓練も行っていた
対するポーラは、1、2番スロットは言わずもがな、203mm/59 連装砲 unoと、dueである。3スロには二座式に改装された五十八試Re.2000P アストーレserie4が二機搭載され、制空と索敵を兼務させていた。そして4スロには本演習より正式配備され41式を賜ったアンサルド・UB・シエルヴァC.45RPという、かつてポーラの姉であるフィウメが運用テストをしたオートジャイロ、その改良型が二機搭載されていた
ここ半年余りのポーラのスロット編成は、ほぼこれが鉄板となっており、索敵役が他に就かない限り、変動はない
オートジャイロと言えば、対潜哨戒機としてカ号観測機が知られているが、運用するのは対潜装備を有する軽巡や軽空母、水母が殆どである。本来であれば、重巡であるポーラがオートジャイロを搭載する事は出来ないはずであるが、このシエルヴァに限って言えば、過去にフィウメが運用テストをしたという史実に強い補正がかかっているらしく、その限りではなかった
これは極めて珍しい事例であったのだが、一部の艦娘を除き、《ぽんこつアル重》と蔑まれているポーラが他の艦娘に注目されることは殆どなかったため、この希少なオートジャイロが一体何のためにあるのかを気にする者は、殆どいなかった
仮にいたとしても、あのポーラの事だ、潜水艦を見つけたらいち早く逃げるために違いないと、そう思われる位が関の山であった
そして・・・今回から、ポーラの補強増設には夕張が開発中の対空兵装、試製Breda-Bofors 57mm/70 単装機関砲 Type109が収められていた
那智は、最初のスタート地点から戦闘開始地点を結ぶ直線を目安とし、北より120度、進出距離30海里、高度500で索敵機全機を発進させた
流石の那智も、少しは考えるようになっていた。スタート地点からポーラの移動速度を鑑み、この範囲内に必ずいると踏んでの索敵である。これなら10分以内にポーラを見つけられるはずであった
対するポーラは、開幕早々に洋上迷彩が施された41式アンサルド・UB・シエルヴァC.45RP二機を発艦、高度5mという超低空でゆっくり展開させていた。それ以外は特に索敵機も出さず、適当に現海域を漂っていた。一応来た方向を戻るように進路を取ってはいたが、この時点では特に何も考えていないように見えた
例によって、Fase-system封印限定下であっても、ポーラの関わる通常演習以外の戦闘・・・・本気の戦闘は全て非公開扱いとされており、本戦闘の日時や戦闘海域も伏せられていた
単なる演習でありながら、小笠原諸島最南端の硫黄島まで訪れていたのはそのためである。ここには再編された旧USAF第6軍が設置した無人哨戒艇が当海域を海上封鎖しており、極秘演習には最適と言えた
今回の閲覧者リストは以下の通りである
鳳翔 赤城 加賀 蒼龍 飛龍 利根 ザラ 足柄 大淀 夕張 阿武隈 神通 シロッコ 伊58
前回閲覧者リストに名を連ねていた妙高と羽黒は、海外遠征のため不在。某鎮守府においてポーラと初の対戦者であった赤城は今回はそのまま観戦する側に回っていた
イレギュラーな情報漏洩から真実を知る事となった足柄は、妙高型の姉妹艦という事もあり、今回から閲覧を許されていた
因みにあの後夕張は守秘義務違反のバツとして、不知火の回復を待って三日間の独房入りがオーダーされていた
「あの時は、ホントゴメンね夕張」
平謝りする足柄であった
「まったく・・・アタシ本当に忙しいんだから、ああいうのもうやめてよね?」
まだ不知火の回復もままならない状態ではあるが、砲撃アシストシステムの開発者でもある夕張は、その立場上ポーラの演習に立ち会い様々なデータを取らなければならなかった。その為、不知火の艤装再建造を明石に任せ、ポーラに同行していた
文字通り、今の夕張は急を要する重要案件が山積みとなっており、目が回るほどに忙しかったのである
「今度埋め合わせするから許して!」
「ま・・・気持ちはわかるけどさ・・・」
「ね、夕張・・・こういう戦いって、ポーラ凄く不利じゃない? だって偵察機の搭載数、那智の1/4しかないわよ?」
「アレ、偵察機じゃなくて、一応水戦なんだよね・・・・索敵も兼ねてるのよ」
「え? 何で?」
「どうしてって言われてもねぇ・・・だって必要ないもの・・・・ま、見てればわかるわよ」
「そろそろですかねぇ・・・」
戦闘開始時刻から3分程経過した頃、ポーラは艦首に埋め込まれた固定式カタパルトからアストーレserie4を2機発進させる
そしてポーラの行く手の前方5海里付近に高度1500で展開させていた
そして程なく、那智の索敵機5号機が、ポーラの艦影を捉える
「よし、見つけたぞ!あとはこれを叩くのみっ!」
「やあっと見つけてくれたですねぇ・・・・とりあえずアレ、落としちゃいますぅ」
前方の海域に展開していた二機のアストーレserie4は背転し、1000mの高度差を垂直に急降下すると、死角となる真上から那智の索敵機5号機を強襲、12.7mm機銃が主翼を打ち抜き前方を抜ける
この、五十八試Re.2000P アストーレ(大鷲の意)serie4は、イタリア王立空軍の名機マッキ MC.200 サエッタと飛行試験で争い、速度、運動性共にそれを上回る程の性能を誇ったRe.2000 ファルコ(隼の意)の派生形である。水上戦闘機として改装されたアストーレserie4はカタパルト発進可能な強度を持つ機体として、空母を持たない王立海軍の艦隊防空を担い、ヴィットリオ・ヴェネトや水母ジュゼッペ・ミラーリアに搭載されていた
その機体を、夕張が二座に改装し偵察任務も可能としたのが本機であった。水戦化する事で機体性能が低下しているとはいえ、出自がイタリア王立空軍が誇る第一線級の戦闘機だけに、零式水上偵察機では抗えるはずもなく、これをあっさり撃墜する
水爆や水戦を積めない妙高型の那智は、こちらの位置を特定する以外は何も出来ないため、この水偵撃墜は触接を断ち切るというよりも、別の意図がポーラにはあった
「何っ! 墜とされたっ!? いや・・・大体の位置は掴んだ! 他の索敵機を全機向かわせるまでだ!」
程なくして、ポーラのGUFO MDF(Matrice Di Fase) Radar EC-9 terが、方位30度から90度の範囲で那智から発進した水偵の機影を全て捉えていた。監視モード時の索敵距離は80km・・・・・迂闊にレーダーにかかる高度を取ったため、かなり早い段階でその動きを補足していた
「ひぃ、ふぅ、みぃ、・・・・一機墜としたから・・・これで7機全機ですぅ・・・・てことわぁ・・・・」
ポーラのその身に生まれつき実装されている・・・・ポーラを《イタリアの至宝》たらしめている最大の要因・・・《射撃指揮装置アルテミス》が、測的データから各水偵の未来位置の予測を完了していた。そしてそこから過去の位置を逆算し、到着した時間差から水偵が飛来して来た方位と、おおよその座標まで特定する
「・・・えっとぉ・・大体あの方向ですかねぇ?・・・」
GUFO MDF Radar EC-9 terには、那智の艦影はまだ映っていない・・・未だ半径34km圏外にいる事になる
ポーラは、二機のアストーレserie2を、那智がいると思われる海域へと向かわせる。そして事前に発進させていたオートジャイロ、シエルヴァC.45RPの配置を修正する
そしてポーラは、あっさりと自艦の位置を晒した那智に対し、小さな溜息をつく
「・・・噂通り、ダメダメですねぇ~・・・・なぁ~ち・・・・」
相手が赤城なら、自分の位置を気取られるような間抜けはしない。索敵範囲外からポーラの全周を囲み全方位から攻めてくるため、この方法は使えない
あくまでも那智の装備編成と、頭の中身を考慮してのものであった
周辺では、水偵7機が周りをうろうろしていたが、ポーラはそれに構わずゆっくりと航行していた
「・・・あの子たち・・・せめて半分くらい瑞雲だったらぁ、爆撃ぐらい出来たのにぃ・・・なんか可哀そう・・」
ポーラに同情される零式水上偵察機たち・・・・
これが航巡なら水爆による開幕爆撃を警戒しなければならないところであるが、那智が相手では、索敵で後手に回ったところで全く怖くなかった
だが・・・・
ポーラは、GUFO MDF Radar EC-9 terを射撃モードに切り替える。MDFはMatrice Di Fase(位相行列)の略、つまりフェイズドアレイアンテナの事である。同一周波数のパルス波をタイミングをずらしながら9500回/sもの頻度で電波の波の向きを変える事が可能で、広範囲を移動する複数のターゲットを一瞬で追尾し続ける事が可能であった。主砲発令所の演算に必要な測距・照準をリアルタイムで回収し続ける事が出来るのである
但し、ポーラはGUFO MDF Radarが二基しか搭載されておらず、全周囲を同時に索敵する事は出来ない。通常は頭部の射撃方位盤室の外周をゆっくり旋回させる事で周辺の監視を行っているが、射撃モード時は二基のMDF Radarを任意で移動させる事で攻撃に特化した測距・照準を行っている
因みに監視モード時の索敵距離は80km、射撃モード時は50kmである。お世辞にも索敵範囲が広いとは言えないが、その分パルス波の発信回数が異常に多く、より精密な索敵が可能となっている分、ポーラ向きの設定であるとは言えた
若干の指向性はあるものの、艦娘に実装されている電探の中では間違いなく最強クラスの装備であった。そして7機の水偵の座標データは、主砲発令所へ送られ、水偵の未来位置が全て特定されていた・・・・そして
今回は、夕張の肝入りで導入された、ある装備のテストを兼ねていた
試製Breda-Bofors 57mm/70 単装機関砲 Type109
あの名機、Bofors 40mm/70 単装機関砲の上位機種で、イタリアのブレダ社が生産ライセンスを獲得し海軍向けに開発したType-107をベースに、例によって夕張が改修を施していた
といっても、取り立てて目を見張るような事は何もしていない。それよりも本装備はポーラとのフィット補正・・・相性が相当に悪く、マイナス補正が強力にかかっていた。シエルヴァとは対照的である
なので、夕張が行ったのはその補正の傾向の調整・・・・言うなれば、何を残し、何を捨てるかの調整であった
この装備の本来のスペックは俯角-10/77度、俯角速度57度/s、旋回速度44度/s、弾速1200m/s、有効射程18000m、発射速度220発/分というとてつもないもので、夕張としてはこの装備でポーラの弱点の一つである防空能力を補完しようと考えていた
だが、ポーラの補強増設枠で搭載すると、俯角/旋回速度は変わらなかったものの、発射速度が12発/分、発射可能弾数の上限がたったの8発しかなかったのである
弾数を増やそうとすると、今度は初速が反比例して激減し、この砲本来の持ち味をスポイルしてしまうのである
ポーラと相談した結果、別に8発でも構わないとの事だったので、パフォーマンスを下げない方向で落ち着いた。だが、これは最早機銃というにはあまりにも歪であった。まるで魚雷の搭載数並みである
夕張が知りたかったのは、この状態の装備がポーラにとって有用なのか否かの判定である。どのみち兵装としては落第なので、ダメ元で那智との演習で試す事になったのである・・・・・が、
この試製Breda-Bofors 57mm/70 単装機関砲 Type109の有効射程距離は18000m・・・・・那智の水偵は、迂闊にもこの射程圏内を飛行していた
「実機を撃つのはこれが初めてですけど・・・・・これはちょっと・・・参考にならないですねぇ・・・」
対艦装備を持たない水偵相手では、殺気の籠ったやりとりは出来ない・・・・しかも触接目的にしては迂闊に近づきすぎる・・・・・
ポーラにとっては、的ですらなかった
「ま、いいや・・・・撃ちますよ~・・・・・・・Fuoco!・・・・・5秒経ちましたFuoco!・・・・・Fuoco!・・・・・F・・・・」
5inch砲よりもかったるい発射速度でポーラはおよそ30秒間撃ち続け、残弾1を残し、全弾命中で全て撃ち落した
そして水偵との通信が途絶え、那智は動揺していた
「・・なっ!・・・・まさか・・・・やられたのか!?・・・・・一機残らず、だと!?」
そして、今度は逆にポーラの水戦・・・五十八試Re.2000P アストーレserie4が那智の艦影を捉えていた。その距離28マイル(45.06km)
ポーラの所有する水戦、五十八試Re.2000P アストーレserie4は、彼女がまだイタリアはナポリ鎮守府に所属していた頃、友人のアクィラが、夕張に頼んで開発させたものであった
アクィラは、前の大戦でポーラの索敵役を務めていた。今でもポーラの本当の力が健在である事を知っている数少ない艦娘の一人である
ポーラの日本行きが決まった折、索敵役を失ったポーラの助けになって欲しいと、アクィラに頼まれ開発したのが五十八試Re.2000P アストーレserie4だったのである
因みにアクィラと夕張とは、何世代にも渡る友人同士である。歯に衣着せぬ夕張と、明らかにどこかのネジがぶっ飛んでるアクィラとは、不思議とウマが合った
そんなアクィラの頼みとはいえ、尋常ではない彼女の剣幕に夕張はすぐに返事をせず、内情を調査したのだが・・・・
裏取りをする過程で、夕張はポーラとザラの過去の経緯に辿り着き、真実を知ってしまっていた
どこか冷たくて非情に見える夕張だが、その実こういう話には弱かった
夕張はアクィラには真実を伏せ、これを了承。ポーラが来日した時には既にアストーレの初号機が完成していたのである
これまで十一回の改修を行い、速度、運動性能、航続距離の改善を図ってきたが、流石に限界が来ていた。夕張的には、次のベース機はマッキのMC.205V ヴェルトロか、M.C.72辺りを検討していたのだが、それはまた別の話である
「ポーラぁ、実弾揚弾はじめま~す・・・・うんしょ!・・アレ?これはいつかの酒瓶?・・・これはおいといて・・」
「装填できました~! あとは撃つだけですよぅ・・・・あ、そういえば、て~とくぅが何か言ってたような・・・・」
「そうそう、普通に撃ったら2発で沈んじゃいますぅ・・・・全部撃ちたいっ、撃ちたいですぅ~・・・・えっとぉ・・・」
「あ、そうだ! 前にっ、ゅう~ばりぃが言ってたアレ、やってみましょう~!」
「ちょっと痛いけどっ、艦娘はそれぐらいじゃ死にませんから。大丈夫っ! ポーラぁ、艤装に当てるヘマなんて絶対しませ~ん」
砲撃を始める直前に、格納庫に忍ばせておいたキアンティ クラッシコ ベルトルッチ・モンテヴェルディのボトルを取り出す
因みに、ベルトルッチ・モンテヴェルディとは、ポーラの実家が経営するワイナリーの商標であった
「・・・・散々、仲間や人の血を見てきたのにぃ・・・今更ですけどぉ・・・やっぱ気が引けますぅ・・・」
子供の頃から愛用しているサンジョヴェーゼの意匠を凝らしたソムリエナイフを起用に使い、包装を剥がし、慣れた手つきでコルク栓を抜く
「・・・・これから友人を地獄に叩き落すんですからぁ・・・・美味しいワインでも飲まなきゃやってられません・・・・・」
そしてポーラは、キアンティを一本丸ごと一気に飲み干す
「・・・お・・・こ、これは・・・・・・Padre(お父様)、いい仕事をしてますですぅ・・・・やっぱりぃ、ゆっくり飲めばよかったですぅ! 勿体ない事をしたですぅ!」
実家から送られてきたキアンティ・クラッシコは、ポーラを落ち着かせる効果はあったようである
本日のポーラの使用可能砲弾数は僅かに4発・・・・しかもいずれも戦闘用の徹甲弾ではなく、ステンレス合金製のプレ・ウォーミング弾に過ぎなかった。砲弾重量はFase-3徹甲弾の約半分・・・・・威力は無論の事、軽量のFase-1砲弾は空気抵抗の影響を受け射程も落ちる上に命中率も悪化する・・・・・
本気のポーラといっても、その実態は翼をもがれ、両の手足を縛られた状態での【本気】なのであるが、当然の事ながら、那智には知る由もない事であった
それでも、である
そしてポーラと那智との相対距離は、203mm/59 連装砲 uno、そしてdue(Fase-1時)の有効射程距離である38.208kmに到達する
那智は未だ水平線の向こう側にいた
当然の事ながら、GUFO MDF Radar EC-9 terには、那智の艦影はまだ映っていないはずであった・・・・・だが、
「・・・・ナァ~チが望むなら・・・ポーラァいくらでも本気で相手してあげます・・・・・記憶がなくたって、ナァ~チなら・・・きっとわかってくれるはず・・・・・」
そう、一言だけ呟くと・・・・那智との間に描く放物線の軌道を見据え、ポーラは撃ち方を開始する
「いいですかぁ~? 撃ちますよぉ~? ・・・・・Fuoco!!」
「ドーーーーーーーーーーーーーン!!」
僅かに仰角を下げ、4秒ほど間をおいて再び
「ドーーーーーーーーーーーーーン!!」
照準を僅かずつ変えてやはり4秒後に
「ドーーーーーーーーーーーーーン!!」
以下略
「ドーーーーーーーーーーーーーン!!」
計四発の砲弾を、時間差4秒間隔で発射した
全弾撃ち尽くしたポーラには、もう攻撃の手段が57mm単機関砲弾一発しか残っていない・・・・
つまり、事実上この時点でポーラの戦闘は終了したのである・・・・・が、
ここからは、誰にも真似のできない、ポーラだけの時間だった
初速1,680m/sという、ライフル砲としてはとてつもない速さで射出されたその砲弾は・・・・・・約23秒後に・・・・・那智の航行する海域へ到達する
超長距離射撃・・・・
38kmにも及ぶ遠大な距離の砲撃である・・・・が、間には様々な要因が作用している
風の動き、潮の流れや波のうねり、大気中の湿度や温度、地球の自転運動によるコリオリ力による弾道変化・・・・・
更にはバレルの生み出す散布界の乱れやジャイロ回転によるプレセッション効果の影響・・・
これらの要因が複雑に絡み合って、弾道諸元の解析をより困難にしているのである・・・・・つまり、
実弾砲で超長距離射撃でターゲットを貫くという行為は、只の幻想でしかない・・・・事実上不可能な領域なのである
レッジアーネ 五十八試Re.2000P アストーレserie4から送られてくる観測データは、砲弾がターゲットに到達するおおよそ23秒前の座標である
23秒後の未来のターゲットの位置を、100%掴んでいなければ、補足は不可能
ましてや距離38kmとなると、ポーラにとっては水平線の向こう側のターゲットとなるため、測距は無論の事、照準も物理的に不可能である
通常は観測機などによる弾着観測結果を受け、座標を修正しながら次射を行うのであるが・・・・
実の所、アストーレは制空と索敵は担うものの、ターゲットのおおよその座標をポーラに伝えるだけで、測距は無論の事、弾着観測射撃にも直接関与していない
では、どうやって測距を行い、ターゲットの未来座標を割り出しているのか?
戦闘開始と共にいち早く発進したオートジャイロ、アンサルド・UB・シエルヴァC.45RPは、現在ポーラの左右前方15海里に展開していた
アンサルド・UB・シエルヴァC.45RPは、元はシエルヴァ・オートロジー・カンパニーのライセンス生産によってLiore et Olivier社で製造されたシエルヴァC.30をベースとし、かつてはポーラの二番目の姉、フィウメにて発艦テストが行われた事で知られている
アンサルド社は同機をベースに、ポーラの射撃照準アシストを行うユニットとして開発が進められていた機体であるが、例の事件により開発が凍結され、夕張が開発資料を入手するまで放置されていた
そしてRipetitore Passivo・・・・
レーダーの電波を反射し、水平線より遠方のターゲットを補足する為にアンサルド社が開発した照準アシストシステムである。開発テストには【ウェーブ・ライダー】の能力を持つシロッコが任命され反射板を搭載、洋上でアルテミスによる照準制御のテストを行っていた。開発は順調で、制御システムはほぼ完成していた。最終的にはオートジャイロ、アンサルド・シエルヴァC.45RPに搭載し運用される予定であったが、機体制御に問題を抱えており開発は難航していた。そして例の事件によりこれも開発は凍結され、シロッコが運用するテスト機を残し、全て廃棄されていた
そう・・・・夕張がこれらのシステムデータを入手し、開発を続行していた。皇紀2736年5月・・・・ディレニア海海戦前夜に行われた旧・アンサルド・エネルジアの地下格納庫のガサ入れの時に流出したものであった
二機のアンサルド・UB・シエルヴァC.45RPは、ポーラの前方15海里(27.78km)にて左右に展開、洋上に静止した。RPは、Ripetitore Passivoの略、つまり同システム搭載型を意味していた。そして・・・・・・
シエルヴァは、とある座標を示す空中に・・・・・【完全静止】していた・・・・・アンサルド社でも成し得なかった偉業を、後を引き継いだ夕張が結実していたのである
そしてシエルヴァに搭載されたRipetitore Passivoは、GUFO MDF Radar EC-9 terから発せられたパルス波を反射し、アストーレから送られてきた那智の座標を元に、射撃指揮装置アルテミスの統制下で反射板を制御し、照準を合わせる
これにより、レーダーの見通し距離・・・つまり、D ≒ 2.2(√H1 + √H2)の公式、水平線に左右されない照準射撃を現実のものとした
ポーラのレーダー、GUFO MDF Radar EC-9 terは、監視モードなら半径80km、射撃モードなら50km遠方の精密測距・照準が可能で、このシステムの導入により、今まで使われる事のなかった射撃モードのフルスペックと主砲発令所が連動し、そして・・・・・・
これらの情報を元に、射撃指揮装置アルテミスが本来の能力を解放し、那智の未来位置と弾道を100%という、神の如き精度で解析・予測する・・・・
そしてこの測的結果を受け、それを実行しうる唯一の武器・・・・アルテミスの弓と矢・・・・・それが203mm/59 連装砲、そしてGranata Perforante Fase-3砲弾であった
但し、Fase-3砲弾は有事以外での使用は封印されている為、本演習では非戦闘用のプレ・ウォーミング弾であるFase-1での実演であった
ポーラの愛機・・・203mm/59 連装砲が放つ砲弾は、大空に美しい放物線を描き・・・水平線の向こうへ消えてゆく・・・
そしてその軌道上に捉えられたターゲットは、それから逃れる術を持たなかった・・・・
ザラ級重巡3番艦・・・・・いや、4番艦ポーラ・・・
あの赤城をして、「どのような理屈でターゲットに当てられるのか理解不能」とまで言わしめた、怪物であった
そして
天空から大落下するその初弾は、那智の顎を掠めた
「ゴッ!!」
「・・・がっ!!!・・・・な・・・に・・・?・・・・」
一瞬、那智には何が起きたのかわからなかった。ポーラの位置はわかっている。まだ40km近く離れた所にいる・・・・砲撃は・・・・あり得ない・・・・
だが、その数秒後には、更なる砲弾が那智の頭上に迫っていた・・・・・今度は、那智の目にもそれが見えた
だが、動けない
先程の砲撃のダメージで意識が飛んでいる間に、二射目がもう目の前に来ていた
「ゴッ!・・・メリッ・・・」
那智は、刻一刻と迫りくる徹甲弾の恐怖を感じながら、まるでストップモーションのように砲弾が自分の頭部にめり込んでいく様をその身で感じていた
「い・・・痛い・・・痛い痛い痛いっ!!!!」
既に、那智には何が何だかわからなくなっていた。ただ、自分に迫りくる恐怖と痛みを、まざまざと感じながら・・・・そして三射目が既に頭上に落下していた
「パーーーーーーーーン!」
左側頭部が弾け飛んだような気がした・・・・左側の視界が・・・・なかった・・・・
そして・・・・四射目・・・・・
「うあっ・・・・・いやだ・・・・・もう・・・・うあぁぁぁぁぁーーーー!!」
「ドシャッ!!」
頭の取れた、人型の人形のようなものが・・・・その海面にぱったりと倒れた
その艤装には、傷一つなかった
「・・・うそ・・・・何で・・・・・」
その光景をモニター越しに見ていた足柄は呻いていた
「何であそこまでするのっ!? 途中で勝負はついてたじゃない!!」
二戦続けての惨劇を目の当たりにして、足柄は半ば半狂乱になっていた
無理もなかった。ポーラとは、つい先日まで二人でバカ話をして笑いあったばかりだった。心なしか、尊敬の念さえ抱いてすらいた・・・・
それが
「・・・羽黒も・・・・ポーラも・・・二人ともおかしいよ!!!」
そんな足柄に、夕張はどこか冷たく言い放す
「着弾までおよそ23秒ってとこかしら・・・・・二発目で勝負がついたからといって、既に撃っちゃった砲弾を途中で止められると思う?」
足柄は、夕張のその言い方が酷く癇に障った
「だったら、一度に四発も撃たなきゃよかったじゃない!! ポーラなら、結果がどうなるかわかってたでしょ!!」
その言い草に、一瞬夕張の顔色が変わる・・・・そしてすぐにいつもの無表情な素面に戻る
「四発も・・・・ねぇ・・・・・・・ポーラは、文字通り砲弾を四発しか積んでなかった・・・・それも徹甲弾じゃなくて非戦闘用のプレ・ウォーミング弾よ・・・・」
「・・・非戦闘・・・?・・・・何それ?」
「文字通り、バレルに自然な余熱を与える為だけの砲弾よ・・・・砲弾重量だって、徹甲弾の半分しかない・・・・只のひょろひょろ弾よ?」
「嘘!・・・・だって・・・・・」
「ぬいちゃんの背中を撃つような卑怯者を相手に、そんなひょろひょろ弾4発だけで戦わなければならなかったポーラが、何でそんな風に言われなきゃなんないワケ?」
「・・・・っ・・・!」
「これだけのハンデを貰っているのに、こんなに一方的にやられる那智さんが弱すぎるのが問題なんじゃない? それに・・・・・」
「そもそも、これは、提督のオーダーなんだから、文句があるなら提督にいいなさい・・・・それよりも足柄さん、あなた何か忘れてない?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・そもそも何でこんな制裁紛いの演習をやる羽目になったのかってその理由・・・あなた、目の前で見てたよね?」
「・・・そ・・それは・・・・そう・・・・だけど・・・・・」
「大体、ポーラはこの演習に初めから乗り気じゃなかった・・・・提督に無理やり引っ張り出されて、それでも二発しか撃たないにしようかって言ってたじゃない!?・・・ポーラを挑発して本気にさせたアイツの自業自得でしょ!」
「・・・・っ!・・・・」
いつになく感情的になっている夕張の姿を見るのは、足柄は無論の事、他の艦娘達も初めてであった
《・・・・らしくないわね・・・こんなのアタシじゃない・・・》
「・・・ごめん、ちょっと言い過ぎた・・・」
「・・・いえ、夕張の言う通りよ・・・・私の方こそごめんなさい・・・・」
《・・・そう・・・夕張の言うとおりよ・・・わかってる・・・・わかっているけど・・・・》
「・・・とりあえず、ポーラは一発だって艤装に当てたりなんかしていない・・・・だから入渠すれば元通りよ・・・安心して・・・」
「・・・・・・うん・・・・」
「・・・ぬいちゃんは・・・・・まだ、目を覚まさないのよ・・・・回復の目途も立ってない・・・・」
「・・・・そう・・・よね・・・・・ごめん・・・・・なさい・・・・・・・」
「・・・友人を撃たなければならなかったポーラの気持ちも察してあげて・・・」
「・・・・うん・・・・・そう・・・だよね・・・・」
記憶を失う以前の那智とポーラが古い友人同士である事は、足柄もよく知っていた。当時の足柄は、何故那智がこんなポンコツ娘とウマが合うのかまったく理解出来なかった
《・・・いいえ、理解しようともしてなかっただけよね・・・・》
本当は・・・・日頃姉妹達にさえ見せた事のない忌憚のない那智の姿を、ポーラの前でだけは見せていた・・・その事が・・・・少しだけ羨ましかっただけかも知れない・・・・
「・・・ごめんなさい・・・・私からも謝罪します・・・足柄さん・・・」
「・・・え?・・・・」
ザラ・・・だった
「・・・夕張も、ポーラやぬいちゃんの事を気遣ってくれて・・・・とてもうれしい・・・ありがとう・・・」
「いや、私は別に・・・」
「私も・・・かつてはポーラの為に随分酷い事をした事があるの・・・・だから、足柄さんの気持ちはよくわかるつもり・・・・」
「・・・ザラ・・・・ごめん・・なさい・・・・酷い事言って・・・」
「気にしないで・・・私も・・・ポーラも・・・・こういうの慣れているから・・・・・」
そういう間もなく、
「だからっ! そういう所だからっ!!!!」
そう、一言だけ言うと、夕張はとうとう堪え切れずに泣き出してしまった
「もう・・・泣かないで・・・夕張には感謝してるの・・・・本当よ・・・・」
「うるさい・・・もう・・・知らないっ!」
《・・・・やっぱり・・・夕張は知っているのね・・・・》
忘れようとしても・・・・どんなに拭い去ろうとしても決して消える事のないザラとポーラの忌まわしい過去・・・・
もう何十年も・・・・少なくとも今生においては一度も涙を流した事のない夕張は、ザラの胸の中で子供のように泣き崩れていた・・・・
そんな二人の姿を見て、足柄はただただ、戸惑うばかりであった・・・・・
ぬい 05 ~回想~砲撃指南 に続く