「兄さん、私たちはそろそろ寝るね」
五月に数学を教えていると後ろからことりに声をかけられた。
ことりはドアの向こうにおり、廊下やリビングの電気もすでに消してるようだ。結愛はいないようだが、もう部屋で寝ているのかもしれない。
「げっ!?もうこんな時間だったのか。ありがとねことり、声かけてくれて。おやすみ」
「おやすみなさい、ことりさん」
「うん。二人ともほどほどにね。おやすみ~、ふわぁ~…」
時計を確認するともうすぐ日を跨ごうかという時間であったので驚きの声をあげた。
ことりに挨拶をすると、ことりはドアを閉めて行ってしまった。
「ちょっと集中しすぎたみたいだね。今やってるところが終わったら僕達も寝よう」
「うん!お願い」
起きているのが二人だけになったからだろう、五月は敬語なしで話し始めた。
「えっと…当てはめる公式はこれだから...後は計算を間違えないように……できたっ!どうかなお兄ちゃん?」
「うん、正解だ。徐々にだけど成果が出てきてるようだね」
「えへへ」
頭を撫でながら褒めてあげるとはにかんだように五月は笑顔になった。
「よし、じゃあ僕達も寝ようか。根を詰める程でもないしね」
「うん、わかったよ」
僕の言葉に五月は参考書やノート、筆記用具を鞄にしまっていった。
「じゃ、五月はベッド使って良いから。僕は床の布団に寝るよ」
五月が道具をしまい終えたのを確認した僕は、五月にベッドを使うように促した。
「あ、あのね!」
「ん?」
後は電気を消して布団に入ろうかと思っていると五月が声をかけてきた。
「そ、その……添い寝お願いしちゃ駄目かな…?」
「え?」
五月の申し出に驚き振り返ると、五月は両手の指を合わせてもじもじしたいた。目が合うと逸らす程恥ずかしがっている。
「えっと……」
「や、やっぱり…駄目…かな…?」
僕がどうしたら良いか迷っていると、うるッとした目で五月はこちらを見てきた。
はぁぁ…僕はあの目に弱いのかもしれないな。
「良いよ。電気消すから布団に入りな」
「~~…!うん!」
僕が了承すると、パァーと笑顔になり五月はベッドの布団に入った。
五月が布団に入ったのを確認した僕は電気を消し五月の横に並ぶように布団に入った。
五月は壁を背にこちらを向いた状態でいる。
「ねえ、お兄ちゃんもこっち向いて寝よ?」
「分かったよ」
五月に促されるまま僕は五月の方に体を向け横向きになった。ベッドはそれほど広くないので顔はすぐ近くにある状態である。
「えへへ。後、子どもを寝かしつけるみたいに背中撫でてくれると嬉しいな♪」
「今日はやけに注文が多いね。まったく…甘え方がことりそっくりだよ」
五月に言われるがまま右手を五月の背中に持っていきポンポンと寝かせつけるようにリズミカルに軽く叩いた。
すると五月は、僕の左手を両手で包み込むように握り、自身の頭を僕の鎖骨辺りにくっつけてきた。
「ことりさんもこんな風に甘えてくるんだ」
「ああ。僕が言ったとは内緒だよ?今でもたまに布団に潜り込んで来るんだから」
「へぇ~、あのことりさんが…なんか私みたいだね」
ふふふ、と五月は嬉しそうに笑っている。
「ことりさんが羨ましいなぁ。お兄ちゃんといつも一緒にいられて、甘えさせてくれるんだもん」
「そっか…」
「うん…」
僕からは頭しか見えないので、五月が今どういう表情をしているのかは分からない。だけど、握られている手には少しだけ力が入ったように思えた。
「……今日の朝言ってたじゃない?教師と生徒でキスするのはどうかって…」
「ああ…」
「今の私も二乃や三玖には言えないのかもね。こうやって甘えてるんだもん」
「どうだろうね…二乃や三玖は僕と恋人になりたくてアピールのためにキスしたいと言っている。でも、五月はどちらかと言うと妹になりたいように感じるよ」
「………私、お兄ちゃんの妹になりたい訳じゃないよ?」
「え?」
僕の考えを伝えると五月からの否定があったので、驚いて背中を叩くのを止めてしまった。
五月を見るが五月は僕に頭をつけたままである。
「それって…どういう...」
「すー…すー…すー…」
どういう事なのか聞こうとすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
まったくこのお嬢さんはいつも寝つきが良いんだから。
背中を叩いていた右手を五月の頭に持っていき、優しく撫でた。
「……おやすみ五月。良い夢を…」
そう伝えた僕も目を瞑り眠りにつくのだった。
「ぅん……」
目が覚めるとカーテンから日の光が差し込んでいた。どうやらあのままぐっすりだったようだ。
よく見ると五月の頭を撫でていた右手は下まで下がっており、抱きしめるような形で五月背中に回していた。
「すー…すー…」
その五月は今も気持ち良さそうに眠っている。寝る前と変わっている事と言えば、顔は僕から離されて寝顔がバッチリ見えることだろうか。
幸せそうに寝ちゃって…この幸せそうな顔をこれからも守っていきたいな。
垂れ下がっている髪をたくし上げながらそんな考えが過った。
ああ……これが……
ドクンと心臓の高鳴りを感じる。
そして僕は五月の左耳辺りまで顔を持っていき囁いた。
「好きだよ五月」
チュッ…
頬にキスをした僕は上半身を起こし、右腕を天井へと伸ばした。
「うーーん……さてと、起きようにもこの左手を…どう…にか…しないと…」
今もなお僕の左手は五月の両手で包み込むように握られている。それをどうにかしないとここから離れられない。
そう考えながら五月の方を見ると目をパッチリと開けてこちらを見上げている五月と目が合った。
いつから起きてた…?
「えっと……おはよ、いつ──」
「今の本当?お兄ちゃん」
とりあえず挨拶をと思ったのだが、興奮したように起き上がりながら話す五月の声で遮られた。
「えっと……何が...?」
「惚けないで!今、私のこと好きって言ったよね?」
ぐっ……すでにその時点で起きてたのか…参ったなぁ…
「ふぅ……いつから起きてたの?」
「髪をたくし上げてくれた辺りからだよ」
あー……本当に直前で起きちゃってたのね。
頬をかきながらどうしようかと思案していると、僕の左手を握る強さが上がった。そして五月はじっとこちらを見ている。
仕方ないか。ポロッと出た言葉とは言え本心であることに間違いは無いんだし。
意を決して五月と向き合うように体を向けた僕は自分の気持ちを伝えた。
「本当だよ。僕は、五月が好きだ。五月の幸せそうな顔をこれからも守っていきたいと、そう思ってる」
笑みを浮かべながら伝えると、五月の目からポロポロと涙が出てきた。
「あ、あれ?なんで涙が…うっ…うっ…」
涙が出ている事を戸惑っていた五月であったが、途中からは本気で泣いてしまった。
そして五月はそのまま僕の胸に飛び込んできた。
「私も好き!大好きだよ、お兄ちゃん!」
五月は僕に抱きついたまま告白してきた。
その言葉は嬉しく今にでも抱きつき返したい衝動でいっぱいだったが、僕の両手は五月の背中には行かず肩に置き五月を僕から離した。
「お兄ちゃん…?」
そんな僕の行動に訳が分からないでいる五月は疑問があるような顔でこちらを見ている。
「……五月の気持ち嬉しいよ。本当は抱きしめてあげたいくらいに……でも、ごめん。僕は五月と付き合えないよ」
「え………」
信じられないといった顔で五月はこちらを見ていた。
「な、なんで!?なんで付き合えないの!?もしかして、昨日の教師と生徒の関係の話を気にしてるの?なら、大丈夫だよ。私は教師じゃなくて一人の男性としてお兄ちゃん…ううん、和彦さんを好きなんだから!」
僕が五月と付き合えないという話の理由が分からず、五月は僕の服にしがみつきながら聞いてきた。
「そうじゃないよ……僕は五月と付き合う資格が無いんだ…」
「資格…?」
僕の答えに固まっている五月の腕を僕の服から離して、僕はベッドから足だけを下ろし椅子に腰かけるように座り直した。五月はなおも僕の横顔を見ながら固まっている。
「五月も知ってるだろ?僕が今二乃達とどういうことをしているか」
「そ…それは……二乃と飛鳥さんは和彦さんとキスしてるって聞いてる…」
そう答えた五月は僕の横に並ぶように座った。
「ふっ…その二人だけじゃないよ。三玖に四葉、芹菜さんともしてる」
「四葉?三玖や立川先生ならわかるけど、なんで四葉も!?」
「四葉にも想いを寄せられてるんだよ。それで、お願いされてね」
「そ…そうなんだ…四葉も……私は、四葉は上杉君のことを好きだと思ってたよ」
五月の口から意外な言葉が聞けたので少し驚いてしまった。
「へぇ~…なんでそう思ったの?」
「そ…それは……秘密…」
「ふーん…まあ、五月の考えは当たってるよ。今の四葉は僕と上杉の二人の間で迷ってるから」
「そ…そっか…」
五月は少し哀しみを帯びた表情で下を向いた。
「で…でも、他の人に…キ…キキ…キス…したいくらいで私の彼氏として相応しくないとは言えないよ!ほら、海外じゃ挨拶代わりにするくらいだし」
凄いどもってるけど…まあ、五月にしては頑張ってる方か。
「じゃあ、僕が二乃達とエッチなことしてるって言ったらどうする?」
「え……」
自笑しながら僕がそんなことを伝えると、さすがの五月も固まってしまった。
「えっと……じょ…冗談だよね?」
「冗談を言ってるように見える?」
五月の問いに問い返した。すると、僕が言っている事が真実だと分かったのだろう。みるみる五月の顔色が悪くなっていくのが分かった。
「え……なんで……?だって…そういう事は愛し合った二人がするものじゃないの?」
「……そうだね…僕もそう思うよ…」
「じゃあなんで!?」
「…………彼女達が望んだから...僕はそれを断れなかった…」
「……っ!」
泣き叫びながら聞いてくる五月に対して、僕は五月から顔を逸らし、前を向いて答えた。
今は五月の顔は見えないが、怒りや悲しみの感情がひしひしと伝わってきている。
「断ろうと思えば断れた。強引に彼女達がきても力で跳ね返す事も出来た………でも、僕には出来なかった…」
「……それは、二乃たちの想いを利用して自分の快楽を得たということですか?」
五月からの問いかけには怒りが感じられる。
ははは…やっぱキツいなぁ…好きな人に怒りをぶつけられるのってこんなに心が痛むんだ…でも、彼女のためだ。これで良い…
僕は笑いながら五月の方を向いて答えた。
「そうかもね。なんだかんだで、僕の中にある男の欲望が出たのかも」
「──っ!」
僕の答えに五月は眼を見開いた。
完全に嫌われただろうな…
そう思っていたら、五月は僕の頬を両手で包み込むように触ってきた。
「あなたは嘘をつくのが下手なんだね」
「え?何言ってんのさ、嘘なんて──」
「じゃあ、なんで泣いてるの?」
「え……」
嘘など言っていない。そう伝えようとしたら、五月から僕が涙を流していると言われた。
「和彦さんは優しすぎるから...二乃たちの想いに応えようとしたんだよね?」
「……っ!こんなこと言ったところで、彼女たちを抱いたことに変わりはないけど…僕はまだ一度も最後までしていないんだ」
「え……?」
「今まで、ただ相手が望むからって理由で色々してきたけど……この一線だけは越えないようにしてきた。僕の初めては本当に好きになった人とって決めたから」
「そっか…」
僕の言葉に五月はニコッと笑顔で答えた。
「その……じゃあ……私とは…してくれるの…?」
恥ずかしそうに目線をキョロキョロとしながら聞いてくるものだからつい吹いてしまった。
「ぷっ…!」
「あー!なんで笑うの!?」
「いや……ごめん…恥ずかしそうにしてる五月が可愛いなって思ってね」
「ぶぅー!そんなので誤魔化せないんだからね?」
「ごめんって…」
五月のコロコロ変わる表情に少し落ち着いてきたようだ。
「君が望むなら、僕は君と繋がりたい……でも、駄目だよ。僕はもう汚れきってしまったから…君にはもっと相応しい人がきっと現れるよ。んむっ……」
「んッ……ちゅっ……」
僕の拒否する言葉に対して五月は唇にキスをしてきた。
「私に相応しい人かどうかなんて私が決めるの!和彦さんが決めることじゃないよ!私にはあなたが必要だから!これからも私の傍にいて!」
そう言った五月は僕の首に腕を巻きつけるように抱きついてきた。
そこまで言われた僕だが、やはり抱きしめられない。腕はそのままダランと下がったままだった。
「駄目だ!その選択はきっと五月を後悔させる。だから──」
「嫌っ!私は和彦さんと結婚する!和彦さんのお嫁さんになるんだから!」
「五月……」
「お願い。私を抱きしめて……これからは一緒に考えていこう?私があなたに甘える分、私があなたを支えるからっ!」
「──っ!」
「どんな困難も私たち二人で差さえ合っていこう!あなただけを苦しませないからっ!」
「五月ッ!」
僕は涙を流しながら五月を抱きしめた。
「ごめんな。こんな不甲斐ない男で……」
「そんなことないよ。私はどんなあなたでも愛してるから。ねえ?私をあなたのお嫁さんにしてくれる?」
僕の不甲斐ないところも愛していると言ってくれた五月は、僕から離れると笑顔でお嫁さんにしてくれるか聞いてきた。
「ああ。どんな事があっても、君を愛することをここに誓うよ。僕と結婚してください」
僕は五月の両手を軽く持ち、五月に結婚の申し出をした。
「はい♪私も一生あなたを愛することを誓います」
その申し出を五月は笑顔で答えてくれた。
それと同時に僕と五月はキスをした。
「んッ……ちゅっ……♡」
これから二人で支え合う事を誓う。そんなキスだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は、和彦がとうとう自分の気持ちを伝えるシーンを書かせていだきました。そして結婚の約束も。
和彦は五月とは付き合えないと最初は拒みますが、五月はそんな和彦でもと受け入れました。
現実であれば絶対にあり得ない展開ではありますが、そこは五月の心が広すぎると思っていただければ幸いです。
次回の投稿では、そんな五月のある決意のもと動きだす、そんなお話を予定しております。
次回の投稿は2月10日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。