「え?ことりにですか?」
放課後、理事長室に呼ばれた僕は衝撃的なことを言われた。
「ああ、中野さん。中野さんたちのお父様だね。その方たってのご指名でね」
「しかし、ことりに上杉と一緒に家庭教師をだなんて」
そうなのだ。理事長に言われたこと、それはことりに上杉と一緒に家庭教師をしてほしいと中野姉妹の父親から言われた、ということなのだ。
「上杉君ほどではないが彼女も成績優秀なのだろう。それに人当たりも良いと聞く。女性同士でもあるし良い提案だと思うがね」
「とは言え、上杉とことりはほとんど面識がありません。うまくやっていけるでしょうか?」
「そこは君がフォローをすればいいだろう?」
「僕がですか!?」
「ああ。ことりさんと君は兄妹だ、フォローもしやすいだろう」
「確かにそうですが...」
「とにかく。中野さんからのお願いを私も無下にはしたくない。君から彼女に伝えといてくれ。頼んだよ?」
「……はい」
話はここまでといった形で理事長室を後にする。
しかしことりに家庭教師をねぇ。中野姉妹との仲は上々みたいだしいけるか?
廊下を歩きながらそんな考えをしていると、まさに今考えていたことりが前から走ってきている。
「兄さんこんなところにいたんですね」
「どうしたことり?」
「あ、あの!三玖と上杉君がにらみ合ってて。それで兄さんに教えようと思って」
「ん?三玖と上杉が?」
一昨日から必死に勉強してたから、もしかして上杉は三玖にリベンジマッチに行ったのかな?
「そこまで心配することはないと思うけど行ってみようか」
「案内します」
周りに教師や他の生徒がいるかもしれないからか、敬語で話すことり。そんなことりの案内で行こうと思ったが、ふと窓から外を見ると三玖と上杉の姿を発見した。発見したのだが…
「ちょい待ち!あそこ走ってるのその二人じゃない?」
「え?」
僕の言葉に指差す方を見ることり。
「ほ、本当ですね。でも、何故上杉君が三玖を追いかけているのでしょう?」
「それは二人に聞けば分かるでしょ。見た感じ二人とも足は遅いし、体力の限界っぽいからすぐ追い付けるよ。行こうか」
「はい!」
ことりを促して二人を追う事にした。
その後、外に出てしばらく進むと体力限界なのか地面に倒れ込んでいる三玖と上杉の二人の姿を確認できた。
しかし凄い汗だくだな。
丁度近くに自販機があったので二人のために飲み物を買ってあげることにした。
「「ハァ...ハァ...ハァ...ハァ...」」
「俺のスピードと張り合えるなんてやるじゃん」
「私、クラスで一番足遅かったんだけど......熱い」
二人分の飲み物を持って二人に近づくと三玖は自身のストッキングを脱ぎだした。
もう少し羞恥心を持った方がいいのでは。
「ほい、お二人さんお疲れさん」
「「先生」」
二人の目の前に自販機で買った飲み物を差し出した。
「「ありがとうございます」」
「ああ、二人とも安心して良いよ。もちろん鼻水は入ってないから」
「......先生、ここでそれ言います?」
「ふふっ、さて上杉君?これはどういった逸話かな?」
「先生、フータローに聞いても無駄だと思うよ」
「それはどうかな?」
「え?」
三玖の反論に対してクスッと笑いながら答える。
「......石田三成が大谷吉継の鼻水が入った茶を飲んだエピソードから取った、だろ?」
「なんで...」
「ったく。何冊の歴史の本を読んだと思ってんだ」
「ふーん、ちゃんと調べているみたいだね」
「まあ、結局は吉浦先生に逸話の話を聞いたんだけどな。ちゃんと本に載ってる逸話の話をしろっての」
近くのベンチに座りながらそんな話をする上杉と三玖。
「へぇ~、兄さんが教えてあげたんですね」
「まあ図書室で一生懸命勉強してたからね。そんな姿を見たら教えたくなってくるよ」
「ふーん…上杉君偉いね」
「べ、別に偉くねぇよ」
ことりに誉められた上杉は恥ずかしそうに目線を外した。
「ふふふ、照れなくてもいいのに。そういえばなんで二人は追いかけっこしてたの?」
「それは……フータローがしつこかったから…」
「お前が逃げるのが悪いんだろ!」
「むー…」
三玖の言葉に異を唱える形で上杉は反論するが、それに対しても頬を膨らませて反論する三玖。
「いやぁ~、青春してるねぇ~」
「そんなんじゃない!」「そんなんじゃないです!」
息があってるのかあってないのか、分かんない二人だなぁ。まあ、この二人のやり取りを見てると、微笑ましいと言えば微笑ましいが……。
「それで?上杉の勉強の成果は出せたの?」
「ふむ…引き分けでしたから出せたかと」
「ちょっと待って。フータローで躓いたんだから私の勝ちでしょ?」
「いやいや。お互い体力の限界だったから引き分けでいいだろ!?」
「じゃあ、今ここで『ら』がつく武将が言えたら引き分けでいいよ?」
「二人は何の勝負してたの?」
二人のやり取りにことりが確認をする。
「戦国武将しりとりだよ。フータローの番で終わったの。私が真田幸村って言ってね」
『ら』で始まる武将なんて楽巌寺雅方の一人しか思いつかないぞ。しかも絶対上杉は思いつかないだろう。
そんな風に思いながら三玖を見ると、ふっと微笑みを向けてきた。
確信犯だな。
「ほら。武将の名前が出てくれば引き分けにしてあげるんだよ?」
「くっ…」
上杉が悔しそうにしながらこちらを見る。
「悪い。僕は一人、頭の中にいる」
「いるのか………降参だ」
僕の言葉に上杉はガックシと頭を垂れ下げてしまった。
「ふふ、これで私の勝ちだね。フータローにしてはよく頑張ったと思うよ」
嬉しそうな声を上げる三玖だが、これは上杉が可哀想じゃないか?
「ちなみに誰がいるんだ?」
「あー…私も分かんないや」
上杉の言葉にことりも降参と両手を上げた。
そんな時に三玖と目配りをしながら答えを言う。
「「楽巌寺雅方」」
どうかなとは思っていたが三玖もやはり分かっていたようだ。
「誰だよ!?」
上杉のそんなツッコミも至極当然である。
「戦国時代初頭くらいの僧だったと言われてる武将かな。信濃っていうところで活躍していて。村上義清っていう武将の下で武田信玄と戦ったんだけど、後にその武田信玄に降ったんだよ。まあ、教科書や参考書には絶対に載らないね。図書室の本には……載ってないかもね」
「そんなやつ分かるかっ!」
「だよねぇ」
上杉の怒りにも納得である。そもそもそんなマイナーな武将が出てくるわけがないのだ。
「でも、上杉もよくやったと思うよ。それは三玖も認めてるでしょ?」
「それはそうだけど…」
「俺は諦めたわけじゃないからな!俺は五人の家庭教師だ。あいつらも。そして、お前も勉強させるそれが俺の仕事だ。お前たちには五人揃って笑顔で卒業してもらう」
上杉はベンチから立ち上がりそう高らかに宣言する。
「「へぇ~」」
そんな上杉に僕とことりは二人で感心した。
「ん?どうした?」
「いやぁ、上杉君カッコイイなって思ってさ」
「ああ。見直したよ」
僕とことりの言葉に照れているのか、顔を赤らめる上杉であった。
「……勝手だね」
それに対して三玖はくすっと笑いながらそんな言葉を口にする。
「ああ。そうだな。でも、それでいいと思っている。それに、俺は決めたことはやり通す男だからな」
自信満々に言う上杉を見て、三玖は呆れたような表情を浮かべる。
「なんで私みたいな人間にそこまで真剣になれるんだろ…」
隣の僕にしか聞こえないほどの声で呟く三玖。
三玖はことりが言っていたことを気にしているのか。五人の中で一番落ちこぼれ。自分に出来ることは他の姉妹にもできる、と。
「……ねえ上杉。この間姉妹にしてもらったテストの結果の紙って今持ってる?」
「え?一応持ってはいますが…」
上杉は胸ポケットから紙を取り出し、僕に差し出した。
ダメもとで聞いてみたが、聞いてみるものだ。
上杉からもらった紙を開きながら三玖に語りかける。
「上杉から聞いたよ。三玖達って姉妹皆成績悪いんだってね」
「うっ…」
「そして、ことりからも聞いたよ。五つ子だから三玖に出来ることは他の四人にも出来るんだってね?」
「そ…それは…」
三玖はバツが悪そうに顔を反らした。
「ねえ上杉?今の言葉を聞いてかつ、この間のテストの結果を見て何か感じない?」
「三玖にできるなら他の姉妹にもできる……五つ子だから……はっ!?」
上杉はどうやら気づいたようだ。
「三玖の考える、五つ子だから三玖に出来ることは他の四人にも出来る。これってさ、言い換えれば他の四人に出来るなら三玖にも出来る。だよね?」
「!そ、それは…そんな考え方したことなかったけど…」
「兄さんって、やっぱり面白いね」
「まあね………これを見てよ三玖。これはこの間、上杉が作成したテストの五人の結果だよ。何か気がつかない?」
「「……」」
僕の差し出した紙を三玖と一緒にことりも覗き込んでいる。
「あ!」
「正解した問題が一問も被ってない」
「そう。確かに今は五人で全問正解の平均20点で問題は山積み。だけど…」
「ああ。先生凄いぜ!可能性が見えてきた」
上杉の興奮は最高潮のようである。
「一人ができることは姉妹全員ができる」
「一花も二乃も四葉も五月も、そして三玖、君も。全員が100点の潜在能力を持っていると僕は信じている」
「出ました。兄さんの屁理屈」
「うるさいよ!」
「ふふふ。でも私はそういう考え好きですよ」
ことりはにっこりと答える。
カチャ
そこで三玖は自分の飲み物の缶の蓋を開けて飲んでいる。
「……本当に……皆、五つ子を過信しすぎ」
そんな三玖の言葉は冷たいように聞こえるが、口元はどこか笑ってるように見えた。
結局あの場では解散となった。
三玖にも考える時間が必要だろう。
今はことりと家で夕飯を食べている。
「それにしても、お兄ちゃんって私から三玖のことを聞いた時からあんな風に考えてたの?」
「うーん…前もって上杉からテストの結果を教えてもらってたからね。ことりの言葉を聞いてもしかして、と思ったんだよ。まあ、ちょっとでしゃばり過ぎたかもしんないけどさ」
「そんなことないよ。きっと三玖の心には響いたと思うよ。それに上杉君もさらにやる気に溢れてたみたいだし」
ニコニコとした表情でいることりを見ていると問題なかったんだなって思えてくる。
「そうだ。ことりに相談があったんだった」
「私に?相談なんて珍しいね」
「あー……ことり。君も上杉と一緒に家庭教師をしてみないかって話が来てるんだ」
「え!?私が三玖たちに勉強を教えるってこと?上杉君と?」
僕の言葉に、ことりはやはり驚きを隠せないようである。
「うん。今日、理事長に呼ばれてさぁ。そこで中野さん、つまり三玖達のお父さんから理事長に提案があったって聞かされたんだよ」
「ふーん…私が、か…」
そう呟くと少し考え込むように顎に手を当てていることり。
そして、何かを決意したような目つきになった。
「わかった!じゃあ、私もやる!」
「いいのか?ことりが嫌なら無理しなくてもいいんだよ?」
「大丈夫だよ!それになんだか楽しそうだし!」
「そっか。ありがとうね」
僕は感謝を込めてことりの頭を撫でると彼女は嬉しそうな顔を浮かべていた。
「えへへ~」
こうして、ことりも家庭教師に加わることになったのである。
「ことりも!?」「ことりさんもですか!?」
次の日の放課後、何故かたまり場になっている数学準備室に来ていた三玖と五月に、ことりが家庭教師をすることになったことを報告した。
まあ、三玖は本棚にある歴史本を読んで、五月は授業の分からなかったところを聞きに来ているのだが。
てか、五月は僕のところによく分からないところを聞きに来るが、僕の教え方がまずいのかと心配になってくる。
「そうなの。まだ上杉君とも話してないんだけどね。多分この週末にはお邪魔するんじゃないかな」
「むしろ上杉君はクビにして、ことりさん一人で家庭教師でもいいですけどね」
「おいおい」
五月のやつ、とんでもないこと言うな。
「そっか…ことりも…」
「そういえば...上杉君で思い出しましたが、今日図書室で四葉が上杉君に宿題を見てもらうって言ってましたね」
「へぇ~、面白そうだね。五月達は行かないの?」
「うっ...私は、その...」
「......私は行こうと思ってたからいいよ」
五月が言い淀んでいる横で三玖がそう発言して本を本棚に戻した。
「み、三玖!?」
「五月は行かないの?」
「......三玖とことりが行くのであれば...」
「決まりだね」
五月の渋々といった決断により三人で図書室に向かうことになった。
そんな三人を見送っていると、数学準備室の出口で三玖がこちらに振り返った。
「どうしたの三玖?」
「先生のせいで考えちゃった、ほんのちょっとだけ。私にも...できるんじゃないかって。だから...責任取ってよね」
「へ?」
笑顔を向けてそんな言葉を投げかけてきた。
「えっと...」
「三玖ぅ~~?行くよー!」
「分かった...」
ことりからの呼びかけに答えて、そのまま三玖も行ってしまった。
えっと...責任とはいったい...? よく分からないまま取り残された僕は、ただ呆然としていた。
申し訳ありません、久しぶりの投稿です。
今回はことりの家庭教師参加のお話を書かせていただきました。
今後の関わりをどのように書いていくか悩ましい限りです。
では、次の投稿でもよろしくお願いいたします。