あれから二日後の放課後。
今日はことりが三玖を連れて数学準備室に来ていた。
「へぇ~、一組の上杉が君達姉妹の家庭教師をねぇ」
「本当に信じられない。フータローにも言ったけど、なんで同級生の彼なの?この町にはまともな家庭教師はいないの?」
「荒れてるねぇ三玖」
数学準備室に常備しているポットを使ってお茶を用意しながら彼女の愚痴を聞いている。
「あはは...昨日からなんだよねぇ。特に今日の昼休み辺りからもっと不機嫌になってるよ」
「ふーん。ほらお茶でも飲んで少しは落ち着きなって」
ぷくぅっと頬を膨らませながらも僕の差し出したお茶を三玖は飲んでいる。
「まぁまぁ、彼はああ見えて学年主席。テストも全教科満点を取る程の秀才なんだよ。きっと君達の役に立ってくれるさ」
「秀才...?」
僕の言葉に三玖はお茶を飲むのを止めた。
あれ?何か間違ったこと言ったっけ?
「えっと……何か間違ってる?学年主席でテストも毎回全教科満点。私から見てもそう思うんだけど……」
「確かにそうだし間違いじゃない。けど……それはあくまで学校のテストだけでの話。戦国武将については何も分かってない。頭良いって言ってもそんなもんだよ」
ことりの言葉に三玖の目付きが変わった……。
なるほど、これは相当頭にくるようなエピソードがあったんだろうね。
「戦国武将についての知識が上杉にないってことは何か話したんだよね。ちなみにどんな話をしたの?」
「......このお茶には鼻水は入ってないよね?」
僕が聞くと、そう言いながら自分の湯呑みを掲げる。なるほど。
「ん-ー...?ああ、あの逸話のこと言ってるの?」
ことりはどうやら気付いたようだ。
これに気付けと言う方が酷というものだ。上杉可哀そうに。
「石田三成が大谷吉継の鼻水が入ったお茶を飲んだっていう逸話だよね」
「さすが先生にことり。分かってるね」
「いや、これに気付くのは相当な歴史好きだと思うよ」
僕が苦笑いを浮かべるとことりも同じ表情をしている。
それにしても随分詳しいみたいだけど……戦国武将を好きとは言ってたけどここまでだったとは驚きである。
僕は彼女の顔をまじまじと見つめた。
すると視線に気付いたのか彼女は顔を上げた。
「なに?私の顔見てどうしたの?」
「ああいや……なんでもないよ」
僕は誤魔化すように笑った。
「とにかく私は納得できない!自分で話したい事がもっとあるって言ってたんだよ...」
こりゃ何言っても無駄だね。上杉自身でどうにかするしかないか。
そんな時だ。
コンコン
珍しく放課後に数学準備室がノックされたのだ。放課後に来るのはことりくらいなもんだが今目の前にいるしな。
「どうぞー」
「失礼します」
入室を促して入ってきたのは中野姉妹の五女・五月さんだった。
「五月!?」
「三玖!?どうしてここに?」
三玖と五月はお互いがお互いここに来る、もしくはいるとは思わなかったので相当驚いているようだ。
「こんにちは五月。三玖は私が連れてきたの。私ってたまにここで兄さんとお話ししてるから。五月は?」
「あの…私は授業で分からなかったところがあったので質問に。職員室にはいらっしゃらなかったので、担任の立川先生に聞くとここにいるだろうと」
「そっか。悪かったね。内容聞くからこっちにおいで」
僕はソファーから机に移動して五月さんを招いた。
「はい!よろしくお願いします!」
五月さんも素直に応じて僕の向かい側に座った。そして僕は彼女の質問を聞いた。彼女は簡単な基本問題の解説を希望しているようだ。
「なるほど……。これはここをこうして……」
「ああっ!そういうことだったのですねっ!ありがとうございますっ!」
「いえいえ。じゃあ次はこれ解いてみて」
「はい!」
うんうん。やっぱり勉強熱心な子は教える側としても気持ちいいよなぁ。
「兄さん?何ニヤニヤしてるの?」
「えっ?ああごめん。ちょっと嬉しくてさ」
「嬉しい?」
「だって僕に教えてほしいって直接聞きに来る生徒がいるんだよ?それこそ先生冥利につきるというか。これだから教師やってられるんだよね〜」
「ふ〜ん」
「あれ?なんか機嫌悪くなってない?」
「べっつにー…そんなことないよぉ?」
ことりは腕を組んでそっぽを向いてしまった。何かスイッチを押してしまったようだ。
「あの…」
「ああ、ごめんごめん。また分からないところでもあった?」
「いえ…その、先生の近くの棚なのですが、数学とは関係ない歴史の本が多くあるな、と思いまして」
五月さんは僕の後ろの棚に目をやりそう伝えてきた。
「お、五月さんお目が高いね。ここにあるのは僕の趣味で置いてあるのだよ。もちろん学校の許可は取ってるよ」
「そうなのですね…」
「もしかして五月さんも歴史に興味ある?」
「い、いえ。そういうわけではないのですが…あと、私のことは五月で構いません」
「そっか、残念。名前の件は了解だよ……で、早速だけど五月。今解いてる問題、計算間違えてるよ」
「え?す、すみません!」
僕の指摘したところを急ぎ訂正をしている。
真面目な子ではあるようだが、勉強は不得手のようだ。
「……ねえ五月。今度一緒にケーキ食べに行かない?」
突然ことりが五月に話しかけてきた。
「け、ケーキですか!?」
「うん。この前美味しいチーズケーキのお店を見つけたの。三玖も一緒にどうかな?」
「わ、分かりました。ぜひ行きましょう!」
「分かった」
いつも通りの三玖に対して、五月は食いぎみで乗っかってきたなぁ。もしかして、ケーキが好きなのかな?
「じゃあ決まりだね。そうだ、これを機に連絡先を交換しとこうよ」
「ええ」「うん」
そこで三人がそれぞれ携帯を出して連絡先の交換をしている。こういった時のことりのコミュニケーション能力は大したものである。
それから、先程五月が間違えた問題を解説してから今日は解散となった。
三人が帰った後、ちょっと読みたい歴史の本を借りるため図書室に来てみた。しかし…
「あれ?歴史関連の本が一冊もない?」
目当ての本を探すために本棚を見てみたのだが、棚の中が空っぽになっているのだ。
「なぜ?」
疑問に思い、カウンターにいる図書委員の子に確認をしてみることにした。
「ねえ?歴史関連の本が一冊も無いんだけど何か知らない?」
「それが…大量に借りられた方がいまして…ああ、あそこで読んでいる人がそうです」
図書委員の子が指差した先には、確かに大量の本を脇に積み上げて本を読んでいる生徒がいた。
「あの子は……」
そしてその生徒の側まで行き声をかけた。
「励んでるようだね」
「先生…」
声をかけた生徒。上杉風太郎は驚いた顔でこちらに振り返った。
「歴史の勉強?」
「ええ、まあ…」
振り返ったのは数秒で、上杉はまた勉強に戻ってしまった。
積み上げられた本の一番上のものが、ちょうど目当ての本だったため、それを手に取りページをめくりながらさらに話しかける。
「聞いたよ。転入生の中野姉妹の家庭教師をすることになったんだってね」
「な、なんで…」
「さっきまで、ことりと一緒に三玖が数学準備室に来てたからね。そこで聞いたんだよ」
「そうだったんですね」
「早速洗礼を受けたみたいだね」
「うっ…」
僕の言葉に上杉は手を止め顔をしかめる。
どうやら見に覚えがあるようだ。
「まあ、それでも諦めず取り組んでいるところは大したものだと思ってるよ」
「俺にも許せないところがありまして。意地でも俺が勉強を教えてやりますよ」
何かは知らないが、上杉に火をつけたらしい。本を読み進める彼の目も真剣そのものだ。
「よし!やる気に満ちてる君を称賛してとっておきな事を教えてあげるよ」
自身で読んでいた本を閉じ上杉にそう伝えた。
「とっておきですか?」
「ああ。これはきっと上杉にとってとても役に立つ情報だと思うよ」
僕の言葉に興味を持ったのか、上杉は手を止め僕の方に視線を向ける。
「ちなみに上杉は、今三玖に戦国武将の知識が無いことを指摘されて勉強してるんだよね?」
「そうですね。俺の知識はあくまでも教科書や参考書だけですから」
「まあ、普通はそれだけでも凄いんだけど。で、三玖に飲み物を渡されながら鼻水が入ってないから安心して、と言われたと。その逸話見つかった?」
「いえ、今のところ見つけられてないです」
「その逸話、図書室の本をいくら読み漁っても見つからないよ」
「……は?」
「あれってこういう図書室に置いてある本には載ってないんだよねぇ」
「なっ…!?」
僕の言葉に驚き俯いてしまった上杉。
「そこでとっておきの登場だよ。僕が教えてあげるよ、逸話について」
「本当ですか!?」
「ああ。とは言え、三玖と向き合うためにも歴史の勉強は続けた方が良いよ?」
「分かってます!」
「うん、良い返事だ。んー……上杉って戦国武将の人達がお茶を嗜んでいたのは知ってる?」
「ええ、茶器が高級だったとか」
「うん、よく知ってるね。で、当時の戦国武将の人達はお茶会の時に茶碗を回し飲みしてたわけだけど、ある茶会の時に大谷吉継っていう武将の鼻水がお茶に入っちゃったわけ。で、それを知った石田三成っていう武将は、飲むのを拒否するわけでもなく飲んだっていうお話」
「なるほど…それで、鼻水入ってないからと言ったのか」
腕を組んで納得したように頷く上杉。少しは役に立てたようだ。
そんな上杉の脇に本とは別にノートが置かれていた。
五つ子卒業計画?
「ねえ?このノート見ても良いかな?」
「え?ええ、構いませんよ。まだこの間のテストの結果しか書いてませんが」
上杉の許可を取り中を見てみる。
「ははは…これは凄いなぁ、バツばっかりだね」
「まったくです。どうしたらここまで馬鹿になるのか…」
上杉は呆れながらも答え、本の続きを読み始めた。
ふーん、誰がどの問題を解けたか分かりやすく書いてるな。ん?これは…
あることに気づいた僕は笑みが溢れてしまった。
「あの子達は面白い姉妹だね」
「は?」
上杉の反応から答案結果から面白い法則があることにまだ気づいていないようだ。
「いや、ありがとね。まあめげずに頑張りなよ。何かあれば相談には乗るからさ」
「はい。ありがとうございます」
「上杉はまだ残って勉強するの?」
「はい。もう少しだけやっていこうかと」
「分かった。あんまり根を詰めすぎないようにしなよ」
そう言葉を残してその日は図書室を後にした。
次の日の夜。お風呂から上がりリビングに向かうとぼーっとテレビを見ていることりの姿があった。
「どうした、ことり?ぼーっとして」
「うーん…」
「そういえば今日は三玖と五月の三人でケーキ食べに行ったんでしょ?」
「そうなんだけど……ねえ?三玖って戦国武将が好きなこと姉妹にも言ってないみたいなんだよ?」
「え、そうなの?」
「うん。ケーキ食べに行く前に五月の前では戦国武将のこと話さないでって三玖から口止めされたの」
「ふーん、友人ならいざ知らず姉妹にも言ってないのか」
「一応理由は聞いたんだけど……」
「何て?」
「五人の中で一番の落ちこぼれだからって…」
「一番の落ちこぼれ…」
おかしいな。この間見せてもらった上杉のノートでは一番点取れてたけど。
もしかして、自分の好きなものに自信がないじゃなくて、自分に自信ないのか?
「後、自分程度に出来ることは他の姉妹の四人にも出来るとも言ってたなぁ。五つ子だからって…」
「なるほどね。面白いこと言うね」
「もう!笑ってる場合じゃないよぉ。結構私悩んでるんだからぁ」
ぷくぅっと頬を膨らませて抗議してくることり。
「ごめんごめん。けど、こればっかりはすぐに解決出来るもんでもないでしょ。少しずつ話しながら解かしていけば良いさ」
「やっぱそうなるよねぇ」
はぁぁ、とため息をつきながらことりはまたテレビに視線を戻した。
しかし、五つ子だから三玖に出来ることは他の姉妹四人にも出来る、か。
これを聞いた時、果たして上杉はどう思うか。
そんな思いを胸に持つのだった。
~学校内のとある場所にて~
和彦がことりから三玖の事を聞いた翌日の放課後。学校の敷地内のとある場所で風太郎と三玖が対峙していた。
「三玖、お前が来るのを待ってたぞ」
「何か用?フータロー。私これから行くところがあるんだけど」
「ああ。俺と勝負だ」
風太郎と三玖が対峙している光景を少し離れたところで見ている者がいた。吉浦ことりである。
(これって、ちょっとまずい状況じゃないかなぁ。お兄ちゃんに教えてあげないと)
そう思ったことりは駆け足で兄の和彦がいるであろう数学準備室に向かうのだった。
原作の主人公・風太郎がいよいよ登場しました。
これからは少しずつ風太郎とも絡めたらなと思ってます。しかし、風太郎を上杉と書くのにいまいち慣れないですね...
また次回もどうぞよろしくお願いいたします。