「それで?五月は帰るつもりないんだね」
ことりが帰ってきたので夕飯の用意をして、今は三人でカレーを食べている。落ち着いたこともあり、ことりが五月に帰る意志がないのか確認を取っているところだ。
「ご迷惑をお掛けしていることは重々承知はしていますが、これだけは聞けません」
「もぉー。兄さんからも何か言ってよぉ」
先ほどから何も喋らず、二人の会話を聞きながらカレーを食べていた僕に、ことりから助け船を求められた。
「とは言ってもね。今の五月に何を言っても無駄だよ。後は時間が解決してくれるさ」
「そうかもしれないけど」
僕の言葉にことりは納得したようなしていないような雰囲気である。
「五月の前で話すことじゃないかもしれないけど、もう一人の家出娘はどんな感じなの?彼女の反省があれば五月も家に帰るんでしょ」
「取りつく島もないよ。結構風太郎君も粘ってたんだけど、『あんたなんて来なければよかったのに』って風太郎君に向かって言う始末だしさ。そういえばキンタロー君がどうのって言ってたなぁ」
「キンタロー君?」
誰のことだろう。まさか、童話に出てくる金太郎という訳ではないだろうし。
「五月は知ってる?」
「いえ。聞いたことがないですね」
五月に聞いてみるも知らないようだ。まあ今回の家出騒動には関係ないかもしれないな。
「まったく。二人とも頑固なんだから」
ことりが文句を言いながらカレーを食べている。
「まあ泊まる分には構わないんだが、明日からの学校はどうするの?鞄一つで来て、しかも中身は勉強道具だけ。そこはまあ評価するけど、制服とかないよね」
「そ…それは…」
「しかも財布もないときたもんだ。ビックリだよ」
僕の言葉に五月は言い淀む。そこにことりの言葉までのし掛かるので、五月はぐうの音も出ない。
「ちなみに欠席は教師として認めないから」
「わかっています。なんとかしてみせます」
なんとかって…他の姉妹に持ってきてもらうか帰るしかないでしょうに。
そんな風に考えているとインターホンが鳴った。
ピンポーン…
「誰だろう?宅配便かな?」
疑問に思いながらことりは席を立った。
うちのマンションも中野家同様オートロックのためエントランスにいる人物と対話をすることになる。
対話を終えたことりは信じられないといった顔でこちらに戻ってきた。
「どうした?」
「うん。予想もしない人が来ちゃった」
そんなことりの言葉に疑問に思ったが、その人物が玄関に来たことで僕と五月も驚きの顔となった。
「こんばんは」
「三玖!?」
五月は驚きの声をあげるが、その横で僕は頭を抱えてしまった。
とりあえず玄関に立たせておく訳にもいかないのでリビングまで三玖を通した。
三玖にはソファーに座ってもらいお茶を用意した。僕達はまだ夕飯の途中だったので、まずはそちらを終わらせることにした。
そして夕飯が終わったので、状況確認のため三玖にもダイニングテーブルの椅子に座ってもらった。僕とことりが横に並び、僕の向かいに三玖が。そして三玖の隣に五月が座っている状況だ。
「それで?こんな時間に何しに来たの?」
「私も家出」
「えーっ!?」
三玖の発言に隣の五月は驚きの声をあげた。
僕はもう頭が痛いんだが…
「えーっと…三玖?冗談は今はいらないよ?」
「冗談じゃない。ちゃんと荷物も持ってきた。五月の分の制服や鞄、あと財布も持ってきたよ」
「あ…ありがとうございます」
確かに三玖の荷物であろうものがリビングに置いてある。本当に最低限のものだけを用意したようである。
「この事は一花と四葉には?」
「言ってる。四葉からは五月のところに行くならって、別の荷物も預かったし。五月。後で四葉に連絡して。何か伝えたいんだって」
「わかりました」
一花と四葉もよくもまあ承諾したもんだ。て言うか、それじゃあ家出ではないのではないだろうか。まあ、後で一花に連絡してみるか。
「来ちゃったもんはしょうがないけど、寝る場所がなぁ。うちは二人の家みたいに広くないし」
「うーん…やっぱりわたしと兄さんの部屋にそれぞれ布団を敷いて。で、私が兄さんの部屋で寝るしかないよ」
「やっぱ、そうなるか」
リビングにとも考えたが、テーブルなどを動かすのに手間がかかるしな。それが最善策だろう。
という訳でだいたいの方針が決まったので、それぞれがお風呂に入ったり、布団の準備に取りかかるのだった。
『お騒がせしちゃってごめんねぇ』
お風呂を上がった後、一花に電話をするためにベランダに出た。お互いに状況の整理をしておいた方が良いと思ったからである。まあ、他の三人に聞かれたらまずいことはないとは思うが、念のためでもある。
「そっちは大丈夫なの?普段は五人でいるところ二人になっちゃった訳だけど」
『んー…まあ、少し寂しいけど、きっとすぐに元の生活に戻るよ』
「そうか。とはいえ、あまり長くなるのはまずいのは変わらないからね。期末試験だってあるんだ」
『わかってるよ。三玖も二人の説得をするために先生のところに行ったようなもんだし。二人の所在がわかってるだけでも御の字でしょ?』
「まあ、それならいいんだが…」
『とにかく!三玖と五月ちゃんのことよろしくね』
「分かってるよ。一花も、仕事無理しないようにね」
『ふふっ、ありがと。じゃあ、おやすみ』
「ああ。おやすみ」
そこで一花との電話が切れた。窓際の壁に寄りかかりながら上を見上げてふぅと一息入れた。
これからどうしたものか。
ガラッ
そこでベランダの扉が開いたので、ことりかなと見たら五月がこちらに顔を覗かせていた。
「先生、こちらにいらっしゃったんですね」
僕の姿を確認した五月はベランダに出てきて隣まで来た。
「寒いでしょ。中にいればいいのに」
「いえ。月も綺麗に見えるので風情があっていいじゃないですか」
僕の隣に来た五月は空を見上げながら伝えてきた。確かに夜空には綺麗な満月が出ている。
「しかしジャージ姿なんて。パジャマ借りればよかったのに」
「これもことりさんのなんですけどね。別に着るものにこだわりはありませんので、全然構いませんよ」
今の五月の姿は学校指定のジャージを着た姿なのだ。
「どれくらいお世話になるかもわかりませんし…それに、案外ジャージも過ごしやすいんですよ」
そんなことを言いながら両腕を伸ばして五月はジャージ姿をアピールしてきた。本人が問題ないと言えばとやかく言うまい。
「他の二人は?」
「それぞれの部屋で寝ているみたいです。今日はあちこち歩き回ったみたいですから、疲れていたのかもしれませんね。ちょっと反省です」
自分のことを探してくれたために二人が疲れていると思ったのだろう。クスッと笑いながらも反省はしているようだ。
「それで?わざわざベランダまで来たんだ。何か用事でもあるんじゃないの?」
「ふふっ、察しがいいですね……少し先生とお話がしたいと思いまして」
そこで五月はまた夜空を見上げて月を眺めた。
「少し昔話をしてもいいでしょうか?」
「ああ...」
「...母が今の父と再婚するまで、つまり数年前までは私達姉妹は極貧生活でした。当然です。女手一つで五人の子供を育てなければいけなかったのですから。その頃の私達は正に五つ子、見た目も性格もほとんど同じだったんですよ」
「そういえば、ことりが五つ子の昔のアルバムを見たって言ってたっけ。皆同じ髪型で同じ服装だから見分けがつかなかったって」
「ふふっ、あの頃の私達を見分けられたのは、母と祖父くらいだったでしょうか。ですが、私達を育ててくれた母も無理が祟ったのでしょう。体調を崩してしまい入院。そして...」
亡くなってしまったか。
以前花火大会に行った時に、三玖が母親が好きだったから毎年姉妹一緒に花火を見ていると言っていた。そして、『いなくなってからも』と。その時は追及しなかったが、そうか、亡くしていたのか。
「だから私は母の代わりとなり、みんなを導くと決めたのです。決めたはずなのですが、うまくいかない現状です...」
なるほど、二乃の頬を叩いた行為は母親としての行動だったという訳か。
「もしかしてその話し方も...」
「そうです。母はいつもこういった話し方でしたので」
「なるほど...」
大した徹底振りだ。ということは、今までたまに垣間見えていた五月の甘えてくる行動。あれが本当の五月ということかもしれない。
「みんなを導く母親の代わりになる、か…だったら僕が兄として五月の甘えられる場所を作ってあげるよ」
「え...?」
ベランダのフェンスに寄りかかりながら僕の考えを五月に伝えた。
「ことりって実は甘えん坊なんだよ、ああ見えて。だから分かるんだ。五月が実はさみしがり屋で甘えん坊なんだって」
「……っ」
「だから、気を緩める場所を……つまり甘えられる場所を僕が作ってあげるよ」
「先生…」
「何か挫けそうな事だったり、嫌な事があれば僕を頼ればいい。まあ何かができるという訳じゃないけど、話くらいは聞いてあげるよ」
笑みを浮かべながら五月を見ると、五月はじっと僕を見ていた。
「本当にいいのでしょうか。私は先生に何もしてあげれてません。そんな私が甘えてしまって…」
「ああ。本当は父親である中野さんの出番なんだろうけど、何か込み入った話があるんでしょ?なら代わりを務めるのも悪くないさ」
「……」
安心させるように笑顔を崩さずに伝えた。すると、五月が下を向いたまま僕の服をきゅっと掴んで引っ張ってきた。
「じゃあ、二人の時は甘えさせてもらうね。やっぱなしは嫌だからね?」
上目遣いにそんな風に五月は伝えてきた。
「ああ。存分に甘えてくればいいさ」
「じゃあ遠慮なくっ!」
笑顔でそう言うと、五月は僕の腕に自分の腕を絡ませてくっついてきた。
「覚悟しててよね。今まで溜まってた分、じゃんじゃん甘えちゃうんだから」
「はいはい」
僕の腕に顔を押しつけてくる五月の頭を、空いた方の手で撫でてあげた。
「ついでにって訳じゃないんだけど、一つだけお願いしてもいいかな?」
「なに?」
「その…二人っきりの時だけでもいいから、お兄ちゃんって呼んでもいいかな?」
「…っ!」
上目遣いにそんな懇願をしてくる五月。その時不意に昔の事を思い出した。
『ねえ。一緒にいる時だけでもお兄ちゃんって呼んでもいいかな?』
五年前の京都で会った女の子が聞いてきた言葉。
あの時も確かこんな顔で…なんとなく似てるような…
今の五月には幼さが垣間見えている。その幼さがあの女の子と被って見えたのだ。
ことりが言っていた。五つ子の修学旅行は京都だったと。じゃあ、あの女の子は……
「五月、君は…」
「やっぱりダメだったかな」
僕が呆けていると、五月が申し訳なさそうな顔になっていた。今は昔の事を考えるのはやめておこう。
「いや。本当に二人っきりの時であれば好きに呼ぶといいさ」
「本当!?えへへ、お兄ちゃ~ん」
僕の答えに満足した五月は、上機嫌に腕を絡ませたまままた夜空を見上げていた。
なんか本当にことりがもう一人増えたみたいだ。
「本当に、今日は綺麗な満月だね」
「......」
多分、分かって言っていないとは思うんだけど、その言葉の意味が分かる人間としては答えに困るものだ。
「ねえ?五月って夏目漱石って知ってる?」
「え、いきなりだね。聞いたことはあるような…」
「だよね……五月、やっぱりもう少し勉強頑張ろうか...」
「え!?いきなり何!?」
冷えてきたこともあり、その後はすぐに部屋の中に戻ることにした。
部屋の中に戻った僕達はお互いに寝ることになったので、それぞれの部屋に向かった。僕の部屋に入ると、確かにことりが床に敷いた布団の中で眠っていた。
僕は起こさないようにベッドに向かい布団に入った。
「五月と何話してたの?」
布団に入った瞬間、眠っていたはずのことりから声をかけられた。
「なんだ、寝てなかったのか。五月とは、そうだなぁ…お悩み相談的な話をしたかな」
「そっか。てっきり逢い引きかと思ってた」
「なんだそれ。そっちこそ、てっきりこっちの布団に入ってたかと思ってたよ」
「え、そっちに行っていいの?」
「思ってただけで許可はしてないよ」
「ちぇっ…」
ことりは本当に悔しそうにしている。明日からも警戒しないといけないかもな。
「本当はお兄ちゃんと寝たかったんだけどね。一応、三玖と五月もいるし、そこは自重したよ」
「成長したようでなによりだよ」
「……五月といい、三玖といい、今回お兄ちゃんって結構すんなり泊まることを受け入れたね」
「んー…まあ、知った仲でもあったしね。さすがに長期間は認めないよ。期末試験が始まる前には帰ってもらうさ」
「…期末試験。どうなっちゃうんだろ」
ことりの声のトーンが少し下がったのを感じた。無理もない。例え所在が分かっていたとしても、こんなばらばらな状態では試験を乗り切ることも出来ないだろう。
「この先の事は僕も分からない。ただ、三玖や上杉が二乃の説得に動くだろう。もしかしたら一花と四葉だって動くかもしれない。だから、ことりはことりで自分のやれることをやるといいさ」
「うん」
「さ、もう寝よう。おやすみ」
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
明日からまた学校が始まる。二乃もさすがに家出中は休むこともないだろうし、上杉が接触を試みるだろう。もしかしたら他の姉妹も。
これ以上何かが起きれば本当にまずい状況になるだろう。
明日から状況が好転することを祈りながら眠りにつくのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は五月を中心としたお話を書かせていただきました。
少しやりすぎたかもしれませんが、甘えモード全開の五月登場です。和彦の言ってた通り、ことりがもう一人増えた感じではありますね。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。