そのような状況にあっても教練に勤しむ不知火であったが、那智の采配の下では思うような訓練の成果をあげらずにいた
それを見かねて「不知火は私が引き取る」と宣言する神通
その身を差し出し今生と別れを告げる事すら厭わない神通の覚悟に、那智は成すすべもなく屈するのであった
(2021年4月24日 執筆 2025年3月1日 加筆修正)
転属届の最終期限を過ぎてから目覚めた不知火は、怪我からの復帰後も、那智戦隊所属のままだった
周りの心配を余所に、当の不知火は転属の規定を知っていた。目覚めた時点でこの展開を覚悟していたため、さしたるショックは受けていなかった。ただ、あまり有能とは言い難い指揮官を上司に持つ事で、今後の修練に差し障るであろう事を思うと、些か頭が痛かった
事実、復帰後の不知火は、たった二人しかいない那智戦隊で盾役ばかりを訓練させられていた
確かに陽炎型である不知火は、艦隊決戦を想定して建造された水雷戦特化型の駆逐艦であり、その中でも不知火は耐久や装甲、回避に優れた艦娘として知られている。しかし大戦中にそれが生かされる場面は大戦初期に限定され、戦況が悪化するにつれて防空と対潜能力の強化にシフトしていったという経緯がある
つまり駆逐艦に求められる要件とは、魚雷艇の駆逐に始まり防空、対戦、輸送任務といった、あらゆる任務に対応できる汎用性にある。バカの一つ覚えのように盾役のみに終始する教練は、駆逐艦が持つ能力の大半をドブに棄てているに等しかった
阿武隈が見出した不知火の才能は、那智というひとりの愚者によって無駄に擂り潰され、貴重な時間を無駄に消費させられていた
それでも不知火は、そんな状況にありながら自分に出来る事を模索し続けた。空いた時間を利用して阿武隈から教わった戦術を反復し、座学に勤しんだ。那智との合同練習では艦攻の雷撃や、艦爆による爆撃を想定し、自分なりに雷撃コースに砲撃したり、爆撃を回避するタイミングを試したりしていた。先日の演習で経験するはずだった防空戦が、今の不知火の当面のテーマとなっていたからである
もっとも、たった二隻しかいない那智戦隊と演習をしてくれる相手などいなかったため、実戦を経た上でのイメージトレーニングとして還元出来ない事が不知火の悩みであった。それは今や悪名高き那智が皆に敬遠されているからだけではなく、那智の元でボコられ、不知火の戦績に無駄に傷を付けるのを気の毒に思った艦娘達の配慮でもあった
あの時中止となった演習は無効扱いとなったため、公式には不知火は未だに戦闘を経験していない事になる。実際、不知火はただの一度も砲撃していない。一度として敵機の襲来を経験していない。不知火にとっては、これは由々しき問題であった
阿武隈は、そんな愛弟子の有様を見ていられなくなって、那智に何度も不知火を解放するよう求めたが、不知火に去られると単艦になってしまう那智としては、要望の受け入れに難色を示した。信じられない話だが、軽巡でありながら、各方面から高い評価を受けている阿武隈が自分に頭を下げるのを見て悦に入っていたというのも、拒否の理由のひとつになっていた
今回の件で責任を感じていた潮に至っては、大本営に直接赴いて不知火の転属を直談判する覚悟でいた。誰もが、不知火の行く末を案じていた
第二水雷戦隊旗艦の神通も、その一人だった
大戦中の不知火は霞、霰、陽炎たちと共に第十八駆逐隊のメンバーとして神通麾下の第二水雷戦隊の直属であり、例のグロウラー雷撃の事もあり、何かと因縁がある。神通は、その時の事を未だに引きずっていた。それだけに、今の不知火の置かれている状況は、決して看過できるものではなかったようだ
彼女は、大本営に出立する前の潮から、例の事件のあらましを聞いていた。潮は、那智がいかに無能で無慈悲であるかを力説していたが、神通の関心を惹いたのは、進言を却下された後の不知火の行動であった
まだ演習の経験すらなかった不知火が、自分の知識を総動員して爆撃対策を提案し、すっかり下がってしまった艦隊の士気を鼓舞し立ち向かおうとしていたと聞くに及び・・・・
人としての記憶しか持たないにもかかわらず、限られた状況の中で最善を尽くそうとする不知火の生き方に、神通は静かに感銘を受けていた
そして・・・・
とある演習海域での事。神通麾下の第二水雷戦隊は、いつものように霞達に地獄の教練を科していた。その海域でたまたま那智戦隊とバッティングし、那智にいいように振り回されている不知火を見かけた。神通は霞達に教練を行いつつ、不知火の様子を観察していた
那智はというと、相変わらずの無能ぶりを発揮し、後方の那智の動きに合わせて射線を塞がせるという、文字通り徹底した盾役としての訓練を強要していた
だがそんな中にあっても、不知火は明らかに目的意識を持って職務を務めている様子が覗えた
不知火の目線は、仮想の艦攻、または艦爆の動きを追っていた。彼女なりにタイミングを計っては牽制の砲撃を入れたり、回避運動を試みていた
もっとも、射線を外すその度に那智の怒号や罵倒が浴びせられていた。本人はあまり気にしてはいないようだったが、あれではせっかくの訓練も、成果が期待できそうになかった
ただ、公式にはまだ一度も演習経験のないLv.1の研修生が独学で行う練習としては、実戦的で、充分高度な取り組みをしているとは言えた
「・・・・・成る程・・・・確かに、見込みはありそうですね・・・・ですが・・・・・」
神通がこの時何を思ったのか・・・・この時点では、誰にもわからなかった
「霞ちゃん、ちょっと来て下さい」
訓練を一時中断し、神通は霞を呼びつける。正直ほっとしていた霞達であったが、そんな態度はおくびにも出さなかった。気付かれれば、地獄のメニューに《デザート》が追加されるだけだった
「なに?神通姉さん? まだ、訓練の途中なんだけど?」
精一杯強がる霞。疲労で膝がぷるぷるしそうなのを、必死に堪えていた。それよりも何故突然呼ばれたのかが気になっていた。特にミスをした覚えはない。霞は、内心は戦々恐々としていた
「少し用を思い出しましたので、ちょっと抜けますから・・・・二水戦の事を霞ちゃんに預けます・・・・・・お願い出来ますか?」
突然の神通離脱の通告に霞は驚きを隠せなかった。それはそうである。彼女の知る限り、例え訓練であっても神通は途中で抜けたりしたことはなかった。緊急でなければ、例え提督からの呼び出しであっても後回しにするような人だ
つまり、神通にとって、提督からの緊急呼び出しに匹敵する案件、という事になる
「・・・ちょっとって・・・どれくらい?」
思わず、そう聞き返していた
「・・・まだ、わかりません・・・・ひょっとしたら、霞ちゃんに迷惑をかけるかも知れませんね・・・・・先に謝っておきます」
それを聞いて、霞はなんとなく察した。神通姉さんは多分・・・・・・
「・・・・わかったわ! 後の事は私に任せて。 あいつらの事は、みっちりしごいておくから」
神通を安心させようと、努めて気丈に振る舞う霞。そしてそれを聞いてゲンナリする陽炎と霰であった
「・・・お願いします」
そう言い残すと、神通は誰かの怒鳴り声のする方へ向かって航行していく
《・・・やっぱり・・・そうか・・・・・姉さんらしいわ・・・・》
陽炎たちも、神通の行動に気付いているようだった
だが・・・
「さ、訓練を続けるわよっ! みんなっ! 霞についてらっしゃい!」
もう、誰も神通の背中を見てはいなかった
「そう、私たちは華の二水戦! 例え姉さんがいなくても・・・たった一人になったとしても・・・・止まるわけにはいかないっ! 討ち果たすのみっ!」
そんな霞たちの心意気が、神通の耳に心地よく響く
あの子達は、私がいなくても、もう大丈夫・・・・そう思えた
「那智さん、ちょっといいですか? お話があります」
突然、神通は訓練中の那智に話しかけた
「今は訓練中だ! 誰だ?私の邪魔をするのは!・・・・・なに? 神通・・・だと!?」
何故、神通が自分に話しかけてくる? あまりの事に、那智は混乱していた
神通は、どこか妙高と似た雰囲気があって、那智の苦手なタイプだった。無論それだけではない。《華の二水戦》の旗艦、神通と言えば、知らぬもののない、超武闘派で知られる武勲艦である
「・・・・どういう用件か知らんが、後にしてくれないか? 今は忙しい!」
何となく嫌な予感がしていた。出来れば、今は相手にしたくない・・・・そう思った那智であった・・・・だが・・・・
そんな那智の肩に、神通が手をかける・・・・
「・・・聞こえなかったのですか? この《神通》が、あなたにお話があると言っているのです」
一瞬、ゾクリとした
心の中で、那智は呟く
《前言撤回だ。妙高姉さんに似てるだと? コイツの方が、格段にヤバいッツ!》
「・・し、仕方ないな! 話とは何だ?」
動揺を押さえ、努めて平静を装いやっとそう答えた・・・・だが・・・・
「ぬいちゃん、今日はもういいですから、練習を切り上げて休みなさい。明日は早いですよ」
「・・・え・・?・・・ですが・・・・」
突然不知火を帰すよう促す神通に、流石の那智も黙っていられなかった
「お、おいっ! 何を勝手に・・・・」
と、言いかけた言葉を那智は飲み込む
「いいのよ。戻りなさい」
有無を言わせぬ神通に気圧され、那智は黙り込む
そして不知火は、今度は素直に神通の言葉に従った
「・・・了解しました・・・それでは姉さま方、不知火、お先に失礼します」
不知火の姿が遠く見えなくなった頃、那智が口を開く
「貴様の用というのは、不知火の事か?」
流石の那智も、それくらいの事は察しがついた
「ええ・・・単刀直入に言います・・・那智さん、ぬいちゃんを私に戴けませんか?」
「お前に・・・だと?」
「ええ・・・そもそも、ぬいちゃんは元々十八駆の所属ですし、十八駆は二水戦の下部組織ですから、私の庇護下に入るのは当然だと思いますが?」
正直、少し意外だった。不知火に同情してあれやこれや言ってくる輩は多い。特に阿武隈の元に返すべきだという苦情を嫌と言う程聞いている
だが、神通は不知火を欲しがっている?
たかだか駆逐艦風情を、わざわざこの那智とやりあってまで欲しがる理由は何だ?
「・・・何故、不知火を欲する?・・・神通・・・!」
思わず、そう問いかけた
「那智さん・・・・あなたには、わからないでしょうね・・・。」
「ああ、わからんな! わからんから、何故だと聞いている!」
「そうですね・・・今から一年後、くらいでしょうか・・・あの子・・・不知火は必ず頭角を顕してきます」
「はぁ? ただの、駆逐艦だぞ不知火は?」
「・・・だから、あなたにはわからない、と言ったんですよ?」
正直、那智は驚いていた。あの神通が、不知火をそれ程買っているとは・・・・
だが・・・
「なあ、神通よ、もしその話が本当だとして、それを知った私がみすみす不知火を手放すと思うか?」
「・・・・思いませんね・・・・あなたなら、そういうと思っていました」
「ぬかせっ! なら、話は終わりだ。無駄足だったな、神通」
「話は・・・まだ終わってはいませんよ」
「くどいな神通・・・何を言われようと、不知火を手放すつもりはない!」
「・・・ひとつ・・・言い忘れていましたが、あなたの指揮の元では、ぬいちゃんは並の艦娘で終わるでしょうね・・・・」
「・・・どういう意味だ?」
「駆逐艦に壁役しかさせないような稚拙な指揮の元で、あの子が大成するとお思いですか? あなたに、駆逐艦の育成は向いていません。あの子をダメにするだけです」
「なん・・・だと!?」
「それは、某鎮守府にとっても・・・この世界にとっても大きな損失です。せっかくの不知火の才能を、みすみすあなたに潰させるわけにはいきません・・・それが、私がここに来た理由です」
「・・・・要するに、私には不知火は勿体ないと・・・そう言いたいワケだな・・・」
「まぁ、有り体に言えば、そう言えなくもないですね。無論、タダでとは言いません」
「なんだ?代わりの駆逐艦でも寄越すとでもいうのか? 陽炎あたりなら、考えてやってもいいが?」
「まさか・・・・他の子にそんな事はさせられません・・・・私が・・・この神通が、那智戦隊の貴下に入ります・・・」
「なんだって!! いや、しかし流石にそれは・・・」
如何な那智でも、それは流石にマズい事くらいは理解出来る。いくら何でも《華の二水戦》の神通を貴下に収めるなど、本人が許しても、周りが許さない。特に、大本営からは覚えの高い第二水雷戦隊である・・・・こんな事が知れたら、只で済むはずがない・・・・・
「・・・といっても、当面は色々問題もありますので、条件付きではあるのですが・・・・・」
「・・・ああ、まぁ・・流石に貴様がそのまま来るのはマズいだろう」
「現状、月に二回程度の演習参加になら、都合は付けられます」
「ほう・・・それは・・・・悪くない・・・うん、悪くないな」
「・・・それと・・・もし、一年が経過しても不知火がモノにならなかった時は・・・・正式に、那智戦隊への転属を約束します。誰にも・・・例え大本営であっても、口出しはさせません・・・・」
那智は、あっけにとられていた・・・・・
あの、神通が、我が身を差し出してでも不知火を守ろうとしている・・・・・
冷静に考えれば、那智にとってはこれは悪くない話である。単発とは言え、神通の演習参加は正直ありがたい。更に、もし不知火が神通の見込み通りに育たなかった場合、彼女は那智戦隊の直属となるのだ・・・・・
「・・・・・・・・・・・」
先程まで晴れ渡っていた海原が、いつの間にか・・・黒雲が空に渦を巻いていた・・・
自分は、第五戦隊旗艦、第五艦隊旗艦、志摩艦隊旗艦を歴任した那智である・・・なのに・・・誰も自分を認めない・・・・誰も自分を敬おうとはしない・・・・。
対して、不知火は艦時代には大した武勲もなく、水雷戦隊の旗艦を務めたという事実もない、十八駆の司令艦を一時務めた事があるだけの、ただの駆逐艦のはずである・・・・・なのに・・・・
誰も彼もが不知火を気遣う・・・特・教導艦の阿武隈に見初められ、そして今、栄光の華の二水戦の神通が、その身を差し出してまで不知火を救い出そうとしている・・・・
水平線の向こうから・・・・雷鳴が聴こえていた・・・・それはあたかも・・・
「・・・何度も言わせるな! 不知火は渡さん!」
気がつくと、そう口走っていた
不知火に対する、嫉妬の感情が・・・抑えられなくなっていた
この、分不相応な那智のプライドは、那智自身を破滅させかねない危うさを漂わせていた
「・・・・そう・・・ですか・・・・なら、仕方ありませんね・・・・・・」
そう言うと、神通はバックステップして那智から少し距離を置く。同時に15.2cm連装砲改二に徹甲弾を装填、同時に61cm五連装酸素魚雷の発射管を解放した
「・・・なっ!? 貴様何をッツ!?」
慌てて回避行動を取ろうとする那智であったが、既に神通の照準は那智を捉えていた
「・・・何をって・・・背中からぬいちゃんを撃ったあなたに、そんな事を言われるのは心外です・・・」
「くそっ! 初めからッツ、このつもりだったのかッツ!!!」
「まぁ・・・こうなる気はしていました・・・・因みに、今装填されている徹甲弾も雷装も、演習弾ではありません・・・・」
「・・・・じ、実弾・・・だと・・・!?・・・貴様まさかッツ!?」
「ぬいちゃんを解放しないのなら、元よりあなたを生かしておくつもりはありません・・・あなたは、やり過ぎました・・・。」
「ま、待てッツ!! 落ち着け神通!! こんな事をしたら貴様だってタダでは済まんぞ!!」
「後の事は、霞ちゃんに託してきたので、私がいなくなっても問題ありません・・・そして、あなたがいなくなれば、問題解決です・・・。」
ここに至って、那智は悟った。どうやら、この神通の行動は、大なり小なり、ここの艦娘達が自分に抱いている感情を代弁しているのだと・・・・・あの、糞生意気な駆逐艦(霞の事)に事後を託してくる辺り、とうに腹を括っているのだろう・・・・
《このままでは、確実にやられる・・・・》
一時の短気が、那智自身を絶対絶命の危機に陥れていた
だが・・・・
「わ、わかった! 不知火は、神通、お前に譲る。その代わり、約束は守ってくれ」
早々に那智はギブアップした。過去の記憶のない那智にとって、今生こそが、自身の生きた証そのものである。このままむざむざ神通に殺られるわけにはいかなかった
「・・・・もう降参ですか?・・・ウチの霞ちゃんだって、もう少し頑張りますよ?」
「抜かせ・・・・お前とやりあったんじゃ、命がいくつあっても足りん!」
「まぁ・・・ともかく、わかってもらえてよかったです。後で正式な書類手続きをお願いします」
「わかってる。約束は守る」
この、神通の働きかけによって、不知火は那智戦隊から無事解放された。当面は神通麾下の十八駆に編入される事になる。そして神通は月に二回、那智戦隊の演習に参加をする事となったのであるが、この時はまだ誰もそれを知らずにいた
この知らせは、某鎮守府の艦娘達にとって朗報であった。誰もが、不知火の事を気にかけて日々を過ごしていただけに、皆、ホッと胸を撫で下ろした。不知火の処遇が、神通麾下の十八駆というのは幾分斜め上の結末と言えなくもないが、それでも那智の元に居続ける事を思えば、些末な問題である
不知火の師匠である阿武隈も、この知らせにホッと胸を撫で下ろした一人である。自分の元に返ってこなかったのは、少し寂しいという気持ちもあったが、神通なら安心して不知火を任せられる・・・・そう思って、この件には一切口出しはしなかった
一番驚いていたのは、恐らくはその渦中にあった不知火自身であろう。どうしてこうなったのかは、不知火にはおおよその見当はついていた。恐らくはあの時、那智と神通との間で何らかのやりとりがあったのであろう。だが、あの那智が・・・阿武隈があれ程懇願しても首を縦に振らなかった那智が、神通の申し出を受けた理由が全く想像出来なかった
「・・・・よく、あの那智さんが了承したものです・・・」
ここの所の那智の行動は常軌を逸していた。正直、誰にも手が付けられないという有様であっただけに、この展開は恐らく誰も予想していなかった。あの那智に、「うん」と言わせられる神通という艦娘に、不知火は強い興味を覚えていた
艦時代の不知火は、二水戦の直属だったため神通とは馴染み深い関係であったが、今の不知火は艦時代はおろか、艦娘としての記憶も失ったままの覚醒であったため、文献や人伝の評判でしか、神通の事を知らなかった。ただ、神通の友人でもある阿武隈から、信頼できる艦娘の一人であると常々聞かされていただけに、神通麾下に編入される事事態は、やぶさかではなかった
無論不安もあった。これまでの自分は、阿武隈の元で座学と基礎訓練しかしておらず、演習経験も、事実上ないに等しかった
それがいきなり水雷戦隊の花形である《二水戦》の、それも直属部隊である十八駆への編入ともなると、流石に今の不知火ではついて行けないのは目に見えていた
もし二水戦で満足な働きが出来なければ、せっかく自分に目をかけてくれた神通の顔を潰す事になる・・・・それは流石に申し訳なかった。だが、今の不知火には、神通の期待に応えるだけの自信も、ビジョンもなかった
「・・・・困りました・・・・」
迷惑も心配も面倒事も全てひっくるめて受け止めてくれる阿武隈が相手なら、結果如何に関わらず、迷わず努力に邁進する事が出来る。だが、流石に神通が相手では、結果を出さねばならないというプレッシャーがどうしても頭をよぎる・・・
「・・・で、アタシのトコに相談に来るとか、姉さま泣きそうなんですけど?」
泣き真似をしながら、阿武隈は拗ねたように口を尖らせる
「・・・すみません・・・・ねえさま以外に相談できる相手が思いつかなかったので」
不知火はいつものポーカーフェイスで淡々と事情を説明する
「浮気相手との恋のお悩み相談をなんでアタシがしなきゃなんないワケェ?」
と、いいながらも、頼られてまんざらでもない阿武隈であった
「・・・え?・・・いえ、そうではなくて・・・・神通さんの事なのですが・・・・」
「・・・あ~、自覚ないのね・・・・もうっ!ぬいちゃんの朴念仁!」
「・・・・・?」
《・・・ダメだ・・・全然自覚ないわこの子・・・》
はぁ~、と溜息をつきながらも、阿武隈は愛弟子のために重い口を開く
「・・・あのね、ぬいちゃんはそんなこと気にしなくてもいいの! そういう心配するのはアタシ達の仕事だから・・・・ね?」
「・・・そう・・・なんですか?」
「ぬいちゃんがまだ未熟な事くらい、アタシも神通ちゃんもちゃんとわかってる。どんな事になっても、あなたは今まで通りに頑張ってればいいの・・・・わかった?」
「・・・・はい」
「神通ちゃんは言葉少なだから、ちょっと誤解されやすいけど、ちゃんとぬいちゃんの事考えてくれてるから・・・・・疑っちゃダメよ?」
「・・・疑う?・・・・とは?」
「・・・まぁ・・・そのうちわかるから・・・・」
「・・・はい・・・やはりあぶ姉さまに相談して良かったです」
「もう休んどいた方がいいよ・・・・神通ちゃん厳しいから」
「はい、そうします」
その翌朝から不知火は二水戦に合流し、初の教練に参加した。あぶ姉さまはああいってくれたものの、やはりどうしても緊張してしまう。それだけ二水戦のレベルが別格だとわかる位には、不知火もこの世界に慣れつつあった
「来たわね不知火!みっちり扱いてあげるから、覚悟してらっしゃい!」
ようやく十八駆が全員揃ったとあって、霞はいつにも増してテンションが高かった。いつぞやは羽黒にいいようにやられてしまったが、フルメンバーが揃った今、いつか雪辱を果たすと燃えていた
「霞には色々と迷惑をかけてしまいました。改めてお詫びとお礼を言わせてもらいます。ありがとうございました」
「ちょっ、やめてよ水臭いっ!同じ十八駆の仲間なんだからあたりまでしょっ!」
顔を真っ赤にしながらしどろもどろになる霞
「霞はさ、ド直球なの苦手なのよww それにしても、涼子と同じ駆逐隊になるとは夢にも思わなかったわ!」
不知火とはリアルで従姉妹同士の関係である陽炎は、この不思議な運命の巡り合わせにムズムズしていた。艦娘の事を何も覚えていない涼子の事を、全力でサポートしようと心に決めていたのである
「覚醒の時も、火焔には随分と助けてもらいました。頼りにしてます」
「うんうん♪任せてよ!」
「ちょっと二人とも!今は演習中なんだから、本名で呼び合うの禁止!でないとまた姉さんに叱られるわよ!」
割とガチ目で忠告する霞
「・・・・一人増えたから・・・おしおきも、四等分になるかも?」
希望的観測をちょっとだけ夢見る霰であったが・・・
「・・・なワケないでしょ(汗) 姉さんに聞かれたらマジでお仕置きされるから黙ってなさい」
「・✖・」
「それよかさ、今日は涼・・・不知火の初教練じゃない?流石にちょっと緩めになるよね?」
実の所、今日は少し楽できるかも知れないと内心思っていたのは陽炎だけではなかったのだが、そんな気休めを霞は打ち砕く
「陽炎・・・・アンタ初めて二水戦に来た時どうだったのかもう忘れたワケぇ?」
「・・・・だよね・・・(汗)・・・というか、アタシ未だに姉さんについていけてないんだけど(大汗)」
「・・・二人とも・・・その位にした方が・・・いいかも・・・・・不知火がビビってる(汗)」
ハッと気が付いて一斉に不知火の方を見る
「・・・不知火は・・・大丈夫・・です・・・?」
ひょっとしたら、とんでもない所に来てしまったのかも知れないと思い始めた不知火であった
神通 03 私を超えていきなさい に続く