「ハッ…ハッ…」
「はぁ…はぁ…」
土曜日の朝。僕は今、毎朝ジョギングをしているという四葉に付いて走っていた。
さすがどの部活からも助っ人を頼まれているだけはある。とんでもないスピードだ。多分、これでも抑えてくれてるんだろうけどね…
暫く先行する四葉に付いていくと公園が見えてきた。四葉はその公園に入ると両手を挙げて止まった。
「到着です!」
「はぁ~~~ぁ~……」
限界を迎えた僕は両膝に手を押さえ下を向いて息を吐き出した。
「先生お疲れ様です!あっちにベンチがあるのでどうぞ!」
「はぁ…はぁ…サンキュー……」
なんとか返事をして、ヨロヨロと歩きながらベンチに向かう。そして、ドカッと座り込んで空を見上げた。
「はぁ…はぁ…はぁ~~~、良い天気だなぁ…風も気持ちいいぃ」
「ですね!はいどうぞ!先生の分です」
僕の言葉に返事をしながら、四葉は僕にスポーツドリンクのペットボトルを差し出してきた。
「悪いね。お金は──」
「良いですよこれくらい。あ、隣座って良いですか?」
「ああ、全然良いよ」
生徒に奢られるのも悪いなと思いながらペットボトルの蓋を開ける。そして、四葉の座るスペースを空ける為に横にずれた。
「ん…ん…ん……はぁ~~、やっぱり運動の後のスポーツドリンクは旨いね!」
「ですよね!じゃあ、お隣失礼して」
そう言って僕の隣に座った四葉も自分の分のペットボトルを開けるとグビグビ飲み始めた。
「ん…ん…ん…ぷはぁ~~♪美味しいです!」
飲み終わった後の四葉はニカッと笑顔をこちらに向けてきた。
やはり五つ子。笑顔も似ている。が、どこか違いを感じてしまう。なんだろう…四葉の笑顔はこっちまで楽しくなってくるような笑顔だ。
まあそれは良いんだが……
「あー…四葉?」
「なんです?」
「いや、近くない?」
そうなのだ。四葉は肩が当たるのではないかというくらい近く僕の隣に座っている。
「?そうですかね?……あ!もしかしてにおいます!?」
クンクンと両腕の二の腕辺りを四葉は匂い始めた。
「いやいや、そんなことないよ。むしろ良い匂いが……じゃなくて!いや、四葉が気にしないなら良いんだけど」
「はい!私は気にしてないですよ。先生も落ち着く匂いがします。ししし」
「そ、そう?」
うーん…最近やたら近づいてくる人達がいるから気にしすぎなのだろうか。
今の間にも少し近づいたような気がする……ま、良いか。
「それにしても先生って運動されてたんですか?結構ペース早かったかもでしたがしっかり付いてきてましたし」
「ああ、大学までね。こっち来てからはからっきしのインドア派になっちゃったけど」
「へぇ~、何されてたんですか?」
四葉の目は興味津々のようでキラキラとしている。
うーん…久しぶりにやってみるか。
そこでペットボトルをベンチに置き、立ち上がった僕は少し離れた場所で構えた。
左腕は直角に曲げ左手は軽く握り、右手は腰辺りで握り拳を作って逆手にし、そして左足を前に出した。
「ふぅーー……ふっ…!」
そして一呼吸置いて右手を前に突き出した。所謂正拳突きだ。
「はっ!」
その勢いのまま左足で前蹴りを行い──
「せい!」
更にそのまま上段への右足での回し蹴りを行った。
「ふぅーー……」
そして、両拳を逆手に握り拳を作って腰辺りに持っていき一呼吸置いた。
うん、まあ数年やってない割には上々かな。
「こんな感じ。どう?」
「…………」
型を見せた後に四葉に声をかけるも、目を見開いて固まっていた。
なので、四葉に近づいてから目の前で手を振って声をかけた。
「おーい、大丈夫かぁ?」
「はっ…!」
そこでようやく気がついたようだ。
「凄いです!いまの空手ですよね!近くで初めて見ました!」
「まあ、ブランクがあったから大したことはないんだけどね」
興奮気味の四葉に対して、少し恥ずかしくなり頬をかきながら大したことがないと伝えた。
「そんなことないですよ!凄いかっこよかったです!他のみんなにも見せたいくらいですよ」
まだまだ興奮している四葉は『えいや!』と言いながら両手でパンチの真似をしている。
「大学までって…言ってましたけど、こちらに来てからはやってなかったんですね。部活の顧問とかしなかったんですか?」
「あーー…確かに話は上がったけど新任でそれどころじゃないですって断ったんだよ。まあ、そろそろまた打診がありそうだけどね…やだやだ」
そんな風に言いながらまたベンチに座りスポーツドリンクを飲んだ。そんな僕に四葉は寄りかかるようにして、頭を肩に乗せてきた。
「四葉?」
「えへへ、なんか頼もしいお兄ちゃんができたみたいでつい…その…嫌、でしたか?」
うるうるした目でこちらを見上げてくる四葉。
ぐっ…四葉にもこんな顔が出来るのか。
「別に嫌って訳じゃないけど、どうせやるなら上杉にしなよ」
「う、ううう、上杉さんにはできません!なので……そう!これは授業なんです」
「授業?」
肩に顔を乗せたりするのは上杉にすれば良いのではと提案すると、四葉は狼狽えながら立ち上がりこれは授業であると伝えてきた。
「私って男の人にアピールとかする方法とかよくわからなくて。でも、一花やことりさんはきっとどんどんアピールしてると思うんです。ことりさんに至っては、キ…キスの約束まで……」
そこで少し自身なさげな表情を四葉は見せた。
「あれはことりの単なる暴走だと思うけどね。上杉が受け入れるとは思えないし」
少しでも四葉を安心させられればと思ったつもりで伝えたのだが、四葉ぶんぶんと首を振った。
「それでもきっとことりさんならそれ以外の方法で風太郎君をドキドキさせてると思うんです。先生は前にそのままの私で良いって言ってくれましたけど、やっぱり焦ってきちゃって…」
「そうかぁ…」
「それで、先生なら親しみやすいので男の人へのアピールの授業をしてもらおうかと思って。すみません、なんか勝手に…」
なるほど、そこまで考えての行動だったのか。四葉も四葉なりに考えていると。なんと言っても、一花とことりは告白しているが四葉はまだしていないというハンデもある。焦る気持ちも出てくるか。
「分かったよ。どこまで出来るかは分からないけど協力してあげる」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
僕の言葉にぱぁーっと明るい笑顔を見せた四葉は頭を下げてお礼を伝えてきた。
「で、ではさっそく先ほどの続きをしてもいいですか?」
「え?ああ、肩に頭を乗せるのね。別に良いけど、本当に汗臭くない?そこがさっきからめっちゃ気になるんだよね」
「あはは、言ったじゃないですか。先生の匂いは落ち着くって…じゃあ失礼して」
笑いながらベンチに座った四葉は、また肩が当たるところまで近づいて頭を肩に乗せてきた。
「あ…あの!手を握ってもいいですか?」
「手?ああ、良いよ」
緊張した趣で四葉が手を握りたいと言ってきたので、快く承諾し右手を差し出した。
「じゃあ失礼して…………わぁ~、やっぱり男の人の手って大きいんですね」
四葉は手を握るというよりも両手で僕の右手を触っている。
「まあ、男と言っても人それぞれだろうけどね。上杉は背も高いし手も大きいんじゃない?」
「そうなんですね……」
僕の言葉にはあまり反応が薄いようで、僕の右手を触っているのに集中しているようだ。たまに力を入れて揉むような感じでもあるので少し気持ちいい。
「ははは、なんかマッサージされてるみたいだね」
「はっ…!す、すみません。くすぐったかったですか?」
「いや、どちらかというより気持ち良かったよ。上杉も勉強で手が疲れてるかもだから、そこを理由にマッサージしてあげたら?」
「そうですね。それはいいかもしれません!じゃあ、先生もお疲れでしょうから、練習も兼ねてマッサージしてあげますね」
「お、良いの?ありがとう」
最近作業で疲れてたからしてくれるのは非常に助かるので笑顔でお願いした。
すると四葉から屈託ない笑顔が返ってきた。
「ししし、任せてください!……しょっ……どうです?痛くないですか?」
「いや、ちょうど良い感じだよ。虜になりそ」
「ししし、そう言ってもらえると嬉しいです。良かったらたまにこうやってマッサージしてあげますよ」
僕の感想に嬉しそうにマッサージを続ける四葉は、またしてくれると提案してきた。
「それは嬉しい提案だけど、本命忘れちゃ駄目だよ?」
「……わかってます。いつか風太郎君にもしてあげます」
ん?なんか一瞬笑顔に影があったような。気のせいか。
「先生は女の人とのお付き合いはしたことあるんですよね?」
「んー……まあ、あるっちゃーあるけど」
マッサージを続けてくれてる四葉から急な質問が来たのが一応答えてあげた。
「どんな感じなんですか、お付き合いするって」
「んー……僕の場合は一緒に買い物行ったり、遊びに行ったりだったから、なんか友達と過ごすのと変わんないなって思ってたかなぁ」
「え?そうなんですか?」
「ああ。四葉には言ってなかったかもだけど、僕って人を好きになったこと無いんだよねぇ。だから、今は恋愛について一生懸命勉強中かな」
僕の言葉に驚いたのか、四葉はマッサージをしていた手を止めてこちらを見てきた。しかし、僕は気にせず今の状況を伝えた。
「でも、その……手を繋いだり、恋人がやるようなことはしてたんですよね。こんな風に」
すると四葉は僕の両手を指で絡めるように握ってきた。所謂恋人繋ぎを逆手にしたような状況だ。そして、じっと僕の目を見ている。
「ま、まあ…それくらいはあったかな」
四葉の目は真剣そのもので、こっちの方が照れてしまいそうである。
「………キス……キスもしたんですよね?」
「へ?ま、まあしたりしなかったり?」
何が聞きたいのか分からなくなってきたので疑問系で返してしまった。それでも四葉の顔は真剣そのものだった。心なしか握られている手に力が入っているように感じる。
「……じゃあ…………私に...キスの仕方…教えてくれますか?」
「は?何言ってんの?」
少し下を向いて考え込んだかと思いきやとんでもない事を四葉は口走った。
「言ったじゃないですか、これは授業なんです」
「いや!授業って!四葉はしたことないんだろキス?ならファーストキスってことだろ。それは本当に好きな人、つまり上杉に取っておくべきだろ?」
「大丈夫ですよ。先生はお兄ちゃんみたいなもので、つまり家族です。家族とのキスならノーカンです……」
そう言いながら四葉は顔を徐々に近づけてきている。
なんとか止めようと思うが両手を四葉に握られている為に何も出来ない。てか、四葉力が強いな!
「待って四葉!本当にこれは駄目だ!絶対に後悔する!」
なんとか考えを改めさせようと懸命に説得をした。
「先生は好きでもない人とキスしたんですよね?」
「ああ!だから言ってるんだ。こういうのは大事にした方が良い!」
「………じゃあ、なんで飛鳥さんとはキスするんですか?」
「!!」
なんでここで飛鳥の名前が!?まさかあいつキスしてること五つ子に喋ったのか?
いや、今はそれよりも説得が大事だ。
「飛鳥は僕を本当に好きだと言ってくれた。そして、あいつはいつも自分のしたいことを昔から我慢してきたんだ。だから、そんなあいつの願いを叶えてやりたいって、そう思ったんだよ」
「本当に先生って優しいんですね」
ニッコリと笑いながら四葉は僕の額に自分の額を当てた。お互いの唇の距離はほんの少ししかない。
「そんな先生だから……」
「四葉?」
一言口にした四葉は目をつむって何かを考えているようだ。もしかしたら気が変わったのかもしれない。だが次の瞬間──
「ん……」
「んむっ…」
僕の唇は四葉の唇によって塞がれていた。
チュッ…
塞がれていたのはほんの一瞬で、四葉はすぐに顔を離してくれた。
「四葉……お前…」
「ししし、キスってこんなにもドキドキするものなんですね!でも、このドキドキはとても心地いいです。もっと味わいたいくらい……先生……もっと私に…授業してくれませんか?」
笑みを見せている四葉ではあるがいつもの明るい笑顔とは違う妖艶な笑顔に見えてきた。
「これからもっともっと色々なこと教えてください。私、先生の授業はちゃんと聞いて勉強しますから」
「…………後悔するなよ?」
「はい。今もしていません」
僕の言葉に答えた四葉はまたキスをしてきた。
「ん……ちゅっ……はぁ……」
四葉にとっては初めてのキスなのだ。ぎこちないのは当たり前で、唇にキスしたらすぐに引いてしまう。そんな四葉に追い討ちをかけた。
「んっ……!?ちゅっ……せん……せい……ちゅっ……はぁ……ちゅっ……息が……んン……ちゅ……」
「これがフレンチキス。お互いの唇に唇を当てるだけの普通のキスだ。だけど、今みたいについばむように続けてすればもっと気持ちよくなる」
「はぁぁ……はい……」
「……やれそうかい?」
「はい!」
僕の質問に元気に答えた四葉は目をつむりながらキスをしてきた。
「ん……ちゅっ……ちゅぱ……はぁ……ちゅっ……んン……ちゅ……」
四葉は僕に言われたように、僕の下唇や上唇をついばむようにキスを繰り返してきた。
「ちゅっ……はぁ……先生……どうしましょう……私……気分が高揚してきて……もっと……もっと、て……」
「ちゅっ……今日はここまでにしておこうか。ここは外。これ以上はまずいかな」
「うーー……じゃあ最後に一回……ん……ちゅっ……」
今日のところはここまでと伝えると、納得いかない顔をしながらも最後に一回キスをしたら、握っていた手も離してくれた。
あーー、またやってしまった…どうしてこう僕は押しに弱いのだろうか。
自己反省のために下を向いている僕をよそに、四葉は立ち上がるとうーーんと伸びをしている。
「先生!ありがとうございました!」
そして、こちらを見た四葉の顔は清々しい程に笑顔であった。
「はぁぁ…どう?少しは参考になった?」
「はい!また授業してくださいね!もっと色々教えてほしいんです!」
「はいはい」
屈託のないいつもの太陽のような笑顔の四葉に答えながら僕も立ち上がる。
そして、またジョギングで家に帰るのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
始めに、四葉ファンの方がいたらもしかしたら不快に思わせたかもしれません。申し訳ありません。
色々と考えて考え抜いて今回のように書かせていただきました。
今回の事で風太郎や和彦を取り巻く関係はどうなるのか。今後も読んでいただければ幸いです。
ちなみに、僕には空手の知識がほぼ無いので、おかしな点が今後あったらすみません。
次回の投稿では、今回の行動を取った四葉を中心に書いていこうと思っています。
次回の投稿は12月15日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。