〜道場〜
いよいよ女子団体戦の先鋒戦が開始されようとしていた。
(コーチが言うには、相手の先鋒の選手は中学、高校での実績が一つも無かったって言ってた。て事は、初心者の頭数合わせ?確か、旭高校って女子団体が出られない程少なかったはず。なら、この試合速攻で終わらせるわ)
中央の各選手の定位置についた駿府学園の先鋒で去年の団体戦にも出場をしている阿部が余裕の表情でいた。
一方の駿府学園のベンチサイドでも、生徒全員がこの試合は問題ないと考えていた。雪斗以外は。
(団体戦において初戦である先鋒は、チーム全体の勢いに関わってくる。それは吉浦さんも分かってはいるはずだ。だとすれば、ブランクがあるとは言え、狂乱の乙女と呼ばれている吉浦ことり。あるいは、一年生とは言え昨年中学全国個人優勝の木下綾那を持ってくるはず。何かあるのか?しかもその二人が次鋒に、中堅だと?分からない)
雪斗は口元を右手で覆う様にして四葉を見ながら考えていた。
ちなみに義明は未だに和彦の闘気にあてられて気絶をしているので、雪斗が代わりに試合の監督を務めている。そんな雪斗はこのオーダーの意味の理解が出来ていなかった。
「では、先鋒戦を始めます。お互いに礼!」
主審の言葉に、四葉と阿部が頭を下げた。そして──
「はじめ!」
「しゃーーーっ!」
主審のはじめの言葉に阿部は気合いを入れて構えると、四葉の様子を伺った。
一方の四葉は静かに構え、じっと阿部の目を見ていた。
(何?構えは確かに綺麗だけど、嫌に不気味に感じるわね。速攻終わらせる!)
そんな四葉を不気味に感じた阿部は、速攻で終わらせる為に四葉に向かって動き始めた。
「はやっ...!!」
阿部の動きに女子高校生なのにこんなにも速く動けるのかと、驚きの声を小百合が漏らすも、他の者達には特に変化が無かった。
「あ、あれ?空手をしている人にとってはこれが当たり前だった?」
変化のない部員など小百合以外の人達の反応に、小百合は恥ずかしそうに言葉を漏らした。
「あ、そういうんじゃないですよ。小百合さんの仰ている通り、空手をやっている方たちの中でも速い部類に入ると思います」
「ふむ...流石は全国レベル、というところでしょうか」
そんな焦っている小百合に、ことりが笑いながらフォローをし、それに続いてことりの左に座っていた綾那が関心するように呟いた。
団体戦中は、先鋒から順番に左に並んで正座で座るのでそのような形になっているのだ。
「しかし、先生のお母様でもある文香さんの相手をした身としては、少々物足りない、と言いますか...」
「──っ!もしかして、私たちって知らず知らずのうちに目が慣れちゃってきてた!?」
綾那に続いて直華が話すも何やら物足りなさを感じている様であった。そこで、康恵自分たちの目が文香や和彦といった強者達と稽古しているせいで目が速さに慣れているのではないか、という結論に至った。
「なるほどな!流石は師匠だぜ!それで、俺たちを全国区の高校を相手にって考えたって訳だ!」
「ふふふ...まあ、それだけではないでしょうけども」
「あの方の空手に対する想いはとんでもないですからね」
康恵の言葉に忠義は和彦を褒め讃え、葵はそれだけではない、と開いた扇子で口元を隠しながら呟いた。
そんな二人の様子に、憂は嬉しそうに語った。
「凄い!私たちでも速くは感じますが見えますね!」
「本当ね。へえぇぇ〜、これは面白いわ」
「......」
五月と二乃も動きが見える事に感動している中、三玖は何も語らずただじっと四葉を見ていた。
「?どうかしたの?三玖先輩」
そんな三玖の様子に気づいた結愛が三玖に不思議な顔で質問をした。
「うん....私たちにも見えてるって事は...」
「四葉にはスロー再生とまではいかないけど、それくらいに見えてるでしょうね。きっと四葉の事だから、この人そんなゆっくり動いて何してるんだろ、て思ってるわよ」
結愛の質問に答えた三玖であったが、それに続いて二乃が今の四葉の心情を読んでいた。
その四葉はというと、まさに二乃が思っている事を考えていた。
(?この人こんなにゆっくり攻撃して何がしたいんだろう?ま、いっか。これを防いで相手の頭を狙えば一本だし。もしかしたら何か他に動きがあるかもだしね!よーし!)
そう考えた四葉は、相手の右脚による中段蹴を簡単に左手で抑え、その勢いのまま四葉は上段右蹴を相手の左後頭部に向かって放った。
「!?」
阿部は自分の攻撃が止められた事にだけ驚きの表情となっており、自分の左後頭部に四葉の蹴りが来ている事は気づいていなかった。
「あ、やべ」
そんな四葉の蹴りを見ていた和彦は、やっちまったと言うような声を漏らした。
「?どうかされたのですか?」
そんな和彦の言葉に五月は不思議そうに和彦に声をかけた。
「四葉に手加減する様に伝え忘れてたわ」
「え?それが何かあるのですか?」
頭を抱えるように話す和彦に、手加減をしない事で何か不備な事でもあるのか五月は聞き返した。
「あちゃー。そうなってくるとあの人ここまでか。さ、準備始めようっと♪︎」
和彦の言葉に理解を示したことりは鼻歌混じりにヘルメットをつけるなどの準備に取りかかった。
「?どういう事です?」
ことりの言葉と行動に更に五月は混乱してきていた。
「......今の四葉先輩が手加減をせずに本気で蹴りを入れて平気でいられるのは師匠や師匠のお義父様やお義母様ぐらいかと。本多さんは丈夫ですので、多分問題ありません。ただ、私やことり先輩でも意識は保てますが.......相当痛いですので、必ず避けるかします」
「え!?じゃあ、それってつまり──」
ドゴンッ...!
『───っ!?』
五月の混乱に綾那が背筋を伸ばし綺麗な姿勢で正座をしながら、四葉の本気の蹴りを受けきる人は限られていると説明した。自身が受けた時の苦痛の表情も出しながら。
なので、それじゃあ相手は受けきれるのか、と二乃が聞こうとしたところで、とんでもない音が道場内に響いた。
それを聞いた道場内にいた人物達は驚きの表情で四葉の決まった蹴りを見ていた。和彦に至っては右手で顔を覆いながらため息をついていた。
「かはッ.......」
ガクッ...ズンッ...
そんな四葉の綺麗で見事な蹴りをまともに受けた阿部は、ヘルメットを被っているとはいえ、ヘルメット内でキーンッと音がなると、そのまま膝をついて前に倒れてしまった。
試合開始わずか10秒の事である。
「へ?ええぇぇーーーーー!?」
その光景に観戦していた者達は勿論驚きの表情で固まってしまっていたのだが、何故か攻撃を行った四葉が現状に驚いていた。
「な、なんで!?なんで倒れてるんですか!?」
「い、一本!また、一時停戦いたします!中野選手は落ち着いて所定の位置に」
「え!は、はい!」
おどおどといった感じで自分の定位置に着く四葉。それと入れ違うようにもの凄い速さで倒れている阿部に近づく者達がいた。和彦と雪斗である。
和彦は阿部に近づくと、素早い速さでヘルメットを脱がし首元で脈を測り始めた。雪斗は和彦から受け取ったヘルメットを持って、駿府学園の生徒に指示を始めた。
「急ぎタンカーの用意を! 」
『は、はい!』
「......脈正常。呼吸あり」
そんな全員が緊張の中、落ち着いた態度で阿部の状態を確認し雪斗に伝えた。
「ふぅ...そうですか。救護班!アイシングと濡れたタオルを大量に用意を!」
『は、はい!』
和彦の言葉を聞いて一つ安心をした雪斗は、次の指示をすぐに出した。
そして、和彦は主審に向かって頷くと主審もまた頷き返した。
「相手選手の試合続行不可能の為、先鋒戦、旭高校の勝利とします」
『やったーー!!』『よーし!』
主審の宣言に旭高校側から歓声が上がるも当の四葉はどうしたらいいか分からず、その場でオロオロとしていた。
「四葉」
「え、あ!ありがとうございました!」
そこに和彦が四葉に笑みを向けながら声をかけると、我に返った四葉がそこで礼をして振り返ると、仲間達が笑顔で迎えているのを見てようやく四葉にも笑顔が戻ってきて、そのまま戻っていった。
「はぁぁ...すみません。何せ試合などほぼした事が無い初心者なもので」
「はっはっはっ。その初心者であの動きに威力。大したダークホースをお持ちですな!阿部を仰向けにします。上半身をお願いします」
「はい。帯も少し緩めますか...って、女性にそこまでするのは失礼ですよね」
四葉の態度に和彦はため息混じりに雪斗に謝るも、雪斗は笑いながら返し、阿部を仰向けにする事への協力を和彦に申し出た。それに和彦は了承し、帯を緩めて楽にした方が良いか提案するも、阿部が女子である事に気づき一彦は慌て始めた。
「ふふっ、問題ありません。全てを脱ぐ訳ではありませんからね。それに、阿部は貴方のファンでもありますので、本人も気にしないでしょう」
阿部を仰向けの状態にした後、慌てる和彦に雪斗は優しい言葉でフォローをし、そのまま雪斗が帯を緩めた。
「え!?そうなんですか!?てっきり、駿府学園の皆さんは全員が太原さんの事を尊敬されているのかと」
「あはは。確かに私の事を尊敬してくれる者も多数います。しかし、貴方の場合はどこにいるかも分からない状態でしたからね。木下と本多は運が良い。いや、他の部員もですかな」
そう雪斗が笑ったところでタンカーが来たので、それに和彦と雪斗で阿部を乗せて運ばれていった。
「では、引き続きお願いします。と言っても、次の試合は我々の棄権になりそうですがね...」
そこで雪斗は和彦に引き続き試合をお願いしますと言った後、和彦の後ろのある場所を見て、呆れながらベンチに戻っていった。
(あの馬鹿は今の四葉の試合で火がついたな。まだ周りは気づいていないレベルなのにそれに気づくとは流石だな、太原さんは)
そう考えながら和彦もまた自身のベンチに向かって歩き始めた。
「あ、お帰りなさいませ、師匠!」
「うん。ふふっ、女子は盛り上がってるね」
ベンチに戻ると忠義が真っ先に迎えに出てきた。それに応えた僕は女子陣営を見て笑みを浮かべた。
「まあ、全国区相手にあれだけの事を成したっすからね。盛り上がりやすよ」
「だね。ああ、男子達は今から十分に気を保っておいてね」
『え?』
忠義の言葉に笑みを浮かべながらも、僕は男子達に注意を促しながら、芹菜と小百合の近くに行った。
「あ、お疲れ様です吉浦先生」
「凄い速さで行かれてましたよね。流石です」
僕が近くに来た事で喜びの表情を見せる二人。そこに、紬さんを伴って葵さんが僕の傍まで来ていた。
「流石ですね。助かります」
「いえ。
「「「??」」」
僕と葵さんの会話を、芹菜と小百合と紬さんの三人は不思議そうに見ていた。
「やはり、出ますか」
そしてそこに憂も近づいてきていた。
「ああ。あいつの性格からね。五月、一花、二乃、三玖。四人もこっちへ」
「え?ええ...」
四葉の周りで喜び合っていた四人にも声をかけて、呼び出すと五月が不思議そうに返事をして僕に近づいてきた。
「何よ、改まって」
「?何かあるの...?」
そして、僕の傍に来た四人を代表するように二乃と三玖が話しかけてきた。そこに──
「さってっと♪」
ズンッ...
「あは♪私の相手はどこまで楽しませてくれるかな♪」
『ひぃぃぃ〜〜〜!!』
ことりがご機嫌な表情で立ち上がると、闘気と殺気を混ぜた状態で中央に向かって歩き始めた。
部員の女子や男子。それに芹菜と小百合からは悲鳴が上がったが、四葉は乾いた笑みを。綾那は何とか耐えているといった形だ。
唯一、結愛だけはいつも通りにニコニコと座っている。
「な、なるほどねぇ〜...これがあったから先生は私たちを近くに」
以前、ことりのこの状態を経験した事がある一花は、僕が皆を傍に集めた理由を理解して乾いた笑いが出ていた。
「こ、ことりさん!どうしちゃったんですか!?」
そこにことりの状態に驚いた芹菜が慌てて聞いてきた。
「うーーん...多分久しぶりの試合である事の嬉しさと、さっきの四葉の試合を見て楽しくなってきて......かな?」
「いい加減、あれ!どうにかしなさいよ!相手にだけならいいけど、私たちまで被害出るのおかしいでしょ!」
「ごもっともで」
今のことりの状態になっている原因を予想しながら話すと、二乃からどうにかしろとクレームが上がったのだが、何も言い返せずにいた。
「しかし、
「うぅぅぅ〜〜...あまり、聞きたくはないですが。今は和彦さんの闘気で守っていただけてますが、もしそれが無かったら...」
ことりの状態に葵さんが驚きの感想を伝える中、恐る恐る紬さんが聞きたくないような聞きたいような、といった感じで質問してきた。
「葵さんと憂。後は......一花辺りなら少々危ないですが問題ないでしょう。他は今頃失神してますね。うちの部員達もよく耐えてますよ。まあ、四葉と稽古する時はあの状態ですからね。慣れちゃったかな」
「最悪...」
僕の回答に三玖は、ゲッソリとした顔で答えた。
これじゃあ、さっきの太原さんが言った通りで試合にならないな。
「ことり」
「ん?」
そう考えた僕は、闘気と殺気満々のことりを僕の近くまで呼び戻した。
「お前はいい加減それの力加減をどうにかしろ。そのまま試合に入ると、相手棄権するぞ」
「ええぇぇぇぇーーー!?むぅぅぅぅ〜...でも、やっと楽しくなってきたし。四葉よりは良い試合結果を出したいんだもん」
なるほど。それで最初からこの状態に。速攻で相手を気絶させるつもりだったのか...はぁぁ...全く...
「良いかことり。今回ここに来たのは部員達の今の実力を測るのは勿論だけど、ことりのブランク回復にも備えてるんだ。それは分かるね?」
「そりゃあわかってるよ」
「なら、いつもの状態で今日は相手に挑め。でないと......今後お前の
「うぐっ...!それズルい!!」
僕の言葉に言葉を詰まらせたことりは文句を言いつつも、闘気と殺気を抑えた。
相手というのは勿論ここでは口に出来ないものである。あまり駆け引きに使いたくないものではあるのだが...
「四葉には試合の空気に慣れてもらう事と、相手との格差での体力温存方法を今後学んでいかなければいけない。そんな四葉に意識しても意味無いだろ。むしろ、お前が今後の四葉の戦い方の手本を見せてやれ。お前は、一日に何度も試合をした事があるという経験がある。それをここで四葉に見せるんだ」
「──っ!わかった。だけど、帰ったらいつも以上に構ってもらうんだからね?」
「はいはい。じゃ、行ってこい!」
「うん!」
四葉は今後、個人戦で一日に行う試合数が増えていく。勿論団体戦でも先鋒をしてもらうので、他の子達より試合数は増えてしまう。
そんな中で、毎回全力で試合をしていたら最後の最後で体力が無くなってしまう可能性だってある。まあ、四葉については他の競技等でその辺は分かっているかもしれないが。
そんな僕の考えを伝えた僕が右手拳を差し出すと、いつもの陽気なことりに戻ってその拳に自分の右手の拳をぶつけて笑顔で道場中央に向かっていった。
「やはりあの
「はぁぁ...全く、困った
僕とことりのやり取りを見ていた葵さんが笑いながら話してきたので、僕はため息混じりに答えるのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は、いよいよ四葉の他所の高校との初試合のお話を書かせていただきました。
と言っても、実際の試合は速攻で終わってしまいましたが( ̄▽ ̄;)
次回からは、ことりや綾那といった他の女子の試合を書ければなと思っまております。
また、この場をお借りして。現在、僕の体調が芳しくない事と時間が無い事で、「少女と花嫁」の本編以外が度凍っております。
大変ご迷惑をお掛けしておりますが、全く書いていないといった訳ではありませんので、書け次第投稿出来ればと思っております。
この場をお借りして謝罪致しますm(_ _)m
次回の投稿は8月10日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。