「「ありがとうございました」」
副将戦も終わり、中央でお互いに礼をした後、井伊は嬉しそうな顔でベンチに戻ってきた。
「やりましたね井伊さん!」
「ホントだよ。圧勝じゃん!」
「ふふふ…お見事です」
「ナイス、直華♪」
「へへへ♪やりました♪」
笑顔で戻ってきた井伊を、団体戦出場選手の女子四人が両手を上げて出迎えたので、四葉から出場順にハイタッチしていった。
そんな様子を傍から見ていると井伊と目が合い、井伊はそのまま走って僕の胸にダイブしてきた。
「やりました!やりましたよ、輝様!」
「いや、輝じゃないし。抱きつかれても困るんだが…」
僕の声は届いていない様で、井伊は中々離れようとしなかった。
五月達の目が怖いんだが……
「まあ、良いじゃないですか。五月さん、今回は頑張った直華ちゃんに免じて許してあげてください」
「はぁぁ…分かってます…」
小百合の言葉にため息をつきながらも五月は分かっていると返事をした。恐らく、対面性と心の中の気持ちがごちゃごちゃになっている状態だろう。
「ね、和彦さん。こういう時、輝なら頑張った女性のマネージャーに言う事があるんじゃないですか?」
「え?輝が言うセリフ?…………え"!?」
心の葛藤を行っている五月の傍で小百合が茶目っ気な顔で、僕にこういう時に伝える輝のセリフがあるんじゃないかと言ってきた。
何かあったっけ、と頭を総動員して考えた結果あるセリフが頭を過ぎったので、マジかという顔で小百合を見るも、小百合はニコニコしながら頷くだけだった。
井伊の方を見ると期待の眼差しが向けられていた。
「いや、え〜〜と…流石にあれは……」
「うぅぅ…」
小百合が言っているセリフは、先程送り出した時のセリフの比ではなかったので、断ろうと思っていると、下から井伊の涙目で訴えかけるような視線を感じてしまったので、もう諦めるしかなかった。
なので僕は、ため息を一つついた後に、井伊の頭を撫でながら伝えた。
『よく頑張ったね。僕の可愛い子猫ちゃん』
『───っ!!きゃーーーーー!!』
一応輝の表情も真似て伝えたつもりであったが、井伊どころかあちこちから女性陣の悲鳴が絶叫した。
「小百合さん!今の録音できてますか!?」
「ふふん♪バッチリよ。と言うよりも動画で撮ったわ。今からグループチャットに送るわね」
そこで直ぐに反応した五月が、小百合に録音出来たか確認すると、小百合は右手人差し指と親指で丸を作り、オーケーサインをすると、女性陣全員がこぞってスマホを取り出した。
そして、あちこちから先程の僕のセリフが聞こえてくるのだ。
何!?この羞恥地獄!?
「先生凄ェ!」
「ああ。俺じゃあ、あんな言葉言えねぇよ」
「くうぅぅ〜〜!流石師匠だぜ!」
馬場と山県が呆れる様に口にしている中、忠義は僕を称えていた。
いや、忠義。全然嬉しくないからね。
「ほら、もう満足だろ。自分の席に戻りな」
「はい♡輝様♡」
井伊の両肩に僕は両手を乗せ、井伊に元の位置に戻る様に伝えると、井伊は素直に戻るのだが、もう目がハートであった。
「せんせぇ〜…新婚早々部内の女子の心を掴むのはどうかと思いますよぉ〜…」
「別に狙ってやった訳じゃないわ!」
ヘルメットをつけながらツッコミを入れてきた榊原が、呆れた様に話しかけてきたので、自分は何もしてないと返した。
ただ、よく見ると榊原の手は震えているようである。
なるほど。強がりからきた呆れ顔ってとこか。全く…
僕は笑みを浮かべながら、軽くジャンプをしながら試合に向けて準備をしている榊原に声をかけた。
「榊原」
「はい?」
「僕がバスの中で皆に伝えたこと覚えてる?」
「え?えっと………」
急な声かけに驚いたのか、何だっただろうと榊原は考え込んでしまった。
「ふっ…僕達はあくまでも挑戦者だ」
「あ……」
「前の4人が勝ったからって、なにも榊原も勝たなくちゃいけない訳じゃない。むしろ、団体戦で言えばもう僕達の勝ちだ」
そこまで伝えると、僕は榊原の右肩に左手を置いた。
「気負わずいつも通り行ってこい!お前にあって四人にない事があるだろ?後は何よりも楽しく。な?」
「──っ!はい!いってきます!」
僕の言葉に落ち着きを取り戻したのか、笑顔を取り戻した榊原はそのまま中央の定位置まで進んだ。
〜榊原side〜
時は戻り。健介や文香といった臨時講師が練習を見ていた日。
康恵は文香に相談をしていた。
「康恵ちゃんの強み?」
「はい……その…ことりさんや四葉ちゃんが凄すぎて私にも何かないかと思ったんです。直華も直華で、データ収集を活かした戦い方がありますし…綾那も強くて歯が断ちませんし…」
この日文香の指導を受けていたのは、四葉にことりに綾那に直華。そして、康恵であった。
しかし、康恵はある程度四人からポイントは取れたものの、全敗の為に自分の中でも焦りを感じていた。
康恵は、気は真面目で副部長としても
そんな康恵の気持ちを汲んでか、文香は笑みを零しながら康恵に答えた。
「康恵ちゃんは真面目ねぇ〜…ねえ?逆に聞くけど、康恵ちゃんの四人から取られたポイントって覚えてる?」
「え?取られたポイントですか?えっと……一番多いのが四葉ちゃんの三ポイントで……ことりさんは二ポイント。直華と綾那からは一ポイントですけど。二人には先取されちゃったので負けちゃいました」
文香の質問に、康恵は苦笑いを浮かべながら今日の結果を伝えた。
「そこよ」
「え……?」
そんな康恵に文香は、今試合をしている四葉とことりをじっと見ながら康恵に伝えた。
「今の二人のポイントはいくつ?」
「え?えっと……四葉ちゃんが四ポイントで、ことりさんが三ポイントですね」
よく分かっていない康恵は文香に言われるがままに答えた。
「まあ、あの二人は特に守りに関して弱いところがあるけどね。でも、康恵ちゃんは違う。貴女はうちの主人と同じ匂いがする。つまりね康恵ちゃん。貴女の強みは──」
そして現在。
康恵と相手選手葛山が定位置についた事で、主審は二人を見て試合開始の合図を出した。
「では、お互いに礼!はじめ!」
「しゃーーー!」
主審の合図と共に葛山は気合いを入れて構えを取った。
そして、康恵もまたふぅーと、一息入れてからいつも通り構えに入った。
「──っ!」
(隙が全くない!?どういう事!?)
康恵と対面した葛山は康恵の構えに隙が全く見当たらない事に動揺して、攻撃を躊躇っているのだ。
──康恵ちゃん。貴女の強みは隙が無い構え。きっと和彦もその強みに気づいている。今はまだ康恵ちゃんの攻撃時にその隙が消えちゃって相手にポイントを取られちゃってるけど……きっと和彦がそれをカバーしてくれるわ。
(はい!文香さん!)
文香の言葉を思い出し、その言葉に康恵は頭の中で答えると、ジリジリと葛山に隙を出さずに近づいていっていくのだった。
〜駿府学園side〜
時は戻り。副将戦を終え、惨敗に喫した萩が肩を落とし、顔も下を向いた状態でベンチに戻ってきた。
「申し訳ありません、コーチ!不甲斐ない試合をしてしまいました!」
そして、萩はベンチの椅子に座っている雪斗に頭を下げながら反省の意味を込めて謝罪した。
「いやいや、よくやったさ。萩じゃなかったら、時間いっぱい使われなかった。こちらの相手選手の情報収集が全然出来ていなかった私達のせいでもある。今度の全国大会で見返してやろう」
「──っ!!はい!ありがとうございます!」
雪斗の優しい労いの言葉に感激した萩は、涙を流しながら返事をし、頭を下げた後自分の位置に戻って行った。
「とは言ったものの……井伊直華選手か。これは手強いな。実に嫌な戦い方をしていた」
「はい!正直言って、太原コーチと組手をしている時と変わらないと思いました」
「やはりか……」
萩が元の位置に戻ったのを確認した雪斗は、雪辱戦をするのも難しいかもしれないと意見を伝えると、それに萩が同意する様に答え、更には雪斗と試合をしていた様であったとも伝えた。
「相手の情報をしっかりと頭にインプットし、それを元に試合を展開していく。なるほど。吉浦さんが顧問になった事と今井家がバックにいる事で、この井伊選手の力が最大限に発揮されているという事だな。はぁぁ…困った困った。彼女に勝つには、私の弱点を探るしか無いと言う事だ。もしくは、前の二人。中野選手と吉浦ことり選手並の実力を持つしか無いと……」
(吉浦さんのオーダーの組み方は分かった。先手必勝。最速で団体を終わらせる為の並びになっている。異次元の力を持つ中野四葉。狂乱の乙女とまで言われ、ここに来てまだ進化をしている吉浦ことり。中学時代はその吉浦ことり以外に負けなしで、これまた試合中に進化を遂げた木下綾那。この三人で勝てなくとも、データ空手を行う井伊直華が後ろに控える。何ともやりにくい相手だ。全国で初めて当たる前に試合をしておいて良かったかもしれない。じゃあ、この大将の榊原康恵もまた……)
旭高校に勝つには並大抵の実力では不可能だと判断した雪斗は、最後の榊原康恵に目がいった。
「情報班。榊原選手の情報は?」
「は、はい!こちらもあまりなく、ただ去年の地区予選ではベスト八に入るも後一歩の所で全国行きを逃してます」
「高校二年でか…」
(じゃあ、そこに吉浦さんの指導が入れば……)
「葛山」
「はい!」
康恵の実力に危機感を持った雪斗は、こちらの大将でもある葛山に声をかけた。
「お前は去年、二年生でありながら個人で全国ベスト十六という実力もあり、この学園の女子の中で一番の実力者であると私も思っている」
「ありがとうございます」
雪斗の褒め言葉に、葛山は嬉しそうに頭を下げてお礼を伝えた。
「そんなお前だから頼める事だ。榊原康恵の実力を全面に出す様に戦え。ここで情報を掘り出す」
「分かりました!その上で勝利も取ります!では!」
雪斗の言葉に返事をした葛山は、そのまま中央の定位置に向かって歩いて行くのだった。
(くっ…!どこに攻撃しても防がれるだけ!何故、この様な選手が去年全国まで来なかったんだ!)
そう考えながら、ジリジリと近づく康恵に対してどう攻めるべきか悩みながらも、葛山は隙を見つけるように探していた。
「康恵ちゃんってホント隙無いよね。何でだろ?」
「はい。副部長の警戒心は恐らく全国でもそういないかと。後は戦い方を師匠が伝授すれば……」
「ですね。去年までは、攻撃する時に隙が生まれてしまい、スビードが遅れ負けを喫しました。今でも、四葉先輩やことり先輩、そして綾那さんというスピード重視の方々がいるせいで、副部長の部内成績は悪い方向に進み、本人も気にされてましたからね」
康恵の試合を見ながら、ことりと綾那と直華がそれぞれの考えを口にしていた。
「へぇぇ〜、そういった部内事情もあるものなのね」
「私からしてみれば、榊原さんも十分強い…」
そんな三人の言葉を聞いていた二乃と三玖も、部内の事情を知り康恵の事を褒めていた。
「それで、榊原さんにはどういった提案を?」
そこに五月が隣に座る和彦に、どんなアドバイスをしたのか聞き出した。
「うーん…まだまだ戦い様はあるけどね。駿府学園という強い人が多く集まる学校ならではの戦い方を教えたつもりだよ。後は、個人練習にスビードを上げる内容を取り入れたりしたかな」
「なるほど。強い相手だからこその戦い方ですか…」
「え!?それだけで分かるものなの、憂さん?」
和彦が康恵にアドバイスをした内容を聞いた憂は、和彦の考えを瞬時に理解し、どういったアドバイスをしたかを理解し、笑みを浮かべた。
そんな憂に、芹菜は驚きの表情で憂に問いかけた。
「武の実力が上がれば上がる程、相手の力量や隙を見つける事に長けてきます」
芹菜の問いかけに、憂では無く葵が説明を始めた。
「なので、相手選手は未だに康恵さんに攻撃を仕掛けないのでしょう。実力が無ければ、簡単に攻撃を防いでカウンターが出来ますからね」
「な…なるほど…」
葵の説明に分かった様な分からない様な感じで芹菜は答えた。
「ふふふ…後は、ここからはじゃんけんみたいな物です。例えば、今相手選手に全くの隙が無い状態で芹菜さんでしたら、相手の隙が一箇所だけ空いたらどうしますか?」
「あ!そうか。何でここで?って迷いますね」
「その通りです。そして、武の頂きに登れば登るほど、その一瞬の迷いが命取りとなります。このように──」
「有効!」
葵が説明しているところに、康恵の突きが決まったので、主審からコールが上がり、旭高校ベンチは大盛り上がりである。
(しまった!一瞬、隙が無くなった事に気を取られてこちらに隙が出来てしまった!)
突きを受けてしまった萩は己の受けた攻撃の原因を瞬時に導いた。
「そして、ここからが相手の困るところです。一瞬の隙が誘いかそうでないか判断を瞬時にしなくてはなりませんので。そうしますと──」
「赤注意!青注意!お互いに攻撃を止めない様に!」
更に葵の説明が続くと、今度はどうするか迷ってしまった葛山が中々攻撃をしないが為に。また、康恵も攻撃しない為に二人に注意勧告が出されてしまったのだ。
「こうなってくると、まだまだ君達高校生の心境では攻めなくてはならなくなってくる」
葵の説明の続きを話すかの様に、駿府学園サイドの雪斗が他の部員達に説明するかのように話し始めた。
すると、雪斗が言った通り焦りからか葛山は、康恵の隙が出来た所を直ぐに攻撃に転じた。
「だが、それも罠。隙が全く無い選手が隙を作るという事は、そこに攻撃が来ると分かっている様なもの。相手選手が葛山の攻撃スビードについていけなければそうもいくまいが、どうやら旭高校のメンバー全員が、君達の攻撃スビードに目がついていっている。となると、結果は見えている」
「有効!」
『あぁぁぁ……』
雪斗の説明通り、康恵は葛山の攻撃を簡単に防ぐとそのままカウンターの突きを入れ有効を手にした。
それを観ていた駿府学園の生徒達からはため息が出ていた。
(全く……この様な戦い方を高校生。しかも女子にさせるとは。吉浦さんは怖いもの知らずだな。いや、それだけその子達の長所を延ばしているだけか)
雪斗は、和彦の指導内容に感嘆しているところに試合終了のブザーが鳴った。
結果。三対零で康恵の勝利に終わるのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は、女子団体戦最後の康恵の試合を書かせていただきました。
康恵の長所は、構えから隙を全く見せない事。
それを活かした戦い方を和彦が伝授した為に、康恵も見事勝利を収めることが出来ました(*^^*)
さて、女子が終わりましたので次は男子といきたいところではありますが、男子の試合は巻いていきたいと思ってます。
女子の試合は一話で一試合と長かったからですね( ̄▽ ̄;)
次回の投稿は9月5日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。