四葉の早朝練習を見た放課後。
僕は四葉を数学準備室に招いていた。
「忙しいところ悪いね」
「いえ!それでお呼びだしした内容というのは…」
僕と四葉はテーブルを跨いでお互いにソファーに座って向き合っているのだが、四葉はどこか緊張した趣でいる。まあ、急に呼び出されたのだから仕方ないだろう。
「まあまあ、そんなに緊張しないで。面談と言う名の軽い雑談だから。もちろん、成績不振者としての話もあるんだけどね」
「うっ…」
成績不振者という言葉に申し訳なさそうな顔を四葉はした。
この間の二乃と同じような顔をしちゃって。
「こ、今回は大丈夫です!上杉さんに問題集を作ってもらいましたので!その問題集も昨日の夜に全て終わらせましたし!」
「ああ。例の全員が違う問題で出来た問題集でしょ?ことりや他の姉妹から聞いてるよ。まったく、上杉は大した男だね。あ、これ一花から預かってた四葉の数学の問題集のコピーね。採点と回答、後解説も付けてるから」
上杉の問題集作りに称賛しつつ、テーブルの端に置いておいた紙の束を四葉に差し出した。
それを受け取った四葉は中身を確認しながら驚きの表情に変わった。
「相変わらず、四葉の回答用紙はチェックが流行してるねぇ」
「そ…そんなぁ…」
そして、しゅんと項垂れてしまった。
「一花からは家ではしっかり勉強してるって聞いてたから何も言わなかったけど、この結果を見たら声をかけずにはいられなかったよ。四葉。陸上部の練習もいいけど、勉強追いつけてないんじゃないの?」
「そ…それは…」
「スポーツでも言えることだけど、きちんとした指導者がいないと実力も伸びるものも伸びないよ?」
「はい……」
僕の言葉に、目の前の四葉はスカートをぎゅっと握って縮こまってしまった。
「はぁ……さすがに土日は休みだと思うから、その二日間で上杉にビシバシと教えてもらうんだね」
「はい!」
明日からの土日でしっかりと上杉に教えてもらうように伝えると、敬礼ポーズで四葉はしっかりと返事をした。
「うん。じゃあ、僕からはこんなもんかな。四葉はこれからも練習?」
「はい。みなさんには先生に呼ばれたと伝えてます………あの、三玖と五月はそろそろうちに帰りそうですか?」
家出騒動からもうすぐ一週間が経とうとしている。心配するのも無理はないだろう。それに、四葉は陸上部の練習のために勉強会に参加出来ておらず、二人とも会話が出来ていないのだろう。
「んー…まだ五月が二乃の謝罪がないとって言ってるからなぁ…」
「そうですか…」
今の五月の様子を伝えると、四葉は悲しそうな顔でしゅんとなってしまった。
「まあでも、多分だけど五月の気持ちは二乃と仲直りしたいっていう方向にいってるんだと思うよ。後は何かきっかけがあればすぐにでも傾くんじゃないかな。五月さえ帰る気になれば、三玖もうちにいる理由なくなるし」
「本当ですか!?じゃあ、後は二乃ですね。うーん…二乃は連絡すらしてくれないしなぁ」
「二乃だったら、連絡取り合ってるよ。毎晩のように電話してきてるし」
「えーーー!?」
僕が二乃と連絡を取り合っている事に驚きの表情となる四葉。
「そんなに驚くこと?」
「だ、だって。私たちからの連絡は一切無視してるんですよ。それが…」
「まあ、そこは二乃も意固地になってたんだろうね。僕は第三者と言えばそうだから、話しやすかったのかもしれないよ」
「うーん…先生っていったい…」
そこで腕を組んで考え込んでしまった四葉。
そこまで考え込まなくてもいいと思うのだが。
「ま、そんな訳で。二乃も心の中では、姉妹の皆に会いたがってると思うんだよね。ここまでいつも一緒にいたんだ。きっとこのままの状態では良くないって考えてるさ。だから大丈夫だよ」
安心させる意味を込めて四葉の頭をポンポンと撫でてあげた。
「ししし。やっぱり先生は先生って思えない時があります!なんだろう…お兄ちゃんって感じです!」
「うーん…教師としての威厳がないのが気になるが…まぁ、実際にことりの兄なんだけどね」
ちょっと複雑な気持ちではあるが、四葉の笑顔に合わせて僕も笑ってみせた。
「うん。じゃあ、そんな先生が言うんですからきっと大丈夫ですね!よーし!私も頑張るぞー!」
すくっと立ち上がった四葉は気合いを込めて腕を高らかに掲げて気合いを入れた。
「気合い入れるのはいいけど、上杉の事も気にしてやんなよ。かなり参ってるみたいだからさ」
「はい!今度の土日で今までの分を含めて頼っちゃいます!ししし」
姉妹が揃うのが近いことが分かったからか、いつもの四葉の元気が戻ってきたように思う。後は、何事も起きなければ明日にでも好転するだろう。何事も起きなければ…
「えー!?明日からの土日に陸上部の合宿!?」
『うん…』
夕飯を終えて暫くすると、三玖のスマホに一花から連絡があった。三玖が聞いた話によれば皆で聞いた方がいいとの事で、今テーブルの上にスマホを置きスピーカーにしているところだ。
そして、電話の内容を聞いた五月が驚きの声をあげている。
「ちょっとちょっと、さすがにどうなの兄さん?」
「うーん…部活に関しては詳しくないから何とも言えないけど、顧問の先生が承諾すれば可能なんだと思うよ。うちの学校って結構生徒の自主性を重んじてるし」
「それはそうかもしれませんが…」
僕の言葉にどこか納得がいかない五月の声が漏れた。
とは言え、まさか試験前に合宿をするとは。ちょっと陸上部のことを甘く見てたかもなぁ。
「何にせよ、四葉はあくまでも助っ人なんだ。合宿にだって参加をする必要もないだろ」
『うん。私も先生と同意見かな。後は四葉の気持ち次第だよ。そこで、今から四葉の本心を探ろうと思うの。このまま電話を繋げておいてもらえるかな?』
「そういうことなら。わかった…」
「あ、待って。風太郎君にも聞いててもらいたいから、私のスマホから電話するね」
そう言ったことりはすぐに上杉に電話をかけた。そして、三玖同様にスピーカーに設定して、三玖のスマホの横に並べた。
『どう?フータロー君、聞こえる?』
『おう、聞こえるぞ』
「よし、じゃあ三玖のスマホをミュートにして、と」
こちらからの声が向こうに漏れないようにことりが三玖のスマホを設定した。
『しかし、あの馬鹿が。ここに来て合宿に参加するとはな。合宿などこっちがしたいぞ』
「はははは、確かに…」
上杉の苦言に乾いた笑い声をあげて反応することり。確かに、今の五人の実力であれば勉強合宿をするくらいの意気込みでいないと赤点回避など無理だろう。まあ、三玖と五月はここでことりに見てもらったから、それなりの成績を残せそうではあるが。
「しっ…始まる」
三玖の言葉で一同は三玖のスマホから聞こえてくる声に集中した。
『送らないの?』
『うわぁっ!!一花~心臓に悪いよ~』
『私も歯磨き~』
『じゃあ、うがいしようっと』
『待って。もう!また歯ブラシ咥えているだけで全然磨けてないじゃん。ほら貸してやってあげるから』
『うっ...』
『前はよくしてあげたじゃん』
『で、でも~。もう子どもじゃもごご...』
『はい、あ~んして...』
『に...苦~~』
『私の歯磨き粉。これが大人の味なのだ。四葉には早かったかな?』
『よ、余裕のよっちゃんだよ!』
『ふふ、体だけ大きくなっても変わらないんだから。ほら無理しているから口内炎出来てるよ』
『私無理なんて...』
『こら!喋らないの......どれだけ大きくなっても四葉は私の大切な妹なんだから。お姉ちゃんを頼ってくれないかな』
『私......部活辞めちゃダメかな...』
『…辞めてもいいんだよ』
『や、やっぱ駄目だよ!みんなに迷惑かけちゃうし。勉強とも両立出来てるんだし。一花がお姉さんぶるから変な事言っちゃった。同い年なのに。ガラガラ...ペッ』
『あはは、こんなパンツ穿いているうちはまだまだお子様だよ』
『わ--っ!しまっといて!上杉さんやことりさんが来たときには見せないでね!』
『は-い.....…….ちゃんと聞こえてた?』
『お子様パンツ』
そこかよ!
「もう!風太郎君のエッチ」
「えっち」
『うぐっ…』
ことりと三玖のツッコミに上杉は言葉を詰まらせた。
『あははは、よかった......明日陸上部のところに行こうと思うんだ。みんなはどうする?』
『行くに決まっている!四葉を開放してやるぞ!』
「ええ」
「だね!」
一花が陸上部のところに行く事を伝えると、上杉がいの一番に行くことを宣言した。それに、五月とことりも続いた。
「……私は行かない」
「え!?な、なぜです三玖!?」
そんなところに三玖が、自分は四葉のところに行かないことを口にしたことで五月が驚きの声をあげた。
「私はもう一人の家出娘のところに行く」
「それって…」
ことりの漏れた言葉に対して三玖はコクンと頷いた。
「そろそろあっちもほとぼりが冷めてる頃だろうし、私で話してくるよ」
『うん。お願いね三玖』
そうして明日の朝から行動を開始することになった。
さて、今回は傍観者として皆の事を見守らせていただきますか。
明日の朝は早いとの事で三人は寝てしまった。
僕はちょっとした事務作業が残っていたので、ノートパソコンをリビングに持ってきて作業をしている。すると、スマホに着信が入った。
着信相手を確認した僕は、作業をしながら話すためにイヤホンをつけて電話に出た。
「本当に律儀だね。今日も電話してくるなんて」
『べっつに。暇だったし、話し相手としてちょうどいいと思っただけよ』
今日も今日とて二乃からの電話だった。しかし、これは相当寂しい思いをしているのではないだろうか。
『?カタカタ聞こえるけど、何かしてるの?』
「ああ。ちょっとしておかないといけない作業があってね。教師も忙しいんだよ」
『ふーん…普段のあんたからはそうは見えないんだけどね』
「何気に酷いね。これでもきっちりと仕事はこなしている人間で通ってるんだから。という訳で、話は作業をしながらでいいかな?」
『別に構わないわよ。てか、むしろ忙しいんだったら電話切ろうか?』
申し訳なさそうに今日の電話は止めておこうかと二乃から提案があった。
「別に構わないよ。普段もことりと接する時もこんなだし、慣れたもんだよ」
『あんたらってホント仲いいわよね』
「君たち五つ子ほどじゃないさ」
『…っ!』
二乃の言葉が詰まるような息遣いが聞こえてきた。嬉しいが、素直に喜べないといったところだろう。
「ふっ……それで?今日は一日何してたのさ?」
『そうね。美容に関することをしてたわ。パックだったり爪のお手入れだったり。あとはヨガなんかもしてたわね』
「充実した日を過ごせたようで何よりだよ」
『ふふん。まあね♪』
嫌みで言ったんだが、分かっててかドヤ顔が見えるような声で返ってきた。
「そこで、勉強の言葉が出てきてたら見直してたのに」
『私の口から出ると思ってんの?まあ、多少はしたけどね。せっかく回答と解説作ってくれたんだし…』
徐々に声が小さくなっていたが、多少でも勉強をしていたという言葉が聞けただけでも良しとしますか。
「解説見て分かんないところがあれば今聞くけど?」
『いいわよ。こんな時まで勉強の話なんてこりごりだわ…そうだ!今日テレビで観たんだけどね……』
それからも二乃の話を聞きながら作業を進めていった。話を聞く限りでは昨日よりも大分明るくなったように感じた。明日の三玖の訪問の事は言っていないが、うまくいくと良いなと思うのだった。
二乃との電話も終わり、その後も暫く作業をしていたのだが、キリも良いところで作業を止めた。
「うーん…久しぶりに飲むか」
キッチンで晩酌の準備をしてまたリビングに戻った。適当なテレビのチャンネルにして、お酒を飲み始める。
うちには父親から贈られた徳利があるので、それから注ぎながら飲んでいる。僕は一気に飲むよりもこうやって少しずつ飲んでいく方が性に合っているようだ。
「あれ、珍しく飲んでるんだ」
お酒を飲んでるところでそんな風に声をかけられたので、ことりかなと思って声の方を見てみると五月が立っていた。
そういえば、二人の時は敬語なくすって言ってたな。
そんな考えをしていると、五月は僕のそばまで来て座った。やはり近い。
「隣に座るのはいいけど、近くない?」
「いいでしょ。甘えていいって言ったのはお兄ちゃんなんだから。ふふっ」
このお兄ちゃん呼びもまだ慣れないなぁ。
「それで?もう寝たのかと思ってたよ」
「うん。なかなか寝つけなくて…お手洗いで部屋を出たら明かりが見えたから、誰かいるのかなって。あ、お酒注いであげる」
そう言うや否や五月は徳利に手を伸ばして、僕が持っているお猪口にお酒を注いできた。
三玖といいお酒を注ぐことに憧れでもあったのだろうか。
注いでもらったお酒をくいっと飲みながらそんなことを考えていた。
「お酒って美味しいの?」
「ん?そうだな…美味しいのもあればそうでないのもあるよ。僕がビールを苦手みたいにね。ジュースにも色んな種類があるでしょ?あんな感じだよ」
「ふーん…」
僕の言葉を聞いた後、五月はじっと徳利の中を見ていた。
「一応言っておくけど。お酒は
「わ、わかってるよ。高校生でお酒なんて不良だよ!」
「分かってるならいいんだ」
良くできましたと言わんばかりに五月の頭を撫でてあげた。すると、えへへと笑いながらそれを受け入れている。
「いよいよ明日だね。四葉の件だけじゃない。君と二乃の件も、明日動きがあるだろう。もう二乃と向き合うことは大丈夫なんだろ?」
「うん…」
僕の質問に自身なさげではあるがコクンと五月は頷いた。
「大丈夫だよ。きっと二乃も向き合っていかなければいけないって思ってる。ただ、踏ん切りがつかないだけ。そこを君から手を差し伸べてあげればいい」
「うん」
返事をした五月は、急に僕の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。そうするとある部分が強調されて大変困るのだが…
まったく、体と行動が合致してないんだから。
「しばらくこのままでいさせて。勇気がほしいから…」
「……お気に召すままに」
下に顔を向けると目の前に五月の頭があるので、それを撫でながら答えた。そして、どちらから喋る訳もなく暫くそのままの状態が続くのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
すみません、日常が忙しく投稿のスパンが一日遅くなってしまいました。
今回は、四葉との面談に四葉の気持ち、二乃との電話と五月との語らいを書かせていただきました。
和彦が四葉と面談をしたのですが、それも空しく陸上部の合宿が土日で始まることになりました。
後は、姉妹達と風太郎、ことりに任せて和彦は見守ることに決めたようです。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。