少女と花嫁   作:吉月和玖

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16.訪問

「えらく思いきった決断をされましたね」

 

中野さんの『一人でも赤点なら上杉はクビ宣言』には驚かされたが、なんとか平静を保って言葉を綴る。

 

『そうかい?妥当な判断だと僕は思っているよ。この程度の条件を達成できないようであれば娘たちを安心して任せることができないからね』

「中野さんのお気持ちもお察します」

『察してくれてありがたいね』

「ありがとうございます。それで?これはうちのことりにも当てはめる、ということでいいのでしょうか?」

『そうだねぇ。君の妹君には私からお願いしたんだ。もう少しだけ様子を見させてもらうよ』

 

ん?てことは上杉は別口ってことか。

 

『まあ、その辺はまた話すとしよう。それで、君から見て今度の試験はどうなんだい?娘たちは赤点回避できそうなのかい?』

「……ハッキリ言って厳しいかと」

『ふむ…』

「とは言え後は彼女達の頑張り次第ですね。上杉とことりで上手くカバーすればあるいは…」

 

これは本当の事で今日の五月の頑張りを見たら数学に関しては赤点回避はいけるのではないかと思っている。ただ懸念事項もある。

 

『そうか。現場の声が聞けるのは良いことなのだが、僕も忙しい身でね。今日はこれで失礼させてもらうよ。君と話せて良かった』

 

そこで一方的に電話が切られた。自己中な人なのだろうか。

受話器を理事長に返しながらそう考えた。

 

「何か言われたのかい?」

「いえ。今度の試験で娘さん達が赤点回避出来そうなのかの確認でしたよ」

「なるほど。あの人は少々気難しいところはあるが頼りになるところもある。今後もこういう話をする機会もあるだろう。良い人脈を得られると思って今後も接していくといい」

 

肩をバンバンと叩かれながら言われる。

今日の印象からはあまりかかわり合いたくない相手ではあるな。

頭を下げた後理事長室を後にした。

 

しかし、五人全員の赤点回避か…

中野さん相手にああは言ったものの、この間見せてもらった上杉のテスト五人で百点を知っている身としては相当厳しいなぁ。懸念点もいくつかあるし。

一つ目は、やはり勉強会に非協力的な二乃と五月だろう。五月は数学に関しては僕のところに質問に来ているから良いのだが、他の教科は自力で勉強をしているようだ。二乃に至っては勉強をしていること自体が怪しい。

二つ目は、四葉の成績だ。彼女は一番勉強に前向きではあるのだが如何せん成績が悪すぎる。この間の数学の小テストでも一問しか正解が出来ていなかったし、居残りの補習プリントも最後まで解けなかった。

 

「来週か……」

 

沈みかけの夕日を眺めながら色々と考えを巡らせていた。

 


 

~ある少女の記憶~

 

「えー、もう行っちゃうの?」

 

少女は見上げながら悲しい声を出している。

 

「ごめんよ。でも、君は学校の友人や姉妹のみんなと楽しまなきゃ」

 

見上げられていた青年はしゃがみこみ少女の頭を撫でながら謝った。

 

「でも~~…」

「ふふっ、色んなところに二人で行けて僕は楽しかったよ。君はどうだった?」

「楽しかった!」

「そっか。楽しんでくれて良かった。そうだ、本当は妹にあげようと思ってたんだけど今日の記念に君にあげる」

 

青年は鞄の中からあるものを少女の手に大事そうに握らせる。

 

「何これ?」

「お守りだよ。これから良き(えん)がありますようにってね」

(えん)?」

「ああ。人と人との繋がり……そうだな、友達だったり君を助けてくれる人だったり。そういう人が増えますようにって願いを込めるお守りだよ」

「ふーん…」

(えん)が良ければまたきっと僕たちも会えるさ。その時にも困ってたらまた助けてあげるよ」

「本当!?約束だよ?」

「ああ。だからそのお守りを大切に持っててくれると嬉しいな」

「うん!」

 

そこで少女はとびっきりの笑顔で頷いたので、青年もとびっきりの笑顔で頭を撫でてあげるのだった。

 

・・・・・

 

~現在~

 

チリン…

 

おみくじを結んだ形をしたお守り。女性がそのお守りを手にして眺めていると、お守りに付いていた鈴の音が鳴り響いた。

 

「………」

 

お守りを手にしている者は、お守りを貰った時の出来事を思いながら空を見上げるのだった。

 


 

結局あの後は仕事をする気が起きずそのまま帰ってきてしまった。まあ、明日休日出勤して作業すれば間に合うだろう。あまりしたくないが…

自分の家のマンションに差し掛かったところで見知った人物が入り口の花壇に腰かけるように佇んでいた。

 

「あれ、五月?何してるの?」

「あ、先生……えっと……」

 

佇んでいた五月に声をかけるとこちらをパッと見たかと思うと下を向いてしまった。

ことりに用事でもあったのだろうか?なら連絡すればいいと思うが。

 

「とりあえずうちに来る?こんなところに居るよりはましでしょ」

「はい…」

 

そして五月を伴って帰宅するのだった。

 

「ただいま~」

 

玄関を開けて中に向かって声をかける。するとパタパタと足音を鳴らしてことりが奥から出迎えてくれた。

 

「おかえり~、あれ?お兄ちゃん遅くなるんじゃなかったの?……て、五月!?」

「こ、こんばんは」

「な、なんで?えっ?おにい…じゃなかった、兄さん?」

 

今更な気もするが兄さん呼びに正していることり。この反応からするとことりと約束をしていた訳ではないのか。

 

「下で会ったんだよ。うちに用事がありそうだったからことりと約束でもしてたのかと思ったけど、その反応は違ったか」

「うん。約束はしてない…よね?」

 

自分の記憶が心配になったのか念のため確認をことりは取っている。

 

「は、はい。約束はしていませんでした」

「そう。じゃあ何かあったのかな?」

「えっと……勉強……そう、勉強を教えてもらおうと思いまして」

「え?それでわざわざ?連絡してくれれば良かったのに。とりあえず上がんなよ」

 

ことりが上がるように促すと五月は『お邪魔します』と靴を脱ぎ、そのままことりに付いていきリビングに向かっていった。

リビングからは『先にお風呂いいよー』とことりの声が聞こえたので、甘えさせて先にお風呂に入ることにした。

お風呂から上がった僕がリビングに向かうとすでに夕飯の準備が整っていた。今日の夕飯はカレーのようだ。それぞれの席につき夕飯を食べ始める。五月もまだだったようで一緒に食べることになった。

 

「あ、兄さん。さっき五月と話したんだけど明日は休みだし泊まってもらうことにしたよ。いいよね?」

「んー?別に構わないけど、ちゃんと家の人には連絡しときなよ」

「そこは、先ほど姉妹に連絡したので大丈夫です」

「そう?なら僕からは特に反対することはないよ」

「ありがとうございます。あ、ことりさんおかわりいいですか?」

 

もう食べ終わったのか。相変わらずの食べっぷりである。結局、その後五月は三杯のカレーを食べてしまった。

 

「あ、そうだ。明日は学校で残ってる仕事こなしてくるから昼過ぎくらいには出掛けるよ」

「またぁー?」

 

ことりに明日の予定を伝えると苦言を返された。

 

「そうならないように、今日は残業してくるんじゃなかったの?」

「いや、そのつもりだったんだけどね。大人には色々とあるんだよ」

 

苦言を言いながらもついでもらったお茶を飲みながら言葉を返す。

 

「またそうやって誤魔化そうとして~……て、五月ごめんね。いつもの調子で話しちゃってたよ」

「い、いえ。学校では見れない一面が見れてとても楽しいですよ」

「あはは…あまり見られたくなかったかなぁ。そうだ、五月が先にお風呂入りなよ。着替え用意しとくね」

 

そう言いながらことりは五月を立たせてお風呂場に案内していった。僕は食後の片付けをするためにキッチンに向かう。後は皿洗いだけというところへスマホに着信が入った。

 

「はい。どうしたの?一花」

『こんばんは先生。いやー、急に五月ちゃんが押し掛けちゃって。一応挨拶しとこうかなって』

「へぇ~、しっかりお姉ちゃんしてるじゃない」

『もうからかわないでよ……それで?五月ちゃんは?』

 

そこに案内が終わったのかことりがキッチンに入ってきて、僕の代わりに皿洗いを始めたので場所を譲った。

 

「今はお風呂に行ってるよ。って、そういうことを聞きたいんじゃないか」

『あはは、先生はやっぱり察しがいいね。うん、どんな感じなのかなって。急に外泊するなんて今までなかったから少し心配してたの』

 

一花からはいつものお茶目な感じはせず心配そうに話している。やはり彼女は長女なのだろう。

 

「夕飯時は普通だったよ。まあ、何か隠してるところはあるようだけどね。それでも、言いたくないのであれば無理に聞き出したりはしないよ」

『そっか…じゃあ、五月ちゃんのことよろしくね』

「はいはい。てか、ことりに頼めば良かったんじゃないの?同じ年の女の子なんだし」

 

隣で皿洗いをしていることりに目を向けながら伝える。ことりは急に自分の名前が出たので少し驚いている。

 

『まあそこは大人として期待してるってことで。じゃあおやすみ。あ、五月ちゃんの入浴を覗いちゃダメだぞ?』

 

そこで通話が切れてしまった。余計な一言を残して。

まったく冗談を織りなして、こういうコミュニケーション能力には長けているようだ。

 

「なんだったの?私の名前まで出てきてたけど」

 

ちょうど皿洗いが終わったのか、濡れた手をタオルで拭きながらことりが聞いてきた。

 

「一花だよ。五月をよろしくって」

 

話しながらリビングのソファーに向かう。『ふーん』と相槌を打ちながらことりも僕に続く。

 

「そうだ。五月がいない内にことりに話しておこうと思ってたことがあったんだけど」

「何?」

 

グッといつもの如く至近距離までことりは近づいてきた。もう言っても無駄だね。

 

「実はことり達が帰った後に中野さん、つまり五月達のお父さんから連絡があってね。上杉に五つ子の誰かが赤点であれば家庭教師はクビだって言ったんだって」

えーーー!?

「しーー!」

「んー…んー…」

 

あまりに大きな声をあげたのでことりの口を手で押さえて、お風呂場の方に目を向けた。とりあえず五月はまだのようだ。確認を終えて手を口から離してあげた。

 

「ぷはっ…ちょっとちょっと。なんでそんなことになってるの?」

「いや、僕に聞かれても困るわけで…成績にうるさい……わけないか」

「成績にうるさい親だったら今の成績になるまで放置しないよぉ」

「だよねぇ~。まあ今になって気にしだしたとか?とにかく!この事は五つ子には内緒で。協力的な子にはプレッシャーになるだろうし、非協力的な子はこのまま勉強をしない可能性があるからね。特に二乃」

「だねぇ~」

 

うんうん、と腕を組みながらことりは頷いている。

 

「それで?実際のとこどうなの?赤点回避出来そう?」

「お兄ちゃんはどう思ってるの?」

「……まあ厳しいかなって…」

「はぁ……その認識で合ってるよ。一番可能性がありそうな三玖でもちょっと社会以外は厳しいかな。特に英語。ああ、でも数学は少し頑張ってるかな」

 

ジーッとそこで僕を見てくる。何?

 

「何より二乃と五月に至ってはどんな状況かが数学しか分かんないし」

 

頭を抱えながら言うことり。本当に苦労してるんだな。

 

「今日の五月との勉強会で五月の状態を確認することができるのは大きいかな…」

 

顎に手を持ってきて考える素振りを見せることり。今、頭のなかで色々と計算をしているのだろう。

そんな時ガチャッとリビングの扉が開けられ、その扉から五月が顔を出してきた。

 

「あ…あの…お風呂いただきました……」

 

五月は何故か顔を出した状態から動かずじっとこちらを見ている。

 

「どうしたのさ。こっち来なよ」

 

そんな五月の態度に疑問を持ちながらもことりは五月に近づいていった。

 

「い、いえ。やはり先生にパジャマ姿を見られるのが恥ずかしく…」

「えー、せっかく似合ってるんだし…そういえば、サイズ大丈夫だった?」

「はい。助かりました」

「てことで、はいお披露目でーす」

「きゃっ…」

 

ことりが五月をドアから押し出した。

五月が着ているパジャマは前をボタンで閉めるシンプルなタイプでピンクを基調としたものである。ことりが普段着ているのだが、それを五月が着ていると新鮮味を感じてしまう。

 

「どう兄さん?似合ってるよね?」

「ああ。可愛いよ」

「かわっ…あ…ありがとうございます…」

 

僕の言葉に心なしか五月は縮こまってしまっている。こういうのを言われなれていないのかもしれない。まあ僕はことりの影響で言うようになったのだが。そういえば、花火大会の時に髪型を褒めた時も恥ずかしがってたなぁ。

 

「それじゃ、五月も上がったことだし私もお風呂行ってこようかな。あ、五月はお客様なんだから一人寂しくさせちゃ駄目なんだからね?」

 

僕に指をさしながらそう言ったことりは、僕の返事も聞かずにお風呂に向かってしまった。

ことりに言われるまでもなく五月を一人にはしないのだが、如何せん勉強を教える場以外で二人っきりになったことがないからな。何を話せばいいのだろうか。はぁぁ、ことりってお風呂長いんだよねぇ。

 

「ほら、そんなところに立ってないでこっちに来て座りな。麦茶でも用意するよ」

「は、はい」

 

心の中でため息をつきながらも五月をソファーに座るように促す。

はてさてどんな風に場を持たせるかな。そんな考えを持ちながら、キッチンで二人分の麦茶を用意するのだった。

 

 




五月の吉浦家訪問です。

ちなみに、今更ですが吉浦家はマンションで2LDKです。
元々は1DKに住んでいた和彦ですが、ことりが押し掛けてきた事で引っ越しをしています。

ではでは、次回は五月との語らいから始まります。
次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


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