153.練習試合
「はああぁぁーっ...!」
「──っ!」
その日の部活動の時間。僕が道場に入ると、一つの白熱な稽古がされていた。ことりと四葉である。
ことりがいつもの如く攻めに攻めを繰り返すのを、四葉は辛うじて流していくも、それにことりが次の攻撃に移るので四葉も反撃に転じられずにいた。
「あら。お疲れ様です和彦様」
「うん。お疲れ今井。二人とも張り切ってるね」
「そうですわね。いよいよ三年生の方々が修学旅行から帰られますと予選が始まりますからね。気合いも入るのは道理かと。因みに綾那は別メニューで校庭を走っておりまして、それに結愛さんが付いております。二乃さんと三玖さんはバイトの為に来ておりません」
「そっか。二乃と三玖の事は本人達から連絡来てたから問題ないよ」
部員全員で四葉とことりの稽古に夢中になって観戦している中、僕に気づいた優が近づいてきて現状の報告をしてきた。
綾那にも四葉と同じように重り付きのランニングを課しているので、そちらに行っているのだろう。
二乃と三玖はバイト。そちらもきちんと続けられているようだ。因みに五月も今日は塾に行っている。
なので、勉強会は自然と一花と上杉の二人っきりになっている訳だが、まあことりと四葉は今は目の前の大会に目が行っているようである。
一花もそれが分かっているからそこまで上杉に対してのアプローチはないと思うが......
~図書室~
「近づきすぎだ!教えるのにそんなに近づかなくても良いだろ!」
「ええぇぇ~...ノートの文字とか見えないんだし、近い方がいいんじゃないかな?」
一方、図書室で一花と風太郎の二人での勉強会では、和彦の思いとは裏腹に、一花はアピールするかのように風太郎の右腕に自身の胸を当てるまでの距離にまで近づきながら勉強を教えてもらっていた。
「にしても距離感おかしいだろ!」
「そうかなぁ...♡ことりだってこれくらいしてるんじゃない?」
「ぐっ...!否定できんのがあいつの悪いところだ」
一花もあの一件から一皮剥けたようで、風太郎への距離感をどんどんと狭めていっていた。
そして一花は風太郎の右耳に顔を近づけると小さな声で呟いた。
「なんだったら♡こっちのお勉強はお姉さんが教えてあげてもいいんだよ...♡」
「───っ!」
一花は呟くと同時に風太郎の右太ももをすりすりと左手で触りながら、股間へと近づけていった。
「ばっ...馬鹿な事言ってると今日の勉強会なしにするぞ!」
「ちぇっ...フータロー君ってば釣れないんだから。ま、そこが良いところなんだけどね♡ちゅっ...♡」
そんな一花の両肩に手を置いて一花を離しながら、風太郎はこれ以上からかうなら勉強会は無しだと伝えると、一花は諦め、その変わりに風太郎の右頬にキスをしてニッコリと笑顔を向けた。
「お...お前なぁ...」
「ふふっ。じゃ、続きお願いね。本音で言うと明日はお仕事だからあまり時間ないんだよねぇ」
呆れる風太郎に一花は笑いながら、勉強会の続きを風太郎に促した。
「なら始めっからちゃんとしろっての...」
そんな愚痴を風太郎は溢すもその後はしっかりと勉強会は続くのだった。
「じゃ、僕も着替えてくるわ」
「ええ。お待ちしております」
着替えの為に男子更衣室に向かうことを憂に伝えると、両手を合わせて綺麗にお辞儀をされて見送られた。
その後は、着替えた僕が男子達の相手をしながらも部員達に指導をしていき、今日も無事に部活も終えたので、部員達は各々でクールダウンの為、タオルで汗を拭いたり、スポーツドリンクを飲んだりしていた。
そんな彼等から離れて僕もタオルで汗を拭こうかと思っていたところに、紬さんが賑やかな笑みを溢しながらタオルを持って近づいてきた。
「和彦さん♡今日もお疲れ様です♡とても素敵な指導でしたよ♡」
そしてそのまま僕の汗を持ってきたタオルで僕を拭こうとしてきた紬さんを止めて、タオルを受け取り自分で汗を拭き始めた。
「あら、私で拭いてあげますのに...」
「いや、そこまでしていただかなくて大丈夫ですよ。あはは...今日もビデオ撮影ありがとうございます」
前からのファンでもあったからか、
「いえ。これも葵さんからいただいた重要な仕事ですから。それに、こうして和彦さんの近くで見ていられますからね♡」
駄目だ。もう、目がハートマークにしか見えない。
とりあえずこの空気をどうにかしようと思い、部員に話す予定の事があったので全員に集合してもらった。
「えーー、来週からは中間試験一週間前なので、部活は休みとする。赤点なんて取ってもらっても困るからね」
僕の話にあちこちから『ぐわあぁぁ~...』や『やだあぁぁ~...』など苦言が飛び交っていた。
「ま、それもあるからって訳じゃないんだけど、今井の親御さんの協力を得て、県外の高校との練習試合を今週末に組むことになった」
「本当ですか!?」
練習試合の言葉に榊原が代表して確認してきたので、僕は笑顔で頷いた。すると、あちこちから『よっしゃーー!』など気合いの言葉が聞こえてきていた。上々の反応のようだ。
「場所は隣の静岡県。一泊二日を予定してるが、一人二千円くらい出して貰えれば良いから。宿は今井家に用意してもらってるからね」
「ふふふ。最高のおもてなしを致しますわ」
僕の言葉に続くように憂が笑みを浮かべて皆に向かって宣言した。
「それって......今井家御用達みたいな...?」
「ええ。そうですわね......一泊一人十万あれば泊まれるかと」
『───!?』
酒井が恐る恐るといった雰囲気で、自分達の泊まる宿の話をすると、憂は笑みを崩さずにとんでもない値段を口にしたので、綾那以外の全員が固まってしまった。
「ま、そこに二千円で泊まれるんだ。ラッキーだって思うんだね。ああ、移動のバスも用意してるから。勿論全員参加の予定だったけど、当日無理な人ってある?」
『いいえ!是非参加させていただきます!』
おー...息ぴったりで何よりかな。ま、うちは小さな部活でそもそも兼任の顧問が付いていたのを引き継いだみたいなもんだから、そもそも部員も少なかったからな。今も最後にことりが入部してから男女合わせて十六人。後はマネージャーが四人という小規模でもあるし。てか、マネージャーの比率が高いな...
そんな事もありで全員で遠征に行けるって訳なのである。
「で、師匠。その練習試合の相手は?」
泊まりでの練習試合に盛り上がってる中、一人冷静に忠義が相手が気になり聞いてきた。
「ふっ...相手は去年の静岡代表校になった
「───っ!駿河って確か男女共に去年全国に出場したという!?」
僕の対戦相手の学校名を聞いた部員には動揺が現れており、代表して酒井が確認をしてきた。唯一、僕の弟子達である、忠義とことりと四葉と綾那には変化は見られない。
「昨年の駿河学園の成績は、男子が全国ベスト十六。女子はベスト四ですわね。ちなみに男女共に全国への出場五年連続。静岡における強豪校ですわね。今年も全国出場間違いなしとか」
「へえぇぇ~...面白いじゃん♪」
「相手にとって不足無しかと」
「しっ!
「?よく分かりませんが、強い方と試合が出来るってことですよね!楽しみです♪」
憂の駿河学園の昨年の成績。そして五年連続での全国出場の情報を聞いたことりは面白そうだと笑みを浮かべ、綾那は無表情のまま相手にとって不足無しと冷静に答え、忠義は左手に右拳を当てながら気持ちが昂り、四葉は強い相手と戦える事に楽しみだと笑顔を見せていた。
そんな四人を見て他の部員も気合いが入ってきた様で、やってやると意気込んでいる様である。
「まあ、本当だったら県内の相手を見つけたかったんだけど、こちらの手の内はあまり見せたくない事。そしてこれが一番の理由だけど、君達に見合う相手がもう県内にいないって事だね」
『へ...?』
部員が盛り上がってるところに僕が相手を選んだ理由を伝えると、ほとんどの部員が固まってこちらを向いてきた。
「あ、あのぉ...先生が言った言葉をそのままお伝えすると。この県内に私達の相手が出来る学校がいないって事なのですが...」
そこに榊原から恐る恐るといった形で聞いてきたので、それを不思議な顔をして僕は答えた。
「?そう言う事だけど?あれ?皆、自分の実力に気づいてないとか?」
『ええぇぇぇーーーー!?』
僕の言葉が本心から出た言葉だと気づいた部員達から驚きの声が上がった。
「いやいや!だって、俺達先生にまだ一ポイントも取れてないんですよ!?本多ですらそうです!」
「それは吉浦先生がお相手だからですわ。皆さんも心の奥底では本当は気づいている筈です。吉浦先生の稽古のレベルが上がっている事。そして何よりも、後一歩のところでポイントが取れた筈だ、と」
酒井の言葉に憂が捕捉するように話すと、全員心当たりがあるようで、誰も反論してこなかった。
「父さんや母さんとの二日間の稽古もあったし、何よりも君達は僕から課したメニューを毎日こなしてる。自分の実力に自信を持っていこう。勿論、慢心は駄目だけどね」
『──っ!はい!』
そして僕の言葉を何よりも信じているからか、皆笑顔で返事をしてくれた。
「よし!じゃあ、当日は個人戦は全員がそれぞれの相手とする訳だけど、団体戦も行う予定だからそのオーダーを発表する。因みに、このメンバーを県予選から起用する予定だからそのつもりで。まずは女子から──」
僕の言葉を皮切りに全員が緊張した赴きで真剣な表情を見せてきた。
「先鋒、中野四葉」
「は、はい!」
「次鋒、吉浦ことり」
「はい」
「中堅、木下綾那」
「はい!」
「副将、
「え?は、はい!」
「そして大将、榊原康恵」
「は、はは、はい!」
「以上五名だ。女子は速攻型でいく。まあ、四葉やことりがムラがあるから、その時は木下、井伊、榊原。君達で確実に取っていこう!」
「「「はい!」」」
笑みを向けて、綾那と井伊と榊原に声をかけると頼もしい返事が返ってきた。
「ちょっと、ちょっと。先生。私と四葉にそれはないんじゃないですか?」
そこにことりが文句を言ってきて、それに四葉も同意するようにうんうんと頷いている。
「お前達二人は相手が強くないと、途端にやる気がなくなる時があるだろ?そこを注意するように。それに井伊との対戦成績二人が特に良くないだろ?」
「「うっ...!」」
心当たりがあるようで、それから二人からの反論はなかった。
井伊は型もしっかりしている事もあるが、研究家でもあり相手の嫌いな攻撃パターンを自分なりに考え僕によく聞いてくる所謂頭脳派なのだ。ことりや四葉などといった感覚派にとっては苦手な部類に入るだろう。
そんな井伊は実は重度のオタクであり、これまでも何度も漫画やアニメを紹介されてきた。しかも、どれも格好いい男しか出てこないような物ばかりである。
最初はどう断ろうか悩んでいたが、勧められた物は全て面白くて、今では逆に何か最近のオススメはないか、と話しているくらいである。
空手の情報は僕が、漫画やアニメの情報は井伊がといった形で情報交換をしている程仲は良くなっている。
「じゃあ、続いて男子。先鋒、
「はい!」
「次鋒、
「はい!」
「中堅、
「はい!」
「副将、
「はい!」
「で、大将が忠義ね」
「ウッス!」
「男子は勢いのある馬場と安定してる山県は固定。ないし忠義を先鋒に置いて更に勢いづけようとも考えている。残りの二人も状況を考えながら変ていこうと考えてる。だから、いつでもいけるように準備しておくように」
『はい!』
うん。男子の方はある程度決まってたものだし特に反対もないかな。
「残りのメンバーも予選での交代だってあり得るし、怪我による交代だってあり得る。また、型の出場選手も考えてるからしっかりと自分のメニューに取り組み準備は怠らないように。以上!」
『はい!ありがとうございます!』
僕の言葉に全員が良い返事をして頭を下げた。そして、それぞれが談笑しながら更衣室に向かっていった。
皆の声からは今度の練習試合への意気込みなどが伺えるのでやる気に満ちているようである。
良かった良かった。ま、五年連続全国出場と言っても多分今の忠義達の実力なら男子は五分と言ったところかな。女子に関して言えば恐らく圧勝で終わるだろう。
「先生」
そんな考えをしていると井伊から声をかけられた。
「どうした?」
「今度の練習試合の相手校の選手のデータ等があれば頂けないかと」
井伊直華。二年生。黒髪セミロングヘアーでツインテールであり、憂より少し大きいが小柄な女の子だ。普段は眼鏡をかけているが、空手の時だけはコンタクトにしているらしい。
普段の彼女は大人し目で、クラスでもそこまで目立ってはいないが友達ともよく話しているのを見かける。
因みに、眼鏡を外した時の可愛さのギャップから空手部の男子から人気だったりする。
が、先程も話した通り、かなりのオタク気質で、彼女の話についていけずで関係が進展している者はいないとか。
「そう言ってくると思ったよ。ほら、こっちが去年の全国大会の試合のデータね。井伊みたいに去年二年生で出場してる子がいるから多分その子は今回も出てくるだろうね。で、こっちが憂に頼んでた練習風景のデータ。ホント、どうやって手に入れたのか...」
「あははは...助かります。三年生は今年二人も入ってもらったので榊原先輩以外にいらっしゃって正直助かりました。団体戦の人数も足りませんでしたし...そんな中、二年生代表として選んでいただいたんです!私の全力を尽くします!」
練習風景などどうやって手に入れたのか不思議な顔の僕に、乾いた笑顔で応えた井伊だったが、ことりと四葉の加入に助かった事。そして、自分を選んでくれた事に感謝の言葉を伝えながらも気合いを入れている。
「楽しみにしてるよ。ああ、
「おお!先生ってばやりますねぇ♪もうそこまで観てるなんて」
プリレインというのは、井伊から勧められたアニメで『プリンス☆レインボー』の略称である。
イケメンの男のアイドルグループと女性マネージャーが出てくる、よくある男性アイドル系アニメであるのだが、井伊に勧められてから暇を見つけては観るようになっていた。
「五月の勉強を見る片手間にね。アニメに集中し過ぎて五月の質問に気づかずに怒られたりしてるけどね」
「五月先輩と言うと例の先生の奥さんですよね。一度この道場に来られた事があって、四葉先輩達五つ子のお一人とか?」
「そうだね。二年生の井伊とは接点が無いからどんな人か分からないだろうね。今度の練習試合には、家で一人になるからついて来てもらう予定だからその時にでも皆に紹介するよ」
アニメは五月に勉強を教える片手間にスマホで観たりしている。すると構ってくれないと五月の機嫌が悪くなるのがたまに傷ではあるのだが。
「ふぅ~ん...あーあ、先生が生徒相手でもありなら、私も先生を狙ってたのになぁ」
「へ?そうなの?」
井伊から意外な言葉が出たので正直に驚いてしまった。
「そりゃそうですよ。何と言っても空手界では知らない人がいないくらいの有名人ですし。後、私の推しの
「輝ってあのグループ最年長の?」
「そうです♪グループが大変な時には引っ張っていって、面倒見も良くて。いつもはクールなのにいざって時は熱い言葉を発したりして。ね?先生に似てるでしょ?」
「そうかな...?」
うーん...自分では分かんないものだ。
「そうなんです♪と、私もそろそろ帰り支度しないとなので!データありがとうございます!また、プリレインの話しましょうね」
自分がそこまで似ているとは思わなかったのだが、井伊の中ではイコールになっているようだ。
そんな井伊は、帰り支度の為に僕から離れて上機嫌な声で更衣室に向かっていった。
そんな井伊の背中を見ながら、僕はスマホで芹菜に連絡をするのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回からは新章という事で、空手部に焦点あてたお話を書かせていただきます。
戦国史好きな方には分かるかもしれませんが、団体戦のメンバーの名前は徳川家と武田家の主な武将から取らせていただきました。
また、駿府学園の名前も今川家の居城から取らせていただいております。
さて、そんな空手部のお話の中、次回は和彦が芹菜と約束をしていた、週末の芹菜と友人二人との飲み会のお話を書かせていただきます。
次回投稿は7月5日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
~7月1日追記~
男子の団体戦に酒井が抜けてるのにすっかり忘れてた為、急遽変更してますm(_ _)m