少女と花嫁   作:吉月和玖

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今回も読んでいただきありがとうございます。

修学旅行編が進む中で、少しずつ“関係性”に変化が出てきました。
今回の「交差する想い」は、その変化がはっきりと表に出てくる回になっています。

穏やかな時間の中で、重なっていく視線と感情。
そして、気づき始める“想いの形”。

それでは本編をどうぞ。




174.交差する想い

時は戻り、三年生修学旅行の新幹線内。

席は自由にしたが、教師と生徒は別。

また、女子が奇数という事もあり、阿部の席をどうするかで男子達がこぞって自分の隣にと騒ぎ始めたので、安全策で上杉の隣、窓際にしておいた。

しかし、転校間もないのにここまで人気者になっているとは──恐るべし……

 

「吉浦先生。お茶どうぞ」

 

そんな考えをしているところに、窓際に座っている隣の芹菜からコップを差し出されたので、受け取り、そのまま口に含む。

 

「美味しい玄米茶ですね」

「良かった♪今朝、新幹線で飲んでいただこうと淹れてきたんです。おかわりもありますから言ってくださいね。あと、軽食もいくつかありますので♪」

 

何だか、生徒並みにこの修学旅行を楽しみにしているみたいだな、芹菜は。

ま、さっきの打ち合わせではきちんとしていたし、切り替えはこれからもしっかりするだろう。

絶対の安心を胸に、芹菜から勧められるままにお茶や軽食を口に運ぶ。

 

「──しかし、本当に広いですね」

 

そう言いながら窓の外に視線を向けると、芹菜は嬉しそうに身を乗り出した。

 

「ですよねっ♪写真で見るのと全然違います。なんだか……ちょっと感動しちゃいました」

「はは、立川先生ってこういうの好きですよね」

「好きですよ?だって修学旅行ですよ?学生だけじゃなくて、教師だって楽しんでもいいじゃないですか」

 

くすっと笑いながら、コップにお茶を注ぎ足す芹菜。

その仕草はどこか柔らかく、そして距離が近い。

 

「……まあ、それもそうですね」

「それに──こうやってゆっくり話せる機会も、あまりありませんし?」

「……確かに」

 

ほんの少しの間。

けれど気まずさはなく、むしろ穏やかな空気が流れる。

 

「吉浦先生って、意外と優しいですよね」

「意外ってなんですか」

「普段ちょっと距離ありますし」

「仕事中ですからね」

「今は?」

「……今も一応、仕事中ですよ」

「ふふ、じゃあ“ちょっとだけオフ”ってことで♪」

 

軽く肩が触れる距離。

その自然さが、逆に目立っていた。

 


 

~新幹線内・生徒目線~

 

「うわぁぁ~、見てください。琵琶湖ですよ、琵琶湖!ホントに海の様に広いですねぇ」

「ですね。流石は日本一の湖なだけはありますね」

 

そんな穏やかな会話とは裏腹に──

 

「……なあ」

「……なあ」

 

生徒達の間で、ひそひそと声が広がっていく。

 

「先生たち、距離近くね?」

「いや近いっていうか……普通に仲良くね?」

「てかあれデートじゃね?」

「お茶淹れてきたって言ってなかった?」

「ガチじゃんそれ」

「玄米茶で落としにきてるぞあれ」

「吉浦先生、完全に受け入れてるしな……」

 

ざわ……ざわ……

 

小さな疑念が、確信に変わりかけていた。

 

「……大丈夫?五月」

 

五月の隣に座ることりが、小声で問いかける。

 

「お兄ちゃんたち、あんな感じだけど……」

 

少し心配そうな視線。

だが──

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

五月は、落ち着いた表情のまま答えた。

 

「和彦さんが誰とどう接するかは、信頼していますから」

 

きっぱりとした声。迷いはない。

 

「……ほんとに?」

「はい」

 

そう答えながらも──

 

(……でも)

 

視線が、ちらりと和彦の方へ向く。

 

(できるなら……隣に行きたい……)

 

ほんの一瞬、感情が滲む。

それを──見逃す姉妹ではない。

 

「……あれあれ~?」

 

五月の2個前の一花がにやっと笑う。

一花と二乃と三玖と四葉は、席を回転させてポーカーをしてるのだ。

 

「今の顔、全然“余裕ある妻”じゃなかったよね?」

「ちょっと寂しそうだったわよ?」

 

二乃もすかさず追撃する。

 

「っ……そんなことありません!」

「いやいや、今のはアウトでしょ」

 

一花の言葉に続くように三玖がぼそっと呟く。

 

「“すぐ行きたい”って顔してた」

「してないです!」

「してたしてた」

 

ことりまで乗ってくる。

 

「ほら、耳赤いし」

「──っ!」

 

ことりの言う通り五月の頬が、じわりと染まる。

 

「はいはい!そこまで!」

 

ぱんっと手を叩いたのは四葉。

 

「五月もちゃんと我慢してるんだから、あんまりいじっちゃダメだよ!」

「四葉……」

 

少しだけ救われたような顔を見せる五月。

だが──

 

「でも、ほんとは行きたいんだよね?」

「四葉!?」

 

まさかの追撃。

 

「ほらやっぱりー♪」

「バレバレじゃない」

「顔に出てる」

「……っ!」

 

結局、四葉も同罪だった。

 

その少し離れた席では──

風太郎が、前の席を見ながらぽつりと呟く。

 

「……なあ、阿部」

「どうされました?」

「お前さ……ああいうの見て、どう思う?」

「……ああいうの?」

「その……一緒にいて、楽しそうにしてる感じ」

 

美優は一度だけ和彦の方を見て、静かに答える。

 

「……いいな、って思いますよ」

「いいな、か」

 

少しの沈黙。

そして──

 

「なあ」

「今度はどうしました?」

「恋愛って、何なんだ?」

 

唐突な問いに、美優はわずかに目を見開く。

 

「……急ですね」

「分からねえんだよ」

 

風太郎は正直に言う。

 

「好きとかは聞くけど……何が違うのか、いまいち分からねえ」

「……」

 

美優は視線を落とし、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「……私も、ちゃんと分かってるわけじゃないですけど」

「おう」

「“その人のことを一番に考えちゃうこと”……でしょうか」

「一番に?」

「そうです。気づいたら目で追ってたり、どうしてるかなって考えたり……」

 

少しだけ照れたように笑う。

 

「それが楽しい時もありますし、苦しい時もあります」

「……」

「あと」

「まだあんのか」

「ありますよ」

 

くすっと笑って続ける。

 

「その人が、他の誰かと楽しそうにしてると……ちょっと嫌だなって思ったり」

「……それは面倒くせえな」

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

でも、と続ける。

 

「それでも嫌いになれないのが、恋愛なんじゃないでしょうか」

 

静かな声。

 

その言葉の先にある想いを──風太郎はまだ理解しきれない。

 

「……なるほどな」

 

とりあえず、そう返す。

 

「参考にはなったかもな」

「ほんとですか?」

「ああ。でも──やっぱ、まだよく分からねえ」

「そうですか」

 

美優は小さく笑う。

その視線の先には──

やっぱり、和彦の姿があった。

楽しそうに笑っている。

芹菜と、自然な距離で。

 

(……いいな) 

 

さっき自分で口にした言葉。

けれど今は、その意味が少しだけ変わっていた。

ただ“いいな”じゃない。

 

(……なんでだろ)

 

胸の奥が、少しだけざわつく。

視線を逸らそうとして──それでも、また戻ってしまう。

 

「……阿部?」

 

隣で風太郎が怪訝そうに声をかける。

 

「え、何でしょうか?」

「さっきからずっと見てるぞ」

「……そんなことない、ですよ」

 

否定する。

けれど、その声は少しだけ弱い。

 

「いや、見てるだろ」

「……」

 

図星だった。

美優は小さく息を吐いて、もう一度だけ前を見る。

その瞬間──

和彦がふっと笑った。

それに合わせて、芹菜も笑う。

ただそれだけの光景なのに。

 

(……なんか、やだ)

 

胸の奥に、はっきりとした違和感。

さっき自分が言った言葉が、頭の中でなぞられる。

 

“その人が、他の誰かと楽しそうにしてると……ちょっと嫌だなって思ったり”

 

(……これ、か)

 

理解してしまう。

 

「あー……」

 

思わず、小さく声が漏れる。

 

「どうした」

「……いいえ」

 

首を振る。

でも──止まらない。

 

(……一番に、考えちゃう)

 

気づけば、さっきからずっと。

 

(どうしてるかな、とか)

 

今も見てる。

 

(誰と話してるのかな、とか)

 

芹菜と楽しそうにしてる。

 

(……やだな)

 

その感情に、名前がつく。

 

「……はぁ」

 

小さくため息。

その変化に、風太郎は気づく。

 

「なんだよ」

「……上杉君」

「ん?」

 

少しだけ間を置いて、美優は言う。

 

「さっきの話、訂正していいですか?」

「は?」

「“ちょっと嫌だな”じゃないかもです」

「……」

 

風太郎は黙る。

 

「普通に、嫌かもです」

 

ぽつりと零れる本音。

 

「……そうか」

 

それ以上は聞かない。

ただ、視線だけ前に向ける。

 

「でも」

 

美優は続ける。

 

「それでもいいって思っちゃうのが……たぶん、もっと嫌」

「……めんどくせえな」

「でしょ?」

 

少しだけ笑う。

でもその笑みは、どこか苦い。

 

「それでも」

 

視線は逸らさないまま。

 

「やめようって思っても、無理なんですよ」

「……」

「見ちゃうし、考えちゃうし」

 

一度ぎゅっと、自分のスカートを握る。

 

「……どうしようもないんです、これは」

 

その声は、小さくて。

でも、はっきりしていた。

 


 

~五月side~

 

その頃──

 

「……」

 

五月は、何も言わずに前を見ていた。

芹菜と和彦。

その様子も。

そして──

少し離れた席で、美優が見つめていることも。

全部、分かっていた。

 

(……なるほど)

 

ほんの僅かに、目を細める。

 

(やはり増えましたか)

 

感情の向きが。

和彦に向く視線が。

 

(……ですが)

 

ふっと、小さく息を吐く。

 

(後は和彦さんの想い次第です…)

 

そう思いながらも──

 

(……でも)

 

ちらりと和彦を見る。

 

(早く、隣に行きたいです……)

 

結局そこに戻るのだった。

 


 

~五月・美優side~

 

(……どうしようもないな、これ)

 

そう考えた直後だった。

 

「ねえ、美優」

「……え?」

 

振り向くと、そこには一花がいた。

 

「ちょっとさ、あっち見てみ?」

 

指さされた先──

 

「……っ」

 

息が、止まる。

和彦と芹菜。

さっきより、距離が近い。

芹菜が何かを差し出していて、それを和彦が受け取る。

その時、自然と手と手が触れて──

 

「……あ」

 

芹菜が小さく笑う。

 

「すみません、触れちゃいましたね」

「いえ、気にしてませんよ」

 

和彦も、普通に返す。

その“普通”が──逆に引っかかる。

 

(……普通、なんだ)

 

胸の奥が、またざわつく。

 

「……ほら」

 

一花が小声で囁く。

 

「結構、攻めるよね立川先生って」

「……」

 

美優は答えない。

答えられない。

 

「何よ。さっきより距離近いじゃない」

 

二乃も横から口を挟む。

 

「完全に攻めてきてるわよ、あの先生」

「……攻めてる」

 

ぽつりと、美優が繰り返す。

その言葉に、三玖が静かに続ける。

 

「……うん。あれは、分かってやってる」

「っ……」

 

その一言で、はっきりしてしまう。

 

(わざと、なんだ)

 

胸が、ぎゅっと締め付けられる。

その時。

 

「……ちょっと失礼しますね」

 

手には、湯呑みと軽食。

 

「……和彦さん、もう少しこちら寄ってもらってもいいですか?」

「え?」

「ほら、通路側だと落ち着かないでしょう?窓側、少し詰めましょう?」

 

そう言って、自然な動作で距離を詰める。

結果──

二人の肩が、ぴたりと触れた。

 

「これで大丈夫です♪」

 

にこりと微笑む芹菜。

その距離は、もはや言い訳の効かない近さだった。

 

「……」

 

美優の指先に、力が入る。

無意識に、立ち上がっていた。

 

「……え?」

 

風太郎が目を丸くする。

 

「お、おい、阿部!?」

「……ちょっと」

 

それだけ言って、通路へ出る。

向かう先は──決まっていた。

同時に。

 

「……あら」

 

五月が、小さく目を細める。

 

「動きましたね」

「え?誰が?」

 

四葉がきょとんとする。

 

「美優さんです」

 

その一言で、空気が変わる。

 

「……あー、なるほど」

 

一花が納得したように笑う。

 

「行く気だね、あれ」

「止めなくていいの?」

 

ことりが不安そうに言う。

だが──

 

「いいえ」

 

五月は、静かに立ち上がった。

 

「私も行きますので」

「えっ」

「えぇ!?」

 

周囲がざわつく。

 

「ちょ、五月……」

 

二乃が声をかけるが、

 

「大丈夫です」

 

きっぱりとした声。

 

「少しだけ、“様子を見に行くだけ”ですから」

 

その笑顔は──穏やかで。

そして、少しだけ圧があった。

 


 

「……和彦さん」

 

その声に、顔を上げる。

 

「五月?」

 

そこには──

通路に立つ、阿部と五月。

ほぼ同時だった。

 

「……あれ?どうしたんだ、二人とも」

 

どうにも状況を理解しきれていない。

だが──

芹菜は違ったようだ。

 

「……ふふ」

 

一瞬だけ、視線を細める。

 

『来ましたね』、そう言わんばかりの表情。

 

「その……」

 

阿部が、少しだけ言葉に詰まる。

さっきまでの勢いが、少しだけ揺らぐ。

何を伝えれば良いのか分からない様だ。

でも──

 

「隣、いいですか?」

 

気づけば、そう口にしていた。

 

「え?」

 

その言葉に戸惑ってしまう。

 

「……あの、少し話があって」

 

ほんの少しだけ、視線が揺れる。

それでも、逃げない。

その横で──

 

「和彦さん」

 

五月が、静かに呼ぶ。

 

「はい」

「私も、少しお話よろしいですか?」

「……ああ」

 

同時に来る二人。

左右からの視線。

そして──

ぴたりと隣に座っている芹菜。

完全に、挟まれる形。

 

「……人気者ですね、吉浦先生」

 

くすっと笑う芹菜。

その声は柔らかいのに、どこか挑発的。

 

「いえ、そんな……五月は妻ですし」

「ふふ、いいじゃないですか」

 

コップを手に取りながら続ける。

 

「修学旅行ですし、“少しくらい特別”でも」

 

その一言が、火に油を注ぐ。

 

「……特別、ですか」

 

ぽつりと、阿部が呟く。

 

「はい♪」

 

即答する芹菜。

 

「普段とは違う時間、違う距離感。そういうのって、大事だと思いません?」

「……」

 

阿部が何かを考える素振りが見て取れた。

その時。

 

「──そうですね」

 

静かに、五月が口を開く。

全員の視線が集まる。

 

「確かに“特別”な時間ではあります」

 

一歩、距離を詰める。

 

「ですが──」

 

ほんのわずかに、和彦の肩に触れる。

自然に。

当たり前のように。

 

「この方との距離は、いつも通りで構いませんので」

 

にこり、と微笑む。

その言葉は柔らかいのに──

はっきりとした“線引き”だった。

 

「……ふふ」

 

芹菜が小さく笑う。

 

「なるほど。流石ですね」

 

視線が交差する。

穏やかな笑顔同士。

だがその奥で、火花が散る。

 

「……」

 

阿部は、その間に立たされる。

どちらの言葉も、正しい。

どちらも、引かない。

阿部はどうすれば良いのか分からずでいた。

それでも──

視線は、僕から離れない。

車内のざわめきは、さらに大きくなる。

 

「やばくね?」

「修羅場じゃん」

「新妻と他の女でバチってるぞ」

「いやそれより阿部さんも混ざってるのがヤバい」

「カオスすぎるだろこれ」

 

ざわ……ざわ……

その中心で。

 

僕は──

 

「……とりあえず」

 

一言だけ、ぽつりと呟いた。

 

「落ち着こうか。もう京都に着くだろうし、ね!」

 

その一言で、二人はそれぞれの席へと戻った。

どちらも納得しきれていない表情を残したまま──

周囲のざわめきもようやく収まり、僕も芹菜とは少し距離を取る。

どうなるんだ、この修学旅行……。

不安と、少しの期待を乗せながら、新幹線は一路京都へと走り続けるのだった。

 

 




ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

今回はタイトル通り、それぞれの想いが少しずつ“交差し始める”回になりました。
特に美優の変化は、今後の展開に大きく関わってきます。

そして次回は、いよいよ京都に到着。
次回は四葉に焦点を当てて書いていく予定です。

もし少しでも「続きが気になる」と感じていただけたら、
評価やお気に入り登録で応援していただけると、とても励みになります。

感想も一つひとつ大切に読ませていただいていますので、気軽に残していただけると嬉しいです。

それでは、次回もよろしくお願いします。

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