絶撃の浜風   作:絶撃@

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阿武隈の元で砲撃の基礎を学ぶ不知火

そろそろ頃合いと見た阿武隈は、不知火をとある艦娘に託す

それは、某鎮守府で「ぽんこつアル重」と噂されていたポーラであった

偶然ポーラの射撃訓練に居合わせた不知火は、その尋常ではない射撃能力に驚愕する

そして・・・





不知火編 04 ~回想~ 砲撃指南

 (2021年3月17日 執筆)

 

 

 

 

 

「次で最後ね。それ終わったら、好きに飲んだくれてもいいから」

 

 最後のGranata Perforante Fase-1の入ったAMMO-BOXをポーラに渡し、夕張は端末のグラフ越しにセンサーの動作チェックを行っていた。ポーラと夕張の、いつもの光景である

 

「ゅう~ばりぃ~、その言い方わぁ、納得いかないですぅ~。ポーラぁ、酔っ払いじゃありませんて」

 

リロードしながら、ポーラはまったく説得力のない抗議を試みる

 

「格納庫に酒瓶隠し持っておいて何言ってんだか。くだらない事言ってないで、さっさと撃ちな」

 

 ポーラの胸元に挟まったスキットルを引っこ抜き、それで尻をひっぱたく。これもいつもの事だが、夕張はポーラには容赦ない

 

「最近のゅう~ばりぃわぁ、何だかいらいらしてるですぅ」

 

「そりゃイラつきもするわよ。誰かさんのおかげで工廠の予算も大分減らされたからね。砲弾の調達も滞ってるワケよ」

 

「ポ、ポーラ、何かしでかしたですかぁ? 酔ってる間に、何か壊しちゃいましたかぁ? ひょっとして、ゅう~ばりぃの私物にえろえろしたからですかぁ?」

 

 

「やっぱりお前か! アレやったの!!!」

 

半ギレ気味に、ポーラのふくよかほっぺを抓り上げる

 

「いだだ、いだい!いだいですぅ~!」

 

「私の私物をダメにしたからって、予算減らされるワケないでしょ。那智よ那智! アイツのやらかしで、ぬいちゃんの艤装、再建造になったじゃない。あのしわ寄せがね・・・」

 

「・・・・しら~ぬぃ~・・・ですかぁ・・・・」

 

赤く腫れ上がったほっぺを摩りながら、先程までとはうって変わって口数が少なくなる

 

「・・・大鯨さん達が見てくれてるけど、ぬいちゃん、まだ口も聞けないのよ・・・・艤装がまだ完成してないから、治りが悪くてね・・・・アタシもこのあと明石さんとまた合流しなけりゃならないし・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

「・・・アンタ、ぬいちゃんの事、割と気に入ってたもんね」

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一ヶ月前、射撃演習場にて

 

 

 

「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

 

 

不知火につきっきりで、阿武隈が砲撃の基礎をレクチャーしていた

 

 

「弾道から目を離さないで! 砲弾の姿勢と、横に流れていく所に注意してみて」

 

 

「はいっ!」

 

 

12.7㎝連装高角砲から打ち出される砲弾を目で追う不知火。ライフリングにより右回転を与えられた砲弾は、直線的な軌道を描きながら撃ち出されてゆく

 

 

 

「・・・これは・・・!?」

 

 

 

そして不知火はモニター画面を確認する。放物線を描いて下方変移する砲弾は、徐々に右に流れ続けていた

 

 

 

「・・・やはり右に・・・流れている?・・・これは・・・・どういう事でしょうか?」

 

 

 

 座学で事前に学んでいたとは言え、不知火にとって感覚的には想定外な砲弾の動きであった。着水が確認された後、阿武隈が言う

 

 

 

「どう? よく見えた?」

 

 

「・・はい・・しかしこれは・・・」

 

 

 

不知火がレクチャーを受けているテーマは、定偏についてであった

 

 定偏とは、施条によって生み出される旋転によって砲弾が横にずれる現象の事である。馴染みのないものには少々難解な内容なのだが、リトルリーグ時代にジャイロボールの使い手であった不知火にとって、定偏とは、中々に興味深い内容だったようだ

 

 

「野球のボールとは、全然違うのですね・・・・これはとても興味深いです」

 

 

マグナス(揚力)効果の出方が、砲弾とボールとではまるで違う事に、不知火は感銘を受けていた

 

 

「不知火は、撃ち出された時は左に流れ、回転軸が下を向いてから右に流れるものだと思っていました」

 

 

「そうねぇ、ボールはどこから見ても丸いから、ジャイロ回転で揚力は生じない・・・・でも、砲弾は細長いからね、歳差運動で砲弾が弾道切線より絶えず上向きになろうとするでしょ? 結果的に揚力が発生しちゃうのよね」

 

 

時津風が聞いたら、「なんのこっちゃ?」と頭を抱えそうな、少し難しい話であったが、不知火はというと、目を輝かせるばかりだった

 

 

「施条が右回転で入っているじゃないですか? それなのに、左には曲がらないのですね」

 

 

「う~ん、厳密にはね、空気密度の低い左へずれようとはしてるんだけど、それよりもプレセッション効果による影響の方がずっと強いから」

 

 

「具体的には、どういう事なのでしょうか?」

 

 

「打ち出された砲弾の弾道は、どうしたって放物線を描いてどんどん下に向かっていくでしょ? でも、砲弾にはジャイロ回転がかかっているから、打ち出された時と同じベクトルを維持しようとするの・・・それで結果的に砲弾の前側の顎が上がったみたいになって、空気抵抗で砲弾が上向きに起こされちゃうワケ。わかる?」

 

 

「・・・・あ、それで・・・・・右回転の砲弾のベクトルは前方、そして空気抵抗によって引き起こされる縦回転によって歳差運動が引き起こされ、そのベクトルは右、という訳ですか・・・・」

 

 

「そ! 前方と右方向のベクトルの合力は右斜め前を向くから、その方向に砲弾がずれていくワケ」

 

 

「なるほど・・・不知火は大変な思い違いをしていました。右回転の砲弾は、昇弧においては弾速が早く、プレセッション効果の影響も少ない為弾道は比較的直進し安定している・・・しかし降弧に於いてはジャイロ回転による砲弾ベクトルと軌道との乖離によりプレセッション効果が大きく働き弾道が右にずれ続けるという事ですか・・・」

 

 

「そういう事・・・・・てゆうか、ぬいちゃんてば理解早すぎ! 優等生ですか!」

 

 

「はい」

 

 

「・・・まぁ、知ってたけどね・・ホントぬいちゃんは手がかからない子ねぇ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「ぬいちゃんには、本当に驚かされるなぁ。センスだけじゃなくて、賢い上に真面目さんなんだから。うふふっ」

 

 

「今のあぶ姉さまのお話を踏まえた上で、もう少し続けてもいいでしょうか?」

 

 

「うん、そうして!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから小一時間程、不知火は砲撃を通して弾道の動きのイメージを捉え続けた。それがまるで自分の手で投げ出されたかのような感覚になるまで、然程時間はかからなかった

 

 

 今更であるが、やはり不知火という艦娘のセンスは尋常ではなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、良かったのでしょうか? あぶ姉さま?」

 

 

「うん。型は完璧。大分見えてきたみたいだからずれに対する照準補正も及第点かなぁ・・・あとは応用と・・・射撃の精度を、もっと上げるのと、どっちがいい?」

 

 

「応用は、基本が固まってから取り組むべきかと。なので射撃精度をもっと高めたいと考えます。」

 

 

「そっか。なら、その方面のスペシャリストに話つけといてあげるから、少しの間、彼女に師事してみてみて」

 

 

「・・・彼女・・・とは?」

 

 

「あれ? 射撃演習場でいつも顔合わせてると思ったんだけどなぁ?」

 

 

「・・・・あの、ひょっとして・・・・・」

 

 

 

 

 

「・・・そう、ポーラ。アタシの知る限り、射撃の腕で彼女の右に・・・・ううん、彼女の背中を視界に入れられる人はいないと思う」

 

 

 評価というにはあまりにも手放しな賞賛に、いつもはポーカーフェイスの不知火の眉がピクリとする

 

・・・が、しかし、阿武隈が想像や憶測などせず、事実しか言わない人である事を知っている不知火は《あぶ姉さまがそう言うのなら》と得心するだけであった

 

 

 

「・・・そう・・・ですか・・・」

 

 

「意外だった?」

 

 

「・・少し・・・でも、あぶ姉さまがそう仰るなら、そうなのだろうと」

 

 

「・・・もうっ! かわいいなぁ、ぬいちゃんはっ!」

 

 

「・・・?」

 

 

「その朴念仁なトコもたまらない・・・うふ」

 

 

 不知火は、阿武隈にとって今一番のお気に入りである。ただでさえ駆逐艦好きの阿武隈である。不知火の事がかわいくて仕方ないらしく、何かとちょっかいをかけるのだが、当の不知火はというと、阿武隈のおふざけを全く意に介していなかった

 

 

 

 

 

「その・・・ポーラさんは、どのような艦娘なのですか?」

 

 

《・・・やっぱり相手してくれないんだ・・・くすん》

 

 

などとちょっとへこみつつ、

 

 

「そうねぇ・・・一言で言えば・・・・・・あ、ちょっと待ってて」

 

 

「・・? はい」

 

 

夕張からの着信であった

 

 

 

 

 

「あ、夕張お姉ちゃん、おつかれ~。こないだの件なんだけど、いいかな?・・・うん・・うん・・・わかった・・・それじゃ、お願い」

 

 

 

「・・・夕張さんからですか?」

 

 

「うん。丁度よかったから話つけといた。でね、さっきの続きだけど、ぬいちゃんはポーラの事、どう見た?」

 

 

「・・・そう、ですね・・・不知火はここ一週間程、射撃演習場に通い詰めていますが、ポーラさんがいなかった日はなかったと思います。いつも不知火より先に来ています。噂とは、少し違った印象です」

 

「飲んだくれのポンコツっていう、アレ?」

 

「・・・はい。演習場に酒瓶を持ち込んでましたので、あながち間違った噂ではないのかも知れませんが、少なくとも、射撃練習に関しては誠実な方である事は間違いなさそうです。練習量も相当こなしていると見ました」

 

「だね。他に気付いた事はある?」

 

「・・・とにかく、ポーラさんが撃ち出す砲弾の初速が尋常ではありませんでした。恐らくは音速の4倍以上は出てるのではないかと。それだけに射程も驚くほど長いです。不知火が見た時は、16inch標的の奥の黒い標的を狙っていたようです。重巡の方で、戦艦並みに・・・いえ、超弩級戦艦並みに砲弾飛ばす方を初めて見ました。あと・・・・・・」

 

「あと・・・・何かな?」

 

「・・・不知火には、少し理解が追いつかない所がありまして・・・・」

 

「・・・・標的になかなか当たらない事?」

 

「・・・はい。ポーラさんが狙っていた標的は、金剛型の16サンチ砲クラスの標的の更に奥・・・・おそらくは彼女の最大射程距離かと思います。あれだと威力の減衰も無視出来ませんし、そもそも狙って当てられる距離ではありません。普通に考えれば、有効射程距離内での射撃練習の方が有益かと思いますので・・・。それともう一つ・・・」

 

「・・何かな?」

 

「たまたま、演習場で衣笠さんとお話しする機会がありまして、その時伺ったのですが、ポーラさんが使用している203mm/59連装砲は、射程はあるものの、散布界が広すぎて遠くに行く程に砲弾が大きく逸れてしまうので、的に当てるのは至難の業だと仰っていました。あの、妙高さんも匙を投げたとか・・・・・なの、ですが・・・・・」

 

 

「・・・・ふむ・・・で?」

 

 

 

「・・・その・・・・ポーラさんは、時々その黒い標的に命中させるんです・・・外れた砲弾もキチンと夾叉していましたし、かなり近くに着弾していましたので、その時は散布界が広いという印象は正直ありませんでした・・・・ですが・・・お話と状況から察するに、ポーラさんは尋常な撃ち手ではありません・・・それでも、不知火にはあの練習が有益とは思えない・・・・・不知火の理解を超えています」

 

 

 

《・・・・・驚いた・・・・そこまで見えてるなんて・・・・・》

 

 

 

 不知火の洞察力は、感心を通り越して驚異的ですらあった。衣笠のようなベテランの艦娘を引き合いに出すまでもなく、ポーラの203mm/59連装砲の恐るべき射撃精度に気付く者は少ない

 

 先程の、【ポーラとはどのような艦娘なのか】という不知火の問いかけは、どちらかというと【何者なんですかあの人は】というニュアンスの方が近い

 

 

 

「・・・大したものね、ぬいちゃんは・・・そこまで見えているとはビックリだよ・・・」

 

 

「あぶ姉さま、ポーラさんは不知火が参考にするには、あまりにレベル・・・というか、かなり異質な印象を受けました・・・不知火とは、違い過ぎるように思います・・・」

 

 

「・・・どうかな?・・・アタシはそうは思わないけど?」

 

 

「・・・そう・・・でしょうか?・・」

 

 

「さっきのぬいちゃんの言葉、ポーラやザラさんが聞いたら、すごく喜ぶと思うな。彼女の事、ちゃんと見えてる人は少ないから。あとね、その《異質》なものと、ぬいちゃんには向き合って欲しいかな」

 

「無論あぶ姉さまの指示には従います。・・・・ですが、具体的にどう参考にし、練習に生かしたら良いのかまだイメージが浮かびません・・・」

 

「あ、別に射撃練習はしなくていいの。ぬいちゃんは、ただ見てればいいの」

 

「・・・見てる・・だけでよいのですか?」

 

「うん。夕張お姉ちゃんにお願いしたのは、ポーラの見学だけだから。そもそも、あの二人はぬいちゃんを構う余裕ないの」

 

《・・・余裕が・・・ない?》

 

「ゆっくり行こうね、ぬいちゃん。慌てなくていいの。今はあなたの器を大きくするための時間だから・・・・ね?」

 

「・・・はい」

 

「さしあたっては・・・うん、ぬいちゃんは運がいいね。数日の内に何か見れるかも知れないよ・・・うふ」

 

「・・・・ですか・・・・わかりました。では、早速ポーラさんにお願いしてきます」

 

「あ、窓口は夕張お姉ちゃんだから、ポーラはほっといても平気」

 

「そう・・・なのですか?」

 

「あとはねぇ、ポーラって呼び捨てにした方が喜ぶと思うよ。あの人、「さん」付けされるの好きじゃないから」

 

「それは出来ません。目上の方を呼び捨てにするなど・・・」

 

「・・だよね。ぬいちゃんはそれでいいと思う・・・うふふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここに来たってワケね。まぁ、あぶぅから話は聞いてるけど」

 

 射撃演習場では、夕張が計測器材を下ろし、機器の設置作業を行っていた。その後ろでは、AMMO-BOXが山積みされた手押し台車をポーラが押してくる姿が見えた

 

「はい、宜しくお願いします。何か手伝える事があれば言ってください」

 

「あぁ、それならポーラが運んできたAMMO-BOXをそこに降しておいてくれる?」

 

「わかりました。おはようございます、ポーラさん。降ろすの手伝います」

 

「お~、しら~ぬぃ~! Buongioruno!」

 

 

 荷物を降ろすのを手伝いながら、演習場に夕張とポーラが運び込んだ機材と弾薬の量に、少しばかり不知火は驚いていた

 

 先日は遠巻きに見ていたため気付かなかったが、単なる射撃演習にしては、物々しい機材だなと不知火は思った。一見して、各種センサーと、それをモニタリングする為の端末からなる構成のように思える。理由はよくわからないが、これが単なる射撃練習ではない事は不知火にも理解出来る・・・・そこに、彼女たちの本気度が見て取れた

 

 

「あんたも物好きねぇ。ポーラの噂は耳にしてるでしょ?それとも、あぶぅの命令だからやむを得ず?」

 

「いえ、確かにあぶ姉さまの指示ではありますが、不知火はポーラさんの練習風景を何度かお見かけしてましたので」

 

「へぇ・・・・そう・・」

 

「正直、今の不知火ではどこまで理解が及ぶかわかりませんが、賢明に学ばせて頂きます」

 

「て言っても、見学だけでしょ? 好きに見ていけばいいから。 何かわかんない事があったら聞いてもいいよ。 但し、射撃テストが始まったら、砲弾のFaseの切り替えの時以外は絶対話しかけないで。いい?」

 

「わかりました。 では、早速伺ってもいいですか?」

 

「いーよ。 何?」

 

「射撃テストって、どういう意味でしょうか? それと、先程仰っていたFase・・とは?」

 

「・・・成る程ね・・・。あぶぅの言ってた通り、喰い付きいいね。一つずつ説明してあげる。まずは射撃テストだけど、ポーラは毎日毎日演習場に来ては、砲弾打ちまくってるけど、別に射撃練習をしているワケじゃないのよ。だって必要ないもの」

 

 

 ポーラの203mm/59連装砲にサーモセンサーと座標計測用のマーカーを取り付け、艤装にマイクロトータルステーションを設置しながら夕張は話を続ける。その手が止まる事はない

 

 

「・・・あの、必要ない・・・とは?」

 

「文字通りよ。あの子に練習なんて必要ないの。だって、本当に必要ないのよ」

 

「・・・? すみません、仰っている意味が、不知火にはよくわからないのですが?」

 

 

 

「ぬいちゃん・・・射撃練習って、何のためにやると思う?」

 

「それは無論、射撃技術を向上させる為だと思いますが」

 

「だよね・・・ん~、そおねぇ・・・見てもらった方が早いか。 ポーラ、準備出来てる?・・って、ちょっと、どうしたのよ?」

 

「ザラ姉さまにっ、今日しら~ぬぃが見学に来るって言ったら、ワイン全部取り上げられてしまったですぅ~。もう飲まなきゃやってられないっ!」

 

「自業自得でしょ。そういうのいいから、さっさと撃ちな」

 

「ゅう~ばりぃ~は、つめたいっ、つめたいですぅ~。ポーラにもっ、優しさとっ、お酒が必要なんですよぉ~?」

 

「い・い・か・ら・さ・っ・さ・と・撃・ち・なっ!」

 

ポーラのふくよかほっぺが、抓り上げられる。

 

 

「いだだっ、いだいっ、いだいですぅ~、撃ちます、撃ちますってば!」

 

 

 

ほっぺを摩りながら、ポーラは突堤へ向かう

 

 突堤脇の階段を降り、ポーラはゆっくりと海上に降り立つ。ウェーブのかかったプラティナブロンドの髪が潮風にたなびく。心なしか凜々しい表情のポーラは、充分に美女のカテゴリーに入るだけの美しさがあった・・・・・喋らなければだが

 

 

「四発全部撃ちな! アレ、やって見せてあげなよ」

 

「え~っ、そんな、勿体ないっ、一発ずつ大事に撃ちたいのに~」

 

「今日はぬいちゃんが見学に来てるから、出し惜しみしないのっ! 明日は好きなだけ撃てるんだから我慢しな!」

 

「そういえばそうでした~。それじゃ、撃ちますよぉ~! Fuoco!!」

 

 

 Fuocoの掛け声で、203mm/59連装砲の一番砲塔と二番砲塔が火を噴く。軽~いノリで、ポーラは四発のGranata Perforante Fase-1を時間差で撃ち出す。高い放物線を描いて飛翔するその砲弾は、やはり16inchターゲットの先の、黒いターゲットに吸い込まれるように竿で翔んでゆく・・・・その距離、実に38.208km・・・そして・・・・

 

 

 

 

 

初弾が黒い標的に直撃する・・・衝撃で標的が後にのけぞり揺れる・・・

 

 

その揺り返しのタイミングで二発目が直撃

 

 

更にその揺り返しの後に三発目が直撃

 

 

そして最後の揺り返しの後に四発目が直撃、ターゲットが粉砕した

 

 

 

 

 

その様子をモニター越しに見ていた不知火は・・・・言葉を失っていた

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・すごい・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

「これやると、標的持たないからねぇ・・・・ほら、ポーラ、行ってきなよ」

 

夕張は「換え」の黒い球体状の標的をポーラに持たせ、掌をひらひらさせ、行ってこいと促す

 

「もう、だからイヤだったんですぅ~。あそこまで行くのめんどくさいですぅ~」

 

 ぶつぶつ文句を言いながら、ポーラは黒い球状の標的を胸に抱え、棒だけになった標的に向かって航行してゆく

 

 

 今の、神業のような砲撃を、まるで当たり前の事のように話す二人の様子を見ていた不知火は、またしても言葉を失っていた

 

 

 

《・・・あぶねえさまが、ポーラさんの背中を視界に入れられる艦娘はいないと言っていた意味・・・ようやくわかりました・・・・・》

 

 

 

「そうそう、ぬいちゃん・・・・さっき言ってた意味、少しはわかってもらえたかしら?」

 

「・・・・・はい・・・目の当たりにした今でも、まだ信じられません・・・・が、これ程の技量があるのなら、確かに練習が必要ないと仰られるのも無理はありません・・・」

 

 

 

 

「射撃の練度にしたって、ポーラに叶う子なんているわけないしね。アイツは子供の時からず~っと毎日毎日砲弾撃ち続けてるからね、一日も欠かさず。ポーラにとって、砲撃は息をするのと大して変わらないのよ」

 

 

「・・・・それ程の修練を・・・ですか・・・・」

 

 

「最大射程の標的を、弾着なしで四連続で当てる・・・・しかも標的の揺り返しまで考慮してカウンターになるタイミングで着弾させているワケよ・・・これが出来るから、威力の減衰なんて関係ないしね。もう一度言うけど、ポーラに練習なんて必要ないの。だって必要ないんだもの」

 

「・・・あまりに凄すぎて、不知火はまだ混乱しています・・・これがどれ程すごい事か・・・・いえ、これは・・・到底人に出来る事ではありません・・・・・・。」

 

「でも、これは紛れもない現実・・・・ど~ぉ? 何か言いたい事はある?」

 

「・・・今の射撃を見て、疑問が更に増えました。」

 

「・・・・へぇ・・・それはまた・・・・」

 

 

 

不知火のその貪欲さは、夕張も嫌いではない

 

 

 

「ぬいちゃんは運がいいわよ。最初にこれを見れて、そしてこの後も見れるんだから」

 

「この後・・・・ですか?」

 

「私から一つアドバイス。今日は最後まで見ていく事。そして明日は絶対に見に来なさい」

 

 

 

「明日は確か、演習場の整備日で休みですよね・・・・入っても大丈夫なのですか?」

 

「あ~、それは表向きの話。誰にも近寄って欲しくないから提督と相談の上、便宜上そうしてるだけ・・・・明日はねぇ、月に一度の特別な日なの。ポーラにとっても・・・・私にとってもね・・・・あと、ザラにとってもかな」

 

 

《・・・ザラさん・・・も、ですか・・・?》

 

 

ここで夕張の口から何故ザラの名前が出るのか、この時の不知火にはまだわからなかった

 

 

《・・・姉妹・・・だからでしょうか・・・?》

 

 

 

「・・・ポーラさんに練習が必要ないと仰る理由はわかりました。それでお訊きしたいのですが・・・・」

 

 

 

 

「射撃テストの事?」

 

「はい」

 

「そのまんまの意味よ。ポーラはあらゆる気温、湿度、天候、波の状態、航行速度、コースその他もろもろ、ありとあらゆる状況でとにかく撃ちまくるのが仕事。アタシはそのデータをサンプリングして、それを解析して艤装アシストシステムの改修に反映させているワケ。ま、主に命中補正なんだけどね」

 

「・・不知火は思うのですが、ポーラさんの解析データを読み込めば済む話なのではないでしょうか?」

 

「・・・だったら簡単だったんだけどね・・・ポーラの射撃照準はね、データ解析の結果じゃないの・・・・アイツ、勘で撃ってるのよ? 信じられる?」

 

「・・・そんな事が、可能なのですか?・・・いえ、可能だから、こうして当てられているわけですし・・・いや、しかし・・・・」

 

「わかるわよ、アンタのその気持ち。 ま、だからアタシの出番なワケ。解析データを抽出出来ないから、ありとあらゆる外部データとポーラの照準データとを照らし合わせて、その難解なアルゴリズムを解析してるってワケよ。もう三年もやってるんだから」

 

「・・それは・・・気の遠くなる話ですね・・・」

 

「便宜上、アタシはさっき、ポーラは勘で撃ってるって言ったけど、本当は違うと思ってる。アタシ達が通常行う思考プロセスとは全く異なるアプローチで解析してるんだと、アタシは思う。所謂次元が違うってやつね・・・。アイツはね、神に愛されてるのよ・・・。なんてったって、《イタリアの至宝》なんだから・・・元、だけど」

 

 

 不知火は、背筋がゾクゾクするのを感じていた。自分が想像していたよりも、ポーラという艦娘はあまりにも規格外の存在であった。もっと学びたい・・聞きたい事が、不知火の頭の中で溢れかえっていた

 

 

「その、艤装アシストシステムというものは何なのでしょうか? ザラさんもテストを行っているのですか?」

 

「ううん、ポーラだけ」

 

「ザラ砲なのに・・・・?・・・それは、何故でしょうか?」

 

「あ~、艤装アシストシステムってのは、ザラ砲専用の射撃制御システムなのよ。ザラ砲が持つ本来の性能を極限まで引き出せるようにね。要はザラの射撃指揮装置をアシストするのが目的なの。現状ザラ砲を一番うまく使えるのは・・・・いや、まともに扱えるのはポーラしかいないんだよね。だからポーラだけ」

 

 

 

「・・・あの・・・・それって・・・・・・・」

 

 

 不知火は、《それなら何故ザラ砲と呼ぶのか》と言いかけて言葉に詰まる・・・それ以上は、ザラを侮辱する事になるような気がしたからだ。そんな不知火の思考を汲んだかのように、夕張はこう付け加える

 

 

 

「考えてもみてよ・・・今のを見ても、ポーラの砲撃に照準アシストなんていると思う?」

 

「・・・思いません」

 

「・・・だよね・・・ね、ぬいちゃん・・・ザラ砲でポーラみたいな真似できる子が他にいると思う?」

 

「・・・・思いません」

 

「そういう事。ポーラはね、ザラのために・・・・ザラがポーラみたいにザラ砲を使えるようにするために、このテストを繰り返しているワケ。これなら理解した?」

 

 

《・・・ザラさんのため・・・それは・・・・》

 

 

 ポーラさんとザラさんとの間に、何があったのだろう? このようなテストを、ザラ姉妹がこの鎮守府に来てから三年間一日も欠かさず続けている事からも、余程の理由が覗えた

 

 

「・・・はい・・・・・正直、とても驚いています・・・」

 

「でしょうね。因みにこの事はあまり人には言わないで。面倒だから」

 

「それは・・・はい、無論です・・・」

 

 

 夕張の言いようからも、不知火はザラの事にはあまり触れるべきではない・・・・そう思った

 

 

 

「それと、Faseについてなのですが・・・・」

 

「・・・あぁ、それについては明日、教えてあげる。その方が早いから。他には?」

 

「さっきの・・・あの、黒いターゲットですが、球体状でしたよね・・・・あれってもしかして・・・」

 

「・・・う~ん・・・ソコ、気付いちゃうか・・・・あなたのお察しの通りよ。あの、奇跡のような射撃、なにも静止状態に限った事じゃないの。航行中・・・同航戦は無論の事、反抗戦であろと、スラローム射撃であろうと、射程距離内なら当てるよ、あの子」

 

「・・・俄にはとても信じられません・・・そんな事が、可能なのでしょうか?」

 

「可能なのよ、ポーラはね・・・・・だからあの子は表向きはポンコツのままでいいの。あの子の真実は、みんなには刺激が強すぎるからね・・・・受け止めきれるのは、本当に心の強い者だけ・・・」

 

「・・・・そんな事は・・・・・・・」

 

 

と、言いかけて、不知火は言い淀んだ。それは、あるかも知れないと思ったからだ

 

 

 

 

「因みに、あの標的のブイの下にカウンターウェイトが仕込んであるんだけど、艦種別に交換用ウェイトが用意してあってね、揺り返しのリズムも任意で変えられるようにしてあるのよ。因みに今日の設定は《赤城さん》だったりする(笑)」

 

「・・・今のは、聞かなかった事にしておきます・・」

 

「《打倒・赤城》は全艦娘の夢だからね・・・実際それやれるの今のところ加賀さんしかいないでしょ? その一角に、ポーラをねじ込みたいっていうね、なんかこう・・・野望?」

 

 

《・・・本当に、聞かなかった事にしておきます・・・》

 

 

 

 

「今、自律航行可能な標的ブイを開発中でね、近日中には就航予定なんだよね。それが完成すれば、リアル反抗戦も再現出来るし夢が広がるってもんでしょ? そう思わない?」

 

 

「・・・確かに・・・それは凄いですね・・・」

 

 

ちょっとヤバい人だな、と、不知火は思った

 

 

それと、これだけはどうしても聞いておきたい事が一つあった

 

 

 

「あの、今のポーラさんの射撃を見て、どうしてもわからない事が一つあります」

 

「へぇ・・・何?」

 

「ここ一週間程、不知火は射撃練習の為、ここに訪れています。その際、ポーラさんの射撃テストを毎回お見かけしているのですが・・・・・」

 

 

「・・・あぁ、そういう事・・・」

 

 

 

 

「・・・はい・・・不知火は、ポーラさんの射撃テストをはじめから通して見ていたわけではありませんが、少なくとも、不知火の見ていた時は、標的には時々命中させるという様子でした」

 

「・・・・で?」

 

「先程の四連撃・・・あれは決して偶然などではありません・・・それだけに、先日見た光景が、不知火にはわからないのです。これは一体何が起こっているのかと」

 

「・・・・・うん。その疑問は当然だね・・・とりあえずはさ、この後の射撃テストを最後まで見て、それからにしようか」

 

「・・・・?・・・・はい・・・」

 

 

 

 

程なくポーラが戻ってきて、射撃テストが再開された

 

 再開後の最初の四発中三発が命中。その後は二発、一発と徐々に命中率が下がっていき、やがて不知火が先日の演習で見た時の光景と変わらなくなった。いずれもかなり近い着弾ではあったものの、最初の時のような命中率に戻る事は、最後までなかった

 

 

 

《・・・やはり、先日と同じ状況になりました・・・・これは恐らく・・・・・》

 

 

 

「やっと終わったですぅ~。もう飲んでもいいですかぁ?」

 

 と、言うが早いか、ポーラはザラの目を盗んで胸元に隠し持っていたスキットルを取り出したかと思うと、もうラッパ飲みしていた

 

「もう飲んでるし。邪魔だからあっち行きな。あ、AMMO-BOXは片付けなよ」

 

「あひゃひゃひゃ~。今日も楽しいっ、楽しいですねぇ! しら~ぬぃも見てくれてたし、ポーラご機嫌で~す」

 

「もぉ、酒臭いなぁ! あっち行きなっていってるでしょ!」

 

「いやですょぉ~! ポーラ、しら~ぬぃとっ、お話したいですぅ~!」

 

「あの、片付けなら不知火も手伝いますので、ポーラさんにも是非お話を伺いたいです」

 

「まともに受け答え出来るかわかんないよこの子」

 

「いいですよぉ~。何でも聞いちゃって下さ~い」

 

 

 

「・・・ひとつ、気付いた事があります。ポーラさんが使用しているザラ砲ですが、不知火の予想では、バレルが熱ダレしているのではないでしょうか?」

 

「ほえ?」

 

「あら、もう気付いちゃったの? なんだ張り合いのない」

 

「・・・やはり、そうですか・・・・砲弾に使用される徹甲弾と、バレルとでは熱による膨張率が異なります。ザラ砲に使用されているバレルは肉厚が薄いか、素材に問題があるのではないでしょうか?」

 

「ん・・・ま、そんなトコ。バレルは元来撃つ程に熱膨張して口径は広がるものだけど、ザラ砲はちょっと特別でね、撃つ程にバレルが熱膨張でどんどん広がっていくワケ。もちろん上限はあるけどね」

 

「で、最大で5.3㎜も広がって砲弾の外径と頂部腔径が同じになっちゃうのよ。施条が喰い込まないから砲弾に旋転が発生しない、ジャイロ回転も起きない、所謂滑腔砲状態になっちゃう感じ? 回転しないライフル砲弾なんて、ナックルボールみたいなものよ。しかも施条深部からガス抜けするから砲弾を押し出す威力も弱くなる」

 

「結果、飛距離は落ちるし撃ち出された砲弾の散布界も広がってゆく・・・・それが、ザラ砲が難しいと言われる理由のひとつ。お陰でテストの度にバレル交換は必須だけどね。金かかるのよこの子の場合」

 

「それがわかっていて、何故改良を施すか、他の砲を使うとかの対策をしないのでしょうか? そこが不知火にとって、最も理解出来ない所です」

 

 

 

 

「改良なんてしないよ。だって必要ないもの。この203mm/59連装砲は既に完成された芸術品よ。ちょっとくやしいけど、アタシが手を入れる余地なんてないもの」

 

「そうですよぅ~。ポーラはっ、これがお気に入りなんですよっ! これ使ったら~、もう他のなんて使えないっ!」

 

「熱膨張で砲弾との適正クリアランスが保てないのにですか?」

 

「・・・あぁ、それはね・・・・・・どうしよっか? ポーラ?」

 

「・・・?」

 

「でへへへぇ~、それはですねぇ・・・・・明日っ、明日わかりますよぉ~?」

 

 

 

 

「・・・明日・・・何かあるのですか?」

 

「しら~ぬぃにだけ~、特別にっ、見せてあげますですぅ~!」

 

「・・・・はい、明日は必ず見に来ます。」

 

「あとぉ、極上のワインが最低二本、献上が必要ですよぉ~」

 

「・・・あぶ姉さまに相談してみます・・・・・」

 

「いやいや、ないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、射撃演習場にて

 

 

 

 

 阿武隈からワインを持たされて定刻に射撃演習場に訪れた不知火は、夕張とポーラの傍らに、意外な艦娘の姿を認めていた

 

 

《・・・何故・・・ここにシロッコがいるのでしょう・・・・?》

 

 

 特・教導艦権限において、不知火はポーラの演習事情を阿武隈から聞かされ知っていた

 

 ポーラの射撃演習は原則非公開のはずである。なのにシロッコがここにいるという事は、彼女は自分のように特別に便宜を図って貰っているか、関係者であるかのどちらかであろう事は容易に想像がつく

 

 だが、不知火の知る限り、シロッコは別段能力に秀でた部分があるわけでもない。強いて言えば、ポーラの艦載機であるオートジャイロのテストに立ち会っているという事位しか共通点が見当たらない

 

 

《・・・考えてみれば、シロッコはザラさんとポーラさんに同伴してここに赴任してきているわけですし、関係者と見るのが妥当なのでしょう・・・・》

 

 

 そんな不知火を横目に、夕張は改めて不知火に感心する

 

 

「・・・大したもんだわ・・・この子、とんでもなく頭がいい・・・あぶぅが見初めるわけね・・・」

 

 

 この間不知火は一言も発していない。にもかかわらず不知火の思考を読み切ってしまう夕張も、尋常ではないのだが

 

 

「しら~ぬぃ~っ、Buon Giornov~! ワインはっ、持ってきましたかぁ~?」

 

「おはようございます。ポーラさん。夕張さんと、シロッコも。 あの、あぶ姉さまがこれを持って行きなさいって。クリスマスの残り物なのですが」

 

 

 阿武隈は毎年クリスマスの時期に六駆逐の子たちを中心に駆逐艦娘たちを大勢集めて盛大にお祭り騒ぎをするのがライフワークの一つになっていた。これはその時の残り物である

 

 

「おぉ~! あぶぅは気が利きますっ!・・・・・って、これ、シャンメリーですう~。お酒じゃありませんて、コレ」

 

「あぶ姉さまは下戸ですし、不知火は未成年なので、アルコールの類いはウチにはありませんでしたので」

 

「あ”ま”い”っ! あ”ま”ずぎですぅ!お砂糖の味がしますぅ~! 舌がべたべたしますぅ~!」

 

「だったらシロが飲むぅ~☆甘いの好き~ちょうだ~い」

 

 

 ポーラがまがい物のアルコールが苦手なのを知っているシロッコは早速おねだりする。シロは甘いものには目がない

 

 

「だめですぅ~、これはっ、ポーラのために持ってきてくれたんですからあげませ~ん」

 

「え~ポーラずるい~☆シャンメリー嫌いなのになんで飲むの~」

 

 

 

《・・・・苦手なのに、律儀に飲まれるんですね・・・・》

 

 

 そういうさりげないところにポーラの人となりを見たような気がして、不知火は思わずほくそ笑む

 

 

「お二人で仲良く飲まれた方が、あぶ姉さまも喜ばれると思いますので」

 

 

収拾がつかなくなりそうなシャンメリー争奪戦に助け船を出す不知火

 

 

「・・・しら~ぬいがぁ、そ~ゆぅのなら・・・・シロ、いっぱい飲んでいいですよぅ」

 

「やったぁ☆」

 

 

 

《・・・もしかして・・・あぶ姉さまは最初からこれを見越していたのでしょうか・・・》

 

 

 

 

 無類の駆逐艦好きの阿武隈が、シロッコのために持たせたのではないかと気付いてしまう不知火であった

 

 

 

 

 

「もう、いいかしら? ほら、ポーラ! さっさと始めるよ!」

 

 

「は~い☆」

 

 

 

 

ポーラにとっては、月に一度の大切な時間の始まりであった

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ぬいちゃん」

 

 

 

 先日とほぼ同様の機材をチェックしながら夕張は不知火に話しかける。先日よりも、弾薬箱がかなり増えていた事以外は設備に特に変わりはないように見える

 

 

 

「はい、何でしょうか?」

 

「3号砲の事、どれくらい知ってる?」

 

「20.3cm3号連装砲の事でしょうか?」

 

「そう」

 

「はい、少しは。ザラ砲と比べると射程では劣りますが、その命中精度、威力、改修の懐の深い基礎設計・・・いずれも高レベルでバランスされた、現行では最も優れた中口径主砲の一つだと伺っています」

 

「うん。その3号砲だけど、射程でザラ砲に劣っているのに威力では大きく勝っている・・・同口径の砲なのにね・・・・何故だかわかる?」

 

「・・・・ザラ砲が長射程なのは多分に59口径とバレルが長身なのが理由だと思われますが、弾速でもザラ砲の方が圧倒的に上回っていますので・・・・・普通に考えると砲弾質量が下回っているからでしょうか?・・・・ですが・・・・」

 

 

 

 同一口径の砲弾なのに、威力に大きな開きがあるというのは妙である

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

どうやら昨日の不知火の問いに対する返答の伏線であるらしいと気付く

 

 

 

「・・・・昨日の質問に、今日は答えてあげられるわよ。今日は全ての砲弾を用意してあるから」

 

「・・・・全ての・・・砲弾?」

 

「ポーラ、Fase-1を持ってきて」

 

「えっへっへ~♪ Fase-1だけでいいんですかぁ~? まだまだありますよぉ~♪」

 

「わかった、わかった。全部持ってきて」

 

「あ、は~い♪」

 

 

 そう返事をするとポーラは三種類のAMMO-BOXを持ってきて、それぞれのBOXから、砲弾を一つずつ取り出して作業台の上に立てて並べた」

 

 

「・・・・これは・・・?」

 

「あぁ、実は・・・ザラ砲って、使用する砲弾が三種類あるのよね~・・・・いや、本質的には二種類だけど」

 

「・・・・・・・?」

 

 不知火は、作業台の上に並べられた三つの砲弾を見比べていた。内、二本はあまり見慣れない外観で、縦に10数本のスリット、というか、継ぎ目のようなものが見受けられ、何か特殊な砲弾である事が見て取れる。残り一本は、不知火が日頃見慣れた徹甲弾と外観的には同じように見えた

 

「ねぇ、ぬいちゃん・・・・この中で、ポーラが普段使用している砲弾がどれだかわかる?」

 

「・・・・普通に考えれば、この、右端にある砲弾かと」

 

「ぶ~ぶ~! ハズレ! それは普段ポーラが使えない砲弾だね」

 

「・・・え・・・そうなんですか?・・・・それじゃあ、残り二つのどちらか・・・」

 

 

不知火としては、心底意外であった

 

 外観上、あまり見慣れない形状の砲弾を一目見て、恐らくはザラ砲の命中精度を補正するための《艤装アシストシステム》の一環として製造された特殊弾だと思っていたからだ。それと一つ気になる事を、夕張は口にしていた

 

 

【ポーラが普段使えない砲弾】

 

 

《あれは・・・どういう意味だったのでしょう?・・・・・まぁ、それはそれとして、当てが外れました・・・だとすれば、この砲弾は一体・・・?》

 

 

「ぬいちゃんは、マイクロメーター使った事ある?」

 

「・・・え?・・あ、はい。整備研修はまだですが、あぶ姉さまから通り一遍の事は・・・」

 

「じゃあさ、この三つの砲弾の外径を、それぞれ計ってみて。あなたなら、それで多分わかると思う」

 

「・・・外径・・・・をですか?」

 

 

《・・・・一体・・・どういう事でしょうか・・・?》

 

 

 この時点では、不知火はこの後の展開が全く見えていなかった

 

 

「校正は済んでるから、そのまま使って大丈夫」

 

不知火は、夕張に200-225mmのマイクロメーターを渡された・・・そして・・・

 

《・・・右端のは違うと言ってましたから・・・普段使用しているのは、左端のでしょうか?》

 

 

「あの、・・・203mm砲は、8inchですから・・・頂部腔径は、確か203.2mmでよいでしょうか?」

 

 

「そうよ。因みに深部腔径は209.48mmになるわね」

 

 

《だとすると・・・砲弾外径は207~208mm位でしょうか?》

 

 

そして不知火は、左端の砲弾の外径を測り始めた

 

 

「左端の砲弾の外径は・・・・208.49mm・・・でしょうか?」

 

「うん、測定誤差もあるから、大体208.5よ・・・じゃあ、どんどん続けて!」

 

言われるままに、今度は中央の砲弾の外径を計測する・・・・と・・・

 

「・・・え・・?・・・・入らない・・・・大きい?・・・え、まだ・・・・・・これは・・・・・・211.2・・・mm・・・?・・外径が・・・違う!?」

 

「・・・そう、211.2mmで正解。それじゃ最後に、ポーラが使いたくて使いたくてうずうずしてる右端の砲弾を計ってみて」

 

「・・・はい・・」

 

 この時点で、不知火はこれが何を意味するのか気付き始めていた。最後に計る、普通の徹甲弾に見えるその砲弾は、多分もっと外径が大きいはずだ・・・と

 

 そして不知火はマイクロメーターを215mm位まで広げていた。その様子を見た夕張は・・・・

 

《・・・あらら、もう気付いちゃったか・・・・大したものだわ・・・》

 

 

 

「・・・計測値は・・・・・213.96mm・・・・です。」

 

「正解。 どぉ? ぬいちゃん? もうわかっちゃったんじゃない?」

 

「・・・はい・・・いえ、まだ、わからない事が・・・・」

 

「その見慣れない砲弾の事?」

 

「・・はい・・・これは、一体何なのかと」

 

「じゃあ、順を追って説明するね。これらの砲弾はアンサルド社がポーラの為に製造した、203mm/59連装砲の専用砲弾、Granata Perforante。左からFase-1、Fase-2、Fase-3よ」

 

不知火は、今、夕張が言った言葉の中にあった《違和感》を聞き逃さなかった・・・・・・

 

夕張は確かに言った

 

 

 

「ポーラの為に」・・・と

 

 

 

そんな不知火の様子を知ってか知らずか、夕張は続ける

 

 

「ぬいちゃんが気付いた通り、ザラ砲のバレルは熱で大きく膨張し口径が大きくなる。でね、それに併せて砲弾のサイズも上げていくの。最終サイズは実に213.96mm。事実上一クラス上の砲ってワケ。これは、初めからこのように設計されているの。仕様なのよ」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 流石の不知火も、文字通り言葉を失っていた。途中から何となく気付いたとはいえ、夕張の口からはっきりと「仕様」だと断言されるとは、正直思ってもみなかったのである

 

 

「まぁ、滑腔砲は流石にないとしても、素直にAPCR弾にするとかすればいいとも思うんだけど、これの発案者のアンサルド卿がね、古典的なAPCBC弾に拘った結果がコレなのよねぇ。それも今は亡きロンドン軍縮条約のルールに表向きだけ則って、コッソリ口径アップを図るとか、正直ぶっ飛んでるとしか言いようがないわよね。アタシは好きだけどそういうの」

 

 

悪戯っぽい目をして夕張は嬉々として同砲の素性を語る。ひょっとしたら、そのアンサルド卿という人は、夕張と同類なのかも知れない

 

 

「このFase-1とFase-2は、見た目の通り、普通の砲弾じゃないの。これはPre-riscaldamento弾といって、最終設定口径になるまでバレルを暖め膨張させる事を目的とした、言わばプレ・ウォーミング弾なワケ」

 

「弾体に熱伝導率の低いSUS440C鋼を採用してるから、発射時に発生する熱の大半がバレル側に均一に伝わり自然な熱膨張を促すってワケ。タングステンに比べて比重が半分以下、硬度も1/6しかないから、徹甲弾の生命線である硬度も質量も大きく劣っている。圧倒的な弾速を誇りながら3号砲に威力で劣るのはそれが理由」

 

「そして、最大口径まで広がったバレルにはこのFase-3が装填される。こちらはベーシックなAPCBC弾だから弾体がタングステン合金の塊。因みに表面には施条が喰い込みやすいように薄い軽合金の被膜がコーティングされてるんだけど、素材は不明。これとポーラとの組み合わせは・・・・・・・・まぁ、見てればすぐにわかるわよ・・・」

 

 

 そこまで言って、夕張は急に口が重くなっていた。あっけに取られていた不知火も、今、耳にした事実に大きな違和感を感じていた

 

 

 

 気がつくと、もうポーラはとっくに・・・というか勝手に砲撃を始めていた。Fase-1によるプレ・ウォーミングが終わったのか、既にFase-2砲弾に移行していた。切り替え直後の四発は全て命中。そして徐々に命中率が落ちていく流れは、いつもの光景であった

 

そして・・・・

 

 いよいよポーラはFase-3砲弾を搭載し、両舷前進微速で出航。そして微速から半速、原速と速度を上げ、ターゲットを中心に旋回を始めた。第四戦速まで達した時、ポーラは砲撃を開始。そこからは奇跡の開幕だった。まるでダンスでも踊るかのように、ポーラは右に左に回頭し、倉庫の砲弾が空になるまで撃ち続けた。途中で標的が粉砕した後も、今度はポール、そしてブイめがけて砲撃し、その全てが命中弾であった

 

 リロード音だけが響く頃には、ブイも消滅し、跡形もなくなっていた

 

 

 

その姿は正に、かつて《イタリアの至宝》と呼ばれた軍神アルテミスの忘れ形見、ポーラそのものであった

 

 

 

 

 

 

 本日の射撃テストが終了し、夕張は各センサー類を片付けた後、砲撃データのチェックを行っていた。その傍らでシロッコが寝息を立てていた。ポーラは完全破壊したターゲットの再設置をするため、ワインをあおりながら予備のターゲットを曳航していた。気持ちよく討ち果たした為か、かなりご機嫌な様子であった

 

 

 

 不知火は、先程目の当たりにした光景を思い返していた。夕張が語った通り、Fase-3を装填したポーラはとてつもない・・・いや、その砲撃技術は既に神の領域であった・・・・いや、そもそもこのポーラとまともにやり合える艦娘が他に存在するのだろうか?・・・・と、思うのも束の間、それは愚問であると気付く・・・・それだけに、不知火は腑に落ちなかった

 

 

《・・・おかしいです・・・これ程圧倒的な力がありながら、ポンコツと蔑まれてまで表舞台に姿を現さないのは何故?・・・・・これ程の強さがあれば、戦艦や正規空母とも対等以上に渡り合える・・・・なのに・・・・・・・》

 

 

 

「一つ、質問してもいいでしょうか?」

 

データチェックをしていた夕張は、不知火の問いかけにすぐに反応出来なかった

 

「あぁ、ごめん・・・・何?」

 

「どうして・・・ポーラさんはFase-3を使って演習に出てこないのですか? アシストシステムの為だというなら、より実戦的な方がサンプリングにも有意義なのではないですか?」

 

 

 

 

「・・・あぁ・・・・それ、聞いちゃうんだ・・・・」

 

「・・・事情があるのは何となく察してはいますが、出来れば、教えて頂けないでしょうか?」

 

 夕張は、海の方へ目をやる。ポーラが蛇行しながらブイを曳航している姿が見えた。もうすっかり出来上がっているようで、あれではすぐには戻ってこれそうもなかった

 

 

「・・・・使いたくても、使えないのよ・・・・。アンサルド社の・・・ザラ砲とその砲弾の製造元であるアンサルド社の元会長、フランチェスカ・アンサルド卿と、イタリア政府、それとヨーロッパ連合の意向でね・・・・」

 

「・・・意向?・・・それは何故ですか?」

 

「・・・それは・・・・ちょっと言えない・・・彼女たちのプライベートに関わる問題だから・・。とにかく、アンサルド卿の意向で一時はFase-2以降の砲弾も製造中止にされていたのよ・・・・それをザラの頑張りと、ザラの第二改装を受けて提督や赤城さん・・・それに日本政府やイタリア政府まで巻き込んで、ようやく条件付きで再生産・使用出来るようになったの・・・・」

 

《・・・・そんな大事にまでなっていたのですか・・・・・》

 

「ちょっと訳アリでね、今はヨーロッパ連合の意向で、ポーラは公式の場では・・・例え演習であってもFase-2以降の砲弾使用が出来ないの・・・・。月に一度のデータ収集の時を除いてね・・・・」

 

「・・・203mm/59連装砲は、ポーラさんの為に造られた・・・そう仰ってましたよね・・・」

 

「・・・ええ・・・元々あれは、ポーラに魅せられたアンサルド卿の発案で、ポーラの能力を極限まで引き出すために・・・・・・ポーラの為だけに造られた、ポーラ専用の中口径主砲・・・・なのよ・・・・そう・・・あれは本当はザラ砲じゃない・・・・・ポーラ砲、なの・・・」

 

 

 

 

《・・・・そう・・・か・・・・だから・・・・・・》

 

 

 

 不知火は、何となく理解した。夕張は、ポーラのためにこんなテストを日々延々と続けているのだと・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、不知火にとって実に刺激的な見学会は幕を下ろした。実際の所、やはりポーラは別次元過ぎて、直接的な参考にはならなかったものの、ポーラと、それをサポートする夕張との関係と、その生き様に心が震えた

 

 

 

 

《あぶ姉さまは、きっとこれを不知火に見せたかったのだろう・・・・・》

 

 

 

今でも先程の光景が、まるで現実感がなかった。まるで夢でも見ているようであった

 

 

 

 

 

 

 

 一つだけ、腑に落ちない事があると言えば、あそこにシロッコがいた理由である。気になってはいたものの、他の刺激的な質問の方に気を取られ、結局最後まで聞けず仕舞いであった

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

 

 

部屋に戻ると、不知火の帰宅に合わせるように、阿武隈が紅茶を淹れて待っていた

 

 

 

「はい・・・正直、不知火の参考にはなりませんでしたが、でも、この二日間で見聞きしたものを、不知火は生涯、いえ、未来永劫、忘れる事はありません・・・・」

 

「そう・・・・よかったね・・・ぬいちゃん」

 

「・・・・はい・・。 そういえば、北方海域へは明日出発なされるんですよね?」

 

「うん・・・本当はぬいちゃんも連れて行きたかったんだけどね・・・・ホント、役所仕事ってイヤよねぇ~」

 

「ねえさまが留守の間、不知火はねえさまに言われた仮題をキッチリ熟しておきますので、安心して下さい」

 

「そう言い切っちゃう所が、ぬいちゃんのいい所よねぇ・・・うふふっ」

 

「・・・?」

 

「ふふっ、なんでもないよ」

 

「・・・はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぬい 03 「第五戦隊」へつづく。

 

 

 

 

 

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