少女と花嫁   作:吉月和玖

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157.静かなる怒り

~五月side~

 

和彦が着替えの為に葵について行った事に疑問を持っていた五月のスマホに一本のメッセージが届いた。

 

『さっきの相手の顧問が葵さんを不快にさせちゃったから、悪いけどそのフォローをしてくる』

 

「はぁぁ...まったく...」

 

和彦からのメッセージを見た五月は、ため息をつくしかなかった。

 

「どうしたのよ?」

 

それに気づいた二乃から、早速五月に問いだした。

 

「さっき和彦さんと葵様が向こうの代表の方に挨拶をしに行った際に、どうやら相手側の顧問の方が葵様を不快にさせた様です。それで、和彦さんはそのフォローに」

「あら。流石葵さんですね。行動がお早い」

 

二乃の疑問に答えた五月の言葉に、紬は関心の言葉を口にした。

 

「もう!関心してる場合じゃないでしょ!まぁ、今回は相手の顧問の人が悪いかもしれないけど...」

「はぁぁ...我が母ながら油断も隙もありませんわね」

 

そんな関心する紬に、芹菜と憂は呆れてため息を出していた。

 

「本当に凄いですね。奥さんの五月さんがいるなか堂々と連れ出すなんて」

「ホントだよ!おばさんと全然変わんないじゃん!」

 

葵の行動力に関心とまではいかないものの、小百合が驚きの声を出すと、結愛が文香がいるように油断出来ないと文句を口に出した。

 

「とは言え、さすがに時間がないから本番まではないと思う...」

「ま、そうよね。仕方ないから私たちは私たちでやることやっちゃいましょ」

 

三玖の言葉に納得した二乃達は、自分達に与えられた作業に取り掛かっていった。

 


 

~駿河学園side~

 

「全く!葵様の要請が無ければこんな不毛な試合受けんのに!時間の無駄だ!」

 

一方の駿河学園の顧問でもある義明は、不満タラタラに用意された椅子にドカンと座った。

 

「まあ、審判などの手配は今井家でしてくれているから、こちらとしては金の心配は無いがな。おい!相手の学校の主な選手は分かってるのか?」

 

公式な審判の用意のお金は全て今井家にて使われているので、それだけマシかと口にした義明は、マネージャーやコーチに情報を聞いた。

 

「いえ。それが、県外の更に毎回予選の序盤で負けるような学校ですので何も情報が無く。強いて言えば、去年の全国中学個人の部で優勝した、本多忠義と木下綾那の両名が旭高校に入学しており、空手部に所属しております。先程姿を見たので間違いありません」

 

そこに情報担当のコーチが困った表情で情報がない事を伝えた。そこに、忠義と綾那の二人の名前だけは出てきた。

 

「なんでまたそんな二人が、そんな弱小校に?」

「恐らく、木下綾那は今井憂様に付き従い入学したのかと。もしかしたら、今井家は旭高校に吉浦和彦がいる事を知っていたのかもしれません。本多忠義も同じ理由かと」

「ふん!吉浦和彦ねぇ...中学から全日本選手権までの全ての試合で負けなしの記録を残したまま、三年前に突如空手界から出ていき、ただの教師になった変な男だ。確かに当時は強かったかもしれんが、三年もブランクがある状態でうちの倅の相手にもならんだろ。まあ、()()()()の模擬試合と思えば得かもしれんがな」

 

中学個人の部で優勝をした、男女それぞれが旭高校に入学した理由を義明が確認すると、和彦の存在が大きいのではないかと答えが返ってきた。

しかし、和彦は突然空手界から姿を消し今ではただの教師に成り下がった者だと義明は思っているので、今の和彦では到底自分の息子の正親の相手にもならないだろうと口にした。

 

「さっさとこの茶番を終わらせて練習に戻るぞ!試合に出る選手達にも時間をかけずに終わらせるように伝えとけ」

「はい!」

 

練習時間の無駄遣いだと判断した義明は、各選手に制限時間一杯まで使わずにさっさと終わらせるようにコーチに伝えて、扇子を広げてパタパタと扇いで道場の中央を不機嫌そうに見ているのだった。

 


 

~道場内~

 

「さってと。いってきますか」

 

準備運動を終え、グローブなどの装着まで完了した和彦は笑みを浮かべながら主審の立っている中央を見ていた。

他の者が見ても緊張感もなくどこかいつも通りの和彦に、部員達は不思議と見ていた。

 

「せ、先生?緊張とかしないんですか?」

「ん?うーん...緊張よりも楽しみな気持ちが強いかな。ふふっ...彼は一体どこまでやってくれるんだろ、てね」

 

その瞬間、和彦の周りにだけ闘気が昇った。

 

『───っ!!』

「す、すげえぇ~...これが今の師匠の本気...!?」

 

それには周り全員が驚いていた。和彦を慕っている人物以外は...

そこに思わず忠義が緊張した赴きで驚きの言葉を口にしたが、四葉はそれを笑顔で否定した。

 

「ししし!本多さん、師匠を嘗めたらダメですよ!これでもまだ六割程ですよ♪」

『───!?』

 

そんな四葉の言葉に忠義を含め部員全員に驚きの表情が出ていた。

 

(これで六割!?じゃあ、いつも俺たちと稽古してる時は四割いってるかどうかって事じゃねえかよ!くうぅぅー!やっぱ、俺の直感は当たってたぜ!)

 

忠義は驚きはするものの和彦を師匠と仰いだ自分の考えが間違っていなかったと喜びも感じていた。

 

「それで?兄さんの今回の目標は?」

 

そんな部員達の様子など気にもしない様にことりは和彦に声をかけた。

 

「うーん...一応彼の去年の試合は観たけど、まあ一分切れれば御の字かなって思ってるよ」

「ちょっ...!それって、一分切って試合を終わらせるって事ですよね!?」

 

闘気は出しつつもいつもの調子で話す和彦に康恵が驚き、流石に声をかけた。

 

「うん。そうだよ。まあ、当時の僕だったら五分五分だったかもだけどね......父さんには感謝しなきゃな」

「いやいや!相手は一昨年から二年連続の全国ベスト四ですよ!?しかも、当時だったらって、今の方が現役時代より強いって事じゃないですか!」

 

康恵の問いに和彦が答えると忠之は、慌てた様子で和彦に声をかけた。

 

「だねぇ~...あ~あ...また差つけられちゃったなぁ~...」

 

忠之の言葉にことりは自分との実力差が広がっている事に残念そうに言葉にしていた。

そんなことりの態度に和彦の言葉は本当であると、部員全体に広がった。

 

「ま、観てれば分かるよ。じゃ、いってくるね五月」

「はい♡ご健闘をお祈りしております」

 

和彦は軽く部員全体に声をかけると五月の頭を撫でていってくると伝えると、試合開始場所に向かってゆっくり歩いていった。

 

「ちぇっ!こういう時は奥さんは特別よね」

「仕方ない...みんなの前でいつもの振る舞いをするわけにはいかない...」

「えへへ♡」

「そういう三玖さんは、とても頬が膨らんでて分かりやすく残念そうだけど...」

 

和彦が五月の頭を撫でて離れていくと、残念そうに和彦の背中を見ながら二乃が口にすると、それに三玖が答えた。

五月はというと、嬉しさで周りが見えていない様である。

三玖の態度については、芹菜が乾いた笑いを出しながら言葉にした。

 

「さて。いよいよ和彦様復帰戦の始まりですわね」

「ええ。この間は和彦様のお義父様との実力確認の様なもの。しかし、今回は復帰後初の対外試合。ふふっ...相手の驚く顔が目に浮かびます」

「これはしっかりと動画に残しておかないと♪」

 

和彦の歩む後ろ姿を見ながら、扇子を出した葵が開いた状態で口を覆いながら嬉しそうに口にした。

それに憂も笑みを浮かべながら答える。

紬は良い動画を残せるように気合い十分であった。

部員達も自分達の顧問で尊敬の念を送っている和彦の試合をしっかりと観るために正座姿勢で両手で両膝を握りしめながらじっと集中していた。

 

「空手の試合なんて観るの初めてだけど凄い緊張感ね。いつもこんな感じなの?」

 

そこに小百合が左隣にいる芹菜に耳打ちする様に問いかけた。

 

「私も実際の試合を観戦した事ないから何ともだけど、この間の和彦さんのお義父様やお義母様の試合の時よりかはまだましかな」

「え!?和彦さんのご両親ってそんなに凄いの!?」

「うん...下手したら気を失いそうな位空気が凄かった。けど...」

 

芹菜も実際の空手の試合を観た事がないので、前に今井家で行われた和彦と健介、四葉と文香の試合の方が空気が重かったと、小百合に説明した。

そしてそのまま、芹菜は笑みを浮かべながら椅子から立ち上がり、和彦と同じように中央へと向かっている相手選手の正親を見た。

 

「なんて言うのかな。あの人からは、和彦さんやお二人程の凄みを感じないって言うか...」

「ふ~ん...」

 

芹菜を説明を聞いた小百合は、芹菜と同じように正親を見た。

その正親は落ち着いてむしろ余裕すら感じられており、何か芹菜や小百合を見ているように感じた。

正親の様なイケメンに微笑みを向けられればどんな女性もイチコロであろうが、ここには既に和彦への愛でいっぱいな者が多く、芹菜や小百合は何も感じず、小百合に関しては少し不快を感じていた。

 

(あれ、絶対私たち見てるよね。それか芹菜か...うーー......やだやだ。和彦さんをずっと見て目を会わせないよにしましょ)

 

そんな風に思った小百合は両手で二の腕を擦る様にしながら、和彦に集中する事にするのだった。

 

(ふふっ...あちらには中々良い女性が多くいるじゃないか。特にあの黒髪ロングの女性は美しい。年上ではあるだろうが、ここで僕の力を見せて後で声をかけてみよう)

 

小百合の予想通り、正親は芹菜を気に入ったのか、試合にはさほど集中しておらず、後で声をかける事だけを考えていた。

 

(確かに現役時代の吉浦選手は凄かった。だが、既に研究済みでもあるしブランクもある。軽く相手しておわらせ──っ!)

 

正親はグローブの付け具合を確かめながら、和彦の正面へと立った瞬間に目を見開いて固まってしまった。

正面にいる和彦は先程と同じように、笑みを浮かべて立っている。

だが、その和彦から感じる空気が全く違い、重く息苦しさを感じていたのだ。

 

(これは──っ!!()()()()と変わらない!いや!それ以上の!?)

 

正親が言うあの二人とは、和彦が引退してから全日本選手権に突如として出てきた選手で、この二人がいるせいで正親はベスト四で留まっているのだ。

今の和彦からはその二人と同じくらいの凄みを正親は感じていた。

 

「ん?今川選手。大丈夫ですか?」

 

そこに正親の様子がおかしく感じた主審の男が正親に声をかけた。

 

「い、いえ。大丈夫です。失礼しました」

 

(だ、大丈夫だ。落ち着け。いくら威圧があるからって戦い方に変わりは無いんだ。研究通りにやれば問題ない!)

 

主審の言葉に問題ないと謝罪の言葉を付け加え、自信に鼓舞するように昨日までの和彦への対策を頭に巡らせながら正親は自分を落ち着かせた。

 

「何でしょうか?先生の相手選手が一瞬おかしくありませんでした?」

「多分兄さんの闘気にあてられたんだよ。て事は相手はそんなに凄くないのか」

 

一方の旭高校側では、直華が正親の様子の変化に疑問の声を出すと、ことりが退屈そうに返した。

 

「それに多分兄さん今相当頭にきてるからなぁ...そろそろ...」

 

バタバタッ...

 

ことりが語り出すと駿府学園の生徒達が次々に倒れていった。

 

「ちょっ...!何々!?」

 

そんな様子に二乃が驚きの声をあげた。

ことり以外のメンバーも驚きの表情となっている。

 

「はぁぁ...さっきまで相手選手が、立川先生と小百合さん、て言うか主に立川先生か。にいやらしい視線送ってたから...」

「やっぱりそうだったのね」

「え!?小百合気づいてたの!?」

「まあ...この手の視線とかは慣れてるからね。不快だらけだったから目を合わせない様にずっと和彦さんを見てたわ」

「私ずっと和彦さんしか見てなかったから気づかなかった...」

「それはそれで良いんじゃない」

 

そんな二乃達の驚きに、ことりはため息混じりに答えた。

すると、小百合がやはり自分達がそのような目で見られていたのか、と再認識したのだが、芹菜は和彦以外に眼中なし、といった言い方だったので、それはそれで問題ないと小百合は笑って答えた。

 

「それで?立川先生たちに対してそんな視線を感じたのに、向こうの人たちが倒れるのとどう関係があるの?」

 

そんな中、三玖からことりに疑問が投げかけられた。

 

「兄さんって基本温厚なんだよね。自分の悪口言われても軽く流すくらいにさ。でもね、自分の大切な人への侮辱とかは絶対に許さないの。さっきの立川先生への視線もそうだけど、さっき聞いた葵様に対しての向こうの顧問の人の不快な態度も含めて、もう兄さん限界来ちゃってるんだよ。で、ほぼ本気の闘気をこちら側には来ず、向こうにだけ飛ばしてるって訳。それで向こうの部員達が次々に倒れてるんじゃない?ああ、顧問の人も倒れちゃたね」

 

三玖の言葉にことりは真剣に答えた。

そんなことりが話している間に向こうはてんやわんやで、バタバタしている。かく言う正親も立っているだけでも限界のようである。

 

「ふふふ...♡(わたくし)の為に怒っていただけるなんて♡あのブタが倒れてスッキリしましたわ♪」

「お母様。少しは気持ちを抑えてください」

「あら、失礼♪」

 

自分の為に怒りを露にしてくれている和彦を葵は嬉しく思い、つい口にした事を憂がしたためると、葵は尚も嬉しそうに謝った。

 

一方の駿府学園サイドでは大慌てであった。

 

(な、なんだ!?急に空気がおも...く.....)

 

ドサッ...!

 

「今川先生!!」

 

和彦の闘気にあてられ、次々に部員が倒れていく中、義明もとうとう椅子から倒れ落ちてしまった。

まだ、和彦の闘気に持っていかれていないコーチ陣が、義明を抱き起こし、その場に仰向けに寝かせた。

他の部員達に対しても同様の処置を行っている。

 

(ぐっ...!こんなの...試合のしようが......)

 

そして、和彦の目の前にいる正親はヨロヨロと倒れない様に必死に耐えていた。

 

「和彦様。そろそろ収めていただきますと助かります。このままでは、貴方様の試合どころか、部員の方々の試合までご破算になってしまいますので」

 

そこに主審である今井家の者が和彦に闘気を抑えてもらえるように頭を下げた。

 

「え?あ、ああ。すみません。つい、自然と出ちゃってたみたいで。もう大丈夫ですよ。お声かけていただき、ありがとうございます」

 

そんな主審の言葉に、和彦は不思議な顔で答えた。

どうやら本当に自然と闘気を出していた様である。

すると、和彦から向こう側の空気の重さが無くなり、倒れなかった者達も安堵の表情になっていた。

 

「いやぁ~、すみません今川さん。どうも、現場から離れてた時期が長かった様でまだ調節が出来なかったみたいでして。あははは、面目ない」

 

和彦は闘気を自身の周りだけに抑えると、笑いながら正親に謝った。

 

「でも、ま。僕の大事な人達に先程の様な視線を送ったり、部員達に侮辱する様な態度を取れば......分かりますよね?」

 

ゴクッ...!

 

空気の収まった事で、元の位置に立ち、和彦と対面した正親だったが、先程の笑みの後の和彦の威圧に、息を飲んでただただ立ちつくすしかなかった。

 

「では、両者準備が整いましたので、これより試合を開始いたします!お互いに礼!」

 

今までに何事もなかったかのように主審が試合開始の挨拶をしたので、和彦と正親はお互いに礼をした。

 

「では、はじめ!」

「しゃーーーー!」

 

主審のはじめの合図に正親は気合いを入れる様に声を上げた。

こうして、和彦と正親の試合が切って開始されるのであった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は和彦の試合が始まるまでの間のお話を書かせていただきました。
サブタイトル通り、和彦の静かなる怒りが駿河学園の関係者を次々と倒していってしまいましたね(^∀^;)
普段温厚な人が怒ると怖いと言う言葉の現れかもしれません。

さて、次回は審判の開始の合図もありましたので、和彦の久しぶりの試合のお話を書かせていただきます。

次回の投稿は7月25日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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