「お帰りなさいませ。お嬢様」
「ただいまー! すぐ出かけるから荷物部屋に置いといて!」
「承りました。あの……よろしければ、そろそろどこに出掛けられているのか教えて頂けると……」
「ごめん。秘密! 大丈夫。心配いらないから! じゃ!」
「そうですか……分かりました。行ってらっしゃいませ」
少女は高校から帰ってくるや否や家を飛び出していった。サイドテールの銀髪を靡かせ、自転車を走らせていく。そして目的地に辿り着いた彼女は意気揚々と扉を開いた。
(うーん。今日も良い音ね! 一日のどこかで聞かないと落ち着かないくらい!)
「玲ちゃんお帰り! 今日もよろしく頼むよ!」
「任せてちょうだい!」
その場所とは雀荘「たりんちゅ」。店長に声を掛けられた彼女……神宮寺玲は制服に着替えて仕事を始めた。飲み物の手配、空いた卓の後片付け、人数不足の卓の補充要員など……つまりはメンバーとしてのアルバイトだった。
「参ったなあ……。トイレピンチお願いしまーす」
「……!」
(随分走られたわね! 起家で高打点ツモを連発された形……少牌マイティでは珍しくはないけれど。親番が蹴られた以上オーラスのみでの逆転はかなり厳しいわ)
彼女が勤める雀荘では特殊ルール「少牌マイティ」を採用していた。基本的には三麻に準じているが、通常13枚の手牌を12枚で進行し、架空の1枚をオールマイティにとれる心の牌……あらゆる牌として扱えるというルールだった。
「リーチ!」
(2着上等とする考えもあるわ。恐らく席を立った人はそう考えていたわよね。逆転の目は無い、と。だからこそ投げやりな代走を……)
自身が9000点ながら、上家73000点、親の下家が8000点。上家のリーチに振るとラスになってしまう。状況から考えて敗戦処理を任されたのだと玲は考えていた。だが……
「ポン!」
(可能性が生まれたなら、私は諦めないわよ……!)
「役牌の北は分かるけどそれもかい。良くやるよ。打ち込んでくれても俺ぁ構わないけどさ」
(役アリでリーチとは思えないわ。待ちは索子の下の両面系と宣言牌の8筒周りの愚形が本線……7筒のペンチャン・カンチャン待ちか9筒のシャボ……のはず! なら!)
確信とまではいかない推測の範疇。だが彼女は自身の読みを信じて歯を食いしばり6筒を打ち出した。
「…………」
(打ってくれるかもしれないのか……)
親はまだリャンシャンテンながら行くしかないと考えていた。しかし玲の突っ込みを見て守りに考えが寄り、迂回が選択される。その結果、2萬〜8萬が存在しないことから対子の9萬が場に引き出された。
「……! ポン!」
「えっ!?」
「あ……! ま、まさか……」
持ち持ちだった9萬が鳴けたことで玲の手牌はたった3枚になっていた。そして親が再び9萬を落とすと、リーチ者の手から7索が溢れた。
「ポン……!」
「しまった……!」
そしてポンと共に放たれた5索が1-4索待ちをすり抜けると、これにより12枚あった牌が全て使い切られ、裸単騎ならぬ架空単騎が完成していた。
「『無』の責任払いは32000……! リーチ棒を出したのはやり過ぎだったわね」
「親が遅そうで子が安手ぽいからと思ってなあ……。油断したよ」
(そう……君は油断して牌の声を聞かなかったのよ。これだけ仕上がった牌勢なのにリーチの必要が出てしまうきな臭さを感じ取れなかったのかしら)
店側の人間であるため態度を抑えたものの、玲は失望していた。彼女自身麻雀に強い自信があるものの、この状況は相手のミスが無ければ逆転不可能と考えていたからだった。そんな慢心とも言える一局に落ち込む様子もない相手に対して落胆の色が心を染めていく。
(もっと張り合いのある打ち手はいないのかしら……。……!)
「こんにちはー! 一見ですけど打てますかー!?」
その時だった。快活な声と共に扉が勢いよく開かれた。そこにいたのは幼さの残るピンク髪の少女だった。主要な客層がサラリーマンであることからも、その異様さは浮かび上がっていた。
(……女の子……それも中学生くらい? 珍しいなんてものじゃないわね……)
(わー! 女子高生の店員さんだ! 珍しいのら〜!)
「え、ええ。打てるわ。通常の麻雀と少牌マイティ、どちらにするの?」
「何それ? 面白そうなのらー! そっちがいいな!」
「分かったわ。ルールを説明するわね」
(初めてか……。最初は待ちが分からなかったりするから、サポートしてあげないと厳しそうね)
「
一通りの説明を済ませている間に人数が揃って新しい卓が開かれた。玲はメンバーとして分からないことのサポートができるよう彼女をそれとなく気に掛けていた。
「来たあ! 西お多福3つでとりあえず満貫なのら!」
お多福とは5面待ちなら1ハン、そこから待ちの種類が1つ増える毎にハンも1つ増えるという役。つまり彼女は自分の待ちが7面であることを理解している証明でもあった。
(そうよ! ヘッドの1萬に加えて索子の3・3・4・5の部分が1〜6索全てをアガりにできるわ! やるじゃない!)
単純に待ちの把握だけでなく牌を捌く手つきも良く感じられ、玲は彼女に興味を惹かれていた。元々雀荘で働く理由は麻雀にハマっただけでなく、人間観察を趣味としている部分も大きかった。徐々にそれとなくではなく、しっかりと彼女のことを観察するようになっていく。
「リーチ!」
(綺麗な
「リーチ! おっ……ロン! 一発なら8000点だ!」
「あっちゃー! やられたあ……!」
(親ならやむなしの待ちの悪いリャンカンリーチに一発……。後で張った愚形に負けることもあるのが麻雀。理屈ではそうでも、ダメージは大きいわよね。……!? 笑ってる……?)
ショックは免れないと思っていた玲は彼女が湛える笑みに困惑していた。先程の彼のように落ち込むほど真剣ではないのかとも邪推した。しかし疑問はすぐに氷解した。
「リーチ……!」
「うおっ! 親リーに一発でドラかい!」
「ツモ! チャンタがついて満貫なのら!」
(入り目の5索で切り込んで高め1索ツモ……! インファイトの打撃戦上等ってわけね!)
これで再び先行した彼女だったが次の親で対面の倍ツモの親被りを受け配給原点に戻り、さらに次局で上家の追っかけリーチにハネ満を放銃してしまう。
(ラス親も見据えれば当然とも思える勝負……。けど同じ相手に追っかけられての放銃。後がない今、先程と同じように攻められるのかしら)
彼女の点が17000に減り、上家37000、対面36000と置いていかれ気味の状況。しかも対面も追いつくべく役牌を絞らずに叩き、これが親に鳴かれて3索が場に出された。
(これで間違いなく混一色テンパイね。抜きドラ含めて既に4ハン。ドラ色だけに親っパネの可能性はあり得るわね。振ればラス親を待たずして飛び……。七対子のみで突っぱねるには……あっ! 鳴きで赤5索が流れての満貫ツモ……! これでラス親に賭けられるわね! ……!?)
(どうして牌勢が上向いてるのに1枚目の東から鳴くかなあ。おかげで調子が良い人のツモ筋を貰えたのら!)
ツモった牌を横目に彼女が浮かべた笑みを見て、玲は背筋に悪寒が走った。
(まさか——)
そして宣言と共に彼女の手が倒される。
「オープンリーチッ!」
「たぁー。しかも4索か。嬢ちゃん打牌が強えなあ」
「えっへへー」
「あれ? これは……テンパってるのかい? 店員さん」
「え、ええ。槓子を対子2つ分として認めているから、この手は6対子なのよ。だから……」
「このツモは絶対に一発ってことだよね!」
「だからオープンリーチなのか」
(そう。それに初めてで気付いているのも驚異的だけれど……)
「というわけでツモっ!」
「ど、ドラの8索……!?」
「マジかよ。それ当たりにされちゃったかー」
そう言うと親が手を公開した。2索・6索・7索のシャボ待ちに5-8索の二度受けの5面待ち。9索の暗刻もあり
「やったー! 裏頼んだよー!」
(オープンリーチ一発ツモ七対子赤ドラドラで9ハン……もし乗れば三倍満……!)
しかし裏ドラ表示牌は北で乗らず……彼女は本音を思い切りぶちまけた。
「くー! たったの倍満しかないのらー!」
「おいおいそりゃ煽り過ぎだぜ。これで逆転トップなんだからさ」
「だって3筒に乗ったら数え役満だったんだよ!?」
「……!?」
「何をー! こちとら今の親被りで途端にラスだってのに役満だあ!?」
「ま、まあまあ。役満を夢見ただけで、悪気は無いようだから許してあげて?」
「ふぅー……ここは玲ちゃんの顔を立てて勘弁しとくよ」
(連れだと思われているのかしら? 無理もないけれど。それにしても役満ね……。私にはアガれる権利を得た上で飛びのリスクがある4索は打ち出せなかったわ。同じ手を見て満貫で留まる者と、役満を夢見る者……かあ)
そして迎えたオーラス。トップからラスまで6000点差と拮抗する中、アガり止め無しのラス親を務める彼女は第一ツモでドラの白を重ね、ご褒美かのような手の伸びを見せていった。
(西をフカしてドラ暗刻のメンホンテンパイ……! 3筒・5筒・西の3シャボ待ちとカン4筒の複合形。ツモか4筒出アガりなら倍満確定。トップ目のラス親ならダマでも十分……!?)
(このツモはゴーサインなのら!)
「リーチなのら……!」
(どうしてよ……!? 余裕の勢いリーチかしら……)
待ちの範囲が明確であるため通常の親リーチに比べて足止めの効果は薄くなっていた。巡目は進みリーチ棒により縮まった点差を活かして安手ながら対面がテンパイを入れた中、牌が引き抜かれた。
「ツモっ! さっきも集まってくれたし、来てくれると思ってたのら!」
(3筒ツモで三暗刻もついて三倍満……。結果的には大正解ってわけね)
「……今日はついてない日なのかなあ。また裏が乗らなかったのらー!」
「そんなバカヅキしといてよく言うぜ……」
「えー? そうかなあ。この手は倍満で終わらせないでくれって牌の方から言ってきたのら!」
「え……」
そして迎えた1本場、対面が異様な捨て牌をしていた。
(棒リーのテンパイ取らず……。これは私にも聞こえるわ。我慢の一局だってね!)
打って変わって慎重な打牌を繰り返す彼女。玲も少々意外には感じたものの、同感だった。
「あ、ツモっちまった……しょうがねえな」
「げっ! 国士だったのか!」
少牌マイティにおいては11種12牌揃えればテンパイとなり、待ちも2種8枚と広がる国士無双。その有利もあって13面張はダブル役満としない取り決めであったため、ダメ元で役満の直撃を狙っていた対面は渋々ツモアガった。これにより12000点に沈まされていた対面は46000点にまで回復し、対照的に彼女は69000点から48000点まで削られていった。
(止めた9萬は当たりでは無かったけど、間違いなく警戒していたわ。それに勢い任せに棒リーを打てば席順の関係で同点ながら2着落ちだった! 攻めっ気が目立った彼女だけど、あくまで攻めるべき時に踏み込んでたってこと! それに……)
その点棒移動を見届けた玲の胸の内に広がっていたのは悔しさだった。
(親倍ツモなら十分だと思ったのに……! 私だって人のことは言えなかった! 聞こえていない牌の声があったわ……。きっとこの子には、無いのよね。私が勝手に作っていた十分なんて限界は!)
同時に自分の思い上がりを恥ずかしく思っていた。ここ最近彼女は上り調子で敵無しといった状態であったが故に、麻雀の全てを知っているような気にさえなっていた。しかしこうして未知の世界を見せつけられ、まだまだ自分の知らない無限の可能性が秘められているのだと、深く心に刻み込んだのだった。
「……ねえ、君。良かったら名前を教えてくれない?」
「ふぇ?」
同卓する機会は訪れず。だからこそ玲はラス半コールに気を配り、帰り際の彼女に話す機会を自ら作り出した。
「ふふっ。いきなりだったわね。私の名前は神宮寺玲よ」
「八崎茜だよ〜! 玲お姉ちゃん!」
「茜か……良い名前ね。今日は良い麻雀を見せてもらったわ」
「えっへへ〜! ありがとっ! 伝説の打ち手になるために今はプロを目指してるから、そう言ってもらえると嬉しいのら!」
(で、伝説? よく分からない野望だけど……でも、プロ志望なんだ。なるほどね……心を動かされるわけだわ!)
「次来る日を教えて貰えないかしら? その時は、茜と打ちたいの。一介の
「いいよ〜! 楽しみにしてるのら!」
偶然の出会いは一期一会に終わらず。二人は約束通り再び出会うことになる。それは限りなく続く二人の関係の始まりでもあった——。