〜雪斗side〜
(──っ!!吉浦ことり選手の殺気が収まった!?)
先程までは、駿府ベンチの部員やコーチ陣でさえも恐怖していたことりの殺気が収まり、笑顔で道場中央に向かっている事に雪斗は驚きの表情でいた。
(収まる前に吉浦さんが何かを言い聞かせていた様だが......まあ今は良い)
「伊丹。いけるな?」
「は、はい!」
駿府学園次鋒であり、先程まではことりの殺気に当てられ動くことすら出来なかった伊丹であったが、雪斗の声に緊張しながらもしっかりと返事をした。
「相手は狂乱の乙女と称された中学個人の部三連覇を果たした吉浦ことりだ。だが、高校生との相手はした事がないだろう。彼女の持ち味は攻撃にある。が、防御は疎かだ。中学と高校の違いを見せてこい!」
「はい!」
雪斗が檄を飛ばすと伊丹はしっかりと返事をし、中央に向かって行った。
「先程の先鋒戦の動画データを!」
「はい!こちらのタブレットに既に保存しております」
試合に向かう伊丹の背中には今は恐れも無く、いつも通りであると確信した雪斗は次に動き始めた。
四葉の研究である。
(阿部はうちでは攻撃の速さで定評がある程だ。それを意図も簡単に捌いていた。そして、自らの攻撃で阿部が失神した事に誰よりも驚いていた。つまり......あれで本気では無い......)
四葉の底知れない実力からの恐怖からか、雪斗の背中に冷や汗が流れていった。
それを分かっている上で雪斗は先程の先鋒戦の試合の動画をスロー再生を使ってでも収穫するものがないか見始めるのだった。
〜ことりside〜
(くっ...!何とか隙をついて二点取ったけど、まだ同点。先取出来たからこのまま時間まで粘れば良いけど、この人凄い攻撃してくるなぁ...!)
現在女子団体戦次鋒戦。
ことりは駿府学園の伊丹と試合をしていたのだが、予想外に苦戦していた。
ことりが苦戦している主な要因としては、相手選手である伊丹がビデオデータで観た時とは違う動きをしている事に、ことりが驚いているからだ。
いつもの様に先制の攻撃を仕掛けようとことりは動こうとしたのだが、情報と違い相手の伊丹から攻撃の仕掛けがあったのだ。
驚きつつも何とかいなして点は取られなかったものの、その後も伊丹の攻撃が止む事はなかった。
(この人凄い私の事調べてきてる!まるで、お母さんや直華ちゃんと試合してるみたいだよ!──っ!違う!調べて私の対策を教えたのはあの人かっ!)
「待て!吉浦選手の場外忠告とし、定位置より試合再開とします」
(──っ!?いつの間に!?まずっ...!!)
ことりは気づくと場外の線を跨いでおり、主審より忠告を受けてしまった。
防御に専念し過ぎて自分が外に自然と動いていたのに気づいていなかった様である。
場外への忠告があるものの先取していることに変わらないので、このまま粘ればことりの勝ちに変わらないだろう。
だが、また同じ忠告を出してしまえば警告扱いとなり、相手にポイントが入ってしまうのだ。
(ビデオでは感じなかったこの体力の差。まさか防戦を強いる事になるなんて考えなかったよ。自分なりにトレーニングは続けてたけど、やっぱり三年間部活で体力付けてきた人とは違うなぁ...お兄ちゃんにはああ言われたけど、これ私も体力配分考えないとだよ。やっぱりこれもあの人の指示か......)
定位置に着きながら、ことりは自らの余裕に反省していた。
そして、このような試合展開になったであろう原因の人物でもある雪斗をことりは見ていた。
その雪斗は、こちらの試合ではなくタブレットをジッと見ているようだが。
(私には興味ないって事?確かに私は中学時代から変わってない。けど、みんなして四葉、四葉って......)
そこでことりは顔を下げて両手をギュッと握り殺気が出始めた。
それを目の前で立っている伊丹が感じ息を飲んだ。
(ゴクッ...太原コーチが言ってた。狂乱状態の吉浦さんには絶対に手を出すなって。ここまで来て悔しいけど、さっきのあれは絶対に戦いたくない。棄権するしかないかも...)
ことりから殺気が出始めた事に、伊丹は雪斗の助言を思い出して、棄権も余儀ないと考えていた。
そんなことりは、ふと福岡に帰る前の文香との会話を思い出していた。
「どうしたのことりちゃん?不貞腐れた顔しちゃって」
それは文香や健介や茂が特別顧問として、旭高校空手部の練習を見に来ていた時だった。
「ぶぅぅぅ。だって、お母さんに全然勝てないんだもん。それに四葉にだって。最近では直華ちゃんとの勝率も落ちてるし...」
道場の隅の方で体育座りをして、ジッと他の部員の稽古を見ながら、ご機嫌ななめなことりに、文香は笑いながらことりの右隣に座りながら問いかけた。
すると、ことりからは頬を膨らませて、自分が部活内で勝てていない事に不機嫌そうに文香に答えるのだった。
「全く。そんな事で不貞腐れてたの?」
「そんな事って!そりゃあ、お母さんやお兄ちゃんは負けた事ないから私の気持ちなんて分かんないよ...」
ことりの答えに、文香は呆れ気味に答えると、ことりは反発するように文香を見ながら、今の自分の事を文香や和彦に分かる訳がないと強く伝えた。
そんなことりに対して、文香は目を逸らさずにいつもの笑みを浮かべて口にした。
「和彦だって私に負けっぱなしだったじゃない?後、ことりちゃんは覚えてないかもだけど、中学入る前の和彦は、同年代には負けてなかったけど、いつも健介さんに挑んでは負けてたわ。けど、あの子は下を向くことはなかった。むしろ笑ってたわ」
「え?お兄ちゃんが...?」
「ええ。だから、ある日聞いたの。私やお父さんに勝てないのに何でそんなに楽しそうなのかって。そしたらあの子何て答えたと思う?ふふっ...負けるのは悔しいけど、好きな空手で色々試す事が楽しいって笑いながら言ってきたのよ」
「好きな空手...楽しい...」
当時の事を可笑しそうに話す文香に対して、ことりは表情が固まったままボソッと口にした。
「そ。あの子にとっての空手は勝敗なんてどうでも良いの。その試合その試合でいかに楽しく試合が出来るかって事しか考えてなかったから。ま、それをこの間の健介さんとの試合でようやく思い出したみたいだけどね」
「試合を楽しく...」
和彦の空手に対する想いを文香が笑いながら話すと、ことりは考え込む様に文香から目線を外していた。
「それに、四葉ちゃんもね」
「え!?」
そこに意外な人物の名前が文香の口から出てきたので、ことりは驚きながらまた文香を見返した。
「あの子の原点は和彦と同じ様に楽しむ試合をする事。四葉ちゃんってば相当和彦を気に入ってるのね。ふふふ...」
「試合を楽しむ...」
文香の言葉にことりはある事を思い出していた。
──お兄ちゃん。お兄ちゃんは何で空手を続けてるの?
それは幼き日の自分が和彦と話していた時の事である。
──んーー?そうだなぁ。やっぱり楽しいからかな。
──楽しい?
──ああ。この人はこう攻撃したらどう返してくるのとか。こういう攻撃の仕方があるのか、とか色々学べるからね。
──ふーん。じゃあ、私もお兄ちゃんみたいに空手始めたら楽しめるかな?
──ははは。それはことり次第だろ。
「──っ!!」
そこでことりは殺気を収めた。
(そうだよ。私だってお兄ちゃんと同じ様に楽しむために空手を始めたんだ。途中から勝ちに拘って殺気を放っちゃったてたけど、そうじゃない!この試合だってここから楽しむことができるはず!)
下を向いていたことりが顔を上げると、そこには口角を上げて笑みを作った顔があった。
(笑ってる...?──っ!!)
そんなことりに不思議に思っていた伊丹であったが、次の瞬間ことりからの空気が変わった事に驚きの表情を見せていた。それは伊丹だけではなかった。
「──っ!!何があった?」
「え?特に何も。太原コーチの言う通りに試合展開が進んでますけど...」
タブレットで四葉の研究をしていた雪斗であったが、ことりの変化に気づき、何か特別な事があったのか、控え部員に聞くも誰もことりの変化に気づいていなかった。
(何だ!?彼女の闘気が上がった?殺気無しで?しかも、誰にも気づかれない程に濃縮されている!!)
雪斗はことりの変貌に驚き、タブレットを右の椅子に置くと、ことりをジッと観察し始めた。
そしてこちらでも。
「先生!」
「ああ。ったく、やっと殻を破りやがった」
真っ先にことりの様子の変化に気づいた四葉が、振り返りながら和彦に確認した。
すると、和彦は四葉の言葉に頷きながらも、呆れた表情でことりを見ていた。
「?何かあったのですか?」
当然の様にことりの変化に気づいていない五月が和彦に問いかけた。
他のメンバー、葵以外が和彦に注目していた。
「ことりさんもまた、一歩龍にへと変貌しようとしておりますね」
「どういう事でしょうか、お母様」
満足そうな笑みを開いた扇子で隠しながら話す葵に、どういう事なのか、
「今のことりさんは、かなりの高密度な闘気を纏っております。まさに文香さんの様に」
「え!?何も感じられやせんが...」
葵の言葉に、ことりを見ながらも忠義は先程とのことりの変化に気づいていない様であった。綺那でさえもだ。
気づいているのは、和彦と四葉と葵だけである。
「達人になればなるほど闘気の調整が上手くなるんだ。この間の母さんの試合を観てた人には分かるかもしれないけどね」
「そう言えば、先生と先生のお父さんの試合では凄い闘気のぶつかり合いだったけど」
「四葉と先生のお母さんの試合では何も感じなかった...」
「だよね。あの時、薫様が先生のお母さんの闘気が凄いみたいな事言ってたけど、全然感じなかったから、気にもしなかったよ」
僕の説明に、二乃、三玖、一花の順番であの時の様子を伝えてきた。
「そうよね。確かに、あの時の薫様や葵様。それに、吉浦先生のお父様も、吉浦先生のお母様の闘気の中でよく動けるって、四葉さんを関心なさってたわ」
そこに芹菜も当時の薫さん達の話を思い出したかのように話し始めた。
「そうです。あの時の母さんは相手選手である四葉にしか分からない様に闘気を纏っていた。それを今まさにことりがやってのけている──っ!!」
芹菜の言葉に和彦は肯定して、自分の母である文香と同じ芸当をしている事を説明している中、和彦は驚きの表情で説明を止めた。
「ちょっ!!何よ何よ!!」
そんな和彦の態度に二乃が何が起きてるのかさっぱり分からずで、和彦に確認をした。
そして、驚きの表情でいる和彦と同じ様に、葵もまた信じられない光景を見ている様に驚いていた。
「龍の子は龍ですか...」
「あいつ!」
二乃の質問に答える訳ではなく、葵と和彦は満足そうに笑みを浮かべていた。
逆に驚きの表情を崩せない者がいた。雪斗である。
「本当にこの試合何もなかったんだな!?」
「え!?は、はい!!」
(何が彼女をここまで起こしているんだ!まさか、全身に纏っている闘気を、
雪斗が言う様に、ことりは今闘気を全身に纏っていた所、それを両手と両足にだけ纏う様に闘気を調整しているのだ。
そんな事が分からない伊丹にとっては、殺気が抑えられたと思ったら、物凄い緊張感になった思った一瞬にして、その緊張感が減り、何が何だか分からずで混乱していた。
(な、何!?狂乱の状態でもないし。太原コーチの様な緊張感が出たと思ったら無くなるしで、訳がわからないわよ!とにかく、太原コーチに言われた通りにやるだけよ!)
「はじめ!」
混乱状態の伊丹であったが、冷静を取り戻し、狂乱状態でないのなら、雪斗に言われた通りにやるだけと自分に鼓舞して、試合開始の合図と共に動こうとした。しかし──
「はぁぁぁっ!!」
「くっ...!!」
それよりも速くことりが動き、今日の試合一の動きで伊丹を攻め始めた。
「あれって!烈火!?」
「いえ。確か、烈火は狂乱状態でないと使えないとことりさんご自身で仰られたので」
そんな素早いことりの攻撃に結愛は驚きの声を上げるも、綺那が冷静な声で結愛に答えた。しかし、その綺那も何が起きてるのか混乱していた。
(くっ...!!速すぎていなせない!)
ドスッ!
ことりの攻撃を受けてる伊丹は、あまりの速さにことりの右蹴りを左腹部に受けてしまった。
「かはっ...!!」
(何これ!?バットか何かで思いっきり殴られた様な感触は!?)
あまりのことりの攻撃の衝撃に伊丹はその場に膝をついてしまった。
「ありゃ。当てた瞬間に威力抑えたんだけど。やっぱり痛かった?」
(威力を抑えた!?これで!?)
定位置についたことりが、いつまでも膝をついたままの伊丹に向かって、いつも通りの様子で、心配そうに両手を後ろにして前屈みに伊丹に声をかけた。
そのことりの言葉に、伊丹はただ恐怖しか感じなかった。
「伊丹選手?続けられそうですかな?」
「..........すみません。棄権します...」
「棄権により、次鋒戦は旭高校の勝利とします」
「よし!」
主審の男がいつまでも立ち上がらない伊丹に声をかけるも、伊丹は少し考えて棄権を申し出た。
その言葉を聞いた主審が旭高校の勝利を宣言すると、嬉しそうな表情でことりは両手を腰の辺りでガッツポーズを取り、そのまま礼をするのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は女子団体戦の次鋒戦であることりの試合を書かせて頂きました。
雪斗の情報収集に体力低下で危機に陥られることり。
そんな中、また殺気を放とうとするも、文香との言葉。そして、幼少期に和彦と話した言葉で、我に返り、試合を楽しむ事を考える事で闘気の調整が出来る様になりました。
これからことりもどんどんと成長していくでしょう。
さて、団体戦もいよいよ中堅戦。綺那の登場です。そして、直華や康恵の試合も控えています。
この三人が果たしてどこまで駿府学園の選手と渡り合えるのか。
次回の投稿は8月15日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。