少女と花嫁   作:吉月和玖

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28.夜の語らい

皆が寝静まった夜。僕は一人窓際の椅子に座って先ほどの夕飯時に飲んだ地酒の余りを飲んでいた。徳利にはあと少しだけ残っていて、一人でちびちび飲むにはちょうど良かった。

外は雪も止み晴れたお陰で月が綺麗に見えていた。いわゆる月見酒というものだ。部屋の電気を消し、月の明かりだけで飲むのも一興である。

お酒好きの立川先生が同席していないのは、今日一日の疲れが溜まっていたからか、夕飯が終わってしばらくすると眠ってしまったからである。

お猪口をくいっと傾けたところに一人の人物がこちらに近づいてきた。電気をつけていないから近くまで来ないと誰かは分からない。

 

「先生…?一人で何してるの?」

「……ああ、三玖か。いや、勿体ないし残ってたお酒を飲んでしまおうと思ってね」

 

最初は姉妹の誰かが分からなかった。とりあえず髪の長さと前髪で判別したがあっていたようだ。徳利を持ってお酒を飲んでいることをアピールすると僕の向かいに三玖は座った。

 

「三玖も疲れてるだろ。無理に付き合わなくて良いよ」

「別に無理してない。はい、注いであげる」

 

そう言った三玖は徳利を手に取ると、こちらに差し出してきた。なので、お猪口に残っていたお酒を飲み干しそのままお猪口を差し出した。

 

「これだったらただ注ぐだけでいいし簡単」

「ははは、そうだね。ありがとね」

 

注いでもらったお酒を少しだけ口に含んだ僕は夜空に輝く月を見た。三玖もそれに続いた。席を立たないということは本当にしばらく僕に付き合ってくれるのだろう。

 

「そうだ。私もお茶注いできていいかな?」

「ああ。構わないよ」

 

三玖の申し出に了承すると三玖はお茶を淹れるために少しの間離れた。戻ってきた三玖はそのままお茶を飲んだ。

 

「はぁぁ…美味しい」

「ふふっ、片やお酒を飲んで。片やお茶を飲むって面白い構図だね」

「たしかに…先生って普段飲まないって言ってたけどお酒強いんだね。結構な量飲んでたと思うけど」

「まあ、ゆっくりなペースで飲んでたからかな。それに飲まないって言ってもたまには飲んでたしね。後は立川先生の方が僕より飲んでたし」

「そんなもんなんだ」

「将来……てか三年後か。お酒を飲めるようになったら分かるよ。でも、五人で飲んだら楽しそうだね。一番お酒を飲むのは誰になるんだろう」

 

そう口にしながら徳利に手を伸ばすと三玖に先に取られてまた注いでもらった。

 

「それは分かんないけど、でもたしかに姉妹五人で飲むのは楽しそうかな」

「そこに上杉やことりもいたらもっと楽しいだろうね。そんな関係が君達だったら続いてるように思えるよ」

「先生は?」

「え?」

「そこに先生はいないの?」

 

あまりに予想していなかった言葉だったので驚いてしまった。

 

「あー…考えてなかったかも。もちろん呼んでくれたら、その飲み会に参加するよ」

「うん。先生ともお酒を飲みたいって思ってるよ」

 

三玖には珍しくにっこりと笑って言葉を返された。

教え子とお酒を酌み交わすか。うん、とても良いことなのかもしれないな。

そんな風に考えながら、お猪口を傾けてまたお酒を口に含んだ。

 

「そうだ。お酒と言えば呑み取りの槍って知ってる?」

「もちろん知ってる。母里友信(もりとものぶ)福島正則(ふくしままさのり)から大杯に入ったお酒を飲むように煽られて、それで呑み干した事で譲り受けた槍。たしか槍の名前は日本号(にほんごう)で、天下三名槍と呼ばれてる」

「さっすが、よく知ってるね……酒は呑め呑め、呑むならば、日本一(ひのもといち)のこの槍を、呑み取るほどに呑むならば、これぞ真の黒田武士」

「凄い。それって黒田節ってやつだよね。さすがに私でも文は覚えてなかった」

 

黒田節を口にした僕に驚きと感動の混ざったような顔で三玖はこちらを見た。

 

「黒田節だって分かっただけでも大したもんさ。まあ、僕が知ってたのは歴史好きと地元だからっていうのもあるんだけどね」

「え…てことは、先生の地元って福岡?」

「おー、本当に歴史に関しては凄いね三玖は。そ、僕とことりの地元は黒田藩である福岡だよ」

「そんなに遠くだったんだ」

「そうだねぇ。本当に遠くまで来たもんだ」

 

そこでお猪口の残りのお酒を飲んだ。徳利にはもう入っていないからこれで全部である。

 

「……ねえ、先生のこともっと教えてほしい」

「僕のこと?」

「うん。なんでもいいの。好きな食べ物とかでも」

 

うーん。なぜそんなにも知りたいのか分からないが…

 

「教えてもいいけど今日はここまで。また後日ね」

「むー…」

「そんな顔しても駄目だよ。ほら、お酒は飲み終わったし、二人での夜更かしはここまで」

「……わかった。今度絶対に教えてね」

「分かった分かった。ほらもう寝な。おやすみ」

「うん…おやすみなさい」

 

そこで引き下がった三玖が和室に向かって行った。

三玖が和室に入ったのを確認したところで僕はもう一度月を見上げた。

さっきの三玖の顔。僕の事を教えてほしいと懇願していた時、顔を赤くして上目遣いに必死になっていた。まるで……なんてね。ちょっと飲みすぎたのかもしれない。僕もそろそろ休もう。

そう思った時だ。スマホに着信が入った。

 

「どうした、ことり。もう消灯の時間だろ?」

『うん…ちょっとお兄ちゃんの声を聞いた後に寝よっかなって』

「ふ~ん、といっても僕ももう寝ようとしてたんだけどね」

『大丈夫だよ。本当に声を聞きたかっただけだから。お兄ちゃんがもう寝るってことは他のみんなも寝ちゃってるんだ』

「そうだね。何だかんだで疲れが溜まってたんだろうね。夕飯食べた後暫くしたら寝ちゃったよ」

『ふ~ん。お兄ちゃんは今まで何してたの?』

「ん?お酒飲んでたよ」

『へぇ~、珍しいね。あ、もしかして立川先生と?』

「違うよ。立川先生は上杉に次いで二番目に寝たんだから。最初は一人で飲んでたんだけど、途中から三玖がお茶飲みながら付き合ってくれたよ」

『え、三玖が…?』

「ああ。それでも本当に少しの間だけどね」

『そっか…三玖が…もしかして動き出したとか…?

「?ほら、ことりも明日早いんだろうしもう寝な。おやすみ」

『分かったよぉ。じゃあおやすみ、チュッ』

 

そこで電話が切れた。はぁ…まったくあの子ときたら。

そして、ため息混じりにしっかりとした足取りでベッドルームに向かうのだった。

 


 

翌朝。目が覚めたのだが隣の上杉はまだ寝ていた。

まあ、まだ起こす時間でもないし静かに移動しよう。

ベッドから起き上がった僕は、寝ている上杉を起こさないようにベッドルームを後にした。

ベッドルームから出るとすでに先客がおり、テーブルの傍に座りお茶を飲んでいた。

 

「あ、先生。おはようございます」

「おはよう五月。早いね。まだ寝ててもいい時間なのに」

「目が覚めてしまって。今お茶を淹れますね」

 

そう言うと、ポットからお湯を急須に入れてそのまま湯のみにお茶を注ぎだした。自分用に注いだ後だから茶葉がまだ残ってたのだろう。

 

「どうぞ」

「ありがとね……ふぅ、美味しい」

「二日酔いとかは大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。さすがに今日も運転するんだからその辺はちゃんと考えてるって」

「で、ですよね。すみません、周りにお酒を飲む人がいなくって…」

「あれ、中野さんは飲まないんだ?」

「そうですね。飲んでいるところを見たことがありません」

 

へぇ~。僕もそこまで飲む方ではないけど、家族の前で飲んだことがないのは相当だな。本当に飲まない人なのかも。まあ珍しくはないか。

 

「いよいよ今日から林間学校開始ですね」

「ああ。まあ、バス組と合流できるのはお昼くらいだろうけどね」

「早めに出発はしないのですか?」

「ああ。向こうの先生とも話が進んでてね。本来今日の午前中から行う予定だったオリエンテーリングを縮小して、これが午後だけになったらしい。だから、お昼ご飯の時間までに合流してもらえればいいってさ」

「いつの間に…」

「昨日の夕飯の後辺りかな。皆で楽しくトランプしてたでしょ。あの時だよ」

 

そこで一息入れるためにお茶を飲んだ。そういえば、トランプも二回くらいで上杉と立川先生が寝ることになったからお開きになったんだっけ。

 

「……あの…先生は上杉君のことをどのような人物だと思っていますか?」

「また急だねぇ。うーん…素直になれないけど根は優しい男の子、かな」

「そう…ですか…」

「上杉がどうかした?」

「いえ、この林間学校を通して彼という人物を確かめようかと思っています」

 

決意に満ちたような顔でそう話す五月。肩肘張りすぎてるように思えてくる。

 

「そんなんじゃ五月自身が林間学校学校楽しめないじゃん。もう少し力抜いていこ」

「そ…それはそうなのですが…」

 

どこか納得が出来ないような顔で五月は答えた。彼女にも彼女なりに考えての事なのだろう。

 

「ふふっ、ちなみに五月は三日目の自由参加は登山にスキーに川釣りと、何にするかもう決めてるの?」

「え、三日目ですか?そうですね、スキーに参加する予定です」

「へぇ~、五月ってスキー滑れるんだ」

「人並みではありますが…」

 

少し意地悪だったかもしれないが、無理やり話を別の方向に持っていくことにした。少しでも五月自身が林間学校を楽しめてくれるようにと。

その後もなるべく楽しい話を中心に会話を弾ませた。その間は五月も笑顔で話していたから良かった。

そうしている間に次々と皆が起きてきた。

 

「ふわぁ~、おはよう五月ちゃん。それに先生も」

「う~ん…あんま寝たりないわねぇ」

「……」

「三玖。寝ながら歩くと危ないよ」

「おはよう…ございますぅ…」

「!?」

 

やはり五つ子は五人揃うだけで賑やかになるな。それが良いところでもあるけれども、ちょっと問題があった。立川先生も含めて起きたばかりだからなのか、寝間着に着ていた浴衣が乱れていて胸などがもう見えそうなのである。

 

「…っ!み、みんな!きちんと着こなしてから出てきてください!立川先生もです!」

 

僕はすぐに目を反らしたのだが、五月が五人を連れて和室の方に連れていったようである。

さて、上杉を起こしてから着替えようかな。

六人が和室に入っていったのを確認してからベッドルームに移動するのだった。

 

・・・・・

 

「先ほどはお見苦しいものを見せてしまい申し訳ありませんでした」

 

全員が起きて身支度も整った後、朝食を食べるために全員で食堂に来ていた。ここの朝食はビュッフェ形式なのでそれぞれが好きな物をお盆の上に乗せている。

そしていざ朝食を食べ始めたところで僕の向かいに座っている立川先生から謝罪があった。

 

「いえいえ。僕の方こそすみません、配慮がなかったかもしれません。それにしても立川先生は朝が弱いのですか?」

 

僕はこの日の朝食を和食中心で選んでいたので味噌汁を飲みながら聞いてみた。

ちなみに、隣に座っている三玖と五月、後は上杉が和食中心の朝食で、それ以外が洋食、つまりパンを選んでいる。僕の向かいの立川先生もバターロールを一口サイズにちぎりながら食べている。

……五月のお盆の上の料理の量はあえて突っ込まないでおいた。

 

「はい……お恥ずかしい話なのですが、朝起きることはできるのですがボーッとすることが多く、いつも家でも朝の身支度に時間がかかるんです」

「意外ですね。立川先生は朝からビシッとしているイメージでした」

「あはは…イメージ壊してごめんね」

 

僕も立川先生は朝は強いイメージを持っていたのだが、変わりに五月が気持ちを伝えてくれた。

まあ、人間何かしら弱い事だってあるだろう。

 

「それじゃあ今日のこれからの予定だけど、朝食が終わったらひと息入れて出発するからそのつもりで。バス組にはお昼前に合流する予定だからね。それで合流後は一時したらお昼ごはんになって、午前に予定していたオリエンテーリングを縮小して行い、飯盒炊飯は予定通りに行われるから。その後の肝試しもね」

 

今日の予定をまとめて話すと全員から返事があった。

さあ、後少しの運転も安全運転でいこう。

 


 

~一花・三玖side~

 

朝食が終わった後、各自で出発の準備が整うと全員で一階のエントランスに来ていた。

フロントでは現在、和彦と芹菜が対応をしている。

それ以外のメンバーはお土産が並んでいるお店で色々と見ていた。

そんな中、一花と三玖は少し離れたところでソファーに座っていた。

 

「うーん、林間学校も楽しみだけどこの旅行も楽しかったから名残惜しいなぁ」

「そうだね」

 

一花が片腕をストレッチの要領で上に伸ばしながら話すと三玖はそれに同調した。

二人の隣のソファーにはそれぞれ皆の荷物も置いてあるので荷物番も意味しているのかもしれない。

 

「……ねえ三玖?本当に明日のキャンプファイヤーで先生の相手を私がやってもいいの?」

「え?」

「本当は三玖が先生と踊りたいんじゃない?」

「…っ!」

 

林間学校三日目の夜に行われるキャンプファイヤー。そこでダンスを踊るのだが、一花は三玖の咄嗟の判断で和彦と踊ることになっているのだ。

しかし一花は、三玖の和彦に対する想いを知っているからこそ、和彦の相手は三玖がした方が良いのではないかと思っているのだ。

 

「……そんなことない。その場しのぎで私が決めちゃったことだから…一花が問題ないなら先生とは一花が踊って」

 

一瞬の間があったものの、三玖は自分ではなく和彦とは一花が踊るように勧めた。しかしその三玖は一花と目を合わせず、ずっと下を向いている。

 

「後悔しないようにしなよ。先生を好きな人は他にもいるんだから。立川先生みたいにさ」

 

三玖のそんな態度に一花はとりあえず和彦と踊るように勧めるのを止めるも、三玖に忠告を入れながらフロントにいる和彦と芹菜を見た。それに三玖も続く。

 

「今がいつまでも続くとは限らないんだから」

 

一花と三玖の二人が見ている方向では芹菜がニコニコと笑いながら和彦と話している姿があった。

 

『相手を独り占めしたい』

 

そんな芹菜の姿を見ていた三玖は、以前前田が口にした言葉を思い出しながら胸辺りの服をぎゅっと握った。

 

(あんな風に先生の隣にいれたら…でも……やっぱり(はた)から見たら良くて兄妹にしか見えないんだろうな。私には立川先生みたいな大人な雰囲気ないし…)

 

「ねえ一花?」

「んー?」

「私、早く大人になりたいな…」

「三玖…」

 

三玖の気持ちに応える言葉が一花にはすぐに出てこなかった。

 

「よーし、じゃあ出発しようか」

 

和彦のそんな号令もあり八人は車で本来の宿泊施設に向かうのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話では、サブタイトルにもなっている三玖との夜の語らい、ことりとの電話、五月と朝のお話など、和彦が色んな人物と二人で話すお話を書かせていただきました。
三玖の気持ちに和彦が気づいたかというところをお酒の酔いで誤魔化してみました。ちょっと無理があったかもしれませんが…
そして三玖は、車の運転にお酒と和彦が自分とは違い大人であると痛感することで、『早く大人になりたい』という気持ちになったのかもしれません。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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