明日を祝日に控えたある日の放課後。今日も何事もなく授業を終えることができた。
今日は会議もないし、後は数学準備室で作業をするか。そろそろ期末試験に向けて準備に入らないといけないしな。
そんな考えをしながら机の上の整理をしていると、隣の立川先生が声をかけてきた。
「今日もこれから数学準備室ですか?」
「ええ。そろそろ期末試験の作成に取り掛からなければいけませんしね」
「あー…もう期末試験試験ですからねぇ…この間中間試験をしたように感じます」
少しげんなりとしている立川先生。生徒も試験を受けるのが辛いと感じるかもしれないが、教師側も作成から採点まで行わなければいけないので大変なのだ。
この二学期に関しては、中間試験と期末試験の間に林間学校があったので、いつもより早く感じるのかもしれない。
「吉浦先生は明日も家で試験の作成をされるんですか?」
「そうですねぇ…午前中は部屋に籠って作業してるかと」
「午後は何か他のことをされてるのですか?」
「ええ。午後にはことりと三玖がご飯とお菓子で労ってくれるとかで。勤労感謝の日だからと」
少し前の事。ことりからこの日は予定を空けておくように言われた。
『勤労感謝の日ってことでお兄ちゃんを労ってあげる。三玖とご飯とお菓子を作ってあげるから、その日は予定入れちゃ駄目だからね!』
かなり念を押されたので、前々から計画をしていたのかもしれない。
労うというのは建前で、三玖の料理の練習をするのが目的のようではあるが…ことりが付いてるから大丈夫だと思うけど、どうかこの間の真っ黒コロッケみたいなものは出てこないでほしいものだ。
「そ…そうですか…三玖さんが…」
「ええ。前からことりと料理の練習する約束をしていたみたいで。まあ、労いと言いつつ僕はただの試食係なんでしょうけどね」
笑いながら伝えたのだが、立川先生はどこか真剣な顔で考えている。今の話で真剣に考える場所があっただろうか。三玖の料理下手を知っているとか?
「あ、そうだ。借りたままだった小説返そうと思って持ってきてたんでした」
そう伝えて鞄の中を確認して小説を取り出し、それをそのまま立川先生に差し出した。
「とても面白かったです。紹介していただいてありがとうございました」
「いえ。楽しんでいただけたのなら何よりです」
「また面白いのがあれば教えてください。こういう恋愛物って、自分から手に取ることもないので」
「もちろんです。その…良かったら、ご飯を食べながら感想を話せればなって思います」
「へぇ~、良いですね。今は忙しいので、また来月辺りに行きましょう」
「本当ですか!?約束ですよ♪」
そこまで話したところでご機嫌になった立川先生は、ノートなどの整理をしながら仕事に戻った。
そんな立川先生に微笑ましく思い、僕は数学準備室に向かった。
~中野家~
勤労感謝の日当日。
三玖はいつも以上に服装などに気合いを入れていた。
(少しは大人っぽく見えるかな…)
部屋の姿見で自身の姿を見ながら三玖は考えていた。
一花にお願いして普段は気にしない服を買いに行ったりしたのだ。今着ている服は一花がコーディネートしたものである。カラーブロックオフショルダードレスの服で、上はグレーにスカート部分は黒と少し大人っぽい服装である。
「…と、そろそろ行かないと」
時計を見ると出なければいけない時間になっていたので、エプロンの入った鞄を手に三玖は部屋から出た。そこで、今起きてきたと言わざるを得ない格好の一花が部屋から出てきた。
「ふわぁ~……三玖お出かけ?」
「一花、もうお昼だよ」
「あはは…予定がないもので…て、あれその服ってこの間のやつだよね?」
三玖のツッコミに頭をかいている一花は、三玖の今の服装に気づいた。
「う…うん…」
「へぇー……これからデート?」
ニヤリと笑いながらからかうように一花は三玖に質問をした。
「ちっ…違っ…!」
「おやおや、慌てちゃってぇ」
一花は三玖の赤くなる反応を楽しんでいた。
「もう……ただ、ことりと約束してて。今からことりの家で料理を教えてもらうの」
「へぇ~、お宅訪問だ。もちろん先生もいるんでしょ?」
「うん…勤労感謝の日ってことで、先生を労うのが目的でもあるから」
「そっか。じゃあ美味しいご飯、食べてもらわないとね」
「うん…」
一花の言葉にどこか嬉しそうな顔で三玖は答えた。
そしてそのまま一花は玄関まで見送りに来ていた。
「一花は誘わなかったの?デート」
「あー……一応それとなく誘ってみたんだけどね…勉強するから断るってさ」
ブーツを履きながら三玖は、一花に自分は風太郎を誘わなかったのか確認したが、一花は聞かれたことに驚きながらも少し寂しそうに答えた。
「フータローらしいね。お互い頑張ろ」
「っ!うん。楽しんできてね三玖」
「うん…!いってきます」
一花に見送られながら三玖は笑顔で玄関から出ていった。それを手をヒラヒラさせながら一花は見送った。
「さてと…」
う~~ん、と腕を上に伸ばしながら一花はリビングに戻る。
(誰かと買い物でも行こっかな)
そんな風に一花は今日の予定を考えるのだった。
『さあ、上がって上がって』
『お…おじゃまします…』
自分の部屋で期末試験の問題作成の準備をしていたら、ドアの向こうからことりと三玖の声が聞こえてきた。どうやら買い物から帰ってきたようだ。
今日は前から話していた三玖の料理練習のためにうちでことりが教えるそうだ。そこで、一度外で待ち合わせをして材料を買って来ることになっていた。
とりあえず仕事はここまでかな。
机の上の整理をした僕は部屋から出てリビングに向かった。するとそこにはソファーに座る三玖の姿があった。ことりがお茶の準備をしていてそれを待っているのだろう。
「やあ三玖。いらっしゃい」
「こ…こんにちは」
初めて来た場所だからか、三玖は緊張した面持ちでいる。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ここには知ってる人しかいないんだし。それにしても今日の三玖は綺麗だね。そんな服も着るんだ。似合ってるよ」
「ほ、本当!?」
僕の言葉に三玖は立ち上がるとズイッと顔を近づけてきた。すごく息巻いているように見える。
「ほ…本当だって。こんなことで嘘言わないよ。林間学校での私服とは雰囲気が違ってて、少し大人っぽいんじゃない?」
「そ…そっか…えへへへ…」
僕の言葉に満足したのか、近づけていた顔は離し、嬉しそうな笑みを浮かべて、両手の人差し指でつつきあいながら下を向いている。
な、なんだこの空気は。どうしたら良いんだろう。
「あ、兄さん来てたんだ。良かった、部屋に呼びに行く手間が省けたよ」
ちょうどそこにトレイにお茶を乗せたことりが来てくれたので、空気が霧散したように感じた。
「て、三玖はなんで立ってんの?座っててって言ったのに」
「えっと…せ、先生が来たから挨拶するために立ってたんだ」
そんなことを言いつつ、三玖は再びソファーに座った。
ことりは淹れてきたお茶をテーブルの上に置いて、自らもソファーの上に座った。
僕はお茶を手にダイニングのテーブルの方に座った。
「兄さんはダイニングテーブルでいいの?」
「ああ。さすがにスカート履いた子の前の床に座る訳にはいかないからね」
「ふふっ、私たちの間に座ってもいいんだよ?」
「さすがに狭いでしょ」
うちのソファーは二人用のため、詰めれば三人が座れないこともない。だが、そんなことをする道理もないだろう。
「私たちは全然構わないのに。ね、三玖?」
「えぇ!?こ…心の準備が…」
「こーら、ことり。からかうのは止めてあげな。それで?お昼は何を作ってくれるの?」
ことりの三玖へのからかいを止めつつ、お昼の献立を聞いてみた。
「今日は兄さんの労いも込めてるからね。兄さんの好きなオムライスだよ」
「へぇ~、そこはちゃんと考えてるんだ」
「あったり前でしょ………じゃあ三玖、さっそく始めようか」
「うん…!」
お茶を飲み終わったことりは料理を始めるために三玖に声をかけた。それに答えた三玖は立ち上がり、鞄からエプロンを取り出してことりに続いてキッチンに向かった。
さて、後は出来るのを待つだけか。
二人がいなくなったソファーに座りテレビを観ながら二人の料理が出来るのを待つことにした。
~三玖・ことりside~
キッチンではことりの教えのもと三玖がオムライス作りに奮闘していた。
「そうそう。ゆっくりでいいから細かく切っていってね」
「う…うん…でも、先生待たせてるし…」
「いいから。待たせても兄さんは文句言わないよ。それより指切らないでね。そっちの方が兄さん気にするから」
「分かった」
和彦を待たせてはいけないと焦りそうな三玖をことりは巧くコントロールしていた。
今はチキンライスを作るために玉ねぎをみじん切りにしているところだ。
「そういえば、三玖ってオムライス作ったことあるの?」
「少し前にフータローに作ってあげた」
「え……風太郎君に?」
玉ねぎを切りながら淡々と説明をしている三玖に対して、ことりは驚きの声を漏らした。
「うん。まだことりが家庭教師をする少し前。二乃とどっちが家庭的なのか料理対決したんだけど、その時にオムライスをフータローに作ってあげたの」
(そもそも、なんで家庭教師の時間にどちらが家庭的なのか勝負を始めたのかが分かんないんだけど。風太郎君もあいかわらず大変だったんだなぁ)
「切り終わったよ」
「うん。ちょっと大きさがばらばらだけど問題ないよ。じゃあ、切った具材を炒めていこうか」
「わかった」
フライパンにオリーブオイルを入れ、フライパンが熱されたところで鶏肉、人参、玉ねぎを加えて三玖はそれらを炒めていく。
「うん。玉ねぎ全体が透明になったら下味として塩ひとつまみとこしょうを少々入れていこうか」
ことりの指示があったので、三玖は塩をひとつまみフライパンに加え、そこに更にこしょうも加えていった。
「全体を軽く炒めたら火を弱めて、ケチャップ大さじ3にトマトピューレー大さじ1。後は、用意しておいたバターを加えてまた炒めていこうか」
「う、うん」
次々にくることりの指示に慌てそうになる三玖であったが、『慌てないでいいよ』ということりの言葉で調味料を加えた後も全体に混ざるように溢さず炒めることが出来た。
ある程度炒めたところでご飯を加え、ご飯全体がケチャップでいきわたるまで混ぜていく。
「それで?この間作ったオムライスは風太郎君感想言ってたの?」
今は混ぜるだけなので、さっきの続きをことりは三玖に聞いてみた。
「うん、私と二乃の料理はどっちも普通にうまいって言ってた。無理してる様子もなかったよ。完食してたし」
「そっか…」
(うーん…風太郎君ってば貧乏舌なのかも?あの黒いコロッケもうまいって言って食べてたみたいだし…)
ケチャップがご飯全体にいきわたったところで、塩とこしょうを全体にふりかけることで味を整えながら更に炒めていき、三玖の手でチキンライスが完成した。
後はチキンライスに乗せる卵を焼いていくだけである。
「よし!じゃあ卵を焼いていこうか」
「うん…!」
「できたよー」
暫くテレビを観ていたら、料理が出来たようでことりから声をかけられた。テレビを消してダイニングテーブルに向かうとオムライスにコーンスープとサラダが並べられていた。
「あ、コーンスープはできあいだから」
「はいはい」
席につくと向かいにはいつも以上に緊張している様子の三玖が座っていた。
見た感じでは、確かにチキンライスの上に乗っている卵が多少ボロボロではあるが、この間のコロッケに比べたら問題ないように見える。
飲み物の用意などを終えたことりが僕の横に座るとさっそく実食である。
「それじゃ食べよっか。いただきます」
「いただきますっ」
「い…いただきます…」
さてさて、ではお味はっと……
「……」
じーっと僕に注目する三玖。そこまで見られると味も分かんなくなるな。
「…………うん、美味しいよ」
「ほ、本当?」
「ああ。まあ、所々ケチャップがからめてないご飯もあるけど、そこは今後の練習次第かな」
「が…頑張る」
そう言った三玖は自身もオムライスを食べ始めた。
それにしてもこのオムライスを食べてると懐かしく感じるな。
あまりの懐かしさにふふっと笑ってしまったので、ことりが訝しげに聞いてきた。
「なに、どうしたの?」
「いや、このオムライスを食べてると昔作ってくれたことりのオムライスを思い出してね」
「ことりの?」
「ああ。初めてことりが作ったオムライスはこれより見た目が酷くてね。でも、美味しかったなって思ってさ」
「もぉー、それ小学生の時の話でしょ!何年前のことよ!」
ことりは恥ずかしさを隠すようにオムライスを食べ続けた。
「ふーん。やっぱりことりにもそんな時代があったんだ」
「当たり前だよ。なんでもすぐにできるもんじゃないって」
「そっか」
ことりの言葉に三玖はどこか嬉しそうな顔をしていた。
その後も最近あった出来事を話しながらも楽しい昼食の時間を過ごした。
そしてことりと三玖が洗い物をしている間にソファーに座っていたら、洗い物を終わったことりが一つ提案をしてきた。
「そうだ。兄さんの肩揉んであげるよ」
「は?べつに凝ってないしいいよ」
「いいからいいから。今日は勤労感謝の日で労ってあげるって言ったでしょ。ほら、三玖もおいで」
「う…うん」
断りを入れたのだが、気にしないといった感じでことりが僕の後ろに回り込んで僕の肩に手を置いた。そこに三玖も呼んだので、三玖も僕の後ろにいる状況だ。
「よいしょっと……どう?兄さん」
「ああ…いつも通り気持ちいいよ」
肩を揉みながら力加減を聞いてくることり。ことりには結構な頻度で肩を揉んでもらってるので慣れたものである。ことりとしてはスキンシップの一貫なので苦ではなく、むしろ毎日でもやりたいと言っているくらいなのだ。さすがに毎日は僕の方から断っている。
「ふふっ…いつもご苦労様です」
「ああ…ありがとう」
ただまあ、こんな雰囲気も悪くないと思っている僕もいる訳だが。
「じゃあ次は三玖ね。どうぞ」
「わ…わかった…」
そう言ってことりは僕の肩から手を離した。そして代わりに三玖が僕の肩に手を添えた。
「わっ…!」
「どうした?」
「ううん。その…やっぱり男の人だなって。肩幅も大きくて背中も広い…」
そんな感想を言いながらそっと触れるように背中にも手を添えている。
「まあ、女子だけの姉妹ならそうそうこんな経験無いだろうしね」
「風太郎君もなんだかんだで男の子だよね。結構背中を広く感じるよ」
「そうなんだ…よしっ…じゃ…じゃあ肩揉むよ?」
「ああ」
恐る恐るといった感じで三玖は肩を揉みだした。とはいえ、初めてなのだろう。力加減はかなり弱い。
「ど…どうかな?」
「んー…まだまだ強くしていいよ」
「そんなに?う~~……」
三玖的には力を精一杯入れてるつもりなのだろうが、元々力が無いからか最初とほとんど変わらなかった。
「別に肩は凝ってないから。三玖の思うように揉んでもらえればいいよ」
「うん…わかった」
すると本当に触っているだけかのような強さで三玖は手を動かした。
「なんかいいなこういうの」
「んー?」
「ううん。なんでもない」
暫く二人に肩を揉まれた後は、クッキーを焼いてくれたのでそれを食べたりと、のんびりした一日を過ごすのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は勤労感謝の日ということで、和彦の労いのお話を書かせていただきました。
和彦の好きなタイプにある料理上手のために、今回のお話では三玖が料理に奮闘していました。こういう健気な行動も良いですよねぇ。
さて、今年はこの投稿で最後とさせていただきます。
本年も拙い作品を読んでいただき誠にありがとうございました。
来年も続けて投稿が出来るように誠意頑張って参ります。
どうぞよろしくお願いいたします。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。