自室での作業をしていたところに、二乃からの明日は学校を休む宣言が来たわけだが…声からして何やら深刻そうではあるな。
「どうした?体調でも崩したのか?」
『そういう訳じゃないけど…』
そうか。とりあえず、寝込んでて動けないとかじゃないならひと安心ではあるかな。
「なら良かった。まったく…深刻そうな声で電話してくるから、体調崩して助けを求めてきたのかと思ったよ。ちょっと焦って、上着取りに行こうかと思った」
『ふ~ん…そこまで心配してくれるんだ』
いつもの調子で話す僕に安心したのか、二乃の調子も少しずつ良くなってきているように感じた。
「当たり前だろ。ったく…五月から話を聞いたときも思ったけど、君達は大人に頼るのが下手過ぎなんだよ。まあ、まだまだ信用できるほど同じ時間を過ごした訳じゃないから、安易に頼れとは言えないけどね」
『仕方ないじゃない!今までも私たち五人でやってきたんだから』
「五人でって…中野さんがいるでしょ」
『パパはいつも仕事で帰ってこないわ。私たちに部屋だけ与えてほったらかしよ』
これはこれは…とんでもない家庭環境だな。五月から聞いた話だと、母親が亡くなるまでは母子家庭で、母一人で五人を育てていたんだっけ。それで、再婚相手の父親は子育てには無関心か…
しかし、無関心であればあんな顔出来ないと思うんだが…
林間学校後に上杉を病院まで届けた時に中野さんと初対面したが、あれは娘に近づく男を見る目だったと思う。娘のことを大切に思っていないと出来ない目だ。
昔、父さんがことりに近づく男を見ていた顔と同じように感じる。まあ、うちの父さんの場合は過剰にことりのことを可愛がってるからなぁ。
『いいな?ことりに近づく男がいれば、教師の力を使ってでも阻止しろよ』
ことりがこっちに来ることになった時にそんな事を言われたっけ。そもそも、そんなに心配ならこっちに来させなければいいのにな。はぁ…ことりの事となると本当に甘いんだよなぁ…
あれ?そう考えると上杉の存在ってどうなのだろうか。ま、いいか。
そんな訳で、あの父さんと同じような顔をしてるんだ。きっと中野さんも娘を大事に想う気持ちはあるのだろう。しかし、その辺りはさすがに入れない領域だろう。
「なら、何かあれば僕を頼んなよ」
『え…?』
「頼る大人がいないんだろ?だったら僕を頼ればいい」
『……なんでそこまで言えるのよ。そんなことしても、あんたには何も得がないじゃない』
ごもっともな事を二乃から返された。
なんで、か……
「別に損得で動いてないよ。ただの自己満足だから。それに前にも言っただろ。君たち五つ子のことほっとけないんだよ」
もしかしたら彼女達五人の中にあの女の子がいるかもしれない。そんな予想が出来てからというもの、前よりも気にするようになってしまったのかもしれない。
それを関係なくとも、ここまで関わってきたんだ、教師という枠を越えてもいいと思えてくる。
父さんに甘いって思ってたけど、僕も大概だな。そこは親子なのかもしれない。
『あんたがそこまで言うなら…』
「よし!なら早速上杉の問題集の写真送ってくれ」
『は?』
「ああ、数学だけでいいから」
『ちょっ、ちょっと待って!なんでそうなるのよ』
「え?だって答え合わせ出来てないだろ?だから僕がやってあげるよ。上杉って五人全員別々に作ってるから、それぞれの問題用紙を見ないと解説も出来ないんだよ」
『あんた、まさか五人の問題の回答を作る気なの?』
そこで二乃から驚きの声があがった。
「ああ。昨日で三人分終わって、今ちょうど四葉の分の解説付きの回答が出来上がったところだよ。後は二乃だけでどうしようか考えてたところにちょうど電話がかかってきたってとこ」
『はぁ…あんたのお人好しは筋金入りね。わかったわよ。後で写真にして送っとく』
「サンキュー」
呆れたような声で返事をされるも写真は送ってくれるそうだ。
すぐにくれれば、このまま少し徹夜してやってしまうか。後は、明日の空いた時間だな。
『ねえ』
二乃の回答作成の計画を考えてたら声をかけられた。
「どうした?」
『まだ時間ってある?少しだけ話に付き合ってほしいんだけど』
「構わないよ」
もしかして明日の欠席の原因を話す気になったのだろうか。
『……私ね、この間の林間学校で超タイプの男の子に出会ったの』
「ん?うん…」
『その男の子と出会ったのは林間学校二日目の肝試しがあった夜。ちょうど五月を捜してる時だった。あの時は運命だって思ったわ』
そういえば、五月と一緒に二乃と合流した時に他校の男の子と一緒だったって言ってたな。その男の子が今二乃が言っている子か。
『その時にキャンプファイヤーのダンスに誘ったんだけど、結局来てくれなかった…用事ができたんだって。でもね、そんな彼に会う機会が巡ってきたの。彼はキンタロー君って言うんだけど、上杉の親戚ってことであいつが私のところに呼んでくれたのよ』
なるほど。ことりが話していたキンタロー君とは、この二乃のタイプの男の子の事だったのか。
『それで、今日そのキンタロー君と会って話して、シュークリームを一緒に作って、楽しい時間を過ごしたわ』
「へぇ~、いい感じだったんだ」
あれ?今のところ学校を休む理由が見えてこないんだが。むしろいい気分になるんじゃないか?
『でもね、その一時は所詮幻想だったのよ…』
「は?」
『キンタロー君はこの世に存在しない人間。彼は上杉が金髪のかつらを被って変装した姿だったのよ』
「!?」
どういう事だ?えっと、つまり林間学校で会ったキンタローも今日会ったキンタローも、全部上杉が演じた人物だったということか。
『ホント最悪!私のことを騙してたなんて、許せないわ!』
「それで学校を休むと。上杉に会わないために」
『…そうよ』
まったく…教師目線で言えば、そんなことで学校を休むなんてと言うところではあるが、もし二乃が家族に相談をしていれば……
「分かったよ。明日、二乃の担任には体調不良だって伝えとくよ」
『い…いいの?自分で言っといてなんだけど、あまり許されることじゃないって思ってるわよ』
「それだけ本気だったってことだろ。心のケアをする事も、頼られる大人としては必要なことさ。明日休んで、期末試験本番に万全の状態で
『うん…』
「よし!じゃあそろそろ切ろうか。二乃も早めに休むといい」
『わかったわ……その…明日も電話していいかしら?』
「構わないよ。その代わり、ちゃんと勉強しとくんだよ?」
『はーい。おやすみ、先生』
「ああ。おやすみ、二乃」
そこで二乃との電話が切れた。最初の沈んでた声を出していた時よりかは大分回復はしていたように思える。後は、姉妹の誰かの後押しがあれば、二乃も家に帰るのではないだろうか。
コン…コン…
「はい」
二乃の今後について考えを巡らせているとノックをされた。
ガチャ…
「やっぱりまだ起きてた」
部屋の扉を開けてことりが入ってきた。どうやら三人の勉強会も終わったようだ。
「おつかれさん。今日は終わりかな?」
「うん。さすがに集中力がなくなってきたからね。効率を考えたらここまでかなって」
ことりも疲れが溜まっているようで、欠伸をしながら布団に入っていく。
「お兄ちゃんはまだ寝ないの?」
「うーん…キリはいいんだけど…」
ヴー…ヴー…
そこに着信が入ったのでスマホを確認する。そこには、問題集の写真がいくつも添付されていた。最後には、『よろしく』とメッセージ付きである。
二乃、あの後すぐに写真撮ってくれたんだ。
なら、僕も期待に応えないとね。
「やることできたから、もう少し起きてるよ。リビングで作業してるから、ことりは気にせず寝ときな」
「ふーん。ちなみに今のメッセージ誰から?」
「二乃だよ。上杉の問題集の写真お願いしてたんだけど、すぐに送ってくれたみたいでさ。少しだけでも回答作っとこうと思ってね」
「あんまり無理しないでね?」
「分かってるよ」
ことりの言葉に軽く返事をした僕は、リビングテーブルにノートや参考書を広げて、スマホの画像を見ながら作成に取りかかった。
さすが二乃。写真の撮り方うまいな。おかげで問題が見えやすくて助かる。
そんな感じで作業を進めていると、一人リビングに入ってきた。
「あれ?先生も起きてたんだ」
「三玖こそ、どうしたんだい?」
「私はまだ眠れそうになかったから、先生に借りてた本を読もうかなって。部屋だと五月が寝てるから明かり付けられないし」
そう言った三玖の手には一冊の本があった。
「隣、いいかな?」
「ああ。と言っても、僕も集中してるだろうし、あまり話せないかもだよ?」
「大丈夫。私も本に集中してるだろうし」
三玖は僕と同じように、ソファーには座らずに床の上に座って本を読みだした。
「それって、姉妹の誰かの回答?」
「ああ。二乃だよ」
「そっか、二乃が……今日ね、二乃がいるホテルに行ってきたの」
目線は本に落としたまま、三玖が語り始めた。
「そしたらね。なんか慌てて荷物を手にホテルを出るとこだった。付いていったら、別のホテルにチェックインしてた」
「そうか…」
きっと上杉が来ないように別のホテルに移動したのだろう。行動力だけはハンパないな。
「今日もきっとフータローが二乃の説得に行ってくれてるはずだったんだけど何かあったのかなぁ。先生は何か聞いてる?」
「いや。問題集の写真を送るようにお願いしたら文句言われたくらいかな」
「そ…」
この事は二乃本人が話す方がいいだろう。二乃もきっと僕には勇気を振り絞って話したんだろうし、それを簡単に他の人に話せないな。
その後は、お互いに喋らず自身の事に集中した。
僕の参考書と三玖の本の捲れる音と時計の秒針の音が部屋に響いていた。
しばらくすると、左肩に三玖が寄りかかるように倒れてきた。すぅーすぅー、と寝息を立てて眠っている。ここまで無防備な姿を見せてくるってことはそれだけ信頼をしてくれてるってことかもしれない。時間も日付を跨いでいることだし僕もこれくらいにしておこう。
「三玖?三玖?」
「んー…?」
なるべく優しい声で三玖を起こす。担いで行くのもいいが、勝手に触るのも気が引けたからである。
「そろそろ僕も寝ようと思うから部屋に行こうか」
「んー……っ!ご、ごめん!寄りかかってた?」
「ほんの少しね。可愛い寝顔を見させていただきました」
「か…かわいい…」
テーブルの上を片付けていると、なぜか三玖は固まってしまったようだ。
「じゃあ部屋に戻ろうか」
「……うん…」
お互いの部屋に行ったところで『おやすみ』と挨拶してお互いの部屋に入った。部屋に戻った僕は、なんだかんだで疲れていたのだろう、布団に入るとすぐに眠ってしまった。
次の日の朝。
早朝練習を陸上部がしていると聞いていたので覗いてみた。するとそこには、なぜか上杉も一緒に走っている姿があったのだ。
あいつは朝から何してるんだ?途中でバテてるし。
自販機で水を買ってから休んでる上杉のところに向かった。
「おつかれ!隣いい?」
「せ……せんせ…い…はぁ……はぁ……」
返事も出来なさそうな上杉の横に座りながら水を上杉に渡した。上杉は受け取った水をぐいっと飲んでいる。
「ふぅ…助かりました。お金は…」
「いいよ。このくらい素直に受け取んな」
「はい…」
そこで二人で陸上部が走っているグラウンドを眺めていた。
「どう?四葉の方は」
「駄目ですね。あいつは本気で勉強と部活の両立をしようとしています。予想以上に覚えてはいますが、このままいくと…」
「そうか。ちなみに数学は現時点の実力だと赤点間違いなしだね。一花に頼んで、上杉が用意してくれた問題集で四葉がやったものを採点したけどからっきしだったよ」
「そこまでしてもらって、申し訳ないです」
僕の言葉に上杉は頭を下げてきた。
「どうってことないさ。教師だって勉強が必要なんだ。今回のことはいい勉強になったよ」
とは言ったものの。ここまで上杉が説得しているにも関わらず四葉は練習への参加を辞めようとはしない。さて、どうしたものか…
実は二乃同様に四葉にも面談よろしく話をしようと考えていた。しかし、部活の練習に参加するのはあくまでも個人の判断。四葉自身と陸上部側との当事者同士で解決出来ればと思っていた。
ただ、現状の成績と目の前の上杉の様子を見ていると、そうも言ってられないようである。
「上杉。今日の放課後は久しぶりに勉強会に顔を出してあげるといいよ。この調子だと四葉の参加は見込めないだろうし。今日は二乃休みだしね」
「!二乃が休みなの知ってたんですか?」
「ああ。連絡があったよ。昨日の件と一緒にね」
「…っ!そ…そうですか…」
昨日の件という言葉に、上杉は頭を下げてしまった。
「別に昨日の事は僕から責めることはないよ。上杉だって何か理由があってそうしたんだろ?」
「え…ええ。まあ…」
「まあ、何にせよ。今日はこれ以上進展することはないだろうから。明日に期待して、今いるメンバーにだけでも勉強を教えてやるといいよ」
「わかりました」
「うん」
上杉の返事も聞けたので、その場から立ち上がり職員室に向かう。その道すがら振り返り、グラウンドを走っている四葉に目をむけるのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回のお話でも、二乃からの電話を中心に書かせていただきました。ちょっと原作よりも二乃が素直になっているところもあったかもしれませんが、そこは大目に見ていただければと思います。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。