「え?二乃と五月が喧嘩?」
家庭教師があった日の夜。夕飯も食べ終わりお風呂から上がって麦茶をコップについでいると、今日の家庭教師の時間で二乃と五月が喧嘩をしたことを聞いた。
「そうなの。もう二人ともお互いの頬を叩いていたんだから。もうビックリだよ」
確か三玖の話では、昨日は二人で映画に行ってたはずだよね。それが一日でお互いを叩くまでの喧嘩に発展するなんて驚きだ。
「原因は?」
「それが今日の家庭教師でのことなんだけど……」
その後、ソファーに座っていることりの横に座って、今日あった出来事を聞いた。
ことりが言うには、今日の家庭教師には五人揃っての授業を行うことが出来たそうだ。二乃は初めから逃げようとしていたが、それは五月がなんとか抑えたそうだ。
五月グッジョブ!
そしていざ家庭教師の授業を始めたのだが、二乃と三玖が初めから難癖を付けあっていて、中々思い通りに授業を進めることが出来なかったそうだ。
そこで上杉は他の姉妹に、二人が仲良くなる方法がないか意見を募集して色々と試してみるもことごとく失敗。挙げ句の果てには二乃が自分の部屋に向かってしまったのだ。
なんとかそれを抑えようと上杉も声をかけるも聞く耳を持たない二乃。三玖が上杉が作った問題集を受け取るように差し出すも、それも受け取らずばらまいてしまった。そしてそれだけでは収まらず……
「最後は二乃が問題集を破ってしまった、と」
「さすがにやり過ぎたね。三玖がそのまま怒るのかと思ったら、そこで五月がパチンって」
ことりがそこでビンタをする素振りを見せた。
「ようやく五月が上杉のことを認めてくれたと思ったらこれか…」
「うん…五月に叩かれたことで、今度は二乃が五月を叩いて…二乃も多分わかってるんだと思う。自分がやり過ぎてるんだって。けど、頭に血が昇って意固地になって。他の姉妹がみんな、風太郎君を認めてしまっている事実を受け止められなかったんだね、きっと」
そこまで言ったことりは少し哀しそうな顔でうつむいてしまった。
「とりあえず明日にでも好転してれば良いんだけどね」
「うん…」
僕の言葉を聞いた後、ことりは僕の肩に自身の頭を乗せてきた。僕はそれをどかすこともなく頭を撫でてあげた。
「最近調子良かったから、今回の期末試験は何事もなくいけると思ってたんだけどなぁ」
「それは、僕も上杉も思ってたさ」
「うん……実は二乃と五月、お互いが家を出ていくって言い出してて…私と風太郎君がマンション出る頃はまだ大丈夫だったけど」
「そうか…」
姉妹喧嘩で家出かぁ。スケールがでかくなってるな。お互いが冷静になって話し合ってくれてることを祈るしかないか。
二人の仲が元の状態に戻っていることを切に願うのだった。
次の日。
『どうしよう。二乃と五月が出ていっちゃった』
前日の思いが届くこともなく、三玖からこんなメッセージが朝食後に届いた。
ことりは状況把握のために、すぐに出かける準備をして中野家のマンションに向かった。
僕も僕で動きたいのだが、こういう時にあの二人がどこに向かうかまでは思いつかなかった。友人の家とかあり得そうだが、そもそも二人の交友関係も分からないし、分かったところでその友人の連絡先が分からないのだ。
とにかく、道端でばったり出会えたら御の字という思いで街中をウロウロとしている訳だが、そうそううまくいかないものである。
全く手がかりも見つからない状態が続いているところに、ことりから一つの目撃情報が出たのでその場所に向かうと連絡が入った。どうやらホテルに泊まっているようだ。
高校生の家出先がホテルとは、なんというセレブ。思いもよらなかった。
ちなみに、ことりは今三玖と上杉の三人で行動をしているようで、一花と四葉は朝から用事があると出掛けてしまったようだ。
一花は仕事だと思うが四葉の用事ってなんだ?
ともかく、やはり姉妹の誰かがいた方が僕一人よりも情報を見つけやすそうではある。
そんな訳で、僕は一旦家に帰ることにしたのだが、うちのマンションの前で佇む見知った少女の姿を見つけた。
「五月…」
僕の言葉が聞こえたのか、五月は下に向けていた顔を上げこちらに向けてきた。
「せ…先生…あの…その…」
怒られるのかと思っているのか、五月は申し訳なさそうにしている。そんな五月の姿を見た僕は、ふぅとため息をつきながら五月に近づいた。
「どうした五月?うちに用事?」
「それは……」
ことりを通して昨日のことを知られていると思ったのか、五月は言葉が続くことがなく言い淀んでいる。
仕方ない。
「あー、そういえば忘れてたけど、ことりから五月が勉強合宿でうちに泊まるって言ってたなぁ」
「え…?」
「ごめんね、待たせちゃって」
「えっと…」
「待たせついでで悪いんだけど、夕飯の買い物まだなんだよね。ここで待たせるのもなんだし、付き合ってくれない?」
あくまでも自然体でいるように心掛けて五月に伝えた。
すると、五月はきょとんとした顔でこちらを見ていたが、僕の言葉の意図が通じたのか少しだけ笑みをこぼして返事をしてくれた。
「はい…!」
五月を連れた僕はいつものスーパーに夕飯の買い物に来ていた。
さて、今日は何にするかな。五月もいるしカレーにするか。
献立も決まったので野菜コーナーから見ていく。
「そういえば、五月は夕飯の買い物とかするの?」
「いえ。こういったことはいつも二乃が…」
「ん?」
「いえ。私はしていないですね」
意識をしていた訳ではないんだが、僕の質問には二乃が絡んでいるようで、今の五月には二乃のことを話すのもあまり良くないようだ。
とはいえ、こっちは喧嘩を知らないってことになっているからなぁ。どうしたものか。
人参を手に持ちながら話の振り方について色々と考えてしまった。
「色々見ながら手に取っているように見えますが、目利きなどされているのですか?」
「ん?あー…結構適当だよ。ただ、こっちの方がいいかなって。テレビやネットにあるような簡単な知識はあるけどね。こういうのはことりの方が詳しいかな」
説明をしながらじゃがいもを手に取ってかごの中に入れた。そして横の玉ねぎに目を向ける。
「後は量や値段も見てるかなぁ。うちって二人だし、普段はそんなに買わなくて良いからね。今日はお客さんがいるからちょっと多めで買っていくかな」
玉ねぎも適当に手に取るとかごの中に入れていく。
「そういえば、五月って食べれないのとかあるの?」
スーパーの中を回りながらそんな話を振ってみた。
「えっと…梅干しが駄目です…」
「え?梅干し?」
「はい~…想像するだけで酸っぱくなってきますぅ~」
「あははは、そんなに駄目なんだ」
結構意外なものが出てきたな。五月がうちでご飯を食べる時は梅干し禁止だね。
「そう言う先生はどうなのですか?」
「僕は…割となんでも食べるかな。強いて言えば苦いものが苦手だね。コーヒーとか飲めないし」
「そうなのですね。そういえば、中間試験の後に行った喫茶店や一緒にお昼を食べた時も紅茶でしたね」
「あはは…何度か挑戦はしてるんだけどね。ここだけの話、ビールも実は苦手なんだよね」
笑って伝えると五月には驚かれてしまった。
「えー!?しかし、林間学校の初日は立川先生と飲まれてましたよね?」
「最初と三玖に注がれた分だけね。あの時あった瓶の中身はほとんど立川先生が飲んでたし」
「全然気づきませんでした。もしかしてあの時立川先生に他のお酒を勧めていたのは…」
「よく覚えてたね。そうだよ。ビールのお代わりをされないためでもあったね。まあ、立川先生が本当にお酒好きだっていうのも、もちろん理由ではあるけどね」
林間学校の初日の旅館に泊まった時に、立川先生がビールを頼んでた時はちょっと焦ったかな。後、三玖がなぜか注いできた時も。まあ、それも今では懐かしい思い出だ。
そんな風に思い出に浸っているとお肉コーナーに着いた。
「さてと…」
一つのパックを手に取ると五月が横から声をかけてきた。
「そちらよりも……こっちのお肉の方が美味しいと思いますよ」
ニッコリと話しかけてきているので相当な自信があるのだろう。
「へぇ~、五月には分かるの?」
「えっと…なんとなくわかると言いますか」
「ふーん…じゃあ、もう
「は、はい。そうですねぇ…こちらなんかが
「そっか、じゃあそれにしよっか」
五月が選んでくれた二つのお肉のパックをかごの中に入れた。
「そんなに簡単に決めて良かったのですか?」
「五月が自信を持って言ってるんだ。きっと大丈夫だよ。後は、ルーとお茶のパックも買っとかないとだっけかな。五月にはまだまだ付き合ってもらうよ」
「はい!」
その後も五月を連れてスーパー内を回りながら買い物を進めていった。
~五月side~
スーパーでの買い物が終わった和彦と五月は、それぞれが手に買い物袋を持って吉浦家のマンションに向かって歩いていた。
「悪いね。買い物に付き合ってもらっただけじゃなく、荷物まで持ってもらって」
「いえ。むしろもう少し持っても良かったのですが」
「そこは気にしなさんな」
和彦が二つと五月が一つの買い物袋を持っている。それも、五月の方には比較的に軽いものが入っているのだ。もちろん、和彦が意図的にそうしていることを五月は気づいていた。
(男の人とこんな風に買い物をしたことはありませんが。みなさん、こうやって気配りをするものなのでしょうか。それとも先生だから?)
和彦の横を歩きながら、五月はふとそんな考えが頭を過った。
(ことりさんはいつもこうやって先生と買い物とか行かれてるんですよね。兄妹なのですから当たり前ですが……)
「羨ましいな。…っ!」
羨ましいという言葉が自然に自分の口から出たことに、五月は驚きながら空いている手で自分の口を押さえた。どうやら隣の和彦には聞こえていないようだ。
(な、何を考えているのですか五月!そんな不埒なことを考えるだなんて!)
ぶんぶんと頭を振りながら、羨ましい発言を取り消そうとする五月だが、そこで頭にある言葉が甦った。
『それにしても…男の人と一緒に服を選んだり買い物をしたりして、これってまるでデートって感じですね!』
林間学校の前日。風太郎の服選びのためにショッピングモールに行った時に、不意に四葉が語った言葉である。
(こ…こここ…この状況はいわゆる、でで…デートとして見られてもおかしくないのでは!)
確かに買い物袋を手に持って二人並んで歩いていれば、周りからはデートをしているように見えないこともないだろう。むしろ、見る人によっては夫婦に見られてもおかしくない状況である。
そんな事を頭に過らせてしまったからか、五月の頭はショート寸前であった。
「どうした五月?さっきから様子が変に見えるけど」
「だ、大丈夫です!」
(しっかりするのですよ五月。私と先生はあくまでも教師と生徒。そのような考え不純です!)
またそこで頭をぶんぶんと振りだした五月に和彦は心配になってしまうのだった。
「はいお茶。ことりは出掛けてるからテレビでも観ながらゆっくりしてるといいよ」
五月をリビングのソファーに座らせてお茶を出した。
ここに帰ってくるまでどこか様子がおかしかったが、今は大丈夫のようだ。
「先生は何をされるのですか?」
「僕は今から夕飯の準備に取りかかるよ」
「でしたら、私もお手伝いします」
「いいの?」
「はい。泊まらせていただくのです。これくらいさせてください」
「分かったよ」
五月の申し出もあり、夕飯の準備には五月と一緒にすることになった。
「へぇ~、普通に包丁は扱えるんだね」
「ええ。これくらいでしたら」
「まあ、それはいいんだけど……細かすぎない?」
「え?」
人参を切ることを五月にお願いしたのだが、3cmくらいに切ってくれと伝えたところ、『3cm…3cm…』とゆっくり均等に切り分けようとしているのだ。
まあ、指を切らないようにしてもらえれば大丈夫だろう。とはいえ、他の具材は僕で切ってしまった方が良いのかもしれない。
五月の横に並ぶように立ってまずは玉ねぎから手に取った。
「あ…あのっ…ち…ちち…近くないですか…?」
「あー、ごめんねぇ。少しの間だけまな板の端っこ借りるよ」
僕が横に来たことで緊張した赴きになった五月であったので、なるべく早めに終わらせるようにした。
「はー…やはり手つきが慣れていらっしゃいますね」
「まぁ、こればっかりは慣れていくしかないね。むしろ、早く切ろうとして指を切る方が大変だよ。五月はゆっくりでいいからね」
「はい」
玉ねぎの後にじゃがいもを切り分けようとしたところで五月の作業が終わったようだ。全ての具材が切り分けれたので、後は炒めて煮込むだけ。なので、ここからは僕で進めていくことにした。
ルーも入れて弱火で煮込んでいくだけになったところでスマホに着信があった。
「五月。悪いんだけど焦げないようにカレーかき混ぜててくれない?」
「それくらいでしたら構いませんよ」
お玉を五月に渡した僕はスマホの着信に出た。
「どうした?ことり」
『あ、兄さん。それが二乃はホテルで見つかったんだけど、五月が見つからなくって』
ん?あれ、そういえば僕って五月のこと報告してなかったけ…
『兄さんの方でもしかしたら連絡なりなかったかなって。何かなかった?』
「………今、僕の横でカレーをかき混ぜてる…」
『え?』
「だから…うちに来て、一緒に夕飯作ってる…」
そこでことりも無言になった。
『…………いつから?というか、いつ五月と会ったの?』
「えーっと……五月に会ったのは三時間くらい前かな…それからずっと一緒にいたね」
『ねえ?兄さんは報告って言葉知ってるよね?』
「はい…」
五月の名前が出た後に元気のない返事をしているからか、五月は不思議そうに僕を見ながらお玉を動かしている。
『まあいいや。五月の居場所が知れただけでも良しとしよう。三玖と風太郎君にも共有して帰るから、詳しくは帰ってから聞くよ』
「分かった。二人にも悪かったって伝えといて」
『了解』
そこで通話が切れた。
「どうかされたのですか?」
「あー…ここに五月がいるのをことりに共有してなかったのを、ことりに怒られただけだよ」
「うっ…すみません」
自分も共有出来ていなかった事に罪悪感を覚えたのか、五月は僕に向かって頭を下げてくるのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は、家出騒動を中心に書かせていただきました。
予想していたかもしれませんが、五月は和彦のところに頼って来ましたね。二乃については原作同様にホテルに行っております。
ここからは、風太郎が色々と奮闘するところではありますが、どのように書いていこうか今でも迷っています。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。