次のお話の投稿まで、結果として1ヶ月以上も空いてしまいました( >Д<;)
その間にもお気に入りをいただけたこと、心から嬉しく思っています。
本当にありがとうございます m(_ _)m
これからの創作の励みにしていきますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
~美憂・雪斗side~
その日の練習が早めに終わった後、美憂と雪斗は葵の迎えの車に一緒に乗って帰路についていた。
窓越しに流れる夕景はまだどこか熱を帯び、練習の余韻が身体の奥にじわりと残っている。
明日からの修学旅行を控え、緊張と期待が胸の奥で微妙に揺れ、車内には言葉にできない静かな高揚が漂っていた。
また、明日からの修学旅行の為、結愛は今井家から登校する事となり、憂と綾那の乗せた車で一度結愛の荷物を取りに向かっている。
雪斗はともかく──なぜ美憂まで今井家に向かっているのかというと、本来であれば家族と一緒にこちらに引っ越す予定ではあったのだが、和彦との修学旅行を望み、美憂一人で先にこちらに来ることになったのだ。そして、両親がこちらに来るまでの間は今井家で居候させてもらっているのだ。
最初は、美憂の両親は当然の様に反対したが、葵の微笑みながらの了承に、美憂の両親は何も言えなくなってしまった。
「如何でしたか?旭高校の空手部は?」
車が走るなか、後部座席の一番奥に座る葵から美憂と雪斗に問いかけがあった。
その声音は穏やかで、どこか全てを見透かしているようでもある。
美憂と雪斗は、座席を回転させた様に設置された座席──つまり、車の進行方向とは逆向きに座っており、対面に近い距離が、心の内まで自然に引き出されそうで二人は少し緊張した趣でいた。
「凄かったです。最初のウォーミングアップから正直、ことりさんに置いていかれない様についていくのがやっとでした。しかも、そんな私とことりさん以上のアップを、四葉さんと本多さんは平然とこなしてました」
練習の光景を思い出すたび、美憂の胸は熱を帯びる。
努力の差を、能力の差を、間近で突きつけられ、それでも前に進もうとした自分。
その全てが今でも体温として残っていた。
「ふふふ。本多殿は面白いお方ですからね。和彦さんが止めても、課せられた以上の特訓に励られますからね。自分は和彦さんの一番弟子であるから誰にも負けない、と自負しております」
葵は、まるで本多の姿が目の前にあるかのように語った。
その声音には、和彦を慕う者にしか分からない“誇らしさ”が漂っている。
「一番弟子…」
つい漏れた美憂の小声。
意識していないからこそ本音が滲む。
その一言に、自分でも気づかなかった願望が宿っていた。
「羨ましいですか?」
「はっ…!い、いえっ……」
反射的に否定しながらも、美憂の視線は泳ぎ、頬が熱くなる。
スカートの端を握る指先が、胸のざわめきを否応なく物語っていた。
「別に恥ずかしい事ではありませんよ。綾那にことりさん、四葉さんでさえも、本多殿を羨ましがっていますからね。一番弟子、という言葉にはそれだけの大きな物があります。勿論他の部員もです。皆も本当は和彦さんの生徒。ではなく、やはり弟子入りをしたいと思っておりますから」
その言葉に、美憂の胸の奥で何かが形を持ちはじめる。
──私も、あの人のもとで強くなりたい。
──ただ憧れるだけじゃなく、並び立てるように。
「そう…なんですね…」
静かに答えた声は、わずかに震えていた。
それを見ていた葵と雪斗は、美憂の小さな決意を感じ取ったのか、目を細め、何も言わずただ微笑んでいた。
そして、そんな三人を乗せた車は今井家に向かって走り続けるのだった。
「はっはっはっ!まさか付き合うを通り越して結婚しちまうとわな!お前さん、見かけによらず大胆だよな!」
下田さんの豪快な笑いが、塾の小さな面談室に響いた。
五月の横顔がわずかに強張り、同時に、誇らしさと照れとで胸が高く跳ねているのが伝わる。
「あははは……自分でもそう思います。まあ、でも悔いはありませんし、この選択は良かったものだと、そう思っています」
「和彦さん…」
左隣から聞こえた五月の声は、呼吸よりも小さく、けれど確かな温度があった。
彼女の目がほんの少し潤んだように見え、それが胸の奥をそっと刺激する。
空手の部活動を早めに切り上げた僕は、今五月の通う塾に来ており、以前五つ子のお母さんのお墓参りでばったり会った下田さんと三者面談をしていた。
五月の横に座るこの短い距離で、彼女の呼吸の速さすら伝わってくる。そのすべてが、夫婦としての実感をしんしんと与えてくる。
「はんっ!流石は新婚さんだねぇ…いきなり惚気られるとは思わなかったよ。明日から修学旅行なんだろ?二人で回ったりしないのかい?」
「いえ。あくまでも学校行事ですから。公私混同はしませんよ。とは言え、どこかで二人の時間が取れれば、というのが素直な僕の考えではありますけどね」
「~~~~っ……!」
五月の肩がびくりと跳ねた。
耳まで真っ赤になり、膝の上でそっと両手を握りしめる。
その反応のひとつひとつが、こちらの胸にも温かい余韻を落としていく。
「くっ…あっはははは!ホント素直で真っ直ぐな男だねぇ」
下田さんは上機嫌に笑っていたが、その目には二人の関係への安心と祝福が滲んでいる。
「しっかしよぉ…そんだけ仲が良いなら、奥さんが生徒だと夜が大変なんじゃないのかい、先生さんや」
流石は下田さん。そういう話も好きそうだもんなぁ。
五月はというと不思議そうにパチパチと瞬きをしながら、次にはゆっくりとこちらを向く。
「夜?確かに和彦さんには夜も勉強を見てもらってますが…はっ!やはり、そこまでは和彦さんのご負担でしたか!?」
……あ、そう来たか。
五月らしい純粋さは愛しいが、こういう場面ではどうしても可愛くて仕方がない。
真正面から誤解している彼女に、下田さんはぽかんとした後──腹を抱えて笑い出した。
「ぷっ…あははははは!お嬢ちゃんは面白いねぇ~…はぁ~…夫婦での夜と言えば、アレしかないだろ?」
「夫婦での夜?………~~~~っ!下田さん!こんなところでそんなお話をされるなんて不謹慎です!」
机をバンッと叩く音が響く。
五月の頬は赤を通り越して熱を帯び、目は涙が浮くほど羞恥と怒りが混ざっている。
それでも、真正面から反応するところが、実に五月らしい。
「何言ってんだい。夫婦にとっては死活問題だろう。それが原因で離婚なんてあるんだ。それに子孫繁栄も夫婦の仕事だろ?」
「それは……そうてすけど……っ!それが原因で離婚もあり得るんですか!?」
驚きと不安の入り混じった声。
彼女は真面目だから、こういう話題にも誠実に向き合ってしまう。
それが可愛くて、愛しくてたまらない。
下田さんは、真正面から迫ってくる五月にさすがに少し引いていた。
「お…お、おう。そんなに多いって訳じゃないが、例えばレス。つまり、行為を行わない事で、夫か妻のどちらかが不倫に走る例だってあるもんさね──」
説明が続く間、五月は瞬きもせず聞き入っていた。
頬からは赤みが消えず、羞恥と不安が入り混じった複雑な表情。
まるで、言葉のひとつひとつが胸の奥へ直接染みこんでいくようだった。
「なるほど…そういえば、葵さんや紬さんが…」
思わず漏れた名前に、下田さんの眉がひょいと動く。
「ん?葵?紬?」
「あ、い、いえ!何でも!」
焦って手を振る仕草が、逆に事情を深読みさせてしまいそうで怖い。
「そうか?」
下田さんがあっさり引き下がり、五月が胸を撫で下ろす。
が、その安堵も束の間──
「後は、こいつもそこまで多くはないと思うが、相手に行為を求めすぎて、その相手がもうついていけないってんで、別れちまうって話もあるな」
「え……?」
五月がまた固まった。
眉尻が少し下がり、胸の中で何かがざわついたような表情。
──自分のことを思ったのだろう。
僕には、彼女の胸の内の揺れが手に取るように分かった。
「まあ、先生ならそんな事無いと思うが……て、どうしたお嬢ちゃん?」
ニヤリと笑って顔を寄せてくる下田さん。
五月は逃げることもできず、その挑発に吸い寄せられるように反応してしまう。
「ほ、ほぉぉ~…」
「な、なんですか……」
「いやぁぁ、普段真面目ぶってるお嬢ちゃんが、まさか毎夜の様に旦那の体を求めてるとわねぇ~」
「ま、毎夜は求めていません!」
「五月、落ち着いて。墓穴掘ってるから」
「え?あ……」
僕が肩に手を置くと、五月はようやく自分が勢いで喋っていたことに気づいたようだった。
顔は真っ赤、耳まで真っ赤、そして視線は泳ぎっぱなし。
そんな五月を落ち着かせるようにして静かに椅子に座らせた。
「全く…あまり妻をからかうのは止めてください」
「はははは!悪いねぇ~…あまりにもお嬢ちゃんの反応が面白くってよぉ」
下田さんの悪びれない笑顔にため息をつく。
だが、この空気が嫌いという訳ではない。
「しっかし、求めすぎるって単語にお嬢ちゃんは反応してたからな。毎夜じゃあないなら、一晩の回数が多いってことさね。果たして何回求めてるのかねぇ~…」
まだ続けるのか、と内心苦笑していたその時──
五月が、俯いたまま右手をそっと広げた。
手を振って止める合図に見えたが、その指先は震え、何かを伝えるように小刻みに揺れていた。
「ん?なんだ?やっぱ、こういう話はあまりお嬢ちゃんには良くなかったか。すまんな、つい調子に──」
「五回です…」
「は?」
「一晩に……五回……求めています……」
一瞬にして時間が止まる。
その後、下田さんが横に顔を逸らして──
「ぶぅぅぅぅっ!!」
盛大に吹き出した。
な、なるほど。手を広げて止めたんじゃなくて、
呆れながら僕は右手で頭を抱えることになった。
「ゲホッ…ゴホッゴホッ…!お、おまっ…!お前さん!本気で言ってんのかい!?」
「はい……。やっぱり多いのでしょうか……。他の姉妹や和彦さんの妹さんに聞いても“多すぎる”と言われまして……」
両手をぎゅっと握りしめ、真剣な表情で相談してくる五月。
下田さんは、もはや混乱の渦に飲まれていた。
「いや……普通は一回か二回で満足するだろ……?それで満足できないってことは、先生の方が……いや、その……」
「? 和彦さんには何も問題ありませんよ?むしろ……その……一回の行為で……私、何度も……」
「???」
五月が恥ずかしそうに顔を覆って言うものだから、下田さんの混乱はさらに深まる。
視線が僕に向けられたので、僕も正直に答えた。
「まあ……“別の意味で”大変ではあります。試験前は控えるよう言っていますけどね」
「そ、そうか……。無理だけはするなよ……」
「大丈夫ですよ。体調不良も寝不足もなく、毎日楽しく過ごしてます」
「そ、そうかい……。なら……いいんだ……。じゃ、話を戻そうか」
乾いた咳払いとともに下田さんは成績表を取り出した。
そんな下田さんには悪いんだが、五月はもちろん、日替わりで二乃・三玖、ことり・結愛、憂・綾那……さらには芹菜さんと小百合さんまで、という事実は……絶対に言えないなぁ…
──ただ、次の瞬間。
「そんなエッチ大好きなお嬢ちゃんだが──」
「その表現はやめてください!」
遠慮のないからかいに、五月は机を睨んで唸りながら抗議するが、事実であるため言い返しづらい。
「だって事実だろ。それでいて成績が上がってるんだから大したもんだ」
「うぅぅぅ……」
五月は机の角に額をつけたくなるほどには羞恥に沈んだ。
そんな五月を尻目に僕は成績表に視線を移す。
「偏りは多少ありますが、着実に伸びていますね」
「ああ。希望校まではまだ遠いが、このペースなら問題ないさね」
下田さんは椅子にもたれ、満足げに頷いた。
「しっかしよぉ……マルオの奴は何してんだ。普通、こういうのは親が来るもんだろ」
「はは……僕も言いましたよ。“僕よりお義父さんが行くべきだ”と。でもお義父さんは『君は五月君の夫だ。法的にも一番近い家族だ。ならば君が行くのが当然だ』と」
「……ああ、アイツらしいわ……」
下田さんは天井を仰ぎ、大きく息を吐いた。
「それでも、一学期末の三者面談には五つ子全員分に参加されるそうです。お義父さんなりに娘さん達と向き合おうとしているのだと思います」
「ふぅん……あのマルオがねぇ……」
下田さんは机の上に置いていたコーヒーを口に含み、ゆっくり頷いた。
「……ありがとよ、先生。あんたがお嬢ちゃんの旦那で良かったわ」
「僕は何もしてませんよ。お義父さんにも、娘さん達を想う気持ちはずっとあったはずです。ただ、零奈さんという大切な人が亡くなり、そのうえ五人の娘がいきなり出来たんです。お義父さんもどう向き合えばいいか分からなかっただけで……今回が良いきっかけになったんだと思います」
「和彦さん……」
隣の五月が、静かに僕の袖を両手で掴んだ。
その指先は、どこか誇らしげに震えていた。
下田さんは「まったく、良い旦那捕まえたねぇ」と笑い、面談はその後も和やかに進んでいった。
ときおり五月がからかわれては真っ赤になり、また僕に助け舟を求める。そのやり取りは微笑ましく、部屋の空気を柔らかくしていく。
──そして面談が終わる頃には、五月の成績表の上にも、彼女の表情にも、確かな“成長”が刻まれていた。
今回の投稿もお読みいただき、誠にありがとうございます。
今回のお話では、美憂の「弟子になりたい」という気持ちと「和彦のそばにいたい」という想い、五月の純粋さ・可愛さ・成長、下田さんとの軽快なやり取り、そして和彦の誠実さ──それぞれの魅力を描くことができたのではないかと思っております。
次回は、最近あまり描けていなかった五つ子の“家族としてのスキンシップ”なども盛り込めればと考えております。
次回の投稿も読んでいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。