修学旅行も遂に最終日。
長かった京都での時間も、今日で終わりだ。
初日の緊張も。
二日目の賑やかさも。
気付けばあっという間だった。
今日は五つのグループに分かれての自由行動。
映画村。
嵐山。
伏見稲荷。
金閣寺周辺。
京都駅周辺。
それぞれが好きな場所を選び、最後の思い出作りをする予定になっている。
もちろん自由行動とはいえ、生徒だけで行動させる訳にはいかない。
各グループには教師が一人ずつ付き添う事になっていた。
だが、その引率教師が誰になるのか。
僕は敢えて皆へ伝えていなかった。
伝えればきっと──いや、間違いなく。
彼女達は僕のいるグループを選ぶ。
学生生活最後の修学旅行。
だからこそ、最終日くらいは僕ではなく、自分達が本当に行きたい場所を選んで欲しかった。
そんな願いがあったのだ。
あったのだが――
「えーーー。このEグループは映画村に向かいます」
現在。
修学旅行最終日の朝。
京都市内を走る観光バスの車内。
僕は引率教師として最前列付近へ座りながら、静かにため息を吐いていた。
その理由は簡単である。
何故なら。
前から順番に見ていこう。
五月。
四葉。
三玖。
二乃。
一花。
阿部。
ことり。
上杉。
森下。
佐伯。
前田。
武田。
──以上である。
「……」
どう見ても。
いつものメンバーだった。
自由行動とは何だったのか。
思わず遠い目になる。
「先生?」
四葉が不思議そうに首を傾げる。
「どうかしました?」
「いや……」
僕は車内を見回した。
誰一人欠けていない。
いや。
正確には違う。
欠けていないどころか。
むしろ集まり過ぎていた。
「みんな自由行動だよな?」
「そうですよ?」
五月が当然のように頷く。
「じゃあ何で全員ここにいるの?」
その瞬間。
全員が顔を見合わせた。
そして。
『先生がいるから』
見事なハモりだった。
怖い。
「いや、だからそれを知らないはずで……」
「知ってました」
五月。
「知ってた」
三玖。
「知ってたわよ」
二乃。
「知ってました!」
四葉。
「知ってたよ~♪」
一花。
全員知っていた。
完全に計画的犯行である。
「……」
僕はゆっくりと視線を横へ向けた。
そこには。
僕の隣の席へ座る芹菜。
視線が合う。
すると彼女は。
「……えへ♡」
両手を合わせながら申し訳なさそうに頭を下げた。
犯人確定である。
「立川先生」
「なんでしょう?」
「何故こうなったのでしょうか」
「さぁ~?」
白々しい。
実に白々しい。
絶対この人だ。
すると。
「でも先生」
四葉が元気よく手を挙げる。
「映画村楽しいじゃないですか!」
「そういう問題かな?」
「そういう問題です!」
即答だった。
すると。
「私は先生がいなくても映画村を選んでいました」
そう言ったのは阿部だった。
背筋を伸ばしながら真面目な顔で話す。
「時代劇や殺陣の見学も出来ますし、空手の勉強にもなりますから」
「なるほど」
納得できる理由だった。
すると。
「まぁ、それもありますけど」
阿部は少しだけ笑う。
「吉浦先生もいますし」
「……やっぱりそれもあるんじゃないか」
「はい!」
良い返事だった。
隠す気が全くない。
すると。
「阿部さん正直すぎない?」
佐伯が苦笑する。
「そういう加奈だって先生いるから映画村にしたんじゃない?」
ことりが言う。
「私は違うよ?」
「違うの?」
「面白そうだったから」
即答。
実に佐伯らしい。
すると。
「加奈の場合、本当にそれだけだから困るのよね」
森下が呆れたようにため息を吐いた。
「何その反応」
「だって事実でしょ」
「失礼だなぁ」
全然反省していない。
そんな二人のやり取りに車内から笑いが起きる。
すると。
「なぁ武田」
前田が小声で話し掛けた。
「なんだい前田君」
「俺達さ」
「うん」
「いつから恋愛ドラマのエキストラになったんだろうな」
「少なくとも修学旅行初日からだろうね」
武田が即答した。
「だよなぁ……」
前田は遠い目をする。
「俺も彼女欲しいなぁ……」
「頑張りたまえ」
「他人事だと思って」
男子二人の哀愁漂う会話に、周囲から再び笑い声が漏れた。
その一方で。
「フータロー君♪」
「なんだ」
「今日はいっぱい思い出作ろうね♡」
一花が風太郎へ笑い掛ける。
すると。
「はいはーい!」
ことりがすぐに割り込んだ。
「恋人は私なんでー!」
「誰が恋人だ」
「酷い!」
「事実だ!」
「えぇ~~!」
騒がしい。
実に騒がしい。
だが。
そんな光景を見ながら思う。
これもまた修学旅行らしい思い出なのだろう。
窓の外では京都の街並みが流れていく。
修学旅行最終日。
果たして今日はどんな一日になるのだろうか。
そんな事を考えながら。
僕は静かに映画村への道のりを眺めるのだった──
それから約三十分後。
「おぉぉ~~!!」
バスを降りた瞬間。
真っ先に歓声を上げたのは四葉だった。
目の前に広がるのは東映太秦映画村。
時代劇のセットを再現した街並み。
江戸の町並み。
武家屋敷。
長屋。
提灯。
まるで本当に時代劇の世界へ迷い込んだような光景が広がっている。
「凄いですねぇ!」
「これはテンション上がるわね」
二乃も周囲を見回しながら感心したように呟く。
「……すごい」
三玖も珍しく目を輝かせていた。
歴史好きの血が騒いでいるらしい。
すると。
「先生!」
四葉が勢いよく僕の腕へ抱き付いてくる。
「見てください! 忍者いますよ忍者!」
「お、おう」
確かにいる。
入口付近では忍者姿のスタッフが観光客達と写真撮影をしていた。
「忍者だぁ~!」
「落ち着け四葉」
「無理です!」
元気いっぱいだった。
すると。
「吉浦先生」
隣から声が掛かる。
見ると、美優だった。
「ん?」
「後で殺陣の実演があるみたいです」
手に持ったパンフレットを見せてくる。
「殺陣?」
「はい」
美優は少し興奮したように頷いた。
「プロの動きを見られる機会なんて滅多にありません」
空手家らしい反応だった。
「見たいの?」
「凄く」
即答。
すると。
「私も見たい」
三玖が即座に反応した。
「幕末関係の展示もある」
「へぇ」
「新選組もある」
「……あぁ」
なるほど。
こっちはこっちで歴史好きが反応していた。
「行く」
三玖の目が本気だった。
映画村へ入った僕達は、しばらく江戸の町並みを散策する事になった。
すると。
「うわぁ……」
前田が感心したように辺りを見回す。
「本当に時代劇のセットなんだな」
「思った以上に凄いね」
武田も頷く。
そんな男子達の横で。
「ことり」
森下が静かに声を掛けた。
「ん?」
「今」
「何が?」
「チャンス」
ことりが首を傾げる。
すると。
森下は視線だけで前方を示した。
そこには。
少し離れた場所で展示物を見ている風太郎。
「……あ」
「今なら話せる」
冷静な分析だった。
だが。
その横で。
「行け行け!」
佐伯が背中を押した。
「今よことり!」
「ちょっ!?」
「恋人なんでしょ!?」
「仮だから!」
「細かい!」
細かくない。
かなり重要である。
「加奈」
森下が呆れたようにため息を吐く。
「人の恋愛をイベントみたいに扱わない」
「でも面白そうじゃない」
「否定できないのが困る」
冷静なツッコミだった。
その頃。
「先生!」
四葉が元気よく振り返る。
「写真撮りましょう!」
「またか」
「またです!」
即答だった。
すると。
「私も」
三玖が自然に近寄ってくる。
「私も入りたい」
「私もよ」
二乃も来た。
「和彦さん♪」
五月も来た。
「先生、私もお願いします」
阿部まで来た。
「……」
何故こうなる。
「ねぇ智子」
佐伯が呟く。
「なに?」
「先生モテ過ぎじゃない?」
「今更?」
森下は真顔だった。
「もはやそういう生き物でしょ」
「納得した」
納得するな。
その後。
広場で行われていた殺陣ショーを見る事になった。
刀を構える侍達。
迫力ある立ち回り。
激しい剣戟音。
観客席からは歓声が上がる。
「凄い……」
阿部の目が輝いていた。
いつもの落ち着いた様子はどこへやら。
完全に夢中である。
「やっぱり凄いかい?」
僕が聞くと。
「はい」
阿部は真っ直ぐ頷いた。
「無駄がありません」
「ほう」
「体重移動も綺麗ですし、間合いの取り方も勉強になります」
なるほど。
空手経験者らしい視点だ。
すると。
「先生」
阿部が少しだけ笑う。
「今度一緒に見に来たいです」
「ん?」
「武道の勉強として」
そう付け加える。
だが、その言葉を聞いた瞬間。
周囲の空気が止まった。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
全員が美優を見る。
「……?」
本人だけ気付いていない。
「美優」
二乃が聞く。
「はい?」
「それ、デートのお誘いにしか聞こえないんだけど」
「え?」
阿部が固まった。
数秒後。
「ち、違います!」
顔が真っ赤になる。
「武道の勉強です!」
「へぇ?」
二乃がニヤニヤする。
「本当です!」
「そういう事にしておくわ」
「だから違いますって!」
慌てる阿部。
その姿を見て。
周囲から笑いが起きた。
修学旅行最終日。
映画村での時間は、まだまだ始まったばかりだった──
殺陣ショーを見終えた後。
僕達は映画村の仮装体験コーナーへとやって来ていた。
「おぉ~~!」
「これ凄い!」
「いっぱいありますね!」
店内には時代劇衣装がずらりと並んでいる。
新選組。
忍者。
町娘。
姫君。
武士。
花魁。
まるで江戸時代へ迷い込んだかのような光景だった。
「どうする?」
僕が尋ねると。
「やります!」
真っ先に反応したのは四葉だった。
「絶対やります!」
即答である。
すると。
「私も」
三玖が手を挙げた。
「新選組ある」
目が本気だった。
完全に歴史モードである。
「面白そうね」
二乃も興味を示す。
「フータロー君もやる?」
一花が笑う。
「なんで俺まで」
「思い出作り♪」
「嫌な予感しかしない」
風太郎は即座に顔をしかめた。
すると。
「やるぞ上杉」
前田が肩を叩く。
「男なら腹を括れ」
「何をだ」
「仮装を」
「意味が分からん」
武田まで頷いている。
完全に巻き込まれていた。
それからしばらくして。
最初に更衣室から出てきたのは四葉だった。
「どうですか先生!?」
くるり。
元気よく一回転する。
身に纏っているのは鮮やかな浅葱色の羽織。
新選組隊士の衣装だった。
「おぉ」
思わず感心する。
意外と似合う。
というか。想像以上に似合う。
「似合ってるぞ」
その言葉を聞いた瞬間。
四葉の顔がぱっと明るくなった。
「えへへ♪」
嬉しそうだった。
本当に嬉しそうだった。
すると。
「先生」
静かな声。
振り返る。
そこにいたのは三玖だった。
同じく新選組。
だが、こちらは少し落ち着いた雰囲気の隊服だ。
「どう?」
少しだけ不安そうな表情。
「似合ってる」
素直に答える。
すると、三玖は小さく目を伏せた。
「……ん」
嬉しそうだった。
分かりやすくはないが。
確実に嬉しそうだった。
「和彦さん♪」
次に現れたのは五月だった。
その瞬間。
周囲が静まり返る。
「……おぉ」
思わず声が漏れた。
姫君。
まさにその一言だった。
淡い色の着物。
上品な装飾。
どこかおっとりとした雰囲気。
全てが噛み合っている。
「ど、どうですか?」
五月が恥ずかしそうに尋ねる。
「似合ってる」
即答だった。
「本当に綺麗だぞ」
「っ……!」
五月の顔が一気に真っ赤になる。
そして。
「そ、そうですか……」
照れながら俯いてしまった。
可愛い。
すると。
「へぇ~」
二乃がニヤリと笑う。
「五月ばっかり褒めるんだ?」
そう言いながら現れた二乃。
選んだのは花魁衣装だった。
艶やかな着物。
華やかな髪飾り。
普段の二乃とは違う色気がある。
「どう?」
挑戦的な笑み。
周囲の男子達が思わず息を呑む。
前田などは完全に固まっていた。
「似合ってる」
僕が答える。
「かなりな」
すると。
二乃は満足そうに笑った。
「当然でしょ♪」
その笑顔は。
どこか勝ち誇ったようだった。
そして。
「フータローくん♡」
一花が現れる。
くノ一姿だった。
「あー……」
風太郎が頭を抱えた。
「似合う?」
一花がくるりと回る。
「まぁ……似合うんじゃないか」
「ふふっ♪」
一花は嬉しそうに笑う。
すると。
「見ました?」
ことりが森下と佐伯へ話しかける。
「見た」
森下。
「見た見た」
佐伯。
「今ちょっと照れたよね?」
「照れた」
「照れたね」
「お前ら観察するな」
風太郎がツッコむ。
更に。
「先生」
最後に現れたのは美優だった。
その姿を見た瞬間。
僕は少し驚いた。
選んだのは女性用の剣士衣装。
凛とした立ち姿。
真っ直ぐな視線。
空手で鍛えた身体。
どれもが妙に似合っていた。
「どうでしょうか」
少し緊張した声。
「格好いいな」
僕は正直に答える。
「え」
美優が固まる。
「似合ってるぞ」
「……!」
その瞬間。
耳まで真っ赤になった。
「そ、そうですか……」
嬉しそうに微笑む美優。
そんな様子を見ながら。
二乃が小さく呟く。
「また増えたわね」
「ん」
三玖が頷く。
「増えた」
「増えましたね」
五月も苦笑していた。
その後。
映画村中央広場。
記念撮影コーナー。
「それじゃ集合写真撮りまーす!」
スタッフが声を掛ける。
すると。
事件が起きた。
「先生の隣!」
四葉。
「私」
三玖。
「ちょっと待ちなさいよ」
二乃。
「和彦さんの隣は私では?」
五月。
「先生の近くが良いです!」
美優。
「……」
一瞬で大混戦だった。
「なぁ武田」
前田が呟く。
「なんだい前田君」
「戦国時代かな?」
「戦国時代だね」
森下も頷く。
「戦争始まった」
「始まったね」
佐伯が笑う。
「面白い」
「当事者は面白くないと思う」
その通りだった。
結局。
かなり揉めた末に。
中央へ僕。
両隣に五月と四葉。
その後ろへ三玖、二乃、一花、美優。
周囲に風太郎達。
そんな配置で落ち着いた。
「それでは撮りますよー!」
カメラマンが声を掛ける。
全員が前を見る。
修学旅行最終日。
京都で過ごした最後の時間。
楽しかった思い出も。
嬉しかった出来事も。
少しだけ切ない気持ちも。
全部詰め込んで。
──パシャッ。
シャッター音が鳴った。
その一枚は。
きっと。
何年経っても忘れられない思い出になるのだろう。
そう思いながら。
僕は自然と笑みを浮かべるのだった──
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
修学旅行もいよいよ最終日。
せっかくの自由行動なのに、結局いつもの仲間達が集まってしまうという、何とも彼女達らしい一日になりました(笑)。
賑やかな映画村でのひとときも、最後に撮影した集合写真も、彼女達にとって忘れられない思い出になってくれたら嬉しいです。
そして、楽しかった修学旅行も間もなく終わりを迎えます。
京都で過ごした時間を経て、和彦と少女達の関係がこれからどのように変化していくのか。
引き続き、温かく見守っていただければ幸いです。
今回のお話を楽しんでいただけましたら、お気に入り登録や評価で応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。
もちろん、感想も大歓迎です!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!