少女と花嫁   作:吉月和玖

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17.がんばり屋

「はいお茶だよ」

「ありがとうございます」

 

五月の前に麦茶の入ったグラスを置いて、僕は五月から少し離れてソファーに座った。

五月は目の前に置かれた麦茶を飲み干すのではないかという勢いで一気に飲みだした。お風呂上がりだからか喉が渇いていたのだろうか。

 

「五月は教師のいる部屋に泊まることに抵抗とかなかったの?」

「えっと…先生はことりさんのお兄さんって感じで、そこまで気にならないと言いますか…」

「それって、僕の先生としての威厳を感じられないってこと?」

「そ、そんなんじゃないですよ!」

 

僕の軽い冗談に対して、五月は両手を前に出してぶんぶんと振りながら必死に否定している。少しは緊張も解れてきただろうか。

僕は怒っていないことを笑って返すことで応えた。

 

「それにしても、ことりさんと先生は仲がいいですよね。先ほどの夕飯での会話からもそう感じられました」

「うーん、普通だと思うけど…」

「でも、ことりさんから聞きましたよ。なんでも県外の実家から先生のいらっしゃるこちらの学校に来られたとか。仲がいいからできることですよね」

 

にっこりと笑顔で五月は語るがそんなに良い話でもない。なにせ、僕の近くにいるためにあらゆる手段を使って僕の居場所を突き止め。更には、僕の反対を鑑みて親の協力のもと結果の通知が来るまで僕には入学試験を受けたのを隠していたのだ。徹底的すぎる…

 

「まあ、普通はありえない話ではあるかもだね。お陰でこの部屋に引っ越すことになったわけだし。ちなみに、当時の入学の首席はことりじゃなかったけど、挨拶はことりがしたんだよ」

「え、そうなのですか!?」

「本当はね、その年の入学試験で一番の成績。首席の人に挨拶をお願いするんだけど…主席である上杉が断っちゃってさぁ。で、次席のことりに話がいったって訳」

 

あの時の壇上での挨拶の凛々しさに男子生徒は殆ど心を奪われたみたいだけどね。

 

『お兄ちゃん見ててね。私の凛々しい挨拶でお兄ちゃんを惚れさせちゃうんだから』

 

入学式前にそう意気込んでいたし、更には壇上から僕に対してニッコリ微笑んでいたのがダメ出しだったんだろうな。

 

「まったく…入学の挨拶を断るだなんて、相変わらずなのですねあの人は」

 

呆れ顔で言葉を漏らす五月。だがすぐに真面目な顔でこちらを見て話し出した。

 

「………私がここに来た理由、聞かれないんですね?」

「…勉強を教えてもらいに来たんでしょ」

 

麦茶を飲みながらそう伝える。

 

「分かってるんですよね。それが理由じゃないって…」

「……別に話したくないのであれば話さなくてもいいよ。僕とことりは五月が来たことで困ってるわけじゃないしね。まあ、気にはなってるけど…」

「そうですか…」

 

五月は下を向きパジャマのズボンを両手できゅっと握りしめている。話すか話さないかで葛藤をしているかもしれない。僕は何も話しかけることもせず暫く待っていた。すると、ポツリと五月は話を始めた。

 

「………ケンカしちゃったんです、上杉君と…」

「ケンカ?」

 

僕の言葉に五月はコクンと静かに頷いた。

 

「父からの電話を上杉君に取り次いだのですが、電話が終わってから上杉君の様子がおかしく。それで上杉君に確認はしたのですが何も教えてくれなかったんです」

 

恐らく五つ子が赤点を回避できなかった時は家庭教師をクビにするという話をされたのだろう。

 

「それでその後、勉強の話になったのですがそこで口論になってしまって…お互いにヒートアップしてしまい。最終的には、お互いに『上杉君からは教わらない』、『お前には教えない』、と言って別れてしまいました」

「おー……」

 

何やってんだよ上杉。家庭教師のクビがかかってるんだよ。分かってるんだよね。はぁぁ…

五月には感付かれないように心の中でため息をつく。

 

「その後は色々と頭の中がぐるぐるして。街中を歩いていて気付いたらこのマンションに…」

「そっか…」

「もしかしたら誰かに助けてほしかったのかもしれませんね。こんなダメな私を…」

 

ふふっと笑いながら、五月は顔を上げず自嘲気味にそんなことを口にする。

 

「駄目じゃないさ」

「え…」

 

僕の言葉に五月は顔を上げこちらを見た。今にも泣き出しそうな顔だ。

 

「五月は駄目な子なんかじゃない。とてもがんばり屋で良い子だよ。ちょっと要領が悪いけどね」

 

五月と目を合わせまっすぐと思っていることを伝える。

 

「五月はきちんと上杉との関係性を考えてる。考えていない子がこんなに迷ったりしない。考えているからこそ今ここにいるんだと思う。だって何も考えてなければ今頃家に帰ってご飯食べて自分の時間を過ごしてるよ」

「先生……」

「いいじゃないか誰かに頼るのなんて。ことりなんか多分頼られると喜ぶんじゃないかな。もちろん僕だって嬉しいさ」

 

そこで五月の頭を撫でる。五月は僕にされるがままだ。

 

「ただまあ、今回の事は五月自身で何とかしなきゃかな。僕とことりが間に入ってもいいけど多分それでは解決しない。それは分かってくれるかな?」

 

僕の質問にコクンと五月は頷いてくれた。

 

「必ずしも助けてあげることは出来ないかもしれない。けど、話を聞いて助言をしたり背中を押してあげたりは出来る。だから、次も何かあったらここに来な。しっかり話は聞いてあげるから」

「うっ……うっ……うわぁぁーーーん!」

 

そして泣き出した五月が僕に抱きついてきた。どうやら限界だったようだ。そんな五月の頭を撫でながらあやしていく。よくことりにしてあげたように。

 

「よしよし。よく頑張ったね。偉い偉い」

「うん……うん……」

 

五月は僕の胸に顔を押しつけたまま答える。

 

「もしかして五月って実は甘えん坊だったりする?」

「そんなことないもん…」

 

そう言いつつまだ離してくれない。てか敬語も抜けてるし。まあいいけどさ。

 

「上杉との件頑張んな。すぐには無理かもだけど、大丈夫。五月はやれる子だから」

「うん………ねえ?もう少しだけこのままでもいいかな?」

「お嬢様の思うままに」

「うん…!」

 

ここに来た理由の解決までは出来なかったが、五月の肩の荷は少しは軽くなったようだ。というか、なんか小さな子に戻ったような。らいはさんくらい。

そんな時、ガチャという音共にことりがお風呂から上がったのだろう、リビングに入ってきた。

やべ、忘れてた……

 

「はぁ~いいお湯だったぁ。ごめんねぇ、五月。また…せ…ちゃっ……えっと、どういう状況かな?」

「あー……」

 

ニッコリと微笑んでこちらを見ることり。

この後誤解を解くのに苦労したのは言うまでもない。

 


 

「おはよ~ございます~」

 

次の日の朝。テーブルの席でスマホを弄っていると、ようやく起床した五月が眠たそうに目をこすりながらことりの部屋からリビングに移動してきた。

 

「おはよう五月。すごい眠そう。昨日は結構遅くまで頑張ってたみたいだね」

「はい……ことりさんには感謝しかありません。あれ、そのことりさんは?」

「ことりは今朝食の用意をしてるよ」

 

そう言ったそばからことりが朝食の配膳のためキッチンからリビングに移動してきた。

 

「おはよう五月。よく眠れた?」

「は、はい。あの、手伝います」

「いいよいいよ。それより顔を洗ってきなよ。髪も寝癖ついてるよ」

「ふえ!?し、失礼しまーす」

 

五月はバタバタと洗面台に向かっていった。その光景をことりと二人で笑いながら見るのだった。

 

「そこはね、教科書のこの部分を見て」

「なるほど…」

 

朝食の後。ことりと五月は昨日の続きで勉強をダイニングでしている。僕はリビングのソファーでペンを走らせる音とことりの説明する声を聴きながら立川先生に借りている小説を読んでいる。ふと時計を見ると12時を過ぎそうな時間になっていた。そこで栞を挟んだ小説を閉じて立ち上がる。

 

「さてと……じゃあ、昨日も言ってたけどそろそろ仕事に行ってくるよ」

 

勉強している二人にそう話しかけた。

 

「はーい。私たちはもう少しだけここで勉強して、夕方くらいに中野家に行こうと思ってる。風太郎君にはこっちで五月の勉強を見てるって伝えてるけど、向こうを任せっきりにしてるのも気が引けるしさ」

「そっか……五月」

「は、はい!」

「頑張んなよ。応援してるから」

 

勉強だけでなく上杉との関係性も含めてと伝えたつもりだが、どうやら五月には伝わったようだ。

 

「はい!」

 

五月はまっすぐとこちらを見てしっかりと頷き返してきた。それに満足した僕は五月の頭を撫でる。

 

「わ、わっ…!」

「じゃあ、ことりも皆の事任せたからね」

「うん!任せといて」

 

最後にことりの頭も撫でてあげて家を出るのだった。

 


 

外でお昼を済ませてから学校に向かった。

休日の学校は部活動生が声を出していたりで頑張っている。うちの学校は勉強にそこまで重くを置いていないので、試験前であっても部活を行うことを止めたりはしない。ただしあまりにも成績が悪ければ留年だってありえるので、その辺りは自己責任となっている。

吹奏楽の練習の音楽を聴きながら職員室に向かい扉を開いた。部活動の顧問の先生などが普段はいるのだが、今は皆出払っているようだ。ただ、意外な人物はいた。

 

「おはようございます、立川先生」

「あ、吉浦先生。おはようございます。先生も休日出勤ですか?」

「ええ。今度の中間試験の問題を。本当は昨日終わらせる予定だったんでしたけどね」

 

自分の席に座り作業の準備をしながら話しかけた。

 

「ふふふ。私も同じようなものです。他にもいらっしゃってたんですが、午前中に来て終わらせたみたいですね。私もついさっき来たので入れ違いでした」

「なるほど。じゃあ我々も頑張りますか」

「ええ」

 

軽く話した後はお互いに作業に没頭した。

とりあえず、この前の補習でやったプリントからいくつか抜粋してっと…

ある程度は方針を決めていたので後はその通りに作っていくだけだ。

職員室には他に誰もいないのでお互いのキーボードを打ち込む音が響き渡っている。外からは部活動の掛け声が聞こえてきて良い感じの効果音だ。

そして、それからいくつかの休憩を挟みながら夕方前にようやく試験問題が完成した。

 

「うーーーん……」

 

さすがに疲れたので腕を上に伸ばしながら体をほぐしていく。

 

「はい、どうぞ」

 

そこへ横から飲み物が差し出された。

 

「コーヒーよりお茶でしたよね」

「ありがとうございます立川先生」

 

貰ったお茶をさっそく飲むことにした。

 

「ようやく終わりましたねぇ」

「まったくです。本当にこの時期はやること多くて帰ったら何もやる気が出てこないんですよね」

「分かります。私の場合は夕飯を作るのが面倒になって、ついできあいのお惣菜を買っちゃうんですよねぇ」

「へぇ~、立川先生でもそんなことあるんですね」

 

なんでもそつなくこなしているイメージしかないので本当に意外である。

 

「そういえば、先日お借りした本楽しく読ませていただいてますよ。本当に読む時間がないので全然進まないんですけどね」

「良かったぁ。気に入っていただけて何よりです。全然吉浦先生のペースで読んでいただいて大丈夫ですよ…………先生はあの小説のような昔会った人との再会とかどう思いますか?」

「そうですね……」

 

そこである記憶が頭を過った。

それは、ある少女の頭を撫でてあげると屈託のない笑顔でこちらを見上げている光景だ。

 

『約束だよ?』

 

「良いと思いますよ。お互いに約束してからの再会。とても素敵なことだと思います」

「へぇ~、吉浦先生ってロマンチストでもあるんですね。その……もしかして、そういう約束があって今でも恋人を作られないとか?」

「え?あはは、全然違いますよぉ。ただ仕事が忙しすぎてそういう縁がないだけですって」

 

突然の事でビックリはしたが笑って返した。

 

縁がないって…私って眼中にないのかなぁ

「ん?どうかしました?」

「いえいえ。ほら、吉浦先生だと生徒に人気があるので、生徒から告白とかないのかなぁって」

「あるにはありますが、やはり生徒なのでそういった気持ちにはならなかったですね」

「で、ですよねぇ…ほっ…

 

なんだろう。さっきから立川先生の様子がおかしいが。やはり疲れているのだろうか。

そんな風に考えているとスマホに着信が入った。どうやらことりからのメッセージのようだ。

 

『急遽中野家でのお泊まり勉強会になったから、今日の夕飯はお兄ちゃん自分で用意してね』

 

お泊まりで勉強会って、えらくやる気だなぁ。誰の案なんだろう。とりあえず『了解』と返事を出しておいた。

でもそっか、今日の夕飯自分で作るのか。なんだったら外で食べるのも良いかもな。

そこで立川先生と目が合った。

 

「どうかされました?」

「えっと……今日、ことりが友達の家に泊まることになって。それで、夕飯は外で食べようかと思ったんですけど、この後用事あったりします?」

「……」

 

あれ返事がない。急に誘いすぎたかなぁ。

 

「あー…すみません、急すぎましたよね。気にしないでください。全然ひと…」

「行きます!」

「っ…!そ、そうですか。良かったです。それじゃあ、少し早いですが帰り支度が出来たら行きましょうか」

「はい!」

 

急に前のめりになってきた立川先生。ちょっと驚いてしまった。何はともあれ断れなくて良かった。

ということで、急遽立川先生との夕飯が決まったのだった。

 

 




ちょっと早いかもですが五月が和彦への甘えモードが発動しました。ただ、これから常にというわけではないのでこれからも見守っていただければと思います。
原作で言うとお泊まり勉強会の始まりですが、さすがに教師である和彦はお泊まりまではまだできませんので、別視点で書いたりなど交えていければなと思っております。

本日はいよいよごとかの発売日ですね!今この瞬間もワクワクしています。
ゲームに集中して投稿に影響が出たらすみませんm(_ _)m

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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