トントン…トントン…
林間学校二日目の夕方。予定通りに飯盒炊飯が行われている。
昨日から泊まっていた旅館を出発した僕達は、予定通りに宿泊施設にお昼前に到着してバス組と合流することができた。副担任の先生に色々と引き継ぎを受けた頃に昼食の時間となり、本来は外で食べるはずだったお弁当を食堂で全クラス集合して食べた。
オリエンテーリングでは、短いルートを利用した内容ではあったが中々盛り上がっていたように思われる。
僕達教師は参加はせず、スタートとゴール地点で生徒達が戻って来るのを待っていたのでまあ暇ではあったな。
そのオリエンテーリングの熱も収まらないうちにこの飯盒炊飯が始まったので、皆楽しそうに話ながら調理をしている。
この飯盒炊飯で作ったカレーが夕飯でもあるので、僕達教師も自分達のカレーを作っている。
「事前に聞いていたとはいえ、こうやって生徒達と交ざって料理をすると何か変な感じがしますね」
「たしかに。ふふっ、私たちも学生の気分になりますね」
「先生達の中でも若手であれば尚更ですね」
普段から料理をすると言うことで、僕と立川先生が二人でカレー作りの担当になった。今は具材の野菜をそれぞれ切っているところである。
じゃがいもに人参、玉ねぎを切ってボールに入れていっている。
「それにしても手際がいいですね。吉浦先生は妹のことりさんに食事を作ってもらっているのかと思ってました」
「まあ、たしかにことりがほとんど作ってますけどね。だけどたまに僕が作ってたりしてるんですよ。特に試験前とかは勉強に集中してもらいたいってことで料理してますよ」
自分の分を切り終わったのでかまどの火を起こした。すでに薪は組んでいたので後は火種を入れるだけである。火が大きくなったところで鍋を置き油を引いて鍋が温まるのを待った。鍋が温まったところでまずは肉から炒めていく。火の調整が出来ないので手を止めるとすぐに焦がしてしまいそうだ。
肉をある程度炒め終わったところで、立川先生から切った野菜の入ったボールを受け取り鍋の中に投入してまた炒めていった。炒める時は菜箸ではなくへらを使っている。
「やっぱり手際いいですね。野外での料理も慣れていらっしゃるんですか?」
「まさか。勢いでやってるだけですよ。うん、だいぶ炒めたのでそろそろ水を入れましょうか」
「はい、水です」
僕の言葉に水の入ったボールを差し出してきた立川先生から受け取り、野菜が浸かる程度に鍋に水を入れ蓋をした。
「後は、あくを取りながら煮込んでいって、最後にルーを投入ですね」
「では、ここからは変わりますよ」
お玉を持った立川先生が僕と入れ替わるように鍋の前に立ち、蓋を取ってあくを取り始めた。僕は立川先生が取ったあくを捨てるためのボールを持って隣に立っていた。
「♪~~♪~」
立川先生は鼻歌交じりにあくを取っている。それだけでこの空間が二人だけの世界にでもなったかのようである。
「立川先生ご機嫌ですね」
「え…す、すみません。つい出てしまって…」
「いえ、全然気にならないですよ。むしろこちらまで楽しくなってくると言いますか。立川先生と料理してたら毎日楽しそうですね」
立川先生って今はお付き合いしている人はいないんだっけ?彼女くらいになれば引く手あまただろうけど。それとも今は僕と同じで仕事が忙しくて考える余裕がないとかだろうか。
そんな考えをしていると立川先生はさらに上機嫌な顔であく取りをしていた。
「えへへへ…毎日かぁ…一緒に台所に並んで料理したりとか?きゃーー!」
たまに恥ずかしそうな顔をしたりして、立川先生は何かあったのだろうが嬉しいことがあったのだろう。そっとしておこう。
そんなこんなで、その後ルーを入れ火も弱くしたので後は焦げないようにまぜながら煮込んでいくだけだ。
「立川先生。ちょっとクラスの様子見てくるので、しばらくお任せして良いですか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます。後で変わりますね」
立川先生の許可も得たので自分のクラスの様子を見に行くことにした。
僕達教師陣のカレーも後は煮込むだけなので、どの班も同じくらいの工程まで進んでいた。
「ちょっ…!三玖、何を入れようとしてるの?」
「お味噌。隠し味」
「いや、カレーに味噌はないでしょ」
見回っているとちょうどことりと三玖が鍋の前にいたので、三玖がカレーに味噌を入れようとしていたのにツッコミを入れてしまった。
「「先生」」
「よっ!やっと手が空いたから様子を見に来たよ。しかし、カレーに味噌なんて個性的にもほどがあるでしょ」
「むー…美味しくなるかもしれない」
そういうのはまずは自分だけで試してからにしようね。
そういえば三玖は、以前真っ黒なコロッケを作ったという料理下手なのではないかと思わせるエピソードがあった。このカレーに味噌はその延長線ではないだろうか。
「先生はこちらに来て大丈夫なんですか?奥さんが待ってるんじゃないですか?」
「はぁ!?誰が奥さんだよ。てか立川先生のこと言ってる?」
よそよそしい態度ではあるものの、言葉からは怒りが含まれていることりの言葉。周りに他にも生徒がいるから抑えているのだろう。
「ええ。みんな言ってますよ。『あの二人の雰囲気、もう夫婦だよね』とか、『まるで新婚生活を絵に描いたみたい』とか」
「……」
生徒達が作っている場所からそんなに離れていない場所で料理をしていたから、そう思われるかもしれないとは予想はしていた。まさかその予想が当たるとは。
目の前のことりは笑顔で話しているが内心では笑っていないのだろう。口元とこめかみがピクピクと動いている。後、三玖もなぜか心配そうな顔でこちらを見ていた。
「そういう関係でもないんだから、そういうのは本人のいないところで話すんだね。僕もそうだけど、立川先生にも失礼でしょ」
「……失礼しました。気をつけます」
僕の言葉にことりは素直に頭を下げて謝った。
まあ、ことりとしては嫌みを言いたい気持ちだったのだろう。分からんでもない。いや、分かっちゃいけないんだけどね…
ことりはしゅんとなっていたので、頭をポンポンと撫でてあげた。
「せ、先生は…結婚したら、やっぱりあんな感じで一緒に料理したいの?好きなタイプの話をした時にも言ってたし」
そこへ鍋の中のカレーをまぜていた三玖から質問をしてきた。
そういえば、昨日の夜にも好きなものを聞いてきたっけ。
「ふむ……まあ実際立川先生と料理してて楽しいなって思ったから、結婚したらこんな風に過ごすのもいいなとも思ったよ」
「そ…そっか…」
僕の言葉に三玖はどこか考える表情をしているように見えた。
「まあ、でも別に一緒に料理しなくても、こうやって料理してる横で話してるのも楽しいよ。普段から家でもことりとしてるしね。結局、好きな人とだったら何してても楽しいんだろうね。曖昧な回答だけど参考になった?」
「うん…!参考になった」
カレーをずっとまぜていた三玖であったが少しは笑顔が戻ってきたようだ。
「なら良かった。じゃあ、そろそろ戻るね」
そしてその場を後にした。
さて、最後に飯盒でご飯を炊いている方を見てから戻りますか。
今回の飯盒炊飯では、カレーを作る場所と飯盒でご飯を炊く場所とで分かれている。今向かっている場所が飯盒でご飯を炊く場所である。
そこには上杉と前田が並んで座っていた。二人は面識が無いのだろう。お互いに何も喋ることなく座っている。
「よ、お二人さん。二人は飯盒の係?」
「「先生」」
僕は前田側に座りながら声をかけた。
「そういえば、前田はキャンプファイヤーの相手は見つかった?」
「それがまだ決まってないんすよ…」
「そ、そっかぁ…」
前田はまだキャンプファイヤーの相手が決まっていないようで、どんよりとした空気を醸し出している。
しかし、こればっかりは僕にはどうしようもないからなぁ。前田自身で頑張ってもらうしかないか。
「上杉は相手いるの?」
「いやいや先生。こんな奴にいる訳ないじゃないっすか……」
「一応います」
「なにーーー!?」
上杉にキャンプファイヤーの相手がいるとは思わなかったのか前田が驚きの声をあげた。
そうか。だから、昨日の夕飯の時に四葉がキャンプファイヤーの話を持ち出したら複雑な顔をしていたのか。
「お、お前!相手は誰だ!」
「……ことりだよ」
「へぇ~」
「こ、ことりって…お前、あれか?ここいる吉浦先生の妹さんで、密かにファンクラブまであると言われてる、あの吉浦ことりさんか!?」
「よく分からんが、吉浦ことりで間違いないな」
驚きのあまり立ち上がってしまった前田に対して、上杉は至って冷静に火にかけている飯盒をじっと見ていた。
多分、前田ではなくとも全員が同じような驚きをするだろう。なにせ…
「いやいや、なんでお前はそんなに冷静なんだ!吉浦さんと言えば、男子からのお誘いをことごとく断っていることで有名なんだぞ!」
「そういやぁ、ことりもそんなこと言ってたな」
そう。前田が説明した通り、男子からのどんな誘いであっても全て断っているのだ。そんなことりがキャンプファイヤーで男子と踊ると聞けば誰だって驚くだろう。
「さっきから気になってたんだが、お前吉浦さんのこと名前で呼んでるよな。いいのかよ」
「いいも何もあいつから名前で呼べと言ってきたんだ。構わんだろ」
「どうなってんだよー」
頭を抱えて上を見上げながら叫ぶ前田。
そういえば、ことりが名前呼びを許した男子ってそんなにいないような。この学校では多分上杉だけだろう。それを考えたら、上杉は確かにイレギュラーな存在かもしれない。
「上杉さん。肝試しの道具運んじゃいますね」
三人でキャンプファイヤーの話をしていたところに、荷物をたくさん持った四葉が通りかかった。四葉が持っている荷物には肝試しの肝という文字が書かれているので、どれも肝試し用の道具なのだろう。
しかし、肝試しの担当は一組だったような。四葉のクラスの三組は担当じゃなかったはずだ。
「四葉…お前確かキャンプファイヤーの係だったろ」
「はい!でも、上杉さん一人じゃ無理だと思って、クラスの友達にも声かけました。勉強星人の上杉さんがせっかく林間学校に来てくれたんです。私も全力投球でサポートします!」
上杉も僕と同じ疑問を持ったようで四葉に確認した。すると、どうやら肝試しの担当が上杉一人のために四葉が助っ人に買って出たそうだ。しかし、さすがに肝試しの担当を一人にするとは酷である。大方、立川先生は上杉の手伝いをするように声かけたが誰も手伝いに来なかった、ということだろう。上杉は教室でもずっと勉強しているそうだし、担当決めの時も話そっちのけで勉強してたってとこか。
「よし。前田っていったな。俺の班の飯の世話もしててくれ」
「あ?命令してんじゃねーよ!」
上杉は前田に飯盒の見張りを依頼すると、四葉から荷物を預かっている。今から準備に取りかかるのだろう。
「肝試しは自由参加だ。クラスの女子でも誘ってきてみろ」
「ああ、吊り橋効果ってやつだね」
「なるほど…」
「ただしこっちも本気でいくからビビんじゃねーぞ」
そう言って上杉は四葉を連れて準備に行ってしまった。
僕も立川先生を待たせる訳にもいかないためその場を後にするのだった。
そして夜。肝試しが開催される運びとなった。
遠くからは結構悲鳴が聞こえているから、催し的には順調のようである。
また、この悲鳴が出発を待っている人達に恐怖心を植えつけているから演出としても文句無しだ。
「け…結構悲鳴が聞こえますね…」
「そうですね。上杉達が頑張ってるのかもしれませんね」
隣の立川先生が少し声を震えながら話しかけてきた。こういったのは苦手なのだろうか。心なしかいつもより近いような…
「立川先生はこういった肝試しとかは苦手なんですか?声が少し震えてますが」
「えっ…!ま…まあ、得意ではないですね。街灯がある中での夜の出歩きとかなら大丈夫なんですが、オバケとかホラー系はどうも苦手でして…吉浦先生は平気なんですか?」
「ええ。妹のことりがホラー系の映画とかよく観るんですけど、それに付き合わされていたからか大分耐性が付きましたね」
ことりとはよくホラー系の映画を観に行ったりしていた。かといって別にことりがホラー系を好きかと言えばそうでもない。話題に上がったものしか観に行かないし、いつも観に行く度に手を握られるから得意ってことでもないのだろうと思っている。
そんなことりもこの肝試しには参加するようで、クラスメイトと待機している。ペアの子と一緒に少しだけ怖がっているようだ。だが、どこか楽しそうであるから問題ないだろう。
この肝試しは誰とでも参加が出来るので、クラスメイトじゃなくてもペアが作れる。なので、中野姉妹は一花と三玖、二乃と五月といった形でペアを組み肝試しに参加するようだ。
そろそろ終盤に差し掛かった頃、近くにいた生徒に声をかけられた。
「先生達は参加しないんですか?」
「いや、生徒達で楽しみなよ」
「えー、そんなこと言わずに先生も楽しみましょうよ。ほら、吉浦先生と立川先生で行ってきたらいいじゃないですか」
「えー!?」
突然自分の名前が出たからか、立川先生は驚きの声をあげた。
「そうだね。お二人で行ってくるといい」
「主任…」
どちらかと言えば止めてほしかったのだが…
近くにいた学年主任の先生まで肝試し参加を勧めてきた。
「い…い…行きましょう!」
「ちょっ、大丈夫ですか?無理なさらなくてもいいんですよ?」
「だ…大丈夫です。吉浦先生が傍にいてくれるなら…」
そんなこんなで急遽肝試しへの参加が決まってしまった。道中はスマホのライトのみが頼みであるのでかなり暗そうである。どちらかと言えば、足元に注意をした方がいいかもしれない。
僕達教師二人の参加で周りはかなり盛り上がっている。その反面、立川先生はかなりビビってるようである。
そんな中順番が回ってきたのでスタートするのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は飯盒炊飯を中心に書かせていただきました。
こういった高校イベントである林間学校での飯盒炊飯で、先生って実際作ってるのか分からなかったですが、このお話では教師も自分達の分を作るということにしてみました。ちなみに、和彦と芹菜以外の先生で飯盒を使ってご飯を炊いてます。
さて、次回は後半に少しだけ触れました肝試しのお話です。和彦の出番は少なめで、二乃と風太郎が中心になると思われます。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。