二乃との雑談があったその日の夜。
今日はあの後少し残業をしたので帰りが遅くなっていた。なので今は一人で夕飯を食べている。
他の三人はお風呂も夕飯も終えているので、リビングでテレビを観ながらゆっくりしているようだ。
「ごちそうさま」
夕飯も食べ終わったので食器などを片付けるために席を立った。
「あ、食器は私が洗っとくから水に浸けといて」
「分かったよ」
ことりから食器は自分が洗うと言われたので、食べ終わった食器を水に浸けていると、ポケットに入れていたスマホに着信が入ったようでブーブーとバイブしている。
両手が空いたので画面を見ると意外な人物からの電話であった。
「悪い。片付けしてたからすぐ出られなかったよ。どうした?」
『べっつにー、あんたが私と話したそうにしてたから電話してあげただけよ』
「ははっ、ありがとね。ちょい待って、場所移すから」
二乃からの電話で、スマホを耳に当てながらリビングを素通りしベランダに向かった。一応五月がいるところで話さないようにしようと配慮したのだ。
『別に場所移動しなくてもいいんじゃない?あんたの家にはことりしかいないでしょ』
「あー…実は今三玖と五月がうちにいるんだよ」
『はぁー!?』
ちょうどベランダに出たところで三玖と五月がうちにいることを二乃に伝えた。それを聞いた二乃は心底驚いた声をあげている。
『なんでそうなってんのよ!いや、三玖もいんの!?』
「ああ。もう君の家族はやりたい放題だよ」
疲れた声を出しながら窓際の壁に寄りかかり夜空を見上げた。今夜も満月とまではいかないが月が輝いている。
『そこを言われたら何も言えないわね』
自覚があるようで二乃の声には申し訳なさが滲み出ていた。
「それで?本当に何かあった?」
『ま、大したことはないんだけど、また上杉がホテルに来てたわね。しかもずぶ濡れで』
「は?ずぶ濡れ?」
今日は確か雨は降ってなかったと思うんだが。
『諸々あって池に落ちたそうよ』
「どんなことがあれば池に落ちるんだよ」
『本当よね』
僕のツッコミにクスクスと笑いながら二乃は同意してきた。どうやら上杉に会ったことで機嫌が悪くなったことはなさそうだ。
『どこか様子もおかしかったから、仕方なく部屋に入れてやったわ。匂いも酷かったからシャワーもね』
「へぇ~。優しいとこもあんじゃん」
『その言い方気になるわね』
「あははは、冗談だって。二乃が優しい女の子だって、少しの間だけど見てれば分かるよ」
『ふ…ふん…』
照れているのか、二乃の声は語尾が少し小さくなっていた。
「上杉とは何か話せたの?」
『……あんたと同じで、あいつにも五年前に一人の女の子に会った経験があったみたいよ』
「へぇ~」
『あんたと違うところは、上杉はその女の子のことを好きだったってことかしらね』
「それはそれは。なかなか興味がある話だね」
『でしょうー?本人は否定してたけど、あの話し方は絶対好きだったわね』
上杉の昔出会った女の子の話になると少しテンションが上がったように思える。恋愛話に興味があるのだろう。二乃は乙女チックなのかもしれないな。
「しかし、なんでそんな話が?」
『あまりにも上杉の奴が落ち込んでたから話の提供代わりに教えてもらったのよ。なんでそんなに落ち込んでるのかって。そしたら、その女の子に今日会うことができたけど、一方的にさよなら言われたんだって』
少し哀しみが混じったように二乃は上杉の話をした。
「何か理由があるのかなぁ」
『さあ?そこで上杉に言ってやったわ。あんたみたいなノーデリカシー男でも、好きになってくれる人が、地球上に一人くらいいるはずだからって』
それは励ましになっているのだろうか。まあ、二乃的には最大の励ましなのだろう。
「そうか……あ、そういえばことり経由で聞いたんだけど。二乃、上杉に問題集破ったこと謝ったんだって?」
『ホント、情報は筒抜けね』
「まあ、うちには五月がいるからね。二乃みたいに素直になりなって説得したけど無理だったよ。そもそも、二乃が上杉に謝ったことも信じてなかったしね」
『まあ、そうでしょうね』
「………五月には謝らないんだね?」
『……ごめん。それだけは無理…』
五月への謝罪の話をしたが、それは出来ないと沈んだ声で二乃から返された。
今日はこれくらいかな。
「悪いね、暗い話になって。そういやー、ご飯はどうしてんの?まさか、ホテル提供とか?」
『まっさかー。部屋にキッチンが付いてるところに泊まってるから自炊してるわよ』
むしろキッチン付きの部屋に泊まっているのかという驚きの方が強いのだが…
そんな感じで、その後は割と楽しく二乃と話すことができた。
~三玖・五月・ことりside~
和彦が二乃と電話で話している頃、三玖とことりはベランダの扉に耳を当てていた。
「むー…あまり聞こえない」
「ここ、防音しっかりしてるからなぁ…」
どうやら二人は和彦の電話の声を拾おうとしているようである。
「あ、あの…こういうのはやめませんか?もしかしたらお仕事の電話かもしれませんし」
そんな二人を止めようと五月は声をかけている。
「えー、仕事の電話だったら部屋で話すよ。ベランダで話さないって」
「ことりの言うことが正しければ今の電話は私用」
五月の止める言葉も気にせず三玖とことりは耳を扉に当てたまま動かないでいた。
「しかし……」
「それに、私の勘が言ってるんだよ。兄さんの話し相手は女だって」
「えーっ!?」
「やっぱり…」
ことりの言葉に五月は驚きの声をあげた。逆に三玖は、予想していたのかそれほど驚きの表情ではない。
「しし、しかし、先生にはお付き合いされてる方はいらっしゃらないと…」
「ま、彼女って訳じゃないかもね。彼女ができたような素振りは見せてないし」
扉越しに盗み聞くことを諦めたことりは顎に手を当てるように考える素振りを見せて話した。
「な、なら、一花ではないでしょうか。私や三玖の様子をやり取りしていて、それを私たちに聞かれたくないとか」
「五月の考えには一理あるね」
人差し指を立てて自分の考えを伝えた五月ではあったが、それにはことりも納得した。可能性としては一番あり得るものでもある。
「じゃあ…立川先生の可能性は?」
「「……」」
三玖の言葉に五月とことりは言葉が出なかった。
確かに、林間学校を機に和彦と芹菜は連絡先の交換をしている。ちなみに、メッセージではあるがプライベートでも多少なりとも二人はやり取りをしていたりもする。その事は、この三人も知らない事実ではあるのだが…
「まあ、その可能性もなきにしろあらずかなぁ」
「やっぱり…」
自ら一つの可能性を提示したものの、もしその可能性であったらと思ったらと考える三玖はしゅんとなってしまった。
和彦が電話をしている頃、三玖と五月とことりは心にもやもやしたものを残すのだった。
二乃との電話が終わったのでベランダから部屋の中に戻った。するとリビングではなぜかどんよりした三人の姿があったのだ。
「どうした?三人とも」
「兄さんの電話って相手誰だったの?」
僕の声かけに一番に頭をあげたことりからそんな質問が投げかけられた。
ことりや三玖だったら言ってもいいんだが、五月のいる手前なぁ。
そんな考えをしていると、三人からじーっと見られていた。
そこまで気になるものなのだろうか。仕方ない。
「…二乃だよ。家に帰る説得って訳じゃないけど、少しでも話しとこうと思ってね」
僕の言葉に三人がほっとした顔をしたような気がした。
「なんだ二乃かぁ。だったら、普通に部屋の中で話せばいいのにぃー」
「五月がいる手前気が引けたんだよ」
「気を遣っていただいて…すみません…」
ことりからの質問に答えたら五月から謝罪があった。
そこまでするほどでもないんだが。
「それにしても、兄さんいつの間に二乃と電話するほど仲良くなったの?そんなこと今までなかったよね?」
「まあそうだね。今日の放課後に面談という名の雑談をしたんだけど、そこで僕だったら話し相手としていいだろって話したんだよ。二乃って今姉妹の誰とも連絡してないんでしょ?」
「あはは…私とも連絡してくれないもんなぁ」
僕の言葉にことりは頬をかきながら答えた。
そうか。やっぱりことりとも連絡を断っていたのか。
「ま、無事かどうかの確認の意味もあるけどね」
「それで、二乃とは何話したの?」
そこで三玖から質問が上がった。
まあ、気にはなるよね。
「大したことないよ。ことりがさっき話してた通り、上杉がホテルに来たとか、ホテルでの生活はどうかとかね」
五月への謝罪の意思がないことは伏せておこう。
「いつも誰かと一緒にいたところをいきなり一人になると、やっぱり寂しく感じるからね。その寂しさを少しでも和らげればって思ったんだよ」
「まったく…兄さんは甘いんだから」
「まあ、二乃が素直に話を聞いてくれるのも、きっと上杉が毎日のように声をかけてきたからだと思うよ。本当によくやるよ」
「そっか…風太郎君の…」
僕の言葉にどこか嬉しそうな顔をことりはしている。
「それで?五月はまだ帰らないの?」
「そこは譲れません。まだ二乃からの謝罪もありませんので」
「ホント頑固…」
五月にまだ帰らないの一応確認をするも、頬を膨らませて否定の言葉が返ってきた。しかし、最初に来たときよりは多少心が揺れ動いているように感じられる。
後少しかもしれない。
そんな思いが過ていった。
~図書室~
「だーっ!もうー疲れたよぉ~」
「一花、机に倒れ込まないでください」
放課後の勉強会の一時。勉強に疲れはてた一花が机に突っ伏したところに五月が注意をした。
今この場所には一花と三玖、五月の三人しかいない。ことりは別の友人との勉強会が入ったため、今日は不参加である。二乃はもちろん参加をせずホテルに直帰し、その二乃の説得のため風太郎は二乃のホテルに向かっている。四葉は四葉で陸上部の練習に参加しているためこの場所にはいない。
ちなみに、和彦は会議に他の生徒からの質問もありで、数学準備室は使えない状況である。
「ねぇ~、私たちしかいないんだから、ここで勉強しないで家に帰って勉強しようよぉ~」
突っ伏したままの一花が当然の提案を持ちかけてきた。
「家出中だから」「家出中ですので」
そんな一花の提案に、三玖と五月は勉強の手を止めることなく一蹴した。
「もう!二人とも頑固なんだからぁ」
そんな二人の態度に、起きあがった一花は頬をぷくっと膨らませた。
「それに、家よりもこちらの方が集中できるではないですか。家には色々と誘惑もありますし…」
左手でお腹をさすりながら五月が図書室で勉強する意義を伝えた。
「まあ、そうなんだけどねぇ……そういえば二人とも数学してるんだ。いつもみたいに得意科目してると思ったよ」
家庭教師である風太郎とことりの二人がいない時はほとんど勉強をしない五つ子である訳なのだが、たまに自習を促された時は大抵それぞれの得意科目の勉強をしているのだ。この三人で言えば、一花は数学。三玖は社会。五月は理科。といった具合である。
しかし、一花の指摘した通り、一花はともかく三玖と五月の目の前には数学のノートが広げられていた。
「先ほど先生から上杉君の問題集の回答をいただきましたので、先に復習をと思いまして」
「フータローの問題は個人個人に作ってくれてありがたいんだけど、答えがないのが不便」
「ま、本来は解説しながら解いていくものだったんだろうし、しょうがないよ」
三玖の話している通り、風太郎が用意した問題集は一人一人にあった問題が用意されていた。現在の五つ子はその問題集で期末試験の対策をしているのだ。もちろん、ここにいない二乃と四葉も実際に問題を解いている。
二人との違いと言えば、一花と三玖と五月はことりから解説をされているところかもしれない。それと、先ほど和彦からもらった、数学の解説があることも大きいかもしれない。
「それを考えるとこの先生が作成した数学の回答と解説はさすがだね。ちゃんと私たちでもわかるように解説されてるんだもん」
「本当に。試験前でお忙しいのに…」
「ことりが言うにはいい気分転換になってるんだって」
和彦の作成された解説付きの回答を一花が絶賛すると、申し訳ない気持ちで五月が答えた。しかし、実際には三玖が言っているように良い気分転換になったようである。
そんな時、三玖と五月はあるページを見てにっこりと笑みを作った。
そこには、筆記体で『Fight!』と手書きで書かれているのだ。
無論、そんな二人の様子に一花が気づかない訳もなく。
(まったく…二人ともいい笑顔作っちゃって…)
そんな風に、三人の勉強会は途中話を挟みながらも数学を中心に進んでくのだった。
今日も今日とて、三玖と五月はうちに泊まっており、今もリビングでことりの指導のもと勉強をしている。一応、泊まる条件として毎日勉強するように伝えているので、勉強をしない日はないようだ。
僕はまた残業をしてきたために、先ほど少し遅めの夕飯を食べ、お風呂から上がり、自分の部屋で自分の勉強をしていた。
教師になったからといって勉強をしなくてもいい訳ではなく、むしろ学生時代よりも勉強をしているように感じる。まあ、人に教える立場としては当然と言っても過言ではない。なので、上杉の用意した問題集の数学の解説付き回答を用意するのも自分の実力をつけるのに持ってこいのものだった。
「さて、一花から預かった四葉の回答用紙の回答と解説もそろそろ終わらせないとな」
陸上部の練習の合間に一応上杉の用意した問題集を四葉はやっているようではある。四葉の今の実力を確認したかったので、一花に頼み昨日で終わらせたという数学の回答用紙をコピーしてもらっていた。他の教科は今日にでも終わるようである。しかし……
「やっぱり全然解けてないな。これだとまた赤点だぞ」
四葉の答案を採点しつつ解説と答えも記入していく。
「本当は、こんな書いてある解説じゃなくて、しっかりと横に付いて人による解説があった方がいいんだが…それに……」
今は四葉の問題集だけを心配している訳にもいかない。後一人の問題用紙を見ていないのだ。
そこで、チラッとスマホを見た。
今ならまだ起きているか…
そんな風に考えていると、スマホに着信が入った。今まさに話をしたかった相手である。
「もしもし。ちょうど話したいと思ってたんだよ」
『…………』
「二乃?」
昨日と同じような感じで話が始まるかと思ったのだが、電話をかけてきた二乃本人からの反応がなかった。
「何かあったのか?」
『………ごめん先生。私…明日は学校休むね…』
僕の呼びかけに、沈んだ声でそう返事が返ってきた。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は、二乃からの電話と和彦の作った解説を使って勉強する一花と三玖と五月のお話を中心に書かせていただきました。
二乃から電話なんてあり得ないかもしれませんが、まあそうする二乃も面白いかなっと思いまして、後は二乃と風太郎のやり取りを和彦に知らせるのにいいかなと思いましてこのようにしました。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。