~中野家~
「う~ん、美味しい。朝からこんな凝った料理を作れるなんて、二乃ってば料理上手なんだね」
「まあね。あんたも手伝ってくれてありがと」
「ふふふ、私も家では料理担当だしね。このくらいどうってことないよ」
急遽泊まり込みでの勉強会となった次の日の朝。ダイニングテーブルでは、一花・二乃・五月・ことりの四人が朝食を食べていた。テーブルには二乃とことりで作ったエッグベネディクトが並んでおり、それぞれが美味しそうに食べている。
「一花が休日のこんな時間に起きているなんて珍しいですね」
「まあ姉妹の中じゃドベだけどね。三玖もいつの間にか私のベッドからいなくなってたし」
「その三玖を捜しに行ったきり四葉も帰ってこないわね」
一花が朝起きると、隣で寝ていた筈の三玖の姿がなかったのだ。それを聞いた四葉は家の中にいないと分かるや否や外に捜しに行ってしまったのだ。何処にいるかも当てがないまま。
「彼は?」
「さぁ、まだ寝てるんじゃない?」
「きっと疲れが溜まってたんだよ」
「あんたはともかく、まさかあいつまで本当に泊まるとはね。ま、それも後少しの辛抱だわ」
「後少し?」
「何でもないわよ」
二乃の言葉が気になったことりだったが、二乃はことりの疑問に答えなかった。
「二人も勉強会に参加すればいいのに。案外楽しいよ」
「お断り」
「あー…でも五月ちゃんはことりとマンツーマンで見てもらってるんだっけ?」
「え、ええ…」
「昨日も遅くまで頑張ったもんね」
「お付き合いいただきありがとうございました」
笑顔で語ることりに微笑みながらお礼を伝える五月。この二人の関係性も着実に良くなっているようだ。後は…
「その勢いでこっちにも参加すればいいのに」
「……」
「素直になんなよ」
「どうも彼とは馬が合いません。この前も
「なれるよ」
「えっ」
五月の言葉に返事をした一花は席を立ち五月の後ろに来て、おもむろに五月の髪をいじりだした。
「ほらここの髪を持ってきて……三玖のできあがり!」
「!」
前髪で片目を隠すヘアスタイルである。
「私は真剣に言っているのですが」
「ごめんごめん、五つ子ジョークだよ」
「それでも髪型変えるとやっぱ見分けつかないね。私から見たら三玖だよ」
「ことりさんまで…」
「一花!」
そこでおもむろに立ち上がった二乃も五月の髪いじりに参加した。
「髪の分け目が逆よ。後五月、もう少し寝ぼけた目にして」
「この毛邪魔だなー」
「私で遊ばないでください」
五月は五月でされるがままである。
「ちょうど三玖もいないしこれで騙せるか試してみようよ」
「え…マジ…?」
「それ、私も興味あるなぁ」
「ことりあんたまで…あいつに私たちの区別なんてできるわけないでしょ」
そして本人のいないところで姉妹の見分けが出来るのか試されることになった風太郎であった。
ところ変わって三玖の部屋では風太郎が気持ち良さそうに眠っていた。
ガバッ…
「やべぇ寝すぎた!!いつもより40分オーバー…せっかく泊まり込みしたのにもったいない」
突如と起き上がった風太郎は壁に掛けてある時計を見ながら自分の寝坊を嘆いていた。普段はらいはに起こしてもらっている風太郎としては仕方のないことかもしれない。それに加えていつもよりふかふかなベッドに寝たのも原因の一つかもしれない。
「恐ろしきベッドの魔力…」
風太郎ベッドに手を添えながらその手を動かしていく。すると、その先に本来無いものがあった。女性の寝ている姿である。
「えっ」
(隣で寝てる…誰だ!?そうだ、この服を着てたのは…三玖なのか!?)
隣に寝ている人がいることに驚き一気に頭が覚醒した風太郎は、昨日着ていた服の種類でそこで寝ている人物が三玖であると確信した。
(やばいすぐさま逃げなければ)
風太郎はそう判断するや否やベッドから離れて部屋を出ようとした。
(ここで三玖が起きたら面倒だ。ましてや他の誰かに見られたりしたら)
ガチャ…
風太郎が部屋を出るためにドアを開けるとそこには前髪で片目が隠れた女の子が立っていた。
(三玖!?いや、三玖は今ベッドで寝ている。だったらこいつは…!この服を昨日着ていたのは…)
「ど…どうした五月」
「!」
いつもの髪型でもなく星形の髪飾りも外していたにも関わらず、自分の事を言い当てた風太郎に五月は驚きと少しだけ関心の心が芽生えた。
「……わかるんですね…」
「「……」」
そこでお互いが何を言えば良いか分からず黙り込んでしまった。
「んー…」
ゴソ…
「!!」
そこで三玖が寝返りを打ったのか布団のめくれる音が風太郎の後ろから聞こえてきた。
それにビクッと風太郎は反応した。
「?」
五月も何事かと風太郎の後ろを覗き込むが…
「用が無いならもういいかな。着替えるから」
「ええっ!?」
部屋の中を見せまいと風太郎は五月の背中を押してドアから遠ざける。そして…
バタン…
部屋のドアを閉めてしまった。
五月からしてみれば問答無用で部屋から追い出された形となった。そうなっては五月が怒るのも無理はない。
「もう結構です!」
バタンッ…
膨れっ面になった五月はそのまま自分の部屋に入ってしまうのだった。
(しまった…外で話を聞くだけでよかったか)
部屋から出てきた風太郎は五月の部屋の方を見ながら自分のミスを嘆くも後の祭りである。
「何やってるの風太郎君」
「あーあ。やっぱり怒らせちゃった」
「フータロー君大丈夫?」
「ああ…」
下からことりと二乃、一花が声をかけてきたが風太郎は返事をするしかできなかった。
「風太郎君は今起きたばっかりだから分からないかもだけど、三玖知らない?」
「えーっと…図書館…かな」
「じゃあ私たちも気分変えて図書館で勉強しよっか」
「そうだね」
「そ、そうするか」
一花の提案で今日の勉強会が図書館で決まろうとしている時、五月は自分の部屋のドアに寄りかかりながら髪を元に戻していた。そしてはぁー、とため息をつきながら机の上のスマホに目がいく。
「すみません先生。またやってしまいました…」
和彦に聞こえるわけではないが、そう反省するのだった。
一人の朝は何気に久しぶりかもしれないな。
ことりが中野家に泊まっていないので一人分の朝食を作りながらふとそんな事を考えていた。ことりが押しかけてきてからはずっと朝食はことりが作っていたので朝食の準備をするのは久しぶりである。こっちに来てからはことりが友人の家に泊まるのは初めてでもあるからだ。
簡単に朝食を作った僕はトーストをかじりながらテレビを見ていた。
今日は何するかな…試験問題も昨日出来たし久しぶりにどっかに出掛けるかな。
そんな風に今日の事を考えてるとスマホに着信が入った。どうやらメッセージのようだ。
「ふわぁー……んー、ことりからか…」
『おはようお兄ちゃん。いきなりだけど朝から三玖がいないの。ないとは思うけど三玖からお兄ちゃんに連絡があったら教えて』
ふーん、三玖がねぇ。
とりあえず『了解』とだけ返事をしておいた。
まあ、ちょうど暇してたし、散歩がてら捜してみますか。
残っていたトーストを食べきり牛乳で流し込んだ。そして、食器類を洗い終わったら外出用の服に着替えて外に出掛けた。
今日は天気も良く正にお出掛け日和である。そんな中を当てもなく街中をブラブラと歩き回る。歩道沿いに並ぶお店を一軒一軒ウィンドウショッピングよろしく覗き込みながら歩いた。
ま、そう簡単に見つかるわけないか。てか、三玖って普段どういうところに出掛けてるのかも分かんないしなぁ。そう考えると、まだまだ五つ子の事で知らない事も多いな。昨日のケーキの好み然り。とは言え、まだ出会って一ヶ月経つくらいだしな。それに教師と生徒。そんな関係性で言えば分からない事が多くて当たり前か。
そんな風に考えながら中野家のマンションに向かって歩を進めた。どこかですれ違えればと思ったが中々上手くいかないものだ。
「まあ、元々見つけられるとは思ってなかったわけだし、ここまで来たからちょっと図書館に行ってみようかな…」
そこで進行方向を変えて進もうかと思っていたところに前から三玖が走ってくるのが見えた。
「あれ。三玖、どうしたのそんなに急いで?」
「せ、先生…えっと、みんな図書館で勉強始めてるみたいだから合流しようと思って」
家の方角から来ていたから、結局三玖は家にいたのだろうか。そして、今は皆図書館にいると。
「先生は?どこかにお出掛け?」
「んー…僕も今ちょうど図書館に行こうと思ってたところだよ」
「本当?なら一緒に行こうよ」
そう言って三玖は僕の横に並んできた。
「急いでたんじゃないの?」
「少しくらいゆっくりしててもいいよ」
「そんなんで中間大丈夫な訳?」
「も、問題ない…」
「ま、本人が大丈夫って言うならこれ以上何も言わないけどね」
そんなこんなで三玖と二人並んで図書館を目指した。
「それで?図書館には全員いるの?」
「ううん。二乃と五月は相変わらず参加しないみたい」
「そっか…」
二乃については半ば諦めてるけど、五月もまだ無理か。仕方ないか。本人のペースがあるだろうし、僕からはこれ以上何も言うまい。
「あ、でもフータローは忘れ物したみたいでうちに戻ってるよ」
「忘れ物?」
「うん。さっきマンションのエントランスですれ違ったから」
てことは、今はことりが一花と四葉に教えてるのか。まあ忘れ物だけならすぐに帰ってくるだろう。
その後も戦国武将の話をしながら図書館に向かった。
「あれ?兄さん。それに三玖も」
図書館の中を探していたら自習スペースの一角で勉強している三人を見つけたのだが、そこに近づく僕達にことりがすぐに気付いた。
「や。頑張ってるみたいだね」
「先生。こんにちは!」
「おやおや~?三玖ってば、まさか朝から先生とデートでもしてたのかな~?」
「ち…ちがっ…」
「なわけないでしょ。外でたまたま会ったんだよ」
からかうような一花の申し出に対して説明をした。
「それにしても、兄さんが図書館に来るなんて珍しいね」
「まあ散歩のついでにね…」
「散歩……もしかして兄さん、三玖を捜しに出てきてくれたの?」
「え…」
さすがことり。鋭い指摘をしてくるね。
三玖は驚いた顔をしている。
「たまたまだよ。たまたま。散歩は本当にしてたし、図書館もその散歩の時に思い付いたの」
「ふ~ん…じゃあ、そういうことにしといてあげる」
ことりの横に座ろうとしている三玖を流し見ながら、あまり納得していない言いようでことりは口にした。
「それじゃ、僕は目当ての本を探してから帰るから、勉強頑張んなよ」
ここには用事はもうないと思ってその場を立ち去ろうとしたのだが一花に呼び止められた。
「え~、せっかく会えたんだし勉強教えてよぉ」
「は?この後戻ってくる上杉がいれば問題ないでしょ」
「じゃあさ、そのフータロー君が戻ってくるまでの間まで。いいでしょ?」
何を考えているのか分からないが一花は僕にここにいてほしいようだ。
「ほらほら私と四葉はことりに教えてもらってるから、今来た三玖に教えてあげて」
「まあ、三玖がそれでいいなら…」
「う…うん…私は別に…」
三玖に確認するも下を向いたままこちらを見ずに答えた。
「仕方ない。隣に座って本でも読んでるから、質問があったら聞いてね。てなわけで、本を取ってくるよ」
そこで一旦離れて適当な小説を取ってきた。そして三玖の横に座り読み始めたのだった。
~中野家・リビング~
時は少し遡り。中野家のリビングでは勉強で疲れたのか、首に三玖のヘッドフォンを付けた五月がテーブルに覆い被さるように居眠りをしていた。
そこに一人の来訪者が現れた。
「おい起きろ」
「!ああ…すみま………せん」
肩を揺さぶられて起きた五月が起きて目を開けるとそこには風太郎の姿があった。
「……っ」
「やっと見つけたぞ
「えっ…」
そこで五月は自身の首にあるヘッドフォンを触った。
(あ…)
「勉強サボって俺から逃げてただろ。許さねぇぞ!」
「…っ。あの…」
「ほらペン持て」
「私は…」
「教科書広げろ。罰としてスパルタ授業だ。お前には絶対赤点回避してもらうぞ」
自分が五月だと五月は言いたいが捲し立てるように風太郎が話すので中々言えずにいた。
「だから三玖じゃ…」
「そういえば五月の姿が見えねぇな。今も部屋で勉強頑張ってるんだろうな。間違ってもうたた寝してるなんてことはないだろう」
なおも自身の事を話そうとする五月であるが風太郎が部屋の方に目を向けながらそんな言葉を口にしたので、言葉にする事が出来なかった。
「……ッ」
「どうした三玖?」
五月はその時ある言葉が頭を過った。
『風太郎君にもある程度は歩み寄ってもらわないと』
『素直になんなよ』
ことりと一花の言葉である。
(きっと私のことを五月だと上杉君は分かっている。ならば、正に今ことりさんが言っていた通り上杉君から歩み寄ってくれている。後は私が素直になれば…)
『大丈夫。五月はやれる子だから』
そして和彦の言葉が頭を過った時なんとか振り絞って言葉を続けた。
「なんでもありま……なんでもないよ」
そんな言葉を発した五月は顔を赤くして俯いたまま顔をあげられなかった。
「じゃあ始めよう」
そんな五月を気に留めながら風太郎は勉強を始めるよう促した。
「今はどこやってたんだ?」
「せ、生物」
「そのまま続けるか。分からなかったところはあるか?」
「えっと…」
いつもの強気な態度ではなく優しく確認をとる風太郎。
「あ、そうだ。一昨日は悪かった」
そんな時に不意に風太郎は謝罪の言葉を口にした。それには五月も驚きの顔となった。
「な…なんのこと?」
「あっそうだな。ははは、三玖に何言ってんだか」
「…………私こそごめんね」
そして五月の口からも謝罪の言葉が出た。
「三玖こそ何言ってるんだ?」
「そ、そうだね」
お互いが三玖と風太郎が話しているという状況だからこそ出来た謝罪。そんなやり取りにお互い恥ずかしくなってきたようだ。
「……ここが分からないんだけど」
「なんだもうそこまで進んでたのか。それはな……」
五月に指摘された場所を教えていく風太郎。
「よく頑張ったな」
そんな中で出た風太郎の言葉は今の五月を笑顔にするのに十分であった。
そんな二人のやり取りを上からただじっと二乃が見ているのだった。
お泊まり勉強会はこれにて終了です。
和彦の差し入れや図書館での合流など所々でオリジナルを書かせていただきました。
次回からはいよいよ中間試験の開始です。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。