少女と花嫁   作:吉月和玖

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144.難知如陰

「六対四により、和彦殿の勝利とします!」

 

主審を務めていた達郎さんのコールにより父さんとの試合は終わった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……はぁ……ぐぬぬぬッ…ぐあああーー!」

 

そんな達郎さんのコールの後、僕と父さんはお互いに息を切らしながら定位置に立っていた。

だが、父さんは悔しそうに雄叫びを上げた。

 

「はぁ……はぁ……ありがとね父さん…はぁ……勘が戻ってきた感じだよ…はぁ……」

「お前にお礼を言われても嬉しくないわ!ぐぬぬッ…最後の最後で持っていきおって!…………ふっ…まあ良い!この借りは選手権で返してやるわ!」

「え!?それって……」

 

父さんの言葉に驚きの表情を見せた僕に父さんはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ふっ…吉浦親子全日本に凱旋。良い記事になるだろ?」

「ははは。まずは予選を勝ち抜く事を考えるんだね」

 

そこでお互いに握手をした。すると拍手が周りから送られてきた。

 

「和彦さん!」

「おっと……五月…」

 

そんな中五月が僕の所まで走って来て僕の胸に飛び込んできた。

 

「ははは…不甲斐ないところ見せて心配させちゃったかな?」

「そんなことないです!ただ……心配で……」

 

五月は僕を抱きしめるという訳ではなく、両拳と頭を僕の胸に押しつけるように更に寄り添ってきたので、そっと抱きしめてあげた。

 

「君を心配させないように僕はもっと強くなるよ」

「ううん…私もあなたをもっと信じられるように強くなりますから…」

 

お互いに言葉を交わすと目を合わせてじっと見つめ合っていた。

 

「あらあら♪そのままキスをしそうな雰囲気ね♪」

「師匠!お疲れ様です!」

 

そんな僕と五月に近づくように母さんと四葉が、ヘルメット被ったりなど準備万端な状態で近づいてきた。

 

「流石にそこは人の目を気にするよ」

「あら。それって私達がいなかったらキスしてるってことじゃない」

「むぅ……」

 

五月の両肩に手を置いて抱き寄せるようにしながら母さんに反発すると、母さんはさらにからかってきてもう何を答えても無駄だと判断した。

五月は僕の胸に顔を埋めながら顔を真っ赤にしている。

 

「ししし!仕方ないですよ。新婚さんですからね♪」

 

そんな僕達の姿を見ていつもの調子で四葉は話しかけてきた。どうやら緊張は抜けてきたようである。

 

「あなたもお疲れ様。とても凛々しくて惚れなおしたわよ♡」

「そ、そうか!?あはははっ!」

 

母さんは僕をからかった後、父さんに優しい笑みで労うと父さんはかなりご機嫌になった。

どっちが尻に敷かれてるんだか…

 

「さてと……」

 

ズンッ…!

 

「「「「───っ!!」」」」

 

父さんの労いが終わった母さんは範囲をかなり狭めて闘気を解放した。

そんな母さんの闘気に僕と五月と四葉と父さんは驚きの表情で母さんを見た。

いきなり本気かよ!

 

「おまっ…!」

「ふふふ…四葉ちゃん。すぐに終わらないように頑張ってね♪」

「……ふぅ…はい!」

 

不敵な笑みを浮かべている母さんに対して、四葉は一呼吸おくと元気よく返事をした。

よし、飲まれてないな。

そんな四葉の態度に母さんは更に機嫌よく闘気を上げていった。

 

「よ…四葉……」

「ふふっ…大丈夫だよ!師匠、見ててくださいね!」

「ああ。ポイントを取ることを考えるな。常に母さんから目を離すなよ」

「わっかりましたっ!」

 

五月が僕に寄り添いながら四葉に心配そうに声をかけるも、四葉はいつもの笑みを見せてきた。

そんな四葉に一言伝えると、元気に返事をして定位置に向かった。それに母さんも続いた。

そんな中、僕と五月と父さんは観戦席に向かって歩きだした。

 

「おい!お前の弟子は大丈夫なんだろうな!?あんな文香久しぶりだぞ!」

「大丈夫だよ。母さんはどちらかと言えば楽しみな気持ちが強そうだから。それにもう四葉は()()()()

「は!?」

 

僕の言葉に父さんは振り向いて四葉を見ると驚きの表情へと変わっていった。

 

「あの娘何者だ!」

「ふふふ…末恐ろしい弟子だよ」

 

父さんが見た四葉は既に無我の境地に入っており、この間よりも更に深く入っているようだ。

何と言ってもそれでいて意識はちゃんとあり笑顔で母さんと向かい合っていて、コントロールも出来ている。

そんな姿に父さんは驚きの声をあげた。

 

「いやぁ~、お二方共見事な試合でしたぞ」

 

そんな僕と父さんに薫さんは上機嫌な声で迎え入れてくれた。

 

「薫様が満足いただけたのなら何よりです」

 

僕はそんな薫さんに頭を下げながら答えた。

 

「はっはっはっ!予想以上の満足感だ!それに、これからの試合も面白そうだしな」

 

僕の言葉に満足そうに答えた薫さんは、笑みをを浮かべながら四葉と母さんに目を向けた。

 

「和彦殿?龍が目を覚ましたようですが、貴方のお弟子さんは大丈夫ですか?」

 

五月の横の席に着くと、葵さんから心配そうに声をかけられた。

 

「まあ、十中八九母さんの勝ちで終わるでしょうね。でもまあ、爪痕くらいなら残せるんじゃないですか。ふふふ…もしかしたら、龍の逆鱗に触れるかもしれませんね」

 

葵さんの言葉に笑いながら答えると、父さんに薫さんと葵さんは顔を引き気味に僕を見てきた。

それとは逆側では、皆が五月をからかっていた。

 

「五月ぃ~…あんたもやるわねぇ」

「うん…!凄い速さでカズヒコさんのところに向かってた…」

「うっ…!つ、妻として!心配するのは当然かと!」

「いやあぁ~…あの五月ちゃんが男の人の胸に飛び込むなんてねぇ…お姉さんもビックリだ」

「もう!からかわないでください!」

 

五つ子達はどこでも元気いっぱいである。

 

「さて、和彦君の認めるお弟子さんの実力を見させてもらおうか」

「そうね。私も四葉の試合は初めてだし」

 

間もなく試合が始まるであろう時、おじさんと飛鳥が楽しみな顔で向かい合っている二人を見ていた。

 

「ことりさんと四葉さんの試合も面白かったよね」

「ぶうぅぅ...四葉ったら私の攻撃全部流すんだもん。お兄ちゃんと相手してるみたいだったよ」

 

結愛の言葉にことりは頬を膨らませながらその時の事を思い出し、悔しそうに話した。

 

「でも、何気にお母さんの試合ってお兄ちゃんとしてるところしか見たことないんだよね。何で試合に出ないんだろ?」

「あいつは気分屋だからな。後、試合に出ても手応えのある者がいないせいもある。和彦やことりと組手をしていた方が楽しいんだと」

 

ことりのちょっとした質問に父さんがため息混じりに話した。

実は僕自身も母さんの公式試合を観たことがない。試合に出ていないのはそういう理由だったのか。母さんらしいと言えばらしいか...

 

「はじめっ!」

 

達郎さんの試合開始の合図と共にやはりと言うべきか母さんから仕掛けた。

 

「はっやっ!」

「ええ。和彦さんの雷霆並ですね...」

 

母さんの動きに二乃と芹菜さんが声を漏らした。

母さんの突きの攻撃は四葉の明鏡止水で流された。

 

「やった...!四葉...」

 

三玖の喜びの声と同時に四葉は蹴りを入れた。だが──

 

「──っ!」

 

その四葉の蹴りは空を切った。そして四葉の目の前には母さんの姿すらない。

すでに母さんは四葉の射程範囲外まで移動していたのだ。

 

『───っ!』

 

その瞬間の母さんの動きを、母さんの空手を始めて見た者は驚きの表情となっていた。

 

「相変わらずの早さだな」

「あんなの攻撃を当てようがないよぉ」

 

そこにいつもの調子で薫さんとことりが感想を呟いた。

 

「な、何ですか!?今の動きは!?」

 

僕の横で五月が驚きの声を上げている。

 

「あれは疾風(しっぷう)(はや)きこと風の如く。から取られた母さんだけが使える技だよ。と言っても、別に攻撃をする訳じゃないんだけどね。疾風の如く動き回って相手を翻弄するんだよ」

「とは言え。空手の試合では後ろからの攻撃は認められない。だから、必ず目の前に現れる訳なのだが...」

 

僕の説明に薫さんが補足説明を加えると、丁度母さんが四葉の目の前にまた疾風の如く現れた。

そんな母さんの出現に驚きながらも四葉は攻撃を仕掛けるが、それもまた空を切った。そして──

 

「有効!」

 

次の瞬間には母さんの突きが四葉のお腹に決まっていた。

 

「本当に。我が母親ながら、あれは人間なのかって思えてくるよ」

「本当だよ。攻撃をかわされたと思ったら、次の瞬間には攻撃されてるんだよ。おかしいよ」

 

僕とことりは母さんの動きを見て素直に感想を伝えた。

 

「私たちからしてみれば、あんたら兄妹に言われてもって感じよね」

 

しかし、そこに二乃のツッコミが入ると周りからもうんうんと同意するように頷かれた。

失敬な!

 

「しかし驚いたな。本当に和彦殿の明鏡止水を使うとは!しかも、今あの場所は吉浦夫人の闘気で溢れているのだろう?」

「ええ。文香の奴、本気で闘ってます。それであの動き。かなりの実力者ですな」

「しかも空手を始めて一週間程しか経っていなとか......誠に信じられません...」

 

一方で試合展開をある程度予想していた薫さんと父さんと葵さんが四葉の動きに驚きの声を上げてた。

 

「中野さん。本当に彼女は空手未経験なのですかな?」

「え...ええ。亡くなった妻からも聞いていません」

 

薫さんの質問に、マルオさんも四葉の動きに驚いているようで、緊張気味に答えた。

 

「ふむ...」

「憂様?」

 

そこで憂が何か考えている節がある様で、それに気づいた綾那が話しかけた。

 

「四葉さん......彼女は文香さんの動きをしっかりと追えておりますね」

「な!?誠ですか!?」

 

憂の言葉に綾那は驚きの声を上げた。

 

「流石憂だね。多分四葉は母さんとの試合は初めてだから、どういった攻撃をしてくるのか。こうしたらどう返すのか。それを考えながら動いてるみたいだね」

「うっそ!四葉ってお母さんの動き見えてるの!?」

「はじめっ!」

 

僕の言葉に驚きの声をことりが上げたところで次の試合が始まった。

先程と同じように母さんが四葉に接近して攻撃をし、それを四葉が明鏡止水で流してから攻撃。それを母さんは疾風で避けて距離を置いたところまでは同じだった。だが──

 

「有効!」

『───っ!!』

 

その距離を置いた母さんのお腹に四葉は突きを入れて有効を取った。

 

「なんと!」

「あれは......和彦殿の雷霆......」

 

それには薫さんと葵さんもただただ驚くしかなかった。

 

「和彦君の雷霆は直線での攻撃。つまり彼女は文香さんの次の動きを読んでいたのか!?」

「みたいですね。僕にはあれは無理です」

 

茂さんの驚きに僕は肯定し、自分では無理と答えた。

流石四葉。ちゃんと僕の言いつけを守っていたみたいだね。

僕は満足気に笑みを浮かべて観戦していた。

 


 

~四葉・文香side~

 

(あらら...まさか私の動きについて来れるなんてね。しかも慢心をしていない。次の試合に早くも切り替えてる。まったく......困った子ね)

 

定位置につきながら文香は四葉の様子を伺いながらそんな風に考えていた。

 

(先生に言われた通りにお義母さんの動きを見てたけど。多分あれが全力じゃない...息の乱れも見れないし。油断大敵!)

 

一方の四葉も文香の様子を伺いながら文香の力を見極めようとしていた。

 

((面白い!))

 

そして同時に同じ考えが頭を過り四葉と文香の二人は笑みを浮かべた。

 

「はじめっ!」

 

そして、試合開始の合図と共に同時に動きだしたのだった。

 


 

あれから四葉と母さんの二人の試合は拮抗していた。

 

「ちょっと!何がなんだか分からないんだけど!」

「むうぅぅ...早すぎ...」

「あはは...こりゃお手上げだね」

 

常人の人では追えない程に二人の動きが早いために、二乃と三玖と一花は何が何やらといった感じで言葉を零した。

 

「和彦さん?」

「うーん...やや母さんが押してるって感じかな」

 

隣の五月も状況が見えないので僕に問いかけてきた。それに対して、母さんがやや押していると説明した。

 

「駄目だ!もう目が追いつけない!」

「私もよ...」

「私なんて最初から全然だよ」

 

ことり、飛鳥、結愛の三人も試合展開が見えていないようである。

 

「参ったな。こりゃいかん」

「ふぅ……(わたくし)は諦めました…」

「ここまでの試合をするとはな……」

「お前のその目が羨ましいよ…」

 

薫さんも二人の動きの早さに参ったようで、葵さんに至っては諦めたようだ。

唯一父さんはまだ追えているようであるが、そんな父さんにおじさんは羨ましそうに呟いている。

 

「ふぅ……綾那はどうです?」

「申し訳ありません。私も限界です」

 

憂と綾那も限界のようであった。

芹菜さんのお父さんとお義父さんは最初から諦めているようで、その横の紬さんはスマホでの録画を続けていた。

 

「ねえ先生?このまま同点だとどうなるの?」

 

そこに一花から質問があった。

確かに時間的にもそう考えるのもおかしくないだろう。

 

「このまま同点の場合は先取。つまり、先にポイントを取った母さんの勝ちだね」

「むうぅぅ……四葉、ピンチ…」

 

僕の回答に三玖が呟きながら四葉の動きを追う努力はしていた。

 

「四葉はその辺りのルールは知っているのでしょうか?」

「最初に教えていますので多分頭にはあるかと」

 

五月の四葉がルールを知っているのかという質問に綾那が教えたので知っているはずだと答えた。

まあ、それは良いんだけど…

 

「お前の弟子には悪いが文香の勝ちだ。そろそろ()()が発動するからな」

「………」

 

父さんが腕を組んで話しかけてきたが、僕は黙って両手で口を覆い四葉を見ていた。

 

「あれ、とは?」

「すぐに分かりますよ」

 

薫さんの言葉に父さんが答えた瞬間、四葉の動きが止まった。

 

「ん?どうしたんだろ?」

「なんかキョロキョロしてるわね」

 

四葉の動きに疑問の声を一花があげると、二乃が四葉がキョロキョロしていると口にした。

今の四葉はまさに二乃が言ったように何かを探すようにあちこち見ているのだ。

 

「どうしたんだろ…試合中に…()()()()()()()()()()()()()…」

「……お義母さんを見失ったとかでしょうか?」

「まっさか!だって、現に()()()()いるじゃん」

 

三玖の心配そうな声に、五月は四葉が母さんを見失ったのではないかと呟いた。

そんな五月の呟きにことりが笑いながら答えた。

 

「そのまさかだよ」

『え……!?』

 

今の四葉の状態を知っている、僕と父さんとおじさん以外の人間が僕の言葉に驚きの声をあげた。

 

「何を言っているのですか?正に今四葉さんの目の前にお義母様がいらっしゃるじゃないですか…」

 

皆の疑問に芹菜さんが代表するように聞いてきた。

それをおじさんが眼鏡のブリッジを指で上げながら説明した。

 

難知如陰(なんちじょいん)。知り難きこと陰の如くを四文字で書いた場合の言葉をそのままにした文香さんの技だ。理屈は分からないが、相手選手の視界からすぅ~っと消えるそうだ。私は受けた事がないから何とも言えないがね」

「何それ!?」

 

おじさんの説明に二乃が信じられないといった表情で反応した。

 

「ふむ……それで四葉さんは構えをあちこちにしながら吉浦夫人を探しているという事か…」

 

逆に薫さんはおじさんの言葉に納得するように観戦している。

薫さんの言葉に皆は方唾を飲むように二人の試合を見守っていた。

四葉……焦るな…お前なら見えるはずだ…!

そんな思いを胸に抱きながら僕は四葉を見ていた。

 


 

~四葉side~

 

(なんでっ…!なんでどこにもいないのっ…!)

 

急に消えた文香を探すように、四葉は構えながら四方を見ていた。

 

(このままじゃ負けちゃう!早く!早くポイント取らないと!先生…………はっ…!)

 

試合も残り僅か。このままでは自分が負けてしまうという焦りが徐々に四葉の心を乱していった。

そんな時、四葉は助けを求めるように和彦に心の中から呼びかけた。

そこで、四葉が空手を始めようと思った切っ掛けを思い出した。確かに和彦の近くにいたいという気持ちを持っていたのは否めない。だが、何よりも空手をしている和彦の笑顔が好きだから...その笑顔を自分でも出したいから。そんな想いで四葉は空手を始めたのだ。

 

(そうだよ。私はまだまだ始めたばかり。負けるのは当たり前。じゃあ、今のこの時を楽しまないと)

 

──ポイントを取ることを考えるな。常に母さんから目を離すなよ。

 

笑みを作った四葉は試合直後に言われた和彦の言葉を思い出していた。そしてもう一つ──

 

──この試合。僕の動きは勿論だけど、父さんの動きもちゃんと見といてね。

 

先程の和彦と健介の試合直前。和彦が四葉にかけた言葉だ。

 

(先生のお父さん…………よしっ!)

 

四葉は意を決し構えたまま目を瞑った。

 

(全く……まさかこれを使う羽目になるなんてね…ん?)

 

一方の文香は完全に気配を消してゆっくりと四葉に近づき上段蹴りを入れようと構えた。

しかし、目の前の四葉は先程までの慌てようが消えて静かに構え何かを待っているように見えたのだ。

 

(何?………っ!まずいっ…!)

 

四葉の現状に気づいた文香は慌てて蹴りを入れた。

 


 

「よしっ…!」

「?」

 

僕の言葉に隣に座っていた五月が不思議そうに見てきた。

 

「どうかされたのですか?あっ、お義母様の蹴りが!」

「決まったな」

 

そんな五月が僕に声をかけた正にその時、母さんの上段蹴りが四葉を襲った。

それを見た父さんは静かに語った。

 

「「「四葉ッ…!!」」」

 

一花と二乃と三玖が母さんの蹴りが入るのを黙って見ていられないといった気持ちで四葉を呼んだが、四葉は反応せず全く動かないでいた。

 

「──っ!?まさか!健介!」

「ん?何だそんなに慌てて……もう終わり……なっ!?」

 

いち早く四葉の様子に気づいたおじさんが父さんに話しかけたが、すでに決した試合だと思っていた父さんは今更何だと言わんばかりに返事をした。が、次の瞬間信じられない光景が僕達の目に飛び込んだ。

 

『───っ!!』

「嘘っ…!?」

 

決まるはずだった母さんの蹴りを四葉は来るのが分かったかのように、明鏡止水で流したのだ。

これにはたまらず母さんも声をあげた。その母さんもさすがに奇襲の奇襲のため態勢を崩し、疾風で逃げられない状況だ。

それを分かってか、四葉はすぐさまカウンターで母さんの頭を狙い、右足で上段蹴りを入れた。

 

ビーーーッ…

 

ピタッ…

 

そこに試合終了のブザーが鳴ったので、四葉は蹴りを母さんの頭スレスレで寸止めをした状態で動きを止めた。

 

『…………』

 

それを誰もが驚愕の顔で見ていた。

かくいう母さんも態勢を崩したまま驚きの表情で固まっている。

そんな中僕だけは確かな手応えを持ち笑顔で四葉を見ていた。

四葉は静かに足を下ろすと定位置に歩いて戻っていった。

 

「……はっ!文香殿」

「え?あ…ああ……」

 

そこに主審を務めていた達郎さんが正気に戻り、母さんに声をかけると、母さんも返事をして自分の定位置に戻っていった。

 

「ポイントは同じですが、先取制にて文香殿の勝ちとします」

 

達郎さんの言葉に四葉と母さんはお互いに礼をした。

そして、二人はその場でヘルメットを取った。ヘルメットを取った母さんは息を切らせながら、四葉をじっと見ていた。

一方の四葉は笑いながら母さんに話しかけていた。

 

「はぁ......はぁ......あははっ!やっぱり先生のお母さんだけはあります。とても強かったです!」

「はぁ......はぁ......はぁ......何言ってるのよ。四葉ちゃんこそとんでもなかったわ」

 

四葉の言葉に呆れながら母さんが答えた。

そんなところに、四葉以外の姉妹達が四葉のところに集まっていた。

 

「四葉ぁ!凄かったよ!何がなんだかわからなかったけど...」

「ホントよ!凄すぎて言葉にならなかったわ!私も何がなんだかわからかったけど...」

「うん...!四葉凄かった...!早くて何してたかわからなかったけど...」

「はぁぁ...全員、結局何がなんだかサッパリのまま終わりましたからね。でも、四葉の凄さはわかりますよ。和彦さんも満足そうに見ていましたから」

 

一花、二乃、三玖の三人は四葉は凄いと絶賛するものの、結局何が何やらの状態だったと伝えていた。

そんな三人の感想に五月は呆れながら話すも、僕が満足そうに見ていた事を四葉に伝えた。

 

「本当!?あ、先生!」

 

五月の言葉に喜びの表情となった四葉は、四葉に近づく僕に気づくと、ヘルメットを五月に預けて走って僕の胸に飛び込んできた。

 

「とっ...!危ないだろ」

「ししし!先生!私の試合に満足してくれたんですか?」

 

飛び込んでくる四葉に注意をしつつ抱きとめると、四葉は笑顔満点の顔で見上げてきた。

そんな四葉の頭を撫でながら良かったと話しかけた。

 

「ああ。想像以上だった。よくやったよ」

「えへへ!もうだめだって思った時、先生の楽しそうに空手をする姿が頭を過ったんです。そしたらなんだか落ち着いて。勝ち負けなんか関係なく楽しくしたいって気持ちが沸き上がってきて。すると攻撃の軌道が見えたんです!やっぱり先生は私にとって特別です!」

 

僕の褒め言葉に喜びを表現した四葉は僕を抱きしめてきた。

僕はそんな四葉を優しく抱き返していた。

 

「あ~あ。四葉ったら甘えん坊なんだから」

「仕方ないわよ。今回に関しては四葉さんの頑張りが凄かったのだから」

「そうね。今回の四葉の頑張りを見れば文句も言えないわ」

「ふふふ...ことりさんもうかうかしてられないんじゃない?」

「うっ...!わかってるよぉ」

 

そんな僕と四葉の光景を見てことりがため息混じりにぼやくと、芹菜さんが仕方がないと答えた。

飛鳥も芹菜さんに同意するように伝えると、結愛からことりにはっぱをかけたので、ことりも気合が入ったようである。

 

 


 

~文香side~

 

「文香...」

 

そんな和彦達の事を微笑みながら見ていた文香に、健介が心配そうに声をかけながら近づいた。それに、茂と今井一家も続いていた。

 

「ふぅ...ブザーに助けられたわねぇ~」

「まさか難知如陰を破る者が現れるとわね」

 

健介の心配そうな声にあっけらかんとした声で文香は答えた。

そんな文香の様子を見た茂は微笑みながら難知如陰が破られた事を話した。

 

「そういえば、立花殿は何かに気づいていたようだな?」

 

そこに薫が茂に質問をした。

 

「文香さんが攻撃をしかける少し前。四葉さんは静林を使っていました」

「何だと!?」

 

薫の質問に答えるように茂が話すと健介が驚きの表情を見せた。他の者も同様のようである。

 

「恐らく文香さんも今の健介同様に驚いてしまったんだろうね。その僅かな乱れで、文香さんは焦り攻撃を仕掛けるも、その焦りの気配に気づいた四葉さんが見事に文香さんの攻撃をいなしたのさ」

「あのまま四葉さんが焦ったままであれば、文香さんの技は破られなかった。全くもってとんでもない逸材ですわね」

 

茂の続けての説明に葵が感嘆の言葉を綴った。

 

「これは、今年の個人全国優勝は難しそうですね綾那」

「はい...何と言っても、人智を超えた人物が我が校に二人もいるのですから。ですが!まだ諦めたつもりはありませんよ!」

「その意気です」

 

全国個人の部。その優勝は綾那には今年は難しそうだと憂が伝えると綾那は同意するように答えた。

しかし、まだ諦めた訳ではないと自分に鼓舞している綾那の姿に、憂は満足そうに見ているのだった。

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は四葉と、和彦とことりの母である文香の模擬戦を書かせていただきました。

難知如陰。技名が全然思いつかず、知り難きこと陰の如くをそのまま使わせていただきました。
色々と四字熟語とか類義語を調べたんですけどね...

さて、二つの模擬戦も終わりましたので今回の章はここまでとさせていただきます。
次回からは、和彦と五月の同棲生活の始まる新生活へと物語を進めさせていただきます。

次回の投稿は5月20日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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